アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

カテゴリ:tibet( 80 )

On the Road to Buddha

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その後、ガルチェン・インスティテュートと別れを告げ
約束の時間に来てくれた Steve の車に乗って
Prescott まで送ってもらう道での出来事です。

町までの道の大半は、茶色く乾いた primitive road です。
両側に広がるのは、いわゆる ranch(牧場)と呼ばれるもので
ところどころに牛や馬が放されていますが、人っ子ひとり見えません。
人家もどこにあるのか分からないほどだだっ広い土地と
低く垂れ込めてきた曇り空だけが延々と続いている中、

突然人影が現れました。

黄色、というよりは土色の布を頭からかぶり
やはり土色のバッグをかついで
背筋をのばしてまっすぐに歩いているのは
女性のようでした。

「Theravada woman...」Steve が呟いて速度を落としました。
「よかったら乗っていくか?この車には女(私のこと)も乗ってるよ」と
その女性に声をかけました。

「Where are you going?」その女性が尋ねました。

彼女の目的地は、Prescott よりもまだ先のようです。
「どこまででも送ってあげたいが、after Prescott there's no woman.」

テーラバーダの女性はしばらく考えていましたが、
「Well, I just keep on walking the road.
Probably somobody with a woman will pick me up.」
「でも現れないかもしれないよ...」
「Probably may not. But I like to just go on the road.」

Steve は、このあたりの道を教え、
もう一度行けるところまで乗せていってあげようと申し出ましたが

彼女は、
「ご親切にありがとう。でもやっぱり私は歩いて行くわ」と、
いったん置いた荷物をまた肩にかけました。

「Cell phone をもっているか?」
「No, I don't have a cell phone」
女性はもう歩き出しています。
「Wait, what is your name?」
その名は、私には聞きとれませんでしたが、Steve は
「Nice name!」と叫んで発車しました。

私はいそいで窓を開け、彼女に合掌しました。
唯一の女性である私に向かって彼女は微笑みを返し、
後ろの土埃の中に消えました。

陽に灼けた顔と薄茶色の瞳。
薄い乾いた唇。
西洋人のようでした。

テーラバーダ(上座部仏教)のどの宗派なのか分かりませんが、
巡礼の途上なのでしょうか。
そして彼女の戒律では、
男性と同席することが固く禁じられているようでした。

ずっしりと重たい荷物を担いで
彼女は何時間もこの荒れ野を歩いてきたのでしょう。
そしてこれからも歩いていくことを、彼女は選びました。

いきなり現れ、また消えていった女性。
不思議な manifestation.

彼女は私たちにだけ見えた幻だったのかも・・・

 I just keep on going this way.
 I just keep on going this way.


あぁ! 彼女は
今の楽を選ばず、戒律を守ることを選んだ。
今の苦を選び、未来の楽を選んだ。

私がこの10日間、何度も何度も
ガルチェン・リンポチェに教えていただいた戒律 samaya は何だったでしょう?
それは、菩提心 Bodhicitta です。

 この世の楽にとらわれず、
 六波羅密を完成し、
 ターラー菩薩を心に念じ
 自他の妄分別を捨てること。

あの女性は、私たちの旅立ちに際しての
リンポチェからのメッセージだったのではないか
あの女性の姿は仏さまの顕れだったのではないか

そう気がついて
後ろの座席で私はひとりで泣きました。


 Just keep on going this way.
 Just keep on going this way.

私の道は何でしょうか。
私の道はどこへ続いているのでしょうか。

それはたぶん、楽なものではないのでしょう。
荒れ野に通る歩きにくい道。
自分の荷をもち自分で歩くしかない道。

 歩き続けるのじゃ
 忘れるんじゃないよ

とリンポチェが教えてくださったのだと

私には思えてなりません。

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これで Chino Valley への旅の話は終わりです。

読んでいただきありがとうございました。




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by prem_ayako | 2018-02-03 23:49 | tibet

Namo Sangha Ya!

1月8日のことをまだ書いていませんでした。

プログラムはすべて前日に終わったので
もうリンポチェにお会いすることはできません。
リンポチェもアニもラマたちも、通訳のイナもみな
あの2階建てのお屋敷のお部屋で休んでおられることでしょう。

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朝ごはんはタシ・ハウスですませることもできましたが、
最後にもう一度コルラをするために、
夜明けに山を上っていきました。

来た最初の頃のJ先生は
この坂を上るのがほんとうにお辛そうだったのですが、
今は、ゆっくりとですが確実に歩いて行かれます。
ほんとうに来てよかった。。。

何度も何度も
おんたれとぅったれ・・・とターラー菩薩真言を唱えながら
塔のまわりをコルラしました。

この日は、ここへ来てはじめての曇り空で
考えてみればこの十日間まったく雨は降りませんでした。
毎日、抜けるような青空で、
毎夜、降るような星空で、
チベット人の言う「なむかー(虚空)」とは本当はどのようなものなのか、
私は生まれて初めて知りました。

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  顕現するもの自分の心なり (三十七の菩薩業 第二十二偈)  

このガルチェン・インスティテュートが
こんなにも清いバイブレーションに包まれて
小鳥がさえずり
すぐそこを鹿が歩き
朝焼けも夕焼けもため息がでるほど美しく
晴れていても雲があっても空は透明で
遠くの山はいつも表情を変えて
私たちに語りかけてくるのは

ここに集った私たちみんなの心の顕れなのだと思いました。


いつの日のセッションだったか、
ご法話の後、全員で「法身普賢の誓願」をお唱えしたら
たいへんリンポチェがお喜びになられ、お目を少しうるませて
「なも・さんがー・やー!」「なも・さんがー・やー!」と
何度もおっしゃりながら退出されたことがありました。

このとき私も、ただ一心に、お経を唱えていたのです。
おそらくサンガのみんなの心がひとつになっていたのでしょう。

リンポチェの喜んでおられるさまを見て
あぁ、このお方に喜んでいただけるようなサンガを、日本にも作りたい
と、はじめて心の底から思いました。

  顕現するもの自分の心なり

ガルチェン・リンポチェのお力のおかげで、
このたび集まった私たちみんなの心が清まって
ここに美しい世界が顕現しました。

しかし、ということは
リンポチェのお力に頼って実現したこの聖なるサンガは
集まる衆生の心によって変化するということです。
この Buddha Field も無常なのです。


私のすべきことは
この美しい場所にまた来たいと願うことではなくて、
この美しい場所を自分のまわりに作るために
努力していくことだと気がつきました。


心がリンポチェと共にあり、
心がリンポチェと結ばれておれば
いつかこの世界を作り出せるはずです。

私は非力ですが
リンポチェとつながる仲間を
ひとりずつ増やしていくことで、
その先に、いつかサンガができるはずです。

大きな気づきを得たような気がします。

なも・ぶっだ・やー!

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by prem_ayako | 2018-02-03 23:23 | tibet

Sadhana Practice

Temple はおよそ100人ぐらいを収容できる広さで
東と南に出入り口があり
北側に立派な祭壇がありました。

ガラスケースの中にさまざまな金色の仏さまが座しておられ、
天井近くには大きな5枚の額がかかっていました。

中心に飾ってあるのは、14世ダライ・ラマ法王。
その両側に、ディクン・チェツァン・リンポチェとディクン・チュンツァン・リンポチェ。
向って左端には、ドゥプワン・リンポチェ。
向って右端には、ケンポ・ムンセル。
ガルチェン・リンポチェが大切に思っておられる方々のお顔ぶれに、
私はもう感動してしまいました~(T_T)

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床には木製の経机と四角い座布団がずらりと並んでおり
ほぼ全員が、机を使うことができます(基本、椅子席はありません)。
この経机、かなりゴージャスなんですよ(^^)
折りたたみ式で、高さ調節もできるし、
テーブル面を好きな角度に立てることができます。
しかも隠し小引き出しまでついている!

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こんなのが日本でも売っていないかなぁ?
百均のとは大違いで・・・。
私もせっかくだからお勉強モードとなり
今までになくしっかりノートをとりつつ、教えを受けました。
どこまで理解できたかはアヤシいですけど・・・

ガルチェン・リンポチェのお話は、いつ何をお聴きしても
「菩提心じゃよ!」という部分だけが
私の印象に残るのですが

今回は、結論の「菩提心」に至るまでの筋道を
金剛さった、ガンポパ大師、マチク・ラプトンのチューと
3つの方向から丁寧に説いていただいたような気が・・・します。

どの道も密教的、カギュ派的で・・・
光明とか空とか
氷と大海のたとえとかが満載で、
私はうれしかったものです。
(アバウトな言い方しかできずスミマセン。分かっていない証拠ですね orz)


リンポチェのご法話の時間以外でも、
このインスティテュートのサンガでは
毎朝7時から「ジクテン・スムゴンのラマ・チューパ」を
毎夕6時半からは「ターラー菩薩の成就法」を
自主練習しておられました。
これも、とっても素晴らしいことだと思いました。

何度か、この朝夕の practice に参加しましたが、
観察していると、ここには複数のアメリカ人(女性)ダキニがおられるもようです。
サンガ付きの Lama Thubten Nima がチベット語の部分を読まれ
英訳の部分を、ひとりのダキニがウンゼー役で唱えておられました。
この女性は、ものすごくほっそりしたかっこいい人で、チベット語もぺらぺらみたい。
私はこっそりダキニ・マスターと呼んでおりました。

他にも、祭壇のお供えものを取り仕切るダキニや
ラマたちへの飲み物に気を配るダキニ、
お花を活けるダキニたちがいて、
それぞれにできる仕事を分担しているようでした。

Practice 中の鐘や太鼓の鳴り物は、
ラマたちが長いチベットホルン、
ダキニ・マスターが小太鼓、
ダマルを持つ参加者が各自のダマルをトントン鳴らし、
吹ける人はホラ貝を取って、プォォォと吹きました!
それはそれは賑やかでした!

ガルチェン・リンポチェがおられなくても
ラマと在家たちで法要がきちんと営まれていて、とても感動しました。
随喜!
日本ガルチェン協会も、いつかこんなふうに出来るといいなあ~
と思いました。


さて満月の元旦、とっても auspicious な日の朝は、
いつもの「ジクテン・スムゴンのラマ・チューパ」が
「ガルチェン・リンポチェのラマ・チューパ」に変更されました。

これはなんと、ガルチェン・リンポチェの成就法で
正式名を The Guru Sadhana Called "Light Amassment of Blessings"といいます。

自分自身がガルチェン・リンポチェと一体になるんです!
そもそも成就法 sadhana は今まで数々教わりましたが
はっきり言って
12世紀のジクテン・スムゴン大師とはお会いしたことないですし
ターラーさまとも観音さまとも
実際お会いしたことありません・・・
なのでリアリティが段違い、と言いますか
信仰の深さが違うと言いますか
(そんなこと言っちゃいかんのかもしれませんけど)

ガルチェン・リンポチェの真言(!)を
何度も何度も繰り返し歌っていると
それだけでもう、涙が溢れてくるんです。

リンポチェご自身はご在席されませんでしたが、
正真正銘のガルチェン・リンポチェのお寺で
リンポチェへの帰依を誓い長寿を祈り加持を願い
リンポチェと一体になる成就法を行うことができて、
本当にありがたかったです。

経文とこの日の録音CDも入手してきましたので、
いつの日か日本のサンガでも
ガルチェン・リンポチェのラマ・チューパをしたいものだと思いました。

ちなみにこの経文の最後に、次のような記述があります。

 When the oral transmission for this practice was requested, Garchen Rinpoche said that it is permissible to recite this practice without having received the oral transmission. Rinpoche said that giving rise to bodhicitta is the actual transmission.

 口頭伝授を受けなくても、これを行ってよいぞ。
 菩提心を起こすことこそが伝授なのじゃから。

なんてガルチェン・リンポチェらしいお言葉でしょう!
やっぱり菩提心なのでございます(^^)




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by prem_ayako | 2018-01-24 16:53 | tibet

Love and Compassion

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12月31日の午後
リンポチェの身の回りのお世話をしておられるアニ・サムテンが
ご法話の合間にJ先生の座っているところまで、
「リンポチェが、お体の調子がお悪いのではないかと聞いておられます」
と尋ねてこられました。

私は離れたところに座っていたので
そのときの会話を知らなかったのですが
先生は、確かに体調が悪いのですと伝えたそうです。

その後、夕食の配膳を待って並んでいると、
リンポチェがアニといっしょに、まっすぐ私たちの方に歩いて来られました。

リンポチェはなんと涙を流しておられます。
リンポチェのお言葉をアニラが
「インターネットでチベットのお薬を調べて、必要なものを言いなさい。
 リンポチェはお薬をたくさん持っているので、欲しいものを差し上げます」
と通訳してくださいました。

私は、はじめ何のことか分からなかったのですが、
リンポチェがJ先生の身体のことをこんなにも気にかけて
涙を流すほどに心配してくださっていることを知って、驚きました。

私は、こちらからリンポチェにJ先生の体調の悪さをお話しして
なんとかお加持をいただき助けていただこうと考えていました。
ですが、何も申し上げていないのに
リンポチェの方から、気がついてくださったのです。

母親が子どもの姿を見ただけで
子どもの心や身体の状態が分かるように

リンポチェはJ先生の姿をご覧になって
あるいはJ先生や私の心をご覧になって
分かってくださったのです。

私たちの苦と苦の因を取り去りたいと願われて
涙を流してくださっている・・・
リンポチェはまことに大悲の観音さまと等しいお方です(T_T)(T_T)
・・・・・


さて、インターネット検索してみましたが
チベット薬ってたくさんありすぎて、
どれがよいのか、J先生ご自身お医者さんでも分からないのでありました。
それで、明日になったらリンポチェに厚くお礼を申し上げて
お加持だけいただきましょうということになりました。

その夜(大晦日の夜)は
血のついたシーツやカバーをつまみ洗いして、
洗濯ものといっしょに乾燥機にかけて
少しすっきりしました。
同宿者たちとの会話も多くなり、知り合いも増えてきました。


2018年1月1日、
またアニラがJ先生のところに来られ
「リンポチェが、このお薬がよいだろうと選ばれました」と
チベットの丸薬4個と英語の説明書とを置いていかれたそうです。

私が行くと、先生が「どうしよう」と困惑しておられました。
って・・・
リンポチェが選んでくださったお薬です!
利かないわけありません!
よかったわ~、これで安心!と大喜びの私に比べ、
当のJ先生は「うーん、飲むしかないか・・・」と困っておられます。

あぁなるほど。
西洋医学のプロである先生にとって
未知の丸薬をご自分の身体に入れることは
普通の者に比べてはるかに大きな冒険なのですね。

先生にとっても、乗り越えなくてはならない試練がきたようです(^^)

でもその晩、説明書に従って丸薬をお湯につけて蓋をして
翌朝の夜明け前、きちんと服薬しておられました(^^)

2日続けて飲まれると、
坂を上る足どりが、ずいぶんしっかりとしてこられたように思いました。

リンポチェにお礼を申し上げにいくと
「あの薬を飲んで
 コルラをたくさんすれば
 必ずよくなるであろう」
と言っていただけました。

ありがたすぎるお言葉です(T_T)(T_T)
「必ずよくなる」
このお言葉が、どれほど欲しかったか・・・!

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リンポチェは、私たちをご覧になるだけで
あるいは触れるだけで
分かってくださるのだと思います。

また私の方も、
リンポチェがこちらに向って直接何か言ってくださるときは
アニラの通訳がなくても
何をおっしゃっているのか、だいたい分かります。
表情・・・声のトーン・・・
いえ、たぶん心が
通じているのだと思います。

思い上がりでしょうか・・?
いやでも、ご法話のときは全く分からないんですよ(笑)



さらに数日したある日には、
Teaching の後、退出される際に
出口の私の前で立ち止まられ、
法衣の懐から別の青い薬の箱を取り出され、
私の手に押しつけられました。
「Oh, no」とかなんとか言って遠慮していますと
(たぶん)「ええから、ええから、これを取るのじゃ」とチベット語でおっしゃっています。
アニラが後ろで笑って「This is another one」と言われ、

結局J先生は、あやしいチベットの丸薬を
さらにもう1種類飲むことになったのでした(^^)


ご本人は「最初来たときは普段の20%程度の体調だったが
今は55%程度」と、ずいぶん遠慮がちに言われますが

客観的に判断しますと
ここへ来た最初の頃の状態は10%
丸薬を飲み、コルラをしているうちに
60%程度に上がってきたように思えます。


またある日には、
「ほんとうに、もうすっかりよくなったか?」とお尋ねくださいました。
J先生は「はいはい、もうすっかり」なんて笑顔でおっしゃるのですが
私が正直に「sixty percent」と答えますと
「ターラー菩薩にお祈りしなさい。一心に祈るのじゃ」
とのお教えをたまわりました。


何から何まで
リンポチェ、ほんとうにありがとうございます。
これだけ丁寧なご指導を根本ラマからいただけたら、無敵です。


J先生のご体調不良のおかげでといっては何ですが、
衆生のひとりひとりに
どれほどの愛をリンポチェが注いでくださっているか
身にしみて分かりました。

 生類ひとりも余さずに
 菩薩の境地に渡すべし


ガルチェン・リンポチェは仏陀そのものです。

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by prem_ayako | 2018-01-18 00:44 | tibet

Bottom Out

みなさんご存じのように
12月半ばから、大きなJ先生のご体調が急に悪くなりました。
常識的に考えたら、アメリカへの長旅は
当然キャンセルすべきような状態でした。

しかし先生は
ぜったいに行く。と。

これがリンポチェにお会いする旅でないなら
キャンセルしたと思うのですが・・・


これまで、いつどこへ行くときも、先生はお兄ちゃん役で
一切のチケットを管理して先導してくださっていました。
ですが今回の旅では
いつもは妹役に甘んじている私が
しっかりしなくてはなりませんでした。

どれだけ状態が悪かったかというと、
重い荷物を引っぱっては、最寄り駅まで歩くのも無理なほどだったので
家から関空までタクシーに乗って行きました。
2万円ぐらいかかりました~(>_<)

ロサンジェルス空港でフェニックスまでの国内線に乗り換える
その通路の遠かったこと!
正直、車椅子を借りようかと思ったぐらいでした。

フェニックスで1泊して
翌日プレスコットまで2時間のシャトルバス。
バスを降りてからガルチェン・インスティテュートまでタクシーで
泥だらけの primitive road を1時間。

ようやく山の上の事務所で手続きをして
施設の概要を説明してもらい、
また少し山道を下りて
中腹にあるゲストハウスに入りました。

遠かった!
予想以上に遠かったです~(>_<)


12月29日、最初の夜、
先生は夜中に2度も鼻血を出されました。
寝ていると、いきなりぽたぽたと出血するのです。

その日に貸してもらったばかりの枕カバーもシーツも
持って行った寝間着も血だらけです。

途方にくれてしまいました。

翌朝、朝食を運んできましょうかと申し出たのですが、
やはり先生は拒否されて
ゆっくり、いっしょに坂道を上りました。

先生は足が上がらないようです。
まっすぐに歩けません。
身体のバランスがうまくとれないようです。
砂利に足をとられそうになるので
手をつないで歩きました。
長く苦しい坂でした。


その日、先生は休み休みしつつ
リンポチェの金剛さったの灌頂を受けられ
夕食のあと、
満月に近い大きな月が昇る道を
先に宿へと下りていかれました。

私は「ターラー菩薩成就法」の実習に出ることにしたので
Temple で、他の人たちといっしょにお唱えをしながら
さっき山道でJ先生とお別れしたその光景が何度も何度も浮かんできて
泣けてしようがありませんでした。

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2017年が終わります。
今年は父が亡くなりました。
おひげリンポチェも亡くなりました。

大きな丸い月。
背の高いJ先生の少し丸くなった背中。
土埃の薄暗い急坂を
いつものように首を少し右にかたむけて
一歩一歩下りて行かれる姿。

・・・そして私はここに残っています。
いつかこのような別れがくることを
見せつけられたような気がしました。


Teaching や Practice の間、
私はずっと出入り口近くの最前列の席にいましたが
J先生は、いちばん奥の壁際の椅子席を選んで座っておられました。

翌31日の昼食休憩の時、
先生は、奥から座布団の間を縫って出口まで歩いて来る間に
バランスをくずして転倒してしまわれました。

特にお怪我はなかったものの
身体を支えきれず転んだということに
とても落ち込んでしまわれて
見ていて気の毒なほどでした。。。

思えばこのころが、底だったかもしれません(T_T)






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by prem_ayako | 2018-01-18 00:27 | tibet

Chino Valley

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アリゾナに行ってきました。


私にとって大きな転機になりそうな気がしていましたが、
予想通り
人生を変えるような旅になりました。


行き先は、アリゾナ州の Chino Valley というところ。
ここにガルチェン・リンポチェのアメリカでの拠点
Garchen Buddhist Institute があります。

プレスコット国立公園のふもと、75エーカーの土地に
リンポチェのお住まい、temple、2つの stupa、
食堂と厨房、事務所、ゲストハウスが点在しています。


この度のリンポチェの Winter Teaching の内容は、
12月30日・31日・1月1日は金剛さった
1月2日・3日・4日はガンポパの『最上道の宝鬘』
1月5日・6日・7日はマチク・ラプトンのチュー
でした。

これに加えて、9日間通してケンポ・テンズィンによる
ナーガルジュナの『友人への手紙』の全解説がありました。

さらに毎日、朝食前にはジクテン・スムゴンのラマチューパ
夕食後にはターラー菩薩成就法の実習が
自主的に行われていました。


たいへん濃いい濃いい10日間でした!

帰国して今日でちょうど1週間たちますが
日本にいることがなんだかまだ、ウソのような気がしています。
時差の影響もあって、帰国してからずっと
夜中あるいは早朝に目がさめてしまって
そのまま眠り直すことができずにいましたが、
ようやく今朝は7時すぎまで連続して眠ることができました。
心も身体も、ゆっくりと日常に戻りつつあります・・・



さて、ゆっくりと書いていきますね。





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by prem_ayako | 2018-01-18 00:21 | tibet

聞思修

シンガポールや台湾に行くと
瞑想中に、何らかの体験がおこることが多いのですが
今回はそういうのはありませんでした。

なんでかな?と考えて、それは
今回は、瞑想(修)ではなく、教え(聞)だったからだと気がつきました。

アミデワ・リトリートは、リンポチェとご一緒に瞑想する体験です。
合間合間に、リンポチェの選ばれたテーマでの teaching が入りますが
ほとんどの時間は、成就法とマントラのお唱えに費やされます。
だから、イッてしまえるんですね(笑)

「マハームードラ」は難しすぎるので、実際の瞑想に入りませんし
「三十七の菩薩行」も、常に「聞」のレベルで学ぶものです。

もちろん、その場にリンポチェが臨在しておられますので、
音声ファイルを聴いたり本で読むだけとは全く異なる体験になるのですが
(幸福感がまったく違います!)
どちらかというと、言葉で学ぶ「知的」な側面が大きいと思います。


思えば2012年のご来日の際は、ほぼ全て teaching でした。
2013年のときは、灌頂に少し成就法が入り
「ジクテン・スムゴンのラマチューパ」の中では
おんあーふーむ瞑想(修)を教えていただいた記憶があります。
でも、あとはほとんど「聞」だったような。

   暇満の舟なる人身得たからは
   自他を輪廻の海より救うため
   昼間も夜も心を散らさずに
   聞思修する仏子菩薩行

と、「三十七の菩薩行」の第一偈にありますが
「聞思修」をチベット語で「とー・さむ・ごむぱ」と言います。

5年前にはじめて仏法 teaching を「とー(聞)」し、
その後瞑想を積んできた「ごむ(修)」の体験を、
今回、あらためて teaching をいただいて、
「とー(聞)」のレベルで整理させていただいたように思います。

こうやって、何度も何度も教えを受けては実践し、
また教えをいただいて理解を深める・・・
ということを繰り返していくのですね。

何度もリンポチェから教えをいただいているこの環境こそ、
まさに有暇具足(暇満の舟)の人身です。
なんとありがたいことでしょう。

そして、アドラー心理学だって仏教と同じだな
としみじみ感じるのでありました。


さて、では「聞思修」の「さむ(思)」とは何なのか?

大きなJ先生にお訊きしたところ、
これは「聞」で教わったことをひとりで考えることではなくて
(それは瞑想の「ヴィパッサナ(観)」に含まれるようです)

伝統的には、チベット僧院で行われてきた「問答」などを指すということでした。
仲間と討論するとか話し合うとか、師に質問するとか、
他者との交流の中で「聞」を確かめていくことを「思」とよぶのだそうです。


そうすると~
わが日本ガルチェン協会は、
けっこういい線でプログラムを組んでるんじゃないかしら?

だって、今年3月、ドルズィン・リンポチェからいただいた
三十七の菩薩行が「聞」、
前行・おんあーふーむ瞑想・観音菩薩とターラー菩薩の成就法が「修」。

その後、復習会やおさらい会で、
みんなしっかりと「修」を繰り返していますよね♪

それから、インターネットでやってる「タルゲン勉強会」は
「思」になりますね!
こうじゃないか、とか、ああじゃないか、とか
みんなで智恵を出し合ってディスカッションしているのですから!

来年3月、ドルズィン・リンポチェにお願いしているのは
六波羅蜜の「聞」と
前行・アミデワリトリート・ポワの「修」です。
いい感じ!(^^)v

来週、アドラー心理学会の総会が終われば、
J先生も私も、本業の方が少し落ちつきますので、
そろそろ来年の詳細をお知らせできるのではないかと思います。
もう少しお待ちくださいね~

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行きの飛行機の窓から撮った香港島
喧噪や混沌から遠く離れて見ると美しい!






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by prem_ayako | 2017-10-07 21:03 | tibet

ティーチング

9月29日(金)の夕方、
尖沙咀の街坊福利会という会場で
ガルチェン・リンポチェによる白ターラー菩薩の灌頂をいただきました。

古い学校の講堂といった趣の会場で、ざっと800人ぐらいでしょうか、
私には中国語の聞き分けができないので分からないのですが、
J先生によると、地元香港の方、台湾からの方以外に
大陸からの中国人が多かったようです。

英語通訳を聴くために受信機をお借りしたのですが、
電波がよく届くようにと、右の最前列に座るように言われました。
ありがたい! リンポチェの間近ですw

といっても、英語通訳を利用していた者はごく少数で
私たち日本人と、ほんの数人の西洋人だけだったように思います。


翌30日(土)も同じ会館の同じ席で
「ガンジス川のマハームードラ」の教えをいただきました。

2012年、2013年と2年連続で
日本でやはり同じ教えをリンポチェからいただきましたが、
チベット文化協会のラマ・ウゲンの日本語通訳があったにも関わらず
・・・なんだか今回英語で聴く方が、まだしも理解できたような気がします。

あの頃は
日本語の仏教用語自体、まだ全く無知でしたからね~
(と遠い目)

あれから私、
self-grasping(我執)だとか altruistic mind(利他心)だとか
普段は絶対使わないような仏教重要語句を
勉強したもんね(^_^)v

ただ今回、この教えを1日(実質4時間)でいただくというのは
いくらなんでも無理ですわ。。。
リンポチェも時計を気にされながらだし、通訳のイナもすごい早口だし
心をからっぽにして聴いていると、
うまくいけば時たま心に意味が届くという感じ(-_-)

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10月1日(日)は会場が変わって
地下鉄(MTR)で30分ほど行ったところにある、ホテルの豪華なお部屋になりました。
リンポチェのお椅子は、ぐっと座り心地の良いものになり
私たちの椅子も、お尻の痛いパイプ椅子からグレードアップしました。

でもね、リンポチェは、固いお椅子に座られているときも、
どんなに柔らかいソファーに座られているときも
同じ姿勢で、淡々とマニ車を回されます。
椅子の背にもたれるなどの楽な姿勢は、決しておとりにならないんです。
どんなに長時間でも、背中をくずさず座られるのだと
ドルズィン・リンポチェも言っておられました。

81歳のお年で、それは、どれほどのご意志の力かと感動しましたので
私も真似しよう!と思ったのですが
すぐに、忘れてしまいます・・・
この意志の弱さよ(>_<)


この日のご法話は、みなさまお馴染みの「三十七の菩薩行」でした。
これは、2012年5月
はじめてリンポチェにお会いした際に、最初にいただいたご法話です。

このお教えがあまりにも素晴らしかったので、これを本気で勉強しようと思い
手の届く範囲で「三十七の菩薩行」を学ぶべく
他のラマのもとへ、大阪、京都、名古屋へと出かけました。
また辞書を引き引き、チベット語原文でも学びました。

あれから5年経って、
根本ラマであるガルチェン・リンポチェから
この同じテキストをこうして香港まで来て教えていただいていると思うと
とても感慨深いものがありました。

少しは身についたのだろうか?と自らに問えば
いえ、未だ未だ!と言うしかありません(>_<)

それでも、特に後半(第22偈あたり)
深い深いところをお教えいただいたと感じています。


しかし、この日のお教えもやっぱり4時間だけだったので
リンポチェはめちゃくちゃ時間を気にされて
最後の方、イナの通訳はあり得ないほどの猛スピード!!
心を無にしても、とてもじゃないけど追いつきませんでした(T_T)

幸い、大きなJ先生が録音しておられたので
後でゆっくりと聞き直します。
でないとあまりにももったいない!


リンポチェのご負担を考えたら、1日4時間は限界だと思います。
実際には、その後に質疑応答やら blessing やら
帰依戒の時間があったりしましたし
ご高齢のお身体には、これでもかなりのご負担だったのではないかと思います・・・

「ガンジス川のマハームードラ」にしても「三十七の菩薩行」にしても、
以前のご法話の英語版が出版されていますので

今後は、教えの本体はそれらの本を参考にして学び、
実際にお会いした折りには、リンポチェのご臨在を随喜する
・・・という形になっていかざるを得ないのかもしれません。


また今回は、リンポチェと個人的にお会いすることは叶いませんでした。
前もって主催者に希望を伝えていたのですが
うまくアレンジできなかったようでしたし、
リンポチェのお疲れのご様子を見て、こちらからキャンセルさせていただきました。
(貪欲はいけませんからね!)

でも、最後の blessing のとき
カタを持って並んだ私たちにリンポチェは気がついてくださって

大きなJ先生に、「おお~ありがとー!」と、すぐに日本語でおっしゃって
おでこをごっつんこ!(^^)
私にも「ありがとー!」とおっしゃりながら
左のほっぺたにちゅっとキスしてくださいました(笑)

うれし~(^o^)
満足。
香港まで行った甲斐がありました♪♪(単純)

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by prem_ayako | 2017-10-07 20:51 | tibet
ラムケン・ギャルポ・リンポチェというお方のことを
私は勝手に「おひげリンポチェ」とお呼びしています。

数年前まで、わりとひんぱんに日本においでになっておられたようで
私は2013年初夏に東京の護国寺で般若心経を


2014年冬に、やはり東京の慈母会館でチュゥの教えを受けました。


どちらも、とてもとても尊いものでした。


おひげリンポチェにお会いする前の年に、はじめてガルチェン・リンポチェにお会いして
そのとき、ガルチェン・リンポチェの弟子になろうと決めたのですが
次いつお会いできるかわからなかったので

翌年6月、同じディクン・カギュの高僧であるおひげリンポチェから
最初の帰依戒をいただいたのです。

今もよく覚えています。
風の吹き抜ける護国寺の本堂で
おひげリンポチェの明快なご説明を伺ったこと。
質問への的確なお答えと
詠まれたチベット語の般若心経の美しさ。。。


帰依戒を受ける人は前に出るようにと言われ
リンポチェのすぐ前に左膝をついて手を合わせた私をご覧になって、
「彼女のような姿勢で座ってください」とおっしゃいました。
(なんとそのときの通訳さんは、先日大津で1日だけ通訳に来てくださったM先生でした)



2014年の慈母会館でのチューのお教えも素晴らしかったです。
おひげリンポチェはダマルを鳴らしながら
とてもよいお声でお経を唱えてくださいました。

ただ、最終日の午後から突然に
お風邪のような症状が出てこられて、声が涸れ
少し熱っぽいお顔になられて、お気の毒でした。
最後のチューの朗唱は、お付きのケンポに任せておられました。



このケンポとは、その後Facebookでお知り合いになったのですが、
その頃はおひげリンポチェとご一緒にヨーロッパやロシアを回っておられましたが、
そのうち、おひとりで写るお写真が多くなってきました。

そして少し前、おひげリンポチェのお写真が、ひさしぶりにアップされていました。
それを拝見すると・・・・・とても痩せておられて

あの丸顔とキラキラしたお目が・・・様変わりしておられて
前は黒々としていたおひげも、目立たなくなっておられて
・・・お年を召しただけではない変わられようだと感じて
とても悲しかったのです。

ですから、予感はありました。


今朝ほど、アメリカのガルチェン・インスティチュートからメールが届いていました。


Dear Sangha

H.E. Garchen Rinpoche has requested that his disciples around the world recite White Tara mantras as much as possible for all the beings who are suffering from the natural disasters now - the earthquakes in Mexico, the hurricanes in the Caribbean Islands, Puerto Rico and Florida and anywhere else in the world that is experiencing a natural disaster.

Rinpoche also is requesting his disciples to recite White Tara mantras for the long life and health of one of his teachers, who is very ill at this time - Lamchen Gyalpo Rinpoche.


OM TARE TUTTARE TURE MAMA AYUR JNANA
PUNYE PUSTIM KURU SVAHA


ガルチェン・リンポチェは世界中の弟子たちに、できるだけたくさんの白ターラー・マントラを、いま自然災害にあって苦しんでいるすべての衆生のために唱えるように言っておられます。メキシコの地震、カリブ諸島・プエルトリコ・フロリダのハリケーン災害、その他の自然災害にあった衆生のために。

さらに、リンポチェの師のおひとりであり、今とても重い病にあるラムケン・ギャルポ・リンポチェの長寿と健康のために。

おん たれ とぅったれ とぅれまま あゆ じゃな
ぷんね ぷてぃむ くる そーは

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  ほんとうに無常を感じます。
  父も師も去っていきます。
  おひげリンポチェが少しでもお楽になられますように。

 
 
 
 
 
 


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by prem_ayako | 2017-09-21 22:48 | tibet

The 1st Day in Singapore

(すっかり季節が変わり、古い話になってしまったんですけど・・・
 よろしければお読みください)

8月8日の朝8時に函館から帰宅して
その日の夜8時には関空におりました。

朝ご飯を食べて、1週間の旅の用意をして
ざっと掃除機かけて、お風呂入って昼寝して、
メールチェックしてブログアップして、ゴミを出してダッシュです。
できるもんですね(^^;)


シンガポールは4回目です。
最初の2回はJ先生とふたりきり。
昨年は約10人、
今年は約20人の日本の仲間と参加することになりました。
関空から、通訳のW先生といっしょです。

9日早朝、お馴染みのチャンギ空港に無事到着し、
時間をつぶして午前8時すぎ、
ダルゲーリン(ドルズィン・リンポチェのお寺)に向かいました。

今年のシンガポールは例年ほどには暑くなく、
2晩連続で夜行移動の私としては、たいへん助かりました。

ダルゲーリンでタクシーを降りると
成田からの到着組が、鍵がかかっているとビルの外で待っていました。
8時に開けると聞いてたのにね・・・と、ドアの小窓から覗いてみると
お坊さんがふたり、祭壇を調えておられるのが、かろうじて見えました。

ピンポンを押しても反応がないので
何度かノックしてみると、ようやく気づいてくださいました。
そうして扉を開けたお坊さんは
5年前から、毎度ここでお会いしているラマ・ツェリン
あちらも「おお!」とニッコリされ、大きく扉を開けてくださいました。

続々中に入ると、奥からドルズィン・リンポチェがご登場!
(リンポチェとお坊さん方は、ここに住んでおられるんですね)
みんなハグして感動の再会です(^o^)

そのうちにスタッフの方々もやって来られました。
ガルチェン・リンポチェのお座をつくって、私たちの座布も並びました。
どうやら・・・今回はいつもの奥の部屋ではなく
仏像やタンカの並んだ本堂でお会いできるようです(やっぱり20人で来ると違うわ!)

通訳のW先生を含む日本人の半数以上は、
3月のドルズィン・リンポチェのリトリートに来られた方々で
ガルチェン・リンポチェとお会いするのは、このたび初めてです。

お約束の9時近く、いったん座っていた座から
そうだICレコーダーを出しておこう、と荷物の方へ歩いて行ったとき、
ちょうど!ガルチェン・リンポチェが入ってこられるのに出くわししました。
さっそくみんなに告げて、立って合掌してお迎えしました。
(そしてICレコーダーのことはすっかり失念いたしまして・・・
 今回も録音し損ねましたとさ・・・)

ガルチェン・リンポチェはニコニコと、とてもお元気そうです♪
いつものように慈愛深く
みんなの顔を見回してくださいます。
この笑顔にあえば、私たちも笑顔にならないではおれません。

b0253075_22222612.jpg大きなJ先生が日本ガルチェン協会の会長として
3月のリトリートが大成功に終わったことや
今後の計画や、
リンポチェへのお願いなどを伝えられました。

ガルチェン・リンポチェは
通訳のW先生が楽な姿勢でお仕事できるように
気を配られます。
こういうところ、本当にガルチェン・リンポチェらしい!
ご自分のことより、いつもまわりの衆生のことを考えてくださいます。

今までは15分ぐらいしかお時間をいただけなかったのに、
今回はなんと1時間(!)
日本人のために、リンポチェはお時間を割いてお話をしてくださいました!
(やっぱ20人いると違うわ again)
そして今回も、録音できなかったことが悔やまれる again です。

でも、あとで大きなJ先生にお尋ねしたところ、
次のように概要を教えてくださいました・・・

 このように私(Jalsha)は聴いた。
 輪廻も涅槃も全て私たちの心(セム)である。
 心が穢れていると(我執があると)輪廻になり、心が清まると涅槃になる。
 智恵と慈悲によって心は清まる。
 一生懸命勉強して智恵ばかりを増やしてもダメで、
 日常生活の中で慈悲を磨かなくてはならない。
 菩提心の瞑想(ゴム)をすることが必要じゃ。
 そうすると心がしだいに清まって、やがて智恵も生じる。
 こうして心が完全に我執から離れると仏になるのじゃ、と。

私のいいかげんな記憶では
「セム(心)」で始まって「ゴム(瞑想)」で終わるんだな・・・って程度でしたので(>_<)
J先生に感謝感謝です!


ありがたいご法話の後、
思ってもいないことが起こりました。
ドルズィン・リンポチェが目配せされて、
大きな布の巻物が、ガルチェン・リンポチェの前のテーブルに置かれました。
それを、私たち日本のサンガにくださるというのです!
b0253075_22262439.jpg
開いて見せてくださったものは、
ディクン・カギュ派の創始者であるジクテン・スムゴン大師のお姿を中心に
系譜のラマたち、ご本尊、まわりにはウサギや象が戯れる、
とても美しいタンカでした。
(今年はジクテン・スムゴン大師の入涅槃800年記念の年なのです)
絵そのものも大きいですが、軸装もたいへん立派です。

台湾ではお釈迦さまのお像をいただきましたが、
今回はタンカですか!
ありがたすぎます(T_T)

それからひとりひとり、ガルチェン・リンポチェにカタをお献げして
記念写真を撮って、ちょうど1時間でガルチェン・リンポチェは退出されました。
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このようなご厚遇、すべてアレンジしてくださったのは、
われらがドルズィン・リンポチェです~(T_T)


面白いことに、
この後4日間のアミデワ・リトリートの間も
日本の参加者の間でドルズィン・リンポチェの株は上がりっぱなしでした(^^)

3月のリトリートでドルズィン・リンポチェの帰依戒を受けられた方々はやはり、
ドルズィン・リンポチェlove!みたいです。
私はやっぱりドルズィン・リンポチェはお兄ちゃんみたいな感じで
ガルチェン・リンポチェの方に、隙あらばベタベタしちゃうんですけどね(笑)

 
 
 
 
 
 
 
 
 


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by prem_ayako | 2017-09-09 22:35 | tibet

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako