アードラーの夢

ayakoadler.exblog.jp

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

<   2016年 01月 ( 2 )   > この月の画像一覧

Family Bond

年末から年始にかけて
この家にも、いろんなお客さんがいらっしゃいました。

大晦日には、大きなJ先生の娘さんたちが来てくれました。
よく食べ、よく喋り、数時間過ごして
お正月をお母さん(先生の元妻さん)の家で過ごすべく帰っていかれました。

年始には、J先生の姪の、新婚のMちゃんが
旦那さんといっしょに来てくれました。

同じ日、娘が孫2人を連れてやってきました。
娘とMちゃんとは初対面だったのですが
すっかり意気投合したみたいで、メルアド交換までしていました。

彼女たちは2人して、自分たちの関係は何なんだろう?
と首をひねっていました。
血はつながってないけど
いとこ?はとこ?
親類が離婚したり結婚したりすると、ややこしいよね
って(^^;)


娘はそれから3泊したので、
来客用に整えてあったわが家も、
あっという間に孫っちくんたちに荒らされてしまいましたが(笑)

b0253075_1063094.jpgJ先生とこうすけはラブラブの仲良しなので
ふたりでスーパーへ買い物に行ったり
川へ釣りの練習に行ったりして
男同士の時間を堪能していたようでした。

私と娘は、家の中で床暖房をつけてぬくぬく。
しゅんすけのお守りをしながら
女同士(+しゅんすけ)の時間を堪能しました。

娘一家は、年末から大移動をしてきていて
まず、旦那さんの実家の香川に行って4泊。
年明けに神戸の父親(私の元夫さん)の家に移動して1泊。
その際、元夫方の祖父母の家へ挨拶に行って、
私の両親のそれぞれの施設へも寄ってくれて

その後、旦那さんは車で鳥取に戻ってお仕事。
娘たちは電車で滋賀まで来たのです。

「いろんな家に行ったけど
 お母さんの家がいちばん落ち着く
 J先生と2人でいても全然緊張しないし」
と娘は言います。

b0253075_1093849.jpg 不思議なものですね。
 家族って何なんでしょう?

 血がつながっているから気が合うとか
 血がつながっていないから気が合わないとか
 そういうことではないんだなぁ、と
 だんだん思うようになりました。

私は11年前離婚したとき
家族を失ったと思いました。

子どもたちとの血のつながりは切れませんが
名前は変わりますし、法律上の親でなくなりますから、
「家族」でなくなってしまったように、考えていました。

でも、そうではなかったようです。

家族は、血のつながりでもないし
法律の上のことでもないし
また、一緒に暮らしているかどうかで
決まるものでもないようです。

あえて言うなら、絆 bond ・・・
つながり続けたい!という意志が形になったものを
家族と呼ぶのかもしれません。


離婚して元夫と家族であることに
自分の意志で終止符をうったとき、
実は子どもたちとは家族のままであったのに
勇気がくじかれていて、そうは思えなかったみたいです。

そうではなく
子どもたちにとって私はずっと家族だったし
私にとっても子どもたちはずっと家族だったのです。
何も失ってはいなかったのです。


家系図は、基本、下にいくほど広がりますよね。

父や母の代はやがて消えますが
子どもたちが結婚すれば、その家の方たち同士がまたつながり
家族は増殖していきます。

この絆を大事にしよう。
家族だけでなく
師弟関係も、友だち関係も
縁あって出会った人たち。
自ら決断して断ち切らない限り、
絆が切れることはありません。

b0253075_10115554.jpg

[PR]
by prem_ayako | 2016-01-23 10:18 | family | Comments(2)
例年、年末のスピリチュアル・ワークは
その年のカレンダーの具合で
2泊3日にしたり3泊4日にしたりしていましたが
昨年末のスピリチュアル・ワーク@比叡山坂本は
思いきって、前後半に分けた4泊5日で企画してみました。

事務仕事は煩雑でしたが、
半分だけ参加された方も、通しで参加された方も
それぞれにメリットがあって満足していただけたようでした。

私自身も、
ふだん主催者側にいるとなかなか瞑想に没入できないのですが、
今回は1日だけでしたが「黙想」行を行うことができましたし、
できあがったばかりの「三十七の菩薩行」をみんなでお唱えすることもできて
とっても良かったです!

ところでワーク中、先生から「今の気分を絵に描いてください」
という指示が出ることがあります。
各自、そのたびに何の変哲もないA4のコピー用紙を1枚ずつとって
心のおもむくままただ描いて、
誰かに見せることもないまま持ち帰るのですが

・・・今回、後になって順に並べて見てみると
下手な絵なりにけっこう面白かったのでした。
なので、ちょっとばかり振り返ってみたいと思います。
もしよろしければお付き合いください。

(1)ワーク初日、開始後すぐに描いた絵。
b0253075_21144555.jpgまず山をふたつ描きました。
空を半分おおう雲。
そして川(湖?)の岸を歩く人物。

人(=私)は画面の下の方にいて、
全体の景色からいうと、とても小さな存在です。
雲はなにか、襲ってくるような不穏な形をしています。


(2)同日、瞑想後に描いた絵。
b0253075_21175812.jpg同じく山ふたつですが、
その間を川が流れ
谷間を歩く人がいます。
空は晴れてお日さまが出ています。

私は谷川に沿って
画面の向こう側へ進んでいるようです。
この向こうには何があるのかな?
少し希望をもっているようですね。

(3)ワーク2日目の夜、何度も瞑想をした後の絵。
b0253075_21185649.jpg逆巻く大きな波ふたつ。
それとも波ではなくて山なのでしょうか?
その上を、走っているような飛んでいるような人物がひとり。
雲から出ているのは光でしょうか?稲光?

観音菩薩さまのご存在をありありと感じる
そんな体験の後に描いたので
もっとおだやかな
お悟りのひらけた絵になるかと思いきや・・・

なんだかたいへんなことになっているみたいです。
「今の気分」は混乱中なのでしょうか。
我ながら謎な絵です。

(4)ワーク3日目。
b0253075_21194593.jpg波一つない水面。
月と太陽が並んで出ていて
それぞれ水面に影を落としています。
手前に水鳥が2羽、浮かんでいます。

今までと同じように心の向くままに描いたのですが、
描き終わってからこの絵を眺めて
私は泣きそうになりました。

この絵の構図は、
うちにあるクンツサンポ(法身普賢)のタンカと同じです。

この真ん中の空間に
月と日とに荘厳された
クンツサンポさまがおられるのでしょう。

法身は見上げるほどに巨大で
虚空と同じで虚空に融け入っていて
私の目には見えないのだけれど
たしかにこの空間におわします。

これは法身顕現の絵ではないでしょうか。
・・・そのことに
私の無意識さんは、確信をもっているようです。

それを眺める水鳥は、うちの窓の外のカモさんたちでしょうか。

おりしもクリスマス、しかもチベット暦満月の夜。
この後、露天風呂から、首が痛くなるほど高くに上った満月を眺めながら
何度もこの絵を思い出して幸せにひたったのでありました。

(5)ワーク4日目、最後の夜。
b0253075_21212383.jpg月が出ています。
平らな地平線に立っているのは(絵が下手でスミマセン)
十一面千手観音さまです。
しっかりした道が観音さまに向かって通じていて
私はどうやら、観音さまとお会いしたようです。

最初の方の絵にあった2つの山は
波のように激しく揺れて崩れていったのでしょうか。
もうどこにもありません。
ただもう、まっすぐな線になりました。

そんなむずかしいことを考えながら描いたわけでは全くありません。
頭ではなく、手が描いた感じでした。

やっぱり4泊5日も瞑想を繰り返すと
私の心も、こんなふうに鎮まるみたいです。
絵にその過程が現れているようで、とてもありがたいです。
おんまにぺめふむ。。。

しかし単純な絵だ・・・(^_^;)
(絵はクリックすると少し大きくなります)
[PR]
by prem_ayako | 2016-01-02 21:37 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako