アードラーの夢

ayakoadler.exblog.jp

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

盛岡は美味い

7月半ばから8月にかけての阪神間の暑さといったら、
大袈裟ではなく命がけでありました。

盛岡も8月はじめは相当暑かったようですが
10日の夜の飛行機で花巻空港に着いたら
やっぱり全然違いました。

滞在中の1週間は
暑い日でも最高気温が31℃ぐらい。
雨模様の日は25℃ぐらいだったりして、朝夕は肌寒いほど。
当然、熱帯夜などありません。

おかげで身体がとっても楽で、
夜はホテルのエアコンを切っても、ぐっすり眠れました。
そして食欲も出ました。

盛岡のお世話役のRちゃんが
盛岡の麺文化をぜひ味わってくださ~い♪と
三大麺(冷麺、そば、じゃじゃ麺、だそうです)を勧めてくださったので、
そのうちの2つまでは制覇できました。
おいしかったです~!

しかし盛岡の食文化の奥の深さは
三大麺どころではなかった。ように思います。

食材が、ほんとに新鮮なんですもの!
加えて大きなJ先生は、
おいしいお店を見つけるのが、とてもお上手です(^o^)


パセージ・プラス初日の火曜日は正午で終わりだったので、
お昼間はゆっくりして、夕方からぶらぶらと出かけ、
盛岡城趾あたりを散歩して、
それから大通り商店街で、おいしそうなお店を物色しました。

先生が「ここだ☆」と目をつけられたのは、イタリアン。
ガストロ・スケゴロウっていう、
けっこう広くて、人がいっぱいで、賑やかなお店でした。

カウンター席しか空いていなくて、そこに通されましたが
シェフたちのきびきびした動きがよく見えました。

b0253075_20133039.jpgお通しは、立派なブロッコリーをまるのまま茹でたもの。
白いお皿にドン!と乗っています。
はい? こ、これは盛岡の共通感覚ですか?
(うぅむ写真では大きさがわからないですね)

新鮮魚介のカルパッチョが品切れだったので
しかたなく、適当に
桃とモッツァレラのカプレーゼとかいうのを頼んだら、
これが絶品で、めちゃくちゃ気に入ってしまいました。
私は思わずお皿を引き寄せ、ひとりで平らげそうになりました。
(貪欲~)

続いては三陸岩牡蠣です!
大きな岩牡蠣を殻のまま焼いたものが、ガサッと出てきました。
ナイフでこじ開けて
ぷっくりした身に、たっぷりレモンをかけて、アツアツを口に入れると
うぅぅぅ~至福~~!

でっかい岩牡蠣6個がたったの880円なんですよ!
これも盛岡の共通感覚なんでしょうか・・・?

さらにピッツァやお肉が出てきましたが、
私はもうあまり食べられませんでした。
ともかく「桃とモッツァレラ」と「牡蠣」で
大・大・大満足でした。

・・・これだけで、ひとり2850円です!!
なんてお安いんでしょう~
b0253075_2094666.jpg

翌水曜日はオフだったので、
秋田県の角館へ遠足に行きました。

緑あふれる美しい武家屋敷が有名です。
途中でいっとき豪雨が降ったので
空気が湿気を含んで
緑がいっそう濃くなりました。

b0253075_20104074.jpg

ここは実は、もと武家屋敷のおそば屋さん。
秋田名物の稲庭うどんを食べました。
出汁が京都風で、実においしかったです。
でも場所代もあるのかな、稲庭うどん一杯が1080円もしました。
・・・金銭感覚、混乱しますぅ。


はい、ほとんど食い道楽の旅になっております。
翌木曜日も、飽食のレポートは続きます(^^;)

この日は、そろそろお魚とか、和食が食べたいですよね~と
居酒屋的なところを探しました。

先生が「ここだ☆」と決められたのは、
「南部炉端焼き」という、なんだか名前そのまんまのお店。

予約していないので、ここでもカウンターに通されましたが
焼いてるおじさんの動きがよく見えて、とてもいい感じです。

b0253075_20202920.jpgお通しは、各人の前に小さな火鉢を持ってきてくれて、
イカの塩辛を小さな昆布に載せたものを、
ぱりぱりになるまで焼いて食べました。
ちょっとしたことですが、塩辛ダメな私もおいしくいただけました。
どのお店も、お通しに工夫を凝らしておられますねぇ。

何はともあれお造りを、と頼んだら、
これがまたすばらしくおいしくて!
たこのお刺身なんて絶品です。
さすが三陸のお魚、鮮度抜群ですね~

焼き物は、私は鮭のハラスを、
先生はサンマの丸干しを頼まれましたが
焼き具合が、もう感涙もの~
外はずいぶん焦げているけど、中はふっくらしていて・・・
焼き係のおじさん、ほんとにいい仕事しておられます!

手作りさつま揚げや
長芋の唐揚げなども、とってもおいしくいただきまして
しめて、ひとり2730円也!!

すごいなあ。
大阪や神戸の食事の値段はいったい何なんだろう・・・
と、バカらしくなります。


なにげに他のお店で定食を頼んでも
出てくるのはど~んと巨大なハンバーグだったり
お皿からはみ出しそうな山盛りの唐揚げだったりで、
そのたびに驚かせてもらいました。

総じてお値段のわりに量が多く、
ほんとに盛岡は人を太らせる町なのでした。


最後は、福田パンで〆ました。
学校の売店などに入っている、
みなさまにお馴染みのパン屋さんみたいで
ときどき名前を聞いておりましたので、

最終日の朝、駅で売っているのを見つけて
パセージ・プラスの会場で食べるお昼ご飯用に買いました。
いろんなクリームをはさんだ、少し甘いめのコッペパンです。

私がひそかに食べていると
もう一人のお世話役のEちゃんが、
「あ!福田パンだ!」とすぐに気がつかれました。
よく見ると、けっこうたくさんの方が福田パンをもぐもぐしておられます。

「食べてもらえてうれしい~」
「仲間だ~」
と、Eちゃんがやたら感動してくれました(^o^)

福田パン、岩手県人のソウルフードみたいです。

いや人間って、
食文化を共有したとき、しみじみ仲間だと感じるのかもしれません。

今回の旅、
麺に始まり、福田パンに終わる(笑)

その間いろいろ豪勢な食事をいただきましたが、
新鮮な海の幸と、豊かな山の幸、
すべてが美味しくてすばらしかったです。


盛岡の食べ物にも町にも、ずいぶん詳しくなったので、
こうなると、また訪れたくなります♪
お城もあるし、大きな川が流れているし、
盛岡は、緑の多い美しい都会です。

しかしいくらなんでも、こんなに毎日飽食していてはいけませんね。
煩悩の虜です・・・
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# by prem_ayako | 2015-08-19 20:46 | travel | Comments(6)

パセージ・プラス@盛岡

1週間、盛岡に行って参りました。
開発者J先生による集中パセージ・プラスのコース見学
および避暑
のためです(^^)v

ちょっぴり太って帰ってきました。
が、そのお話はあとにして・・・
忘れないうちに、お勉強!
学んだことをシェアしておきますね~


J先生のパセージ・プラスのコースは、
2013年2月の大阪でも見学させていただきましたが、
リーダー養成を目的としたものではない
実際に子育て中のお母さん方を対象としたコースは
このときが初めてだったはずです。

もちろんテキストは手作り感満載、
右ページもついていませんでした。

その後、先生は三重や滋賀や奈良、関東や福岡にも出張されて
パセージ・プラスを開催されましたが、
私自身は見学のチャンスがないまま
4回、コースを開かせていただきました。

自分でやってみて、その上で
あらためて先生のコースを見学させていただくと、
本当に本当にお勉強になりました。

先生は、「東北に種を蒔く」という菩提心から
激しい速度で(^^;)
詰め込みで(^^;)
集中性思い切り高く(^^;)
1章につき6ケース扱うなんていう離れ業をなさいましたので・・・
このようなコース運びは、
よい子はマネをしない方がよいと思います(笑)

私ども一般のリーダーは、
ひとつずつの事例をゆっくり丁寧に味わいながら
みんなでいっしょ~に学んでいくことを
今までどおり、目指すのがよいと思います。

ただ、今回、リーダーとして、けっこう致命的なところで
誤解していたことや発見したことがあったので
その部分をシェアしておきたいと思います。


1)be(状態)

ライフスタイル分析をするときには、プラス側はいつも
I should be であって I should do ではないと、
気をつけていましたが、

テキストにはそこまで書かれていないけれど、
仮想的目標においても、be(状態)を意識しておくのがよいと学びました。

仮想的目標の4つの特徴はそらで言えるわ~というぐらい
分かっていたつもりだったんですけどね・・・
このポイントは、押さえそこねておりました orz
はい、私はまだまだ未熟なリーダーですm(_ _)m

仮想的目標の特徴②:行為を含まない
対処行動がすでに成功してしまっているイメージですから、それ以上なにかを「する」必要はありません。行動はすでに終わってしまっています。「○○が達成されてしまっている」というイメージです。


リーダーは、「このとき子どもさんがどう答えてくれたらキラキラしますか?」
などと尋ねて子どもの台詞(や行為)を考えてもらって、
それを仮想的目標とするのですが

仮想的目標の特徴②は、
厳密に言うと、
そういう台詞を言う子どもが、お母さんの理想の「状態」を達成しているかどうか
というのがポイントだったようです。

たとえば、お母さんの理想の「やる気のある子ども」状態を達成しているからこそ
子どもの台詞は、「うん、お母さん、すぐに宿題するよ!」のようになりますし、
あるいは、お母さんの理想の「成長した子ども」状態を達成しているからこそ
台詞は「ボク、自分で歩いていくよ!」というようなものになるのです。

つまり、仮想的目標は相手の行動や台詞として取り出しますが、
そこに達成され、完成された「状態」がイメージされていること。
それが、「行為を含まない」の真の意味だったのです。

自分が、もうそれ以上何かをする必要がないというだけでなく、
子どもも、もうそれ以上変わる必要のない理想状態。
自分の行為も子どもの行為も、それ以上はもう要らない
っていうイメージだったんだ!と気がつきました。

おもしろいです。
深いです。


2)行為と人格の分離

行為と人格を分離するページでのJ先生の詰め方は、
それはそれは見事で
思わずメモりました。

アドラー心理学では、子どもが不適切な行動をするのは、1)適切な行動のやり方を知らないか、2)知っていても適切な行動をする勇気をくじかれているか、のどちらかだと考えます。どちらにしても子どもを罰するべきではなく、子どもを勇気づけるべきです。子どもは適切な人格をもっているのに、わけがあって、たまたま不適切な行動をしたのだと考えるようにしてください。

この、「わけがあって」というのが
ポイントですw

たとえば、「子どもがごはんをさっさと食べないんです」というお母さんに。

子どもは1)ごはんをさっさと食べる方法を知らないのか
    2)方法を知っていても適切な行動をする勇気をくじかれているのか
どちらだと思いますか?と問いかけます。

「さっさと食べる日もあるので、たぶん、方法は知っています」
とお母さんが答えたとすると、

そうすると、この子の人格は適切なのだけれど、
たまたまこの時、不適切な行動をする”わけ”があったのですね。
その”わけ”とは何でしょうね。
誰かがこの子の勇気をくじいたのかもしれませんね。
さてその誰かとは誰でしょう?

・・・お母さん「わ、私?」
(爆)

あぁ、さらりと書いてあるこの4,5行の文言を
こんなふうに使うんだ~と感激してしまいました。
まるで詰め将棋です。
でもテキストに沿っていますから
お母さんは納得するしかありません。

そして、実のところすべては仮想だけれども、
「この子は本当はいい子なんだけど、
 自分がこの子の勇気をくじいているんだ」と思うと
問題を解きやすくなります。
だって「私」が変わればいいんですから。

これは技術的な学びでした。


3)肯定文の力

補正項にも書かれていますが、
今回のコースで、先生が特に強調しておられたのは、
すべての文章を肯定文で、ということでした。

仮想的目標も、私的感覚も、代替案も
徹底的に肯定文で言うお稽古をしました。

まず仮想的目標について。
私は、私のパセージ・プラスのコースを受けられた方々に懺悔しなければなりません。

仮想的目標の特徴④:否定文ではなく肯定文
仮想的目標は肯定的・積極的なもので「○○でない」とか「○○がなくなる」とかいうような否定形の感じでなく、「○○になる」とか「○○が起こる」とかいうような肯定形の感じをもっています。


ここについて、誤解しておりました。
申し訳ありませんっm(_ _)m

たとえば「『ごめんなさい、もう2度とこんな失敗はしないよ!』と明るく子どもが言う」
というような仮想的目標を、私は今まで採用していたと思います。
「『 』と言う」は肯定文だから、
『 』内の内容が否定文でもOKだと思っていたのです。

ですが今回、この『 』の中身も、肯定文にするべきだと教わりました。

そして確かに、たとえば上の『 』内の否定文を、
「『ごめんなさい、これからは周りをよく見て気をつけるよ!』と明るく子どもが言う」
というふうに置き換えると、
それはそのままで、スムーズに代替案になります。

だって、ここでひと手間かけて肯定文に考え直すという作業は、
すでに次のステップの
協力的な仮想的目標に向かう準備になっているのですから!

なんて美しく
協力的な暮らしにむかって
導くことができるんでしょう!

これは、ほんとに基本的なところです。
それに気づかずにいたリーダー・・・
(私だけ?)ご、ごめんなさいっ!!

ただ、言い訳になりますが、
初期の頃には先生は、あまり細かいことはおっしゃらなくて
ざっくりでいいんだよ、ざっくりで、と
こういうのも容認しておられたように思います・・・


次に、私的感覚。
私的感覚は2章で学びますが
J先生は、全コースを通し全エピソードについて、
全員の私的感覚を見つけていかれました。

それはもう鮮やかに。
スパスパスパっと、
まるで手のひらの上で音もなく豆腐を切るかのように・・・!
(この秀逸な喩えは青森のNさんからいただきました ^^)

で、この私的感覚のマイナス側も、やはり肯定の形で表すと、
とても美しく豆腐が切れます。
もとい、美しく援助ができます。

「言葉の限界が世界の限界を決める」
と教わりましたが
たしかに私的感覚のプラス側・マイナス側ともに肯定文で表すと、
その方の世界がぐっと拡がるようでした。

ときに、その気づきに涙する方もおられました。
「ああそうだったんだ。私はずっとこれを大事にしてきたんだ」
と気がついた時、人は自分のことを理解し、
自分のことを受け入れることができるのかもしれませんね。

これも、以前は
プラス側「○○である」、マイナス側「○○でない」でもOKだというように
習った気がするのですが・・・(言い訳です)

要は、必ず肯定文でなければならない、というよりも
よりよい分析とよりよい援助のためには
肯定文を使うのが有効だ、ということだと思います。

私たちは幸いなことに
最も進化した
最も高度のデモンストレーションを見せていただいたわけです。


そして代替案。
代替案までに、ひと手間もふた手間もかけて
仮想的目標や私的感覚を肯定文に変換しているので
もう、あとは
プラス側の肯定形の願いを、そのまま相手に伝えれば
基本的にそれが代替案になるのです。

おお!なんてシンプル。
協力的な代替案がなかなか見つけられなくて困っていましたが
これからは肯定文を意識することで、解決するかもしれないですね!
・・・なんて簡単に思えるのは
たぶん先生のデモが鮮やかすぎて
私もまだ魔法にかかってるからかもしれません。


そんなこんなで、マニュアル無視の超速コースでしたが、
燃え尽きて頭がまっ白になったのは、私を含めて
主にリーダー資格を持った方たちで、
若いお母さん方は、楽しんでジェットコースターに乗っておられたようです。

最後のシェアリングをお聞きしていると
「みんなのために私にできることは何か」という思想の部分が
しっかりみなさんの中に根を下ろしたみたいで
感動的なお話をたくさんお聴きしました。


とってもよいコースでした!
実にハードでしたけど(笑)
外様の私も暖かく迎えていただき、うれしかったです。
みなさま、どうもありがとうございました!
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# by prem_ayako | 2015-08-18 09:58 | psychology | Comments(4)

蔵出し旅写真


b0253075_957723.jpg梅雨のころから撮りためていた写真を
まとめてアップしてしまいま~す。

こういうのは、すぐに出さないとダメですね。
文章をつけてから、なんて考えているうちに
もう何ヶ月も経ってしまいました・・・(^^;)






b0253075_9514432.jpgまずは九州、島原市内の武家屋敷。
小雨模様の静かな町。
そんなに暑くもなく、
いい湿り具合で
植物はみんな喜んでいました。

b0253075_1045022.jpg












緑に目が洗われます~





b0253075_1083481.jpg海を渡った天草の、崎津。

b0253075_10104218.jpg細く曲がりくねった道の果て、
岬のどん詰まりの誰も近づけない土地に
キリシタンたちは隠れました。

路地の向こうは、海しかありません。










肉体の死よりも精神の死を怖れることができるのが
他の動物にはない、人間の強さです。

b0253075_1012113.jpg





b0253075_10322272.jpg7月、合宿ワーク前日の鎌倉。

律宗のお寺、極楽寺を訪れました。
このお寺はほんとうに美しかったのですが、
境内は撮影禁止でした。

その後、切り通しの道をぶらぶら歩いていたら
こんなに見通しのよいところに出ました。

ちょうど台風が
関西を北上していたので
由比ヶ浜の波も高いです。





b0253075_10451410.jpg




こちらは御霊神社(ごりょうじんじゃ)
またの名を鎌倉権五郎神社(かまくらごんごろうじんじゃ)
というのだそうです。

鎌倉には、日本画家の瓜南直子さんが住んでおられました。
ツイッターに、ご自宅近くで撮った写真を載せておられたので
(ただの1ファンなのですが)
「この切り通しは、なんだか『ツィゴイネルワイゼン』に出てくるような道ですね」とコメントしたことがあります。

b0253075_10422480.jpg「鎌倉は岩盤が柔らかいので、あちこちに、こんな切通しや「やぐら」があります。」
と気さくにお返事をくださいました。

それだけのご縁で
まもなく亡くなってしまわれましたけど
鎌倉を歩くと彼女の気配を感じます。



肉体が滅んでも精神は生き続ける。
それがたとえとしてではなくて
真実、そうなのだと思えるならば
何も怖いものはないのかもしれません。
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# by prem_ayako | 2015-08-05 09:47 | travel | Comments(2)

仏さまと暮らす

スピリチュアル・ワーク@鹿島の前日、
ちょっと鎌倉に寄り道して散財してきました。

鎌倉には、モンゴル人のおじさんが経営している
チベット仏具屋さんがありまして、
一種の「欲望の館」なのでありますよ(そのスジの者にはネ)。
少しお高いけど、いい物があるんです。

手に入れたのは、
ずっと前から欲しかったけど買えなかった、
閼伽(あか)供養の7つの水器です。

本来、チベットの仏さまにお献げする供物は
1)漱口水(サンスクリット語で、あーがむ=閼伽)
2)洗足水(ぱーでぃあむ)
3)華(ぷしゅぺー)
4)焼香(どぅーぺー)
5)灯明(あろけー)
6)塗香(げんでー)
7)飯食(ねうぃでー)
8)奏楽(しゃぷた)
ということになっています。

これは毎回、手印とともに観想しますが
実物をお供えすることができれば、なお良いかしらね、と思い

今まで、なんとなく散漫に、
いろんな器に
お水を入れたり、
お花を挿したり、
いただきもののお菓子を置いたりしてきました。

b0253075_21104959.jpgまあそれでも全然かまわないんですけど、
そうしていると仏壇が
どんどんカオスになってきまして・・・(^_^;)

しかもシンガポールで、マニ車とかお数珠とか買っちゃったし。

額装のすんだクンツサンポさまもおいでになられたことですし♪
お仏壇を調えるよい機会かなと思いました。


さてこういうときのバイブル、
『実践 チベット仏教入門』(春秋社)には
「これらの供物を捧げる代わり、閼伽水だけを七つの仏器に並べて供養してもよいでしょう」
と書いてあります。

なんで8つのお供えが7つのお水になるねん?
という私の素朴な疑問にも、この本は
「『七つ』という数は、簡易な形式で供養する際の、一応の目安である」
とちゃぁんと註釈をつけてくれています。親切ですねぇ。

で鎌倉で、ついに
真鍮の仏器を7つ買いました。
1個1000円也でした。

いやしかし、
美しい~~(^o^)
満足じゃ。

b0253075_2116733.jpg




「チベットの習慣では、朝の勤行時に閼伽水を供え、日没時にはこれを下げて仏器も収納するのが一般的です。もし、下げずに供えたままの場合は、翌朝、並べてある仏器にわずかずつ瓶水を注ぎ足すのです。」『実践 チベット仏教入門』
ということですので

b0253075_21185160.jpgこの器を手に入れてから、
私も朝、
なにはともあれ出かける前に
仏さまにお水をさしあげることにいたしました。

ほんのちょっとしか時間がとれなくても、
お作法どおり、静かにお水を注いでいくと
とても心が落ち着きます。

そして(日没時は無理なので)夜、
寝る前の瞑想が終わってから、
お水を捨てて、器を拭き、
重ねて収めるようにしています。
これもまた、1日の終わりとして、とてもよい時間です。

暮らしが少しだけ丁寧になったような気がします。
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# by prem_ayako | 2015-07-25 21:31 | tibet | Comments(3)
こうして倉敷のコースは6月6日に
廿日市のコースは7日に無事終了いたしました。

倉敷コースは、
お手伝いの方や見学のみなさん、
お母さんといっしょに来てくれた小さな子どもさんたちと共に
みんなで大広間でお昼を食べたり、お茶やお菓子をいただいたりして、
とても楽しく学べたグループでした。

これから、子どもさんたちとの関わりに
パセージ・プラスで学んだことを
生かしていっていただけたらうれしいです!


廿日市のコースは、
結果的には、とても活発で、
学びの深いコースとなりました。
いろんな突っ込んだディスカッションができましたし、
倉敷より多くのケースについて、私的感覚に踏み込んで考えることができました。

みなさんが楽しんで吸収していかれるのを見て
私自身が、いちばん楽しんでおりました!

リーダーとしての私を成長させてくださったみなさんに
心から感謝申し上げます。


個人的には、
パセージ・プラスというコースは
1章と2章は山で、それを越すと
3章は少し楽で
4章は「葛藤解決」なので、もうひと山(小さいのが)あって、
そこを越すと
5章6章は、めちゃ楽しい!
と思っています。

パセージと、パセージ・プラスの4章までとは、
「ここでは、まだこの言葉は習っていない」
「この技法は、まだここでは使えない」
という「しばり」がわりとたくさんあるのですが、

パセージ・プラスの第4章が終わったら、
・・・実はね、
あとはもう、やりたい放題だと思います(^o^)

メンバーさんは全員、
パセージのテキストもパセージ・プラスのテキストも持っておられますから、
パセージに戻って復習することもできるし
パセージ・プラスの前のページに戻ることもできます。

あるいは、事例を出したメンバーさんによっては
ちょっと新しいことを試してみてもいいかもしれません。
(たとえば4章までは絶対に扱わなかった
 夫婦関係や職場の人間関係のエピソード分析など)
なんでも自由自在というわけです。

しばりがないので、私、5・6章はかなりリラックスしております。
どうしても日程の調整がつかないとき、
私が5・6章をまとめてさせていただくのは、こういう理由なのですw


最初は学ぶことが多くて、少しハードに思えるパセージ・プラス。
でも本当にテキストがよくできているので、
最後には、ああ楽しかった~!もう終わってしまうんだ~
と言ってくださる方が多いです。

変なたとえですが、私にとってはお産みたいなもので(笑)
毎回、最初は「え~ん」と思ったりもするのですが
終わってみると、「またしたいな~」と思います。
1年に1回ぐらい、こんなチャンスがまたいただけたら、うれしいです。


さて、別に誰にも求められておりませんが
最後に決算報告を少し。

今回、2コースさせていただいて、
両コースともたくさんの方に参加していただいたおかげで
思っていたよりも多くのお金を頂戴しました。

まぁ新幹線代とホテル代で1コース分近くは消えるんですけど、
おかげさまで1コース分ぐらいは残りました。

今までは、こういったお金はいつのまにか消えていってました。
それももったいないなと思ったので
今回はこれをすべて、
ネパール支援の寄付と
チベット仏教関係のお布施に使わせていただくことにしました。

ネパール大地震の復興支援については、
どこに寄付したらよいものか、だいぶ迷ったのですが
確実に必要なところに届けていただけそうな
中原一博さんの「ルンタ・プロジェクト」に託すことに決めました。

それから、おひげリンポチェのおつきの僧侶の方から
ディクン・カギュのご本を送っていただいていましたので、
その方のアメリカのセンターにお布施しました。

それからシンガポールへ行きましたので、
ガルチェン・リンポチェに、直接お布施をお渡しし、
またリトリート主催のお寺へもお布施しました。

さらにシンガポール到着時に、3万円をシンガポールドルに換金して、
お札も小銭も、すべて、
リトリートの会場内で売っていた本やお守りの支払いに、
あるいは僧の方々へのお布施に、
並んでいる仏像へのお賽銭に、
使い切って帰ってきました。

さらに、クンツサンポさまを描いてくださった絵師のMさんに。
さらに額装代に。
・・・あれっ?足出てるじゃん(爆)

こういうお金の使い方、
いつもというわけにはいきませんけど
爽やかでした。
たまにはいいですね。
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# by prem_ayako | 2015-07-04 17:23 | psychology | Comments(2)

リーダーの目標

廿日市のコースをどう軌道に乗せるか
1週間、私はそればかり考えていました。
反省もし、傾向と対策も考えましたが、
そういうこととは別に
大げさな言い方をするなら、
ひとつ、悟ったことがありました。

リーダーとして、今までなんとなく
「よいコースにしよう」と心がけてきていました。。。
よく言いません?
「よいコースになった」「よいコースができた」って。

でもよいコースって何だろう?
みんなが仲良くなって、みんなが協力的なグループになって、
みんなが横の関係で、お互いに勇気づけあって、
最終章ではちょっと泣いちゃったりするようなのがよいコース?
逆に悪いコースって?

ここでハッと気がつきました。
「よいコース」を作ることは、目標ではないのです!
「よいコース」は、結果として生じる雰囲気にすぎません。

リーダーの目標は、メンバー同士仲良くなってもらうことではないし
ましてやリーダーが尊敬されたり好かれたりすることでもない。

どうすれば最もわかりやすく、正しく、
今目の前にいる人たちに
パセージ・プラスを学んでいただけるか、だけが問題なのです。

パセージ・プラス・リーダーの目標は、
パセージ・プラスを、正しく伝えること。

パセージ・リーダーの目標は、
パセージを、正しく伝えること。

そのために、
必要のない質問は切り捨てるべきだし、
適切でない事例は取りあげるべきではないのです。

ごくごく当たり前のことでした。
そしてこの目標を言語化することによって、
私の腹が据わりました。


5月17日、廿日市コースの2週目。
今回は、気力体力ばっちりです。

第2章では、私的感覚を学びます。
パセージ・プラスの山場であり
リーダーとしては、最もやり甲斐のあるところです。

お部屋に入ったら、まず座る位置を考えました。
前回は入り口近くに座っていたのですが、
今回は、全体を掌握できるいちばん奥の角っこに座を占め、
リーダーの定位置としました。

リーダーの腹が据わるとグループも変わるもののようです。

細部への質問はあまり出ず
みんなが学ぶのに適切な事例が次々と出てきました。

廿日市のグループは、子育て真っ最中の倉敷のグループと違って
どうやら、知的にアドラー心理学を理解したいタイプのメンバーが多いようです。
そのためもあって1週目はギクシャクしたのですが、
パセージ・プラス2週目の私的感覚についての学びは、
まさにメンバーたちの知的好奇心を刺激したようです!
みなさんの表情が、この前よりも生き生きしてきました。

いや、おもしろいなあ!
私的感覚ってそういうことなのか!
なんていう呟きが聞こえてきて、とてもうれしかったです。

そうそう、私はこれをお伝えしたかったの♪
ようやく、「つかみはOK」の状態になったのでした(^o^)



いっぽう、倉敷のコースの方は、
出だし好調で、おおむねうまく進んでいったのですが、
ひとつだけ、気にかかることがありました。

ある意味、廿日市と逆パターンとも言えます。。。
パセージが好きで好きで、
パセージ・プラスにどうも馴染めない~
と感じているみたいなメンバーさんが、ひとりおられたのです。

たとえばこの方は、3章で学ぶ「共同体感覚の育成」という言葉を、
とても重たく感じるとおっしゃいました。
パセージの1-Lの子育ての目標の言葉ならしっくりくるのだけれど・・・と。

さいわい、他のメンバーさん方が
「おおげさなことではないんじゃないでしょうか?」と
身近な生活の中での子どもの貢献や責任について
いろんな例をあげてくださったので、とてもよい話し合いができました。

こんなふうに、この方のおかげでみんなが学べることもたくさんあったのですが
ときに、エピソード分析の手順の最中に
パセージではこう考えるのでは?とおっしゃったりもしました。

パセージ大好きなのはとってもとっても素敵なことです。
それで全然OKなんですけど
私の今のお仕事は、ともかく全力で
パセージ・プラスをお伝えすることですから

これは是非、この方ご自身のエピソードで、
エピソード分析を体験していただきたいものだと
願って(狙って?)おりました。

ついに最終日、ようやくそのチャンスが巡ってきました!
ほんとうに初めて、「子どもに対して陰性感情をもちました」と
彼女がおっしゃったのです。
時間は押していましたが、
構わず、その事例を取りあげることにしました。

ベテランのお世話役さんが手をあげて、分析の実習をしてくださいました。
そしてこのコース最後のエピソード分析にふさわしく、
お手本のように美しく解決してくださったのでした。

よかったです~
ありがとうございました!

これでもう、心残はりありません(^o^)

(まだつづく)
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# by prem_ayako | 2015-07-04 17:09 | psychology | Comments(2)

グループは生き物だ!

あまりにいろんなことがあったので取り紛れておりましたが
忘れないうちに、先日行ったパセージ・プラスの振り返りをしておきたいと思います。
私にとって、グループを動かすことに関して
学ぶことがとっても多かったのです。


5月から6月にかけて
1章から4章までは、毎週1章ずつ、
最後の第5章と第6章は、1日に2章分ずつ行いました。
なので、連続5週間、
土曜日は岡山県倉敷市、
日曜日は広島県廿日市市に通いました。

どちらのコースも10人ずつメンバーが集まってくださいましたが
当然、メンバーも会場も雰囲気も異なります。
(おひとりだけ、両コースともに参加されたメンバーさんがおられました。
 この方には、なんと私のすべてをご覧いただいたことになります~ 汗)

倉敷は、岡山にあるいくつかの自助グループのお世話役さん方が
協力して子育て中のお母さんたちを集めてくださいました。
公共施設の広~い和室が会場で、
託児もあり、託児ボランティアの方、会場のお世話の方、
そして見学の方々を含めると
メンバー以外の人数の方が多いぐらいで・・・

5月9日の倉敷コース第1章は、めっちゃ緊張しました。
私には、ともかく最初のつかみが大事!っていう信念があるんです。

幸い、ぴっちぴちのお母さん方が
子育てのお話をどんどん話してくださったので
エピソード分析をたくさんやって、
みなさんの表情もおおむねいい感じで、
(まずはつかみOK!)と、ほっとしてホテルに入ったのでした。


それで、倉敷でうまくいったから、廿日市でもきっとうまくいく!
だって同じテキストを使ってやるんだも~ん♪
と思っていたら、それが甘かったのです。。。orz

5月10日に始まった廿日市のコースは
ある学校の先生が、是非パセージ・プラスを受けたい!と
お仲間やお知り合いを集めてくださって、成立しました。
この方の熱意のたまものです。
会場には、ご自宅の和室を使わせてくださいました。
学校の先生や保育士の方が多く、子どもの年齢も高く、男性も2人おられます。

・・・とこうやって書いてみると全然違いますよね。
でもそれをあまり考えず、ともかく突き進んでみたら

なぜか昨日うまく流れたところが流れず
昨日誰もひっかからなかったところにひっかかる人が現れ
いつもなら洞察してもらえるところが抵抗され
散々でございました。

やはりメンバーが違えばグループも全く違う生き物となることを
痛感したのでした(>_<)

帰り道は、ヨロヨロでした~


しかし、なんとか立て直さなくてはなりませぬっ。
考えてみると失敗の要因は、
次の2点だったようです。

1)枝葉末節の質問に答えようとした

テキストの言葉の細かいところに注目して質問をしてくる方が
このコースでは何人かおられました。
一語一句、一生懸命学ぼうとしておられるのだなと思って、
いっしょに考えるようにしたのですが

これは不要なことだったと思います。

初めて受ける方々と細部をディスカッションすることは、
百害あって一利なしだったかもしれません。
なぜなら、メンバーさんたちには、まずざっくりと、
パセージ・プラスの全体をつかんでいただくことが、先決だからです。

細部に時間をとられている間に、
エピソード分析をもう1個してみせた方が、
第1章では、断然メンバーさんたちの役にたったはずです。

次回からは、大筋に関係のない質問は、あっさりと流そう。
「どうしてそこを疑問に思われるんですか?」なぁんて
「開いた質問返し」したりして。

2)事例の選び方が適切でなかった

みなさんから出されたいろいろなお話の中から、
このお話ならみんなが学べるだろう
というようなエピソードを選ぶのが、リーダーの裁量なのですが、

これが今回はことごとくはずれてしまった(汗)感があります。
勘が鈍っていたというか、冴えがなかったというか。

まぁ言い訳になりますが、
この日はめずらしく、体調管理に失敗していました。
でも、どんな状態でも力を出せるようでないと
プロじゃないですよね・・・m(_ _)m

やむを得ない部分もあったとは思うのです。

ほとんどが初対面の10人グループで
1日目から、おひとりおひとりを見極めることはできません。
聴いてほしそうな方のお話は、とりあえず
初回は聴いておくのが安全だったとは思います。

ある程度時間をかけてお話におつきあいしたからこそ、
たとえば次回からは、
「パセージではどう習いましたか?」って復習するのがいいよね、
なんていうことが分かるのですから。

・・・と、むりやり自分の出来ている部分に正の注目をして
できるだけ個別に傾向と対策を考えて
ドキドキしながら第2週に備えました。

(つづく)
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# by prem_ayako | 2015-07-04 17:00 | psychology | Comments(0)

Deadlock

デワチェン(極楽)とは
阿弥陀さまのおそばで
悟りに至る修行のできる場所だということです。

b0253075_22102570.jpg何度考えても、
ガルチェン・リンポチェという菩薩にお目にかかり
リンポチェのお声を聞いて
お体に触れ、エネルギーをいただけることそれ自体が
デワチェンなのだと思います。

ただ、デワチェンと違うところが一点だけあります。
それは、私には
リンポチェのお言葉がわからないということです。

デワチェンでは
どのような生き物でも
阿弥陀さまの教えを理解して
学びを積んでいけるというのに!


せめてリンポチェから直接教えを受けた教典を
リンポチェが唱えられるままの言葉で読みたくて、
一生懸命チベット語の古語を学んでいます。
ここ数年のお勉強の成果で、
お経であれば、かなりスラスラと読めるようになりました。
ですが、リンポチェの話される口語のチベット語はわかりません。

そして今回、思い知ってしまったのは、
たとえ英語に通訳してもらっても
私には、リンポチェのお話が理解できないということです Orz

ある程度までは、英語でわかるのですよ。
部分的には、わかるところがあります。

2年前に来たときは、ある程度までわかることに安心していたのですが
どうやらその頃と同じあたりで理解が止まっていて、
次の段階、もうひとつ上のレベルのお話になると
やっぱり、さっぱりついていけないことに気がつきました。

何度もお聴きして馴染んでいる空性に関するお話や
ミラレパの言葉の引用などは
耳が開いて頭に入ってきて
そこから思索をめぐらせたりイメージをふくらませたりできるのですが

それ以外の、自分のつかめないところは、
おどろいたことに
何度録音を聞き直しても、そのたび寝てしまうのです(^^;)
わからないものだから眠くなるのですね・・・

・・・行き詰まっております。

b0253075_944277.jpgこれはつまり、
リンポチェのお教えを吸収していくだけの能力が、
悲しいことに私にはないということだと思います。

今の私はまるで、聖アントニウスに説法されている魚。
あまりに愚かな衆生なので、
仏の教えを理解できないのです(泣)

大きなJ先生は
英語の通訳を正確に理解される上に
中国語の翻訳を読んで確認され、
日本語に訳して衆生のために尽くそうとしておられます。

過去に積まれた福徳の故に
J先生にはそのような尊いお仕事がおありなのでしょう。

私の福徳は今生では
リンポチェのお顔を間近に見て
お手の暖かさをこの身に感じ、
いただいたいくつかのお言葉を覚える
そこまでのこと。
それ以上を望むのは貪欲でありましょうし
それだけで十分に幸せだと思います。

が・・・
私はやっぱり、リンポチェのお言葉をわかりたい。
リンポチェのお話をすべて理解できるだけの知恵が欲しい!


はい、貪欲です(^_^;)
それを認めた上で(笑)
ここで能力のなさを嘆いていても仕方ありませんね。
何か対策は考えられないかな?

いっそ現代チベット語会話を学んで
リンポチェのお話を直接聞き取れるようにがんばりましょうか?
でもね、言語の問題じゃない感じですよね。。。
たとえチベット語がぺらぺらになったとしても、
仏教の精妙なお話になったら、やっぱりわからないんじゃないかな。
だって、日本語でもわからないかもしれないんだから。

それならば、いっそ仏教を基礎から学んでみましょうか?
(あぁそういえば、お友だちにひとり、
 佛教大学の通信学部に入って学んでいる方がおられます。
 彼女もこういった経緯で決断なさったのかもしれないなと、いま気づきました・・・)
でも日本仏教学んでもねぇ、などと不遜なことを考えてしまう私。。。

そんなことを、シンガポールから関空に帰り着いて
天王寺への電車の中で大きなJ先生にぶつぶつ申し上げていたら、
「英語で仏教語を学びなさい!」とのアドバイスをいただきました(@_@)

なるほど・・・
今さらチベット語会話や仏教をいちから始めるより、
私の場合、英語の能力を上げる、という道が
もっとも手っ取り早いかもしれません。

そういえば「言語能力を上げるには、まず単語力!」というのが
大きなJ先生のご持論で、
はじめて ICASSI に行く生徒さんたちにも
いつも、「アドラー心理学用語を英語で覚えてから行きなさい」とアドバイスしておられます。

たしかにアドラー心理学関連の英語についていえば、
10年前の NASAP にはじまって何度か ICASSI に行って、
いつのまにか、アドラー心理学の話題であれば、自由に英語で話せるようになりました。

そもそも、たいがいの仏教国に住む信徒にとっては常識である仏教用語が、
私にとっては、日本語でさえ常識ではないのです。
チベット仏教に出会うまでまったくの仏教処女(?)でしたからね~
こういうところで福徳を積んできていないのです。

しかも仏教用語は、日常使わない特殊な言い回しでもって翻訳されることが多いです。
その独特の英単語や英語表現に、私はいちいちひっかかってしまって、
通訳を聞いていても、本を読んでいても
そのたびに一瞬フリーズしているように思います。
そのせいで、全体が見えなくなってしまうのかもしれません。

チベット語:日本語の
仏教用語だけの単語帳は
すでに作っているのですが

これにもうひとつ
英語を対応させればいいわけだ!

Deadlock 突破の
道はみえたぞ!(^o^)

いつもながら、
的確なアドバイスを惜しみなく与えてくださるJ先生に
心から感謝申し上げます。


まずは、ガルチェン・リンポチェの英訳を一手に引き受けている感のある
Ina Bieler の言い回しを覚えていくことにします。
Ina の訳したリンポチェの本を丁寧に読んで
アンダーラインを引くことから始めましょう。

アドラー心理学を学び始めて基礎講座とパセージを受けたばかりの頃
事例検討会で先輩たちが話しておられることが全くわからず、
ほんとうに、全く全くわからず
呆然としていた私が
それから17年たって
少しは人にお伝えできる程度に、わけがわかるようになったのですから

時間をかければ
ガルチェン・リンポチェのご法話も
きっと理解できるようになるでしょう。

・・・もしも間に合わなかったとしても
それもまた幸福な人生であると思います。


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# by prem_ayako | 2015-06-25 09:54 | tibet | Comments(0)

Evelyn

彼女に会ったのは、リトリート2日目の昼食どきでした。
あたたかい菜食のお弁当をひとつずつ受け取って
いくつもの大きな丸テーブルの中から空いた席を選んで
大きなJ先生と並んで座ろうとしたとき、

そのテーブルに座って食べていたかわいい女性が
いきなり「こんにちは」と話しかけてきました。

「私、日本語を大学で習いました。日本人大好きです」
と流暢にどんどん話されます。

なんだか状況がよく理解できなくて
なんで私たちが日本人だとわかったのですか?と
まず英語で尋ねてしまいました。
外国で外国の方に日本語で話しかけられることって
まぁめったにないことなので・・・
どの程度日本語を使ってよいのか分からなかったのです。

彼女は恥ずかしそうに「あ、ごめんなさい。
昨日、後ろでお話、聞いていました」と言います。

それでお互いに自己紹介をしたあと
しばらく彼女は日本語
私は英語
という奇妙なやりとりを続けましたが
そのうちに、ふたりとも英語に落ち着きました。

ときどき日本語を交えることもできるので
ラクチンです(^^)

彼女はシンガポーリアンで
オーストラリアのメルボルン大学で日本語を専攻したそうです。
そのときの日本人教授がとても親切ないい人だったと
エピソードを交えて話してくれました。
だから日本人が大好き!
何度も日本に行ったけど、行くたびに日本が好きになります!
日本人はやさしいし日本は清潔だし、と
熱く語ってくれました。

そんなふうに言ってもらえると、嬉しいですね。
シンガポールの方たちも親切ですね~と私が言うと
彼女もとても喜んでくれました。

お昼を食べながら彼女は、
「私、ここのホテルに泊まっています。ラッキーなことに50階なんです。
 その景色がとてもきれいなので、よかったら後で私の部屋に来ませんか?
 大丈夫です、昨日は別の友だちを誘って来てもらったんです。
 ほんとうに、もしよかったら」
って熱心に誘います。

最初はご遠慮しましたけど、
あんまり言ってくださるので、甘えることにしました。
大きなJ先生は、さすがにためらっておられましたので
私だけ、行かせていただくことにしました。

いつ?
じゃぁ今日の夕食後、
6時半に出口のところで。
と待ち合わせしたのでした。


さて今年のリトリートの会場は、
シンガポール湾に面した「巨大な」ショッピングセンター、
マリーナ・ベイ・サンズの地下の一角です。

マリーナ・ベイ・サンズがどれほど巨大かというと、
地下階に人工の水路が流れていて
ふつうの大きさのボートが移動に使われている
というぐらいのスケールです。

彼女の泊まっているマリーナ・ベイ・サンズ・ホテルへは、
リトリート会場から10分間歩いてショッピングモールを抜け、
ようやくホテル専用エレベーターに到るという具合です。

b0253075_17364536.jpgこの10分間、
私たちは、ミソサザイよろしく
ピピピピピーピーとしゃべり続けました!

彼女は大学で日本語とドイツ語を専攻した語学の専門家。
母国語は英語と中国語なのでしょうが、
考えるときはいつも英語だといいます。
アルバイトで日本人に英語を教えているそうで、
私の英語をとてもほめてくれました。

ガルチェン・リンポチェのリトリートに来るのは彼女も2回目で
前に来たのは2013年、私たちが来たのと同じ年です。
「なんてすごい偶然!
 あの年のあの会場でもいっしょだったのね!
 もしもどっちかが去年来ていたら、今こうして会えなかったわね!
 ねえ、なんて私たちって似ているのかしらん♪」
と彼女、大はしゃぎです。


超特急のエレベーターで上がった50階の彼女の部屋は
旦那さんが翌日に来られるそうで、
とってもゴージャスなツインルーム。
なんと1泊600シンガポールドルですって!
(=1泊5~6万円・・・)

(シンガポールには超・超・お金持ちがいるって聞いてますけど
 そういうご一族なんでしょうね~
 お洋服も、カジュアルだけど芦屋マダムっぽいデス)

このお部屋、鍵を開けて中に入ると自動的に!!
正面の窓のカーテンがうぃ~んと開いて
シンガポール湾が一望になるのです。
Wow!これはすごい!
どうぞどうぞ、入って、ベランダにも出て見て!と
一生懸命 treat してくれる Evelyn。
(出れるのか!50階のベランダ。怖いぞ)

b0253075_1722815.jpg

どうですか、この船の数。
This is Singapore!!
きゃあきゃあ言って大急ぎで写真を撮って

さらに彼女が提案するには
ねぇ、まだ5分あるから
57階のプールに行ってみない?
Residents しか入れないんだけど、私のカードを使えばいいから。
もう、すごい景色なのよ!

というので、私もそれにあっさりのりまして(笑)

57階までまた上がって、
プールの入り口に彼女を残し、私だけ入れてもらって、
プールサイドを少し歩かせてもらいました。
ここの眺望は超有名で、ガイドブックによく載っています。
(右下の写真は借りてきたものです)

b0253075_17255252.jpgどうだった?
Amazing!! The edge!!
Yes, the edge!!
と、これだけの単語で話が通じる心やすさ(^o^)

それからまた超スピードで歩きながらおしゃべりして、
午後7時きっちりに、
間に合って会場に帰り着きました。
お礼を言って握手して、
それぞれの席に戻ったのでした。


なんだか私、今回のリトリートはやたらと眠くて
リンポチェの有り難いご法話の間も
「Om Ami Dewa Hri!」とマントラの時も
ときどきものすごい睡魔に襲われて
しっかり声を出して唱えていたのに次の瞬間にはカクッと眠ってしまう、
ということの繰り返しだったのですが

Evelyn と出会って彼女の活気に触れたおかげでしょうか、
ようやく気分が高揚して
少し目が覚めた感じになりました。
よい刺激でした♪


3日目には、遅れて来られた旦那さまともご挨拶を交わし
最終日にもう一度いっしょに写真を撮って、
再会を約してメルアドを交換しました。

私にしては
これだけ短時間でこれだけうちとけることのできた相手も、珍しいです。

メールによると、彼女にとってもある程度そうだったようです。

b0253075_17281836.jpgIt was like the meeting of old friends, and that we were trying to update each other as much as we could. Those precious thirty minutes were vibrant with joy and laughter, to say the least. Indeed, I was like pouring my whole life story to you...hehehehe!

年末には大阪に来るということなので
ものすごく賑やかな2羽のミソサザイになりそうです。
さあどうやって treat してあげようかな~♪
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# by prem_ayako | 2015-06-24 17:45 | friends | Comments(0)

Peak Experience

リンポチェとお会いするのは2年ぶりです。

2年前は7月に東京で教えを受け、帰依戒も受け、
8月にシンガポールでもお会いできたのですが、
昨年はお会いできるチャンスがありませんでした。
ダライ・ラマ法王にお会いしたことで運を使い果たしたみたいで。

でもこの2年の間に、
リンポチェの御前でどうふるまえばよろしいものなのか
チベット式のしきたりを、少しは覚えました(^^)v

お部屋に入ったら、まず、五体投地。
そしてしのばせていたカタを献げて
祝福をいただきます。

五体投地を3回している間、リンポチェは
そんなんせんでええのに、早よう座らんか、とばかりに手を振られ、
足をくずせ、とか、椅子はいらんのか、とか
いろいろと気を配ってくださいます。
(もちろんチベット語でおっしゃってるのですが、なぜか関西弁に思えるw)

ああ、なつかしい
リンポチェのあたたかいお手。。。
いつもの笑顔。。。
大きな大きな存在感。。。

リンポチェのチベット語は私にはほとんどわかりません。
ずっと英語通訳の Ina がついて翻訳してくださいますが、
お声の響きを感じとりながら、
Ina の英語を理解するのは、なかなかに困難です。

だから私はひたすら、触覚と視覚を使います。
全身の皮膚でリンポチェのエネルギーを感じ
お姿を目に焼き付けようとします。
ですから頭は麻痺して、ひたすらうっとりです(笑)

まず大きなJ先生が
お母さまのお写真を出されてお供養をお願いされました。
それからリンポチェのご本を翻訳することについて
許可をいただかれました。

私の番になったので
クンツサンポのタンカを筒から取り出して、
Consecration(チベット語でラプネ rab-gnes)をお願いしました。

絵をご覧になったリンポチェは
おおクンツサンポ・・・
クンツサンポは虚空と同じ、それで青いのじゃよ
とおっしゃいました。

用意していたお米とカタを出そうとすると
リンポチェの blessing ではそれはいらないと言われました。

そういえば3年前に初めてリンポチェとお会いしたとき、
そのころ買ったばかりだった水晶の数珠にお加持をいただいたのですが
そのとき使われたのと同じ、小さな壷に入った摩訶不思議的軟膏を
クンツサンポのお腹のチャクラと
その裏側とに塗りつけられました。

そしてリンポチェの指に残った軟膏を
私の鼻の下にも塗りつけられました。

お数珠のお加持のときもこうやって鼻に塗りつけられたな・・・
思えばあのときにリンポチェに「匂いつけ」されちゃったんだな・・・
などとぼんやり考えていました。

リンポチェが絵を元通りに巻いて差し出してくださったので
リンポチェに支えていただいたまま
金色の紐で縛ろうとするのですが
なかなか、ちょうちょ結びができません~(>_<)

「私、緊張しています~」と言うと
おお~なに緊張することがあるねん?と笑われます。

なんだか他にもいろいろおっしゃっていたかもしれないんですけど
すみません、忘れました(笑)

もう時間があまりなくて
時間に obsessive なシューさんが急かしているのは分かってたんですけど
どうしてもそのとき伝えたかったことがあって、無視しまして(笑)

日本に来られたときにたくさんお話をしていただきましたけど
難しいことは私にはわかりません。
ただひとつ、私がずっとあれ以来覚えているのは
リンポチェが両手の親指と人差し指で輪っかを2つ作って見せてくださって
私たちはみんなこんなふうに separate しているけれども、
指を開くと、ほら、ひとつになるんだよって、
ジェスチャーで示してくださったことです。

と英語で言いました。
本当に実際に、今までに私がリンポチェから学んだことは
これに尽きると思うのです。

リンポチェはニコニコと微笑まれて
そうそう、こうやってひとつになるんじゃよ
と、両手の親指と人差し指で大きな1つの円を作って
示してくださいました。

あぁこのときのお姿を思い出すと
今も涙があふれそうです。

なんせ聴覚全滅、視覚が頼りですから
こうやってリンポチェにジェスチャーで教えていただくのが
私にはもっともよくわかるのです。
_人_


こうしてうっとりぼんやりと退出して
それから大きなJ先生とどこでどうしたのだったか、
どうもよく思い出せません。
ともかくお茶を飲んだかな?ご飯はどうしたんだったかな?
たぶんホテルでしばらく休んで、
夕方の「白ザンバラの灌頂」に間に合うように、出かけたのだったと思います。
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# by prem_ayako | 2015-06-17 21:42 | tibet | Comments(0)

Kuntuzangpo

法身普賢、
チベット語ではクンツサンポ
サンスクリット語では、サマンタバドラ
といいます。

日本の普賢菩薩と違って
チベットの法身普賢は原初仏です・・・
空性そのものが
とりあえず仏のお姿をとって現れたもの、
だからこそ一糸まとわぬ姿で
多くの場合、明妃を抱いた父母尊の形で描かれます。

カギュ派は持金剛(ドルジェチャン)を頂点に置くことが多いのですが、
私はどういうわけか
インターネットで初めて「クンサン・モンラム(法身普賢の誓願)」の歌を聞き
そのお姿を拝見して以来、
ずっとクンツサンポさまに惹かれておりました。

ガルチェン・リンポチェは、この「クンサン・モンラム」を
小さな冊子にして配ってくださったり、
ご法話の中で引用されたり、
何度もお唱えするようにと勧めておられます。

なのでますますクンツサンポさまへの憧れは強まり、
お側に来ていただきたいものだと思いました。


2年以上前、まだ大阪の私の家でチベット語のレッスンをしてもらっていた頃、
タンカ絵師であるチベット語の先生Mさんに
法身普賢を描いていただけないかとお願いしました。

注文はしたものの
Mさんは時間をかけて丁寧に描く方ですし
それに加えてこの2年ほどの間、
Mさんは引っ越しや出産や子育てなどで本当にお忙しかったので・・・
半分冗談で、まあ1年に1色塗っていただけたらいいかなぁ
ひょっとしたら10年ぐらいかかるかな?と
あんまり期待しないでおりました。

そうしたら思いがけず、
4月のはじめに高野山でチベット語レッスンを受けた時に
そろそろ完成できるかもしれません、と伺いました。

まぁうれしい!
クンツサンポさまが、本当に私のもとに来てくださる♪♪

しかもシンガポール行きの切符をとった頃だったので
絵が間に合えば、
ガルチェン・リンポチェにシンガポールで開眼供養をしていただくことができます!


b0253075_20582733.jpgチベットの仏画、タンカは
仏さま方の色彩・印形・持ち物・まわりのご眷属など、
それはそれは厳密な決まりにのっとって描かれています。
ひとつでも間違えると、絵師は地獄に落ちると言われます。

絵が完成しても、そのままではまだ仏さまではありません。
仏さまの額・喉・胸にあたる部分の裏側に
3つの種字(おん・あー・ふーむ)を書き記さなければなりません。

さらに仕上げに
力のある僧に加持祈祷していただくことによって
絵の仏さまに魂が入ります。
これが開眼供養ですね。

私の注文したはじめてのタンカ、
大好きなクンツサンポさまに
ガルチェン・リンポチェの blessing をいただけるなら
これはもう priceless です!


b0253075_20595871.jpgさて、案の定というかなんというか
4月末に絵を受け取れるかもというお話だったのですが
もう少し時間をかけたい・・・ということで、完成が大幅に遅れました。

シンガポールに発つのは6月10日夜の飛行機。
ですが私も5月末から6月にかけてたいへん忙しくなり
行けるかどうかも危ぶまれる状態になりました。

これもご縁ですから、
シンガポールに行けなくて今回リンポチェとお会いできないのなら
私にはそれだけの福徳しかないということでしょうし、
行けたとしても、もし絵が間に合わないのならば、
それも、それだけの福徳だということなのでしょう・・・

と半ば腹をくくっておりましたら
結局どちらもギリギリで間に合いました(@_@)

なんと出発前日6月9日の夕方、
私はお葬式から神戸に戻るその途上、
黒服にショールといういでたちで
難波でMさんと落ち合って、無事に完成した絵を受け取ったのでした。
なんて thrilling なこと!


b0253075_2105283.jpg晩ご飯をご一緒しながらMさんは、
とっても大変だった時期に書き始めたこの絵を
完成できたことが、本当にうれしいです!とおっしゃいました。

思えば、Mさんのご妊娠中に注文させていただいたのです。
ここ何年かの彼女の人生の変転を
ずっとクンツサンポさまは見守っておられました。

この絵を注文して完成していただいたことが、
Mさんの絵師復帰のお役に立てたのなら、本当に良かったです!
Rejoice!
そのことが、絵が手に入ったこと以上にありがたいことだと思いました。


そうして出来立てほやほやのクンツサンポさまは
大切に大切に筒におさまって、
シンガポールへと飛びたったのでした♪
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# by prem_ayako | 2015-06-17 20:54 | tibet | Comments(0)

チベット現代文学

昨年からぼつぼつ、現代のチベット文学
(チベット本土に住むチベット人によるチベット語で書かれた文学)
を、見つけ出しては買って読んでいます。

ダライラマ法王その他の僧侶による仏教関連の本を別にすれば、
巷に出ている最も一般的なチベット本は、旅行のガイドブックでしょう。

また、西洋人から見たチベットについての本なら
みなさまよくご存じの『セブン・イヤーズ・イン・チベット』 や
『ヒマラヤを越える子供たち』などがあります。

あるいは、亡命チベット人によって記されたものでは、
リンチェン・ドルマ・タリンの『チベットの娘』(中央公論新社)が
中国侵攻前のラサ貴族の暮らしを伝えてくれています。

しかし、今現在、チベット本土に住むチベット人が
どのように考えどのように生きているのか知ることのできる本は、
ツェリン・オーセルさんの『チベットの秘密』(集広舎)くらいしか
私は知りませんでした。
オーセルさんは、ご自身の思いを勇気をもって直截的に書かれるので
しばしば、自宅軟禁という憂き目にあっておられます。


一昨年の晩秋に京都・大谷大学で催された映画会
ペマ・ツェテン監督による『静かなるマニ石』を観に行ったとき、
会場で「セルニャ」なる雑誌(非売品)をいただきました。
それを読んで
チベットに現代文学が生きていること
何人もの小説家が、中国支配下のチベットで活躍しているということ、
それをコツコツ翻訳してくださっている日本人の研究チームがあるということを
知りました。

中心になっておられるのは、東京外大の星泉先生と
三浦順子さん、海老原志穂さんら「チベット文学研究会」のみなさんです。
この方たちがとても丁寧なよい仕事をしてくださるおかげで
辺境の地(日本の、しかも関西)にいても、
佳い本に次々と出合うことができるのです。
感謝~!

たぶん、今現在日本で手に入れることのできるチベット現代文学の本を
4冊とも私は読んでいると思うので、
(みなさまの興味関心にはおかまいなく・・・)
勝手にご紹介しちゃいます!


b0253075_20414044.jpgまず触れなければならないのは、
仏教文化の伝統を破って、はじめて口語表現をとりいれた人。
そして中国体制下の社会を、はじめて写実的に描いて小説とした人。
トンドゥプジャです。
あとにつづく若手作家たちにとっては、伝説的存在。
1953年に生まれ、1985年に自ら命を絶ちました。

『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』(勉誠出版)
短編集ですが、どの物語もエネルギーがすごいです・・・
語り口が洗練されているとは言えないけれど
そこがまた味になっていて
妙に印象深い本です。

b0253075_20424366.jpg次は、今たぶん、本土で最も成功しているチベット人の文化人、
映画監督でもあるペマ・ツェテン(1969~)の
『ティメー・クンデンを探して』(勉誠出版)
これも短編集ですが、なかなかおもしろかったです。
同名の映画も作られていて、東京では上映会もあったようですが
私はまだ観る機会をもてていません。

なぜかチベットの現代作家たちは、
ラサなどの中央部ではなく、
東の遊牧地域(アムド)出身の方が多いのです。
統制の目の、まだ少しは届きにくい地域に育ち、
まだ草原を自由に駆け回ることのできた子ども時代があったからこそ、
それが原体験となって、小説が書けるのかもしれません。

b0253075_20465092.jpgいちばん最近に出版されたのは、
やはりアムド出身タクブンジャ(1966~)の
『ハバ犬を育てる話』(東京外国語大学出版会)

これも奇妙におもしろかったです。
トンドゥプジャを引き継いでいるかのような、
ちょっと目まいがするような物語群。
私は、個人的に大好きなルーマニアのエリアーデの
幻想小説を思い出しました。


そして最後にご紹介するのは
ラシャムジャ(1977~)の『雪を待つ』(星泉訳・勉誠出版)

b0253075_20483045.jpg星先生が単独で翻訳された長編小説で
文句なく私のイチオシです!

帯にあるキャッチコピーが、

「ある雪の日、ぼくは文字と出会った」

どうです?このひとことだけで、
ぱぁ~っとチベットの風景が
目の前に広がるじゃありませんか!
(私だけ? ^_^;)


原題のチベット語は「チベットの子どもたち」なんですが、
これを「雪を待つ」と訳されたセンスは
もう素晴らしいとしか言いようがありません。
まさに Quantum Leap ですね。
まぁ読んでみてください、機会があれば。

前半は、1980年代のアムドの半農半牧の村の暮らしが
子どもの視点から生き生きと描かれています。

村の四つ辻にはケサル大王を物語る老人がおり、
穴のあいたズボンで走り回る少年や
ひとつの飴を取り合う幼なじみたちがいる。

小さな子どもをのみこんでしまう恐ろしい水場もあり
そういうところには、きっと魔ものが住んでいる。。。

遠い世界の話のはずなのに、なぜかよく知っている世界のような気がしてきます。

後半はうってかわって2000年代の都会。
成長したかつての幼なじみたちが
それぞれ思いもよらなかった人生の展開に失望しながらも、
でも故郷での再会を果たそうとします・・・

文学作品としても一級だと思います。
私選・今年の一冊です!(←何さま?笑)

小説という形でこそ表現できることが、確かにあるように思います。
チベット現代文学の作家たちは、したたかに
チベットの今を描いて
それはときには、中国語にも訳されているのです。

ラシャムジャがあとがきに

「今、私は息子の成長する環境に危惧を抱いている。私が子供の頃に経験したのと同じような暮らしを息子は繰り返すことはできないし、それはわれわれ民族にとっても同じだ。・・・(中略)・・・今は故郷を捨て去る時代である。私の息子が成長した時、私と同じように故郷、故郷といって懐かしむ場所も、振り返る場所もないだろう。息子は都会で生まれ、都会で育っていくからだ。しかし、故郷とは地理的な意味をもつ空間というだけではなく、われわれがつねに辿りつく場所でもある。」

と書いていますが

チベットの現実を考えると、
この文はたいへんな重みをもって胸に迫ってきます。
またさらに、この危機感は現代の日本の私たちにも重なるように思います。

チベットの作家たちは、こうして
チベットの危機を普遍化することに成功しているようです。

これからどうなっていくのか。
とうぶん目が離せません。
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# by prem_ayako | 2015-05-22 21:00 | tibet | Comments(0)

倉敷散策記

5月の連休明けから、倉敷と広島で2コース、
パセージ・プラスをやらせていただいております。

土曜は倉敷。
1泊して、日曜は広島。
基本、どちらも午後に3時間のコースです。

連続2コースってのは初めてですけど
ちょっと行楽気分で楽しいです♪


5月16日(土)の倉敷のコースは、
この日だけ会場の都合で、早くに始まって早くに終わりました。
こんな機会はめったにないので、
夕方までブラブラと、町を散策いたしました。

この日はちょうど、
倉敷市の裏山(鶴形山)にある阿智神社の、春期大祭でした。
お祭りに合わせ、市をあげていろんな催しが企画されていて
公園でフリーマーケットをやっていたり
アイビースクエアの中庭でダンスを見せていたり
ただでさえにぎわう新緑の観光地が、いつも以上に混み合っています。
(そのせいか倉敷の定宿もとれなくて、岡山に1泊することになりました)

大原美術館を再訪しようかと思っていたのですが
美観地区はあまりの人出で、触手が動かず。

メンバーや見学の方々から、
なんだか変わった古本屋さんがあるみたいに聞きましたので、
どうせ今日はヒマですし、とりあえずそこをめざして歩いてみることにしました。

倉敷本通り(川沿いの繁華な通りの1本裏の道)をずんずん東へ行くと
・・・ありました!
のれんのかかった小さな古本屋「蟲文庫」です。

b0253075_1111994.jpg


お店の前には、多種多様な多肉植物が並べてあって
引き戸の入り口から薄暗い中に足を踏み入れると、
黒縁メガネで黒い服のお姉さんがひとり、
奥で店番をしておられます。

目立つ場所には、顕微鏡や苔(!)のプレパラート、
私にはわけのわからない地味な生き物(の痕跡?)が並んでいて
かなりのあやしさを醸しています。

本の取りそろえは、まあ普通に古本屋さんで
へんにスピリチュアル系の本がないのを、好もしく感じました。

つうか、ある意味もっと深くてあやしいものが充満しているような。。。
苔とか地衣類関係?
ほ、胞子文学?
ええと、私の無意識はそのへんスルーして、あまり見ないようにしておりましたが
・・・やっぱりちょっと変わっているよね、ここ。。。

そういう私が手に取って、
買おうかどうしようかしばらく迷っていたのは
Ichonography in Egypt だとかいう英書。
ハードカバーで重たかったのと、
ん~今からエジプトの図像学やってもなぁと理性を取り戻しましたので、棚に戻しました。

なんとなく一回りして、もどったレジ前の一角には、
店主の好みか、数枚のCDが並び(私には見当がつかないジャンルw)
古本でない新刊ものが数冊置かれておりました。
その中に『わたしの小さな古本屋』なる本がありました。
あれ?これ、ここじゃん?
b0253075_10524675.jpgここの女の人が書いた本?

ちらりと店番のメガネの女性に目をやってから
ぱらぱらっとめくってみると、どうやらこの方、
21才のとき、仕事を辞めていきなり「古本屋をやろう!」と決めて
ほんとうにそのまま古本屋さんになられまして、
20年、ひとりでコツコツとやってこられたみたいなのです。

エジプト図像学の本はあきらめても、
この本は買っておかねばね、と思いました(笑)
彼女にこの本を差し出して、
「これください。おもしろそうだわ」と言いましたら
うふと小さく笑われました。

b0253075_1114134.jpg栞をいくつか添えてくださいましたが
それがまたあまりにも個性的で素敵なので
写真を掲載しておきます。
「龜」の書き順~w
胞子~w

私、苔とか亀とか菌類への愛はあまりもっておりませんが
このような偏愛をもつ方々への愛というか共感は、かなりあります。
また訪ねてみようと思っています。
だって、しばらく毎週この町に来るんだもん(^^)


それから本通り沿いにしばらく行ったり来たり
なんとなくウロウロしていたら、
「倉敷生活デザインマーケット 林源十郎商店」というお店に
足が向きました。

観光客に有名なお店みたいで、とても広いゆったりとしたスペースに
いろんなデザイナーのいろんな個性の生活雑貨を並べていて、
まるで次から次へと、掘り出し物の市を探検しているような楽しさがありました。
食器、カトラリー、衣類、袋もの、布、
みんなお洒落で、私のような凡夫の物欲を刺激するものばかり!
ゆっくり吟味して、白地に赤の鳥柄の手ぬぐいを1枚だけ
お土産に買いました。

b0253075_11222988.jpg2階のミュージアムカフェで、一休み。
椅子は北欧のデザイナーズチェア。
カフェオレのカップはArabia。
グラスやカトラリーはiittala。
穴場的なカフェだからでしょう、喧噪からも離れて静かで
とっても優雅な時間を過ごすことができました。


最後に、阿智神社にお詣りしておこうと思いました。
お祭り当日にこんなにゆっくり、
時間があるのも、何かのご縁でしょうから。

阿智神社は、倉敷の町を北側から抱くような丘陵地、鶴形山のてっぺんにあります。

b0253075_11154189.jpg私はその西の端の階段から上ってしまったので、
本殿まではかなり遠く、
さっきの本通りの、東の端ぐらいまでの距離を
また歩かねばなりませんでした。
本当は、蟲文庫の裏あたりで階段を上れば近かったのでしょう。

でもおかげで、うっそうとした緑の、誰もいない参道を
少しの間歩くことができました。

拝殿では、ちょっと多い目にお賽銭をあげて
パセージ・プラスの成功をお祈りいたしました(.人.)
あとで知ったのですが、この16日と17日両日は
いつもは閉まっている御本殿の扉が開かれていたのだそうです。
願いが聞き届けられること間違いなしですね!(^^)v

午後6時からは舞と神楽が奉納されるらしく、舞台が整っていました。
どこからか太鼓の音が聞こえてきます。
もう少しとどまりたい気もしましたが、
夜になってしまうし、翌日のパセージ・プラスもあることなので
お詣りだけにして、おとなしく山を下りました。

b0253075_1118438.jpgあらためて見ると、
本通りにはお祭りの提灯が並び、
商店街の軒には紙垂(しで)がかけられています。
お店を早仕舞いして
シャッターを閉めて出かけるご夫婦もおられます。

ああこの町の人たちは
阿智神社に守られているのだな、
幸福な町だな、と思いました。


さて倉敷から快速で岡山に出て、
駅前のホテルにチェックインしたら、6時すぎ。
まだお腹も空いていないし
思いたって、早いけれどお風呂に入ってしまうことにしました。

最上階の大浴場は、さすがにこの時間は誰もおらず、
私ひとりの貸し切り状態でした~♪
湯船の外の坪庭のシャラの木に夕日が差すのを眺めながら
あちこち迷い歩いて疲れた身体をやすめたのでありました。

「蟲文庫」の異空間
倉敷らしいお洒落ショップ
そして阿智神社と
とても充実した午後でした!

肝心のパセージ・プラスについては、また稿を改めて(^^)
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# by prem_ayako | 2015-05-21 12:08 | travel | Comments(0)
秘訣講座で、心理劇(サイコドラマ)の実習をさせていただきました。

ラッキーなことに3日目、
いちばんやりたかった心理劇の実習の
最後のひと枠が空いていたので
エントリーしました。
ドキドキドキ。。。

朝のお師匠さまのデモンストレーションと
私の前の4名の方の実習のおかげで
サイコドラマの骨格は、見えました。

ざっくり言ってしまうと
1)エピソードの再現ドラマ
2)クライエントの仮想的目標を誇張した競合的なドラマ
3)それに代わる協力的なドラマ
の順に進めるのですが、
3)が、むずかしい!

他の4名の方もでしたが、
私も、ここで失敗してしまいました。


なんせ、心理劇。
カウンセリングや心理療法でなら、
じっくりゆっくり導き出すその人の仮想的目標を
相当早い段階で見抜かなくてはなりません。
なおかつ
いつもならクライエントと相談しながら導き出す協力的目標を
迷わずにこちらから提示して、お芝居にしなくてはならないのです。
考えている時間はほとんどありません。

これには、才能が必要です・・・
才能とは、 Quantum Leap(量子跳躍)をする力です。
論理を積み上げ思考を重ねるだけでは見つからない答えに
届くためには、直感的な leap あるいは jump が必要です。

つまり心理劇の手順自体がわかっていても
jump して答えに至れなければ、心理劇の監督はできない!
ということです。

自分にできるかできないか
やってみなくちゃわからない・・・
で、やってみましたら
結果は
私が閃いて提示した案は、
やっぱり「競合的」だったのです・・・(>_<)

Jump どころか、まず「協力」の何たるかが自分にはわかっていない
ということが判明したのでありました Orz


これにはちょい落ち込みました。

まだまだやなあ。
なんで見えなかったんだろうなあ。
そもそも分かっていないんだなあ。
いちばん大事なところなのになあ。
などなど
まあ、今から考えたら、
お師匠さまほどの案を、私がその場で思いつけるはずはないのです。
これは「達成不可能な目標」というやつですね。

だいたい私、あんまりドラマティックな人じゃないし
サイコドラマの監督って、ものすごい気迫が必要なんだってやってみてよく分かったし、
私はサイコドラマティストに向いていないな。
やっぱり、個室でしんみりねっちり心理療法やってる方が向いているんだな。
サイコドラマにエネルギーを使うのはもうやめよう・・・

なんてことを、その日は考えておりました。
ひとりで劣等の位置に落ちていたわけです。


でも翌朝起きたらちょっと元気になって

サイコドラマの実習は、アドラー心理学のとてもとてもよい訓練になる。
なんせ、いかに早く、いかに的確に、クライエントの私的感覚を見抜くか、
本番待ったなしなんだから、ほとんど「苦行」に近い!
私はサイコドラマの監督にはなれないだろうけど、
ときどきリベンジで練習をさせていただこう!

と決めて、かなりすっきりしました。


そのまた翌日、アドラーネットを開けると
実習でクライエント役をやってくださった方が
私の適切な側面をたくさん見つけて、書いてくださっていました。

ウルウル。。

その方は私のことを「控えめで静かなエネルギー」と表現しておられて、
はっとしました。

私は私のままでいいんだ!
私が、あこがれのサイコドラマティスト、
イスラエルのアナベラや
アメリカのドロシー・ペブンや
野田先生のような迫力を身につけたとしたら(つかないけど)
それは私でありません。
私は私の個性のままで最善をつくせばよいのです。

また、そのクライエントさんは、私の間合いや距離のとり方についても、
適切な側面を見つけてくださいました。

そういえば、数年前の「かささぎ座・巣作りの段」で
1回だけサイコドラマの実習をしたとき、
監督としてのこの身体の動きを覚えたのだ、と思い出しました。

「かささぎ座・巣作りの段」は、それこそ大変な苦行で
緊張の連続、片時も気を抜けないワークショップでしたけれど、
(帰って寝込みました)
その分、学べていたんだ!
あのとき思いきって実習させていただいて、本当に良かった!って思いました。


適切な側面を言っていただくってことは、
ほんとうに、こんなにも勇気づけになるんですね~(T_T)

ありがとうございます!
これから私も、丁寧にエンカレッジカードを書いていこうと思いました。


ところで、なんだかものごとの流れは
「かささぎ座」に、また助監督をつけるという方に向いているようです。
そうなると、これはまた何か、新しいお仕事がやって来る可能性があります。。。
あぁでも、もしそうなったら
私きっと、3日間ずっと緊張しっぱなしだろうなあ。
3日間ずっとお腹こわしているだろうなあ(笑)

でも得るものも大きいはずです。
もしもご縁があるならば
前に進もう、と思います。
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# by prem_ayako | 2015-05-07 22:45 | psychology | Comments(4)

しゅんすけこうすけ

孫をいじりに
1週間ほど鳥取へ行ってきました。
なんと半年ぶりです!

娘からは、子どもたちが風邪をひいたり
お婿さんが出張したりするたびに
「手伝いに来て~」とコールがかかっていたのですが
ここ半年タイミングが悪く、外せない仕事が入っていたり
父の様子が心配だったりで、行けないでいました。

来月からまた少し忙しくなるし
ようやく両親ともに落ち着いてきたようなので
今、思いきって行ってしまおう~
だってぐずぐずしていたら、しゅんすけの赤ちゃん時代を見逃してしまうもの!

というわけで
久しぶりに思う存分ばばバカやりますっ
b0253075_2181410.png覚悟めされ~~

しゅんすけは4月末で8ヶ月。
こんなに大きくなりました♪

上手にお座りで遊べます。
はいはいもするし
おしりを上げて、高ばいもします。
もうちょっとで、つかまり立ちをするかも。

小さく産まれたので、抱っこが楽です(^^)
しかも性格がおだやかというか、
おむつやおっぱいや抱っこを要求するときだけは泣きますが、
それが満たされるとあっさり笑顔になります。
愛されキャラですな。

b0253075_204012.png


b0253075_21214892.pngちょうど1年前、娘は絶対安静任婦だったので
お婿さんがひとりで家事育児。
こうすけは早朝から夕方まで幼稚園で延長保育。
私は何度も手伝いに通い、
みんながたいへんな春でした。

そんな時期を乗り越えて
今や娘は、押しも押されぬ2児の母。
日々、感情制御の実践に精進しているようです(^^)
こうすけは4月から年中さんになり、
もうすっかりお兄さんです。

b0253075_20463636.pngしゅんすけも、お兄ちゃんが大好き!


し「お兄ちゃん、これなあに?」
こ「これはね、ぶどう組さんの名札だよ」
し「見せて、見せて」
こ「はい、どうぞ」
し「いいな、いいな」
こ「しゅんすけも大きくなったら幼稚園いけるよ
  幼稚園はね、たのしいよ」

ほっこり~(^^)


ところで下の写真は、
2年前にシンガポールで私が買って帰ったお土産です。
バティックの端布で作ったお手玉のようなもので
上に放り投げて掌で受けたり手の甲で受けたりして遊ぶんですけど、
こうすけは、それぞれに名前をつけておりました。

b0253075_2055729.png上から右回りに
きょーひるくん
どじたくん
でちたくん
ごまあぶらくん
くるみちゃん
というそうですww

私、こうすけのこういうところ大好き(^^)

ハイパーアクティブで口の達者なこうすけと
おだやかで愛想のいいしゅんすけと
この子たちの成長がとっても楽しみです。

b0253075_20443732.png

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# by prem_ayako | 2015-04-24 21:44 | family | Comments(2)

高野山 again

b0253075_2010791.jpg高野山に、またまた行って参りました。
あいかわらずチベット語のお勉強のためですが
今回は、山間にある先生のお宅にではなく、
高野山の繁華街(そんなのあるのか?)
もとい、観光客の多い一角に行きました。

朝8時難波発の特急「高野1号」。
列車のテンションは高いものの、私は眠い。。。

しばらく寝ていましたが
南下するにつれ、
車窓からの風景が魅力的になってきて、もう寝ておれなくなりました。

b0253075_19495611.jpg


桜、桜。
曇り空の下の、うすいピンクの桜。
桜が1本咲くだけで、
すべての風景が絵になります。

b0253075_19523686.jpg


大阪は雨だったのに、極楽橋に着く直前には日が射してきました!
吉兆吉兆。

b0253075_1952320.jpg


極楽橋から急勾配29°のケーブルカーで高野山駅へ。
そこからバスに乗って、高野山の中心街へ。

レッスンの会場は、以前ブログに書いたこともある梵恩舎の2階です。
この日は半日だけの予定で、2時間みっちり、
本当にみっちり、
アティーシャの「菩提道灯論」を読みました。
あ~疲れたよ~(>_<)

たった2時間のレッスンのために
はるばる高野山くんだりまで行ったわけですが
でもこれでよかったと思います・・・
これ以上の集中力持続は、無理!


梵恩舎でそのままお昼ごはんを食べ、コーヒーとケーキをいただき、
さあこれからどうしよう?ということになりました。
このまま帰るのはもったいないよね。


実は、少しでも交通費を安くあげようと、
往復の切符とバス券が割引セットになっている「世界遺産切符」なるものを買ったのです。
この切符には「記念大法会参拝志納」3000円也が2500円になるよという
500円割引券もついておりました。

知らなかったのですが、今年は高野山開創1200年(!)だそうで
4月2日から5月21日まで、記念の大法会がお山のあちこちで開かれているのです。
(なので高野山中、どこもかなりの人出でした)

記念参拝「志納」って、要するにお布施のことですね。
交通費を節約しておいて、ういたぶん以上をお布施にまわすなんて(^^;)
なんだか乗せられてる気がしないでもないですが
考えたら私、高野山にはずいぶんとお世話になっております。

ダライ・ラマ法王にはじめてお会いしたのが、ここ高野山でした。
2011年の11月にここで法王から金剛界灌頂をいただいたのが
チベット仏教とのご縁の始まりです。
その後、昨年の4月にも、ここで法王から胎蔵界灌頂をいただきました。

これも弘法大師さまが高野山を拓いてくださったおかげとありがたく思い、
フンパツして、お志を納めることにいたしました。
(500円引きで!笑)

お納めしてお返しに渡された紙袋には
全施設無料の招待券が入っておりました(^^)v

お友だちに誘われるまま、
高野山霊宝館に向かいました。

霊宝館は大正時代に建てられた、落ち着いた風情の博物館です。
収蔵品は天下の高野山の持ち物ですから、国宝級がぞろぞろ。
加えて今回は、開創法会の期間限定で
高野山三大秘宝(!)と八大童子像が一挙公開されていました。

三大秘宝ってのは何かっていうと
・弘法大師が唐から持ち帰られたという「諸尊仏龕」(ポータブル仏壇ですな)
・弘法大師が唐に渡られる前に記された「聾瞽指帰」直筆2巻(弘法の筆跡・・・)
・弘法大師が唐の海岸から日本に向かって投げたら、海を越えて、
 高野山の松の木の枝に引っかかったという「金銅三鈷杵(飛行三鈷杵)」

中でも「金銅三鈷杵」は右下が欠けていて、
キラキラに磨いてあって「おおっ」という感じでした。
とても大きくて、(これは投げるには重いやろう)と思いました(^^;)

不動明王に付き従う眷属の八大童子像も素晴らしく、
その中のあるお方が、ご一緒したお友だちの彼氏だそうで、
もう何度も逢瀬を重ねてこられたのだそうです。
たしかに男前!
私も心奪われそうになりましたが、お友だちに遠慮して
別のあるお方に、彼氏になっていただくことにいたしました♥

運慶作の六童子さまです。
さぁ、あなたはどのお方を彼氏になさいますか?(笑)

b0253075_2012072.jpg


そうしてお山を後にしたのが3時半ごろ。
帰りは特急に乗らずにとろとろ帰ったので
神戸に戻ったのはもう夕方。

b0253075_2033711.jpg家に帰ってゆっくり開けてみたら、
参拝志納セットには
きれいな天然石の腕輪、その他もろもろが入っていました。
腕輪はウレシイな。
やっぱり物欲です(笑)


実は今回の高野山行で、もうひとつ
私の大いなる物欲を充たす
たいへん目出度いニュースがあったのですが、
そのお話は、また後日。
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# by prem_ayako | 2015-04-09 20:37 | travel | Comments(2)
ご無沙汰しております。
当方、特にこともなく忙しく過ごしておりまする。

3月は、週末ごとにあちこち出かけてお勉強していました。
たくさんの学びを身に染みこませるべく、このごろは
しっかりエピソード分析をやってみています。
私自身の事例で、ね。

他の方のお話を伺ってエピソード分析させていただくことはよくあるのですが、
実は、自分自身のエピソードをきっちり分析したことは、あまりありませんでした。
だって、これって、自分ひとりでやるのは結構めんどくさいんですもん(^^;)
(自分で自分を分析できるようになるのがパセージプラスの目標です
 ってパセージプラスの最後で言っているのにね。
 ひどいリーダーだ orz)

でも、めんどくさくても実際にやってみたら
この効果はおそるべきものでした!
いや、ホント。


私がふだん陰性感情をもつのは、主に母に対してです。
ある日のある早朝のエピソードを、まずはお聞きください。

私が「おはよう」と2階に上がると、母がむずかしい顔をしています。
いつものことですが、この日は特に不機嫌な様子です。
その様子に私は陰性感情を抱いて、
そのまま「今日は8時ごろに出かけるから」と言いました。
母もむずかしい顔のまま「あ、そう」と答えたので
「じゃあね」と言って階下に降りました。


さて分析してみます(^^)

対処行動:「今日は8時ごろに出かけるから」
ライフタスク:母がむっとした顔をしていること
感情:-2(不安・怖れ)
考えていたこと:なんでそんな顔をしているの?
        私が何かした?
        何か文句を言われるんだろうか?

ここまで分析しただけで、
私は、母がむずかしい顔をしていると
何か私に対する不満や文句を言ってくるんじゃないか?と思って
本能的に身構えてしまう!

ということが分かりました(爆)
これって、娘時代からのクセですね~

そして仮想的目標はどうやら・・・
母がにっこり笑って「いってらっしゃい」と言うこと

だと分かりました。
なぁんだ。こんなことかい(爆)

要するに私は、母にご機嫌でいて欲しいんです。
怖い顔されると、ビクつくんです。
私が母に対してきつくなるのは
攻撃に備えて過剰防衛しているのだなと気がつきました。


さて、母ににっこり「いってらっしゃい」と言ってもらう
という仮想的目標は、協力的目標だと思われます。
これを実現するためには、
そう、私の方からにっこり!することですね!
これが協力的な代替案と思われます♪


で、いつもならこのまま出かけてしまうのですが、
この朝はもう少し時間があったので、
再度2階に上がって代替案を試してみることにしました。


もう一度母の部屋に行き、にっこりと「じゃいってきまぁす」と言いました。
でも、まだ母はむずかしい顔をしていたので、少し話を続けました。
「今日はお父さんところへ行くの?」
母はベッドにすわったままで「行く」と言いました。
「雨だから気をつけて・・・」
「・・・」


あかん(>_<)
まだ陰性感情が-1ぐらいあります。

下に降りて、再度分析しました(笑)

対処行動:「雨だから気をつけて」
ライフタスク:母がベッドで「行く」と言ったこと
感情:-1(今度はイライラです)
考えていたこと:何をしに来たの?って顔をしているな
        そんな顔しないでよ。じろじろ見ないでよ

仮想的目標は?
母が、明るい顔で「ありがとう!いってらっしゃい」と言うこと

なんだ、そうか(笑)
さっきとほとんどいっしょじゃん。

これを実現するには・・・
そう、さっきは私の声が小さかったのです。
(おそるおそる言っていた)
もっと母の近くへ寄って
母にはっきりと聞こえるように、
「雨だから気をつけてね!」と言う。
これが協力的な代替案ですね~♪

ぱちぱちぱち。
我ながら、上手に分析できました。


この日は、もう時間がなかったので
2つ目の代替案を実行することができませんでした。

でもね、このあと、母に対して陰性感情を抱くことが
ぐっと減ったのです。
まるで魔法のようです。

以前は顔を合わす度に陰性感情-3ぐらいが起こっていたのに
上記のエピソード分析をして以来、-1が1度だけ。
それも、分析すると仮想的目標はほとんど同じでした。
母がにっこり返事をしてくれること(笑)

自分がこんなにも小さなことを求めていたのかと思うと
笑ってしまいます。
子どもか!と思います(子どもです)

陰性感情がこれぐらい小さなうちにエピソードを分析してみると、
私が求めていたのは戦って勝つことではない、と分かります。
権力争いになったら目的が変わる、というのも本当にそのとおりですね。


人は、自分が何を求めているのか知らないことが多い。

かささぎ座の心理劇で、何度もこのこと見せていただきました。
ご多分に漏れず、私もそうでした。

自分の求めているものが分かれば
それを実現するための方法を考えることができます。

もうしばらく、自己エピソード分析を続けてみようと思います。
きっと、もう少し暮らしやすくなるんじゃないかな♪
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# by prem_ayako | 2015-04-03 21:48 | psychology | Comments(5)

KANO

b0253075_022499.jpg  今日はちょっと家族ネタを休憩して
  ひさしぶりに、映画の話をしますね。

  『KANO 1931 海の向こうの甲子園』

  台湾人監督による台湾映画です。
  なんだか前評判がすごく良いので、
  レディースデイの水曜日、
  ちょうど午前中はカウンセリングの予約が入ってなかったので
  これ幸いと観に行きました。

KANO(嘉農)とは、
台湾南西部にある嘉義農林学校野球部のことです。

一勝もできない弱小チームだったのですが、
日本人の鬼監督、近藤兵太郎(永瀬正敏)がやってきて
「俺がお前たちを甲子園に連れて行く!」と鍛えあげました。

日本による台湾統治の頃ですから、
まだ中国共産党はありません。
KANOは日本人と
台湾人(漢人)と
台湾原住民(高砂族)との3民族混成チームでした。

監督はそれぞれの特性をよく伸ばし、
KANOを台湾の地区大会で優勝させ、
ついには海を渡って、1931年、
本当に甲子園大会に連れて行きました。

甲子園でも決勝戦まで勝ち進んだのです。
惜しくも優勝しませんでしたが
その懸命なプレーで日本中を沸かせた
という実話です。

野球・・・本来、私ほとんど興味ないんですけど
この映画は良かったです!!
大きなタオルハンカチ必携ですよ~

なんといっても
男の子たちがいい!(←そこか)

主役のピッチャー呉明捷くん役だけは、俳優さんらしいです。
ツォア・ヨウニンくん。
かっこいいですねぇ~!
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b0253075_0184576.pngあとの部員くんたちは、みな素人の
野球部の男の子たちだということです。
この子たちが、それぞれとってもかわいいんですww

どうでもいいことだけど
私は特に、平野くんのキャラが好き(笑)
どの子が好きかでガールズトークしたいものだわ~


そして、美しい水田の風景。
烏山頭ダムを建設し、嘉南平野の潅漑に尽くした八田與一さんが
「八田先生」として慕われるさまも描かれています。
(本当は1,2年、時期がずれているらしいですが、そのへんは脚色w)

この映画が台湾人により台湾で作られたことを考えると
この時代、本当に立派な日本人が多くて
実際に慕われていたのだろうなぁと思わされます。


映画は、台湾北部の基隆港から始まります。

基隆(きーるん)は、実はずっと以前に訪れたことがありまして
ここから九份(きゅうふん)という、
「千と千尋の神隠し」の舞台になったと言われる不思議な町まで
バスに乗って行ったことがあります。
個人的にとっても懐かしい土地です。

でも、映画では、きな臭い悲しい時代。
基隆から鉄道で台湾を南下し、南方戦線へ移送される兵士たちの中に
かつて甲子園で嘉農と対戦したピッチャーがいた、という設定です。
物語は彼の回想という形で進んでいくのですが
この彼は、おそらくこの先、南方で命を落とすのでしょう。

エンドロールの前に
実在の選手たちのその後の人生がテロップで流され、
私たちはその後の激動の時代に、
この子たちがどうなっていったのか知ることができるのですが

若い日本人の選手たちは、悲しいことに
ほとんど戦争で散ってしまいました・・・

しかし漢人や高砂族の選手たちは、
戦争を生き抜き、
戦後は、社会人野球で活躍したり
子どもたちを教育したりして、
それぞれに台湾における野球の振興に尽くされたようです。

野球にしても潅漑施設にしても
このように日本人が種を蒔いたことが
時を経ても残り、台湾の人々の役に立ったらしいことを知り
心から良かった!と思いました。


2年も前に台湾で大ヒットしているのに
しかもほとんど日本語でしゃべられているのに
日本では、『KANO』はなかなか公開されませんでした。
どこぞの国からの圧力があったのだろうと思われます。

ようやく今年になって全国でロードショーが始まりましたが
上映している映画館はあまり多くないみたいです。

野球のことと同じぐらい、
政治のこともよく分からないですけど

たぶんこの映画、
台湾の民族運動のひとつの現れなんでしょうね。
どこぞの力から逃れよう。
そのために日本が行った良い側面を思いだそう。
というムーブメントの、流れの上にあるような気がします。

2回も観光に行った台湾びいきの私としましては、
この運動は、大歓迎でございます。


それはともかく
It's worth watching!
是非機会があればご覧になってください。

私ももう1回観にいこうかなあ~♪

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# by prem_ayako | 2015-02-20 11:44 | others | Comments(2)

2月14日

父は施設の自分の部屋で
いつもベッドの横に足を降ろして腰掛け、
チェストの上に置いたテレビを見るか
じっと下を向いて坐っています。

理学療法士の先生は、
この姿勢だと背骨が曲がったままになるので
背もたれのある椅子に坐る方がいいとおっしゃいます。

先生の勧めに従って
自宅でいつも父が座っていた椅子と、
新聞などを置くための小さなテーブルとを
施設のお部屋に運び入れることになりました。

うちの家族で車を持っている者といえば、わが息子だけ。
ロードバイク通勤をしていた彼も
まわりの先生方に「雨の日どうすんねん。早よ車買え」と言われ(笑)
夏前に、中古の軽自動車を買いました。

2月14日のバレンタインデー、
ひょっとしたらデートを予定していたかもしれない息子に
無情な私は(^^)
お祖父ちゃんところに荷物を運んでくれるように頼みました。

机と椅子を後部に積み込み、
私は助手席に。
生まれて初めて、息子の運転する車というものに乗りこみます。

うう。
コワい?
いや、けっこう慎重な運転じゃん。
初めての道だし
荷物を積んでいたこともあるのかな。
それとも私を乗せているからかな?(^_^;)


そしてこの同じ日に、
娘の家族も鳥取から、
お婿さんの運転で神戸に来てくれました。

8月末に産まれたしゅんすけは
父にも、母にも、息子にも、会うのが初めてです。
なんせ、みんな神戸に来るのは、
去年のお正月(娘の妊娠が分かる前)以来なんですから!

お婿さんは出張から帰ったばかりだというのに、
コワい嫁(もとい、愛する嫁)の願いを汲んで
はるばる父に会いに来てくれたのです。


b0253075_1521258.jpgこうして父の居室に
私の大切な家族が集結しました。

息子と
娘と
お婿さん。
そして4歳のこうすけと
5ヶ月のしゅんすけ。

いつもは静かな老人ホームに
こうすけがスリッパでぱたぱた走る音と、
しゅんすけの泣き声が響きます・・・


父の記憶は、
子どもである私については、まだしっかりしていますけど
孫である娘や息子については、かなり曖昧になっています。

だから彼らのことを
それぞれ正しく認識できていたかどうかわかりませんし、
ましてや曾孫であるこうすけやしゅんすけについては
どこまで分かっていたか、あやしいです。

でもみんなが来て賑やかになって
父はとってもうれしそうでした。

娘がしゅんすけを抱っこして父の正面にすわると、
父は思わず、「おぉかわいい」と声をもらしました。

そして
「元気な子だ、いい子だ」と
頭をなぜ、足を持ち、
お乳はよく飲んでいるか?
よく泣いているか?と
おだやかに尋ねるのでした。

まるで問診をしているようです。

父は小児科医だったころに戻っているようでした。

横でぴょんぴょんはねているこうすけの頭もなぜて、
弟をかわいがっているかと尋ね、
さいごに
「いつまでも仲の良い兄弟でいてください」
と言いました。

50年続けた小児科のお医者さんペルソナが
ほんとうに自然に現れていました。

私は写真を撮りながら、
アドラー先生のようだと思いました。。。

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夕食の時間になったので父にお別れを言って
2台の車で家に帰りました。
そして私がご飯の用意をしている間、
息子と娘たちは2階に上がって、母のお相手をしてくれました。

急いで用意した
鯖の煮付けと
白菜と薄揚げの炊いたのと
豆腐の味噌汁と
小蕪の漬け物と
お米3合半は、
母乳で食欲旺盛の娘と
成長期(?)で食欲旺盛のこうすけと息子によって
あっという間に平らげられました・・・

息子はその夜のうちに帰りましたが
娘たちは、翌朝もまた父に会いに行ってくれました。
そして昼ご飯を食べて、慌ただしく鳥取に帰って行きました。


みんなほんとうに忙しい中、予定を合わせてよく来てくれました。
優しい息子と娘とお婿さんをもって
父も母も私もしあわせです。


あ、ついでながら
こうすけには、かわいいクッキーを
息子とお婿さんには、それぞれチョコレートを
用意したのは言うまでもありません!
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# by prem_ayako | 2015-02-19 15:37 | family | Comments(2)

父 その後

父が入所して、もうじき1ヶ月になります。
ようやく新しい生活に慣れてきたようです。

最初、父は自分の部屋をホテルと思ったのか
「ここは1泊いくらなのか?」と聞いてみたり
あるいは病院と勘違いしてみたり
かなり困惑していました。
(母が説明して本人が納得したということでしたが、
 やっぱり理解力が落ちていたのですね・・・)

「いつ帰れるのか」
「いつまでここに居るのか」
「なんでこんなところに居ないといかんのか」と、
行くたびに聞かれて辛かったです。

しかし10日もすると、
なんだか元気そうに・・・
血色が良くなってきました!

家ではベッドから起き上がるのもやっとのありさまだったのに、
すっと立ち上がれるようになりました。

食事やおやつのたびに、食堂までのわりと長い廊下を、
施設の人についてもらって歩行器を押して歩いていますが
これがちょうど良い運動になっているのかもしれません。

また、介助の方やケアマネさんや看護師さんや
いろんな方と会話をする機会が増えて
その刺激もよいのかもしれません。
しっかり受け答えできている時間が増えました。

入居したお部屋はさいわい南向きで暖かい上に
週に3回、大きなお風呂で「入浴」させてもらえます。
家のお風呂では浴槽をまたいで入ることができなかったので
ここ半年ほどずっとシャワーで辛抱していたのです。
久しぶりのお風呂は、本当に気持ちよかったことでしょう!

最初は嫌がっていたちょっとした塗り絵や
節分のフラワーアレンジメントなどにも、
誘われて参加するようになってきました。
(もともと器用なので)とても上手にやってのけて
みんなに誉められて得意そうです。


ひょっとしたら、もう
車椅子とかおむつになってしまうのではないかと
危惧していたのですが、

理学療法士さんによるリハビリや
定期的なマッサージを受けて
誰もが驚くほど、足元がしっかりしてきました。
この調子なら、上手に器具を使えば
ひとりで動くことも可能かもしれないと言っていただいています。


ただ、どうしても、コールを押して人に来てもらうのを面倒がります。
ひとりで立ってトイレに行こうとして
2,3度転倒してしまいました・・・Orz
顔を打ったり頭を打ったりしているようで
大事にいたらなくて良かったですけど。。。

足元にセンサーマットを敷いていただきましたが、
それでもうっかりすると、
カーテンを閉めに立つなど
部屋の中をこっそりひょいひょい動いているようです(>_<)

骨折の危険は常にあります。
・・・でも、あまり制限するのもね。。。
だって
いくら「ベルを押して人が来てから動いてね」と伝えても
「大丈夫だ」と自分で動いてしまうのです。


家にいたころは
母が「大丈夫?」「ここは痛くない?」「トイレは?」などと
いつもつきっきりで父の世話をやいていました。
母は、父がテレビのリモコンを取りに立つことさえ、
声をあげて制止していたのです。
「ここで転んで骨折したら、寝たきりになってしまうでしょ!」
というのが母の口癖でした。

母には母の思いがあるでしょう。

でもその母の一生懸命さがかえって
父の生活能力を奪い
母の体力を消耗させていたのだと
私は思っています。


いくら制止しても動きたい父と
なんとしても安全を確保したい母、という組み合わせ。

基本的に父と母の生き方は、
これからも父と母に任せるしかないので

子としてできることは、
2人に好きなように泳いでもらって(^^;)
起こることの後始末をすることなのかな?

と、最近はハラをくくってマス。
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# by prem_ayako | 2015-02-18 23:02 | family | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako