アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

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2015年大晦日

あれこれ書きたいことはあるのですけど
もうタイムリミット(>_<)
駆け込みで、ざざっと2015年のまとめをいたします。

FAMILY

激動でした。。。

1月に父が施設入所(要介護)。
10月末に母も施設入所(要支援)。
そして私は、11月初めに滋賀へ転居。

去年の年末は、
父が何をするのにも母がつきっきりで世話をしていて、
両親ともに疲れ切っていました。

今の父は、スタスタ歩いて自分で用を足しますので、
施設に入って自立度はずいぶん上がったように思います。
認知の方は、年相応にだいぶ進んだようですけど・・・。

母の方は、あれだけ父のお世話をしていたのに
別居したら父への関心が薄れてしまったのか・・・?
それでもよく食べるし
しゃきしゃき動いているようなので、とりあえずは安心です。

結局、両親と同じ家でお正月を迎えたのは1度きりになってしまいました。
去年がんばってお節料理を作って、たくさん食べてもらえたので、
本当に良かったなぁと今になって思います。

そういえば、1年前には大きなJ先生のお母さまにも
作ったお節を持って行って、食べていただいたのでした。
お母さまは6月に亡くなられたので、
これは本当に最後になってしまいました。

老いや死について
考えることの多い年でした。。。


今年嬉しかったことの筆頭は、
娘が本気でアドラー心理学を学び始めたということです。

彼女が基礎講座理論編を受けたのは一昨年、
パセージを受けたのは昨年ですが、
今年は、一歩すすんで
鳥取市内でアドラーの仲間を増やすべく
パセージを計画したり、プレ・パセージを開催したり、
来年からは、小さな自助グループを始めようとしています。

5才のタフなこうすけと
1才の小タフなしゅんすけの子育てを通して
娘は本当にタフなお母さんに育ちました!(笑)

思うに、この娘だからこそ
こうすけが母親として選んで生まれてきたのではないかしらん。
(でないと、こうすけのあり余るエネルギーは不適切な方向に発揮されてしまうかも)
娘のブログも面白いので、機会があれば読んでやってくださいませ。


私自身については、ついに
大きなJ先生と同じおうちで暮らすようになりましたが
今のところ、けっこうそれぞれのペースで動いておりまして、
なんというか、シェアハウスしているみたいで快適です。

それに、規則正しい生活習慣をもった方が家の中におられると
私の方の生活も、いきおい規則正しくなりますね。
ひとり暮らしだとお昼ごはんを抜いちゃったり、
食べた後の食器を、洗って伏せたまま寝ちゃったりしてたけど

こちらへ越してきてからは、
毎朝だいたい決まった時間に起き出して
3食きっちり食べているし
食器やお鍋もそのたんびに、きちんと片づけるようになりました。
なにより、日課の瞑想をさぼりにくくなりました!

どんだけ怠惰やってん!
って感じですけど・・・


ADLERIAN PSYCHOLOGY

ありがたいことに今年は
ライフスタイル分析のお仕事をあれこれさせていただきました。

近頃とみに感じるのは、
ライフスタイル分析を終了されたクライエントさん方の、めざましい成長ぶりです。
もう私などの手の届かないところへ、ぐんぐん伸びていかれます。
それはもう感動的なほど!
セラピスト冥利につきると申せましょう。

クライエントさん方は、ある時点でふっと、
ご自分の本来の居場所に気がつかれるのでしょう。
ああ、私(セラピスト)を越えられたな、と感じる瞬間があります。

私のお仕事って、
鮎の川上りのお手伝いみたいなもので・・・
堰のところでちょっと滞っている方々を
ちょっとだけ助けて堰を越していただくことなのかもしれません~

私はずっと川のその場所にいて、移動しないんです。
成長もせず、ただそこで見張っていて
落ちてきた鮎さんをひょいひょいっとすくっては、上に上げてあげる。
そして、元気になって旅を続けるみなさんの後ろ姿を見て、喜ぶの。

これは、本当にいいお仕事だと思います。
この力と貢献の機会とを私に与えていただけたことに
心から感謝します。


ライフスタイル分析以外にも、パセージ・プラスを、
おかげさまで今年は2コースさせていただきました。
やっぱり私はパセージ・プラスが大好きなので、
来年もまたどこかでご縁がありますように(^人^)

またこのところ、パセージ開催のご依頼をいただくこともありまして
(まだ実現していませんが)
実は私、長年パセージを開いていませんし
自助グループも1年前にやめてしまいましたので

これはいかんな、と思いまして。

1月から某所で
パセージのサブリーダー研修を受けることに決めました。

・・・「なんて下手くそなの?不合格!」って言われたらどうしましょう?
そんなことにならないよう
これからみっちり予習復習いたします。

というわけで、来年もアドラー心理学のお勉強、忙しくなりそうです!


TIBETAN BUDDHISM

チベット語に関しては

2011年12月から4年にわたって手とり足取り教えてくださったM先生が、
第2子のお目出度のため
残念ながらレッスンを続けるのはご無理ということになりました。
チベット語のあいうえおから、ここまで読めるようにしていただいて、
本当に感謝しています。

ラサ語の発音をスパルタ特訓してくださったR先生も
今は連絡がつかず、

しばらく休憩かなと思っていたら
なんとお友だちが、早速次の先生を見つけてきてくださいました。

すでに先日から、新しい先生とのレッスンが始まっています。
新しいW先生は、あまりチベット人気質じゃなくてきちんとしておられるので(笑)
ちゃんと予習していかないとたいへん困ったことになるということが、
初回のレッスンで判明しました。

なので、来年も細々と
チベット語の勉強を続けていくでありましょう。

しかしいかなるご縁なんでしょうねぇ?
チベット語に関しては、めっちゃいい加減なのに
次々と学ぶ機会がやってくるというのは・・・。


今までのレッスンで学んだノートを総動員して
J先生にお伝えし、
先生に「三十七の菩薩行」の韻文和訳を完成していただけたのは
今年、私にとってもたいへん嬉しかったことの1つです。

私のゆるゆるとしたお勉強も
少しはお役に立てていただけたわけで・・・(^^)v

ちなみにJ先生のこの和訳はホントに素晴らしいもので
後世に残る菩薩行だと確信しています。
夢中になって読んでいると、鳥肌がたちますし、
チベット語原文と韻文のリズムがぴったり合っているので
日本語から原文が浮かんでくるほどです。

ありがたいありがたい。


過去にここにも書きましたが
仏さまに見守られているという感覚は
今年6月と秋とに、ピークに達しました。

J先生のお母さまが亡くなられた直後に
ガルチェン・リンポチェとお会いするためシンガポールへ飛びました。
これだけでも滑り込みギリギリのタイミングでしたが、
その上に私はお母さまのお葬式後の夕方に、
M先生にお会いして完成したタンカを受け取り、
それを持って行って、リンポチェのご加持をいただくことができたのです。

お母さまのご寿命、
M先生のタンカ制作の進み具合、
1年以上前から決まっているリンポチェのスケジュール、など
いろんな大きさのいろんな歯車が、
J先生がリンポチェにお母さまのご供養をお願いし
私がリンポチェにタンカへのお加持をお願いした
シンガポールのお寺のあの一室での15分間に、ぴったり噛み合いました。

稀有なり世尊・・・

ものごとの流れは、私たち衆生には分からない大きなところで決まっています。
これをダルマと呼ぶのかもしれませんが、
そこには、絶対的な「善意」が存在しています。
別の言い方をすれば、
それは「観音さまに守っていただいている」ことだといえます。

同じようなことが、引っ越しを巡っても起こっておりまして

神戸の家を私が出るという方向で、兄と話をしたのが8月。
9月に転居先は決まったものの母を置いていくのが難しく、
それでもいいからと兄が言うので
引っ越し日を先に決めてしまいました。

そうしたら10月25日に施設の部屋に空きがでて、
10月30日に母が入所。
私は11月5日に引っ越すことができたのでした。

神懸かり?
いえむしろ、
いつもずっと見守っていただいているのに
私たちの方が、なかなか気がつかないだけなのでしょう。
気をつけていれば、この世はかなり奇跡的なのかもしれません。。。



さて今年もあと数時間です。

来年は、親族みなが息災でありますように。
一切衆生のために私の力を使えますように。
日々散乱することなく仏さまとともに暮らせますように。

今年一年お世話になり、どうもありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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by prem_ayako | 2015-12-31 17:17 | others | Comments(2)

ギリシア悲劇

春の秘訣講座で心理劇の練習をさせていただきました。
そのときのことはここに書きましたがが、
その後カウンセリングの中で何度か
サイコドラマを使ってみました。

ところがですね、
ある程度こなせるんですけど、
なんといいますか、「ドラマ」になっていない・・・ のです。
手順を追って解決までいくのに精一杯で
ちっともおもしろくない!
と自分で思うのです。。。Orz

これじゃ、ロールプレイを大がかりにしただけじゃん。
サイコドラマって、もっとこう、ぐっと情緒に訴えかけてくるものでしょ。
でないと、威力がないもの。

・・・そうなんです。
これは違うよね、ということろまでは自分でも分かるんですけど、
ではどうやったら正しいものにになるのか、それが分かりませぬ。

などとぶつぶつ言っていたら、
大きなJ先生がヒントをくださいました。
「君はギリシア劇を読んだことある? 読んでみたら?」

ほ。ギリシア劇?

素直な私は、さっそく検索して
『ギリシア劇集 田中美知太郎編』という古本を
800円で手に入れました。
有名なアガメムノン、オイディプス、メーディア等の悲劇8編と
喜劇4編と、全部で12編が収められています。

そしてさっそく読み始めたのですが、これが面白くて面白くて。
夢中になって、暖房のきいた床にぺたんと座り込んで、どんどん読んでおります。
(これで800円は安い!)

で、とりあえず悲劇8本を読み終えましたので、
サイコドラマとの関係について考えたことを少しまとめておきます。

【主訴】

ギリシア悲劇は、なにはともあれ
「悪いあなた、可哀相な私」で話が始まります!

共同体感覚ゼロです(笑)
思い切りタテ関係です。

どのお話も
運命の酷さを呪ったり
極悪非道な仇を口をきわめて罵ったり

こんなにも私は耐え忍んでいるのに
なんでこんなにも惨めな状況なの?!
それはあの人が悪いからよっ!!
というモノローグから、たいていは始まります。

いつも、とことん嘆くか怒るかしています。
なかなかすごいです。
まぁこれがないと話にならないんでしょうけど。

つまり・・・主人公がもしアドラー心理学を知っておれば
話は始まらないんですよね。

主人公は感情を制御せず
権力争いあるいは復讐に突っ走りますので
当然のことながらピンポンゲームあるいは復讐の連鎖となり
まわりも本人もさらに不幸になっていきます。
(そのへんの盛り上がりがドラマ)

だからこそ、
まず最初にクライエントさんの出された問題を
思いっきりおおげさに増幅してみせることで
ドラマが始まるのですね~

クライエントさんの問題を
客観的に、何が起こっているか俯瞰して見ること。
それをカリカチュアライズして示して見せること。。。
ここをつかむのが大事なんだなって思いました。


【技法】

ギリシア劇に独特の技法としてコロス(コーラス)というものがあります。

たとえば「オイディプス王」では、
オイディプスや預言者やイオカステなどの役者の他に、
テバイの長老たちからなる合唱隊(コロス)というものがつきます。

物語の進行役は、
このコロスかもしれません。

各々の登場人物は、それぞれ自分の考えに捕らわれて
勝手なことを語りますが

コロスは全体を外から眺めて
ときに、登場人物が語らない過去のいわれや伝承を唱います。

当時のコモンセンスからみて、この出来事は善なのか悪なのか
作者はどういう立ち位置にいるのか
登場人物は気の毒なのか愚かなのか
あるいはやむを得ないことなのか、
そういうこと全て、コロスが語ってくれます。

コロスによって、今起こっている出来事が
全体の中で何を意味するものなのかが、明らかになるのです。

役者同士の緊迫した対話や独白。
無駄のないこれら台詞の力もすごいのですが

その合間合間にはさまれるコロスが
役者の行為や感情への客観的なコメントとなっていて、
とてもおもしろいと思いました。

2500年前の物語がこうやって今に残っているのもすごいですけれど、
ドラマというものの基本の骨格は、まさにギリシア悲劇にあるんだ~
ということが分かりました!


【結末】

ギリシア悲劇には、平等の位置の結末がありません。
必ず犠牲が出ます(>_<)
それもかなり血みどろです。

ギリシアの神々はときに人間をたいへん惨い目にあわせますし
他の部族の神々に対しても、たいへん競合的です。

むかぁしむかし、たまたまテレビで
「クナウカ」という日本の劇団が「アンチゴネ」を上演していたのを見ました。
ものすごくおもしろかったのですが、
あまりのおどろおどろしさに
しばらくうなされました(泣)

蜷川幸雄さんもギリシア悲劇がお好きみたいですが、
むかし、何かの舞台写真を一度見まして
その衝撃に、今でもその画を忘れられません・・・
いやもう、恐くて、とても舞台など観に行けません。
(視覚型だからでしょうか、映画でも刺激の強いものを見ると
 映像が蘇って夜寝られないことが多いのです。子どもか!)

字で読むだけで、はい、じゅうぶん恐いです~

・・・・・・・
で2500年たって現代の私たちは
ここから少し成長していなくてはなりません。

アドレリアン・サイコドラマと呼ぶに値するものは、
ギリシア悲劇を越えるもの
ギリシア悲劇を否定するものでなくてはならないと思います。
私たちは競合的な結末を、
幸せな平等の物語に書き換えなくてはなりません!

が、これはこれで、また別の修業が必要です(^_^;)

結局は、暮らしの中で「平等であること」を学んでいくのが
キモなんですね~


ともあれ、800円の古本でずいぶん勉強できました。
さんくすあらっと。
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by prem_ayako | 2015-12-22 21:35 | psychology | Comments(1)

Drupwang Rinpoche

6月にシンガポールで出会った Evelyn 夫妻と
この日曜日、大阪で再会しました。

旦那さまの Dr.Lee は、病院経営者でもある内科のお医者さま。
Evelyn は、大学で日本語を専攻した日本びいきです。
親戚たち9名(!)のグループで
2週間の日本旅行を楽しんでいるんだそうで、

来日してすぐに和歌山、串本、伊賀の忍者屋敷を巡り、
この日の昼間は京都の清水寺を訪れて、
翌日からは広島に行くんだとか。
その後、名古屋にも東京にも。
Crazy~~~(^_^;)

お豆腐料理を食べながらいろいろお喋りしましたが、
私にとって、この日いちばんの収穫・・・というか、
karmic bond(前世の因縁?)を感じたのは

ドゥプワン・コンチョク・ノルブ・リンポチェ(Drupwang Konchok Norbu Rinpoche)のお話です。

ドゥプワン・リンポチェは、ディクン・カギュの高僧でいらっしゃいますが
ただの高僧ではなくて、まごうことなき siddha(成就者)であられます。

b0253075_1194165.jpg頭の上に巻いた髪は、お籠もりの印・・・
何年も何年も山奥の洞窟などに籠もって
修業をされた証しです。

お写真を拝見するだけで、
私などはもう、ゾクゾクしてしまうのです。
(大きなJ先生の表現では、
 fell in love しているという・・・)

この方には、いつも小鳥が寄ってくるとか
重たい石のマニ車を手を触れずに回されたとか
岩に足跡をつけられたとか
いろんな逸話が伝えられています。

ダライ・ラマ猊下のことを大好きで
また猊下もリンポチェをとても頼りにされていて
「まだあっちへ行ったらあかんぞ」と何度も
お引き留めになられました。
それで、ご自分のおつもりよりも
少し、長生きをしておられたのです。


そしてここからが、この日 Dr.Lee から伺ったお話です。

ドゥプワン・リンポチェはシンガポールで
何度かマニ・リトリートを開いておられました。
2007年12月のクリスマス前、
シンガポールの空港に降り立ったリンポチェは
すでに相当、具合が悪くなっておいででした。

すぐに、市内のディクン・カギュのセンターに運ばれて、
センターの一番近所に住んでいたお医者さんが呼ばれました。
その医者が、Dr.Lee のお友だちだったのです。

リンポチェの状態は、もうとてもお悪くて
意識不明になられました。
お医者さんは、すぐに救急措置を施さなければなりませんでした。

病歴など全く分からないまま、
近所に住んでいるからというだけで
海外から着いたばかりのチベット僧に
いきなりの心臓マッサージ。

それでもベストを尽くされたのですが
その甲斐むなしく・・・リンポチェは遷化してしまわれました。
86歳だったということです。
ガルチェン・リンポチェはじめ、多くのディクン・カギュの高僧方が
その後移された病院に、続々と集まってこられたといいます。


そのお医者さんは、仏教信者でもなんでもなかったのですが、
ご自分の初期治療が悪かったためにリンポチェを救えなかったのではないかと
とても心苦しく思われたそうです。
そしてディクン・カギュの信者になりました。

それからわずか2年後、
まだ若いそのお医者さんが
末期癌であることが分かりました。

Dr.Lee を含む友だちや同僚の方々は
彼のベッドを取り囲み、
みんなでオンマニペメフンを唱えて彼を看取りました。
誰もディクン・カギュではありません。
ただ、死んでいくその彼が望むので、
小乗仏教(テーラバーダ)の友だちも、彼に聞こえるようにマニを唱え、
クリスチャンの友だちも、彼の目の前に観音菩薩の絵をかかげて見せました。

彼は幸せそうに逝ったといいます。

Very touching story....

ドゥプワン・リンポチェがシンガポールに来て亡くなられたのは
この彼をディクン・カギュに帰依させ彼の魂を救うため
そのためだけだったのではないかしら?

というのが、Evelyn の意見です。


私は残念ながら、ドゥプワン・リンポチェにお会いしたことがありません。
YouTube の Yogis of Tibet でお姿を拝見しただけです。

このビデオにはディクン・カギュのリンポチェ方が大勢出演しておられて、
お若いガルチェン・リンポチェも、サーモグラフィーの実験に協力しておられます。
しかし、当時の私がもっとも強く惹かれたのは、
ガルチェン・リンポチェではなく
ドゥプワン・リンポチェでした。

あぁこのような方のお側にいたい・・・と感じていました。
(まぁ、ほぼ小鳥と同じレベルですね)
すでに亡くなっておられると知って、とても残念でした。

Evelyn に言わせると、それもまた karmic bond なのだそうです。
「だって私たちは3度も(マニ・リトリートで)お会いしたけれど
 ドゥプワン・リンポチェに fell in love しなかったもの」


今年6月、あれだけ多くの人のごった返すその中で
声をかけられ親しくなって
さらに半年後、日本で会う機会を得たこの人たちが、
実際にドゥプワン・リンポチェとまみえ、
深いご縁のあったお友だちのお話をしてくださるとは!

ほんとうに不思議なことです。
ほんとうに珍しいことです。



つい昨日もまた、
あるチベットがらみのお友だちが
ガルチェン・リンポチェの「ガンジス川のマハームードラ」のテキストを
送ってきてくれました。

マハームードラのテキストはインターネットにいくつか落ちていますが、
<ディクン・カギュの><ガルチェン・リンポチェの>テキストそのものは、
やはりネットでは手に入りません。
微妙に語尾や語順が異なっていることがあるので
私としては、ぜひ<リンポチェの>ものをコピーして
ゆっくりと勉強していきたいと思い、お願いしてみたのです。

なんとありがたいことに!
彼女は貴重なご自分の冊子を、そのまま送ってきてくださいました。
彼女の為された福徳に随喜いたします。


小さな縁が、確実に何かを紡いでいっている・・・
私はこうして少しずつ
何かの糸をたどっていっている・・・
なんだかそんな気がしています。

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by prem_ayako | 2015-12-16 11:27 | tibet | Comments(0)

神戸は美味しい

先週末は、神戸へ基礎講座理論編のお手伝いに行きました。

会場を予約した時点(7月ごろ)では
大きなJ先生は大阪に住んでおられたし
もちろん私もまだまだ神戸にいるつもりでしたので
神戸の会場が便利よねっと思っていました。

でも突然年内に引っ越してしまったので、
自然の結末により、大津から神戸まで
早起きして通わねばならないことになりました(-_-;)


おおかたの読者の期待をうらぎるのではないかと怖れておりますが
今日はアドラー心理学のお勉強のお話ではなく
(あ、いつものことか・・・)

やっぱり神戸はおいしいお店が多いわ~
という
神戸グルメ情報をご提供したいと思います。
誰にも求められておりませんが(^^;)


神戸といえばケーキ屋さんですよね~♪
中でも、抜群に美味しいケーキ屋さんを見つけました!
ブランジェリー・コムシノワ

むかしむかし・・・といっても結婚した後ですが、
お正月や息子の小学校入学のお祝いなど、特別な日に、
両親がこのお店を予約してくれて、よくご馳走になりました。
そのころはケーキ屋さんじゃなくて
南京町にある小さなフランス料理屋さん「コムシノワ」だったのです!

理論編の会場から少し歩いたところに
ほんとに偶然このお店の看板を見つけて、
コムシノワといえば・・・!と記憶が蘇り、
「ここだったら絶対においしいから!」と、
しばらく席が空くのを待って
その上、半ば強制的に、先生やお友だちにも
ケーキを食べるように勧めたのでした。

私は洋なしのタルトを食べたんですけど
キンキンに冷えたお皿にのってきた、そのタルトのおいしいこと!
クリームが全然違うわ~(うっとり)
軽くて、あっさりしていて、
まるで何も食べていないようです!(そんなはずはないが)
口の中にただおいしさだけが残る、そんな感じ~

大阪にもおいしいケーキ屋さんはたくさんあります。
もっとずっとお高い有名店でいただいたこともありますけど
ケーキに関しては、やっぱり神戸のが私の口には合うようです・・・

死ぬ前に「け、け、ケーキを食べたい」ともし言ったとしたら
誰かここのを買ってきて(笑)

先生もお友だちも満足してくださったようで、良かったです♪


そしてもう一軒、
トアロード・デリカテッセン

実は私、朝の受付のお仕事を済ませてから
受講生のみなさんが一生懸命お勉強なさっている間に・・・
いろいろ神戸での用事を片付けるべく
こっそり?外出させていただきました。

父に会いに施設に行ったり
孫っちくんたちのクリスマスプレゼントを物色したり
などのためです(^_^;)

それでひとりでランチもしたんですけど
デリカテッセン2階のサンドイッチハウスに初めて入りました。

1階のお店はむかしからよく来ていて、
手土産用にやらお正月用にやら、まとめ買いをしたものです。

私のコールドミート好きは、このお店の味がルーツかもしれない
というぐらい、
ここのスモークサーモンやパテは美味しいのですよ!

サンドイッチでは多いかなと思ってランチプレートにしたんですけど、
1080円でこんなにボリュームがありました。

b0253075_1621167.jpg
パンはあつあつのふわふわ(^^)
ハム各種にチーズ、ローストビーフ、
サラダには私の大好きなスモークサーモンがのっかっていました(^o^)

ここも、誰かを誘ってまた行く価値がありますね~
ただ12月は
サンドイッチハウスの方はお休みのようです。
1階の店舗が忙しくて手一杯なんでしょう。


トアロードにはお洒落なお店が多くて
以前書いたことのあるラクシュミという紅茶専門店も、
デリカテッセンから少し北に上がったところにあります。
ここで、お気に入りの「はちみつ紅茶」を買うこともできました。


こうすけとしゅんすけには
Perzyというウィーンのメーカーのスノードームを買いました。
スノードームが欲しいとリクエストをもらっていたのです。

あれこれ迷ったあげく、
こうすけには森の中のおうち、
しゅんすけには雪だるまさんを選びました。

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美味しくて充実した楽しい週末でした。
さて2週間後の理論編後半ではどこへ行って遊ぼう?
違うか・・・(^_^;)
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by prem_ayako | 2015-12-03 20:48 | others | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako