アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

米ぬかの功徳

少し前に、精米器を買ったんです。
というのも、
お米どころの玄米をたくさんいただいたので。

圧力鍋で玄米を炊くのも大好きなんですけど、
毎日玄米だと、なんだか胃に負担がかかるような気がいたします。
よく噛んで食べればいいんだけど・・・
やはり白米を食べる日の方が多いです。

それで、小さな精米器をひとつ買ってみました。
おかげでこのごろ、その日に食べるぶんだけを精米して
毎日つきたてのお米を美味しくいただいておりまする(^o^)

それはそれとして、
こうなると、毎日新しいぬかが出来ますよね。

米ぬかの利用法って、検索したらいろいろ出てきますが、
これはやっぱり美容に活用しなくては!!

・・・というわけで
毎日生産され増殖していく米ぬかさんに
おとろえめだつ私のお肌をお助けいただくべく
実験を繰り返したのでありました。


まずは、百均のお茶袋に米ぬかを入れ
それをそのまま浴槽に入れて、お風呂に入りました。
お風呂のお湯はみるみる濁り、しっとりして、いい感じ。

もちろんこれだけでもいいんだけど、
米ぬかってお肌を白くするとか、しみをとるとか、
いろんな功徳があるみたいなんですよぉ

やはり人様の目に触れるところを、
しっかりケアしたいじゃないですか!

そう思って、このお茶袋でお肌をこすってみましたが
みなさまご想像のとおり、肌触り悪かったですw
それにゴシゴシやっていると破れて、ぬかが出てきてしまいました。
お茶袋はダメなようです。没。


そうだ、ず~っと以前、娘からぬか袋をもらって使ったことがありました。
「まかないこすめ」さんの「もち肌・洗い袋」というものでしたが、
とってもスルスルして気持ちがよかったのです。
あれってどんな生地だったっけ?と娘に尋ねてみましたら、
すぐに1個、新しいものを送ってきてくれました。
持つべきものは、気前のよい娘です(^^)

まずは1週間ほど、その新しいのを使いました。
濡らすと、ガーゼの袋から白い液がしみでてきて、
この液のおかげで、お肌がもっちりしっとりふくよかになります♪
とても快適。ぬか袋の理想型ですな。

ただし、同じぬかを数日間、
濡らしては乾かし、濡らしては乾かしして使うことになるので、それだけがちょっとね。
できれば毎日、新しいのに取り替えられたらいいですね。

1週間ほど使うと、
中のぬかはすべて流れ出ておしまいになりました。
これからこの袋に、うちの米ぬかさんを入れて使うのです!
と、期待に打ち震えつつ
この巾着袋に自家製の米ぬかを適量入れ
わくわくしてお風呂に持ち込みましたが

・・・あれ?
・・・あれ?
白い液が出てきません。

白玉粉のようなあの白い液がしみでてこない状態では、
ガーゼの袋でも、やはり肌触りは悪いものでございます Orz

あかんなぁ。

つまり、お化粧品屋さんの商品は、
袋の生地の目の間から、ちょうどいい具合にぬかが出てくるように
細かい細かい粒子にしてあったということなんですね~
それでこそあの感触が得られていたのだと分かりました(-_-;)

うちの米ぬかさんは、精米器で分離しただけなので、
目の洗い百均のお茶袋程度ならよいけれど、
布袋なら、もっともっと細かくしないといけないのでしょう。

がっかりしていたら、
大きなJ先生が、「まかせなさい!」と
台所の上の棚からミルを出してきてくださいました。
「さぁ、これで君の米ぬかを粉砕すればよいのじゃ」

おぉ!Good idea かも。

ありがたく科学の恩恵を受け、
ミルで米ぬかを30秒ほど粉砕してみました。
それを巾着袋に入れて
また期待をこめてお風呂に持ち込みました。

結果は。

前よりはマシだったものの、やはり
売ってる商品ほどの滲出度合いを得ることはできませんでした。
まだ足りないようです。

こうなりゃ意地で
次の晩は、
少し多いめの米ぬかを、1分間粉砕してみました。
米ぬかが、きなこのようになりました(^^)

せっかくの巾着袋ですが、これには少量しか入りませんし、
いちいち口の紐を結ぶのも面倒なので(濡れた紐をほどくのもまた面倒)
最近ほとんど使うことのない布のハンカチに
細かくしたぬかを、たっぷり、キュッと包みこみました。

・・・今度はうまくいくかしら?

米ぬか入りの、逆てるてる坊主のような形になったセリーヌのハンカチ。
これを湯船にぽんと放り込むと
いい感じでお湯が白濁していきました。

真ん中のぬかの部分を肌に当てて滑らせてみると、
今までの実験の中では、いちばんいい具合かも・・・

ようやく納得いく結果が得られましたぞ(^o^)

誰にも求められていませんが、まとめますと。

・精米によりできた米ぬかは、ジップロックに入れて冷凍庫で保存
・その日に使う米ぬかを、ミルで1分間粉砕
・洗いざらしのブランドハンカチで包むのがベスト
・多い目に包んで、よくお湯を含ませて使う
・最後にきれいなお湯で、肌に残ったぬかを洗い流す


これで、今年はだんだんと、肌の状態がよくなってきたような気がします。
全体に乾燥しなくなったし(どっちみち梅雨だけど)
少し色白になった気がするし(しみはなくならないけど)
なにより、化粧水を使う必要がないのです!(毎年、夏は使わんけど)

最初はすごぉく肌質が変わった気がして、
このままどんどんきれいになるかと夢想しましたが(笑)
まさかそんな奇跡はおこりません。
それなりのところで留まっております。年相応(/_;)

まあ市販の商品にはいろんな成分が入ってるでしょうから
それに匹敵するほどの成果は望めませんが、
「ただの」米ぬかでこの効果は、なかなかにステキだと思います。
しばらく米ぬかさんと
楽しくお付き合いしてみます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-06-24 20:11 | others | Comments(3)

推拿(すいな)

お友だちに紹介してもらった
東洋医学のサロンに、先月行ってみました。

なにやら推拿(すいな)とかいう施術をやってもらえるそうで、
お友だちがあんまりにも「気持ちいい~!」っておっしゃるので、
なんだか分からないけれど気になりましてね(^^)
だって、美容院とか歯医者さんとか、それからこういうサロンとかは、
体験者の言が何よりですからね!

そのサロンは、大阪の北浜駅の近くにあります。
大阪に住んでいたらごく近所だったのですが、
ここ数年、神戸・大津と転々としていたものですから
仕事で毎週この界隈に通っているとはいえ、
なかなかチャンスが巡って来ませんでした。

ようやく5月連休、大阪にホテルをとった秘訣講座の中日に
講座終了後、午後7時からの予約を入れることができました。


さて推拿とは、中医学に基づくマッサージの一種です。
経絡整体と推拿の違いは施術に気を伴っているかどうか、だそうで・・・
単に経絡を刺激したり、ツボをおすだけなら、経絡整体。
推拿は気功整体なので、軽く触れたり撫でたりしているだけで、
身体が温まり血流が良くなるし、効果も長続きする。
らしいです。。。

まぁ何はともあれ、試してみませう!(^^)v


お洒落なお店の並ぶ高麗橋(こうらいばし)界隈。
その少し南のはずれにある高級マンションの1室で、
白衣のお姉さんがただひとり、私を待っておられました。
こういう場所に不慣れな私は、ちょっとドキドキです。

玄関を入ったところのスペースに籐の椅子とテーブルが置いてあり、
出された漢方茶をいただきながら問診票を書き、
ゆっくりとインテークをとられました。
お姉さんはマスクをしているので目しか見えないのですが、
ナチュラル系のきれいな方みたいです。

私の主訴としては
ときどき(半年に1回ぐらい)急に血圧と体温が下がって調子を崩すこと。
日常的に、足先がとても冷えることと、目が疲れやすいこと。
ぐらいで、特に他は問題ないように思っていたのですが

いろいろ尋ねられたり答えたりしているうちに、
そういえば、午前中にお小水が近いなとか、
ストレスがかかるといつもお腹がゆるくなるなとか、
疲れると、もうまったく食欲がなくなるなとか、
いろいろ症状があるようなのを思い出しました。
・・・こんなの、もう仕方がないと思ってたんですけどね。


用意されたTシャツとジャージに着替えて施術台に寝転びました。
「腎」と「肝」が弱っているのかもしれませんね
とおっしゃりながら、きれいなお姉さん、もとい、先生は、
まず脈診をとられました。

それから私の右足の甲の内寄りにそっと触られました。
・・・あれ?なんか感じる。
しばらく右足を撫でるというか触れるというかされた後、
次に左足の甲のある1点に、そっと指をあてられました。

うおぉっ・・・ジンジンくる。

そのまましばらく指を置いておられます。
私 「あの~なんかすごい感じます」
先生「きてますね」
私 「熱いものが・・・あ、今あがってきて、腿の方まできました」
先生「今、反応が変わりましたね。これ、肝のツボです。さっきのは腎のツボでしたけど、こっちが反応強いですね」
私 「触ってらっしゃるだけですか?」
先生「?はい」
私 「えーっ。いや、すごいですね」
みたいな会話をしました。

この指鍼(ゆびはり)という技術、私にはとても衝撃的でした。
ほとんど魔法です!

それからタオルで包みながら、ゆっくりと足を揺らしたり
脚全体を撫でたり揺さぶったりされました。
腿の表側に特に固いところがあって、
触られている私にもゴリゴリしているのがよく分かりました。
ここは、胃の経絡と関係しているそうです。

手から腕にかけても、同じように撫でたり揺らしたりされました。
気持ちもたいへん良いのですが、
触られているところとまったく離れた場所に
思いがけない感覚が起こったりするのが、とても不思議でした。

その後うつぶせになって、背中側をゆっくり施術していただきました。
「うわ。今、頭の後ろが冷たくなりました。おかしいのかしら?」
「いえ、それでいいんです。胃の経絡です」
「今はお腹が熱いです!」
「きいていますね。お腹は温まって頭は冷たいのがいいんですよ」
わりと大騒ぎです。

あれやこれや質問すると、なんでも丁寧に教えてくださるのですが
その後、首から頭までも施術していただき、
気がつくとずいぶん時間が経っていたので、眠っていたみたいで
会話をはっきりと思い出せません。

どこで学ばれたのですか、とお訊きしたら
東京にある中医学の学校だそうです。
私はてっきり、中国で学んでこられたのかなと思いましたが。
ともかく、良い腕をもっておられると思います。

私は過去に1度だけ、南の島のリゾート施設で
全身のアロマトリートメントを受けたことがあるぐらいで、
その他には、お金を払ってマッサージを受けた体験はないのですが、

ず~っと昔、子宮筋腫と内膜症で苦しんでいた頃、
アドラー関係で施術者をめざして勉強していた人に、タダで(^^;)
何度も身体を触っていただきました。

今は独立してしっかり開業しておられますが、
当時から、彼はいわゆる Healing Hand を持っておられました。
彼の施術は、「痛・気持ちいい」タイプでしたが、
ツボをぴたりと当て、的確にほぐしてくれて、ずいぶん助かりました。

このサロンの女の先生も、Healing Hand をお持ちなのだなと思ったのでした。
しかも、さらにブラッシュアップするため、
今も別の学校で学んでおられるのだそうです。

良い方と出会いました!(^o^)

起き上がって着替えてお支払いを済ませると
もう9時を回っておりました。
いちおう予約は60分コース、初回なので長くて1時間半のつもりでしたが・・・
良心的で、申し訳ないぐらいです。


その夜はホテルで熟睡しました。
翌朝、気分的にはめちゃくちゃスッキリ目覚めましたが、
身体のバランスが急激に変わったからでしょうか、
急いで歩くと少し動悸がして、身体が重たい感じがしました。

1日で治まりましたが
どうも、出張中の仕事の合間のサロン通いって、あんまりよろしくないですね。
施術の翌日はゆったりと過ごさなきゃ・・・(^^;)


この1週間後、ちょうどダライ・ラマ法王のティーチングが大阪であったので
夕方に予約を入れて再度行きました。

以前に比べて、ずいぶんデトックスが進んだ感じです。
血行も全体的に良くなっているようでした。
特に、今までは本当に目が疲れやすく、
すぐ充血して、帰宅したら即コンタクトをはずしたいぐらいだったのが、
いつの間にか気にならなくなっています。


できれば月に1度ぐらい、ここに通う時間を作りたいものです。

これからは、もう少しだけ身体に気をつけて整えていかなくちゃ。
年齢的にもそうしないと、ですよね・・・
 
もしも興味をもたれて行ってみたい方は、私にお尋ねくださいませ。
お友だち割引きがつきますから(^^)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-06-02 20:55 | others | Comments(2)

近江学・石

以前から興味があった穴太衆(あのうしゅう)の石積みを見るべく、
比叡山の麓、坂本の町へ行ってきました。
b0253075_14241179.jpg
滋賀に引っ越してきてまもなく
地元の銀行へ口座開設の手続きに行ったのですが、
待ち時間に銀行の本立てにさしてあったのが、
『近江学』という聞いたことのない名前の雑誌でした。

どうやら、地元にあるらしい成安造形大学に附属する
「近江学研究所」とやらが、年に1冊出している機関誌のようです。

ぱらぱらとめくって、美しい写真としっかりした文章に驚きました。
帰ってからネットで検索して、
最終的に、創刊号から第8号まですべて大人買いしました。
われながらオタクです。。。
でも、いつ廃刊になっちゃうかわからないしね(失礼!)

どの号も充実の内容でしたが、
特に最初に手に取った第4号の特集「石のある風景」はすばらしかったです。
縁あって滋賀に住むことになったのですから、
この号に詳しく紹介されている坂本の町を
ゆっくり散策してみたくなりました。

琵琶湖の西岸、滋賀県大津市中部。比叡山東麓の坂本、穴太(あのう)とその周辺に、古代より高度な技術をもつ石工の集団が居住し、独自の石積み文化を形成していた。彼らは戦国時代になると「穴太衆」と呼ばれ、安土城、大阪城、伏見城、江戸城大改修を始めとする全国各地の城郭石積みによって、一躍その名が広まっていく。現在坂本を拠点に、千年を超える伝統的な石積みの技術を継承するため、研鑽を積み、活動を続ける穴太衆最後の石匠の一家がいる。「石の声を聴け」。代々この家に伝わる家訓だ。この言葉は、身の丈を超えた巨大なシステムや力に依存し、自然界の声に耳を傾けることを忘れた私たちの生き方に見直しを迫る。 「文化誌近江学 第4号 2012.01」成安造形大学附属近江学研究所 サンライズ出版

なんかすごぉく気合い入ってないですか?
いったい誰が読むんや~!と思いながら、
私自身たいへんはまってしまって、すみずみまで楽しく読んだのでありました。

この本は、なんと穴太衆の石積み方法まで
詳細にイラストで説明してくれているのです。
それによると、
見えている石垣の表面【石表(いしおもて)】の奥には
【グリ石】と呼ばれる石が、
石垣の高さの3分の1の奥行きまでびっしり埋めてあるのだそうです。

石垣の一番上に置いてある石を【天端(てんば)】といい、
そのひとつ下の石は【天下(てんした)】、
その下の石垣の勾配を作る重要な石を【艫介石(ともかいいし)】といいます。
ちなみに地面に接するところの石は【根石】、
地面の下に埋めてある石は【捨石】といいます。

1個の【艫介石(ともかいいし)】を置くにも、まわりにいくつもの石が必要です。
すき間を埋める細かい石は【グリ石】、
艫介石の脇を支える石は【脇石】
艫介石と艫介石の胴部分のすき間を埋める石は【胴介石】というのだそうです。

で、穴太衆積みの技術の伝承者は、
山から運び出して現場の隅に積んである石を眺めただけで、
「あの石、そこ」「その石、ここ」と、あっという間に選んで
どんぴしゃりと納めていくのだそうです。
「石の声」が聞こえるんだそうです!

こういう技術に私、惹かれますわ~っ!
(ヘンかしら?・・・ヘンですね)

でもね、それぞれの石に、役割に応じた名前がつけてあって、
経験と勘で、その石の納まる位置を瞬時に見分けていく
・・・って、凄い技ですよね。
どことなく、カウンセリングや心理療法に通じるものもありそうな・・・。


b0253075_13595544.jpgさて、少し暑すぎるぐらいの初夏の1日、
大きなJ先生と出かけました。

うちの最寄り駅からだと、
琵琶湖の南岸をぐるりと廻って、
のどかな路面電車で30分ほどです。

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駅を降りると、どこもかしこも石垣ばかり!
大小さまざまの野積みの山石の、暗い灰色と、緑の苔。
すき間から生え出る草花が美しいです。




b0253075_1453353.jpg



これらの石は、運び出した自然石を
ほとんど削らずそのまま使っているそうです。









私たちは削り取った石灰岩を砕いて
水と砂と混ぜてコンクリートにして、
それを固めて建てた家に住んでいるわけですが・・・


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なんだか、大地への根づき具合が全然違いますねえ。


こんな近所に
こんなにも落ち着いた美しい町があるのは、ありがたいことです。



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秋の紅葉、
冬の雪景色のころ、

また訪れたいと思いました。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-05-26 14:22 | travel | Comments(0)

おかけい

あなたが逝って半月経ちました。

なぜか、もう何ヶ月も経ったような気がします。

4月7日木曜日の夕方、新潟のHさんが連絡をくださいました。
J先生が応対されて、何が起こったのかをお聞きして
いてもたってもいられず、すぐまたHさんに電話をかけました。
なんとかお別れに行きたいと思ったのです。

でも自分で電話をかけておいて、うまく言葉が出ず
Hさんも「急なことで」を繰り返され
結局、場所的にも時間的にもむずかしく
予定も入っていたので、あきらめました。


あの日は新月でしたね。
真っ暗な夜。
朝から嵐のような雨風で、
夜になって雨は収まったけれど、烈しい風が満開の桜の木を揺らしていました。

四月七日
  朔(ついたち)の風のはげしき夕ぐれに桜とともに友はゆきたり

少し前から短歌を始めていたのですけど、不思議ですね。
「新月」って古語ではなんていうのだろう?と調べたりして。
こんなときに何を私はしているんだろう?って思いました。

だけど、そんなふうに何かに頭を使っていると
その間だけは、悲しみから距離をおくことができたのです。
・・・文学の力を、ちょっと実感しました。

出来た歌を自分で読んで、泣きました。

それからJ先生と、あなたのためにお経をあげてお勤めをしました。
いっぱいいっぱい泣きました。


あなたのことばかり考えて
悲しくてしょんぼりしていましたが、

ふと抜け出したような気持ちになったのが、
これも不思議なもので
ちょうど9日の告別式の終わったぐらいの時間でした。

おそらくあなたの肉体が役目を終えた頃だったのでしょう。

だってあなたはもう十分すぎるほど頑張ったんですから
肉体から離れて自由になって良かったんです。
今ごろ、「あーすっきりした!」って喜んでるんじゃないでしょうか。

四月十一日
  遠きゆえ久しく会えぬ友なりき菩薩となりてここに来たまふ

鳥のさえずりや
桜のひとひらに
あなたの訪れを感じます。


あなたはいつも明るくて
あなたがいるだけで、そこに笑顔があふれましたね。
どれだけ身体がしんどくて辛くても
仕事になったらしゃきん!として、本当にプロでした。
アドラー心理学にぞっこんで
「私わがままだから~」なんて言いながら
やっていることはいつも「みんなのために私に何ができるか」でしたよね。

だから私は、あなたの姿が観音菩薩さまと重なって見えるのです。
またアドラー心理学の近くに転生してきてほしいって言う人もいるけど、
私は、あなたはきっとデワチェンにまっしぐらだと思うな(^^)

四十九日の間は
上等のお香を焚いて
きれいな和ろうそくを灯して
あなたを偲びます。

四月二十日
  灯(ともしび)は旅で求めし絵ろうそくピンクの蓮を友も好まむ


本当にたくさんのことをあなたから教わりました。
あなたへの年賀状に何度も書きましたけど、
私はアドラーの後輩たちと接するとき、いつも
「こんなとき、おかけいならどうするかな?」と考えて動いています。
これからもきっとそうすると思います。
力を貸してくださいね。


あなたとの楽しかった思い出を書き出すには、まだ少し時間が要りそうです。

今はただ、
あなたと出会えてよかったということだけ。

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# by prem_ayako | 2016-04-23 21:42 | friends | Comments(1)

タオの勲(いさおし)

 ある夏の夜明け、ひとりで水を汲みに出たタオは、水場のすみで眠っている人影を見て、驚いて桶を落としそうになった。それは灰色の毛織りのマントをまとった老人で、タオを認めるとしわがれた声で名を呼んだ。「タオ。」
 恐ろしさのあまり吐き気がこみあがるのをこらえて、タオは言った。
「お、お前はこの村の者じゃないな。誰だ?」
 老人が笑うと、まるで喉に穴があいているみたいに、ひゅうひゅうと音がした。
「そうとも。村人ならばこんなところでお前を待ちはせぬ。」
「誰だ? なんで俺の名前を知っている?」
 老人は、今度は笑い声をたてず、灰色の濁った目でまっすぐにタオを見た。
「わしはお前を生まれる前から知っている。お前が知らなかっただけだ。」
「死んだ父さんの知り合いか? 草原の向こうに隠者がひとり住んでいるって、母さんに聞いたことがある。」
「まあそんなものだ。」
 そう言う老人の目をふちどる、まつげも眉もすべてが灰色だとタオは思った。そして大好きだった父の知り合いならば、恐れることはないのだと、体がゆるむのを感じた。
「でも俺に何の用? 母さんなら、たぶんヤクの世話に出ているよ。」
「タオ、わしはお前に頼みごとがあって来たのじゃ。草原の先、川の向こうの岩山に、聖なるミラレパ尊者の洞窟があるのを知っておろう。お前の生まれる少し前、わしはお前の親父とふたりでその洞窟を訪れたことがあるのじゃが、そのことは聞いているかな?」
「ううん。父さんは俺が5つのときに死んでしまったけど、そんな話は聞いたことがない。」
「では教えてやろう。お前の母御はもともと体が弱くてな、お前の親父はお前と母御がお産で命を落とさぬよう、ミラレパ尊者に願をかけたのだ。」
「・・・そうだったんだ。でもその父さんは、雪解けの川に落ちて死んでしまった。」
「タオ、お前と母御の命を救ったその父が、ミラレパ尊者の洞窟に残した形見の宝物を、手にしてみたいとは思わぬか?」
「形見の宝物・・・?」
「そうじゃ。」
「それは何?」
「それは自分の目で見て確かめるがいい。とてつもなく尊いものじゃ。」
 タオはまた胸がむかむかしてきた。
「どうじゃ。お前の親父が死んで7年経つが、世の中はますます悪くなってきた。わしはのう、あの宝物を取り出す時がきたように思うんじゃ。」
「でも・・・」
「でも、何じゃ?」
「どうしておじさんはそんな大事なことを俺に頼むの? 何故おじさんが自分でそこへ行かないの?」
 老人は首をふって言った。
「さあそれよ。わしは年をとって目が見えなくなってきた。あの洞窟まではもうとても行き着けん。しかもあの洞窟はヤルンツァンポ川を臨む崖の上にある。先年の大洪水で流れがずいぶん変わったと聞く。もしあの崖が崩れれば・・・」
「父さんの宝が、流されてしまう?」
 それは厭だ、とタオは激しく思った。
「おじさん、どうすればいい? 俺はこんなに青白くて弱っちいんだ。友だちが1里行く間にも俺は半里しか歩けない。俺は、でも、父さんが俺と母さんのために捧げた宝を救いたい。父さんを救うことが、俺にはできなかったのだから・・・!」
「ほんとうにそう願うなら」老人は霞のかかった灰色の目を、ひたとタオに注いで言った。「必ず観音菩薩のご加護があるじゃろう。」

 2日後、タオは灰色の老人に言われた道を、ヤクのニンジェといっしょに南を指して歩いていた。母さんは1週間分の食料を用意してくれた。昼は、食料と少しの荷物をニンジェの背に振り分けて歩いた。夜は、ニンジェの運んだ毛布にくるまって、この大きな獣のごわごわした首の毛に顔をおし当てて眠った。
 見渡すかぎりはるかかなたまで、なだらかな丘が続いている。波打つ草の緑の海に近づいてみると、色とりどりの花がまるで燃える火の玉のように咲いている。雲が、タオの先へ先へと飛んでいく。その雲の落とす影もまた、草の上をタオの先へ先へと流れていく。聞こえるものは、ニンジェの背に乗せた荷物のふれあう音だけだ。ときおり皮袋の水を飲むために立ち止まると、足もとの花に群がる虫の羽音がわきあがってくるのだった。

 3日目、草原を越えて大きな川に出た。ヤルンツァンポ川だ。父を飲み込んだ川、ミラレパ尊者の洞窟のある崖を今まさに削りとろうとしている川。この川の上流に1カ所だけ歩いて渉れる場所があるという。
 その男は、岸の赤っぽい大きな岩にもたれて立っていた。ほとんど裸で、日に焼けた肌はつやつやと黒く光っていた。そばに頑丈そうな筏が引き上げられている。男からは魚のにおいがした。
「乗っていくか?」男は愛想よく言った。
「ありがとう。でも、上流に行けば歩いて渉れると聞いている。」
 男の白い歯がぎらりと光った。「上の浅瀬まで行くつもりかい? うんと遠回りになるぜ。ここで渡れば楽だよ。」
 タオは迷った。川幅は広く流れは速かったが、筏はしっかりしているように見えた。ところが、いつもいうことをきくニンジェが、このときは怯えてどうしても筏に乗ろうとしない。「どうした? おいで、怖くないよ。」タオは一生懸命彼女を説き伏せようとしたが、ニンジェは4本の足を力の限りふんばって一歩も動くまいとするのだった。
「そんな役立たずはおいていけよ。」船頭の男は言った。「ここは草がたっぷりある。岩につないでおけば、おとなしく待ってるだろうよ。」
 タオはニンジェの目を見た。「いや、おいてはいけないよ。友だちなんだ。」
 男は肩をすくめた。「そうかい、じゃ勝手にしな。」
 
 タオは男と別れて上流に向かった。しばらく行くと、川辺の灌木の陰に若い男がひとり座っていた。その男は長い髪を後ろにひとくくりにして、白い木綿の服を着ていた。彼はなにやら歌っていたが、タオに気がつくと歌うのをやめて「やあ」と言った。「こんなところで人に会うとはな。しかもガキがヤクと連れだって。」
 タオはむっとした。「俺はガキじゃない。ちゃんとした名がある。」
「じゃあ聞かせてもらおう。」
「そういうお前が先に名乗れ。」
 若者はにやっとして、まあ横に座れとタオを招いた。「俺はレパ。巡礼だ。」
 巡礼は、山を越え谷を越え、ひたすら聖地をめぐって功徳を積んでいる。巡礼を敬うことは、すなわち仏を拝むことになる。タオはレパと名乗る巡礼に三拝して横に座った。「俺はタオといいます。このヤクはニンジェ。この先の岩山にあるというミラレパ尊者の洞窟へ行くところです。」
「それならお前も巡礼か?」
「いいえ。」タオは灰色の老人に会ってから3日の間のできごとを残らずレパに話した。黙って聞いていたレパはタオが話し終えると、よくとおる声で歌いだした。
 「ああ、めずらしきかな。
  しかるべき供えをすれば
  どんな願いも叶えられ、
  あやまった供えをすれば
  命さえも奪われる。
  恐ろしきジェツン・ミラレパの洞窟を
  確かめ行くは勇者タオ。」
 歌い終わるとレパは立ち上がり、自分の荷を腰につけた。「タオ、俺に食うものをくれ。明日はいっしょに川を渉ろう。」

 その夜は雨が降った。一行は川筋を避けて樫の林の中で寝た。翌朝のヤルンツァンポ川は水かさが増して、足をすべらせればたちまち流されてしまいそうだった。4つ足のニンジェは楽々と足場を見つけるので、タオとレパはニンジェの後について川を渡った。
「見ろ、タオ、あれが尊者の洞窟だ。」レパの指さす先、切り立った白い崖のおもてに小さな黒い入り口が見えた。「ロープはあるか?」
「はい、ニンジェに積んでいます。」
「よし、ロープを持ってこっちへまわれ。ニンジェには、悪いが崖の下で待っていてもらおう。」
 崖の下に着くと、ニンジェはおとなしく待つことに決めたようだった。
「タオ、崖に道があるのが見えるか?」
「崖に道が?」
「そうだ。昔から何百人の行者がこの崖をのぼって尊者の洞窟に詣でた。その者らのつけた手の跡、足の跡が、岩肌に金色の筋となって残っているのが見えないか?」
 タオは一心に目を凝らして岩肌を眺めた。はじめは何も見えなかった。が一瞬、雲が切れて朝の光が斜めに崖を照らしたとき、かすかに点々とくぼみが光った気がした。
「・・・あっ。」
「見えたか。」そしてレパはまた歌った。
 「ああ、めずらしきかな。
  ひとつは闇を払うまことの道
  ひとつは闇に誘うよこしまの道。
  まことを求める勇者だけ
  正しき道の跡を見る。
  恐ろしきジェツン・ミラレパの洞窟を
  確かめ行くは勇者タオ。
道は必ず見つかる。行け、タオ、上るのだ。」

 タオは、そのかすかに光る金色のしるしをたよりに崖を上った。レパがついてきているかどうか、分からなかった。はるか下で、ニンジェが体を震わせ音をたてたのを聞いたような気がした。そして、腕も肩も、もうどうしても動かせないと思ったそのとき、指先が洞窟の入り口にかかった。最後の力でタオは身体を持ち上げ、暗い穴の中に転がり込んだ。
 タオは疲れ果て、しばらく息をつくことができなかった。やがて目が慣れると、洞窟の中がぼんやり見えてきた。ミラレパ尊者の洞窟は3畳ほどの広さで、正面にあるのは尊者の像と祭壇のようだった。まず三拝だ。そう思って立ち上がったタオは、またもや息がとまりそうになった。「誰だ!?」
 今まで気づかなかった奥の暗がりに、黒い影がうずくまっていた。その影はゆらゆらと立ち上がり、白い歯を見せた。「俺だよ。」覚えのある匂いがして、あの船頭だとタオは思った。また吐き気がしてきた。
「よくここまで来たな、坊や。ほめてやろう。このあいだは、もう少しのところであの獣にじゃまをされたがな。でも、ここまでだ。とっとと帰れ!」
 タオはかすれた声で叫んだ。「い、いやだ。俺は、父さんの宝を・・・父さんの生きたあかしを、確かめに来たんだ。じゃまするな。」
 男は大口をあけて笑った。すえた魚のにおいが強くなった。「バカ、死んだ者のことなど放っておけ。今さら何をしても無駄さ。」
 タオはかっとして叫んだ「無駄じゃない!」しかし、男の言葉は思いがけずタオの心を貫いた。男から視線をはずし尊者の前の供物の山に目をやったとき、タオはそこに横長の木箱があるのに気がついた。木箱のふたには、母さんの晴れ着と同じウパカラの花の模様が彫られていた。
 次の瞬間、タオはその木箱に飛びついた。
「それにさわるな!」男が差し迫った声で叫んだ。「さわってはいかん! 元に戻すんだ! でないとひどいめにあうぞ!」
「いやだ! 俺はこれを持って帰る。」
「許さん! 戻せ!」
「これは父さんからの供物だ! お前には関係ないだろう。」
「いや、それを持ち出すとたいへんなことになる。呪われるぞ。バカ野郎! 元の場所に戻せ!」
 この男が飛びかかってきたら、タオはたちまち箱を奪われてしまうだろう。だが男は、恐ろしい顔で手を振り回して怒鳴っているが、タオに近づいてこようとはしない。何故だ?
「戻せ!」
「いやだ!」
 タオは、いきなり木箱を男に向かって突き出してみた。男は「あっ」と後ろに跳びのいた。
「そうか! お前はこれにさわれないんだな? 中身は何なんだ?」
 タオはゆっくりと箱を下に置き、男から目を離さないように気をつけながら、手探りで木のふたを開けにかかった。
「や、やめろ!」
 掛けがねがカチッと音をたて、タオは箱のふたを開けた。その瞬間、中からまばゆい五色の光が放たれ、一瞬のうちに、何年も闇に沈んでいた洞窟は、隅々まで光に洗われた。「だめだ! ああっ!」光を浴びて、男の姿はもはや人間ではなかった。ふくれた腹、飛び出た目玉、小さな口・・・餓鬼だ。「封印が解かれた・・・もう駄目だ・・・」餓鬼の体はしだいに縮んでゆき、ついに塵となって消え果てた。
 木箱はまだ仄かに光を発していた。我に返ったタオは、ミラレパ尊者に三拝してから箱の中を調べた。入っていたのは、幾重にも包まれた古い教典だった。

 それからタオは木箱をしっかりとふところに入れ、洞窟の入り口に生えている樫の木にロープをかけ、ゆっくりと崖を降りていった。下ではニンジェが、のんびりと草を食んでタオを待っていた。レパの姿はどこにもなかった。タオはニンジェの首を叩いて言った。「ただいま、ニンジェ。俺が見たのは夢だったのかな。」


 7日目に、タオとニンジェは村に帰ってきた。その後1度だけ、タオは草原の向こうに住む灰色の老人に会いに行った。老人は震える手で木箱の中を確かめた。この経典は迫害を予知したグル・リンポチェが、1200年前に土に埋めたテルマの1つだという。タオの父さんは埋蔵教典を掘り出す力を持つテルトンという血筋の者で、老人もそうだった。そしてタオも。
 タオがミラレパ尊者の洞窟から取り出した埋蔵経は、ゴンカン寺に納められた。経典を一読した僧は驚きを隠さなかった。このテルマは、悪霊を払うきわめて強い力をもっている。世に出れば衆生に大きな利益をもたらすだろう。
 巡礼のレパには2度と会うことがなかった。だが「タオのいさおし」は今もこの地で歌い継がれている。ヤルンツァンポ川はその後氾濫を繰り返し、あの洞窟に近づく者はもう誰もいない。
 


2016年4月4日 脱稿
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-04-04 22:11 | merchen | Comments(2)

短歌教室

私的感覚を見つけるには文学的なセンスが必要。
そのセンスを磨くために、ぜひ短歌を学びなされ。

と、むかしから師に言われ続けておりましたが
先日のかささぎ座でもまた言われ、
たくさんのお仲間が、NHKの短歌教室にお申し込みされました。

それってテレビ?
うち、テレビないし。
NHK訴訟団が身内にいるし。

でも、私も日本語力を鍛えなくちゃな~
と呟いたら、
「君は先生がそばにいるんだから、私に教わればいいじゃないか」
と言っていただきました。
あ、その手あり?
「私だってそう上手くはないが、初心者に教えることぐらいはできる」
わーい、ありがとうございます!
「では来週の今ごろまでの間に、まず1首作ってくるように」

は~い(^o^)

ところで短歌って、季語とかあるんですか?
「ありません。なんでもいいの」

というわけで、3首作って
3月27日に、師に提出し、
徹底的に添削していただきました(^_^;)
同学の方々のお役にたつかもしれないと思い、、
恥をしのんで公開させていただきます。

1)白雪をいただく比良の山風に さからうごとくバンの2羽ゆく

講評:「白雪をいただく」というのが陳腐すぎます。
こういう紋切り型をできるだけ避けたいのですじゃ。
現にさからって飛んでいるのだったら、「ごとく」もおかしいです。

→ 白雪の残れる比良の山風にさからいながらバンの2羽ゆく

2)船だまり 波の打ちよす音聞けば 馴れし夜道もあやしくぞ思う

講評:初句切れはダメです!よっぽどの覚悟をもって使わねば。
「打ちよす」(連用形)が「波」(体言)にかかるのも文法的におかしいです。
「打ちよする波」が正しいだろうが、これでは字が余ります。
こういうときは、順序を変えるなど工夫してください。
「馴れし」など変に古語を使うより、現代語の方がいいです。
「あやしくぞ」も紋切り型でペケ。

→ 冬去れど馴れた夜道の船だまり波音たかくあやしくも思う

3)春の陽にふくらむつぼみの枝越しに 黒き上着の夫(つま)が釣りする

講評:「枝越しに」釣りをするんか!?
いくら私が名人とはいえ、そんな器用なことはできません。
これも順番を変えましょう。

→ 釣りをする黒き上着のわが夫をふくらむつぼみの枝ごしに見る

講評:いいなぁ愛にあふれた歌だなあ。

?・・・・・

ちょっとどころかだいぶ手を入れていただきましたが、
少しの工夫で、なんだか格好がついたように思います。

気をよくして、これからも
1週に1首ぐらいのペースで作ってみようかなと思っております。
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-03-29 15:54 | japan | Comments(1)

Psychodrama Review

サイコドラマティストにとって絶対に欠くことができないものは、
「場」を産み出すエネルギーと
「場」を持続させる集中力だと思っています。

それは、数年前の「かささぎ座 巣作りの段」で学びました。

たった1時間1ケースのセッションですら、
全観客の意識を舞台に集めて
芝居を進めていくエネルギーは、
ほんとうに想像以上に莫大で、ヘトヘトに消耗し尽くしました。

その後個人的に、
実際のクライエントさんにサイコドラマを試してみた経験もありますが、
一番留意しなければならなかったのは、やはり自分の集中力と体力でした。

カウンセリングの技術以前の問題ですね。


Acting In にも、サイコドラマの時間配分は
ウォーミングアップに全体の3分の1、
サイコドラマ本体に3分の1、
シェアリングに3分の1をかけるべし、と書いてあります。

斯くの如く、まずウォーミングアップをして
自分のテンションと観客のテンションを引き上げ、
サイコドラマの世界(=theater)を構築することが
成功の条件です。


さて今回、私たち助監督が
曲がりなりにもサイコドラマを為すことができたのは
総監督の大きなJ先生が
入念なウォーミングアップと
強大なカリスマ性によって
「場」を創り上げてくださったからです。

もちろん、私もまた、
総監督の手足となって動き
求められていることを満たすだけの力を備えていたとは、思います。
が・・・これは必要最低条件です。


サイコドラマティストとしてのカリスマ性って、
天賦の才能でしょう。

得がたき人身を得たこの今生で
自分の限られた力と時間をどう使っていくべきか?
それを考えると
私はやはり、心理療法士としての力を伸ばしていくことに
時間を使うのがいいのではないかと思いました。

劣等の位置に落ちているわけでは全然ないのですよ(^o^)
ただ、自分の適性を考えるとこのように思うのでありますよ。


先日助監督をさせていただいた2ケース目の途中で、
クライエントさんが、
直前にやった代替案のお芝居について
少し抵抗があるという感想をお話ししてくださいました。

このとき私は、まったく動揺せず
何があったのか、
どんな工夫をしたのか、
今とそのときとで何が違うのか、
ざっとお聞きして勇気づけ、手早く説得してしまいました。

サイコドラマは観客がいるので、オープン・カウンセリングに似ています。
観客に楽しんでもらうことや、観客にも学んでもらうことを
考えながら進めなくてはなりません。
観客の意識を舞台に集め続けるからこそお芝居になるので、
観客に寝てしまわれたりしては、失敗です。
なので、抵抗がおこっても
ある程度は力づくで進めなくては
と思った故の対処でしたが、

これがもし、個人セッションの中でお話を出していただいたのであれば、
当然、1時間かけてでも丁寧に扱っただろうと思うのです。

何が言いたいのかというと、
サイコドラマとサイコセラピーとは、こういう点で全く違うものだということです。


・・・そして私は、
よいサイコセラピストになりたいと思います。

ショーではなく
セラピーを
もっと丁寧にやっていきたいな。。。
と、思うのでありました。


大きなJ先生が、アドレリアン・サイコドラマ伝承のため、
弟子たちにこの技を伝えてくださる有り難さをひしひしと感じつつ・・・
サイコドラマの「場」を創り出す訓練は
そもそも私の課題ではないようだな、と思ったのでありました。


もしまた機会をいただけるなら、
先生の創られる theater のお手伝いを喜んでさせていただきますが、
より多くの後輩のみなさんに助監督を経験していただくのが
日本のアドラー心理学の未来のために大切だと思います。

なにごとも、やってみなければ分かりませんからね!
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-03-27 22:49 | psychology | Comments(3)
3月19日土曜日、
連休で超満員のサンダーバードに京都から乗りこみました。

ずっと前の予約時、あまりにも混んでいて指定席がとれなかったので、
なんという天の助けでしょう、
先生の分も私の分も、やむなくグリーン車を予約していたのでした。

あーラクチン!
貧乏人なもんでグリーン席の快適さに涙しました~(笑)


ありがたいことに、会場に着くと地元「チーム金沢」のTさんが、
「大丈夫ですか? なんでも、ほんっとになんでもお手伝いしますから、
 言ってくださいね!」
と心のこもったお声をかけてくださいました(T_T)

いつもだったらお気持ちだけいただくところですが、今回は
みなさんに名札をつけていただくこととか、
お菓子を拡げていただくこととか
すっかり甘えてお願いさせていただきました。
本当に助かりました!


2時半にセッション開始。
今年は私を含め、TOMOKOさん、YUKOさん、と
3人の助監督がお手伝いをさせていただきます。
各々が2ケースずつ扱うように、と言われています。

先生が1ケース目を監督をされ、モデルを見せてくださった後、
「次、誰がやる?」と聞かれて、
夜まで体力をもたせる自信のなかった私が、
早々に1番手でさせていただきました。


むかしむかしの「かささぎ座」・・・
つまり大先輩たちが助監督をしておられた頃の「かささぎ座」に
私が参加者として参加していた頃は、
先輩方の直感とか才能とかで芝居が作られていて、
とてもテンポよく、抱腹絶倒の連続でした。

でも今回は、助監督である私たちの力不足もあり
総監督から、以下のような手順が指示されました。
①すべての事例をエピソード分析し
②まず仮想的目標を協力的だと考えたお芝居をし、
③次に仮想的目標を競合的だと考えて私的感覚を見つけ、
④その私的感覚を取り入れた協力的な代替案をお芝居にする

モタモタしたところもありましたが(^_^;)
アドラー心理学の理論にそって何が起こっているかについて、
観客の方々にとって、かなり分かりやすいものになったのではないでしょうか?
・・・と思っています。

面白いお芝居にできるかどうかについては、
やはり才能に依るものなので。。。
総監督のお力に、ずいぶんと頼らせていただきました。
おかげさまで、みなさんにけっこう笑っていただけました!

あぁ、手順が決まっているとほんとに助かります。
才能のない助監督でも、なんとかサイコドラマを作ることができるのです。


夕食をちゃんと食べられるかどうかも危ぶんでいたのに
げんきんなもので(^_^;)
1つケースを終えるとなんだか食欲が出てきて
久しぶりにご飯を食べることができました。

本当だったら助監督たちとケースカンファなどしてお勉強するべきなのですが
(過去の「かささぎ座」ではそうやって毎夜勉強していた)
今回は私は体力温存を優先させ、
さっさと休ませていただきました。
お風呂もパスです。
・・・ともかく最終日までこなして、生きてお家に帰ることが目標です(笑)


2日目の午後に2ケース目が回ってきました。
これもなかなか楽しくて、特に問題なくお芝居にすることができました。
ゆっくりやったように思いましたが、後で聞くと1時間10分だったようです。

言葉によるカウンセリングでもたぶん同じ代替案になるのでしょうが、
サイコドラマとして扱うと、
クライエントさんの身体への染みこみ度合いが
まったく違うように思います。

やっている私の方が
「え?そんなところまで気づいてくださるの?すごぉ~い」
と、ビックリしたりして・・・
まるでミラクル。。。

いやいや、ひとえに、クライエントさんのレジリエンスに依るのです!

ともあれ、2ケース無事にやり終えたので
どんどん気をよくして体調もよくなっていきました♪
みなさんから、お顔がすっきりしてきましたねと声をかけられるようになり、
自分でも頬に赤みがさしてきたような。
その晩は、ようやく大浴場でゆっくりと身体をほぐしたのでした(^o^)


3日目にはもう、私の感覚では、参加者みんな家族のようになっていました。
風邪のおかげでいつも以上にみなさんにたくさん助けていただいて
本当にありがたく嬉しかったです。
また、参加者全員がひとつひとつのお芝居について、
ともに考えともに喜びともに涙し・・・
ともに協力的な生き方をめざす仲間になっておりました。

「かささぎ座」って、ほんとにステキです。


自分についていえば、
あの絶不調の瀕死の状態から
ほぼ風邪が治ってサバイバルできたんですから
捨てたもんじゃない、まだまだ若いよね♪
といい気分で帰宅したのですが、

翌朝は、烈し~い頭痛と肩こりで目が覚めまして・・・

再びロキソニンのお世話になったのでした Orz

やっぱり、無理したら後がたたりますわ。
はい、おあとがよろしいようで。
ちょ~ん!
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-03-24 21:25 | psychology | Comments(4)
ずっと内緒にしてましたけどぉ
今年の「かささぎ座」では助監督をやってもらいます
って去年から総監督に言われておりました。

なので、
サイコドラマのバイブル、Acting In を読み直したり
ギリシア悲劇を読んでみたり
大きな声の出し方を練習してみたり
過去の「かささぎ座」のノートをまとめたり
私なりに努力をしていたのですが

肝心要の、体調管理について
大失敗しましたよ(>_<)

10年ぶりの同居人さまの
風邪をいただいたのが最悪のタイミングだったわけで
まぁ不可抗力ではあります。。。

やばい、うつったかな?と思ったのが16日の水曜日。
翌木曜日は安城のパセージ最終日で、休むわけにいかなかったし、
かささぎ座前日の金曜日は、
もう食欲まったくなし。はなずるずる。
喉も頭も目の奥も痛くて、しかも低体温(34℃台)でゾクゾクしていました。

少し食べてはPL顆粒と小青龍湯をのんで、ひたすら寝ていましたが
これはもう、助監督という初仕事をこなすどころか、
まずこの身体を引きずって
明日、能登半島まで行けるのかどうか、という問題になってきました。

風邪ですから悪化するときは、何をやっても悪化しますし
悪化する時期がいちばんしんどいです。
今日中になんとしてももち直さなくてはと思っているのですが、
何度目覚めても一向に快方に向かわないので
夕方には絶望の方が勝ってきました。
電車になんて乗らないで、お家で寝ておれたら、どんだけラクだろう・・・

幸い、同居の先生は少し回復してこられたようで
旅の用意をしたり、様子を見に来たりしてくださいます。
情けない声で「明日、私が行かなかったらどうなります?」と尋ねてみると

先生、一言「困る。」

・・・あーそうですか、困りますか。
じゃぁ腹くくって行きますか~(T_T)

それからようやく荷造りを開始しました。
いつも以上の防寒具に、カイロ。
大量の「鼻セレブ」(笑)

行くと決めたら、髪も洗わなくちゃ。
さっとシャワーも浴びました。

あまりに眠くなるので、もうPLはのみません。
鎮痛解熱薬のロキソニンと小青龍湯で乗り切ることにします!

こうなったら、がんばるしかありません。
さあどうなるか?
私たちは生きて能登から帰ってこれるのでしょうか?
ちゃちゃんちゃんちゃんちゃん(拍子木の音)
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-03-24 21:17 | psychology | Comments(0)

パセージしゅんすけ

ほんとうに不思議なことに
しゅんすけは、4日間一度も泣きませんでした。
はじめて預けられるので、1日中泣くかもしれないって思っていたのに。

たぶん・・・基本的信頼感があるといいましょうか、
まわりの人々の善意を信じているといいましょうか、
ボクはみんなに大切にされているってことがよく分かっていて

しかも、お父さんやお母さんがいなくてもお兄ちゃんがいなくても
ボクは大丈夫!って思えているのでしょうね。

さすが、三代目!(^o^)

でもそれだけではなく、私の方も
陰性感情を抱くことがほぼなかったのです。
(一度だけ、しゅんすけが背の高い姿見の鏡の両脇を持って揺さぶったとき、
 びっくりして「あっ」と叫んでしまいましたが、それきりでした)

この、私の方に陰性感情がほとんどなかったということが、
しゅんすけとの関係をよくしたのではないかなぁと思います。

具体的にどういうことが起こったのか、
パセージに即して考えてみますね。
はい、パセージ中なもんで・・・(^^;)

<子どもの話を聴く>

しゅんすけはまだお話できませんが、
こちらの言うことは、かなり分かっているようです。
実際に彼の<話を聴く>ことはできないけれど、
彼が何を言いたいのか?ということを
いつも注意して考えました。

「ん!」という一言が、そのとき何を表しているのか(笑)
ものすごぉくゲッシングの力が要りました~

だって「きゃきゃ」がお茶のことで
「とっと」がトマトだなんて、なかなか分かるもんじゃありませんよ。
しかも「ご!」は、リンゴの場合と卵の場合があるんですから!
行動の文脈を読まねばなりません。

そして彼の求めているものは
もっとあれが食べたいとか、お外へ行こうとか、この本読んでとか
ほぼよい意図に基づいていますから
求めているものさえ分かれば、
ただきいてあげればよいことなのでした。

<不適切な行動に注目を与えない>

私が料理をしていると、台所の戸棚の下を開け閉めし始めました
観音開きの扉をぐゎっと開けると
水筒やガラス瓶や漬け物容器がぎっしり並んでいて
しゅんすけは「ほぉ~」という感じで眺めていました。

・・・4年ほど前、私がまだ新米のおばあちゃんだった頃・・・
こうすけがこれぐらいの年齢でこういうことをしたときは、
私、すぐに手や口を出していたんです。
「やめておこうね」とか「ここはダメよ」とか言って
扉が開かないように前に物を置いたり、
あるいは彼を抱き上げて他の場所へ連れていったりしました。
けれどもそうしていると、この扉を開けるという行動に価値がついてしまったのでしょう。
こうすけは、ますます、その行動に執着するようになりました。
ガスレンジのスイッチについても、
オーディオのスイッチについても、
これはみな同じことでした・・・

そういうことで学んでいましたので、注目しないで洗い物を続けました。
包丁の入っている扉もあるので、
しゅんすけの方に意識は向けていましたけれど。

そうしたら、しばらく中を眺めてからぱたんと扉を閉めて、
今度は菜箸やキッチンバサミの入っている引き出しを開け閉めし始めました。

これも注目しないでいましたが、
滑りがよいので面白いのか、何度か開け閉めを繰り返します。
そのうちに烈しく引っぱり出すようになってきたので、
これは私の意見を言った方がいいかなと思いました。

「しゅんすけ」と声をかけると、ちょっとびくっとした様子。
「そこは、ないないしといてもらえるかな?」とできるだけおだやかに頼んでみると
無言で(笑)そーっと引き出しを押して閉め
また他のものを触りに移動していきました。

なんか、ちょっと、ほんとに、頭のいい動物さんみたいです(^_^;)

あ、同じページの<適切な行動をしたとき、正の注目をする>については、
例をあげるまでもなくたっぷりやっています(^o^)

ただし、ここでは「不適切な行動をやめた」のですから、
そのことにも注目は与えませんでした。
それをすると、今度は台所の引き出しを閉めることに価値がつくかもしれませんからね。

<子どもの課題> <共同の課題> <結末の体験>

朝ごはんを8時ごろにしっかり食べたのに、
10時ごろに「とん!」と言って
食卓のハイチェアーに座りたがったことがありました。
そのときは、足りなかったのかな?と思って
座らせて、リンゴを切って食べてもらったのですが

11時ごろにもまた、「とん!」と言ってハイチェアーを指さしました。
これは、また何か食べたいということだと思われますが
いくらなんでもお昼ごはんにはまだ早いので
目標は一致しません。

「とんしても、ごはんはまだだよ~」
「とん!」
「とんしたいのね~いいよ~」と言って、任せてみることにしました。
私がソファーから動かずにいたら、
しゅんすけ、ひとりでハイチェアーによじ上って上手に座りました。

そしてハイチェアーの上に立ち上がって、
手の届く範囲のものをあれこれさわったり
指さしたり、つぶやいたり、
あげく「ほぉ~」と天井を見上げたり
なんやかんや楽しんでいるようすです。

ああしていると、椅子から落ちるかもしれないな~
でもここで先回りして降ろしにいったら何を学ぶかな?
ほっておいたら何を学ぶかな?
とか考えながら、そのままソファで本を読んでいました。

b0253075_12162644.jpg
  だいぶ長いこと、ご機嫌にあれこれしていましたが、
  ふと見ると、
  いつのまにか椅子に座ったままで熟睡していました!!




思うにですね、
しゅんすけは2人きょうだいの末子で
私と同じなのですね。
で、私は末子の気持ちがよくわかるのですよ。
ためしにちょっと、しゅんすけの心のうちを語ってみますね・・・


基本、好きにさせてもらいたのです。
なぜって、いつもいつもお兄ちゃんに介入されているから。
ひとりで好きなだけ、いろんなことをやってみたいんですよ。

ちょっと危ない高いところに上って
歌を歌ったり
ちょっとおもしろそうなところを触って
あと、そおっと戻しておいたり
そういうの、ふだんあまりできないんです。

だって、ボクが何かステキなものを見つけると
お兄ちゃんが「しゅんすけはさわっちゃダメ」って言うし
ボクが冒険していたら、お兄ちゃんが「しゅんすけ、あぶないよ」って止めるんです。
お兄ちゃんはやさしいし遊んでくれるから大好きなんだけど、
ボクが何かひとりでしたいとき、うまくいかないことが多いんだ。

だからおばあちゃまと2人きりの
好きにしていいよ、ってほっておいてもらえる静かな時間が
とてもうれしかったんですよ。

おばあちゃまはちょっと言葉が通じにくいけれど(^^)
通じたときは、まあまあ言うことをきいてくれるしね。

さあ、おうちに帰ったら、お兄ちゃんときゃーきゃーわーわー遊ぶんだ♪
次はお兄ちゃんといっしょに来るね!


ああ、しゅんすけを見ていると
私のライフスタイルが浮かび上がってくる気がします。
快適なところで
安全な範囲で
自由にさせてもらえるのが
私は大好き!
干渉されるのや介入されるのが大嫌い~
でも、お兄ちゃんが必要(笑)
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-03-13 12:34 | psychology | Comments(0)

おさんぽしゅんすけ

先週末にあった基礎講座応用編後半にも、
娘としゅんすけはやって来ました!

今回は、金曜の午後、私が神戸まで出て待ち合わせ、
いっしょに父の施設と母の施設へ行きました。
ふたりとも孫と曾孫に会うのはお正月以来なので、とても喜んでくれました。
これぐらいの小さな子どもって、
ほんとにお年寄りを癒やす力がありますね~

土日はまるで春のような暖かさで
お天気も良かったので
しゅんすけと、たっぷり外で遊びました♪

朝、大きなJ先生と娘が「行ってきまぁす」と出かけるときだけ、
しゅんすけはちょっと泣き顔になります(^^)
でも、抱き上げていっしょにお見送りをしたり
好きなものを食べさせたりしていたら
すぐに切り替えて機嫌を直してくれます。

朝ごはんの片付けを終えて、
「さっ、しゅんすけ、お外へ行こうか?」と声をかけると
しゅんすけ、ぱっと顔を輝かせて
「たーた、たーた」と自分のくつ下を探して持ってきます。

はかせてあげると、そのまま玄関扉まで突進します。
「おくつ、はこうね~」
でも足の指を曲げるので、履かせにくい・・・
ちゃんと履けているのかどうかよくわからない・・・

しゅんすけ、気がはやっています(^^;)
(う~ん、仔犬みたい♪)
外の階段で抱っこすると、行きたい方を指さし
「あっち」と明確に指示を出してくれます。

「よし、あっちへ行こう。おんりして歩こうね」
手をつないで、川沿いの道をゆっくりゆっくり歩きました。

犬がいると、しゅんすけはキュッと緊張します。
行き交う方々が、けっこう声をかけてくださるのですが
そのたびに固くなって立ち止まってしまいます(^^)
人見知りというやつですな。

ときどき抱っこしたり、また歩いてもらったりしながら
ちょうど琵琶湖から瀬田川が流れ出るところ、「なぎさ公園」まで来ました。
そこでしゅんすけの選んだベンチに座って、の~んびり過ごしました。

いいお天気の土曜日なので
ジョギングのお兄さん、
筋トレのおじさん、
ロードバイクの父子、
コマなし自転車の練習をする家族連れ
いろんな人が行き過ぎていきます。

私は輝く湖面を眺め
ユリカモメやカイツブリを眺め
春になって動きだした遊覧船を眺め

しゅんすけはおとなしくおすわりして
自転車やよその子どもをぼーっと見ています。

たくさん歩いて疲れたのかな?
もってきたお水を飲ませて「バナナ食べる?」と出してみせると
「バナナ!」とかぶりつきました。

b0253075_1143584.jpg食べ終わると、自分のくつの点検(笑)
それからベンチの点検・・・

そのうちベンチから降りて
ちょっとずつ周りを探索し始めました。

この程度までこの場に慣れるのに
30分ぐらいかかってるんじゃないかな。
私もよく待ったもんです。
忙しいお母さん時代だったら、間違いなく帰っていたと思います。。。

ベンチの脚を点検・・・
おっ、これは何だ?
b0253075_11451257.jpg


b0253075_11474731.jpgしゅんすけくんの影なんですけど
不思議だねえ

そのうち、広い公園をぐるぐる歩き出して
足元の石を調べたり
水辺をのぞきこんだり
やわらかい芝生の起伏を楽しんだりしました。

b0253075_1154441.jpgいっぱい歩いたので、帰りはずっと抱っこ。
帰ったら、待ったなしに「まんま!まんま!」
あぁ思い出したぞ。
お母さんは、かくも大変だってこと(>_<)


昼ごはんの片付けをしていると
また外へ行きたいということなのでしょう、
「たーた、たーた」と言って
玄関の自分のくつを一生懸命かかえて
台所にいる私のところへ、よいしょと持ってきました。
あらま。

「ちょっと待っててね」と言うと
文字どおり、そこで待っていてくれるのですが(^^;)
かなりのプレッシャーを感じます。
それに、くつねぇ。
「あのぉ、そのおくつ、玄関に置いてきてもらえますか?」
と疑問形のお願い口調で頼んでみたのですが、
残念ながら、共同の課題にはしてもらえませんでした。。。


片付けを済ませてまた外へ。
少し眠たそうなので、あまり遠出はせず
(だって帰り道に抱っこするの大変ですもん)
家のすぐ前のベンチにすわって、カモさんやボートを眺めました。
しゅんすけはご機嫌で
またベンチの構造を調べたり、お歌を歌ったりしていました。

なんということもないお散歩でしたが
しゅんすけ、すごく楽しかったみたいで
娘が帰ってきてもテンションが上がっていて
寝かせつけるのが大変だったようです。


翌日曜日は、暖かいけれども曇り空。
夕方までに荷造りして新大阪に連れて行かねばならないので
午前中に、またお散歩しました。

今度は瀬田川沿いに南の方へ向かい、唐橋の手前あたりまで歩きました。
しゅんすけ、私と歩くことにもすっかり慣れて
川沿いの草の生えた道を、とことことことこ歩きます。

ある程度歩くと「とん!」と言ってベンチに座り
しばらくするとまた「あっち!」と言って歩き
また「とん!」と言って別のベンチに座り
の繰り返し(^^)
川沿いを行きつ戻りつして遊びました。

いちど、大きなハシボソガラスが目の前に舞い降りてきて
大きな声で「かあーかあーかあー」と鳴きました。
しゅんすけも私も、じっと目をこらして烏の動きを追いました。
烏が飛んでいってしまってから
「しゅんすけ、大きなカラスだったねえ。
 かあーかあーかあーっていったねえ」と話しかけると、
まるで大人のように
「ったねえ!!」とお返事してくれました。
(^o^)会話、できたねえ!


b0253075_11565053.jpg  このように至福の2日間はあっという間に過ぎ去り
  夕方に新大阪の会場へしゅんすけを連れて行くと
  娘の抱っこひもの中にすっぽりとおさまって、
  J先生やみんなに愛想をふりまきながら
  バイバイして行ってしまったのでした(;_;)

  あとに残ったのは、
  しゅんすけの気配だけが残るおうちと
  私の腕の筋肉痛・・・
  なのでした(T_T)


孫は来てよし往(い)んでよし
と言いますが、たしかに
まるまる1人でずっとおもりするのは、2日が限度かも。

これで、こうすけは3歳のとき2日×2回(娘の理論編受講時)
しゅんすけは1歳半で、2日×2回(同じく応用編受講時)、
濃密に私とお付き合いしたことになります。

娘はしっかりアドラー心理学のお勉強ができたみたいですし
私の方は、こうすけ・しゅんすけと仲良くなれるし
こんなふうにときどき預かると、みんながハッピー。
とっても嬉しいです。
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2016-03-13 11:59 | family | Comments(0)

スィートしゅんすけ

娘としゅんすけがやって来た金曜日の夜は
岡山からいただいたお大根を大きなJ先生が炊いてくださって(美味!)
しゅんすけご機嫌で、平和な夜がすぎました。
娘には忘れないよう、翌日の応用編の受付を頼みました。
家内産業です(笑)

土曜日、しゅんすけの朝ご飯の最中に
さりげなくJ先生と娘は出かけて行きました。。。
さぁ今から夕方6時すぎまで、おばあちゃまと2人だよ~


b0253075_073092.jpgしゅんすけは右手にしっかりとスプーンを握りしめ、
あいた方の手で(^o^)パンやチーズをつかんでお口に運びます。

ほとんど1人で食べてくれますが
ほっておくとどんどんつめこんでオエッとなってしまうので
少しずつ、お皿に置いてあげます。

すごい勢いで食べて、すぐに「ん」と指さして次を要求します。
「もうちょっともぐもぐしてからにしようね」
「ん!」
「そぉ?大丈夫かな・・・はい、どうぞ」
・・・ぱくぱくぱく「ん!」
「早いね・・・はい、どうぞ」
・・・ぱくぱくぱく「ん!」
「もぐもぐ、もぐもぐは?」
「ん!ん!ん!ちーじゅ!」
「あ、チーズね、はいどうぞ」
幸せそうに手にとって「ちーじゅー・・・」とうっとりしています。
きゃ、きゃわいい(>_<)

あらかたお腹が満ちてくると、ご機嫌にお話ししてくれます。
飾ってある写真を指さして「ん?」と尋ねるので
「それはダライラマ法王だよ~」(変な家かも?)
並べてある小物を指さして「ん?」「ん?」
「それは何かな~ランプでしょ、お薬のびんでしょ・・」
出窓の植木鉢をさして「ぱっぱ?」
「そう、はっぱだね~」
「ぱっぱー!」

それからもっともっとご機嫌がよくなると、突然
「ちゃ、ちゃ、ちゃ ちゃ、ちゃ、ちゃ」と歌い出しました。
おお、その音階は!?
ひょっとして、こうすけお兄ちゃんがピアノで練習している
『アビニヨンの橋の上で』ではないでしょうか?
ためしに歌ってみると、当たりだったようで、大喜び。
いっしょに「ちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃーちゃちゃちゃ、ちゃーちゃちゃちゃ」
と歌いました♪

しゅんすけのお歌、
かわいくて萌え死にしそうです~~

b0253075_0155664.jpg
こうやってゆっくりご飯を食べ終わって
「おてて洗いにいこうか?」と言ってみると
「ん!」と抱っこを要求します。
ハイチェアーから抱き上げて洗面所で
小さな手を洗って拭いてあげました。

戻ってきて「おむつ替えようか?」と聞いてみると
「メ○ーズパンツタイプ」の袋を置いている場所まで
私を引っぱってってくれました(笑)
しかも袋から1枚取り出して、渡してくれます(笑)
はいはい、これはラクだわ(^^)


それからまた抱っこを要求され、おうちの中の探検に出かけました。
ひとりで歩いて探検するのは、まだちょっと恐いのかもしれません。
b0253075_9121445.jpg特に気に入ったのは私の寝室だったみたいで
ベッド横の窓から外の川を飽きずに見ています。

ずっと立って抱っこしているのもしんどいので
出窓に飾ったリンポチェのお写真や仏具に移動していただいて
そこにしゅんすけを座らせました。
「ほら、鳥さんいるよ」
「がぁが・・・」
「そう、がぁがぁだね。あ、ボートだ。お舟だよ」
いっしょうけんめい見ています。


娘は「おばあちゃまといっしょにいてね」とお話ししていたようですが
ちゃんと分かっているのかなあ。
お母さんがいないことについて、全く大丈夫なようです。

結果、一度も
ほんとうに一度も泣かずに
2日間、彼はご機嫌に過ごしてくれたのでした。
なんて協力的なんでしょう!

b0253075_0152870.jpg

パソコンやオーディオや
あちこち戸棚の引き出しを
もちろんしゅんすけは触りに行きました。

お兄ちゃんそっくりないたずら顔です!


でも対策はたててありますから、
注目しないで傍のソファーで本を読んでいたら

いつの間にか遊び疲れて眠っていました。
おおお♪♪ たまりませんなぁ。。。


b0253075_0131568.jpg

ばばバカにお付き合いいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

b0253075_0193397.jpgまた来週も来るからね! by しゅんすけ♪

  <追記>
   大きなJ先生が一読され、
   「ばばバカすぎて涙が出るぅ~」と
   言われてしまいましたっ (^^;)

   ちょっとだけ反省して
   後日、パセージ的にどう対応したのか、などなど
   あらためて書かせていただきます(^^)
       
      
      
      
      
       
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# by prem_ayako | 2016-02-29 09:13 | family | Comments(2)

しゅんすけがやってくる

2月から3月にかけて、新大阪で基礎講座応用編を開催中ですが、
この応用編を鳥取に住む娘も受講したいと希望してきました。

娘は、理論編の方は、こうすけが3歳になってすぐに受講しています。
そのとき、私はこうすけのおもりを引き受けて
彼と大阪のあちこちにお出かけしたのでした。
その時のことはここにも書きましたが
私にとってもこうすけにとっても(^^)しあわせな思い出です。


娘が講座に参加して勉強するためには、まわりの協力が必要です。
私ひとりで子ども2人をみるのはちょっと大変なので
5歳のこうすけは、残っておうちでお父さんと過ごしてもらうことになりました。
1歳半のしゅんすけは、今度はこの滋賀のお家で、私が面倒をみるのです。
ええ、ええ、協力しますともっ♪


ただ、しゅんすけにとっては
自分のおうち以外でお母さんと離れるなんて、生まれてはじめての体験です。
これは大冒険であります。

寒い時期だから、あまり外で遊ばせられないし
それにまだ、外歩きはヨチヨチであぶなっかしいです。
しゅんすけはこうすけほど私に慣れていませんし
3歳のこうすけを連れ回したときとは、勝手が違います。

しゅんすけもかなり長時間泣き続ける力があるので(^^;)
下手をするとお母さんが帰ってくるまで
1日中泣き続けることになるやもしれません。

まぁそうなったらそうなったで泣かせ続けるしかないよね、と
娘も私もハラはくくっているのですが

子どもって、陰性感情にとらわれるとどんどんエスカレートしていくから
(あ、これは大人も同じか ^_^;)
彼にとって慣れないおうちだから、危険なこともあるかもね。。。

ともかく、しゅんすけさんをお迎えするために
できるだけ環境を整えることにしました!


お正月に来たとき、しゅんすけはあやうく
大きなJ先生のパソコンをダメにするところでした。

はじめ、オーディオの電源スイッチを触り始めたころは
大きなJ先生も「まあ大丈夫でしょう」と静観しておられたのですが、
そのうち連続してオンオフし始めて
しかもオーディオから移動してパソコンの電源までもオンオフしだして・・・
「おっとそれは」と思ったときはもう遅く、
とりあえずコンセントを抜いて対応しましたが
彼が夜寝た後、復旧するのに、相当、時間がかかりましたm(_ _)m

ボタンを押すのが大好きなお年頃なんです~
しかも、押したら光ったり色が変わったりすると
もう夢中です。。。
まぁその気持ちもわかります。

これらの経験から学びましたので
オーディオもパソコンも
もとのコンセントから、電源を抜いておくことにしました。
スピーカーにはちゃんとネットをかぶせておきます。
触ってほしくない細々としたものは、すべて手の届かないところに上げました。
(1歳半ですからね。
 椅子を持ってきてそれに乗って触るという知恵は、まだありません(^_-)


お昼ご飯は、私としゅんすけと2人きりになりますので、
しゅんすけの好きなもの。これ大事!

事前に娘にリサーチしました。
少しアトピーがあるので
牛乳、牛肉、ヨーグルトは食べられません。
バターは大丈夫です。
好きなものは、チーズ、バナナ、パン、
にんじん、トマト、ブロッコリー、ほうれん草、とうもろこし。
じゃがいも、さつまいも♪
お魚も大好き。

応用編の前日の金曜日までに
大量の食材を買い込んで
もちろん草津でお気に入りの食パンもゲットして
準備完了です!

さぁ、いつでもいらっしゃ~い(^o^)
          
           
            
            
             
               
                 
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# by prem_ayako | 2016-02-29 00:03 | family | Comments(0)

Family Bond

年末から年始にかけて
この家にも、いろんなお客さんがいらっしゃいました。

大晦日には、大きなJ先生の娘さんたちが来てくれました。
よく食べ、よく喋り、数時間過ごして
お正月をお母さん(先生の元妻さん)の家で過ごすべく帰っていかれました。

年始には、J先生の姪の、新婚のMちゃんが
旦那さんといっしょに来てくれました。

同じ日、娘が孫2人を連れてやってきました。
娘とMちゃんとは初対面だったのですが
すっかり意気投合したみたいで、メルアド交換までしていました。

彼女たちは2人して、自分たちの関係は何なんだろう?
と首をひねっていました。
血はつながってないけど
いとこ?はとこ?
親類が離婚したり結婚したりすると、ややこしいよね
って(^^;)


娘はそれから3泊したので、
来客用に整えてあったわが家も、
あっという間に孫っちくんたちに荒らされてしまいましたが(笑)

b0253075_1063094.jpgJ先生とこうすけはラブラブの仲良しなので
ふたりでスーパーへ買い物に行ったり
川へ釣りの練習に行ったりして
男同士の時間を堪能していたようでした。

私と娘は、家の中で床暖房をつけてぬくぬく。
しゅんすけのお守りをしながら
女同士(+しゅんすけ)の時間を堪能しました。

娘一家は、年末から大移動をしてきていて
まず、旦那さんの実家の香川に行って4泊。
年明けに神戸の父親(私の元夫さん)の家に移動して1泊。
その際、元夫方の祖父母の家へ挨拶に行って、
私の両親のそれぞれの施設へも寄ってくれて

その後、旦那さんは車で鳥取に戻ってお仕事。
娘たちは電車で滋賀まで来たのです。

「いろんな家に行ったけど
 お母さんの家がいちばん落ち着く
 J先生と2人でいても全然緊張しないし」
と娘は言います。

b0253075_1093849.jpg 不思議なものですね。
 家族って何なんでしょう?

 血がつながっているから気が合うとか
 血がつながっていないから気が合わないとか
 そういうことではないんだなぁ、と
 だんだん思うようになりました。

私は11年前離婚したとき
家族を失ったと思いました。

子どもたちとの血のつながりは切れませんが
名前は変わりますし、法律上の親でなくなりますから、
「家族」でなくなってしまったように、考えていました。

でも、そうではなかったようです。

家族は、血のつながりでもないし
法律の上のことでもないし
また、一緒に暮らしているかどうかで
決まるものでもないようです。

あえて言うなら、絆 bond ・・・
つながり続けたい!という意志が形になったものを
家族と呼ぶのかもしれません。


離婚して元夫と家族であることに
自分の意志で終止符をうったとき、
実は子どもたちとは家族のままであったのに
勇気がくじかれていて、そうは思えなかったみたいです。

そうではなく
子どもたちにとって私はずっと家族だったし
私にとっても子どもたちはずっと家族だったのです。
何も失ってはいなかったのです。


家系図は、基本、下にいくほど広がりますよね。

父や母の代はやがて消えますが
子どもたちが結婚すれば、その家の方たち同士がまたつながり
家族は増殖していきます。

この絆を大事にしよう。
家族だけでなく
師弟関係も、友だち関係も
縁あって出会った人たち。
自ら決断して断ち切らない限り、
絆が切れることはありません。

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# by prem_ayako | 2016-01-23 10:18 | family | Comments(2)
例年、年末のスピリチュアル・ワークは
その年のカレンダーの具合で
2泊3日にしたり3泊4日にしたりしていましたが
昨年末のスピリチュアル・ワーク@比叡山坂本は
思いきって、前後半に分けた4泊5日で企画してみました。

事務仕事は煩雑でしたが、
半分だけ参加された方も、通しで参加された方も
それぞれにメリットがあって満足していただけたようでした。

私自身も、
ふだん主催者側にいるとなかなか瞑想に没入できないのですが、
今回は1日だけでしたが「黙想」行を行うことができましたし、
できあがったばかりの「三十七の菩薩行」をみんなでお唱えすることもできて
とっても良かったです!

ところでワーク中、先生から「今の気分を絵に描いてください」
という指示が出ることがあります。
各自、そのたびに何の変哲もないA4のコピー用紙を1枚ずつとって
心のおもむくままただ描いて、
誰かに見せることもないまま持ち帰るのですが

・・・今回、後になって順に並べて見てみると
下手な絵なりにけっこう面白かったのでした。
なので、ちょっとばかり振り返ってみたいと思います。
もしよろしければお付き合いください。

(1)ワーク初日、開始後すぐに描いた絵。
b0253075_21144555.jpgまず山をふたつ描きました。
空を半分おおう雲。
そして川(湖?)の岸を歩く人物。

人(=私)は画面の下の方にいて、
全体の景色からいうと、とても小さな存在です。
雲はなにか、襲ってくるような不穏な形をしています。


(2)同日、瞑想後に描いた絵。
b0253075_21175812.jpg同じく山ふたつですが、
その間を川が流れ
谷間を歩く人がいます。
空は晴れてお日さまが出ています。

私は谷川に沿って
画面の向こう側へ進んでいるようです。
この向こうには何があるのかな?
少し希望をもっているようですね。

(3)ワーク2日目の夜、何度も瞑想をした後の絵。
b0253075_21185649.jpg逆巻く大きな波ふたつ。
それとも波ではなくて山なのでしょうか?
その上を、走っているような飛んでいるような人物がひとり。
雲から出ているのは光でしょうか?稲光?

観音菩薩さまのご存在をありありと感じる
そんな体験の後に描いたので
もっとおだやかな
お悟りのひらけた絵になるかと思いきや・・・

なんだかたいへんなことになっているみたいです。
「今の気分」は混乱中なのでしょうか。
我ながら謎な絵です。

(4)ワーク3日目。
b0253075_21194593.jpg波一つない水面。
月と太陽が並んで出ていて
それぞれ水面に影を落としています。
手前に水鳥が2羽、浮かんでいます。

今までと同じように心の向くままに描いたのですが、
描き終わってからこの絵を眺めて
私は泣きそうになりました。

この絵の構図は、
うちにあるクンツサンポ(法身普賢)のタンカと同じです。

この真ん中の空間に
月と日とに荘厳された
クンツサンポさまがおられるのでしょう。

法身は見上げるほどに巨大で
虚空と同じで虚空に融け入っていて
私の目には見えないのだけれど
たしかにこの空間におわします。

これは法身顕現の絵ではないでしょうか。
・・・そのことに
私の無意識さんは、確信をもっているようです。

それを眺める水鳥は、うちの窓の外のカモさんたちでしょうか。

おりしもクリスマス、しかもチベット暦満月の夜。
この後、露天風呂から、首が痛くなるほど高くに上った満月を眺めながら
何度もこの絵を思い出して幸せにひたったのでありました。

(5)ワーク4日目、最後の夜。
b0253075_21212383.jpg月が出ています。
平らな地平線に立っているのは(絵が下手でスミマセン)
十一面千手観音さまです。
しっかりした道が観音さまに向かって通じていて
私はどうやら、観音さまとお会いしたようです。

最初の方の絵にあった2つの山は
波のように激しく揺れて崩れていったのでしょうか。
もうどこにもありません。
ただもう、まっすぐな線になりました。

そんなむずかしいことを考えながら描いたわけでは全くありません。
頭ではなく、手が描いた感じでした。

やっぱり4泊5日も瞑想を繰り返すと
私の心も、こんなふうに鎮まるみたいです。
絵にその過程が現れているようで、とてもありがたいです。
おんまにぺめふむ。。。

しかし単純な絵だ・・・(^_^;)
(絵はクリックすると少し大きくなります)
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# by prem_ayako | 2016-01-02 21:37 | tibet | Comments(0)

2015年大晦日

あれこれ書きたいことはあるのですけど
もうタイムリミット(>_<)
駆け込みで、ざざっと2015年のまとめをいたします。

FAMILY

激動でした。。。

1月に父が施設入所(要介護)。
10月末に母も施設入所(要支援)。
そして私は、11月初めに滋賀へ転居。

去年の年末は、
父が何をするのにも母がつきっきりで世話をしていて、
両親ともに疲れ切っていました。

今の父は、スタスタ歩いて自分で用を足しますので、
施設に入って自立度はずいぶん上がったように思います。
認知の方は、年相応にだいぶ進んだようですけど・・・。

母の方は、あれだけ父のお世話をしていたのに
別居したら父への関心が薄れてしまったのか・・・?
それでもよく食べるし
しゃきしゃき動いているようなので、とりあえずは安心です。

結局、両親と同じ家でお正月を迎えたのは1度きりになってしまいました。
去年がんばってお節料理を作って、たくさん食べてもらえたので、
本当に良かったなぁと今になって思います。

そういえば、1年前には大きなJ先生のお母さまにも
作ったお節を持って行って、食べていただいたのでした。
お母さまは6月に亡くなられたので、
これは本当に最後になってしまいました。

老いや死について
考えることの多い年でした。。。


今年嬉しかったことの筆頭は、
娘が本気でアドラー心理学を学び始めたということです。

彼女が基礎講座理論編を受けたのは一昨年、
パセージを受けたのは昨年ですが、
今年は、一歩すすんで
鳥取市内でアドラーの仲間を増やすべく
パセージを計画したり、プレ・パセージを開催したり、
来年からは、小さな自助グループを始めようとしています。

5才のタフなこうすけと
1才の小タフなしゅんすけの子育てを通して
娘は本当にタフなお母さんに育ちました!(笑)

思うに、この娘だからこそ
こうすけが母親として選んで生まれてきたのではないかしらん。
(でないと、こうすけのあり余るエネルギーは不適切な方向に発揮されてしまうかも)
娘のブログも面白いので、機会があれば読んでやってくださいませ。


私自身については、ついに
大きなJ先生と同じおうちで暮らすようになりましたが
今のところ、けっこうそれぞれのペースで動いておりまして、
なんというか、シェアハウスしているみたいで快適です。

それに、規則正しい生活習慣をもった方が家の中におられると
私の方の生活も、いきおい規則正しくなりますね。
ひとり暮らしだとお昼ごはんを抜いちゃったり、
食べた後の食器を、洗って伏せたまま寝ちゃったりしてたけど

こちらへ越してきてからは、
毎朝だいたい決まった時間に起き出して
3食きっちり食べているし
食器やお鍋もそのたんびに、きちんと片づけるようになりました。
なにより、日課の瞑想をさぼりにくくなりました!

どんだけ怠惰やってん!
って感じですけど・・・


ADLERIAN PSYCHOLOGY

ありがたいことに今年は
ライフスタイル分析のお仕事をあれこれさせていただきました。

近頃とみに感じるのは、
ライフスタイル分析を終了されたクライエントさん方の、めざましい成長ぶりです。
もう私などの手の届かないところへ、ぐんぐん伸びていかれます。
それはもう感動的なほど!
セラピスト冥利につきると申せましょう。

クライエントさん方は、ある時点でふっと、
ご自分の本来の居場所に気がつかれるのでしょう。
ああ、私(セラピスト)を越えられたな、と感じる瞬間があります。

私のお仕事って、
鮎の川上りのお手伝いみたいなもので・・・
堰のところでちょっと滞っている方々を
ちょっとだけ助けて堰を越していただくことなのかもしれません~

私はずっと川のその場所にいて、移動しないんです。
成長もせず、ただそこで見張っていて
落ちてきた鮎さんをひょいひょいっとすくっては、上に上げてあげる。
そして、元気になって旅を続けるみなさんの後ろ姿を見て、喜ぶの。

これは、本当にいいお仕事だと思います。
この力と貢献の機会とを私に与えていただけたことに
心から感謝します。


ライフスタイル分析以外にも、パセージ・プラスを、
おかげさまで今年は2コースさせていただきました。
やっぱり私はパセージ・プラスが大好きなので、
来年もまたどこかでご縁がありますように(^人^)

またこのところ、パセージ開催のご依頼をいただくこともありまして
(まだ実現していませんが)
実は私、長年パセージを開いていませんし
自助グループも1年前にやめてしまいましたので

これはいかんな、と思いまして。

1月から某所で
パセージのサブリーダー研修を受けることに決めました。

・・・「なんて下手くそなの?不合格!」って言われたらどうしましょう?
そんなことにならないよう
これからみっちり予習復習いたします。

というわけで、来年もアドラー心理学のお勉強、忙しくなりそうです!


TIBETAN BUDDHISM

チベット語に関しては

2011年12月から4年にわたって手とり足取り教えてくださったM先生が、
第2子のお目出度のため
残念ながらレッスンを続けるのはご無理ということになりました。
チベット語のあいうえおから、ここまで読めるようにしていただいて、
本当に感謝しています。

ラサ語の発音をスパルタ特訓してくださったR先生も
今は連絡がつかず、

しばらく休憩かなと思っていたら
なんとお友だちが、早速次の先生を見つけてきてくださいました。

すでに先日から、新しい先生とのレッスンが始まっています。
新しいW先生は、あまりチベット人気質じゃなくてきちんとしておられるので(笑)
ちゃんと予習していかないとたいへん困ったことになるということが、
初回のレッスンで判明しました。

なので、来年も細々と
チベット語の勉強を続けていくでありましょう。

しかしいかなるご縁なんでしょうねぇ?
チベット語に関しては、めっちゃいい加減なのに
次々と学ぶ機会がやってくるというのは・・・。


今までのレッスンで学んだノートを総動員して
J先生にお伝えし、
先生に「三十七の菩薩行」の韻文和訳を完成していただけたのは
今年、私にとってもたいへん嬉しかったことの1つです。

私のゆるゆるとしたお勉強も
少しはお役に立てていただけたわけで・・・(^^)v

ちなみにJ先生のこの和訳はホントに素晴らしいもので
後世に残る菩薩行だと確信しています。
夢中になって読んでいると、鳥肌がたちますし、
チベット語原文と韻文のリズムがぴったり合っているので
日本語から原文が浮かんでくるほどです。

ありがたいありがたい。


過去にここにも書きましたが
仏さまに見守られているという感覚は
今年6月と秋とに、ピークに達しました。

J先生のお母さまが亡くなられた直後に
ガルチェン・リンポチェとお会いするためシンガポールへ飛びました。
これだけでも滑り込みギリギリのタイミングでしたが、
その上に私はお母さまのお葬式後の夕方に、
M先生にお会いして完成したタンカを受け取り、
それを持って行って、リンポチェのご加持をいただくことができたのです。

お母さまのご寿命、
M先生のタンカ制作の進み具合、
1年以上前から決まっているリンポチェのスケジュール、など
いろんな大きさのいろんな歯車が、
J先生がリンポチェにお母さまのご供養をお願いし
私がリンポチェにタンカへのお加持をお願いした
シンガポールのお寺のあの一室での15分間に、ぴったり噛み合いました。

稀有なり世尊・・・

ものごとの流れは、私たち衆生には分からない大きなところで決まっています。
これをダルマと呼ぶのかもしれませんが、
そこには、絶対的な「善意」が存在しています。
別の言い方をすれば、
それは「観音さまに守っていただいている」ことだといえます。

同じようなことが、引っ越しを巡っても起こっておりまして

神戸の家を私が出るという方向で、兄と話をしたのが8月。
9月に転居先は決まったものの母を置いていくのが難しく、
それでもいいからと兄が言うので
引っ越し日を先に決めてしまいました。

そうしたら10月25日に施設の部屋に空きがでて、
10月30日に母が入所。
私は11月5日に引っ越すことができたのでした。

神懸かり?
いえむしろ、
いつもずっと見守っていただいているのに
私たちの方が、なかなか気がつかないだけなのでしょう。
気をつけていれば、この世はかなり奇跡的なのかもしれません。。。



さて今年もあと数時間です。

来年は、親族みなが息災でありますように。
一切衆生のために私の力を使えますように。
日々散乱することなく仏さまとともに暮らせますように。

今年一年お世話になり、どうもありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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# by prem_ayako | 2015-12-31 17:17 | others | Comments(2)

ギリシア悲劇

春の秘訣講座で心理劇の練習をさせていただきました。
そのときのことはここに書きましたがが、
その後カウンセリングの中で何度か
サイコドラマを使ってみました。

ところがですね、
ある程度こなせるんですけど、
なんといいますか、「ドラマ」になっていない・・・ のです。
手順を追って解決までいくのに精一杯で
ちっともおもしろくない!
と自分で思うのです。。。Orz

これじゃ、ロールプレイを大がかりにしただけじゃん。
サイコドラマって、もっとこう、ぐっと情緒に訴えかけてくるものでしょ。
でないと、威力がないもの。

・・・そうなんです。
これは違うよね、ということろまでは自分でも分かるんですけど、
ではどうやったら正しいものにになるのか、それが分かりませぬ。

などとぶつぶつ言っていたら、
大きなJ先生がヒントをくださいました。
「君はギリシア劇を読んだことある? 読んでみたら?」

ほ。ギリシア劇?

素直な私は、さっそく検索して
『ギリシア劇集 田中美知太郎編』という古本を
800円で手に入れました。
有名なアガメムノン、オイディプス、メーディア等の悲劇8編と
喜劇4編と、全部で12編が収められています。

そしてさっそく読み始めたのですが、これが面白くて面白くて。
夢中になって、暖房のきいた床にぺたんと座り込んで、どんどん読んでおります。
(これで800円は安い!)

で、とりあえず悲劇8本を読み終えましたので、
サイコドラマとの関係について考えたことを少しまとめておきます。

【主訴】

ギリシア悲劇は、なにはともあれ
「悪いあなた、可哀相な私」で話が始まります!

共同体感覚ゼロです(笑)
思い切りタテ関係です。

どのお話も
運命の酷さを呪ったり
極悪非道な仇を口をきわめて罵ったり

こんなにも私は耐え忍んでいるのに
なんでこんなにも惨めな状況なの?!
それはあの人が悪いからよっ!!
というモノローグから、たいていは始まります。

いつも、とことん嘆くか怒るかしています。
なかなかすごいです。
まぁこれがないと話にならないんでしょうけど。

つまり・・・主人公がもしアドラー心理学を知っておれば
話は始まらないんですよね。

主人公は感情を制御せず
権力争いあるいは復讐に突っ走りますので
当然のことながらピンポンゲームあるいは復讐の連鎖となり
まわりも本人もさらに不幸になっていきます。
(そのへんの盛り上がりがドラマ)

だからこそ、
まず最初にクライエントさんの出された問題を
思いっきりおおげさに増幅してみせることで
ドラマが始まるのですね~

クライエントさんの問題を
客観的に、何が起こっているか俯瞰して見ること。
それをカリカチュアライズして示して見せること。。。
ここをつかむのが大事なんだなって思いました。


【技法】

ギリシア劇に独特の技法としてコロス(コーラス)というものがあります。

たとえば「オイディプス王」では、
オイディプスや預言者やイオカステなどの役者の他に、
テバイの長老たちからなる合唱隊(コロス)というものがつきます。

物語の進行役は、
このコロスかもしれません。

各々の登場人物は、それぞれ自分の考えに捕らわれて
勝手なことを語りますが

コロスは全体を外から眺めて
ときに、登場人物が語らない過去のいわれや伝承を唱います。

当時のコモンセンスからみて、この出来事は善なのか悪なのか
作者はどういう立ち位置にいるのか
登場人物は気の毒なのか愚かなのか
あるいはやむを得ないことなのか、
そういうこと全て、コロスが語ってくれます。

コロスによって、今起こっている出来事が
全体の中で何を意味するものなのかが、明らかになるのです。

役者同士の緊迫した対話や独白。
無駄のないこれら台詞の力もすごいのですが

その合間合間にはさまれるコロスが
役者の行為や感情への客観的なコメントとなっていて、
とてもおもしろいと思いました。

2500年前の物語がこうやって今に残っているのもすごいですけれど、
ドラマというものの基本の骨格は、まさにギリシア悲劇にあるんだ~
ということが分かりました!


【結末】

ギリシア悲劇には、平等の位置の結末がありません。
必ず犠牲が出ます(>_<)
それもかなり血みどろです。

ギリシアの神々はときに人間をたいへん惨い目にあわせますし
他の部族の神々に対しても、たいへん競合的です。

むかぁしむかし、たまたまテレビで
「クナウカ」という日本の劇団が「アンチゴネ」を上演していたのを見ました。
ものすごくおもしろかったのですが、
あまりのおどろおどろしさに
しばらくうなされました(泣)

蜷川幸雄さんもギリシア悲劇がお好きみたいですが、
むかし、何かの舞台写真を一度見まして
その衝撃に、今でもその画を忘れられません・・・
いやもう、恐くて、とても舞台など観に行けません。
(視覚型だからでしょうか、映画でも刺激の強いものを見ると
 映像が蘇って夜寝られないことが多いのです。子どもか!)

字で読むだけで、はい、じゅうぶん恐いです~

・・・・・・・
で2500年たって現代の私たちは
ここから少し成長していなくてはなりません。

アドレリアン・サイコドラマと呼ぶに値するものは、
ギリシア悲劇を越えるもの
ギリシア悲劇を否定するものでなくてはならないと思います。
私たちは競合的な結末を、
幸せな平等の物語に書き換えなくてはなりません!

が、これはこれで、また別の修業が必要です(^_^;)

結局は、暮らしの中で「平等であること」を学んでいくのが
キモなんですね~


ともあれ、800円の古本でずいぶん勉強できました。
さんくすあらっと。
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# by prem_ayako | 2015-12-22 21:35 | psychology | Comments(1)

Drupwang Rinpoche

6月にシンガポールで出会った Evelyn 夫妻と
この日曜日、大阪で再会しました。

旦那さまの Dr.Lee は、病院経営者でもある内科のお医者さま。
Evelyn は、大学で日本語を専攻した日本びいきです。
親戚たち9名(!)のグループで
2週間の日本旅行を楽しんでいるんだそうで、

来日してすぐに和歌山、串本、伊賀の忍者屋敷を巡り、
この日の昼間は京都の清水寺を訪れて、
翌日からは広島に行くんだとか。
その後、名古屋にも東京にも。
Crazy~~~(^_^;)

お豆腐料理を食べながらいろいろお喋りしましたが、
私にとって、この日いちばんの収穫・・・というか、
karmic bond(前世の因縁?)を感じたのは

ドゥプワン・コンチョク・ノルブ・リンポチェ(Drupwang Konchok Norbu Rinpoche)のお話です。

ドゥプワン・リンポチェは、ディクン・カギュの高僧でいらっしゃいますが
ただの高僧ではなくて、まごうことなき siddha(成就者)であられます。

b0253075_1194165.jpg頭の上に巻いた髪は、お籠もりの印・・・
何年も何年も山奥の洞窟などに籠もって
修業をされた証しです。

お写真を拝見するだけで、
私などはもう、ゾクゾクしてしまうのです。
(大きなJ先生の表現では、
 fell in love しているという・・・)

この方には、いつも小鳥が寄ってくるとか
重たい石のマニ車を手を触れずに回されたとか
岩に足跡をつけられたとか
いろんな逸話が伝えられています。

ダライ・ラマ猊下のことを大好きで
また猊下もリンポチェをとても頼りにされていて
「まだあっちへ行ったらあかんぞ」と何度も
お引き留めになられました。
それで、ご自分のおつもりよりも
少し、長生きをしておられたのです。


そしてここからが、この日 Dr.Lee から伺ったお話です。

ドゥプワン・リンポチェはシンガポールで
何度かマニ・リトリートを開いておられました。
2007年12月のクリスマス前、
シンガポールの空港に降り立ったリンポチェは
すでに相当、具合が悪くなっておいででした。

すぐに、市内のディクン・カギュのセンターに運ばれて、
センターの一番近所に住んでいたお医者さんが呼ばれました。
その医者が、Dr.Lee のお友だちだったのです。

リンポチェの状態は、もうとてもお悪くて
意識不明になられました。
お医者さんは、すぐに救急措置を施さなければなりませんでした。

病歴など全く分からないまま、
近所に住んでいるからというだけで
海外から着いたばかりのチベット僧に
いきなりの心臓マッサージ。

それでもベストを尽くされたのですが
その甲斐むなしく・・・リンポチェは遷化してしまわれました。
86歳だったということです。
ガルチェン・リンポチェはじめ、多くのディクン・カギュの高僧方が
その後移された病院に、続々と集まってこられたといいます。


そのお医者さんは、仏教信者でもなんでもなかったのですが、
ご自分の初期治療が悪かったためにリンポチェを救えなかったのではないかと
とても心苦しく思われたそうです。
そしてディクン・カギュの信者になりました。

それからわずか2年後、
まだ若いそのお医者さんが
末期癌であることが分かりました。

Dr.Lee を含む友だちや同僚の方々は
彼のベッドを取り囲み、
みんなでオンマニペメフンを唱えて彼を看取りました。
誰もディクン・カギュではありません。
ただ、死んでいくその彼が望むので、
小乗仏教(テーラバーダ)の友だちも、彼に聞こえるようにマニを唱え、
クリスチャンの友だちも、彼の目の前に観音菩薩の絵をかかげて見せました。

彼は幸せそうに逝ったといいます。

Very touching story....

ドゥプワン・リンポチェがシンガポールに来て亡くなられたのは
この彼をディクン・カギュに帰依させ彼の魂を救うため
そのためだけだったのではないかしら?

というのが、Evelyn の意見です。


私は残念ながら、ドゥプワン・リンポチェにお会いしたことがありません。
YouTube の Yogis of Tibet でお姿を拝見しただけです。

このビデオにはディクン・カギュのリンポチェ方が大勢出演しておられて、
お若いガルチェン・リンポチェも、サーモグラフィーの実験に協力しておられます。
しかし、当時の私がもっとも強く惹かれたのは、
ガルチェン・リンポチェではなく
ドゥプワン・リンポチェでした。

あぁこのような方のお側にいたい・・・と感じていました。
(まぁ、ほぼ小鳥と同じレベルですね)
すでに亡くなっておられると知って、とても残念でした。

Evelyn に言わせると、それもまた karmic bond なのだそうです。
「だって私たちは3度も(マニ・リトリートで)お会いしたけれど
 ドゥプワン・リンポチェに fell in love しなかったもの」


今年6月、あれだけ多くの人のごった返すその中で
声をかけられ親しくなって
さらに半年後、日本で会う機会を得たこの人たちが、
実際にドゥプワン・リンポチェとまみえ、
深いご縁のあったお友だちのお話をしてくださるとは!

ほんとうに不思議なことです。
ほんとうに珍しいことです。



つい昨日もまた、
あるチベットがらみのお友だちが
ガルチェン・リンポチェの「ガンジス川のマハームードラ」のテキストを
送ってきてくれました。

マハームードラのテキストはインターネットにいくつか落ちていますが、
<ディクン・カギュの><ガルチェン・リンポチェの>テキストそのものは、
やはりネットでは手に入りません。
微妙に語尾や語順が異なっていることがあるので
私としては、ぜひ<リンポチェの>ものをコピーして
ゆっくりと勉強していきたいと思い、お願いしてみたのです。

なんとありがたいことに!
彼女は貴重なご自分の冊子を、そのまま送ってきてくださいました。
彼女の為された福徳に随喜いたします。


小さな縁が、確実に何かを紡いでいっている・・・
私はこうして少しずつ
何かの糸をたどっていっている・・・
なんだかそんな気がしています。

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# by prem_ayako | 2015-12-16 11:27 | tibet | Comments(0)

神戸は美味しい

先週末は、神戸へ基礎講座理論編のお手伝いに行きました。

会場を予約した時点(7月ごろ)では
大きなJ先生は大阪に住んでおられたし
もちろん私もまだまだ神戸にいるつもりでしたので
神戸の会場が便利よねっと思っていました。

でも突然年内に引っ越してしまったので、
自然の結末により、大津から神戸まで
早起きして通わねばならないことになりました(-_-;)


おおかたの読者の期待をうらぎるのではないかと怖れておりますが
今日はアドラー心理学のお勉強のお話ではなく
(あ、いつものことか・・・)

やっぱり神戸はおいしいお店が多いわ~
という
神戸グルメ情報をご提供したいと思います。
誰にも求められておりませんが(^^;)


神戸といえばケーキ屋さんですよね~♪
中でも、抜群に美味しいケーキ屋さんを見つけました!
ブランジェリー・コムシノワ

むかしむかし・・・といっても結婚した後ですが、
お正月や息子の小学校入学のお祝いなど、特別な日に、
両親がこのお店を予約してくれて、よくご馳走になりました。
そのころはケーキ屋さんじゃなくて
南京町にある小さなフランス料理屋さん「コムシノワ」だったのです!

理論編の会場から少し歩いたところに
ほんとに偶然このお店の看板を見つけて、
コムシノワといえば・・・!と記憶が蘇り、
「ここだったら絶対においしいから!」と、
しばらく席が空くのを待って
その上、半ば強制的に、先生やお友だちにも
ケーキを食べるように勧めたのでした。

私は洋なしのタルトを食べたんですけど
キンキンに冷えたお皿にのってきた、そのタルトのおいしいこと!
クリームが全然違うわ~(うっとり)
軽くて、あっさりしていて、
まるで何も食べていないようです!(そんなはずはないが)
口の中にただおいしさだけが残る、そんな感じ~

大阪にもおいしいケーキ屋さんはたくさんあります。
もっとずっとお高い有名店でいただいたこともありますけど
ケーキに関しては、やっぱり神戸のが私の口には合うようです・・・

死ぬ前に「け、け、ケーキを食べたい」ともし言ったとしたら
誰かここのを買ってきて(笑)

先生もお友だちも満足してくださったようで、良かったです♪


そしてもう一軒、
トアロード・デリカテッセン

実は私、朝の受付のお仕事を済ませてから
受講生のみなさんが一生懸命お勉強なさっている間に・・・
いろいろ神戸での用事を片付けるべく
こっそり?外出させていただきました。

父に会いに施設に行ったり
孫っちくんたちのクリスマスプレゼントを物色したり
などのためです(^_^;)

それでひとりでランチもしたんですけど
デリカテッセン2階のサンドイッチハウスに初めて入りました。

1階のお店はむかしからよく来ていて、
手土産用にやらお正月用にやら、まとめ買いをしたものです。

私のコールドミート好きは、このお店の味がルーツかもしれない
というぐらい、
ここのスモークサーモンやパテは美味しいのですよ!

サンドイッチでは多いかなと思ってランチプレートにしたんですけど、
1080円でこんなにボリュームがありました。

b0253075_1621167.jpg
パンはあつあつのふわふわ(^^)
ハム各種にチーズ、ローストビーフ、
サラダには私の大好きなスモークサーモンがのっかっていました(^o^)

ここも、誰かを誘ってまた行く価値がありますね~
ただ12月は
サンドイッチハウスの方はお休みのようです。
1階の店舗が忙しくて手一杯なんでしょう。


トアロードにはお洒落なお店が多くて
以前書いたことのあるラクシュミという紅茶専門店も、
デリカテッセンから少し北に上がったところにあります。
ここで、お気に入りの「はちみつ紅茶」を買うこともできました。


こうすけとしゅんすけには
Perzyというウィーンのメーカーのスノードームを買いました。
スノードームが欲しいとリクエストをもらっていたのです。

あれこれ迷ったあげく、
こうすけには森の中のおうち、
しゅんすけには雪だるまさんを選びました。

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美味しくて充実した楽しい週末でした。
さて2週間後の理論編後半ではどこへ行って遊ぼう?
違うか・・・(^_^;)
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# by prem_ayako | 2015-12-03 20:48 | others | Comments(0)

レインブーツ

子どもが小さい頃は、
幼稚園の送り迎えとか学校行事とかいろいろあったので
それなりにレインブーツや
雨の日用のパンプスを持っていました。

でも、古くなったし
雨の日に絶対出かけなきゃいけない機会も減ったので、
いつしかさよならしました。

それ以降、
まぁ毎日通勤するわけでもなし
ずっと町中に住んでるわけだし
レインシューズがなくても、なんとかしのいできました。

昨年末、スピリチュアル・ワークで雪の丹後半島を訪れる機会があって
急遽「ふつうのズック靴に見えるけど、実はゴム引きのレインシューズ」
ってものを買ってみました。

かわいいデザインで
丹後半島でもとっても役だったし
その後も重宝してるんですけど

ただ、丈が短くて足首まわりが広いので
ひどい雨だと、上から雨が入ってきてしまいます。

それにちょっとサイズが大きくて、少し重たくもあり、長く歩くと疲れます。


舗装道路しか歩かないような生活を長くやっていますけど、
コンクリートの道といえど、これでなかなか・・・
まったく平坦な道というものはない、ということが、
雨の日にはよく分かります。

最近は長いめのレインブーツがはやりなのか
少しの雨でも長いブーツを履いている人が多いですね。
むしろ車で移動しない街中でこそ、レインブーツが必要なのかも。
しっかりした雨靴を履いている人を見かけると
あ~あの人は足が濡れなくていいなあ~とうらやましく思います。

うっかりミネトンカなんか履いて出ちゃった日にはもう、
水たまりに足を突っ込まないよう、全神経を集中して歩かねばなりませぬ。
日が暮れてからの黒く光る水たまりに
つい入ってしまったときの敗北感といったら・・・(大げさ?)

はい、足もとが濡れるの、大っ嫌い!!なんですぅ。


大津に越してきて
やっぱり、ちゃんとしたレインブーツを買おう!と思いました。

なんででしょうかね、
そばに川があると
雨の日の「雨感」がハンパない気がします・・・(意味不明)

ともかく
今回は妥協しないぞ!
履きやすい、足の濡れない、
私の足にぴったりあった、
しかもお洒落なレインブーツを買うのだ!
という覚悟で
梅田あたりであれこれ見ましたが

どれもなんだかゴツすぎて
しっかりしているけれど、たいがい重たいのです・・・
下駄箱で場所をとりそうだし。

なかなか、これ!というものが見つかりません。

あ~またレインブーツを買わないまま今年も暮れてゆくのかなぁ
・・・なんてあきらめかけていたある晩、
なにげにインターネットを見ていて目に飛び込んできたのが、
日本野鳥の会の「バードウォッチング長靴」というものでした。

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即買いました(^o^)

この、機能的なデザインがいいよね。
とても軽くて
足の部分はしっかりしているんですが、
足首から上はとても柔らかくて
くしゃくしゃっとたたんで長さを調節できます。
ブーツインもできるし
ぎゅっと絞ることもできる。
しかもたたんで持ち運ぶための袋までついている!

色は迷ったあげく、ネイビーにしました。
昨夜、届きました。
うふふ(^o^)


なんとなく、「日本野鳥の会オリジナル」ってところも
私のツボだったみたいです(笑)

このところ毎朝、双眼鏡で水鳥さんを見ているのですが、
「水辺の鳥」などの図鑑で調べてみるに、
小ガモさん、
カイツブリさん、
そしてたぶん、ハシビロガモさん
たちがうちの前に来ているようです。
あ、それとユリカモメさんも。

本格的にバードウォッチングをする予定はないですけど
でもこの長靴があれば、濡れた草地でもどんどん歩けると思います。
いやいや、しませんよ、そんなアウトドアなこと。
・・・でもできますよね(^^)
そう思うだけでなんだか楽しいのでした。
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# by prem_ayako | 2015-11-30 11:16 | others | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako