アードラーの夢

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桃源郷

最後の上りに取り組む前、
美しい流れに架かる小さな橋を渡ったところで
少し休息しました。

雑木林の中
ウグイスの声だけが聞こえて
静かです。

尾根に出るまでの次の登りは、おそらく最もきつい坂でしょう。
少し休んだら、また歩き出さなくてはなりません。
いつもなら、いやだなあとか
私に歩けるだろうか?とか
あとどのくらいで着くのだろう?とか
頭の中をいろんな考えがブンブン回るのですが

でも、もうこのときは
未来への不安や恐れなど
マイナス感情は全くなくなっていました。

ただ、この時この場所に、私はいました。
意識がとどまっていました。

ああ、この時この場所で感じたことを
どう表現すればいいのでしょう!

雑木林の中、
ウグイスの声だけがして
風が吹いて
木の葉が鳴って

過去を思ったわけではありませんが
過去から今までの時間の流れの意味が
見通せたような気がしました。
ここ以外の場所を考えたわけではありませんが
ここ以外のさまざまな場所と今この場所に私が居ることとの関係が
分かったような気がしました。

ただその場にいて
道ばたに腰を下ろして
私は幸せでした。

ヒエロファニー(聖体示現)という言葉を知ってはいますが、
そう呼ぶことにはためらいがあります。
また、仏教でいう法身顕現とも少し違う気がします。
何かが現れ出でたわけではないからです。

ただ、マインドが完全に停止して
時間と空間が交差するまさにその一点に、
とどまっていた、というほかありません。

それは、一生忘れられないだろうと思うほど
とてもとてもありがたい体験でした。


夕方、予定より早く山の上の宿坊に着きました。
全身がギシギシいっています。
お風呂に入っておいしい精進料理をいただき
夜は8時ぐらいから爆睡しました(^o^)


翌日、山を下りる坂の途中に
桃源郷がありました。

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この時この場に居合わせることができたという奇跡。

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光も花も、最高です。

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実はいつもいつも奇跡は起こっているのではないでしょうか。
時間と空間が交わるこの一瞬に
私が世界の中に存在していることは、いつだって奇跡です。


あぁひょっとしたら、昨日私がかいま見たのは
縁起の法則だったのかもしれません。
因と縁によってすべてのものが生起しているということ・・・
法身とか仏性とか如来蔵とかいろんな言い方があるようですが

この世界を美しく調えているものは
すべてのものが関わり合い生じさせ合っているという
縁起、
ただそれだけではないかしら?

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この目に映る美しい景色をすべて
仏さまに献げます。
おんまにぺめふむ
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by prem_ayako | 2013-03-27 21:47 | travel | Comments(2)

色即是空

お友だちに誘われて
徳島の山の中へ行ってきました。

とりとめのないお話ですが、
よろしければおつきあいください。


行きの高速バスの中で、
Garchen Rinpoche の般若心経の Commentary を読みました。
英語なのですが、こういうものは漢字だらけのものを読むよりも
英語だからこそまだ少しは分かりやすい・・・ということがあります。

Form is emptiness

形あるもの全て(=色)は、それ自体としては空(=空性)である
(太字は私訳)
この世の事象は何一つとして、そのものだけでは存在していません。
花も花瓶も、太陽や水や、作り手や素材がなくては成り立ちません。
それを「自性がない=空性」といいます。
確固としたもののように思える「自分」も、また同じです。

Emptiness is form

それ自体として空であるからこそ、全てのものが形をもって現れ出る
ここが難しいのですが、is はむしろ brings out ではないかしら。
因と縁によって、そのときそのとき、
形あるものが生じては消えていくのではないかしら。
だから全てが無常で、
瞬間瞬間の生滅が、絶え間なく繰りされているのではないかしら。
ひょっとしたら時間って非連続なのではないかしら。
縁起・空性・無常は、すべて同じことを言っているのではないかしら。

などと考えておりました。


で、まずは11番札所の藤井寺へお詣りし、
そこから12番の焼山寺へと向かいました。

焼山寺。
おそらく阿波一国の中で
もっともきびしい立地に建つ札所でしょう。
3,4年前にヨランタたちといっしょに登った
20番鶴林寺・21番太龍寺と同じぐらいか、
あるいはさらなる難所と言われます。

高度は700mほどでそう高くありませんが、
登り下りを繰り返さないと山の上の宿坊に着きません。
「遍路ころがし」と呼ばれる急坂が6つもあります。

ずっとずっと以前、
まだアドラーギルドでブリガードという野外ワークのあった頃、
ある春のお遍路に初めて参加して、1番から11番まで歩きました。
私はその頃ひどい貧血で
ちょっとした坂や階段でも、すぐに息を切らしていましたので、
翌年の春、この12番焼山寺へのコースがあったのを
とてもじゃないけれど無理だと思って参加しませんでした。
残念ながら、それが最後のブリガードだったんです。

その後に子宮筋腫をとったので貧血も治り、
かよわい(?)奥さんだったのが、
いまや健康なオバサンになりましたんで(笑)
満を持して、登ります。

それでもグループで行くのは、やっぱり無理だったかもしれません。
今回は個人で行きましたので
足弱の私のペースに合わせてもらって、
ゆっくりゆっくり登ることができたのです。



よじ登るぐらいの急坂が続きます。。。
特に歩き始めが、きついです。
お遍路杖を両手で持って、
それを支えに、やっとこさ身体を持ち上げます。
鶴林寺や太龍寺への山道も、ここまで大変ではなかったです。
正直いやんなりますが(-_-)
それでも少しずつは進みます。

・・・そのうちに
ただ、次の足をどこに置くか
急斜面のどこに杖をつくか
それだけしか考えないようになりました。

そして身体が少し持ち上がったら
また次の足をどの石の上に置くか
次の杖をどこにつくか
意識が、それだけに向かうようになりました。

そうしていると、
なんということでしょう、あんなに苦しかったのに、
気がつくと、まるで永遠に歩き続けられるかのように
平気で登っている自分がいました。
身体は、重力に逆らって登ることを喜んでいました!

ほんとうに不思議なことです。
(私の限界は人と比べてかなり低いのですけど)
ある限界を突破すると、
体力は消耗しているはずなのに
心はしーん、と鎮まって
どこからかエネルギーが湧いてくるのです。

たぶんドーパミンが出まくって
深い瞑想状態に入っていたんでしょうねぇ。


色即是空空即是色
私の身体もそれ自体としては空であって
実体のない、ただの器。
苦しいのも虚妄分別
楽しいのも虚妄分別

そんな「ミニさとり」をしながらの山登りでした。。。
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by prem_ayako | 2013-03-27 21:43 | travel | Comments(0)
仲間の教育講演の翌日は、
今度は大阪で、野田先生の公開親子カウンセリングでした。
本邦2度目の開催です!

前回の1月は、会場が40名定員だったので
すぐに締め切りになってしまいました。
それで今回は、思い切って70名入るというお部屋を借りました。
・・・でも、やっぱりぎゅうぎゅう詰めになりました。
みなさん熱気ムンムンで
おおぜい集まってくださいました~(^_^)

あんまり多いと、公開カウンセリングは後ろの席から見えにくいですね。
広い部屋に余裕をもった設営ならいいけれど
ぎりぎりの部屋にぎっしり椅子を並べるのは、ちょっとしんどいです。
大阪で定期的に開催するなら、もう少し会場を検討しなければ。。。


さて本題。

いつも先生は、カウンセリングや講演のあと、
「お勉強になりましたか?」と生徒たちに尋ねられます。
「おもしろかったです!」と答えるのではなく、
「勉強になりました!」と答える方が
先生はお喜びになります。

おもしろさだけを求めてはいけません。
はい、おもしろかったし、また、とってもお勉強になりました!


今回のテーマは、「限界を設定する」でした。
パセージには書かれていない概念ですが、
パセージ・プラスの後半第5章には次のように書かれています。

ある種の不適切な行動は、「選択できない可能性」です。そのような行動をしてはならないことを、子どもに教えなければなりません。「すべきことと、してはならないこと」を教えるのが、育児の大きな目的です。


カウンセリングの手順は前回と同じで、
まずお母さんのお話をお聞きし(レポート・周辺情報・エピソード)
問題の所在をはっきりさせます。
それからお母さんに退出していただいて、
子どもさんに入っていただいて、お話を聞きます。

今回のクライエントさんは、16歳の高校生。
明るく活発な女の子で、
しかも関西人ですから聴衆への「受け方」をご存じで(笑)
まあ、とっても楽しくお話をしてくださいました。
魅力的な、ほんとに可愛いクライエントさんでした。

若い子特有のおしゃべりは
放っておけば延々と続くかと思われましたが、
そこに先生が1つ2つ質問をされると
真面目なお顔になって、ちゃんと考えて答えてくださるのでした。

子どもさんは、特に「してはならないことをしている」わけではありませんが、
お母さんには「こうした方がいいんじゃないかな」という思いがあります。
ですから子どもさんも「そうした方がいいんじゃないかな」と思われるなら
そこではじめて、そのことについて相談することができます。

そのあたりのことを子どもさんに聞いてから
もう一度お母さんに入っていただいて、ここからは3人でお話をします。

おもしろかったのは、子どもさんが抵抗なさったこと。
だって「限界を設定」されるのは、あまり楽しいことではありませんものね。
このへんはカウンセラーの腕の見せ所、
言葉巧みにクライエントとの目標を一致させていきます。

最後に、ていねいに代替案について相談して終わりです。
クライエントさんにお持ち帰りいただく「おみやげ」は、この代替案ですが

学習者としての見どころは
「目標の一致」の取り方だったんじゃないかな~

子どもさんって正直ですから、イヤなものはどうしてもイヤって言います。
身体も表情も全部使って抵抗なさるのを
どう勇気づけて
もう少しだけ大人になっていただくか。

実は一番後ろに座っていたこともあり、
いまいち、ここでの先生の「技」の手順を観察できなかったのが
・・・クヤシイ(笑)

主催者側の立場にいると、いけませんね。
こうなったら、他地域主催の先生の公開カウンセリングを
追っかけしようかな~
それで前の方の席を陣取ろう(^o^)


その後の講演や質疑応答もおもしろく、いえ、勉強になり、
先程のカウンセリングへの理解がさらに深まりました。
クライエントの子どもさんもずっといっしょに聞いておられましたので
彼女にとっても、
ものすごく学びになったのではないかな?と想像しております。

とっても仲良しの母娘さんで、
なんだか、うちの娘があの年頃だった時を思い出していました。
あの頃にこの公開親子カウンセリングがあったなら、
きっと一緒に来ていたな。
ひょっとしたらクライエントを希望していたかもしれません~(^^)
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by prem_ayako | 2013-03-22 23:29 | psychology | Comments(4)

教育講演会

アドラー心理学の自助グループ「ポント・クラージュ」で
ごいっしょしている3人の若いお友だちが
先日、神戸で『教育講演』会を開かれました。

『教育講演』は、アドラー心理学に初めてふれる方たちに
子育ての基本をわかりやすくお伝えするため、数年前に作られました。
完成度の高い原稿がをありますので、
これをもとにお話しする会を開いて地域の仲間を増やしていきたい!と
お友だちが自主的に計画されたのです。

Mさんは、いつも私たちを引っ張ってくださる牽引車のような方♪
Hさんはその昔、私がリーダーをしたパセージでアドラーに出会われた方♪
Tさんも、昔ポンクラがご縁となってパセージに入られた方です♪
この方たちが講演をなさるっていうんですから、
そりゃぁ、応援に行かなくてはね!(^^)v

残念ながら人の集まりは多くありませんでしたが
初めての方も来ておられましたし、
Mさんのお母さまも、お友だちといっしょに来てくださいました。
とってもアットホームな、くつろいだ集まりでしたよ。
人数は問題ではありません~(^^)

講演も、とてもわかりやすくて、大成功だったと思います。
標準語Hさんの、説得力ある落ち着いた語り。
神戸弁Mさんの、迫真のロールプレイ。
目力のあるTさんの、名演技。
三者三様の個性が見事に生かされていました。


私は台本を知っていましたし
他の方のされた同じ『教育講演』を聞いたこともあります。
だから新しいことを学ぶわけではなかったのに、
なんだか初めて聴くみたいに、ぐいぐいと引き込まれておりました。
そして途中からは、感動でウルウルしてしまって、
やばかったです(^^;)

3人の一生懸命な姿を見ていると、
この方たちが心の底から
本気でアドラー心理学を伝えようとしておられることが
ひしひしと伝わってきたからです。

ああ、この人たちは
本当にアドラー心理学が好きなんだなあ!って感じて
そのことが、無性に嬉しかったのです。


アドラー心理学を熱心に学んでいる人がみな
アドラー心理学を大切に思っているのか?というと
残念ながらそうとも言えないような気がします。
また、アドラー心理学を上手に使いこなしている人がみな
アドラー心理学の素晴らしさを伝えようとしているか?というと、
それも、よくわからないように思うのです。

どう説明すればいいでしょう?
生意気なことを言ってしまうと
アドラー心理学が one of them でなくなって
これぞ人間関係の指針、と surrender した方は
見ていると違うのです。。。

実践が完璧かどうかなんていう問題ではなく
学んできた年月にも、資格のあるなしにも関わりなく

アドラー心理学を生きることを決めた方には、
そう、独特の迫力があるのです。
そして自信をもって生きておられるので
ぶれないし、美しいのです。。。

3人のお仲間は、この日、3人とも、
目がキラキラ輝いて、とぉっても美しかったです!
(いや、もともと普段からお美しいんですけどね~)

素敵な会でした。
どうもありがとうございました!
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by prem_ayako | 2013-03-22 00:19 | psychology | Comments(2)

瓜南直子さん

b0253075_22291776.jpg日本画つながりで
忘れられない方のことを少し。

ほとんど私と同世代の日本画家
瓜南(かなん)直子さんです。

何で見つけたのだったか忘れてしまいましたが
たしか Twitter で私がフォローしている人が
この方の絵のことを呟いておられたことから
調べて見たのだったと思うのです。

雑誌「表現者」の表紙絵を2年ほど描いておられたので
見覚えのある方もおられるのではないかと思います。
一度見たら忘れられない、とても印象的で幻想的な絵です。

b0253075_22153534.jpg

さらに、たどり着いたブログが素敵だったのでした。
制作中の絵のことや展覧会のことも書いておられましたが
私がひかれたのは、鎌倉でのさりげない暮らしのお話で
路傍の花を愛でたり、
庭で魚の干物を作ったり、
お酒のあてによさそうなおかずを作ったりしておられました。

・・・というと、なんだか地味な生活人のように聞こえますが
実は美貌の才媛、
b0253075_22175974.jpgこだわりの食通でお酒呑み。
独特のセンスの絵と文に、
すっかりファンになりました。

「ごぼうの小枝きんぴら」
このブログで覚えて
今でもよく作ります。

1,2回、瓜南さんのツイートに対して
1ファンとしてコメントをさせていただいたことがあります。
瓜南さんはお返事を返してくださいました。
・・・それだけのご縁でした。

最後のブログは2012年4月11日。
「いずみは湧き続ける」

その後、Twitter では
体調をくずして入院されたこと、
重湯の病院食しか食べられないことなど書いておられました。

口取り[蚕豆、蕨の射込み信田巻、生麩木の芽田楽]。煮物[蕗、筍、干椎茸、鯛真子、絹さや]。揚物[あぶらめ揚おろし 菜の花]。飯[豆ご飯 山椒干葉煮]。汁[あさり清汁 針生姜]。箸休め[桜塩羹]。水菓子[枇杷]。こんなの食べたい。みんな、ちびすけサイズで。

なんて。。。

それからぱったりツイートがなくなり
ブログの更新も止まり

でも、まさか亡くなっておられたとは
最近まで知りませんでした。

平成24年6月4日だったそうです。
この方と、もっと同時代を生きたかったと思います。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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by prem_ayako | 2013-03-04 22:32 | others | Comments(2)

四天王寺金堂壁画

お友だちと待ち合わせて
四天王寺へ行ってきました。
お友だちのお友だちが境内の市に染め物を出品されるとかで
よかったらご一緒しましょうか~と、
b0253075_2394287.jpg急遽、話が決まったのです。

お友だちは、四天王寺は初めて。
私は2,3度来たことがあったのですけど
実はきちんと拝観したことはなくて、
今回、初めて五重塔と金堂に入りました。

行ってよかったです!!本当に!!

四天王寺はとっても広大なのですが、
手作りの雑貨や食べ物の屋台の並んでいる伽藍の外とはうって変わり
拝観料の必要な伽藍の内側は
とても静かで、日曜日というのに閑散としています。

みんな、ここにどんな宝が眠っているのか知らないのでしょーか?
・・・って私も、まったく知らなかったのですけどね。

金堂は入り口がよくわからなかったので、
まずは五重塔へ。
扉が開いていたので、おっかなびっくり足を踏み入れました。
(これってかなり珍しい機会だったようです。後で聞くと。
この塔に上ったことのある人ってわりと少ないかも)

・・・四天王寺は聖徳太子が建立されたお寺ですが
何度も火災にあって建て直されています。
入り口から見えたのは、煤けてよく分からないモダンな感じの壁画。
あんまり期待できない気配だったのですが、
でもまあコルラ(右遷)してみると
「土足禁止」という張り紙のある暗い階段の上り口がありました。

「上ってみます?」
「どうしよう。せっかくだから上りますか」

お友だちがいなければ、
きっと靴を脱ぐ面倒くささにくじけていたと思うのだけど
がんばって螺旋階段を上へ・・・上へ・・・
てっぺんまで息を切らせて昇ったら、
舎利塔がありました!

うわー仏舎利が置いてあるとは知らなかったです!
ありがたやありがたや・・・

そこでお友だちと
「やりますか?」
「やりましょう」
と、五体投地をいたしました(^^)

いきなり濃かったですね~
来た甲斐がありましたね~
講堂の十一面観音さまや阿弥陀如来さまを拝んでから
もう一度、金堂に戻りました。

あ、ここから入れるんや~とようやく気がついて入ったら、
思いがけず、またまた素晴らしいものに出会うことができました。
お堂の内側全面に描かれていた壁画は
お釈迦様の一生を描いた仏伝図でした。

右回りにまず最初の絵には、
ルンビニ園での麻耶夫人が描かれていました。
樹下の麻耶夫人と、傘をさしかける侍女たちの美しさ華やかさ。
抑えた色の緑と地面の小さな花々、
木の葉の間に見え隠れする小鳥たち。
え?これ、めっちゃいい絵じゃないですか?!
と、しばらくその場を動けませんでした。

入り口の木札には「中村岳稜画」とありました。
無知な私たちは何も知らなかったのですが(^^;)
実は、後で調べたら、とぉっても有名な日本画家さんだったのです~!

きれいだわ~!と感動しながら2枚目に進むと、
麻耶夫人の右脇の下から生まれてすぐ、
7歩歩まれた小さなお釈迦さまが
蓮の花の上で右手を上げて立っておられました。
東大寺の誕生釈迦仏立像の水盤と同じポーズです。

後光がとても美しく裸のお釈迦さまを荘厳していて
しかもものすごく可愛らしくて
文句なく、私の大好きな絵の1枚になりました!

(この絵をインターネットでどうしても検索できず、
お目にかけることができなくて残念です。
「中村岳稜四天王寺金堂壁画」という本があるようですが、
古書店でもアマゾンでも、ウン万という値段がついています)

3枚目は白馬に跨がる出城の場面です。
ね、美しいでしょう~?

b0253075_23162299.jpg

ただ1959年制作の壁画ですので、もう50年以上経っているわけで
今はもう、残念ながらこんな鮮やかさは失われています。
全体に灰色にくすんだ感じで・・・
それでも十分に素晴らしいですが。

次は降魔と成道。
続いて鹿野苑での初転法輪。
最後に沙羅双樹の下で涅槃に入られた場面。
・・・どれもほんとうに見応えのある壁画でした。

中村岳稜氏は1890年~1969年。
文化勲章も受けられた方のようです。
四天王寺の壁画は69歳のときの大作ということになります。
他の氏の絵を見ていない私が言うのもなんですが
晩年の傑作ではないかしら。

これから何度も見に来ようっと固く決心しました(*^_^*)
だって拝観料、たったの300円ですよ~
美術館よりずっとお得だと思います!
(ただ、保存にもう少しお金をかけていただくのが良いかもしれません・・・
ただ、それでガラス張りになったりすると、逆に残念かもしれません・・・
むずかしいところです・・・)


さてお友だちのお友だちのお店も無事見つけてちょっとお喋りし、
私はお茶粥用のお茶をゲットし、
帰りの参道では釣り鐘まんじゅうをおみやげに買い、
お友だちは、はったい粉を見つけて喜んで購入していました。
ツァンパを作るのだそうです(^^)

たのしく尊い
ひな祭りの1日でした♪
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by prem_ayako | 2013-03-03 23:26 | friends | Comments(3)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako