アードラーの夢

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フォー love!

最近ベトナム料理に、はまっています。

隠遁生活に近い暮らしをしているのですが
(たまに居酒屋に行くとクラクラします・・)
週に2回、大阪に仕事に出るときには
お昼を外食することが多いです。

大きなJ先生とご一緒するときは
うどん屋さんとかぁ
おそば屋さんとかぁ
よくてオムライス屋さんとかぁ、全体にがっつり系なんですけど

ひとりでお昼するときは、
少しお店を選びたいじゃないですか(^^)
しかも、あんまりお金をかけないで。

ゆっくり時間があって
しかもお腹が空いている日には
お友だちに教えていただいたカフェでまったりします。
ここはリーズナブルなお値段でお腹いっぱいになるし
居心地もよくて、とても気に入っております。
Yさん、ありがとー(^o^)v

しかし、そんなに気持ちに余裕のない日の方が多いので
(午後からのカウンセリングについて考えたかったり
 少し緊張感を持続させておきたかったりなど、諸事情ありまして)
もう少しチャッチャと食べられて、
かつまたおいしいお店がないかな?と思っていたのでした。

今までは、うろうろした挙げ句
結局コーヒーチェーン店のサンドイッチで済ますことが多かったのですけど

1ヶ月ほど前に見つけたのがここ、淀屋橋のベトナム料理のお店です。

以来、週に2回でも、全く同じ鶏肉のフォーを注文して食べております(^^;)

いくらなんでも6回も7回も連続フォーなので
次はいっぺん違うメニューを注文してみようかと思うのですが、
やっぱり他のものを頼む気分にならなくて
鶏肉のフォーと生春巻きとデザートのセット950円也で
今日もお腹いっぱい幸せ気分(^o^)
私はかなり保守的なのかもしれません。

うどんやお蕎麦への愛も、ないことはないのですけど
フォーへの愛はかなり偏愛ものだということに、
この年齢になって初めて気がつきました。
麺の最後の一本までも
いとしくいただいております(笑)

もともと東南アジア系のお料理が好きでした。
たぶん過去生でベトナムにいたのでしょう。
パクチー大好き!
ニョクマム全然OK!

夏バテのときは身体が欲するので
熱いレモングラス・ティーを淹れて生き返りますし

タイでもシンガポールでも、食べ物で困ることはありません。
インド料理は、辛いので少し困るのですが。

そういや台湾へ行ったときは
中華そば的なものに見向きもせず、
ひたすら焼きビーフンを食べてましたっけ。
要するに小麦粉文化圏ではなくて
過去生は米粉文化圏にいたんですね、きっと。


さて2週間ほど前、神戸で基礎講座理論編が開催されたとき、
夕方、何か食べて帰ろうということになりました。
そして三宮駅前のミ○ト神戸の中に、ベトナム料理屋さんを発見!

・・・しかし、パクチーの量が少なく
テーブルに調味料を置いていないという有り得なさで・・(-_-)
残念でございました。


その次の週には、名古屋は栄の地下街にて
お友だちとお粥屋さんに行きました。
そこでもメニューにフォーがあるのを発見!

せっかく「お粥屋さん♪」って言って連れて来ていただいたのですが
本能には抗えず、やっぱり定番の鶏肉のフォーを頼みました。
おいしかったです!
うふふ、こうでなくっちゃ。


こうなったら地元神戸でも、
おいしいフォーが食べられる店を開拓したいものだ!
というわけで、昨日は、
三宮の地下街の、まるで屋台のような小さなお店へ行ってみました。

(@_@)おお!ここ
大、大正解でございます!
というか、ここほど本格的なお味は初めてです。

何の香料の作用かよくわからないのですが、
嗅覚と味覚が、記憶を呼びさましてくれました。
暑い国の湿って重たい空気感まで感じとれて、
むか~しに行ったタイや、
昨年のシンガポールを自動的に思い出しました。

ここのを食べると、今まで「はなまる」をつけていたお店のフォーも、
日本人向けにかなりアレンジされたものだったと分かります。

全然お洒落なお店ではありませんが、
また行こう♪
うれしいです。

b0253075_206280.jpgええ、どこのお店へ行っても、
いつも王道の、鶏肉のフォーを注文しているのですよ。
どんだけ保守的なんでしょうね(笑)
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by prem_ayako | 2014-11-25 20:07 | others | Comments(1)

Pont au Courage

自助グループ「ポント・クラージュ」を始めたのは
2001年10月でしたから、
まる13年続けてきたことになります。

(唐突に聞こえるかもしれませんがお許しください)
13年間、いたらぬリーダーにお付き合いくださったみなさま、
どうもありがとうございました。
本年(2014年)12月をもって、
ポント・クラージュの例会を、終了させていただきますm(_ _)m

ここまで続けることができたのは、
ほんとうにメンバーの皆さんのおかげです。


グループを立ち上げたとき、私の子どもたちは12歳と16歳で
まさにアドラー子育て旬の時期におりました。
常連メンバーさんたちのお子さんも
同じぐらいの年齢だったり、もっと小さな赤ちゃんがおられたり。

グループの名前を決めるのも
次の開催日を決めるのも、
みんなでわいわい相談し、
例会以外でもお茶したりして
いっしょに学んでいる感じが強くありました。

今も心でつながっていて
たまにお会いしたりメールでやりとりしたりすると
本当に懐かしく、うれしいものです。


私が離婚して引っ越してからは、
メンバーさんが仲間を集めてくださって、
パセージをさせていただいたので
そこからまた、新しい出会いが広がりました。

ちょうど自助グループの構造について研究していましたので、
実験的に、いろんな動かし方を自由に試させてもらいました。
国際学会で発表するほどの結果を出せたのは
ひとえに、この時期のメンバーさんたちのご協力のおかげです。
ほんとうに面白く楽しく、勉強になりました。


さらに引っ越しして、それまでの自宅開放をやめて
公的施設を使うようになってからは
ホームページを見て来てくださる方も増えました。

また、メンバーさん方と協力して、
講習会や講演会の主催・開催という、
新しい試みにもチャレンジしてみました。

ポンクラというグループが、外に向かって広がった時期でした。
130人もの人を集めて野田先生の公開カウンセリングを開いたのは
いい思い出です(^o^)


グループの勢いというものは
リーダーひとりががんばってつけるものではありません。
目標を共有する仲間の存在が必要です。

この13年の変転の中で、
正直、もう止めちゃおうかなと考えることが何度かありました。
でもそのたびに、いつも誰かが
私の背中を押し、勇気づけてくださいました。

いつも、私を支えてくれる仲間がどこからか現れて、
そのたびに力をいただいてきたのです。
本当にありがたくて、もう少し続けてやってみよう、と思えたものです。


でもね、今回は、なんだかもう「潮時」だと感じています。
40を過ぎてから13年、ほぼ毎月やってきたんですよ。
もういいでしょう。

今も、ポンクラを気に入って
毎月参加してくださるメンバーさん方がいらっしゃいます。
その方たちに対しては、とても申し訳ないと感じています。
巷のアドラー本を読んだ方からの問い合わせも増えていますし
ここで活動を止めてしまうのは、
我が儘かもしれませんが・・・

私も、もうとうに子育てを終えました。
近畿地区には、たくさんの自助グループがあります。
これからは、子育て中の、旬の世代のリーダーさん方が増えていくでしょう。
新しいリーダーさん方のパセージを受けた若いお母さん方は
次世代の自助グループで学んでいかれることでしょう。

毎月の、平日午前の
子育て中のお母さん方のためのパセージフォローの会を
私が続ける意味は、もうあまりないように思います。


自助グループ活動の中で学んできたことは
ここで簡単に言い尽くせないぐらいにたくさんあり、
それらは、今私が心理療法士としてクライエントさんとの関係を作る際の
財産となっています。
まさに、グループのおかげで、グループがあったからこそ、
私はアドラー心理学を学び続けることができました。

今後は、何か別のかたちでアドラーの共同体に貢献していきたいと思っています。
それがどういうかたちをとるのかは、
まだ全く見えていませんけど。。。

次にどう動くことが
「みんなのために私にできること」になるのか、
走りながらではなく、
しばらく立ち止まって、見つめてみようと思います。
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by prem_ayako | 2014-11-23 12:33 | psychology | Comments(3)

母のこと

最近、
少なくとも以前よりは、
母のご機嫌はよくなっているように思います。

ここに戻ってきた当初は、
母は大喜びでした。
まだ父がわりと動けていましたから、
娘に手伝ってもらおうという意識はなく、
「また娘の世話をやくことができる!」という感覚だったみたいです。

それを私が、「過干渉~」と感じてしまったので
(まぁそれは長い歴史があったので・・・)
そのため関係がこじれ、
ものすごい権力闘争に陥ってしまいました。

私の使っている1階部分の戸締まりがゆるいとか
夜、私の点ける電気が煌煌として明るすぎるとか
果ては、私が育てている観葉植物が不潔だとか
なんだか私にとっては「理不尽~っ」
って感じるようなことばかりを言われました。

最悪の時期は、5月ごろだったかな。
父に出したおかずよりも、
母に出したおかずの方が少ない!と言われて
あぁ、私の知っている母じゃない~!
と愕然としました。

それでも、アドラー心理学の原理を思い出し
なんとか心の構えを協力的に立て直し
母がボス!私は従おう!と決め、
権力闘争から抜け出すことができました。
(アドラー心理学は本当に偉大です!このあたりの事情はこちらに)

ただ、それでも夏頃までは
私がボスの期待通りに振る舞えなかったりで、
けっこう機嫌をそこねておりました。

今から思うと母は、急激な父の衰弱に
心がついていけなかったのだと思います。

「留守ばっかりで何もしてくれないんだから!あんたはちっとも頼りにならない!」
・・・という母の物の言い方は、
まともに取り合ってしまうと
「何言ってるのよ、できるだけのことしているじゃないの!」
と反論したくなってしまうのですけど(^^;)

ほんとはこれ、母は
「もっと家に居て、もっと手伝って。頼らせて!」
って言っているんですよね。。。
私もしょっちゅう鳥取に行っていましたので、
心細さから、ますます母は言いつのっていたのでしょう。

母の気持ちが少しわかると、
「ごめんね。もっと手伝ってあげられなくて」って答えることができます。
カウンセラー養成講座でクライエントになったとき、
このことに気づかせていただき、ありがたかったです(T_T)


10月に鳥取から戻ってみると
母はへとへとになっていました。

私が居ない間に母はようやく
さまざまな社会資源を使ってみる気になったみたいで
(というか、思い切って使わないと、どうにもならなくなったのでしょう)
父のデイケアを探したり、入浴介助を始めたり、
母の介護認定を申請してヘルパーさんに入ってもらったり
あるいは手すりをつけたり、生協の個配を頼んだり、
そのためにいろんな人に会って手続きをしなくてはならなくて、
頭の中がいっぱいいっぱいになっていました。

あれこれ考えるとドキドキして眠れない。
ちょっと寝たかと思うと、父がトイレに行くので
付き添っていると、目がさえてしまって朝まで眠れない。
と言って、血圧も上がって、ふらふらになっていました。

兄も相談にのってあげていましたし、
かかりつけのお医者さんも、軽い睡眠薬を出してくださったのですが、
どうも母は、「眠ってはいけない!」と
強く思い込んでしまっているようでした。
自分が眠り込んで、父がその間にトイレに行って転んだら大変だ!と。

母の不安を軽くするのは、本当にむずかしいのです。
もともと未来への不安をよく口にする人でしたが、
年をとるとその性格傾向が助長されるのでしょうか。

あるいは、戦争で苦労した世代だからでしょうか。
うっかりしていると、何か必ず悪いことが起こる
世界は危険に満ちている
みたいなことを思っているふしがあります。。。

いつまで続くか分からない
きっとあと少ししか続かないだろうこの生活を、
幸せだと笑って過ごすのか、
大変だ大変だと言いながら暮らすのか
それは母自身が
決めることができるのだけれど。。。

母が母のライフスタイルで選びとった暮らし方を尊重しつつ
その中でちょっとでも両親が楽になれるように、
私にできることをする。
これしかないのですね。


睡眠不足であまりにも消耗しているようすだったので、
鳥取から帰宅したその翌晩に、
私も、2階の両親といっしょの部屋で寝てみることにしました。

父がトイレに行くときは、私がついていくから。
母にはともかく、一晩ゆっくり寝てもらおうと思ったのです。

その晩、
父は夜中の3時頃と朝方に2回トイレに行きましたが
2回とも、眠剤を飲んだ母の方が、私よりも先に起きました(爆)

私が暗闇の中で目を開けていると、
母は通りざまに私を見て
「大丈夫、大丈夫。いいから寝ときなさい」と
近づいてきて私の頭をなぜました。

・・・・・!

まったく、なにが大丈夫
お母さんが大丈夫じゃないからこうして来てるのに
いくつだと思ってるの
まるで子どもみたいに・・・

と心の中で呟きながら
泣き出しそうになるのをこらえていました。

母はこんなに年をとって弱っていても
父に尽くし
娘の身体を思いやる
昔のままの母でした。


この夜、父のトイレ介助に関しては、
私はほとんど役立たずだったのですが
母は、「薬を飲んで寝ても目が覚めることがわかった。自信がついた」
と言って、その後、薬をちゃんと飲んで眠るようになりました。

眠れない日もときどきはあるようですが、
一時のような連日の睡眠不足にはなっていないようです。


だんだん、私を「頼りにできる仲間」だと
思えるようになってきてくれたのではないかな?と思います。
ふとした時に感謝の言葉を言ってくれることが多くなりました。
以前、何かにつけて文句を言われていたことを思えば
ずいぶん大きな変化です。

ただ、今度は、何でもかんでも甘えてくるので
イラッとしてしまうことがよくあります。。。
(母も私も末子なので・・・)
頼まれたことはなるべく聞くようにしているのですが
どうも、返事が無愛想になってしまいます(-_-)

権力闘争にこそなりませんが
この、注目関心を引こうとする母の行動に、
どう対処するかが、目下の私の課題です。

しっかりアドラーを実践しなければ!

よい修行になっています(^^;)
仏さまのお力をお借りして
できることをやっていきましょう。
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by prem_ayako | 2014-11-13 11:36 | family | Comments(2)

父のこと

そもそも神戸の実家に私が戻ることを考え始めたのは
昨年の夏、
父が大切にしてきた家庭菜園を
その夏限りでやめることにした、と言うのを聞いたときでした。
水やりが大変だからもう続けられない、ということでした。

確かに昨年の夏は酷暑で、1日2回の水やりは重労働だったでしょう。
でも、閉院してからあんなに楽しんで丹精込めて
花や野菜を育てていたのに・・・
それをすべて放り出してしまうなんて・・・
父はそんなにも弱ってきたのかと、初めて気がつきました。

戻るのなら急がないと、と思ったのでした。
この時の判断は正しかったと思います。

戻って以来、ここ半年の間に、
父はずいぶん年をとりました。

春の頃は、まだ、
天気のよい日には散歩に出ていましたが
外で動けなくなってしまったことがあって
それから外出しなくなりました。

家の中でも、何度か転倒しました。
転ぶと、自力では立てません。
そんなことで、だんだん自信をなくして、
病院に行く以外は、一切外に出なくなってしまいました。

車椅子を勧めたのですが、
この時点では、「まだそこまで落ちぶれていない」なんて言って、
がんこに杖で歩こうとしていました。
ようやく、しんどい時だけ、と納得して
屋内用の車椅子を借りたのが8月末。
最近は、少しの移動も車椅子を使うことが多いです。
(おかげで転倒することは減りました)

昼間もうつらうつらしており、
しんどいのか、日中もパジャマで過ごすようになりました。
いつも丁寧にひげを剃る人だったのに
口元に無精ひげが目立つようになりました。
(無精ひげの父を見るなんて、初めてのことです)

天気のいい日には、外用の車椅子を借りて連れ出してあげたいなと思うのですが、
言っている間に寒くなってきてしまって(>_<)
今、風邪を引かせては・・・と思うと、なかなか実行に移せません。


夏頃、いっとき不整脈がひどくなって
たぶん漢方医学的には気虚だったと思うのですが
あまりにしんどそうなので、医者である兄が日赤への検査入院を勧めました。

耳も遠くなり
反応もずいぶん鈍くなっている父ですが
このときばかりは、はっきりと「行きたくない」と言いました。
「検査をしても、どうせそんなに長くない。 病院はいやだ」と。

それで、家で父を看ていくことに、方針が定まりました。


今はだいぶ落ち着いていて
週に2回、看護師さんが入浴介助に
週に1回、理学療法士さんがマッサージに来てくださいます。
月に1度は、理容師さんが散髪に。
入れ歯も、なじみの歯医者さんにお願いして調整に来ていただきました。
(往診料高かったですけど!)

できるだけ家で看ていくという方針に
ケアマネージャーさんや福祉の方々が
さまざまに協力してくださって、とてもありがたいです。

あと欲を言えば、私としては、
在宅医療を専門にやっておられる旧知のお医者さまにコンタクトをとって
今後のことをお任せしたいと思っているのですが、
これにはまだ、父の同意を得られていません。
父が決めることですから時期を待とうと思っています。


父が最期の日に向かっているのは、
私の目から見ても分かります。

それが早いのか、先なのかは
誰にも分かりませんけれど。

でも父は、住み慣れた自分の家に住み、
母の手を借りて自分でトイレに行き
週に何回かは、娘のおいしい手料理を食べ(^^)v
たくさんの人に助けてもらって
お金の心配もなく暮らせている。

これは、とても幸せな、人生の終わり方ではないでしょうか?

間に合って、父とともに暮らす日々がもてて
ほんとうに良かったと思っています。
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by prem_ayako | 2014-11-13 11:30 | family | Comments(2)

冬支度

小学校で習いました。
神戸は温暖な瀬戸内海式気候である、と。

たしかに温暖。
大阪と比べて、夏はしのぎやすいですし、
冬も晴れた日は日差しが暖かく、空は青く、美しいです。

しかしこんなに恵まれた気候でもやはり、
寒がりの人間にとっては、冬はそれなりに冬であります。

六甲おろしといいましてな(某球団のテーマ曲ではありませんよ)
1年を通して、かなりの強風が山から吹きおりてきます。

マンション住まいの間はあまり感じませんでしたが
1軒屋に住むようになってから、北風の強さを実感しております。


3月末に越してきてから
4月いっぱいぐらいまで、
私はこの家で、寒さに震えておりました(-_-)

まぁ横着して、コタツとファンヒーターを出さなかったのがいけないんですけど

今思うと、10年も人気のなかった1階に入ったのですから
壁も床も冷え切っていたのでしょうね。
エアコンとオイルヒーターだけでは間に合わず、
なんだか、しんしんと冷えてくる感じでした。

なのでこの冬は、しっかり防寒対策を練らないと!
と思ったのであります。


だいたい私は、冬は「こたつむり」と化す人です。

エアコンではたよりなくて、
やっぱりコタツに肩までもぐりこむとか
暖かいストーブに手をかざすとかして、がっつりぬくもりたいのです~


いろんなお友だちに聞いてリサーチして、
どうやら石油ストーブが最強だと結論づけました。
停電でも、ガスが止まっても使えますしね。

それも、大きな石油ストーブで全体を暖めるのではなくて、
持ち運びできる小型の石油ストーブを、常に自分のそばに「はべらせる」
という使い方が best だと聞きました。

なるほどなるほど。
そうなんです、私は輻射熱で暖まりたいんですよ。
対流式の大きなものじゃなくて、
コンパクトなストーブを私に「はべらせる」のはいい方法かも!

それで、小型で反射式の、持ち手のある石油ストーブを買いました。
灯油は、お米屋さんに配達してもらいました。
灯油入れとポンプも、ホームセンターで調達しました。

さらに、ストーブの上に乗せる
レトロなやかんも、母からもらい受けました(^^)

試しにつけてみましたけど、快適快適。
今年の冬は
この石油ストーブくんとおやかんさんが私にはべってくれると思うと
心強いです~(^o^)


あと、コタツも・・・
今夕、出してしまいました。
ああこれで、もう私は動けなくなってしまうぅぅぅ
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by prem_ayako | 2014-11-08 20:14 | others | Comments(0)

自転車ゲット!

神戸に引っ越して約半年、
鳥取往復のタスクも終え、
ようやく定住(^^;)できるようになりましたので
念願の自転車を買うことにしました。

この家は、JRと阪神のほぼ中間に位置しておりまして
駅近ではないけれど、かなり便利な場所なんです。
スーパーは選り取り見取り、ホームセンターだってあります。

これが今までのように、私ひとりの用をまかなうだけであれば
まったく問題ないのですが

定住するようになってから、
週にできれば3回は、両親と夕食をとるようにしています。
そのぶん食品の買い出しの回数も増え、荷物も重くなってきました。

やっぱり自転車があった方がいいなあ。
娘のところで久しぶりに乗って、まだ運転できることが分かったし(笑)


さてさて神戸で自転車を買うなら、
当然、電動アシスト付き自転車でしょう!

東西(よこ)の道は平坦。
南北(たて)の道は坂道。
これが神戸の常識です。

今、神戸の街を走っているママチャリの約半数は電動アシストではないかしら。
電動アシスト率が、大阪や鳥取に比べて
いちじるしく高いように思います。

インターネットで検索すると
大手はヤマハとブリジストンと、パナソニックの3社。
値段や性能は、どのメーカーでもあまり大差ないようです。
結局、私にとってはずせないのは
20インチであることと
色は黒であること、と決めました。

なんで20インチかというと、
重心が低くて安定するし、
小回りがきいて乗りやすい、という評価が多かったからです。
運動神経のない者には安心かも。
しかも最近の20インチは、ひと漕ぎで26インチと同じだけ進むのだそうです。
進化していますね~~
デザインもかなりかっこいいのであります。

そしてなんで黒にこだわるかというと、
かつて神戸の震災のあと堺に避難して、
そこがかなり不便な場所だったので、
急遽中古で買った自転車が、真っ黒で
「ブラックバード」と呼んで愛用していたからです。
このたびはぜひ、「ブラックバード2世」をゲットしたいものだと思いました。


電動アシストは、近所のホームセンターでも扱っていましたが、
ここはやっぱり、昔ながらの
町の自転車屋さんで買おうと思いました。

探し当てたお店は、
うちから15分ほども歩いたところで
その名も「ちゃりんこ屋」といいました(笑)

でてきたのは背が低く、眼光するどい
小齧歯類みたいなおじちゃん。。。
「ちゃりんこ屋」の店主さんです。

なにせ私、普通の?自転車しか乗ったことがないですし
ギアチェンジすらしないメカ音痴ですから
電動アシスト自転車について、いろいろおっちゃんに尋ねました。

私がネットで目星をつけていたものは、実はスポーツタイプだったみたいで
小さな前かごしか付けられないということでした。
残念ですが、それでは買い物の用は足せません。

それでおっちゃんのオススメは、
先月発売されたばかりのニューモデル
ブリジストンのアシスタユニ・プレミアっつうものでした。
大きな買い物かごを標準装備しているし
メカ類も、たいへんシンプルで
だいぶ年をとっても乗れるんじゃないかな、というような親切設計。

でもね、黒がないんです(-_-)
ピンクとベージュとシルバーから選ばなければなりません。

24インチのアシスタユニなら、黒があるんですけどね、
デザインが全く違うものでした。

う~んう~んと悩んでいたら、
現物が入荷したときにもう一度見に来てくれと言われ、
しかたなく、ベージュが入ったときにもう一度行きました。
(おっちゃんは、これが売りたいのね~)

まあ、色だけの問題なんですよね。。。

使い勝手は良さそうだし、
ついにブラックバードはあきらめて、
つや消しのシルバーを注文しました。

その子が今日入荷して、さきほど乗って帰ってきたというわけです♪

さすが町の自転車屋さん、
サドルの高さやハンドルの角度を私の背に合わせてくれましたし
故障したら持って行けるから、なんだか安心です。
店先では、何台か自転車が止まっては
ただで空気を入れさせてもらっていました。


走ってみた感想は・・・

まず、20インチの太めのタイヤは
安定感抜群です!

タイヤ径が小さいと、こうも扱いやすいものか!
と感じました。
狭いところに入ったり人をよけたりするときなど、
ちょっと向きを変えるのがとてもラクです(^o^)

肝心のアシスト力ですが
どうやら電動アシストっていうのは、
こぎ出しと上り坂のときに主に発揮されるものみたいです。

たしかに、上りの坂道もぐんぐん行きます!

また最初のこぎ出しが、思ったよりずっとパワーがあってびっくりしました。
いつもの調子でぐっと踏み込むと飛び出してしまいそう。
人の多いところでは注意が必要かな。

でも要するにそのぶん、発進がラクってことで
26インチでこぎ出すときと比べたら
だぁんぜ~んラク!!

これだと、交差点や信号で一旦停止するのが億劫じゃなくなります。
(・・・ってか億劫がってはいけないやろう)

ただまあ、ふつうに平坦な道を走っているときは、
しかも時速24km以上になったりすると
完全にアシストなくなるみたいで、
そうなると普通の自転車と同じなんですね。

つまり、ペダルこぎの運動自体は、私の脚がしなければならないのです(笑)
私、そこんとこ少し誤解しておりましたわ。

自転車こぎ運動って
ペダルが軽くても、それなりに筋肉使いません?
ふだん、どんだけ運動不足かって感じですけど・・・

おかげで少しは運動になっていいかもしれません。。。
あるいは、ラクしようと思ったら、ゆっくり走ればいいのかな?
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by prem_ayako | 2014-11-07 15:37 | others | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako