アードラーの夢

ayakoadler.exblog.jp

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

<   2013年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧

重曹歯磨き

だいぶ前、
なんとなく覗いている知らない方のブログに
重曹で歯磨きしているの
真っ白になるよ
でもよい子は真似しちゃだめよ・・・
って書いてあるのを読みました。

そのときはへえーと思っただけでしたが
別のときに、その方の口元を写した写真がのっていて、
おやまあ!ホントに真っ白でぴかぴかじゃん(@_@)と驚きました。

ネットで調べたら、やってる人はわりといるみたいなんで

黒豆を炊くときに使った重曹の残りがあるので、
私も悪い子になってみることにしました(^_^;)


朝の歯磨きのときに、市販のペーストの代わりに
重曹をほんの少し歯ブラシにつけて、
ふつうにみがいてみました。

ほう~
この味は・・・!
少ししょっぱいこの味は、
歯医者さんでときたま研磨してもらうときの味に似てるかも?

まずい!と言う人もいるみたいだけど、
私はあんまり違和感ありません。

食用の重曹なので、飲み込んでも大丈夫なはずですが、
塩分がきつそうなので
きれいに吐き出しました。

口の中がさっぱりして、
すこぶる後味がようございます。
歯の表面もつるつるになった感じです。


しかしなんといっても重曹は
レンジ磨きとかお掃除に重宝するものですよね。
歯が削れてしまうとか、溶けちゃうとか、そんな危険はないんでしょうか?

ネットでよくよく調べてみましたが
あんまりゴシゴシしなければ大丈夫みたい。。。
(と希望的に結論づけました)

で、市販の歯磨きペーストにも重曹入ってるんじゃないかしらと思って
裏の成分表を見ましたら(今までじっくり見たことがなかった)
なんちゃら剤、なんちゃら料、なんちゃら塩って
20ぐらいの薬品名がずらずらっと書いてあったので
気持ち悪くなってしまいました~(>_<)

今まで平気で使ってたんですけど。

こ、これ使うよりは
重曹だけとか
食塩だけとかで歯磨きするほうが
ずっと身体に良さそうです・・・・・

これから長~いこと歯を使わなければならない
若い人や子どもさんにはオススメしませんけど

まぁ私なんて、
どうせあと20年とか25年とかでしょうから

しばらく続けてみよっかな。

実験してみますね。
乞うご期待。
[PR]
by prem_ayako | 2013-01-26 00:23 | others | Comments(4)

公開親子カウンセリング

はじめて、師匠の親子カウンセリングを見せていただきました。

・・・と書いて思いだしたのですが、
子どものカウンセリングに関しては
ずぅ~~っと以前、
旧いアドラーギルドの大研修室で毎月公開カウンセリングをやっていた頃、
小学生の男の子がクライエントになっているのを
一度だけ見たことがありました。
まぁどうするのかしらん?と素人の私は思ったものでしたが、
師匠は大人に対するのとまったく同じに、
淡々と、軽々と、カウンセリングしておられました。

それから、英語の親子カウンセリングだったら、、
フランク・ウォルトン先生のを拝見する機会に何度も恵まれています。
こちらは Open Family Counseling(公開家族カウンセリング)と言っていますが。

2006年だったかな?
NASAP(北米アドラー心理学会)に行ったとき
無謀にもウォルトン先生の Family Counseling 1日コースを受けたのです。
そのころはまだ、講義も7割ぐらいしか理解できなかったけれど
先生の開発された Most Memorable Observations という技法を
くわしく教えていただきました。
午前に1家族、午後に1家族のデモンストレーションを拝見したのですが
カウンセリングになると、
ほとんど全く聴き取れませんでした~(>_<)

b0253075_22183986.jpgこのときのパーティ写真発掘~ →
若いね・・・

ICASSIに行くようになってからは、
毎回(といっても3回だけど)
朝の全体講義でウォルトン先生の
Open Family Counseling を
拝見しています。

ウォルトン先生担当の日は、いつもはゆっくりの参加者たちが
早くから会場につめかけて、少しでも前に陣取ろうとするのです(^^)

英語ネイティブのクライエントさんだと
肝心なところが聴き取れないことが多くて
やっぱり相変わらずストレスフルなのですが・・・
言葉が分からない分、
ウォルトン先生の姿勢(!)や間の取り方(!)については
ほんとうに一生懸命見ております~。

たぶん私以外の日本人参加者たちもみな、
物真似ができるぐらい(笑)
ウォルトン先生の動きに精通しているのではないかしら?

ウォルトン節(ぶし)、
とっても特徴的なんですよ!
ゆっくり両手を持ち上げて、その手をぴたりと空中に止め
「Could it be ...?(それはひょっとして・・・ということかな?)」
と、お・も・む・ろ・に、おっしゃるのです。

前置きが長くなりましたが、
野田先生は昨年のICASSIで、1週間、
ウォルトン先生のクラスに入って吸収しておられましたから
どんなふうに親子カウンセリングをなさるのかな~と
とっても楽しみだったのです。


さて、その野田先生の公開親子カウンセリング。
先日の成人の日に開催されました。
お母さんのお話は、最初からとても理路整然としてわかりやすく、
そこに先生が質問されると、さらに問題の所在が明らかになっていきます。
お母さんの認識反射も楽しく出て、
だいたいの方針が決まったところで退出していただき、
かわりに子どもさん登場です。

最初は少し緊張しておられましたが
あら不思議、知らないおじさん(=先生)の問いかけに答えるうちに
笑顔がどんどん増えてきました。
大勢の人の前なのに、
臆せず、落ち着いてしっかり考えて
正直に自分の言葉でお話ししてくださいました。

感動~!!(T T)

恥ずかしながら、最後の方は私、涙目でした。

小学校の発表会や卒業式で
我が子やお友だちの見事な成長ぶりに
じぃ~~んとなることがありますよね。
あの感じに近いかな・・・


だいたいお話の方向が決まったら、
もう一度お母さんに入っていただきます。
今度はカウンセラーの前に、クライエント親子が並んで座ります。

カウンセラー「・・・で、どうしたらうまく話し合えると思いますか?」
子どもさん「うーんと、やっぱりぃ言葉を使ってぇ、
こっちの言いたいことだけじゃなくて、向こうの言うこともちゃんと聞いてぇ、
お互いに悔いのないように話ができたらいいなと思います」

す、す、すばらしいっ(T_T)
なんてかしこいんでしょう!

あとの質疑応答のときに、野田先生は
「こちらが子ども扱いしなければ、子どもは持てる全能力を発揮するのです」
と教えてくださいました。

いやしかし、それだけではないでしょう!
それは、表面に現れていることのごくごく一部ではないかと思います。

私の席からはよく見えなかったけれども
たぶん先生の表情、呼吸、姿勢、動き
などの身体の使い方。

それからもちろん、言葉の使い方、間の取り方。

そしておそらく最も大きいのは、心の使い方(心構え)・・・

「相手を子ども扱いしない」とは
言葉使いだけの話ではありません。
たとえば
「ゆっくりと考えていいですよ、待っていますからね」
というメッセージは、一度も言葉としては発せられませんでした。
それでも子どもさんには確実に伝わっていました!
言葉ではなくて、そのメッセージが、先生の身体や態度を通して伝わったから
リラックスして、正直にお話ししてくれたのだと思います。

カウンセラーが、持てる能力・技術・経験・精神
それら必要な部分を全て、惜しみなく向けるからこそ
クライエントもそれに応えて、全能力を発揮するのだと思います。

だから大人であろうと子どもであろうと関係なく
どのクライエントさんに対しても、
こちらの全人格でまっすぐに向き合うこと。
それが尊敬と信頼をもって人と接するということ。
・・・と学ばせていただいたのでした。

そして、子どものクライエントさんの姿に
私がものすご~く感動したのは、
そこに、なんだか大きな希望みたいなものを
感じることができたからだと思います。

私たちが子どもたちと正しくつきあえば
子どもたちはこれほどの能力を発揮してくれるのです。
私たちが成長することで、子どもたちは私たちを超えて成長するのです。
このことが目の前で証明されたのです!
なんてステキなんでしょう、
私たちの努力によって未来は拓けるのですよ。


ところで、ウォルトン節がどの程度野田先生に感染していたかというと
残念ながら、ほとんど私には感知できませんでした。
まぁ考えたら当たり前ですね。
きれいに消化され熟成されていたのでありましょう(^^)
[PR]
by prem_ayako | 2013-01-18 22:41 | psychology | Comments(3)

『新版 靖國論集』

昨秋、旧アドラーギルドの事務所閉鎖のころ、
誰も引き取りてのなかった社長のご蔵書の残り福。。。
がらがらの本棚に残っていた1冊のご本をいただいて帰ってきました。

江藤淳 小堀桂一郎 編『新版 靖國論集 日本の鎭魂の傅統のために』
近代出版社

b0253075_22392325.jpgどうですか、この徹底した旧漢字!
・・・そりゃあ、誰も持って帰らんわね(^^;)

編者のおひとり、江藤淳さんについては
『南洲残影』
『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』
などを読んでいました。
どちらもきわめて良い本です!

また靖国神社には、今までに2度お参りしました。
2度とも遊就館に入って
国のために亡くなり今は神となって祀られている方々の
最後のお言葉を読み
最後のご様子の展示を
くいいるように眺めました。

・・・靖国で感じたこともいつかは書きたいのですが
書こうとすると、今でも私はすこぶる情的になってしまいそうです。
なので、それはまたの機会にして
今日はこの本のご紹介をちゃんと理性的に(?)しようと思います。


昭和60年8月15日、
ときの内閣総理大臣中曽根康弘が靖国神社を公式参拝したことに
中国が猛反発し(←内政干渉だと思うんだけど)
国内でもマスコミが騒ぎ立てました。
この論集は、その状況を受けてまとめられました。
帯には「靖國擁護の名著」と書かれています。
私が手にしているのは、昭和61年(1986)発刊の『靖國論集』を
コンパクトに再編して平成16年に復刊されたものです。

私・・・まだまだ知らないことがたくさんあるな~
とわかりました。
今までだってある程度お勉強してきたつもりだったんですけど
やっぱりまだかなり洗脳されていましたね!

どんなことがわかったかというと
え~と

(1)いわゆるA級戦犯を断罪した「人類の平和と安全に対する罪」
なんてものは全部でっちあげだってこと。
(この程度のことはみなさんもうご存じでしょうが、
この本ではとても丁寧に
国際法などの論拠をたくさん示しつつ説いてくれています)

(2)「信教の自由」なんて謳いながら、
実は現在に至るまで神道だけがハミゴにされていること。
(キリスト教行事になら、「公人」が参列しても
マスコミはまったく問題視しません~(>_<))

(3)「政教分離」を盾に公式参拝を非難する人もいるけど
「政教分離」とはつまり、いかなる者も政治によって
宗教儀式や行事への参加を強制されない、という意味であること。
(「信教の自由」と「政教分離」は両立できるはずです)

(4)日本では War of Aggression をなぜか「侵略戦争」と訳しているけど
正しくは「攻撃戦争」または「侵攻戦争」と訳すべきものだってこと。
(なんかこの訳語によって
ずいぶんニュアンス変えられてしまってますよね)

(5)仮に百歩ゆずって日本の「侵攻戦争」が
「人類の平和と安全に対する罪」だったと断ずるとしても、
国家行為の責任を、その時の指導者の個人責任に帰するなど、
ひどい暴挙じゃないの、そんなこと許してどうすんのよ!ってこととか

でございます(^^;)

えらい先生方のご論文を
めちゃくちゃざっくりご紹介しちゃって乱暴なんですけど、
そうは言っても、みなさま方がこの本を買って読まれる確率は
たいへん低いと思われますので
やっちゃいました(笑)


国のために亡くなった方々の霊魂を
後の世の国民が心を込めて鄭重にお迎えしお慰めするのは、
当たり前のことだと思います。
占領下では残念ながら仕方ありませんでしたが
なんで今もないがしろにしたままなんですか?!

「それ(神道指令)は国家神道、神社神道に対する日本政府の保証、支援、保全、監督ならびに弘布を廃止せよとの要求を以て、日本国民の精神的弱体化を画策した、初期占領政策の大いなる眼目といふべきものであった。より具体的に言えば、日本の国家構造という肉体から国民宗教という魂を抜き取って、日本国を霊魂なき形骸のみの国、謂わば生ける屍にしようとの目論見に発したもので、これは国際法の慣習を蹂躙した、史上に前例のない苛酷な占領政策の強制である。・・・
 この神道指令なるものは、すでに占領下においてその行き過ぎを批判され、神道側からの執拗な抵抗にも遭い、履行は部分的に緩和されるところがあったし、又何よりも昭和27年の占領解除、講話条約発効と同時に法的ならびに実質的に効力を失ったと見なされる。ところがこの神道指令の当初の眼目にして又かつ最も問題的な部分である、宗教と国家の分離という異常な反文明的思想は、これも米占領軍総司令部民政局の1週間足らずの強行作業によって急造され、日本政府に押しつけられたものである日本国憲法の中に夙に取り入れられ、かつその原則に固執して運用すべきものとの法解釈が定着してしまった。靖国神社をめぐる現在の諸々の禍の根は、全て以てここにその端を発している。」
小堀桂一郎 あとがきより


この本が出版されてから、すでに26年。
状況は良くなっているのやら、
悪くなっているのやら・・・(> <)
[PR]
by prem_ayako | 2013-01-17 22:47 | japan | Comments(4)

『チベットの秘密』

だいぶ前に手に入れた
ツェリン・オーセル/王力雄 著 劉燕子 訳
『チベットの秘密』をようやく読み終わりました。

オーセルさんの詩、
オーセルさんのエッセイ、に続いて
王さん(オーセルさんの夫)の論文、
そして最後に劉さんによるツェリン・オーセル文学論
というちょっと変わった構成です。

第3部の論文「チベット独立へのロードマップ」
になかなか手がつけられなくて
それで読み終わるのに時間がかかっていたのでした。
政治関係苦手なもんで・・・(^^;)
実際読んでみたら、けっこうおもしろかったけど。。。


オーセルさんの詩やエッセイについては、
野田先生が2日にわたって詳しく補正項に書いてくださっていますので
付け加えて申し上げることはほとんどないのですが

ひとつ、泣けてしかたがない詩篇とエピソードがありましたので
それだけシェアしたいと思います。

「私は俗世では生長しない花を抱く
 枯れ萎む前に急ごう
 目に熱い涙をたたえながら、急いで行こう
 一人のえんじ色のご老人に捧げるためだけに
 一すじのほほえみが、世々代々を
 一つに結ぶ」

「えんじ色の僧服をまとったご老人、
 私たちのエシェ・ノルブ(宝物)、
 私たちのクンドゥン、私たちのコンサ・チョク(偉大な法王様)
 私たちのギェルワ・リンポチェ(ダライ・ラマの尊称)」

多くのチベット人は、このえんじ色のご老人にお会いして
お説教を聴き、加持を受けることを渇望しています。
それはもう心から、何十年も待ち焦がれています。
でも、それができません。
申請してもパスポートを入手できないからです。

(仮に運良く正規のパスポートが入手できたとしても、
えんじ色のご老人にお会いするには相当の覚悟が必要です。
たとえば昨年のお正月、
インドのブッダガヤで法王のカーラチャクラ灌頂を受けるため出国したチベット人の多くは
帰りの国境で、なけなしの持ち物、法具、お土産、すべてを奪われ、
ひどい場合にはそのまま連行されました。
当局の気にいらないことをあえてすればどんな目に遭うか。
あとで見せしめにするのは、あの国ではよくあるやり方のようです。)

このことを考えると、
ダライ・ラマ法王が日本を頻繁に訪れてくださること、
日本が猊下の来日を許可していること
(アジアのほとんどの国は猊下へのビザを発行しません)、
お話を直接お聞きする機会をもてることが
どんなに貴重で稀なことか。
ありがたく、また申し訳なく感じます。

でも、ある日、オーセルさんは、猊下にお会いすることができました。
インターネットを通じて!

2011年1月4日、インターネットのビデオチャットを使って
北京にいる、人権問題に取り組む弁護士2人と王力雄と
ダラムサラにおられる法王との対話が実現したのです。

オーセルさんは、北京の自宅で、
夫の王さんの後ろに張りつくようにして、
一語一語に耳を傾けていたといいます。

「私は涙があふれるばかりでした。チベット人のやり方で頭を三度床につけ、祈祷の言葉を口ずさみながら、両手でカタを捧げ持ち、パソコンの前でひざまずきました。涙目のぼんやりした視界の中で、尊者がはるばると両手を伸ばしてカタを受け入れ、さらに、私に加持祈祷をしてくださったかのように見えました。言葉では言い表せない深い感動を覚えました・・・」


チベット人の精神性の高さは
宗教によるものです。
そして宗教を持たなければ、
b0253075_14145445.jpg人は人に限りなく残酷になってしまう。
中共のやり方を知れば知るほど
悲しいことですが、つくづく感じざるをえないのです。

この本はできるだけ多くの人に読んでいただき
どのようなことが現在チベットで進行しているか
知っていただきたいと思います。
知ることが必要だと思います。
・・・心は暗くなりますが。
[PR]
by prem_ayako | 2013-01-15 14:18 | tibet | Comments(1)

思い出の箱

久しぶりに息子が来たので
こうすけが眠ってから、いろいろ話をしました。

元夫(息子の父親)は今年の夏に引っ越しするそうです。
以前私たちがいっしょに暮らしていたマンションは
けっこう広いメゾネットなので、
娘が嫁ぎ
息子が一人暮らしになった今、
元夫にしたら無駄に広すぎるということかもしれません。
売却して、もう少し小さなマンションに移ることにしたようです。

その件に関して、私は何も言う立場になく
子どもたちと元夫とが話してそう決まったのですから、
それでよいとは思っています。


でも・・・ふつう実家に帰れば、
子どもの部屋はそのままおいてあって
小さい頃のものがあれこれ残っているものだと
私はなんとなく思ってきました。

古い日本の家屋だったら、それがふつうに可能なことだったのでしょうね。
今の時代の都会での住環境、さらに
離婚を経て家族が別々に暮らす生活ですから
しかたがないのですが・・・

子どもたちに実家がなくなってしまうのは、
なんとなく申し訳ない気持ちがするのでした。


私は子どもたちが小さな頃の写真や作品を整理して
ひとつの段ボール箱に詰めて出てきました。
その箱のことを息子に言うと

それは僕が持っていたいものじゃない。

と言います。

僕が小さい頃のものは、僕はいらない。
その箱は、お母さんやお父さんが持っていて
お母さんやお父さんが見て、思い出すものやろう。
そういう意味のものやろう。

と言いました。
!!
そうでした。
子どもの思い出を大事にとっておきたいのは、親の側でした。

息子の小さい頃の思い出を詰めた段ボール箱を
私は宝もののように思っていて
それを持って出ることはできなかったけれど
それが、あの家のあの部屋にあると知っていることで
心が落ち着いていたのでした。

その家が人手に渡るとなると、
あの段ボール箱に象徴される子どもたちとの思い出が
なんだか壊れてしまうような気がして
私は動揺したのでした。

執着ですね~!

すべてのものは移りゆく。
思い出の箱にも思い出そのものにも実体はない。
あるのはそれにとらわれている私の意識だけです。

化石に執着するのはやめましょう。
それを教えてくれた息子に感謝です。
彼は過去の感傷に浸る暇はなく、
今現在をせいいっぱいに生きています。

今の息子を愛そう。
今の娘を愛そう。
今のこうすけを愛そう。
私にできることをせいいっぱいして。
[PR]
by prem_ayako | 2013-01-02 22:05 | family | Comments(0)

おかえり!

b0253075_21141218.jpg昨年の話になってしまいましたが
スピリチュアル・ワークから帰った翌日から、4泊5日、
娘とこうすけが我が家に滞在していました。

こうすけも、もう2歳と2ヶ月になりました。
言語面の成長が著しく、
2語文、ときに3語文も言えるようになって
「きんじょ、こーえん、行った」
「しゅべりだい、した」
などなど、いっしょうけんめいお話ししてくれます。
まだ助詞のないところが、ますますかわいいっと思うのでした(^^)

彼の言いたいこともある程度伝わり、
私たちの言いたいことも伝わるようになってきて、
おかげで、おつきあいがずっとラクになりました。
触ってほしくないものについては、きちんとお願いをすると
一応は(^^;)きいてくれます。
というわけで、ニューパソコンもお仕事のキャビネットも無事でした(ほっ)


彼らの滞在中も私はカウンセリングの予約があり、仕事に出かけました。
夕方に帰宅してマンションのドアを開けると
娘の「お帰り~」の声に続いて
こうすけの高い声の「おかえり!」が聞こえました。

ああ、この感じ!
なんだかすっごく懐かしい。

家に帰ったときに、家族に待ってもらっていたんだな~と感じる感じ(^^)
これこそ所属しているという感覚ですね。

子どもが大きくなると、
そんなふうに待たれることがだんだん少なくなって、
そのぶん
あの分かちがたい子どもとの一体感も、だんだん少なくなっていきました。

子育て中は誰しも、もう少し自由な時間がほしいと思うものでしょうが、
実はあの時期は、本当に、貴重で希有で幸福な時間だったんだなあ!
と、こうすけの「おかえり!」を聞いてしみじみ懐かしく思ったのでした。


b0253075_2116769.jpg27日の晩には息子もやってきました。
こうすけの居るところには、家族が集まってくるのです。
こうすけは「(ゆう)や・にーに!」と呼んで大興奮。
子犬のようにはしゃぎ回ってなかなか寝つきませんでした(^^;)


28日は、夕方までこうすけとお留守番をしました。

うちの窓からは、生駒山を越えて伊丹空港に向かう飛行機がよく見えます。
最初、窓から飛行機を見つけたこうすけはものすごくびっくりして
「ひこーき、ひこーき」と大騒ぎでした。
飛行機のおもちゃを自分のリュックから出して「いっしょ!」と言い、
ずっと窓際で「ひこーき~」と待っていました。

飛行機は少し待っていたら必ず飛んできますし
一度などはヘリコプターも飛んで
「へぷた、見た。へぷた、見た」と大興奮でした。


この晩はこうすけの大好きなカボチャを炊きました。
こうすけは私がカボチャを料理するところを
ずぅ~っと見ていて、期待がいや増した様子。
娘の帰りを待ちきれないので、先に食べさせ始めることにしました。

ところがご飯や他のおかずには目もくれず、
ものすごい勢いでカボチャのお皿に取り組みます。
いつも娘がやっているように、他のものも食べさせないといけないんじゃないかな~と心配しながらも、
「かーちゃ(=かぼちゃ)、かーちゃ」と次々要求するので
どんどんおかわりを入れてあげました。

途中で帰ってきた娘も
「遅くなってごめんね、ほっておいてごめんね」といつもよりやさしくなっていたので(笑)
「かーちゃ、かーちゃ」の声に負け、どんどんカボチャを与えました。

あんまりたくさん食べたので、
こうすけの小さな身体は全部カボチャでできていると
言ってもいいぐらいになりました(^o^)

さらに、翌朝目をさましたこうすけの第1声も、「かーちゃ!」
きっとカボチャの夢を見ていたのでしょうね(^o^)
カボチャたっぷりのウンチも出ました~(^o^)

29日昼過ぎにお婿さんが車で迎えに来てくれて
いっしょにお昼ごはんを食べてから、
お正月を香川で過ごすため、3人は発って行きました。
こうすけは、「ばーば~!ばいばい!」と元気に手を振ってくれました。

か~わいい~!
こうすけ、いつまでもばーばと仲良しでいようねっ♪

b0253075_21173987.jpg
[PR]
by prem_ayako | 2013-01-02 21:43 | family | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako