アードラーの夢

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灌頂のお手伝い

さてどのお話から始めましょうか。。。

チベット仏教の瞑想法のひとつ、
成就法(サーダナ)の前には、いつも灌頂があります。
灌頂は密教の大切な儀式です。
今回は、2週目に観音菩薩とターラー菩薩の成就法を学ぶので、
灌頂も授けていただきます。

私自身、いろんなところで何度か灌頂を受けましたが
リンポチェ方にはたいてい、お手伝いの随行の僧がついてこられますし
昨年秋おひとりで来日されたアヤン・リンポチェも
ご法話のときはおひとりでも、
やはり灌頂の際には、もと僧侶のラマ・ウゲンがお手伝いをしておられました。

ですから
どなたかしかるべき方にお手伝いしていただかなくてはと思っていました。
実は心当たりの方にお願いをしたのですが、
残念ながら無理だったのです。

ドルズィン・リンポチェご自身は、
全くかまわない、自分ひとりでするから気にするな、と言ってくださるのですが、
本当にどうなることかとひやひやしながら当日を迎えました。


ご法話の際の祭壇のしつらえにしたって、
いろんな方のご協力で布だけはなんとか3枚調達していましたが、
あとは初日にリンポチェにご指示いただいて、
あれこれ配置してどうにか格好をつけたのです。

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灌頂となるとさらに、リンポチェご持参の
何に使うのか謎な金属製の法具たちが
たくさん別のテーブルに並びます。

今まではただ灌頂を受けるだけでしたから
儀軌の進行次第も法具の配置も、全く意識していませんでした。
いざ主催者側に立った今、何もイメージできないのでした。
とにかく、その場で言われた通りにするしかないのです・・・

前日の夕方、明日持ってくるようにとリンポチェに言われたのは
 果物
 ビスケット
 小さなお皿
 きれいな水(サフランなどを入れて黄色くした水)
 割り箸
 セロテープ
 水差し
 口をゆすいだ水を吐き出す器
などなどでした。

(実は後でまだ増えました。100%ジュース2種類とか、白い布とか。
 ・・・謎でしょ?)
何に使うのかよく分からないと、揃えるのも難しいものです(/_;)
できるだけ早くに帰宅して家捜しして、
ともかく持って行きました。

朝10時前に会場に集合して
机を移動し、いつものように祭壇を作り、
おいでになったリンポチェのご指示に従っていたところ、
「小皿は3枚必要だ」と言われまして(*_*)
あら~てっきり1枚だと思っていましたわ!
枚数を確認していなかった~っ

でも慌てていると、
Nさまが走って、ホテルのレストランで借りてきてくださいました(T_T)

また、家にあったサフランは古かったのでクチナシの実を持っていったのですが、
冷たい水を黄色く染めるのはあまりうまくいかず・・・
でもこれも、通訳のWさんが念のためにサフランを買ってくださっていたので
助かりましたm(_ _)m

なんかもう、ギリギリのところで切り抜けている感じです。
(結局、毎日毎日、最後までこうだったんですが・・・)

ようやくサフランで染めた黄色い水が出来上がり、
2つの壷にそれを満たして、祭壇に並べます。

一度目は壺に入れた水の量が少なすぎるとダメ出しされ、
そうかといって満タンにすると運ぶときに口から水がこぼれ、
まったくもって大変でした(汗)

じっとご覧でお待ちになっていたリンポチェからすれば、
大勢であたふたと、さぞや不手際で不細工だったことでしょう!

準備がすべて整うと、
リンポチェは1時間半ほど瞑想に入られ

その後お昼をはさんで
灌頂が始まったのは午後1時からでした。

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リンポチェは印を結び、真言を唱え、鈴やダマルを鳴らされます。
ときどき通訳のWさんに指示を出されます。
チベット語がわかるのはWさんだけですから
申し訳ないけどお任せするしかないな~と見ていたら、

そのうちに私も呼ばれ、
Wさんと一緒に、みなさんの手のひらに
お清めの水を注ぐ役をおおせつかりました
うまく適量を注げなくて、
注ぎすぎてテキストを汚してしまった方、本当にごめんなさい!!
懺悔しますm(_ _)m

こういうことに使うと分かっていたら、
もっと注ぎやすい水差しを考えたのですが・・・後の祭り。

また、果物とビスケットを少しずつ載せた例の小皿を
折々に、外に施餓鬼に持って出るというお仕事もありました。
最初はWさんがしてくださっていたのですが、
通訳のお仕事があるので
「アヤ」と呼ばれて私も何度かさせていただきました。

結局小皿は3枚どころか、5、6枚も使われたように思います(^^;)
リンポチェは私を見て、それから小皿を見て
ひとこと「offer」と言われるので、
たぶんこう?と思いながら外に持って行って、
琵琶湖畔の公園の、適当な木の根本に置きました。
そして少しだけおんまにぺめふんを唱えて
また会場に戻る、を繰り返しました。

あるいは祭壇の壺を
リンポチェの前のテーブルに移動させたときもありました。
ひとこと「ブンパ」と言われるので、
乏しいチベット語の知識から
「ブンパは確か壷よね」ってゲッシングして、動きます。
間違うと、「それじゃなくてこっちの壺だ」って身振りをされます。

なんといいますか、もう、究極的に阿吽の呼吸ですね。。。
いや~修業になりました。


しかし在家で未熟なこんな私が
灌頂のお手伝いをさせていただくなんて、
ほんとによかったんでしょうか?

よかったんだとすれば、
これはなんという福縁でしょう!
過去生の善業の果を使いきってしまったんじゃないでしょうか~

そのときは夢中でただ動いていたのですが、
今になって、はい。
これは、本当に
ありがたい機会をいただいていたのだ、としみじみと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2017-03-30 16:42 | tibet | Comments(0)

吉祥の日々

ドルズィン・リンポチェは3月28日朝の飛行機で発たれ
シンガポールに無事お帰りになりました。
まずはこの2週間のもろもろの福縁に随喜したいと思います。

大きなJ先生にしても私にしても、このような法会を営むのは初めてで、
参加のみなさんにはたくさんのご迷惑をおかけしたことと思います。
にもかかわらず、みなさんに多大なご協力をいただきました。
それなしには、とてもとても無事に終えることはできなかったです。

毎日の会場設営と片付けは居合わせたみなさんが手際よく進めてくださいました。
ゴミは会場のホテルに泊まっているみなさんが、手分けしてお部屋に持って帰ってくださいました。
大きなお花や割れ物も、毎日誰かがお部屋で預かってくださいました。
さまざまな荷物は毎日、○さんが台車で運んでくださいました。

リンポチェとみなさんにお出しするお茶は、通訳のWさんが毎日作って持ってきてくださいました。
そのお茶を配ったり、お供えのお菓子や果物を分けたりなど、
水屋のお仕事はAちゃんとSちゃんが中心になってくださいました。
足りないものがあったら、気づいた方が隣のホームセンターまで買いに走ってくださいました。
お弁当がらの処理も、みなさんそれぞれが気を配ってくださいました。

とてもとても、とてもとても助かりました(T_T)
本当にありがとうございました。
次回の法会からはもっとスムーズにことを運べるよう、今回の反省点を生かしたいと思います。


私は、J先生とともに、毎日毎日をリンポチェと過ごしました。
3月14日に来日されて
15日・16日は午後からご法話。
17日から20日まで4日連続の前行講座。
1日オフ日をはさんで(お昼をご一緒)
22日午前はご法話の続き、午後は瞑想講座。
23・24日は観音菩薩の灌頂と成就法。
25・26日は白ターラー菩薩の灌頂と成就法。
そして27日はオフで(京都ツアー・J先生は本業のお仕事のため欠席)
28日に離日。

満月の日においでになり新月の日に帰られた
この吉祥なる日々。

リンポチェとご一緒でいることが
もう当たり前のようになってしまっていたので
いま、喪失感がハンパないです。

27日の晩、ホテルのレストランで夕食後に
リンポチェの後ろ姿に向かって、
Ah, Rinpoche, I will miss you.
と呟いたら振り向かれ、
歩きながら
You can call me. You can also send message to me.
You can ask questions about things I taught and we can discuss on them.
And maybe you will learn Tibetan and I will learn Japanese also....
と淡々と話されました。

なんてお優しいんでしょう(泣)

本来ならばご一緒に並んで歩くなんてできないような方なのに。


ほんとうにいろんなことが起こったので、
まだまとめることができないのですが
思いつくまま書き留めてみようと思います。
よろしければお付き合いくださいませ。
 
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# by prem_ayako | 2017-03-30 15:48 | tibet | Comments(0)

丹後の雪

1月後半から、毎週、
丹後に通ってパセージをやっています。

なんでこんな寒い時期に?と思わないでもなかったんですが
「冬がいいんです!冬は、みんなお勉強意欲が湧くんですぅ」
と、お世話役さんがアレンジしてくださいました。
たしかに気候のよい時は、お母さんも子どもたちも、
他のイベントがいろいろとありそうですものね。

おかげさまで、若いお母さんが10人も集まってくださって
とても楽しいパセージをさせていただいております。
子どもさんの最高年齢は、なんと6歳!
まだ小学校にも上がっていないんです。
事例がかわいくって、すっかりおばあちゃん目線でリーダーやってます(^o^)


それはそれとして、
京都から丹後の宮津まで、特急電車で2時間かかります。
私は窓からの景色を、毎週とっても楽しみにしているんです。

1月から3月。
季節はゆっくりと春に進みます。。。


京都駅を出た電車は、
大阪方面に向かういつもの進路をとらないで、
二条、太秦、嵐山へと北に向います。

嵐山の渓谷を抜け、トンネルをいくつか過ぎると
窓からの景色が一変します。
京都で青空が見えていたような日でも、亀岡に入ると
吹雪いていたり
冷たい霧が出ていたり
地面が凍っていたりで、
ああ~雪国に向かっているんだなぁと実感するのです。
(私、なんだか北へ向かう電車の景色が好きみたい・・・)

それから電車は、京都府北部の、園部、綾部、福知山へと走ります。
パセージ初日は、ここらあたりはず~っと雪景色でした。

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b0253075_20221971.jpg 福知山で、京丹後鉄道に乗り換えます。
 快速電車「あおまつ」という小さな列車で
 鬼退治で有名な大江山を越え
 天橋立の一つ手前の駅が、目的地の宮津です。

 京丹後鉄道はなかなかがんばっているようで
 私の乗る時間帯は、天橋立に向かう観光客でいつもいっぱいでした!
 1両の「あおまつ」も超かわいいけれど
 帰りに乗る「丹後の海」という2両編成の特急電車も
 内装が凝っていて、自由席にソファがあったりして、快適なのでした。


b0253075_2025968.jpg真冬に丹後に通うということで、
雪の影響だけを心配しておりました。
なにせ最終章の翌週からは
ドルズィン・リンポチェのリトリートが始まりますから、
もう何がなんでも予定どおりに開始して終了しなければなりませぬ。
大雪でも電車が動かなくても
ともかく延期はできないのです・・・

ところが、ほんとうにみなさまのおかげで
今のところ、毎週ずっとセーフでいけてます!

1月末の大雪も、やり過ごせましたが
すごかったのが先日の、何十年ぶりかの大雪。
第4章は案外あたたかい日で不思議に思っていたら、
翌日から、地元の方たちもびっくりするような大雪で警報発令。
数日間はどかどかと降り続いて、たいへんだったようなのです。

なんせ行く2日前になってもまだ、
「福知山から浜坂方面へのご旅行はお見合わせください」
なんて駅に出ていましたから・・・どうなることかと思いました。

でも第5章の日は、またもや晴天復活で
「あやこさん、晴れ女!」と称えていただきました(笑)
いえいえ、
メンバーみなさんの熱意のおかげです!


大雪の後、宮津の駅前には
巨大な雪のかたまりが積み上がっていましたし
雪を運ぶトラックを何台も見かけました。
あらゆるスペースに、雪かきした雪が積み上がっていました。
会場の駐車場も、なんとか雪を寄せて使えるようになっていたけれど
いつもの半分ほどの広さになっていました。

積もりたての雪はふかふかしていて軽いけれど
積み上げた雪が凍ってガチガチになってしまうと
すごく重たくて、とても雪かきなんてできない。
最終的にはつるはしじゃないと壊せないとか聞きました。

1日で2mも積もった雪が
これでも1/4ほどになったんですよ、という話。
溶けたんじゃなくて、水分が落ちて嵩が減ったというわけで、
そりゃあ固くて重たいです。

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たまに訪れるだけでは分からない毎日のたいへんさが
毎週通っているうちに、いろいろと見えてくるのでした。

たとえば雪の少ない土地からお嫁に来たお母さんたちは、
慣れない暮らしにどんなに心細く感じるだろうか、と思います。
だからこそ、この土地で
安心できるコミュニティを作っておられるお世話役さんの活動が
ほんとうに大切なんだなあと感じます。


5章の行き帰りは、そんな大雪の後の景色だったのですが
このあいだの6章のときは
畑がうっすら緑になっているのを見ました!

この前、あのガチガチにまっ白だった地面が
たった1週間で緑になっている!

なんだかめちゃくちゃ感動してしまいました。

福知山まではまったく雪がなかったのですが
大江まで来るとやっぱり雪が残っています。
でも、地面には小さな葉っぱが芽吹いてきているのです。

確実に、春は訪れるのですね~

雪国に住む方々の気持ちが少し分かる気がしました。


3月に入ったら、あと2章残すだけ。
もう大雪もないでしょう。
パセージのこの旅を、もう少し楽しみたいと思います♪

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# by prem_ayako | 2017-02-25 20:48 | travel | Comments(2)

天青色

b0253075_21545880.jpg先週、すばらしいものを見ました。

青磁の焼き物です。

大阪市立東洋陶磁美術館という素敵な施設が
北浜のクリニック近くにあり、
そこで今、「台北國立故宮博物院 北宋汝窯 青磁水仙盆」
という特別展が催されています。
青磁は好きなので、カウンセリングの合間に行ってみました。

前日にインターネットで調べたところ、
展示品数6・・・
ろ、ろく? それで入館料1200円?とビックリしたのです。

でも、行って良かったです!
水仙盆はたしかに6つだけでしたが、
他に「宋磁の美」特別展と
平常展「安宅コレクション中国陶磁・韓国陶磁」も同時開催だったので
しっかり見応えありました。

「人類史上最高のやきもの」という謳い文句の
「青磁無紋水仙盆」が、やっぱり凄かった!

雨上がりの空の色を「天青色(てんせいしょく)」というのだそうですが、
なんと表現すればいいのでしょう、この淡い色~
うす~い水色ですが、少し緑がかっているようにも見えます。
ふちの、釉薬のうすくなっているところは、かすかにピンク色です。
全体に透明な膜がかかっているような、宝石のような輝きです。

北宋の時代、この色あいの焼き物を作り出すために、
皇帝御用達の汝窯(じょよう)では釉薬に瑪瑙の粉末を入れていたそうです。
それでも、どれひとつとして同じ色は出ません。

天青色に焼き上がった器はとてもとても貴重で
なかでも「無紋」、
つまりほとんど貫入(細かい釉薬のひび割れ)の入らない器は
「神品」と呼ばれました。

b0253075_2157317.jpg今回出展された6つの水仙盆の中で無紋はひとつだけでしたが、
「人類史上最高のやきもの」とは、言いすぎではない!
と感じるぐらい、ほんとうに美しかったです。

水仙盆って何なんでしょうね?
実際に水仙を活けていたんだとか
犬のエサ入れだとか、
あるいはただ鑑賞するためのものだとか、諸説あるようです。

よく分からない形ですが、
後生大事にケースに陳列された水仙盆ばかり、
音声ガイドの蘊蓄を聞きながらじっくり眺めていると、
なんだかとてもバランスのとれた器に思えてくるから、不思議です(^_^;)


汝窯が天青色の青磁を生み出し頂点を極めた、その600年ほど後、
清の乾隆(けんりゅう)帝はこの無紋の器をこよなく愛し、
底部に自らの詩を彫り込ませ、
b0253075_2214822.jpg専用の台座を作り、中に自筆の書画を納めました。

この台座がまた凄いのです。
紫檀に細かく金で模様を描いているのですが、
あまりにも精緻で、木でできたものとは思えません。
ガラスケースがもどかしい・・・触ってみたかった。

乾隆帝の書画も、見る人が見れば凄いものなんでしょうが
無知なもんで良さがわかりませんでした(^^;)

さらに乾隆帝は、清の技術を結集させてレプリカまで作らせました。
このレプリカも出展されているので、じっくり見比べることができました。
同じ天青色、同じ形、
でも見比べると、無紋の宝石のような輝きはありません。
やはり神品というのは凄いものだと思いました。


水仙盆以外の展示品では、
金の釣窯の「澱青釉紫紅斑 杯」が素敵でした。
天青色に似たうすい水色の杯の内側に
釉の加減か、ピンクの羽のような色が何ヶ所か飛んでいるのです。

この器を見たとき、
・・・オタクな話ですが、
私の大好きな吉田健一の小説『金沢』にでてくる
ある印象的な器を連想しました。

吉田健一の書いたあの器は、きっとこんな器だわ!と。
文章の力によって私の頭の中に浮かんでいるその器は
家に帰って調べると、次のように描写されていました。


・・・「これは如何です、」と言った。それが宋の青磁であることは内山にも解った。そして青磁と言ってもその色がその名器毎に違っていると思った方がいいことも知っていたが、その湯呑みを少し大きくした位の形の器は淡水が深くなっている所の翡翠の色をしていて寧ろそういう水溜りがそこにある感じだった。それを手に取って見るとその底に紅が浮んでいた。そうとでも言う他なくて、それはその紅に水を染めるものが底に沈んでいるのでもよかったが何かがそこにあってその辺が黒に近い緑色でなくて紫に類する紅になっていることは確かだった。どうしてそのように黒ずんだ色調のものが合さってそれ程に明るいものに見えるのか。内山は自分が手に持っているのが青磁の碗とは思えなかった。併し重みがあるから土を焼いた碗であってその形式と約束でそこに別天地があった。


どうやら私が見た器よりも少し色が濃いようですけれど、
「紫に類する紅」が青磁に飛んでいる湯呑みという点は同じ。
吉田健一は「澱青釉紫紅斑 杯」をどこかで見て、
上のような宋の紫紅斑杯を創作したのかもしれないなぁ~
と、うれしくなったのでした。


さて台湾台北の故宮博物院というと、
私は2度も訪れ見学しているのですが、
水仙盆の記憶がありません。

それでも「台北の國立故宮博物院が誇る神品至宝」と謳っているのですから
見たのだろうなあ。

これも帰宅してから、故宮博物院のミュージアムショップで買った
「天工寶物」という本(日本語版)を探してみました。
残念ながら、水仙盆の写真はありませんでしたが、
汝窯については、詳しい記載がありました。


北宋の王朝はかつて「汝州に青磁の焼成を命ずる」、「不合格品のみ民間での使用を許可する」とされ、汝窯は御用窯としての性質を帯びていたため、今に伝わる作品は多くありません。釉色は晴れ渡った晴天の如く澄み切っており、青色を基調とした青磁の伝統を切り開きました。外観は優雅で洗練されており、落ち着いた静寂さが漂い、宋代の人々の風流な趣を具体的に表現したものと言えるでしょう。

汝窯の器は、きっと見ているのでしょうが
あまりにもいろいろ派手な宝物があったので、忘れちゃったのでしょうね。

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しかし宋の青磁、いいなあ~
(目だけは肥えていく・・・)


 
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2017-01-21 21:50 | others | Comments(0)

今年の雪

年があらたまってまだ半月ちょっとなのに
なんだか数ヶ月経ったような気がしています。
いろ~んなことがあったような気が。。。なんでやろ?

元旦は朝早くに起きてポワをしました。
私は私で自室でポワ、
大きなJ先生は先生で、別のお部屋で観音成就法。
わが家はあちこちからアヤシい修業の声が聞こえます(^^;)


2日は神戸の父の施設を訪ねました。
母と息子夫婦、娘一家、総勢10人!が大集合して、
父に息子の結婚式の写真など見せて楽しく過ごしました。

父ももう92歳ですから・・・
滋賀や鳥取やあちこちから、みんなが集まるのです。
あと何回? こんなふうに一緒にお正月を迎えられるんでしょうね。

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4日は野田家の新年会で、天王寺に中華料理を食べに行きました。
アドラー心理学やチベット仏教に興味をもって
協力を申し出てくださる方もおられて、とてもありがたいです。


7日から9日までは花巻へ、メルヘン・セラピーに行きました。
がんがん暖房を使わせていただきましたが、やっぱり冷えましたね。
雪は3日目の朝、
私にしたら「わ~積もってる~♪」ってテンション上がったのですが
地元の方にしたら「う~っすらね~」ってな感じだったみたいです。
・・・これが今年の雪の始まりでした。


今週からの大寒波で、
北海道も東北も甲信越も北陸も山陰も
えらい大雪でたいへんだと聞きます。

それに比べたら、ほんの「小雪」と言われそうですが
大津の雪もかなりのものでした!

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一昨年の11月に引っ越して以来、雪が積もったのは去年一度きり。
それも、朝は吹雪いてたけど、1日で溶けました。


今年の雪はねえ

まるでほんとの雪国でした。

朝8時前に家を出て京都に向かったのですけど、
当然、JRは遅れています。

さらさらのパウダースノーが強風にあおられて、
駅舎の屋根から煙のように落ちるのを見ました。
遅れて入ってくる快速電車も雪を巻き上げて
ちょうどそこに斜めに日が射しこんできて、
まるで映画の1シーンのようでした。
写真に撮りたかったけど、手袋を脱いでスマホを取り出す余裕がない
・・・ぐらい、寒かったデス。

b0253075_2143406.jpg京都もすごい雪でした。

だいたい神戸人や大阪人の常識では、
雪って積もっても昼には溶けるものなんですよ。
でもこの日の雪は、夕方になっても溶けませんでした!
むしろ、帰りもまた吹雪いて


翌16日も降ったり止んだりの雪で、
もはやパウダーでなくなった雪を踏んで駅に出て、
電車に乗って大阪に行ったら

青空が出ている~!
地面が乾いてる~!!

どうも境目は、山﨑の盆地を越えて高槻に入るあたりみたいです。
ここから大阪・神戸方面は、瀬戸内式気候。
ここから京都・滋賀・奈良にいくと、内陸性気候。
なんだろうな~
とぼんやり小学校で習ったことを思い出したのでした(^^)

で、大阪でふつうにお仕事して帰りの電車に乗り込んだら、
今度は、京都を越したら、急に自動ドアから入ってくる風が冷たくなって
大津でついに雪になりました Orz

はい。自宅近くは相変わらず雪もようでした。
2日も3日も雪が降るなんて、阪神間に住んでいた頃には考えられない事態です。
やっぱあっちは温暖だったんだなぁ~


b0253075_2211494.jpgこんなにきびしい(?)地域で暮らすようになってしまった(泣)
私の足を守ってくれるのは、
年末に買った The North Face のショートブーツです。
一目惚れして衝動買いしたら、
お正月に会った息子のお嫁さんも色違いを履いてました(笑)
撥水加工してあるウールで、中綿入りでめちゃくちゃ暖かいのです。
履くときにちょっと苦労するのですけどね・・・

それから、去年の夏に
家中の窓を二重サッシにしてもらったありがたさも
冬になってようやくわかりました!
暖房効率が全然ちがいます。
外気温がマイナスでも、結露しません。
降り積む雪や寒そうなカモさんたちの姿を、
ぬくぬくのお家の中から眺めることができるのは幸せデス。


ところで
明後日から、雪国、丹後でのパセージが始まります。
今のところ20cmほどの積雪だとか。
今年の冬は雪とご縁があるようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2017-01-17 22:02 | others | Comments(0)

赤い龍の谷

 ジクメは、父と2人で黒い湖のそばに住んでいた。母はジクメを生むとすぐに亡くなったので、父はこの湖の岸でヤクの乳を飲ませてジクメを育てた。ときおり夏に遊牧民がくる以外、野生の鹿や鳥、そして飼っている羊やヤクのほかに住むものはいない。

 ある春の夜、家の外で父を呼ぶ大きな声がした。聞き覚えのある声の男が表に来ていて、何か差し迫った話があるらしかった。「お願いだ・・・」「・・・だがあの子はまだ・・・」「でも娘が・・・」しばらくくぐもった話し声が続いて、最後に父が「わかった」と言うと、男の去って行く足音がした。

 家に戻った父はしばらく火を見つめていた。その間、ジクメは毛布の下で息をひそめて待っていた。おそろしいことが起こる予感がして、押さえようとしても身体が震えた。「ジクメ」とうとう父が言った。「起きているんだろう。こっちへおいで。」ジクメは毛布から這いだして、父の前に立った。「ジクメ」ジクメの両肩に手を置いて、父はもう一度名を呼んだ。「お前の名はジクメ。『恐れを知らぬ者』だ。この名をもつ者は、同じ年まわりの者が助けを求めたら、命を賭しても助けに行かねばならない。それは知っているな?」
 ジクメは口がカラカラに渇いて返事ができなかった。
「さっき来たのは牛飼いのノマだ。娘のデキが赤い龍にさらわれたという。デキはお前と同じ戌年の生まれだそうだ。わかるね?
「お前はまだ11歳だ。父さんはつらい。だが断ったら、お前は一生意気地なしと呼ばれる。それもつらかろう」
 ジクメはかろうじてうなずいた。
「では明日、夜明け前に発つんだ。赤い龍からデキを取り返してこい」

 夜明け、ジクメは言われたとおり身支度をして戸口にいた。父はノマから預かったデキの守り紐をジクメの腰にくくりつけた。「これがお前を導いてくれるはずだ。」かみしめ続けたジクメの唇はついに切れて、血の味がした。

 ジクメの家は黒い湖の西の山すそにあった。湖は四方を山に囲まれており、なだらかな斜面には牧草が豊かに育ち、さらに一帯をセンゲ川が潤している。南の聖なる山々は険しくて、岩肌に残る雪は、そのときどきでさまざまな動物に形を変えた。対岸の東の山の向こうには都があり、さらに向こうには父と母の故郷があると聞いていた。
 夜明けの湖は不気味な黒い鏡のようだった。昼間は透明に澄んでいる水も、今はとろりとぬめって、重たくまとわりつくように見えた。たくさんの水鳥が、まだまるくなって眠っていた。岸のジクメの足跡は、砂とともにさらさら崩れてゆく。風がジクメの背中を押したが、ジクメの足はのろかった。
 前に見える北の山は、ねじくれた灌木におおわれた低い山で、今はとげを生やした巨大な動物がうずくまっているように見えた。赤い龍は、あの山の向こうの谷に住むと言われている。だが、龍の実際の姿を見た者はいないし、一匹だけなのかたくさんいるのかもわからなかった。

 センゲ川を越えると湖から離れ、北の山が近づいてきた。と、ふもとの灌木の中で人影が動いた。「誰?」腰の短剣に手をやりジクメは叫んだ。振り向いて顔を出したのは見たことのない少年だった。長くのばした髪を頭の上で無造作に束ねている。木の実を摘んでいたのか、編んだかごを腰に結わえている。
「お前こそ何だ? そうカリカリするなよ。俺はドゥワン。ぼっとしてないでこの実を植えるのを手伝ってくれ」
「ドゥワン・・・。僕はジクメ。何を植えてるの?」
「天人の成る木さ」
「て、天人の成る木?」
「そうさ。この山の木はみんなそうだよ。みんなねじくれて背が低いだろ? 育った天人が上でらっぱを吹くからどうしてもこうなるんだよ」
「・・・」
「でも天人のためには、こういう山もいくつかは必要だよね。あれ? 知らなかったの? ずいぶん世間知らずだなあ」
「父さんは教えてくれなかったもの」ジクメは若者のかごをのぞいてみた。少し大きめのドングリに似た実がたくさん入っていた。
「あまり深く植えないでね。天人の翼が開きにくくなっちゃうから」
ドゥワンの指示に従って、ジクメは午後おそくまで実を植えるのを手伝った。

「ありがとう。ところでジクメはどこへ行くの?」
「僕は・・・この山の向こう」
「向こう?」
「赤い龍にとらわれたデキという女の子を助け出さなくちゃならないんだ」
「おや。そんな仕事があるんだ。ご苦労さま」
「仕事じゃないよ。ただ、しなきゃならないんだよ」
「だから仕事なんじゃないか」
「・・・そうなのかな」
「そうさ。じゃ足を止めて悪かったね」
「いいよ・・・どうせあんまりしたくない仕事だもの」
 ドゥワンは薄い色の目でジクメを見て言った。「でもしなきゃいけないんだろ? その子のために」
「・・・そうさ。だけど僕はその子の顔も知らないし、うまくいくかどうかも分からない」
 ドゥワンは急に目をきらきらさせて言った。「いい仕事だなあ! よし、手伝ってもらったお礼に、いっしょに行ってやるよ」
「え、ほんとに?」
「ああ! どうせ山のこっち側は植えつくしちまった。俺も新しい土地を開拓しないとな。行こうぜ!」

 2人は灌木の斜面を難なく登っていった。尾根まで上ると、ジクメが見たことのない景色が広がった。背後には、ジクメの見慣れた黒い湖とまわりの山々。目の前にあるのは、いくつもの谷と、重なりあったなだらかな山々で、その中にひとつ、とても奇妙な谷間があった。もう暮れかかっているのに、その一角だけは明るく輝いて眩しいばかりだった。たくさんの星をその谷間に集めて投げ捨てたようにも見えた。
「あれ何?」
「分からない・・・前にはなかったと思うんだけど、おかしいなあ」
 その一角は何かが絶えず蠢いているように見え、それは巨大なひとつの生き物が息づいていのか、あるいは小さな生き物が大勢で這い回っているのか、ここからでは分からなかった。
「あれ・・・ひょっとして赤い龍?」
「うーん、そうかも。そうでないかも。分からないなあ。ともかく朝になるまで待ってでかけようぜ」

 その晩はねじ曲がった天人の木の下で野宿した。朝は天人のらっぱの音に起こされたと何度もドゥワンは主張したが、残念ながらジクメには聞こえなかった。

 斜面の反対側を下り、昨夜見た奇妙な谷間に向かって歩いていくと、ひとつ小さな建物が見えてきた。それはヤクの糞を固めて作ったジクメの家とも、遊牧民のテントとも全く違った、灰色の四角い小屋のようだった。その小屋の壁の真っ黒の穴のような戸口から、カーキ色の服を着た人間が出てくるのが見えた。服の襟には赤い星の飾りがついていた。その男は口元に笑みを浮かべながら、ゆっくりと2人に向かって歩いてきて、近づくとジクメの知らない言葉で何か言った。「なんだって?」ジクメはドゥワンに尋ねた。ドゥワンは黙って男を見ている。男はまだ笑いながら、もう一度何か言った。「何?」ジクメが叫ぶと男はそのままの表情で腰のホルダーに右手をのばした。よく見ると左手にずっと握っているのは太い棍棒だった。

 轟音が響いた。足下の砂がえぐれた。

「逃げろ!」ジクメとドゥワンはやみくもに走った。走って走って息がきれてもまだ走って、もう大丈夫というところまで走って、疲れ切って止まった。すでに湖は見えず、天人の林も見えない。ふたりはどこかの山に迷い込んでしまったのだ。「だからこんな仕事したくなかったんだ!」ジクメはドゥワンの胸をつかんで泣いた。

 ドゥワンは呆けたようにジクメをかかえていたが、やがて身を離して聞いた。「怖いのかい?」
「そりゃそうさ!君は怖くないのか?」
「怖かったさ。というか、びっくりした。怖くなったのは、その後だ。でももう終わった」
「終わってない。もう二度と、あんな目にあいたくない!」
「でもさっきのは終わった」
 ジクメは少し考えてみた。「そうかもしれない。どっちみち、今ここにあいつはいない。・・・これからどうしよう」
「どうするかはもう決まってる。その子を助けに行くんだろ」
「でも」
「その仕事は、あいつがいてもいなくてもできるところまでやんなきゃなんないんだろ」
「・・・そうだ。でもどうやって」
「考えるさ。大事なのは、じっとしてても何も起こらないってことだ」
 ドゥワンは立ち上がって歩き出した。
「どっちへ行けばいいかわかるの?」ジクメが聞くと、「上だ。山の上に出たらまわりが見える」

 小高い頂に上ると、たしかにまわりの様子が分かった。2人はあの奇妙な谷間を見下ろすいちばん近い山に、裏側から上ってきたらしかった。急斜面の岩肌にはいくつも穴があいていたので、2人は手近な洞穴に入りこんで谷のようすを観察した。近くで見ると龍は、あの灰色の小屋の大きいのや小さいのが無限に連なっているようだった。小屋の間をカーキ色の服を着た人間が蠢いている。それがみな襟に星をつけ、口元に笑みをうかべて、棍棒を手に歩いているのだった。ジクメはぐったりと洞穴の壁にもたれかかって呟いた。「だめだ。あいつがいっぱいいる」

「そうでもないかもよ」
 誰もいないと思っていた暗い奥からいきなり声がしたので、2人は飛び上がった。
「あら、驚かせたかしら。でも実はあんたたちの方が私の家に侵入してるのよ」
 幾才ぐらいか、ぴったりとした派手なピンク色のワンピースを着た大柄な女が立っていた。ジクメはあわてて立ち上がった。「ごめんなさい!ここは・・・?」
 女は愛想良く答えた。「あんたのもたれてた壁ね、そこは私の大切な香水置き場。だいぶコレクションを倒してくれたようね」
 気がつくと、ジクメの父が作ってくれた皮の上着に、なんともいえない濃く甘いにおいがしみついていた。「くさっ」ドゥワンが鼻をおさえて叫んだ。
「失礼ね。ミツコって高いのよ。まあいいわ。さっきから聞いてたんだけど、あんたたち、あそこへ行きたいの?」
 2人は同時に答えた。「はいっ!」
「調子いいわね。そうね、あんたたちかわいいから、いいこと教えてあげる。あの町に入るにはちょっとしたコツがいるのよ。あんたたち、何を持ってる?」
「?」
「あの町に行かなくちゃいけないことを示す大切な何かよ」女はいらいらしたふうに繰り返した。
「町・・・って言うんですか、あれ」
「そうよ。なんだ何も持ってないの?」
「あの、こういうものだったら・・・」ジクメは腰からデキの守り紐を解いて女に見せた。
「あ、これでいいわ。ありがと。じゃぁ、よく聞いてね。町へ入るのは簡単なの。自分で考えなさい」
「えーっ!そんなのありですか!」2人は同時に叫んだ。「その紐とっといてその答えはないでしょう!」
「うるさいわね。じゃ、その棚にある瓶、どれでもひとつ持ってっていいわ」
 2人は顔を見合わせた。「おい、どうする」「いらねえよ、こんなくせえもの」「だけどいらないなんて言ったら、あのおばさん怒るよ」「今だってじゅうぶん怖いぜ」
「ちょっとあんたたち何ぶつぶつ言ってんの。早く1本もって出てってちょうだい!」
 ほら怒らせた・・・と、ジクメは手元にあったガラス瓶を1本ふところに突っ込んで、あわてて外に出た。

「あっ!」足を踏み出したところに地面はなくて、体が宙に浮いた。「ジクメ!」後ろでドゥワンの叫ぶのが聞こえた。ああ、終わりだ。あの龍の町の真ん中へ、たったひとりで落ちていく・・・。
「大丈夫」耳元で声がした。「私たちが支えててあげるわ。」薄い衣をまとった小さな手がいくつも、ジクメの体を下から支えている気がした。それとも耳元を切る風の音だったのか。いや、竜だ。故郷の南の山の残雪の、白い竜がジクメを乗せて、真っ青な空をどこまでも飛んでいくようだった。

 気がつくと、ジクメはさっきの山の斜面に横たわっていた。そばにドゥワンが座ってジクメを見守っていた。「けがはないね。ものすごく強い風にあおられて、この木の上にそろりと落ちたんだ。びっくりしたよ。ジクメは運がいいな」
「いや、そうじゃない」ジクメは首を振って起きあがった。「天人が助けてくれたんだ」
「あいつら、いい仕事するなぁ」ドゥワンは心からうれしそうに言った。「・・・でもお前まだくさいぜ」

 2人は下の町に入る作戦を練った。洞窟の女は入るのは簡単だと言ったが、カーキ色の人間が何を言っているのか、ジクメたちには分からない。
「適当に答えとこうぜ」
「分からないのに?」
「ああ。気にするから気になるんだよ」
「なるほどな・・・。あそこの門が入り口だな。人が出入りしてる」
「よし、あそこから堂々と入ろう。入ったらデキを探すんだ」

 2人は斜面を下り、服の埃をはらって町の門に向かった。入り口には、カーキ色の服を着た門番が2人立っていた。ジクメの胃はきゅっと縮まったけれど、ドゥワンの方は平気で歩いていく。右の門番が何か言ってきたが、ドゥワンはただ「ああ、いい天気だ」と答えて過ぎた。次はジクメだ。左の門番が声をかけてきたので、思い切って「そうさ!もちろん!」と答えてやった。何も起こらなかった。本当に難なく、2人は町に入ることができた。

 町の中央にひときわ大きな灰色の建物がある。デキがとらわれているとしたらそのあたりだろうと2人は見当をつけた。建物は4棟あって、殺風景な広場を囲んでおり、その広場の真ん中のベンチに、黒い髪をふたつのお下げにした女の子が座っていた。カーキ色の服の町の人の中で、チベット服の少女はとても目を引いた。「デキ?」
「そうよ。誰? 私に用?」
「君の父さんに言われて君を助けにきたのさ」
「私を? どうして? 私、そんなに困ってるのかしら」
「だって、君の父さんは君が赤い龍にさらわれたって言ったぜ」
「赤い龍? ああ、この町のことね。私、お乳をしぼって牛を追うだけの毎日が嫌になってここへ来たの」
「なんだって。君が自分でここへ来たってこと?」
「そうよ、退屈だったんだもの。ここはほら、きらきらしていて、私、山から眺めてあこがれていたの」
 ジクメとドゥワンは顔を見合わせた。「なんてこった」「デキ、ここはそんなにいいところかい?」
「・・・そうでもなかったわ。家はみんな同じつくりだし、道もみんな同じふう。どこがどこだかさっぱり分からないから、私、ずっとここに座っているしかないの。だって迷っちゃうんですもの。それにここにいる人たちも、みんな同じ服を着て同じ顔つきだから、区別がつかないの。牛の方がまだ分かるわ」
「デキ、センゲ川の谷に帰らない?」
「だって、帰ったらまた前と同じ暮らしでしょ。毎日お乳をしぼって牛を追うのよ。つまらないわ・・・」
「じゃあここにずっといるの? ここに座って?」
「そのうちに慣れるんじゃないかしら。そのうちに、私もここの人の言葉が分かるようになって、少しはましになるかもしれないわ。だってここは埃っぽくないし、獣の匂いはしないし・・・あら、でもあなたは山の人なのにいい匂いがするわね」とジクメの方を見た。
「ぼ、僕? そう?」横のドゥワンが必死で笑いをこらえている。
「ええ。甘くてとってもいい匂いよ」
「デキ、僕らといっしょに帰ろう」
「父さんは怒らないかしら?」
「僕から言ってあげるよ。君が困っていたんだって。君は新しいものに惹かれて古い生活を捨てた。でもそれはきらきらしているけど、ほんものじゃないってことに気がついた。それでいいんじゃないかい?」
 デキはジクメをまっすぐに見て言った。「あんたってやさしいのね」
「いい匂いだしね」ドゥワンが言ってこらえきれず吹き出した。

 3人は笑いながら手をつなぎ、灰色の広場を抜け、灰色の建物を出た。町の灰色の門が見えてきた。ところが、そこにはたったいま着いたばかりの灰色の馬と、カーキ色の服の男がいて、門番に何かを伝えているようだった。その男は振り向いてジクメとドゥワンを見つけ、指さして何か大声で叫んだ。男の右手がまた腰にのびた。ジクメの心は縮み上がった。「逃げろ!」

 3人は離ればなれにならないように固まって、灰色の道をどこまでも走った。すれ違う人間はみな3人を見ると声をあげ、棍棒を振り上げ追いかけてきた。追っ手の数はみるみるふくれ上がり、ついには道幅いっぱいに両側から迫ってきた。「さっきの庭へ!」ドゥワンが叫び、3人は見覚えのある横道から灰色の広場へ転がり込んだ。すぐに四方からカーキ色の人間が押し寄せ、3人はみる間に真ん中のベンチに追いつめられた。「もうだめだ」「あきらめるな」「怖い、助けてジクメ!」

 僕の名はジクメ。助けを求められたら、命を賭けても守る。「それが僕の仕事。」

 そのとき、ふところの冷たいガラス瓶が肌に当たった。洞窟で手に入れた瓶だ。とっさにジクメはベンチに上り、頭上高くにガラス瓶を掲げて叫んだ。「おおい! これが欲しいか!」カットガラスの瓶は夕日を反射してきらきら輝き、五色の光を十方にまき散らした。カーキ色の群れは歓声をあげ、手を伸ばしてこの美しい瓶をほしがった。「ほら、欲しいか!」ジクメが瓶を振ると、それに合わせて群れも揺れてうねった。その混乱に押されて瓶はジクメの手からすべり落ち、地に落ちて一瞬にして砕け散った。そのとたん、割れた瓶から霧のようなものが立ちのぼり、霧は光を受けて虹のように輝いた。あっけにとられた大勢の人間の目の前で、霧はゆっくりと広場をおおった。

  耳にて死を聞き 目にて死を見たる
  世間の人は あまさず死にいたる
  尊きチェンレシ 彼らを導きて
  極楽浄土に往生させたまえ

「ドゥワン!」澄んだ声で歌っているのはドゥワンだった。光の粒でできたような霧に目をふさがれ、ドゥワンの歌声に耳をふさがれ、カーキ色の群衆は動かなくなった。

  地獄と 餓鬼と 畜生 阿修羅たち
  天人 人間 三界有情たち
  尊きチェンレシ 彼らを導きて
  極楽浄土に往生させたまえ

 そのまま3人は歌いながら灰色の広場を出た。灰色の門を出て、谷を抜け、山を越え、黒い湖の見える北の山に帰ってきた。
「ここでお別れだ」ドゥワンは天人の木の林の中に消えていった。

 ジクメとデキは夕暮れの最後の光の中、ジクメの家のある西の山のふもとに向かった。
「ねえジクメ、私、ずっと不思議だったんだけど、どうしてあんな灰色の町のことをみんな赤い龍なんて呼ぶのかしら」
「うん・・・住んでると、だんだん灰色だってことが分からなくなるんじゃないかな。いくら表面をきらきらさせたって、ほんとうは灰色なのにね」
「怖いわね」
「ほんとうに怖いのは忘れちゃうことかもしれないな。あいつらも、きっと最初はわかってたんだよ。でもいつのまにか全部忘れちゃったんだ。僕も大事なことを忘れるところだった。君だってもう少しあそこにいたら、僕らの言葉を忘れてたかもしれないよ」
「あら、見て!」デキの指さす方を見ると、7つの峰に抱かれた黒いマンダラ湖に円い月が映っていた。

「ただいま。デキを連れてきたよ」ジクメは父に向かって言った。


2017年1月10日 脱稿

 
 
 
 
 
 
 
 
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# by prem_ayako | 2017-01-10 17:16 | merchen | Comments(0)

2016年ふりかえり

あっという間にもう明日は大晦日です。
今年は年末の瞑想系ワークがなかったぶん、ゆっくりできるかと思いきや
娘一家が押し寄せてきたので全然ゆっくりできませんでした・・・
まぁよろしい。楽しかったし(^o^)

で、昨日の午後は、掃除機のあと床を雑巾がけして
(幼児がいるとなんでこんなにベタベタになるんだろう?)
大量のバスタオルを洗濯して

今日はお布団を片づけて
黒豆を炊いて
ごまめ(田作り)をつくって
きんとんも仕上げました。

明日はお煮染めとお魚を
ちまちまと出来る範囲でやっつけようと思います。

さてさて、今年もいろいろありました。

FAMILY

b0253075_11561771.jpgじゃじゃ~ん♪
息子が6月に結婚しました!

お嫁さんは息子と同い年で、ものすごぉ~い美人さんです。
いやホント!
しかも、とってもいい子で
しっかりしているし、やさしいし
お料理も上手と聞いています。
つくづく息子は果報者。

娘も息子も、
それぞれに最良のパートナーを見つけて
佳き家庭を築いています。
親として、これにまさる幸せはありません(T_T)

親の離婚という失敗を見て学んだのかもしれませんがね・・・(^^;)

娘の方の孫っちくんたちも大きくなって
こうすけはもう来年、小学生。
今年の夏はふたりで旅行もしたし
先日はふたりで鉄道博物館へお出かけしたし

こうやって仲良しでおれたら、
もう数年もしたら、ひとりで特急電車でやってきて
夏休みをうちで過ごしたりするかもしれません。
そいでもって大学は京都あたりに進学して、
この近所に下宿して、たまに夕ご飯を食べにきて・・・
とか、夢はふくらみます(笑)

アドラー心理学のおかげで
子どもや孫の世代と、いい関係をつくることができています。

PUBLIC TASKS

なんだか年々忙しくなる気がします。
おかしいなぁ。。。

ご存知のように
私は数年前から「有限会社アドラーギルド」の社員で
社長付秘書なんですけど

今年の10月から、「日本アドラー心理学会」事務局編集部の
編集長になりました。

かっこよく聞こえるかもしれませんけど、
「アドラーギルド」社はひとり社員、
「日本アドラー心理学会」事務局編集部も、ひとり部員です(笑)

しかもですよ。
「日本ガルチェン協会」という任意団体まで動きだしまして、
ここも会長以下、ひとり会員なので
ここの事務仕事もやるようになりました(爆)

つまり私のメールボックスには
「アドラーギルド」と「学会編集部」と「ガルチェン協会」と、
もとから持っている私個人のメルアドと、
4つのアカウントが並んでおりまして、
この4つに毎日けっこうな量のメールがくるのです。

なんでこんなことになってしまったんだろうなあ・・・(遠い目)
まあ、必要とされている間は働かせていただきます。
ありがたいことですわ。

さらに
長いこと「APEの会(アドラー心理学を英語で学ぶ会)」でこつこつ進めてきた
フランク・ウォルトン先生のご本の翻訳が
来年ようやく、日の目を見ることになりそうです。
今、最後の仕上げをしていますので、春頃かな?
学会から出版していただく予定です。
楽しみにしていてくださいね。

ウォルトン先生は「アドラーギルド」の招聘で、
来年10月の総会に来日されますし、

3月には「ガルチェン協会」の招聘で
ドルズィン・リンポチェが来日されます!

どちらも、要するに、私が受け入れ側です(汗)

てんてこまいでございますが
まーひとつひとつこなしていけば、なんとかなるでしょう。
今までもそうでしたから、これからもそうでしょう。
お節料理といっしょですね(^_-)

PRIVATE TASKS

今年は、8年ぶりぐらいで、
『パセージ』を初夏の金沢でさせていただきました。
『パセージ・プラス』も、11月から12月にかけて
三重県桑名市でさせていただきました。
また7月にはご縁をいただいて、
丹後で合宿ワークをやらせていただきました。

どれも、とっても楽しかったです!

来年は既にいくつかお話をいただいていますので
『パセージ』の年になるかもしれません。
(ドキドキ・・・いまだに『パセージ』はちょっと苦手。
 『パセージ・プラス』の方がずっと気楽な私です。。。)

もともとは、個人でひっそりカウンセリングをするのが好きなんですよね。
でも、マニュアルがあるにせよないにせよ、
グループを動かすお仕事は、またそれなりの醍醐味があることが分かりました。
これも少しずつ、修業させていただけるといいなと思います。


毎週1回の、クリニックでの心理療法も続けています。
こちらはもう、ほんとにひっそりとやっています。
だんだん難易度の高い患者さんを紹介していただくようになったので
悩むことも多いのですが、うまくいったときの手応えも大きいです。

またアドラーをよく学んでいるお友だちの
ライフスタイル分析をさせていただく機会もありました。
総会では、クライエントであるお友だちとセラピストである私とがいっしょに壇上に上がって
体験を総括することができました。

こうして振り返ってみると、ひっそりやったりグループを扱ったり
けっこうバランスのとれた、充実した1年だったなと思います。
ご縁をいただいたみなさまに感謝いたします!


ところで昨年までは、1年の振り返りというと
「家族」「アドラー」「チベット仏教」と
きれいに3つに分けることができたんですけど、
なんとまあ、今年は
「アドラー」も「チベット仏教」も、ひとつの括りに入ってしまいました。

アドラー心理学の勉強も
チベット仏教の勉強も
もともとは個人的な趣味でやっていたものなのに、
いつのまにか、責任をもって人々に伝えていくべきもの、
私のするべきお仕事になったみたいです。

縁とは不思議なものです。
そして、
つくづく私は果報者だと思います。


今年も私の気まぐれなブログに
お付き合い下さりありがとうございました。
来年も、こんな調子で続けていくつもりですので、
よろしければ、またどうぞご訪問くださいね。

2017年がみなさまにとって佳き一年となりますように。

Sarva Mangalam
 
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# by prem_ayako | 2016-12-30 22:47 | others | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako