アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

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Tashi House

Teaching にはさまざまな人種の人が参加していましたが
ほぼ全員がアメリカ在住者だったようです。

黙っていたら、私たちもアメリカに住む Chinese かと思われるみたいで
Japanese だと言うとかなり珍しがられた上に
日本からわざわざ来たと聞いて、さらに驚かれたものです。

私たちが10泊したのは
インスティテュートの敷地内だけれども
山の上の temple や食堂からだいぶ下ったところにある
タシ・ゲストハウスというおうちでした。

テントでの雑魚寝、寺院内での雑魚寝、
キャンピングサイト、自分のテント、車中泊、
と選択肢はいろいろありましたが、
ベッドを確保できるのはここだけだったので
軟弱な私たちは、当然、この冬のさなか、
少々お金がかかっても安全そうなタシ・ゲストハウスを選びました。

同じように考える人はわりと多いようで、タシ・ハウスのお部屋だけは
インターネット予約する際に、見る間に埋まっていったのでした。

というわけで、
ガルチェン・インスティテュートで最もゴージャスな(はずの)タシ・ハウス。
まず入り口からご覧に入れましょう。

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内部には、いたるところにリンポチェのお写真、
ターラー菩薩のお写真が飾ってあります。
素敵でしょ。

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立派なキッチン。
車で来る人たちはもちろん自炊です。
ただし、ペットボトルの水一本、ここにはありませんので
麓の町まで悪路を1時間走らなくてはなりません。

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シャワーは1つ。
お風呂はなし。
トイレは2つ。
2人~4人部屋が5つぐらいかな。
ここで、カップル2組とあと7~8人が共同生活をしました。


「マリーゴルド・ホテル」という映画をご存じですか?
数年前に飛行機で観たのですけど
タシ・ハウスの生活は、ちょっと「マリーゴルド・ホテル」みたいでした

つまり、さまざまな同宿者、それぞれのキャラがすごく立っていて、
最初はよそよそしかったのが、共に生活するうちに
ほんとに仲の良い family になっていった感じなんです。

もちろん全参加者100人ほど、みなけっこう仲良くなるのですが、
タシ・ハウスの同宿者は特別でした。


少しご紹介しましょう・・・

日本人にはまずいないだろうタイプのキャラなら、Donna(ダーナ)でした。
いつも真っ黒なパンツスタイルで、ふわふわの銀髪に銀縁眼鏡。
私は勝手に「お蝶夫人」と呼んでいました~(^_^;)

Takiko の次に怖い人ねと最初は思っていましたが、
どうやら、短いシャープな冗談が好きなだけだったみたいで
言葉の不自由な私たちのことをとても気にかけてくれて
ありえないほどおせっかいをやいてくれました。
言うとおりに動かないとちょっと怒られるぐらいの勢いで(笑)

私たちが帰りの交通手段を確保できたのは、
ひとえに Donna が親身に協力してくれたおかげです。
バス会社への連絡を手伝ってくれたり
友達の Steve に話をつけてくれたりしたのです。
ほんとにありがとう!


カナダから来た Sally はとっても太って足が悪く、
いつも杖をついてゆっくり歩いていました。
Temple の外の靴脱ぎ場でよくお喋りしましたっけ。
Donna みたいに前には出てこないのだけど、
私たちを何気なく見守ってくれていて
必要なときに、すぐ手助けを申し出てくれました。

ご両親が oriental 好きで(ちょっとニュアンスがよく分からなかったけど)
妹さんがテーラバーダ(上座部仏教徒)でタイに住んでいるそうです。
彼女自身、インドにもチベットにも旅をして、いろんなラマに会ってきたようです。
そのうちにガルチェン・リンポチェに行き着いたのだとか。


名前を忘れてしまったけれど、ミネソタ州の漢方医はスペイン人で
まじめで、やさしく静かな若者でした。
彼はタシ・ハウスのリビングルームに
いい香りの incense をまいてくれました。

彼とガルチェン・リンポチェとの出会いはずっとずっと前、
アパートの友達の部屋でだったそうです。
帰宅した彼が扉を開けると、20人ほどの人が集まっていて
正面にマニ車をくるくる回すチベット僧がいたといいます。
体験したことのないことだったのでよく覚えていて、
何年も経ってから、それがガルチェン・リンポチェだったと知ったのだそうです。



そして最も驚くべき出会いは
Brian と Patris の夫婦でした。

Brian の声はとてもやわらかく、
話し方がちょっと Walton 先生に似ていて聞き取りやすかったので
最初の日から私は、彼にはなんだか気を許せていました。
Patris はブロンドの美人で
Brian が Patris にぞっこんなのは、傍目にもよく分かりました。

なんとなくいい感じのカップルだな~とは思っていたんですが

ほとんどもう teaching も終わる頃、たまたま食堂で隣同士に座ったときに
はじめてお互いのことを詳しくシェアし合ったら、
たくさんの共通点があることが分かったんです。
夫婦になってからの年数や
子どもや孫の数や年齢や
自分たちの年齢や
職業まで!

実は Brian は
若いころに16世カルマパと出会い
インドのダラムサラで得度した
チベット僧だったのです。
カルー・リンポチェの指示で、フランスのカルマ・カギュ・センターに赴いた
4人の西洋人のうちのひとりだったということです。

18年後、身内の死に際してアメリカに戻り、還俗し、
チベット語の通訳でしばらく暮らしていたそうです。
何冊か翻訳書を出しているようです。

さらに後年、仏教の教えを生かしてセラピストになり
非行少年たちの更正や
家庭的に恵まれない子どもたちの援助に尽くしてきたそうです。

今、60代後半ですがすべての仕事を引退し
ダラムサラで若い頃に見そめて以来思い続けていた Patris と、
数年前、ついに結婚したんですって!

 十代の Patris は、息をのむぐらい美しかったんだよ!
 でもそのころ僕はチベット仏教に恋していたし
 彼女は亡命チベット人と結婚してしまったんだ。
 再会して、今こそ Patris と結婚する時だ!と思ったんだ。

ということで。
ごちそうさまです(^^)

しかし、驚くべき人生ですね。

タシ・ハウスで最後の夜、私は Brian と2人だけでたくさんたくさん語り合って、
今までここで誰にも打ち明けなかったこと・・・つまり
もともとはとても活動的で聡明なJ先生が
ここに来た当初、たいへん具合が悪くて心配な状態だったこと、
それがリンポチェからお薬をいただいて
劇的によくなってきていることなどを
彼にだけ、はじめて話しました。

伝えたい内容を伝えたい相手に伝えるなら
すらすらと言葉が出てくるものです。
私はずっと胸にしまっていたことを Brian に話すことができて
とても癒されました。
Brian は心から、J先生の健康を祈ってくれました。

彼と出会えたことは大きな収穫です。
お互いのアドレスを交換したので、いつかまた会える日があると思います。



出発の前には
タシ・ハウスに残っていたみんなとお別れをしました。
出会えてよかった
いつかまた、会いましょう、と。

いつかまた・・・
Someday in future.

人生に何が起こるかは誰にも分かりませんから
いつかまた、本当にここに来ることがあるかもしれません。
Nobody knows....

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by prem_ayako | 2018-01-24 16:58 | friends

Karma Yoga

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このサンガでは、大きな行事の際、
スタッフでない参加者にも、
みなひとつずつ何らかのお仕事が割りあてられるようです。
それを「カルマ・ヨガ」と言います。
カルマ・・・すなわち「行動」「お仕事」ですね。

「カルマ・ヨガ」の時間帯と内容が記された緑のカードが
私たちにも1枚ずつ配られました。

J先生のカードには
 8:45~9:00 Dish washing
と書かれていました。

体調の悪い人は免除されると聞いていたのですが、
最初の日、先生はちゃんとお仕事に行かれました。

みんなの朝ご飯の食器を洗剤の入った洗い桶で洗って
ぽちゃんぽちゃんと次の洗い桶に入れていくという作業で
けっこう楽しかったそうです。

ただ、このお仕事は、期間中毎日のことだったのに
先生はそれをご存知なくて、
2,3日サボってしまった後にもう一度行ったら、
「人手は足りているからいいよ」と言われてしまったのだそうです(^^;)


私の方のカードには
 13:15~14:00 Kitchen: putting things away
と書かれていました。
私の方が時間が長いです。
・・・適性など、ちゃんと判断して決められてるみたいです(^_^;)

お昼ご飯は12:00からなので、ゆっくりと食べ終わってから
13:00すぎ、少し早い目に配膳台あたりに行きますと
Takiko という女性に「Staff が来た!」と大歓迎されました。
はてな?
どうやらこちらは、人手が足りないもようです。

Takiko は誰かに似ているなぁ~とずっと思っていたのですが
数日たってから、あ、歌手の Tina Turner に似ている!と気がつきました。
分かります?
そんな感じの、迫力あるおばさまなのです(^^;)

ここのお仕事は、残った昼ご飯のおかずを
それぞれ清潔なコンテナーに移して
きちんとラベルを貼って冷蔵庫に保管することと、
配膳台周辺をきれいに拭き上げて、夕食の配膳に備える
というものでした。

説明を受けたあと、
食材の名前をラベルに書くのはちょっとハードルが高そうだったので
「私は hearing ability が低いので clean up の方をさせてください」
とお願いしました。

Takiko は日本人ではないのですが、
お母さんが Takiko という日本名が好きで、この名をつけたのだそうです。
なので彼女は、もとから日本人びいきではあるのですが
私の hearing ability の低さと
それに伴う呑み込みの悪さは、
彼女の好みに合わなかったようです。。。

だいたい、遅れて昼食をとりに来た人にぶっきらぼうに応対した挙げ句、
「Are you angry?(怒ってんのか)」って言われるぐらいにこわもてなんです。。。

私も「Do you understand the teaching?」って聞かれちゃったりしました。
「私は普通のお喋りの方が難しいのよ」って答えましたが(笑)

でもさ、英語で軽い冗談を交わしながら仕事するって
なかなか難しいですよ。
いや、英語でなくても、あまり私の得意とすることではありませんけど・・・


とりあえず布巾の置き場所や
消毒スプレー(たぶんアルコールとお酢を混ぜたようなもの)の場所など
必要最低限のことを教えてもらって、
それから毎日、黙々と台を拭いて片付けました。

13:15からなのですが、その時間ちょうどに行くと、
既にひとりで仕事を始めていて、
私が「I'm sorry, I'm late」と謝ると
「OK.忘れてはいなかったのね」と無愛想に言われたりしました。

まぁねぇ、言葉がうまく通じないから
私とどう communicate すればよいのか、
彼女も分からなくて、困っていたのかもしれません。

2日目、3日目あたりは、他のスタッフもいたので
Takiko はその人たちと楽しそうにやっていましたが、
日を追うごとに、彼らはだんだんと来なくなってしまって、
最後まで欠かさずにここの仕事をしたのは、Takiko と私の2人だけでした。

「冷蔵庫にドレッシングを片付けましょうか?」と尋ねると
「その前に容器を拭いてちょうだい」と言われ、
「I did it」と言うと
「Oh...you wiped them already. Perfect.」
みたいになってきて

しだいに私めの評価が上がってきたみたいです。
 私たち、ふたりで協力できたわね
 とてもよいチームワークよね
 すごく手早いわ
となってきて、終わりの頃には
 アヤコ、あなたの仕事は perfect だわ
 あなたと仕事ができてとても良かったわ
と言ってくれるようになりました。

やれやれです。

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Teaching の最終日に temple で
リンポチェへのカタ・オファリングと
ボランティア・スタッフへのプレゼント贈呈式があって
そのときに Takiko が出ていたので
私からも「ほんとうにありがとう、タキコと仕事ができて良かったわ」と伝えました。
まぁ、本当の気持ちです。


なんにせよ、ここは仏教コミュニティではありますが
アドラー心理学ベースではありません。
尊敬・信頼・感謝を、行動でもって培っていかなければなりませんでした。

よい経験になりました。


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by prem_ayako | 2018-01-24 16:55 | friends

Sadhana Practice

Temple はおよそ100人ぐらいを収容できる広さで
東と南に出入り口があり
北側に立派な祭壇がありました。

ガラスケースの中にさまざまな金色の仏さまが座しておられ、
天井近くには大きな5枚の額がかかっていました。

中心に飾ってあるのは、14世ダライ・ラマ法王。
その両側に、ディクン・チェツァン・リンポチェとディクン・チュンツァン・リンポチェ。
向って左端には、ドゥプワン・リンポチェ。
向って右端には、ケンポ・ムンセル。
ガルチェン・リンポチェが大切に思っておられる方々のお顔ぶれに、
私はもう感動してしまいました~(T_T)

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床には木製の経机と四角い座布団がずらりと並んでおり
ほぼ全員が、机を使うことができます(基本、椅子席はありません)。
この経机、かなりゴージャスなんですよ(^^)
折りたたみ式で、高さ調節もできるし、
テーブル面を好きな角度に立てることができます。
しかも隠し小引き出しまでついている!

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こんなのが日本でも売っていないかなぁ?
百均のとは大違いで・・・。
私もせっかくだからお勉強モードとなり
今までになくしっかりノートをとりつつ、教えを受けました。
どこまで理解できたかはアヤシいですけど・・・

ガルチェン・リンポチェのお話は、いつ何をお聴きしても
「菩提心じゃよ!」という部分だけが
私の印象に残るのですが

今回は、結論の「菩提心」に至るまでの筋道を
金剛さった、ガンポパ大師、マチク・ラプトンのチューと
3つの方向から丁寧に説いていただいたような気が・・・します。

どの道も密教的、カギュ派的で・・・
光明とか空とか
氷と大海のたとえとかが満載で、
私はうれしかったものです。
(アバウトな言い方しかできずスミマセン。分かっていない証拠ですね orz)


リンポチェのご法話の時間以外でも、
このインスティテュートのサンガでは
毎朝7時から「ジクテン・スムゴンのラマ・チューパ」を
毎夕6時半からは「ターラー菩薩の成就法」を
自主練習しておられました。
これも、とっても素晴らしいことだと思いました。

何度か、この朝夕の practice に参加しましたが、
観察していると、ここには複数のアメリカ人(女性)ダキニがおられるもようです。
サンガ付きの Lama Thubten Nima がチベット語の部分を読まれ
英訳の部分を、ひとりのダキニがウンゼー役で唱えておられました。
この女性は、ものすごくほっそりしたかっこいい人で、チベット語もぺらぺらみたい。
私はこっそりダキニ・マスターと呼んでおりました。

他にも、祭壇のお供えものを取り仕切るダキニや
ラマたちへの飲み物に気を配るダキニ、
お花を活けるダキニたちがいて、
それぞれにできる仕事を分担しているようでした。

Practice 中の鐘や太鼓の鳴り物は、
ラマたちが長いチベットホルン、
ダキニ・マスターが小太鼓、
ダマルを持つ参加者が各自のダマルをトントン鳴らし、
吹ける人はホラ貝を取って、プォォォと吹きました!
それはそれは賑やかでした!

ガルチェン・リンポチェがおられなくても
ラマと在家たちで法要がきちんと営まれていて、とても感動しました。
随喜!
日本ガルチェン協会も、いつかこんなふうに出来るといいなあ~
と思いました。


さて満月の元旦、とっても auspicious な日の朝は、
いつもの「ジクテン・スムゴンのラマ・チューパ」が
「ガルチェン・リンポチェのラマ・チューパ」に変更されました。

これはなんと、ガルチェン・リンポチェの成就法で
正式名を The Guru Sadhana Called "Light Amassment of Blessings"といいます。

自分自身がガルチェン・リンポチェと一体になるんです!
そもそも成就法 sadhana は今まで数々教わりましたが
はっきり言って
12世紀のジクテン・スムゴン大師とはお会いしたことないですし
ターラーさまとも観音さまとも
実際お会いしたことありません・・・
なのでリアリティが段違い、と言いますか
信仰の深さが違うと言いますか
(そんなこと言っちゃいかんのかもしれませんけど)

ガルチェン・リンポチェの真言(!)を
何度も何度も繰り返し歌っていると
それだけでもう、涙が溢れてくるんです。

リンポチェご自身はご在席されませんでしたが、
正真正銘のガルチェン・リンポチェのお寺で
リンポチェへの帰依を誓い長寿を祈り加持を願い
リンポチェと一体になる成就法を行うことができて、
本当にありがたかったです。

経文とこの日の録音CDも入手してきましたので、
いつの日か日本のサンガでも
ガルチェン・リンポチェのラマ・チューパをしたいものだと思いました。

ちなみにこの経文の最後に、次のような記述があります。

 When the oral transmission for this practice was requested, Garchen Rinpoche said that it is permissible to recite this practice without having received the oral transmission. Rinpoche said that giving rise to bodhicitta is the actual transmission.

 口頭伝授を受けなくても、これを行ってよいぞ。
 菩提心を起こすことこそが伝授なのじゃから。

なんてガルチェン・リンポチェらしいお言葉でしょう!
やっぱり菩提心なのでございます(^^)




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by prem_ayako | 2018-01-24 16:53 | tibet

Love and Compassion

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12月31日の午後
リンポチェの身の回りのお世話をしておられるアニ・サムテンが
ご法話の合間にJ先生の座っているところまで、
「リンポチェが、お体の調子がお悪いのではないかと聞いておられます」
と尋ねてこられました。

私は離れたところに座っていたので
そのときの会話を知らなかったのですが
先生は、確かに体調が悪いのですと伝えたそうです。

その後、夕食の配膳を待って並んでいると、
リンポチェがアニといっしょに、まっすぐ私たちの方に歩いて来られました。

リンポチェはなんと涙を流しておられます。
リンポチェのお言葉をアニラが
「インターネットでチベットのお薬を調べて、必要なものを言いなさい。
 リンポチェはお薬をたくさん持っているので、欲しいものを差し上げます」
と通訳してくださいました。

私は、はじめ何のことか分からなかったのですが、
リンポチェがJ先生の身体のことをこんなにも気にかけて
涙を流すほどに心配してくださっていることを知って、驚きました。

私は、こちらからリンポチェにJ先生の体調の悪さをお話しして
なんとかお加持をいただき助けていただこうと考えていました。
ですが、何も申し上げていないのに
リンポチェの方から、気がついてくださったのです。

母親が子どもの姿を見ただけで
子どもの心や身体の状態が分かるように

リンポチェはJ先生の姿をご覧になって
あるいはJ先生や私の心をご覧になって
分かってくださったのです。

私たちの苦と苦の因を取り去りたいと願われて
涙を流してくださっている・・・
リンポチェはまことに大悲の観音さまと等しいお方です(T_T)(T_T)
・・・・・


さて、インターネット検索してみましたが
チベット薬ってたくさんありすぎて、
どれがよいのか、J先生ご自身お医者さんでも分からないのでありました。
それで、明日になったらリンポチェに厚くお礼を申し上げて
お加持だけいただきましょうということになりました。

その夜(大晦日の夜)は
血のついたシーツやカバーをつまみ洗いして、
洗濯ものといっしょに乾燥機にかけて
少しすっきりしました。
同宿者たちとの会話も多くなり、知り合いも増えてきました。


2018年1月1日、
またアニラがJ先生のところに来られ
「リンポチェが、このお薬がよいだろうと選ばれました」と
チベットの丸薬4個と英語の説明書とを置いていかれたそうです。

私が行くと、先生が「どうしよう」と困惑しておられました。
って・・・
リンポチェが選んでくださったお薬です!
利かないわけありません!
よかったわ~、これで安心!と大喜びの私に比べ、
当のJ先生は「うーん、飲むしかないか・・・」と困っておられます。

あぁなるほど。
西洋医学のプロである先生にとって
未知の丸薬をご自分の身体に入れることは
普通の者に比べてはるかに大きな冒険なのですね。

先生にとっても、乗り越えなくてはならない試練がきたようです(^^)

でもその晩、説明書に従って丸薬をお湯につけて蓋をして
翌朝の夜明け前、きちんと服薬しておられました(^^)

2日続けて飲まれると、
坂を上る足どりが、ずいぶんしっかりとしてこられたように思いました。

リンポチェにお礼を申し上げにいくと
「あの薬を飲んで
 コルラをたくさんすれば
 必ずよくなるであろう」
と言っていただけました。

ありがたすぎるお言葉です(T_T)(T_T)
「必ずよくなる」
このお言葉が、どれほど欲しかったか・・・!

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リンポチェは、私たちをご覧になるだけで
あるいは触れるだけで
分かってくださるのだと思います。

また私の方も、
リンポチェがこちらに向って直接何か言ってくださるときは
アニラの通訳がなくても
何をおっしゃっているのか、だいたい分かります。
表情・・・声のトーン・・・
いえ、たぶん心が
通じているのだと思います。

思い上がりでしょうか・・?
いやでも、ご法話のときは全く分からないんですよ(笑)



さらに数日したある日には、
Teaching の後、退出される際に
出口の私の前で立ち止まられ、
法衣の懐から別の青い薬の箱を取り出され、
私の手に押しつけられました。
「Oh, no」とかなんとか言って遠慮していますと
(たぶん)「ええから、ええから、これを取るのじゃ」とチベット語でおっしゃっています。
アニラが後ろで笑って「This is another one」と言われ、

結局J先生は、あやしいチベットの丸薬を
さらにもう1種類飲むことになったのでした(^^)


ご本人は「最初来たときは普段の20%程度の体調だったが
今は55%程度」と、ずいぶん遠慮がちに言われますが

客観的に判断しますと
ここへ来た最初の頃の状態は10%
丸薬を飲み、コルラをしているうちに
60%程度に上がってきたように思えます。


またある日には、
「ほんとうに、もうすっかりよくなったか?」とお尋ねくださいました。
J先生は「はいはい、もうすっかり」なんて笑顔でおっしゃるのですが
私が正直に「sixty percent」と答えますと
「ターラー菩薩にお祈りしなさい。一心に祈るのじゃ」
とのお教えをたまわりました。


何から何まで
リンポチェ、ほんとうにありがとうございます。
これだけ丁寧なご指導を根本ラマからいただけたら、無敵です。


J先生のご体調不良のおかげでといっては何ですが、
衆生のひとりひとりに
どれほどの愛をリンポチェが注いでくださっているか
身にしみて分かりました。

 生類ひとりも余さずに
 菩薩の境地に渡すべし


ガルチェン・リンポチェは仏陀そのものです。

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by prem_ayako | 2018-01-18 00:44 | tibet

Bottom Out

みなさんご存じのように
12月半ばから、大きなJ先生のご体調が急に悪くなりました。
常識的に考えたら、アメリカへの長旅は
当然キャンセルすべきような状態でした。

しかし先生は
ぜったいに行く。と。

これがリンポチェにお会いする旅でないなら
キャンセルしたと思うのですが・・・


これまで、いつどこへ行くときも、先生はお兄ちゃん役で
一切のチケットを管理して先導してくださっていました。
ですが今回の旅では
いつもは妹役に甘んじている私が
しっかりしなくてはなりませんでした。

どれだけ状態が悪かったかというと、
重い荷物を引っぱっては、最寄り駅まで歩くのも無理なほどだったので
家から関空までタクシーに乗って行きました。
2万円ぐらいかかりました~(>_<)

ロサンジェルス空港でフェニックスまでの国内線に乗り換える
その通路の遠かったこと!
正直、車椅子を借りようかと思ったぐらいでした。

フェニックスで1泊して
翌日プレスコットまで2時間のシャトルバス。
バスを降りてからガルチェン・インスティテュートまでタクシーで
泥だらけの primitive road を1時間。

ようやく山の上の事務所で手続きをして
施設の概要を説明してもらい、
また少し山道を下りて
中腹にあるゲストハウスに入りました。

遠かった!
予想以上に遠かったです~(>_<)


12月29日、最初の夜、
先生は夜中に2度も鼻血を出されました。
寝ていると、いきなりぽたぽたと出血するのです。

その日に貸してもらったばかりの枕カバーもシーツも
持って行った寝間着も血だらけです。

途方にくれてしまいました。

翌朝、朝食を運んできましょうかと申し出たのですが、
やはり先生は拒否されて
ゆっくり、いっしょに坂道を上りました。

先生は足が上がらないようです。
まっすぐに歩けません。
身体のバランスがうまくとれないようです。
砂利に足をとられそうになるので
手をつないで歩きました。
長く苦しい坂でした。


その日、先生は休み休みしつつ
リンポチェの金剛さったの灌頂を受けられ
夕食のあと、
満月に近い大きな月が昇る道を
先に宿へと下りていかれました。

私は「ターラー菩薩成就法」の実習に出ることにしたので
Temple で、他の人たちといっしょにお唱えをしながら
さっき山道でJ先生とお別れしたその光景が何度も何度も浮かんできて
泣けてしようがありませんでした。

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2017年が終わります。
今年は父が亡くなりました。
おひげリンポチェも亡くなりました。

大きな丸い月。
背の高いJ先生の少し丸くなった背中。
土埃の薄暗い急坂を
いつものように首を少し右にかたむけて
一歩一歩下りて行かれる姿。

・・・そして私はここに残っています。
いつかこのような別れがくることを
見せつけられたような気がしました。


Teaching や Practice の間、
私はずっと出入り口近くの最前列の席にいましたが
J先生は、いちばん奥の壁際の椅子席を選んで座っておられました。

翌31日の昼食休憩の時、
先生は、奥から座布団の間を縫って出口まで歩いて来る間に
バランスをくずして転倒してしまわれました。

特にお怪我はなかったものの
身体を支えきれず転んだということに
とても落ち込んでしまわれて
見ていて気の毒なほどでした。。。

思えばこのころが、底だったかもしれません(T_T)






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by prem_ayako | 2018-01-18 00:27 | tibet

Chino Valley

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アリゾナに行ってきました。


私にとって大きな転機になりそうな気がしていましたが、
予想通り
人生を変えるような旅になりました。


行き先は、アリゾナ州の Chino Valley というところ。
ここにガルチェン・リンポチェのアメリカでの拠点
Garchen Buddhist Institute があります。

プレスコット国立公園のふもと、75エーカーの土地に
リンポチェのお住まい、temple、2つの stupa、
食堂と厨房、事務所、ゲストハウスが点在しています。


この度のリンポチェの Winter Teaching の内容は、
12月30日・31日・1月1日は金剛さった
1月2日・3日・4日はガンポパの『最上道の宝鬘』
1月5日・6日・7日はマチク・ラプトンのチュー
でした。

これに加えて、9日間通してケンポ・テンズィンによる
ナーガルジュナの『友人への手紙』の全解説がありました。

さらに毎日、朝食前にはジクテン・スムゴンのラマチューパ
夕食後にはターラー菩薩成就法の実習が
自主的に行われていました。


たいへん濃いい濃いい10日間でした!

帰国して今日でちょうど1週間たちますが
日本にいることがなんだかまだ、ウソのような気がしています。
時差の影響もあって、帰国してからずっと
夜中あるいは早朝に目がさめてしまって
そのまま眠り直すことができずにいましたが、
ようやく今朝は7時すぎまで連続して眠ることができました。
心も身体も、ゆっくりと日常に戻りつつあります・・・



さて、ゆっくりと書いていきますね。





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by prem_ayako | 2018-01-18 00:21 | tibet

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako