アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

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Tashi House

Teaching にはさまざまな人種の人が参加していましたが
ほぼ全員がアメリカ在住者だったようです。

黙っていたら、私たちもアメリカに住む Chinese かと思われるみたいで
Japanese だと言うとかなり珍しがられた上に
日本からわざわざ来たと聞いて、さらに驚かれたものです。

私たちが10泊したのは
インスティテュートの敷地内だけれども
山の上の temple や食堂からだいぶ下ったところにある
タシ・ゲストハウスというおうちでした。

テントでの雑魚寝、寺院内での雑魚寝、
キャンピングサイト、自分のテント、車中泊、
と選択肢はいろいろありましたが、
ベッドを確保できるのはここだけだったので
軟弱な私たちは、当然、この冬のさなか、
少々お金がかかっても安全そうなタシ・ゲストハウスを選びました。

同じように考える人はわりと多いようで、タシ・ハウスのお部屋だけは
インターネット予約する際に、見る間に埋まっていったのでした。

というわけで、
ガルチェン・インスティテュートで最もゴージャスな(はずの)タシ・ハウス。
まず入り口からご覧に入れましょう。

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内部には、いたるところにリンポチェのお写真、
ターラー菩薩のお写真が飾ってあります。
素敵でしょ。

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立派なキッチン。
車で来る人たちはもちろん自炊です。
ただし、ペットボトルの水一本、ここにはありませんので
麓の町まで悪路を1時間走らなくてはなりません。

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シャワーは1つ。
お風呂はなし。
トイレは2つ。
2人~4人部屋が5つぐらいかな。
ここで、カップル2組とあと7~8人が共同生活をしました。


「マリーゴルド・ホテル」という映画をご存じですか?
数年前に飛行機で観たのですけど
タシ・ハウスの生活は、ちょっと「マリーゴルド・ホテル」みたいでした

つまり、さまざまな同宿者、それぞれのキャラがすごく立っていて、
最初はよそよそしかったのが、共に生活するうちに
ほんとに仲の良い family になっていった感じなんです。

もちろん全参加者100人ほど、みなけっこう仲良くなるのですが、
タシ・ハウスの同宿者は特別でした。


少しご紹介しましょう・・・

日本人にはまずいないだろうタイプのキャラなら、Donna(ダーナ)でした。
いつも真っ黒なパンツスタイルで、ふわふわの銀髪に銀縁眼鏡。
私は勝手に「お蝶夫人」と呼んでいました~(^_^;)

Takiko の次に怖い人ねと最初は思っていましたが、
どうやら、短いシャープな冗談が好きなだけだったみたいで
言葉の不自由な私たちのことをとても気にかけてくれて
ありえないほどおせっかいをやいてくれました。
言うとおりに動かないとちょっと怒られるぐらいの勢いで(笑)

私たちが帰りの交通手段を確保できたのは、
ひとえに Donna が親身に協力してくれたおかげです。
バス会社への連絡を手伝ってくれたり
友達の Steve に話をつけてくれたりしたのです。
ほんとにありがとう!


カナダから来た Sally はとっても太って足が悪く、
いつも杖をついてゆっくり歩いていました。
Temple の外の靴脱ぎ場でよくお喋りしましたっけ。
Donna みたいに前には出てこないのだけど、
私たちを何気なく見守ってくれていて
必要なときに、すぐ手助けを申し出てくれました。

ご両親が oriental 好きで(ちょっとニュアンスがよく分からなかったけど)
妹さんがテーラバーダ(上座部仏教徒)でタイに住んでいるそうです。
彼女自身、インドにもチベットにも旅をして、いろんなラマに会ってきたようです。
そのうちにガルチェン・リンポチェに行き着いたのだとか。


名前を忘れてしまったけれど、ミネソタ州の漢方医はスペイン人で
まじめで、やさしく静かな若者でした。
彼はタシ・ハウスのリビングルームに
いい香りの incense をまいてくれました。

彼とガルチェン・リンポチェとの出会いはずっとずっと前、
アパートの友達の部屋でだったそうです。
帰宅した彼が扉を開けると、20人ほどの人が集まっていて
正面にマニ車をくるくる回すチベット僧がいたといいます。
体験したことのないことだったのでよく覚えていて、
何年も経ってから、それがガルチェン・リンポチェだったと知ったのだそうです。



そして最も驚くべき出会いは
Brian と Patris の夫婦でした。

Brian の声はとてもやわらかく、
話し方がちょっと Walton 先生に似ていて聞き取りやすかったので
最初の日から私は、彼にはなんだか気を許せていました。
Patris はブロンドの美人で
Brian が Patris にぞっこんなのは、傍目にもよく分かりました。

なんとなくいい感じのカップルだな~とは思っていたんですが

ほとんどもう teaching も終わる頃、たまたま食堂で隣同士に座ったときに
はじめてお互いのことを詳しくシェアし合ったら、
たくさんの共通点があることが分かったんです。
夫婦になってからの年数や
子どもや孫の数や年齢や
自分たちの年齢や
職業まで!

実は Brian は
若いころに16世カルマパと出会い
インドのダラムサラで得度した
チベット僧だったのです。
カルー・リンポチェの指示で、フランスのカルマ・カギュ・センターに赴いた
4人の西洋人のうちのひとりだったということです。

18年後、身内の死に際してアメリカに戻り、還俗し、
チベット語の通訳でしばらく暮らしていたそうです。
何冊か翻訳書を出しているようです。

さらに後年、仏教の教えを生かしてセラピストになり
非行少年たちの更正や
家庭的に恵まれない子どもたちの援助に尽くしてきたそうです。

今、60代後半ですがすべての仕事を引退し
ダラムサラで若い頃に見そめて以来思い続けていた Patris と、
数年前、ついに結婚したんですって!

 十代の Patris は、息をのむぐらい美しかったんだよ!
 でもそのころ僕はチベット仏教に恋していたし
 彼女は亡命チベット人と結婚してしまったんだ。
 再会して、今こそ Patris と結婚する時だ!と思ったんだ。

ということで。
ごちそうさまです(^^)

しかし、驚くべき人生ですね。

タシ・ハウスで最後の夜、私は Brian と2人だけでたくさんたくさん語り合って、
今までここで誰にも打ち明けなかったこと・・・つまり
もともとはとても活動的で聡明なJ先生が
ここに来た当初、たいへん具合が悪くて心配な状態だったこと、
それがリンポチェからお薬をいただいて
劇的によくなってきていることなどを
彼にだけ、はじめて話しました。

伝えたい内容を伝えたい相手に伝えるなら
すらすらと言葉が出てくるものです。
私はずっと胸にしまっていたことを Brian に話すことができて
とても癒されました。
Brian は心から、J先生の健康を祈ってくれました。

彼と出会えたことは大きな収穫です。
お互いのアドレスを交換したので、いつかまた会える日があると思います。



出発の前には
タシ・ハウスに残っていたみんなとお別れをしました。
出会えてよかった
いつかまた、会いましょう、と。

いつかまた・・・
Someday in future.

人生に何が起こるかは誰にも分かりませんから
いつかまた、本当にここに来ることがあるかもしれません。
Nobody knows....

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by prem_ayako | 2018-01-24 16:58 | friends

Karma Yoga

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このサンガでは、大きな行事の際、
スタッフでない参加者にも、
みなひとつずつ何らかのお仕事が割りあてられるようです。
それを「カルマ・ヨガ」と言います。
カルマ・・・すなわち「行動」「お仕事」ですね。

「カルマ・ヨガ」の時間帯と内容が記された緑のカードが
私たちにも1枚ずつ配られました。

J先生のカードには
 8:45~9:00 Dish washing
と書かれていました。

体調の悪い人は免除されると聞いていたのですが、
最初の日、先生はちゃんとお仕事に行かれました。

みんなの朝ご飯の食器を洗剤の入った洗い桶で洗って
ぽちゃんぽちゃんと次の洗い桶に入れていくという作業で
けっこう楽しかったそうです。

ただ、このお仕事は、期間中毎日のことだったのに
先生はそれをご存知なくて、
2,3日サボってしまった後にもう一度行ったら、
「人手は足りているからいいよ」と言われてしまったのだそうです(^^;)


私の方のカードには
 13:15~14:00 Kitchen: putting things away
と書かれていました。
私の方が時間が長いです。
・・・適性など、ちゃんと判断して決められてるみたいです(^_^;)

お昼ご飯は12:00からなので、ゆっくりと食べ終わってから
13:00すぎ、少し早い目に配膳台あたりに行きますと
Takiko という女性に「Staff が来た!」と大歓迎されました。
はてな?
どうやらこちらは、人手が足りないもようです。

Takiko は誰かに似ているなぁ~とずっと思っていたのですが
数日たってから、あ、歌手の Tina Turner に似ている!と気がつきました。
分かります?
そんな感じの、迫力あるおばさまなのです(^^;)

ここのお仕事は、残った昼ご飯のおかずを
それぞれ清潔なコンテナーに移して
きちんとラベルを貼って冷蔵庫に保管することと、
配膳台周辺をきれいに拭き上げて、夕食の配膳に備える
というものでした。

説明を受けたあと、
食材の名前をラベルに書くのはちょっとハードルが高そうだったので
「私は hearing ability が低いので clean up の方をさせてください」
とお願いしました。

Takiko は日本人ではないのですが、
お母さんが Takiko という日本名が好きで、この名をつけたのだそうです。
なので彼女は、もとから日本人びいきではあるのですが
私の hearing ability の低さと
それに伴う呑み込みの悪さは、
彼女の好みに合わなかったようです。。。

だいたい、遅れて昼食をとりに来た人にぶっきらぼうに応対した挙げ句、
「Are you angry?(怒ってんのか)」って言われるぐらいにこわもてなんです。。。

私も「Do you understand the teaching?」って聞かれちゃったりしました。
「私は普通のお喋りの方が難しいのよ」って答えましたが(笑)

でもさ、英語で軽い冗談を交わしながら仕事するって
なかなか難しいですよ。
いや、英語でなくても、あまり私の得意とすることではありませんけど・・・


とりあえず布巾の置き場所や
消毒スプレー(たぶんアルコールとお酢を混ぜたようなもの)の場所など
必要最低限のことを教えてもらって、
それから毎日、黙々と台を拭いて片付けました。

13:15からなのですが、その時間ちょうどに行くと、
既にひとりで仕事を始めていて、
私が「I'm sorry, I'm late」と謝ると
「OK.忘れてはいなかったのね」と無愛想に言われたりしました。

まぁねぇ、言葉がうまく通じないから
私とどう communicate すればよいのか、
彼女も分からなくて、困っていたのかもしれません。

2日目、3日目あたりは、他のスタッフもいたので
Takiko はその人たちと楽しそうにやっていましたが、
日を追うごとに、彼らはだんだんと来なくなってしまって、
最後まで欠かさずにここの仕事をしたのは、Takiko と私の2人だけでした。

「冷蔵庫にドレッシングを片付けましょうか?」と尋ねると
「その前に容器を拭いてちょうだい」と言われ、
「I did it」と言うと
「Oh...you wiped them already. Perfect.」
みたいになってきて

しだいに私めの評価が上がってきたみたいです。
 私たち、ふたりで協力できたわね
 とてもよいチームワークよね
 すごく手早いわ
となってきて、終わりの頃には
 アヤコ、あなたの仕事は perfect だわ
 あなたと仕事ができてとても良かったわ
と言ってくれるようになりました。

やれやれです。

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Teaching の最終日に temple で
リンポチェへのカタ・オファリングと
ボランティア・スタッフへのプレゼント贈呈式があって
そのときに Takiko が出ていたので
私からも「ほんとうにありがとう、タキコと仕事ができて良かったわ」と伝えました。
まぁ、本当の気持ちです。


なんにせよ、ここは仏教コミュニティではありますが
アドラー心理学ベースではありません。
尊敬・信頼・感謝を、行動でもって培っていかなければなりませんでした。

よい経験になりました。


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by prem_ayako | 2018-01-24 16:55 | friends

金沢でパセージ

久しぶりにパセージをさせていただきました。
8年ぶりぐらいでしょうか? 自分でもはっきりしません(>_<)

サブリーダー研修もすることになったので
事前には、けっこう真面目に準備を整えて臨みました。
やっぱり久しぶりのことで緊張しましたわ。
(おまけに途中でシンガポール旅行が挟まるという・・・)

しかしおかげさまで、先日の日曜日に無事終了いたしました。
そして、すばらしいリーダーさんが誕生されました。
今の私にできる最大限のことは、させていただけたのではないかと思います。


さてタイトルを裏切り、今回もお遊びの話です。
2年前のパセージプラスで遊んでいただいたお話は、ここに書きました。
今回も「遊びましょうよ♪」と誘っていただいて、
ほんとにいいんですかぁ?と思ったんですけど・・・
末子としては甘えるの得意ですから、ありがたくお誘いに乗っかりました(^^)


b0253075_2038434.jpg6月11日(土曜日)午後、パセージ3・4章の前日、
観光担当大臣のTさんが計画してくださったのは、
なんとまあ、金沢城の石垣めぐりでした!!

私の「ツボ」をはずさない!!
そのお心遣いがホントにうれしかったです。

ボランティアガイドさんを頼んでくださっていて、
金沢城じゅうを歩き回り、現物を見ながら
お城の歴史とか、石を切り出した山のこととか、石組みの種類とか、
じ~っくり解説をお聞きできたのです。

金沢城の石垣って、すごいんですよ。
前のブログに書いた穴太衆積みは、最も古い石垣に残っていました。
自然石積みは、やっぱり好きです。

少し時代が下ると、切石積みになります。
作業分担を示す刻印の残った石もあります。
もっと時代が下ると、きれいに縁取りした「金場取り残し積み」だとか
石の高さや向きに趣向をこらした「色紙短冊積み」だとか
防火の願いをこめて亀を表す六角形の石を組み込んだものとか、
さまざまな美しい石垣があります。
(オタクの世界?)
まさに金沢城は、石垣の宝庫であるようです~

また私たちを案内してくださったガイドさんは、
「金沢城の石垣にかけてはこの人の右に出る者はいない」
というぐらい有名なボランティアガイドさんだったみたいで
と~ってもお勉強になりました!

晴天の下、1時間以上歩き回ってヘトヘトになったので
白鳥路ホテルの喫茶室に入って、お茶にしました。
グラスに入った氷を見て、一緒に歩いて回ったIさんがひとこと
「もう石垣にしか見えん・・・」って。
はい、石垣熱は伝染性のようです 笑


その後、大樋美術館で、飴釉(amber glaze)で有名な大樋焼きを鑑賞しました。
奥のお座敷でお茶をいただいたのですが、
b0253075_20391557.jpg器もよければお庭もよし、
お菓子も美味しくて、ホント贅沢な時間を過ごしました。

夕方には金沢の若いリーダーさん方が集結して、
翌日のパセージの打ち合わせを一緒にやりました。
こんなふうに、チーム金沢が協力してくださったからこそ、
パセージをスムーズに進めることができたのです。
感謝しています!(^^)v


b0253075_20425239.jpg今回のお宿は、会場である近江町市場の裏手の
小さなホテルをとっていましたが、
これがわりと正解で
必要最低限のものがそろってお値段はリーズナブル、
とても居心地よく過ごすことができました。
写真はお部屋に下がっていたポトスちゃん。
お部屋にも廊下にもグリーンが多くて、落ち着きましたよん。


2週間後、パセージ5・6章前日6月25日(土)も、
すっかり甘えてお任せしっぱなしの金沢観光(^_^;)

まずはホテル近くの主計町(かずえまち)から
紫陽花の咲く暗がり坂を通って、浅野川へと歩きました。
借り物の写真ですが、こんな感じです。
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本当に金沢は美しい町ですね。
新幹線が通って大都市化が進んでいますが、
こんな裏通りや坂道がいつまでも残ってくれることを願います。

この日のテーマは、加賀の伝統工芸めぐりということで♪
実は私、有閑マダムであった遠い昔に、
少しですが陶芸をたしなんだことがございましてね・・・
器、好きなんです。買えませんけど。
今回も、きっちり私のツボを押さえてくださっているのでした~(^o^)

タクシーで、石川県立美術館を目指します。
ここのイチオシは、野々村仁清の色絵雉香炉(国宝)と雌雉香炉(重文)。
むかし、切手になっていましたよね? が、本物ははじめて。
香炉にしてはデカイなと思いましたが、見事なものでした。
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b0253075_2050738.jpgそして古九谷の大皿の数々!
気迫があります・・・!
大臣は、加賀友禅の展示が少ないと残念がっておられましたが、
私としてはじゅうぶんに堪能いたしました。

それからぶらぶら歩いて兼六園に入り、
加賀前田家奥方の御殿、成巽閣(せいそんかく)に行きました。

奥方や子どもたちの過ごすお屋敷だからか、
絨毯にしても、障子の腰板の絵にしても
身近なセンスでどれも素敵でした。
有名な群青の間の青は、やはり素晴らしかったです。
松の間の障子にはめこまれたオランダ渡来の硝子絵は、
すごくお洒落で自分の部屋に欲しいぐらいでした。

そんなこんなで充実した時間を過ごし、
夕方からはまた、熱くパセージについて語り合い、
お気に入りのホテルに再度投宿したのでありました。




ところで・・・パセージ最終日、
ありがたいことに私のような拙いリーダーにも
エンカレッジカードをくださったメンバーさんがたくさんいらっしゃったのですが
中に、ごいっしょに散策した若いリーダーさんからのカードがありました。

じゃ~ん!
手作りです~ 石垣と雉!(^o^)!
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なんかめっちゃうれしいです。
入場券の半券やチラシを切り貼りして、作ってくださったのですね~
このカードを見ると、8週間の金沢パセージのこと、全部思い出せる気がします。
大切にします♪

金沢のみなさん、佳き時間を本当にどうもありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2016-07-12 21:15 | friends

おかけい

あなたが逝って半月経ちました。

なぜか、もう何ヶ月も経ったような気がします。

4月7日木曜日の夕方、新潟のHさんが連絡をくださいました。
J先生が応対されて、何が起こったのかをお聞きして
いてもたってもいられず、すぐまたHさんに電話をかけました。
なんとかお別れに行きたいと思ったのです。

でも自分で電話をかけておいて、うまく言葉が出ず
Hさんも「急なことで」を繰り返され
結局、場所的にも時間的にもむずかしく
予定も入っていたので、あきらめました。


あの日は新月でしたね。
真っ暗な夜。
朝から嵐のような雨風で、
夜になって雨は収まったけれど、烈しい風が満開の桜の木を揺らしていました。

四月七日
  朔(ついたち)の風のはげしき夕ぐれに桜とともに友はゆきたり

少し前から短歌を始めていたのですけど、不思議ですね。
「新月」って古語ではなんていうのだろう?と調べたりして。
こんなときに何を私はしているんだろう?って思いました。

だけど、そんなふうに何かに頭を使っていると
その間だけは、悲しみから距離をおくことができたのです。
・・・文学の力を、ちょっと実感しました。

出来た歌を自分で読んで、泣きました。

それからJ先生と、あなたのためにお経をあげてお勤めをしました。
いっぱいいっぱい泣きました。


あなたのことばかり考えて
悲しくてしょんぼりしていましたが、

ふと抜け出したような気持ちになったのが、
これも不思議なもので
ちょうど9日の告別式の終わったぐらいの時間でした。

おそらくあなたの肉体が役目を終えた頃だったのでしょう。

だってあなたはもう十分すぎるほど頑張ったんですから
肉体から離れて自由になって良かったんです。
今ごろ、「あーすっきりした!」って喜んでるんじゃないでしょうか。

四月十一日
  遠きゆえ久しく会えぬ友なりき菩薩となりてここに来たまふ

鳥のさえずりや
桜のひとひらに
あなたの訪れを感じます。


あなたはいつも明るくて
あなたがいるだけで、そこに笑顔があふれましたね。
どれだけ身体がしんどくて辛くても
仕事になったらしゃきん!として、本当にプロでした。
アドラー心理学にぞっこんで
「私わがままだから~」なんて言いながら
やっていることはいつも「みんなのために私に何ができるか」でしたよね。

だから私は、あなたの姿が観音菩薩さまと重なって見えるのです。
またアドラー心理学の近くに転生してきてほしいって言う人もいるけど、
私は、あなたはきっとデワチェンにまっしぐらだと思うな(^^)

四十九日の間は
上等のお香を焚いて
きれいな和ろうそくを灯して
あなたを偲びます。

四月二十日
  灯(ともしび)は旅で求めし絵ろうそくピンクの蓮を友も好まむ


本当にたくさんのことをあなたから教わりました。
あなたへの年賀状に何度も書きましたけど、
私はアドラーの後輩たちと接するとき、いつも
「こんなとき、おかけいならどうするかな?」と考えて動いています。
これからもきっとそうすると思います。
力を貸してくださいね。


あなたとの楽しかった思い出を書き出すには、まだ少し時間が要りそうです。

今はただ、
あなたと出会えてよかったということだけ。

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by prem_ayako | 2016-04-23 21:42 | friends

Evelyn

彼女に会ったのは、リトリート2日目の昼食どきでした。
あたたかい菜食のお弁当をひとつずつ受け取って
いくつもの大きな丸テーブルの中から空いた席を選んで
大きなJ先生と並んで座ろうとしたとき、

そのテーブルに座って食べていたかわいい女性が
いきなり「こんにちは」と話しかけてきました。

「私、日本語を大学で習いました。日本人大好きです」
と流暢にどんどん話されます。

なんだか状況がよく理解できなくて
なんで私たちが日本人だとわかったのですか?と
まず英語で尋ねてしまいました。
外国で外国の方に日本語で話しかけられることって
まぁめったにないことなので・・・
どの程度日本語を使ってよいのか分からなかったのです。

彼女は恥ずかしそうに「あ、ごめんなさい。
昨日、後ろでお話、聞いていました」と言います。

それでお互いに自己紹介をしたあと
しばらく彼女は日本語
私は英語
という奇妙なやりとりを続けましたが
そのうちに、ふたりとも英語に落ち着きました。

ときどき日本語を交えることもできるので
ラクチンです(^^)

彼女はシンガポーリアンで
オーストラリアのメルボルン大学で日本語を専攻したそうです。
そのときの日本人教授がとても親切ないい人だったと
エピソードを交えて話してくれました。
だから日本人が大好き!
何度も日本に行ったけど、行くたびに日本が好きになります!
日本人はやさしいし日本は清潔だし、と
熱く語ってくれました。

そんなふうに言ってもらえると、嬉しいですね。
シンガポールの方たちも親切ですね~と私が言うと
彼女もとても喜んでくれました。

お昼を食べながら彼女は、
「私、ここのホテルに泊まっています。ラッキーなことに50階なんです。
 その景色がとてもきれいなので、よかったら後で私の部屋に来ませんか?
 大丈夫です、昨日は別の友だちを誘って来てもらったんです。
 ほんとうに、もしよかったら」
って熱心に誘います。

最初はご遠慮しましたけど、
あんまり言ってくださるので、甘えることにしました。
大きなJ先生は、さすがにためらっておられましたので
私だけ、行かせていただくことにしました。

いつ?
じゃぁ今日の夕食後、
6時半に出口のところで。
と待ち合わせしたのでした。


さて今年のリトリートの会場は、
シンガポール湾に面した「巨大な」ショッピングセンター、
マリーナ・ベイ・サンズの地下の一角です。

マリーナ・ベイ・サンズがどれほど巨大かというと、
地下階に人工の水路が流れていて
ふつうの大きさのボートが移動に使われている
というぐらいのスケールです。

彼女の泊まっているマリーナ・ベイ・サンズ・ホテルへは、
リトリート会場から10分間歩いてショッピングモールを抜け、
ようやくホテル専用エレベーターに到るという具合です。

b0253075_17364536.jpgこの10分間、
私たちは、ミソサザイよろしく
ピピピピピーピーとしゃべり続けました!

彼女は大学で日本語とドイツ語を専攻した語学の専門家。
母国語は英語と中国語なのでしょうが、
考えるときはいつも英語だといいます。
アルバイトで日本人に英語を教えているそうで、
私の英語をとてもほめてくれました。

ガルチェン・リンポチェのリトリートに来るのは彼女も2回目で
前に来たのは2013年、私たちが来たのと同じ年です。
「なんてすごい偶然!
 あの年のあの会場でもいっしょだったのね!
 もしもどっちかが去年来ていたら、今こうして会えなかったわね!
 ねえ、なんて私たちって似ているのかしらん♪」
と彼女、大はしゃぎです。


超特急のエレベーターで上がった50階の彼女の部屋は
旦那さんが翌日に来られるそうで、
とってもゴージャスなツインルーム。
なんと1泊600シンガポールドルですって!
(=1泊5~6万円・・・)

(シンガポールには超・超・お金持ちがいるって聞いてますけど
 そういうご一族なんでしょうね~
 お洋服も、カジュアルだけど芦屋マダムっぽいデス)

このお部屋、鍵を開けて中に入ると自動的に!!
正面の窓のカーテンがうぃ~んと開いて
シンガポール湾が一望になるのです。
Wow!これはすごい!
どうぞどうぞ、入って、ベランダにも出て見て!と
一生懸命 treat してくれる Evelyn。
(出れるのか!50階のベランダ。怖いぞ)

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どうですか、この船の数。
This is Singapore!!
きゃあきゃあ言って大急ぎで写真を撮って

さらに彼女が提案するには
ねぇ、まだ5分あるから
57階のプールに行ってみない?
Residents しか入れないんだけど、私のカードを使えばいいから。
もう、すごい景色なのよ!

というので、私もそれにあっさりのりまして(笑)

57階までまた上がって、
プールの入り口に彼女を残し、私だけ入れてもらって、
プールサイドを少し歩かせてもらいました。
ここの眺望は超有名で、ガイドブックによく載っています。
(右下の写真は借りてきたものです)

b0253075_17255252.jpgどうだった?
Amazing!! The edge!!
Yes, the edge!!
と、これだけの単語で話が通じる心やすさ(^o^)

それからまた超スピードで歩きながらおしゃべりして、
午後7時きっちりに、
間に合って会場に帰り着きました。
お礼を言って握手して、
それぞれの席に戻ったのでした。


なんだか私、今回のリトリートはやたらと眠くて
リンポチェの有り難いご法話の間も
「Om Ami Dewa Hri!」とマントラの時も
ときどきものすごい睡魔に襲われて
しっかり声を出して唱えていたのに次の瞬間にはカクッと眠ってしまう、
ということの繰り返しだったのですが

Evelyn と出会って彼女の活気に触れたおかげでしょうか、
ようやく気分が高揚して
少し目が覚めた感じになりました。
よい刺激でした♪


3日目には、遅れて来られた旦那さまともご挨拶を交わし
最終日にもう一度いっしょに写真を撮って、
再会を約してメルアドを交換しました。

私にしては
これだけ短時間でこれだけうちとけることのできた相手も、珍しいです。

メールによると、彼女にとってもある程度そうだったようです。

b0253075_17281836.jpgIt was like the meeting of old friends, and that we were trying to update each other as much as we could. Those precious thirty minutes were vibrant with joy and laughter, to say the least. Indeed, I was like pouring my whole life story to you...hehehehe!

年末には大阪に来るということなので
ものすごく賑やかな2羽のミソサザイになりそうです。
さあどうやって treat してあげようかな~♪
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by prem_ayako | 2015-06-24 17:45 | friends

The Last Ponkura

今週の火曜日、最後のポンクラを行いました。

朝から氷雨がしとしと降っている日で・・・

テンション下がるなぁ~
こんなお天気では、来る人いないかもしれないな・・・

と思いながら会場へ向かいました。

そうすると、一番テンション下がっていたのは自分だったようで

お久しぶりの方や
いつもの方など、
思いがけず何人かの方が来てくださいました。

遅れて駆けつけてくださったある方は、
朝、雨の中、わざわざ堂島ロールを買って
みんなのために持ってきてくださったのでした。

b0253075_183007.jpgロールケーキの端っこの切り落とし部分を
つないでひとつにしてある数量限定品で、
「ハートをつなぐ架け橋」という商品名だとおっしゃるので
(実は、これはこの方の思い違いで
「ハートをつなぐロール」が正式名称でしたが)

「ポンクラにぴったりのケーキじゃないですか♪」
とお一人が言ってくださいました。


そう、みなさまお忘れかもしれませんが、
ポンクラの正式名称は、ポント・クラージュ神戸。
pont は「橋」courage は「勇気」
pont au courage とは、「勇気への架け橋」という意味なのです。

ありがたいです~
こうやって、人数は少なくても
ポンクラのことを大切に思って
お別れに来てくださる方がいらっしゃる。

ポンクラをやってきて良かったな。。。
と思いました。

おいしいケーキを分け合ってまったりしてから
せっかくだから、ちゃんとお勉強もしました。

アルゴリズムに沿ってエピソード分析をして
1時間ちょっとで、きちんと代替案まで達することができました。
時間があったのでロールプレイもしました。
ポンクラ最後のロールプレイです。


13年前に自宅でポンクラを始めた頃は、
毎回毎回のロールプレイが、とても楽しかったものです。
感性豊かで役者上手の方が多かったということもありますが、
安心できる(自宅という)場の力もあったのでしょう、
ほとんど毎回が、「泣きのポンクラ」でした。

集まると「泣く」か「笑う」か、どっちかでしたね、私たち。
要するに、若かったということでしょうか(^^)


でこの日、最後のロールプレイは、
古くからときどき来てくださるメンバーさん
(アドラー学習歴が私よりも長いベテランさん)
が、子ども役を演じてくださいました。

エピソードを出してくださったのは、
2年ほど前からポンクラに来てくださって
1年前の私のパセージ・プラスを受けてくださった若いお母さん。

かたや、子どもの年齢30歳近く。
かたや、子どもは小学1年生。

13年という自助グループの歴史は、
アドラー心理学ムーブメント全体から見たら、まだまだひよっこなんですけど
13年やったからこその、この年齢層の厚さかもしれません(^^)

最後を飾るにふさわしい、
とても学びの深いロールプレイとなりました。
良かったです!


b0253075_18354716.jpg そうして淡々と最後の例会を終了いたしました。
みなさまからは温かいお言葉やメッセージをたくさん頂戴しました。
もったいないほどのプレゼントをくださった方もおられまして、
帰って開けてみてビックリしてしまいましたので、
この場を借りてお礼申し上げます。

やってきて良かったなぁとも思いますし、
止めたことへの悔いもありません。

私の勝手に最後までお付き合いくださいましたこと、
また、よい終わり方をさせていただけましたことに、
感謝の気持ちでいっぱいです。

b0253075_18374389.jpgほんの一時でもポンクラと一緒に歩いてくださった
遠くの、近くの、みなみなさま

どうもありがとうございました。
m(_ _)m
またどこかでご一緒しましょうね。
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by prem_ayako | 2014-12-19 18:45 | friends

Last Days in Osaka

実家1階の改修工事もあと少しで終わりです。
カーテンの納入などが遅れて工期が1週間伸びたので、
最終的には25日の火曜日に仕上がる予定です。

引っ越しが28日と迫っていることもあり、
先日来、引っ越しの荷造りと
実家1階の掃除とを併行して
行ったり来たりしながら準備しております。

引っ越しの前日と前々日はお仕事なので
ここ数日は、荷造りと片付けのラストチャンス!
昨日は神戸の実家で、今日は大阪のこの家で
あっちこっち雑巾がけをしています。
もう私の手は、がさがさですw(泣)


この部屋に越してきたのは、2008年10月でしたから、
大阪に5年半、住んだことになります。

離婚してから3年半住んだ尼崎時代は
なんというか無我夢中の激動期で、
アドラー心理学の学びは未熟でジタバタしていましたし
子どもたちもまだ大学生と高校生でした。

それに比べると大阪時代は安定期だったように思います。
カウンセリングの仕事をなんとかこなせるようになってきて
娘は結婚・出産、息子は学業を終えて就職。
またアドラーのお知り合いやチベット語の仲間などに
この家に泊まっていただく機会もたくさんありました。
たのしかったなあ~
神戸に移っても、みんな来てね♪


今夕は、これが最後になるだろうからと、
大きなJ先生が晩ご飯をご馳走してくださいました。
仕事帰りのご飯をご一緒することはたまにありますが、
今日は特別、豪華ディナーです(^o^)

谷町六丁目の「中国食堂261」という小さなお店に行きました。

実はここは、
昔にクライエントさんに教えてもらって
2度ほどランチに来たことがあります。
ベジ対応のやさしいお味がすばらしくて
近場なのでその後も何度かのぞいてみるのですが、
いつも満員で、なかなか入店できませんでした。
(たぶん最大で10人しか入れません)

J先生は、先日たまたまお知り合いからお聞きになったそうで
今日は是非そこに行こうということになりました。
5時半に行ったら開店前でまだ閉まっていたので
執念で(笑)時間をつぶして、また6時に戻って来たのでした。

ディナーは予約が必要だったようですが
6時ちょうどに入ったせいか、
予約の方と同じコースであれば対応します、と言っていただけました。
ラッキー!

私たちのすぐ後に、コース予約をしていた女性2人組が来られまして、
今晩のお客は、私たちとその2人組とだけでした。
お安いランチの時間はいつもいっぱいなのですが・・・
大丈夫かな。がんばれ中国食堂!

お料理は、もうおいしいのなんのって~(T_T)
コースになると、さすがに力(りき)が入っています!

b0253075_2392123.jpg・前菜7種盛り
・レンコンと黒にんじんの揚げ物
・有頭エビと春雨のXO醤炒め
・雑穀の卵白ふわふわ炒め
・肉なし麻婆豆腐
・野菜のブラックソルト炒め
・玄米おこげ(野沢菜スープ)
・デザート(レモンゼリー)

もう一品ぐらいあったような気がしますが、忘れました。
一口目は少し薄味かな?と思うのですが
食べ進むと、この塩味が絶妙!ということがわかります。
お肉は使っていないし、鶏スープの味でもないし、
この旨みはどこからくるのだろう~と感激しながら食べておりました。

どれも少量ずつですが、満腹になりました。
おごっていただいたから言うわけじゃありませんけど
大・大・大満足です!

帰ってからネットで検索すると、ここのお店は
「野菜がメインの自然派中華」っていうジャンルみたいです。
(そういう表現があったか)
ともかく一品一品シェフさんの心のこもった、
身体がよろこんでいるな~と感じるような
すばらしいお料理でした。


引っ越しってめっちゃめんどくさいので
つい逃避して、こんなふうにブログを書いたりしているのですが・・・
こうして栄養補給をしていただいたので
明日は1日こもって、がんばって荷物と格闘することにいたします。

ていうか、そうしないと時間切れです(^^;)
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by prem_ayako | 2014-03-23 23:15 | friends

最後のお客さま

この前の日曜日はチベット語のグループレッスンでした。
神戸への引っ越しが決まったので
大阪の今の家での最後のレッスンとなりました。

思えば2年半前の秋
高野山で法王の金剛界曼荼羅灌頂をいただいた翌月に
初めて、このタンカ絵師の先生に
わが家に来ていただいたのでした。
小学校1年生みたいに、チベット語のいろはから始めたのでしたっけ。

タンカ絵師の先生は、このたびは赤ちゃん連れです♪

えっへん、うちには赤ちゃんのお布団セットがありますので(^^)
申し出て、前日の夕方からうちに来て泊まっていただくことにしました。

この家にお泊まりいただく、
最後のお客さまです。


全国的に大荒れの週末、極寒の中、
早い目に到着していただいて
先生お手製のダルスープと
私の作った簡単な野菜のおかずをいっしょに食べて
生後7ヶ月のAちゃんは
おっぱいをゴクゴクゴク。。。

お風呂に入れるのも少し手伝わせていただいて
いっぱい抱っこもして、
赤ちゃんの匂いをいっぱいかいで
久しぶりのしあわせでありました(^^)

こうすけがこんなふうにあんあん泣いていたのは、
ついこの間のことのはずなのだけど
もうずいぶん昔のような気がしますw


翌日は、さらにお友だちが2人来て
午前中は、観音菩薩の物語を、
午後はアングリマーラのお経を
4人でお勉強いたしました。

Aちゃんはなかなかお昼寝してくれないので
みんなで代わる代わる抱っこしました。
勉強してるんだか
子守してるんだか
雑談してるんだか
なにやってんだか
よくわからないチベット語強化レッスンでした。

途中、大きなJ先生が差し入れのタルトをもって
応援に来てくださいましたが
Aちゃんのご機嫌があまり芳しくなかったので、
早々に退散してしまわれました。

そしてタルトは、すべて私たちのお腹におさまりました(^o^)
(ごちそうさまでした!)


大阪のこの家は狭いですが、便利な場所なので
何度もグループレッスンに使ってもらいました。
レッスンの後、先生は
「あー、もうここには来ないんだわ。。。おうち、ありがとう」
と言ってくださいました。

それを聞いて急に実感がわきました。

そう、ヨランタとナラもここで夕食を食べてくれました。
イヴォンヌ先生とハインツさんも、いらっしゃいました。
娘がこうすけ出産のときに滞在したのも
息子が教育実習に通ったのも
このおうちでした。

私からも、おうち、ありがとう!
5年半でしたが
ずいぶんお世話になりました。


来週から実家の工事が始まります。
忙しくなるゾ~
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by prem_ayako | 2014-02-13 23:11 | friends

四天王寺金堂壁画

お友だちと待ち合わせて
四天王寺へ行ってきました。
お友だちのお友だちが境内の市に染め物を出品されるとかで
よかったらご一緒しましょうか~と、
b0253075_2394287.jpg急遽、話が決まったのです。

お友だちは、四天王寺は初めて。
私は2,3度来たことがあったのですけど
実はきちんと拝観したことはなくて、
今回、初めて五重塔と金堂に入りました。

行ってよかったです!!本当に!!

四天王寺はとっても広大なのですが、
手作りの雑貨や食べ物の屋台の並んでいる伽藍の外とはうって変わり
拝観料の必要な伽藍の内側は
とても静かで、日曜日というのに閑散としています。

みんな、ここにどんな宝が眠っているのか知らないのでしょーか?
・・・って私も、まったく知らなかったのですけどね。

金堂は入り口がよくわからなかったので、
まずは五重塔へ。
扉が開いていたので、おっかなびっくり足を踏み入れました。
(これってかなり珍しい機会だったようです。後で聞くと。
この塔に上ったことのある人ってわりと少ないかも)

・・・四天王寺は聖徳太子が建立されたお寺ですが
何度も火災にあって建て直されています。
入り口から見えたのは、煤けてよく分からないモダンな感じの壁画。
あんまり期待できない気配だったのですが、
でもまあコルラ(右遷)してみると
「土足禁止」という張り紙のある暗い階段の上り口がありました。

「上ってみます?」
「どうしよう。せっかくだから上りますか」

お友だちがいなければ、
きっと靴を脱ぐ面倒くささにくじけていたと思うのだけど
がんばって螺旋階段を上へ・・・上へ・・・
てっぺんまで息を切らせて昇ったら、
舎利塔がありました!

うわー仏舎利が置いてあるとは知らなかったです!
ありがたやありがたや・・・

そこでお友だちと
「やりますか?」
「やりましょう」
と、五体投地をいたしました(^^)

いきなり濃かったですね~
来た甲斐がありましたね~
講堂の十一面観音さまや阿弥陀如来さまを拝んでから
もう一度、金堂に戻りました。

あ、ここから入れるんや~とようやく気がついて入ったら、
思いがけず、またまた素晴らしいものに出会うことができました。
お堂の内側全面に描かれていた壁画は
お釈迦様の一生を描いた仏伝図でした。

右回りにまず最初の絵には、
ルンビニ園での麻耶夫人が描かれていました。
樹下の麻耶夫人と、傘をさしかける侍女たちの美しさ華やかさ。
抑えた色の緑と地面の小さな花々、
木の葉の間に見え隠れする小鳥たち。
え?これ、めっちゃいい絵じゃないですか?!
と、しばらくその場を動けませんでした。

入り口の木札には「中村岳稜画」とありました。
無知な私たちは何も知らなかったのですが(^^;)
実は、後で調べたら、とぉっても有名な日本画家さんだったのです~!

きれいだわ~!と感動しながら2枚目に進むと、
麻耶夫人の右脇の下から生まれてすぐ、
7歩歩まれた小さなお釈迦さまが
蓮の花の上で右手を上げて立っておられました。
東大寺の誕生釈迦仏立像の水盤と同じポーズです。

後光がとても美しく裸のお釈迦さまを荘厳していて
しかもものすごく可愛らしくて
文句なく、私の大好きな絵の1枚になりました!

(この絵をインターネットでどうしても検索できず、
お目にかけることができなくて残念です。
「中村岳稜四天王寺金堂壁画」という本があるようですが、
古書店でもアマゾンでも、ウン万という値段がついています)

3枚目は白馬に跨がる出城の場面です。
ね、美しいでしょう~?

b0253075_23162299.jpg

ただ1959年制作の壁画ですので、もう50年以上経っているわけで
今はもう、残念ながらこんな鮮やかさは失われています。
全体に灰色にくすんだ感じで・・・
それでも十分に素晴らしいですが。

次は降魔と成道。
続いて鹿野苑での初転法輪。
最後に沙羅双樹の下で涅槃に入られた場面。
・・・どれもほんとうに見応えのある壁画でした。

中村岳稜氏は1890年~1969年。
文化勲章も受けられた方のようです。
四天王寺の壁画は69歳のときの大作ということになります。
他の氏の絵を見ていない私が言うのもなんですが
晩年の傑作ではないかしら。

これから何度も見に来ようっと固く決心しました(*^_^*)
だって拝観料、たったの300円ですよ~
美術館よりずっとお得だと思います!
(ただ、保存にもう少しお金をかけていただくのが良いかもしれません・・・
ただ、それでガラス張りになったりすると、逆に残念かもしれません・・・
むずかしいところです・・・)


さてお友だちのお友だちのお店も無事見つけてちょっとお喋りし、
私はお茶粥用のお茶をゲットし、
帰りの参道では釣り鐘まんじゅうをおみやげに買い、
お友だちは、はったい粉を見つけて喜んで購入していました。
ツァンパを作るのだそうです(^^)

たのしく尊い
ひな祭りの1日でした♪
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by prem_ayako | 2013-03-03 23:26 | friends

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako