アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

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チベットな週末(2)

その次の週末、連休のプラサードをパスして(^_^;)
京都の北野天満宮の近くへ2日間通いました。
またもや「三十七の菩薩の実践」の講義を受けるためです。

このたびはニチャン・リンポチェとおっしゃる
ニンマ派の高僧から教えていただきました。

われながら、これ!と思ったものに対しては、しつこいです。
「三十七の菩薩の実践」は
これで、カギュ派、ゲルク派、ニンマ派と
チベット四大宗派のうち日本で受けられる三つを踏破したことになります(笑)

おかげでテキストも正しいチベット語版がゲットできたし
内容についても、だんだん納得してきました。
チベ語で読む速度も、ちょっとずつ速くなってきましたよ♪

ニチャン・リンポチェは1935年生まれなので御年77歳。
1974年に高野山大学の講師として来日され、今は関東にお住まいのようです。
ですから、日本語がぺらぺらです。

ニンマ派のラマから教えを受けるのは初めてでしたが
印象としては
ゲルク派のラマたちはとても分析的で理系の感じなのですが、
ニンマ派のこの方は、ご自分の師から教わった言葉をそのまま記憶しておられて
分析的というより、包括的、
日本語も英語もサンスクリット語もご堪能で、文系の感じがしました。

とても良いおじいさんで
ご自分の師のお話をなさるときに、感極まって声を詰まらせたりなさって、
謙虚で誠実でお優しくて
私は、後ろにガーリンポチェが透けて見えるような気がしたものでした。

ですが、
もうこの派の集まりに行くことはないでしょう。

リンポチェをお呼びした京都のグループの人には
このリンポチェに対する帰依心、
平たく言うと、尊敬や信仰が、あまり感じられなかったのです。

私が過敏すぎるのかなぁ。。。
でも、まるで大学の先生を扱うみたいに
自分の解決したい細部についてリンポチェのお答えを求めて
お答えなさったことに対してさらに反論したりするのは
私の感覚では考えられないことで、
なんか違うんじゃないかなぁ~と思ったのでした。

他者のために解脱をめざすはずの大乗仏教徒が
自己の成長を追求するあまりに、
師への感謝をないがしろにしているのではないか・・・

そして、そこに感情を波立たせている私もまた、
何も言わないけれど心の中で人を裁いているのですから、
ここに私の業というか、罪があるのだと思います。

ああ人間ってなんて業が深いんでしょう(>_<)
みんなひょっとしたら、もとはよい意図だったかもしれないのに
ある人は感情を使って人を動かそうとし
ある人は感謝を忘れて貪欲になる。
そして私は人を判断し上に立とうとしている。

ある側に傾きすぎるとそちら側に落ち
別の側に傾きすぎるとこちら側に落ち
細い尾根を歩くように
綱渡りをするように
いつも気をつけてバランスをとっていなくては。。。

ああ、むずかしい!


三連休の最終日の日曜は、大阪でポタラ・カレッジがありました。
いつもと同じ会場のお寺に着くと、数人がロビーに立っていました。
どうやら手違いで、会場がダブルブッキングになってしまっているようです。
(をを、この事態は、私がお仕事上いつもうなされる悪夢です~)

東京からクンチョク先生がやってこられました。
事務的な仕事を手伝う方が付いてこられる日もあるのですが、
この日は先生おひとりで
たいへん困っておいででした。

どこか、12,3人の人が入れる静かな場所が必要です。
私も心当たりの施設を頭の中でざっと数えてみましたが
今頼んで今入れるような会場は、大阪市内ほとんどありません。

「どこか、知らない?」と先生に尋ねられたある若者が
「ええ~、うちの店に来ますか?」と申し出てくださいました。

1ヶ月前に彼ひとりで壁を塗ってオープンしたばかりの
メニュー1つだけのレストランだそうです。
「で、でも、めっちゃ狭いですよ。みなさん入れるかどうか。椅子、足らんかもしれません。立ってしてもらわなあかんかもしれません」と
言い出しておいて、焦りだしたお兄さん。
「他にないから・・・」とクンチョク先生。
「と、遠いですよ」
「タクシーで行きましょう」と先生。

それでみんなでタクシーに分乗し、彼の小さなお店に向かいました。
お店の表には「本日は都合により休業」と書いてありました(笑)
天井からは、タオルがたくさんぶら下がっていました。
・・・た、たしかにこの狭さ、大丈夫かな?と
先発隊で着いた私もちょっと不安になりましたが
スピーカーの台にしていたスツールも使い
彼が他から椅子を借りてきもして、なんとか格好がつきました。
テーブルの上の調味料や箸立ても移動させました。

いつもと違ってぎゅうぎゅう詰めの中、
30分遅れで、授業は始まりました。

この日の講義は、「ミラレパの教え」です。
クンチョク先生「今日は私たち、ミラレパになったみたいね」
みんな大爆笑!
ミラレパは、一生洞窟の中で修行した聖者として有名なのです(^^)

私は冒険が大好きです。
こんなふうに
困った事態が起きたときに
人々が自然に力を出し合い
協力して解決していくのが、
本当に、とても好きです。


答えは、ここにしかないと思います。

困っていたら、みんな自然に助け合うでしょう。
恩を受けたら、返すでしょう。
いいことをしたら、嬉しいでしょう。

暴力や、支配や、言い争いや、我欲や、傲慢や、
それに対治する答えがここにあります。


1日この洞窟のようなレストランでお勉強をして
夕方、いつもより少し遅い時間に解散となりました。
先生と他のみんなは最寄りの駅まで歩き、
私は、もとの会場に自転車を置きっぱなしにしてきたお兄さんといっしょに
タクシーに乗りました。
私はそこから歩いて帰れるからです。

タクシーの中で、お兄さん。
「いや、ほんっと、びっくりしましたよ。まさか先生が来られるなんて」
「ありがとうございました~。先生すごく困っておられたから、ほっとされたと思いますよ~」と私。
「そうですか?いや、入れるかなあと思って。自分で言うといてなんやけど」
「あったかくて良かったですよ~」
「それなら良かったです!うち、こんなにお客さん入ったの初めてなんですよ!いつもほとんどお客さんないんで・・・」
よかったね~
よい福徳を積まれましたね~
これで道が付いてお客さん増えるでしょう。
と、私はヘンに自信をもって予言したのでありました(笑)


まとめてしまうとありきたりですが
相互尊敬・相互信頼・協力。
そして目標の一致(これが一番難しい)
けっきょく、これだけです。
アドラー心理学はすごいです。
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by prem_ayako | 2012-11-27 18:01 | tibet | Comments(0)

チベットな週末(1)

11月はいろんなイベントがあったので
2週続けて、チベットがらみであちこちへ行きました。

そしていろいろと、めずらしいことを体験しましたデス


まずは11月半ば、とある金曜の夜のこと。
ツェリン・ウーセルというチベット人作家の新作の
日本語訳の出版記念会が
なんと家から歩いて5分ほどの小さな福祉会館で開かれました。

この情報を得たのは Twitter でしたが
ウーセルさんのお名前も Twitter でよく見かけていましたし
何かのご縁と思い、出かけてみました。

ご本人は、もちろん来ておられません。
ふだんは北京のご自宅で、当局により軟禁状態におかれています。
理由は、彼女がチベット「族」であり、
チベットがどのように破壊されていったかを
詩や文章を通じて訴え続けておられるからです。

それでも旦那さんが漢人であるおかげでしょうか、
彼女には世界の耳目が、いくらか集まっているせいでしょうか、
投獄されたり殺されたりしておられないのは、幸いと言えるでしょう。

『チベットの秘密』というその本は
中国語で書かれ、勇気ある漢人女性によって日本語に訳されました。
留学生として来日したこの翻訳者・劉さんは、
もう故郷に戻れないでしょう・・・

11月になってからチベット本土はますますひどいことになっています。
ほぼ毎日、ひとりの人間が
いえ、日によっては、2人、3人の方が
チベットの自由とダライ・ラマ法王のご帰還を叫びながら
自らの身体を燃やしています。
(11月27日午後6時現在、内地焼身者87人。内外合わせ焼身者90人、内死亡確認73人。今月4日から26日までの23日間に23人)

チベットのために何かできることはないだろうか?
居ても立っても居られず、
初めて、チベット仏教関連でない集まりに行ってみたわけですが、
この出版記念会は、かなり政治的なものでした。

チベットのことを考える人がみな仏教徒というわけではありません。
ちょっと考えれば分かることだったのですが
私の認識は甘かったです。。。

会場に集まった100名ほどの人たちは、みな
チベットのことを考えているというその一点は共有していましたが、
極左あり極右あり、憲法破棄論者あり擁護論者あり。。。
思想、というよりも、おそらくは自分自身の利害のために
面と向かって大きな声を出し相手を威嚇し、罵倒する人が何人かいました。

ことさらイヤな感じを受けたのは、
この人たちが、相手を脅かすという目的のために
自分の感情を「使っている」ことが、よくよく見えたからです。
(そういえば、国会中継でも同じことをやっていますね -_-;)

ウーセルさんや翻訳者の劉さんは
文字の力をたよりに、社会を変えようとしている。
その人たちを支援する集まりなのに
来ている人は暴力と陰性感情にたよろうとしている。

こんなやり方では、絶対に、決して、何一つ、解決に向かいません。
私はすっかり疲れてしまって、悲しくなりました。


アードラー先生は軍医として第1次世界大戦に赴き
戦争の不毛さを目の当たりにされました。

殺し合わずに、
戦わずに、
怒鳴り合わずに、
感情を使わずに、
話をすることを学ばなければならない。

だから、育児と教育なのです。
親や教師がまず学び、
子どもたちの共同体感覚を育てないといけないのです。

気が遠くなるほど遠い道だけれど
私たちはみんな、大人にならなくてはなりません。
どんなに小さく思える関係でも、ひとつひとつをていねいに扱っていくこと。
やっぱりこれしかないのです!(T_T)


その翌日は、名古屋のポタラ・カレッジへ行って
クンチョク先生の「三十七の菩薩の実践」の講義を受けました。

ああ、仏教を学ぶ人たちのエネルギーは
なんて清らかなんでしょう~!

まるっきり前夜の人たちと違います。
あまりの違いにくらくらして、
そしてまた少し、勇気がわいてきました(^^)

何が違うのか?

前夜のあの人たちは(もちろん全員がそうだとは言いませんが)
相手を変えようとしていました。
自分は正しくて相手は間違っている。
だから力で相手を圧倒し、相手を正そうとする。

仏教徒は
自分を変えようとしています。

それはアドラー心理学も同じ。
まず自分を変えることからです!

相手を力ずくで変えようとするのは、安易な方法ですね。
反対に自分を変えるのは、困難で勇気の要る方法ですね。
・・・でも、人が協力し合い勇気づけ合うことができるのは
自分自身が正しくあろうとするときですね。

ここ数年、
ほとんどアドラーの集まりか
仏教関係の集まりにしか参加していなかったので
すっかり箱入り(?)になっておりました。

どろどろとした所に知らずに飛び込んで、エライ目に遭いました。
おかげさまで体験から学びましたが、
ありがたい学び(?)はまだ続きます。
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by prem_ayako | 2012-11-27 17:53 | tibet | Comments(0)

特殊診断質問

日曜日、金沢で開かれた
第2回の北陸・東海地方会に参加してきました。

前日、名古屋でチベット仏教のお勉強があったので
大阪に帰らず、そのまま夕方の「しらさぎ」に乗って
名古屋から金沢へ移動しました。

金沢に着いたのは、夜10時前。
大阪も名古屋も雨でしたが、金沢は氷雨・・・
それでも地元の方に言わせると
雷も鳴らず雹も降らず、ましなお天気だったようです。

時間がないので、はなから観光はあきらめてました。
地方会の会場は金沢城や兼六園のすぐ近くだったんですが
雨と寒さで、すぐに断念しました。。。
われながら軟弱~(^^;)

地方会は、昨年の第1回に比べるとこじんまりしていましたが
おちついた広い和室で、ゆったりと過ごすことができました。
午前の講演「ライフスタイルってなあに?」も
午後のワーク「自己理解は私的感覚を探すことから始めよう」も、
とても楽しかったです♪

そして今回、思いがけず大ヒットだったのが、
午前の講演の中にはさんでいただいた、特殊診断質問でした。
ほんの10分ほど短いワークをしただけなんですけど
いっしょに組んだ方たちの問いかけのおかげで、
私にとって、自分のライフスタイルに深~く気づくチャンスになりました!
自分ひとりで考えても、絶対に分からなかったと思います。
ありがとうございました!

アドラー心理学の「特殊診断質問」とは、
「早期回想」や「夢」と同じく、ライフスタイルを診断する方法のひとつです。
さまざまな治療者によっていろんな質問が考え出されていますが、
今回は2つお題が出て、それぞれ近くの席の人たちと話し合いました。

まず最初の質問では
「○○さんと一緒にいると~~の点で劣等感または優越感を感じる」
ということについて考えました。
ジビット・アブラムソン先生が論文に書いておられた質問で
(たしか以前に翻訳したことがあるぞ)
その人のもつ価値の梯子がわりと簡単に明らかになります。

ふたつめの質問は、
「子どもの頃なりたかった職業は?」
「どうしてその職業になりたかったですか?」
という、私にとっては聞き覚えのあるおなじみのものでありました。
だから何気に、
「カメラをかかえてジープに乗って、ひとりでシルクロードを旅したかった」
と言ったところ、ひどく面白がられてしまいました。

子どもの頃といっても、中学になっていたと思います。
それに職業といえるかどうか・・・あえていうと「写真家」かな?
でも、観光写真や商業写真や仏像写真(笑)じゃなくて
シルクロードなんですよ。

「へぇ~!自由でいたいとか?自由にできる力が欲しいとか?」
など質問していただきましたが、
砂漠をジープで走ることが自由だとは、あまり思っていないのです。
むしろ暑いし砂だらけだし、たくさんの制約を受けるだろうと思っています。

「めったに見ることのできない景色を見てみたい」というのはあると思います。
「でも、だったらなんで宇宙飛行士じゃないの?」
そうですね。なんでだろう?
「だってシルクロードの方がロマンチックじゃない?」
いや、宇宙だってロマンチックですよね。
「運転や撮影の技術が大事?」
いやいや、宇宙飛行士こそ技術志向ですよね。
なんでだろう~??と、みんなで首をひねっていると

ある方が、「道、なんじゃないの?シルクロードだから」
と言ってくださいました。
おお~(@o@) これは当たりかも!

そう、私は、未知の宇宙に出ていくようなパイオニアじゃないのです。
ただ、誰かの作ってくれた道があれば、跡を辿ることができます。
歴史のある、人々が踏み固めた確かな道ならば、
そしてその道を迷わず進んでいく限りは、
たとえ砂漠でも大丈夫!って思っています。

ここで「現在の暮らしとの関係」が判明しました!
「だからアドラー心理学なんだね~」と、誰かが言ってくださいました。

そう、アドラー心理学は、100年の歴史のある確かな道。
尊敬する先生方が踏み固めてくださった、本当に信頼できる道です。
しかもアドラー心理学をやっていると、
めったに見られないない美しい景色が見えてくるのです~

私のキラキラ☆
困難でも、確かな道を行く☆

いいなぁ。ヒットヒット。

午後の私的感覚を探すワークも
若いお母さんと知り合えてとっても楽しかったですけど、
なんといっても私的には、
この特殊診断質問のワークが大収穫だったのです(^^)v


「サンダーバード」で大阪へ帰る道中、さらに考えると
いま凝りに凝っているチベット仏教も
私にとっては、とても確かな道なのだと気がつきました。

チベット仏教はインドで起こった仏教を「正統に」継承しています。
お釈迦様をはじめ、心から尊敬するラマたちが説いておられる教えです。
それに、この道を行くと、いつかきっと美しい心をもてるようになるでしょう。
だから私は、こういう珍しいもの(?)をわざわざ選んだんだなあ~
と納得したのでした。


さて「道」に関してはグループのみなさんのおかげでかなり解明できましたが、
それでは「ジープ」って何でしょう?
「写真を撮る」って何でしょう?
ここからは自己分析なので当てになりませんけど・・・

ジープは、たぶん強力な技術。
写真は、体験を人にシェアすること。
ではないかな?と思います。

そうすると、今まさに
私は道を見いだし
まだ心許ない小型車に乗って
目に入る風景を、駄文でみなさんにお伝えしようとしているのかもしれませんね。

・・・道の行く着く先はどこなんでしょう。
不思議なことに、別にどこかに着かなくてもいいや、と思っています。
私がやりたかったのは、目的地に着くことではなくて、
こうやって走ることだったみたいから。
これ自体が、願っていたこと。
楽しんで困難な道を行きましょう。

欲を言えば、車はもう少し頑丈なジープの方が安全ですね。
もっとお勉強して技術を身につけなくちゃね。
それからシェアすることに関しては、
今やっている翻訳を、期日までに仕上げるようがんばります(^_^;)
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by prem_ayako | 2012-11-20 20:05 | psychology | Comments(2)

室生寺

b0253075_201667.jpgまたしても、よく歩くお友だちに誘われて
今度は、室生古道を歩いてきました。

前夜がすごい雨だったので足拵えに気をつけて、
お遍路で履いた軽登山靴を出しました。
空は晴れてきていましたが、風が強いので
ゴアテックスのレインパーカーを上に着ました。
今回は、帽子やサングラスは必要なさそうです。
この前の遠足から、まだ2週間ちょっとしか経ってないのに
季節はどんどんすすんでいます。

再び偉大な近鉄線(大阪線)に乗って
長谷寺のひとつ先、榛原(はいばら)という駅で降りました。
そこからバスで山の方へ入り、高井というバス停から
案内標識に沿って雨上がりの里の道を歩き出しました。

ひんやりした空気、
澄んだ流れがうつくしい!
その流れに舞い落ちる葉っぱの鮮やかなこと!

b0253075_2011197.jpg坂道がきつくなってきた頃、
こんな石段を昇った先に
仏隆寺という美しいお寺がありました。
しーんとした清らかなお寺です。


b0253075_20141516.jpgご本堂で手を合わせると、時間が止まったように感じました。
目を瞑ると一瞬で、ここの空気に溶けこんで・・・
特にこんな秋の一日は、自分も人も消え失せてしまいそうでした。

ここには、樹齢900年という
奈良県下最大最古という桜の巨木がありました。
花のころは、さぞや見事でしょうね~

仏隆寺を過ぎると、峠まで、登りの山道が続きました。

一歩一歩、呼吸に合わせて足を動かしていれば、少しずつ登っていける。
ペースをつかめばいいと分かっているのですが
・・・やっぱり、しんどかったですw

私は軟弱者なので、いつもしんどくなると
もうだめだ~いやだ~休みたい~と思います。
これはどうも直りませんね(^^;)
山登りする人を心から尊敬しますっ

ただ、足元の道は、
色とりどりの落ち葉が散り敷いて、まるで錦のようでした!
まわりを眺める余裕がないものですから、
(たぶん片側には素晴らしい渓流が流れていたハズ)
ひたすら地面の錦を見て歩きました(ぜぇぜぇ)
着物の古典柄は、まさにこの様子を写したものなんだな~などと考えながら。

ようやく峠まで登りつめたら、あとは室生寺までずっと下り。
・・・せっかく登ったのにもったいないことです。
下りは登りの3倍ぐらい距離がありました。
ラクな道になると、なんだか私はとたんに元気になって
里の景色をあれこれ見る余裕ができました(^^)

というわけで、室生の里の風景を何枚か。
b0253075_2018407.jpg

b0253075_20205718.jpg

b0253075_2022511.jpg道祖神でしょうか。
石には「山神」と彫ってあります。

室生寺は、昔から行きたかったけどチャンスがなくて、
今回初めてです。
苔のむしぐあい、佇まいなど、
女人高野と言われるだけあって、やっぱり高野山に似ていました。
有名な五重塔も再建されていましたよ。

b0253075_20273091.jpg右の写真は室生寺金堂。。。

ガイドブックによると
ここからさらに1時間以上、東海自然道(つまりは山道)を歩けば
駅に出ることができるみたいですけど
・・・もう十分すぎるほどに歩いたと私は思います(>_<)
ので無理をせずにバスに乗りました。

b0253075_2031589.jpg最後にもうひとつ、大野寺の磨崖仏を見て
(薄くなってて、あんまりわかりませんね)
室生口大野駅から電車に乗って帰りました。

室生寺の参道で買ったものは、
草餅と(歩くと甘いものが欲しくなりますよね!)
手作りの生こんにゃくと(おでんに入れよう♪)
木の杓子(おかゆ用に探していたので、ゲットできて嬉しい)
ぜんぶ自分用のおみやげです(笑)


今年の秋の行楽は、たぶんこれで終わりでしょう。
中高年の正しい行楽って感じで(^^)
よく遊び、よく遊びました!
たくさん歩いていたら
ちょっとずつ、私も強くなれるかなぁ。
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by prem_ayako | 2012-11-13 20:38 | travel | Comments(0)

チベット語

いったい何度目のレッスンになるのやら
自分でもわからなくなってきました。。。
先日、また先生に来ていただいて自宅でチベット語のレッスンを行いました。

チベット語を始めてからの期間なら、はっきりと分かります。
今月でちょうど1年です。

今しもダライ・ラマ法王猊下来日中で
私は今回お会いする機会はいただきませんでしたが、
昨年の11月はじめは、猊下の灌頂を受けるため高野山の宿坊に2泊しました。

晩ご飯を食べてお風呂に入ってしまうと何にもすることのない宿坊で、
ひとり黙々とチベット語の子音字を書き写したものです。。。
まるで小学生の百字練習みたいだったなあ、と
暗くて寒いお部屋のイメージとともに、思い出すのです~。

そして最初のレッスンは昨年の12月10日。
法王がノーベル賞を受賞された記念日でした。

あれから文語文法をゆっくり学び、
並行して、詠みたいお経を辞書を頼りに読んできました。

いまだ動詞の活用なんてまったく覚えられないし、
助詞の使い方も複雑すぎて分からないし、
頼りの名詞についても、
さっき引いた単語を、何度も繰り返して引いてしまうというありさまです(>_<)

でもまあ、作文するわけでなし
聴き取りするわけでなし・・・
和訳あるいは英訳の助けを借りて時間をかければ
なんとか意味をとれる程度にはなりました。

自分で言うのもなんですけどぉ
よくまあ1年でここまでこれたもんだね~と思いますw
だってお友だちに誘っていただかなかったら
自分では夢にも、こんな勉強するなんて考えなかったでしょうから。


語学って
要するに、読みたいものがあるかどうか
モーティベーションの問題なんですね。

チベット語に関しては、何度も言うように読みたいものが次々出てくるので
文法なんて実はどうでもいいって思ってます(^^;)
どんどん進んでいきたい感じ。

英語に関しても、
高校のときがんばって Alice in Wonderland の原書を読んだし、
大学では Bradbury や Capote にはまっていましたね。。。

フランス語、
スペイン語、
ドイツ語、
ちょっとずつかじったけど身につかなかったのは
要するに、読みたいものが特になかったからなんだなあと
今になって納得いたしました。

え?ドイツ語でアードラー先生を?
って、いえあの
それはもう今生では無理です(^_^;)

ワーグナーのオペラの歌詞をドイツ語で
っていうほうが、まだ魅力があるな(悪い子)


ものの本によりますと
過去生で仏法をよく学んだ縁ある者は
今生ですぐに仏法を理解することができ、
過去生でそこまで縁がなくて、ただ仏法を聞く機会があったという者は
今生でよく学ぶ縁をいただくのだということです。

私は今生で学ぶ縁をいただいたのでしょうね~
ありがたいことです。
未来生では、もっと賢い人間として生まれることができますように。

そして

b0253075_20441234.jpgチベットで亡くなった方々が善趣へ生まれ
もう決して苦しむことがありませんように。
ダライ・ラマ14世猊下がラサのジョカン寺に
お戻りになる日が早くきますように。

雪嶺囲める浄土にて
あらゆる利益をもたらせる
観自在たるダライ・ラマ
幾劫までもおわしませ。
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by prem_ayako | 2012-11-11 20:51 | tibet | Comments(0)

息子の友だち

亀山の駅に戻ると、加茂行きの列車は出たところで
1時間待たないと次のはありませんでした(わお・・・!)

でも、反対方向の津行きの列車は、30分ほど待てば来るようです。
そこで、行きとは違うルートで、津から大阪まで近鉄特急で帰ることにしました。
お金はかかるけれど、こちらのほうが速いし座席もラクです。
どのみち、もうあの沿線の風景は見えませんしね。

待合いのベンチには、
先ほど一足先に帰った息子の友人が座っていました。

息子と小・中を通じていっしょだった男の子で(もう「子」じゃない ^^;)
仲良くなったのは中学時代だったようです。
高校受験の直前、暗くなるまでこの子(「子」じゃないって)たち、
毎日毎日、学校帰りに高架下の公園で缶蹴りして遊んでいたものです(爆)

高校になっても三重の大学に行っても、
息子がライブをするときは、わざわざ駆けつけてくれました。
今は院生で、津の市内に住んでいるということです。
今も何かと連絡をとりあっている、息子ととても仲の良い友人です。

T君?と呼ぶと驚いて、さわっていた携帯を片付けて向き直ってくれました。
もともと愛想のよい子(「子」じゃない)でしたが、
この日いやがらず私の相手をしてくれたのは、うれしい驚きでした。

結局、この待合室での半時間と、いっしょの電車に乗って津に着くまでと、
合わせて1時間ほども、ずぅっと付き合ってお喋りしてくれたのです。
お年頃の青年に相手をさせて申し訳なかったけど
でも、たった2両しかない電車で離れて座るのもヘンですしねぇ。

息子と同い年ですから、就職していたら社会人1年目。
さすがにもう、そつがないです。

もちろん彼のお母さんのことも存じ上げているので、
こちらからはご家族の様子を伺ったりしました。
彼の方は、私の姓が変わったことをもちろん知っているはずですが、
そこには何も触れてきません。
小中学校でいっしょだった他の友だちの近況とか、
母校の校舎が建て替えられてきれいになったこと、
さらに恩師の先生方のこと、果ては彼の就活の話まで
あれこれと語ってくれました。

息子をはじめとする小学校以来の友だちについて、
たとえばこんなふうに話してくれました。

「いつも作品を見せてもらったら刺激を受けるんです。お、がんばってるなあ~と思うと、ボクも負けてられへんな、がんばろ!って思うんですよ」
「それにいっしょにおっていちばんリラックスできるんです。ほんと長い付き合いなんで、全部わかってるんですよ。これを言ったら怒るやろうなとか、これは喜ぶやろうなとか、もう全部、わかってるんで。だから一番ラクに過ごせて、ほんと、しゃべってると楽しいんです」

こんな話、聴かせてもらえて、私こそとっても楽しい♪

彼の方も最後に「いやほんと、楽しかったです!」と言ってくれて、
津で別れました。
ああ、いい子だなあ、男の子ってやさしいなあ!(T T)
と感動した次第。

今日は息子とあまりお喋りできなかったぶん
彼が埋め合わせしてくれた感じです。

現役のお母さんをしていたころは
ほとんど自分の子どもにしか目がいっていませんでしたが、
年をとって、そろそろ自分の子とも他の子(「子」じゃないって ^^;)とも
同じぐらいの距離で
お付き合いできるようになってきたのかもしれません。

それは、たぶんいいことなんでしょう。
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by prem_ayako | 2012-11-09 22:59 | family | Comments(2)

亀山

院生の息子はあちこちに何かと作品を出すようになりました。
11月初めの連休は
三重県亀山市で「アート亀山2012」
滋賀県草津市で「あかりART展」
そして大学祭でと、3ヵ所同時進行で展示していました。

そのうち、草津の展示は夕方からなので寒いと思い(^^;)
遠いけど、「アート亀山」に行ってみました。

しかし亀山ってどこ?・・・

日が合えば、三重のアドレリアンのお友だちに連れてってもらおう♪(末子的 ^^;)
と思ったのですが、あいにく息子の会場にいる日が限られていたので、
けっきょく最終日に、ひとりで行くことになりました。

しかも、前夜になって息子が連絡してきて言うには
この朝に草津の展示を搬出するので、亀山に着くのは午後3時をまわるとのことでした。
「最終日だけど、夕方になっても展示見れるのかな?」と聞くと
「大丈夫やで!」と軽く請けあうのでその言葉を信じ、
息子に合わせて、午後3時すぎに亀山に着く電車を選びました。

今思うと、これが間違いでした(-_-;)
少し早めに家を出て、ゆっくりと見て回っておけばよかったデス。
ま、あとのまつりですけど。

昼すぎにJR天王寺駅を出発です。
電車の中で読む本、飲みもの、カメラ、防寒用スカーフ、すべてばっちり!
なのに、乗り換え駅と帰りの電車の時刻を書いた大事なメモと、
さらに地図付きパンフレットまで!家に忘れてきたことに
天王寺に向かう地下鉄の中で気づきました 0rz

おおお、私は行き着けるだろうかぁ~~(/_;)

しかしこれ以上遅い電車になると、着くのがさらに遅くなってしまいます。
走って忘れ物を取りに帰るのも面倒くさいので
まあなんとかなるだろうと、冒険する方を選びました(^^)

天王寺から大和路快速に乗って、終点の加茂(京都)まで。
加茂で関西本線の普通に乗り換えて、やはり終点の亀山(三重)まで。
大阪 → 奈良 → 京都の南端 → 三重と
2時間半で近畿2府2県を横断したことになります。

奈良の王子を過ぎたあたりからは
切り株だけになった田んぼが延々と続いていました。
そして加茂で乗り換えた普通列車は、2両だけのワンマンカー。
後ろの車両は扉が開きません。
線路に沿って下を、たぶん木津川でしょう、きれいな川が流れています。
しかもこの日はピーカン、雲ひとつない青空。

いくつかトンネルを抜けると、
緑の草原の中を線路が1本つらぬいている風景になりました。
運転席の横でカメラを構えているおじさんもいます。

ほんとうに日本は美しい国です~!

ひとつ手前の関という駅では
ハイキング姿の中高年さんがどっと乗り込んできて
ガラガラだった車内は急に混み合いました。

ところが終点の亀山に着くと
駅前はがらんとして、「アート亀山」の案内も何もありませんでした。
さきほどのハイカーさんたちは、みな電車を乗り継いで行ってしまったみたいで
歩く人もほとんどいません・・・

パンフレットも地図も忘れてきましたからこれは無理だと思い、
駅前の観光案内所に入りました。
「あの~、アート亀山ってどこでやってますか?」
「ああ、あれねえ、まだやってるかなぁ~」
いやあの、やってるはずなんですけど・・・(-_-;)

ともかく周辺地図をいただき、教えてもらった道を歩いて行きました。
途中、ちょっと不安になったので、
公園を掃除していたおばさんたちに道を尋ねました。
みなさん、とっても親切で
人によって違うことを(^^;)教えてくださるのでさらに迷いましたが
無事、なんとか、東町商店街という会場にたどり着くことができました。
ほっ(^o^)

b0253075_22413328.jpg亀山はおもしろい町です。
ちょっと裏に入れば、こんな風情で
歴史のある古い町なんだけど、
商店街の一画でアート展を毎年開催したりして、
なんだか変わった方向性を狙ってる感じですね。

早々と閉会セレモニーをやっていたビルで息子の展示場所を尋ね
ようやく、息子と再会することができました。

津のお友だちのN子さんは、この前の日にここを訪れてくださって
イベントがあって賑やかで楽しかったっておっしゃっていました。
しかし私が行ったときは、すでに夕刻、
制作者のほとんどは閉会セレモニーに出ていたり既に片づけ始めていたり、
・・・閑散としておりました。

b0253075_22433927.jpg
N子さんが座られたお椅子。
とても気持ちのいい場所ですが
今は人影もなく。。。



息子の作品は、いつもと同じくインスタレーション(空間芸術)で
プロジェクタの前に立って自分の影をスクリーンに映していると
その影がうすくなっていき、背景の光に溶けこんでいくというものでした。

でもね、そうやって鑑賞することがどこにも説明されていないので
何分間もそこにじっと立って味わおうという人は・・・
この日はあまりいなかったようです。私以外(^^;)

たまたま津に住んでいる息子の友人が来ていて
ふたりは私を残して、他の人の作品を見に行ってしまいました。
・・・・。
そのうち4時になると、終了時刻なのでしょう、
電気を落とされてしまいましたぁ(>_<)
そういうわけで今回は、息子の作品の写真を撮り損ねました。

息子はその後ばたばたと忙しく。。。
軽トラに草津の作品を乗せて山越えしてきたのですが
ここの機材もトラックに積み込んで、大阪に帰って、
さらに、大学の展示を片づけに行くのだそうです。
強行軍!(@_@)

ほんとうは晩ご飯ぐらいごちそうしてあげたかったのですけど
これからの道中を考えると、引き止めない方がよさそうです。。。
じゃあまたね。気をつけてね。
と、会場を後にしました。

来たのが遅かったから仕方ないんですけど、
なんだか遠くまで来て
ちょっぴり物足りない気分・・・
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by prem_ayako | 2012-11-09 22:50 | family | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako