アードラーの夢

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竹之内街道

長かった夏もようやく終わり、総会も終わりました。
たいしたことはしていないのに解放感は大きくて(笑)
昨日、思い立って竹之内街道を歩いてきました。
9月末に行った當麻寺周辺がとても良かったからです。

b0253075_22122319.jpgものすごくいいお天気で
まるでチベットの青空のよう♪
って行ったことないけど。

空気が澄んでいて
日差しは強いけど爽やかで
外歩きにうってつけの日和でした。
帽子にサングラスで、あやしいけれど日焼け対策は万全。

b0253075_22152886.jpgもうほとんどの稲穂は刈り取られ
今度はススキの穂が目立っていました。

近鉄南大阪線、当麻寺のひとつ向こうの磐城駅で下車。
南に行くとすぐ一画に、うっそうとした森がありました。
長尾神社とやらの裏らしいです。
ここから、二上山の南を巡る竹ノ内街道を歩きます。

竹ノ内街道は、推古天皇21年(613年)に
難波と飛鳥を結んで造られたといいますから、
古の渡来人たちも歩いたでしょうし
遣唐使たちもここを通って難波の津へ出たでしょう。
近世には、お伊勢参りの人たちが行き交ったことでしょうね。
「幕末嘉永六年に吉田松陰が竹内峠を経て儒者を訪ね、
文久三年には天誅組の中山忠光等七名が志果たせぬままここに逃走」した
と説明に書いてありました。

b0253075_22213078.jpg人気のない細い道の両側は
よく手入れされた古いお家が並んでいて
しっとりとしていい感じです。
人々は格子窓の奥に潜んでおられるのでしょうか。
静かです。

このような、歴史を受け継いで生きている町を、
失ってはならない。と思います。

b0253075_22192835.jpgいつかある日、このような所まで異民族がやってきて
屋根瓦をはがし板塀を破り、住民を追い立て、
彼らの流儀のものをどんどん建て始めたらどうか?

チベットで起こっていること
バルトの国々で起こったこと

静かな美しい道を歩きながら
思いはチベットに飛んでいました。。。
空があまりに青かったせいでしょう。


b0253075_2224391.jpgやがて街道は徐々に上りになり
竹内峠へ至ります。
ドングリが落ちていて
木漏れ日が美しく
ガマやススキの穂が光ります。

二上山を登るハイカーさんたちにも行き会いましたが
私は軟弱なので山登りはパスし、
そのままてくてく峠を越えて、太子町に入りました。

b0253075_23582180.jpg


太子町の竹之内街道はよく整備されていましたが
ちょっと観光地化をめざしている感じがして
(でも人通りはほとんどないんですが^^;)
私は当麻町側の雰囲気の方が好きでした。

b0253075_22255010.jpgこの町にある、聖徳太子の御廟に寄りました。
磯長山(しながさん)叡福寺といいます。
秋の光の加減か、建物そのものが美しいのか、
清々しくきれいなお寺でした。

仏教への信仰の篤かった聖徳太子。
そういえば今年1月、たまたま訪れた四天王寺で
秘仏(聖徳太子四十九歳摂政像)の
年に一度のご開扉に立ち会えたことを思い出しました。

私が今、日本で仏教を学ぶことができるのは
太子さまのおかげです~
お墓にお参りできて良かったです。

それから上ノ太子駅へ出て
また近鉄南大阪線に乗って帰ってきました。

朝9時半ごろの電車で行って
天王寺に戻ったのが2時半ごろ。
ほんとにお手軽に、日本の秋を堪能することができました。

b0253075_22312838.jpg

よく歩いた自分にごほうびを。と
天王寺でケーキセットを食べました。
何やってんだか・・・

で、今日は朝から、脚はもちろんですが、
さらにお尻と脇腹の筋肉が痛いです。
かなりなまっておったようです~ orz
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by prem_ayako | 2012-10-27 22:52 | travel | Comments(0)

三十七菩薩行

5月に東京で、我が師ガルチェン・リンポチェからいただいた教えはふたつ。
ひとつは「37の菩薩の実践」であり、
もうひとつは「マハームードラ」でした。

どちらもその後、チベット語テキストをインターネットから入手しまして、
そこについている英語訳と
当日の口伝(日本語訳)の録音と
当日いただいたボランティアさんの試訳と
そしてチベット語辞書とをあれこれひっくり返し
なんとか解読しようと努めてきました。

たいへん奥の深い教えですので(特にマハームードラ)
言葉の意味がとれても、とても理解には至りません。

しかし、どちらかというと初心者向けの「37の菩薩の実践」と
上級者向けの「マハームードラ」、
この2つをセットで教えていただいたことは大変ありがたく
この次にガーリンポチェにお会いできるその日まで
(それが今生でかなうかどうか分かりませんが)
この2つをしっかりお勉強しておこうと、心に決めています。

「37の菩薩の実践」は、チベットの聖者
トクメー・サンポ(1295~1369)が著されたもので
37の4行の偈頌(げじゅ)(=韻文)から成っています。

すべての偈が「それが菩薩の実践である」で終わっていて、
大乗仏教の教えと、菩提心をどのように実践すればよいかが
とっても具体的に説かれているのです。

毎朝の瞑想のときに
少しずつチベット語で詠んで味わっているのですが、

なんと11月と2月に、
ポタラ・カレッジにて、この講義が行われることが分かりました。
わーい(^o^) もっと詳しく学べる。絶対行くぞ♪
と思ってよく案内を見たら、
参考図書として、
『ダライ・ラマ 生き方の探究』(春秋社)と書いてありました。

b0253075_2121080.jpgなぬ?
法王のご法話があったのか!知らなかった。

さっそく注文しました。
どうやら絶版のようで、1997年の第1刷を中古で手に入れました。

38歳の法王が、1973年、ブッダガヤにて3日にわたって
このトクメー・サンポのテキストを口伝なさったときの全訳でした!

この半年、苦労して解読してきたテキストが
美しくわかりやすい日本語に~(ToT)

しかも翻訳はゲシェー・ソナム・ギャルツェン・ゴンタ先生です。
・・・といってもご存知ない方がほとんどでしょうね。
去年から3年の行に入っておられるため私はお会いできていませんが
ポタラ・カレッジのクンチョク先生、ガワン先生の
上に立つ先生でいらっしゃいます。

そして法王のご法話のテープおこしをされたのは、
ガワン先生だと書いてあるじゃぁありませんか。
15年前・・・みなさんが総力あげて作られたご本なんですね~(T_T)

法王、写真もですが、
お話のされ方も力強く、お若い。
亡命されて15年になろうとする頃のご法話です。

 国家レベルでは、私たちの自国を考えると暗い時期にあります。しかし、大きすぎる期待はよくありませんが、まったく期待や希望がもてない状況ではありません。自分も今若く、これから多くの歳月を過ごすことができるという希望をもって、勇気をもちながら生きていくつもりです。(中略)
 チベット全体に関しても、私たちチベット人の「福徳」がなくなってしまったわけではないのです。今の状況は皆既日食のようなものです。一時的な状況であって、これが永遠に続くのではなく、私たちの「福徳」はこれから増大していく可能性があるのです。ですから、これからも「善き行為」である「福徳」を積むよう努力して生きていきましょう。


泣けてしまいます。
亡命50年以上たった今のチベットの状況
今の法王のお気持ちを考えると・・・


一気に読みました。
法王は初心者にもわかるように、噛んで含めるようにお話ししておられます。
ああ、なんて分かりやすい!
テキストの構造がようやくはっきりしてきて
ガーリンポチェのおっしゃっていた内容も理解しやすくなりました。

さらに11月にクンチョク先生から教えを受ける日が、
とても楽しみ!待ち遠しいです。


さてこの「37の菩薩の実践」の中でも最も大切な教えは、
ガーリンポチェも言っておられましたし法王もおっしゃっておられますが、
以下の第十番目の偈です。

  無始以来より私を愛してくれた母たちが
  苦しみもがいているならば、自身の幸せなど何になろうか
  それゆえ、限りなき衆生を救うために菩提心を生起させる
  それが菩薩の実践である

実は、ガーリンポチェからお聞きした、忘れられないお話があります。
リンポチェのラマが体験されたことだそうです。

☆☆☆☆☆☆☆

ある村に、みんなが困っていた暴れ者の男の人がおりました。
ラマはあるときその男の人に会い、この「三十七菩薩行」を教えました。
その人はラマに帰依しましたが、読み書きを知らなかったので、
ひとつひとつ、教わったものを聞いて覚えていき、
長い時間をかけて37個全部を暗記しました。
そして、この「三十七菩薩行」だけを、これだけを一生懸命修行しました。
しだいにその人は、みなから尊敬されるようになりました。

そのうちに中国が侵攻してきました。
ラマも、その人も牢屋に入れられました。

その人は牢屋の中でもいつもおだやかでした。
あるとき、食事をしなくなりました。
といってもたいした食べ物が配給されるわけではなかったのですが
毎日のパンなどを、その人は取り置いていきました。
他の人がその人の行いをケチだと言って笑っても
ただにこにこしていました。

1週間か10日たったある晩、その人は言いました。
「さあ、きょうはお祝いです。みなさんこの食べ物を召し上がってください」
そしてそれまで貯めていた全ての食べ物をみんなに分けました。
みんなお腹を空かせていますから、喜んで食べてお祝いしました。

その人は毎晩、横にならずに座って瞑想するのですが
その晩もいつものように瞑想に入ったようです。

翌朝、人々が起きてきたとき
彼は座ったまま亡くなっていたそうです。
彼は1週間か10日前に、自分の死ぬときを知って
最後の菩薩行をなさったのでした。

☆☆☆☆☆☆☆

私には、あまり多くのことを覚えたり学んだりする力はありません。
ですからこのお話を聞いたとき、この菩薩のように
目移りせず、何かひとつを実践していこうと思いました。

「37の菩薩の実践」は
今生を賭けて学ぶに足る教えだと思っています。
だから、もうひとついただいた教え「マハームードラ」に
届く日がくるかどうかわかりませんね(^^;)
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by prem_ayako | 2012-10-14 21:28 | tibet | Comments(0)

Winning Children Over

かねてから、英語でアドラー心理学を学ぶ集まりをもちたいなあ~と思っていました。
何かひとつ文献を決めて、仲間といっしょに読み進めていく形を考えていたのですが、
何を読むかというところで決めかねて、ずいぶん時間がたっていました。

旧いものから新しいものまで、翻訳してみたい論文はいろいろありますし
名著と言われる英語の文献もたくさんありますが

でも仲間と読むのなら、すぐに役に立つ実践的なものがいいし
長すぎず、難しすぎず、
かといってあまり簡単なものでは物足りないし・・・と、
なかなか手頃なものに出会えないでいました。

この夏の ICASSI で
たまたま家族療法家フランク・ウォルトン先生の冊子を見つけて買いました。
Winning Childeren Over: A Manual for Teachers, Counselors, Principals and Parents
初版は1974年と古く、版を重ねていまは第9刷です。

20ページほどと薄いのですが
やさしい言葉で、葛藤の4つの段階に沿って
先生や親の対応をコンパクトに説明してありました。
帰りの飛行機で一読して、これなら仲間といっしょに読むのにちょうどよいと思いました。

帰国してすぐ、賛同してくれそうなお友だちにメールをして、
それからウォルトン先生にオーダーしてテキストを送っていただき、
先週の火曜日、ついに第1回の英語勉強会を開きました。

集まったのは、私を含めて4人。
みな特に専門家ではないけれど
アドラー心理学と英語に、とっても関心のある者たちです。

まずは、タイトルから考えていきました。
"Winning Children Over"
子どもに win するって、どういうことだろう?

辞書によると win over には「~を味方に引き入れる」という意味があるようです。
「子どもを味方にする」ということ?
Over が使われているのには、何かもっと意味があるように感じます。

たとえば、かつてドライカースはカウンセリングの心得として
Win the patient と言いました。
私は勝手にこれを、気迫負けするな!と受けとっておりますが(笑)

カウンセラーは目標を定めてカウンセリングをするべきであって
クライエントの要求にただ従うのではない。
共に協力してカウンセリングを進めていくのだけれど
常にカウンセラーは先を見越して、クライエントをリードしていくのじゃよ。
とか、そんな意味かなと思っています。
(わりといい加減です・・・)

ウォルトン先生も当然、ドライカースの言葉を下敷きにして
Winning Children Over というタイトルをつけられたはずで

そうすると、単に、子どもの味方になるというのではなくて、
子どもを正しく導いていく
そのために協力できる関係に引き込んでいく、という感じになるのかな?

あれこれ検討した結果、
「子どもの協力を勝ちとる」という言葉が、
いちばんぴったりくるかもね!と落ち着きました。
(^^)v


このように文献を読んでいく会、しかも英語の読書会は
私にとって初めての経験です。
どんなふうにすればいいのかなぁ、まあみんなと相談してやっていこう
とあまり深く考えずに始めましたが
!想像以上におもしろかったです!

ひとりだと読み過ごしてしまうような、たとえば冠詞や時制の使い方なども、
みんなで日本語に置き換えながら意味を考えていくと
細かいところまで、気がつくことが多いのです。
ほんとにグループのおかげで、理解が深まると感じました!

それに、参加者のひとりが言ってくださいましたが
「英語について、アドラー心理学について、
みんなでいろいろ話すって楽しい」のでした♪

b0253075_20293327.jpgちなみにこの会は、翻訳を目的とはしていません。
いちおう日本語に訳して考えていきますが
きれいな日本語にまとめてしまわず、
原文を丁寧に読んで理解していきたいと思っています。


さてさて、ともあれ、ゆっくり、にぎやかに
著者略歴を読んで Introduction に入りました。
ウォルトン先生、
さすがにイントロの文章には力が入っておられて、
一文一文にアドラー心理学のエッセンスがつまっています。

子どもが自分でひとつのライフスタイルを選んでいるということや、
先生の仕事は、その子が広い世界に所属できるようスキルを教える、とても大切な職業だということや、
子どもの不適切なところに注目しても勇気くじきをするだけだということや、
どこをとっても、アドラーなのでした。

かっこいい~!
こんな文章、ちょっと書けませんよね!

と感動していたら、2時間があっという間に経ちました。
ほんの3パラグラフしか進めませんでした~
なので次回は、もう少し時間を長くとることになりました。
みんなやる気満々です!


できれば月に1回ぐらい、神戸で集まっていけたらなと思っています。
今は4人ですが、少しずつ輪が広がっていけばいいな。

次回は11月30日(金)の予定ですので
興味のある方はどうぞお問い合わせくださいね。
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by prem_ayako | 2012-10-13 20:31 | psychology | Comments(5)

朝粥生活

mixiでお友だちが
朝ご飯をおかゆにしてみたって書いておられたのが
たぶん10日ぐらい前。

ああ、おかゆ。いいなぁ。
と、俄然、その気になりました(単純)

もともとおかゆが好きでして、
ホテルの朝食バイキングに朝粥があれば、たいていそっちを選んでいました。

でも自分では、朝から和食は面倒という思いこみがあって、長年なんとなく
朝はたっぷりの熱~い紅茶(たまにはミルクとティーマサラを入れたチャイ)、
バターを塗ったハードトースト1枚、ヨーグルト。
気が向けば卵をつけて、と決まっていました。

でも考えたら、以前は週に何日か早くに起きて働きに出ていましたが
今はもう週に1回、カウンセリングの日だけです。
朝から忙しい日も、まああるにはありますけど、
基本的には午前は出かけず、家で過ごす生活をしています。
(瞑想したりパソコン仕事をしたり・・・恵まれた環境です)

ですから、朝ゆっくりとおかゆを食べられるじゃないですか。。。
残りがちなお漬け物も朝においしくいただけますし
これからの季節、朝粥を食べたら身体が温まりますしね。
いいんじゃないかしら♪

と思って、それ以来
いそいそと、おかゆ生活を始めました。


私の使っている炊飯器は、
ひとり暮らしを始めるときに買った3合炊きの小さなものですが
玄米もおいしく炊けるかしこい子です。

「おかゆ目盛り」に水量を合わせて、まずは半合
翌朝炊きあがるようにセットしました。

でも、「メニュー」(火加減?)をおかゆにするのを忘れてしまって
べちゃべちゃのやわらかご飯が炊けてしまいました。
失敗!(>_<)

次は、忘れないようにメニューも合わせて
半合のおかゆを炊きました。
これは、おいしく炊けたのですが
いかんせん、ひとりには量が多すぎました。

とりあえず残ったぶんは冷凍しましたが、
解凍したおかゆを食べたいとはあまり思えないので
これはそのまま冷凍庫に眠っています。。。

そこで次の日は
お米の量を4分の1合に変更しました。
目盛りにはそんな少量の記載はないけれど、
まあ適当にお水を入れたら、おいしく出来上がりました。
でもやっぱり、ひとりで食べるには量が多いのです。
食べきろうとすると、朝から苦しい(-_-)
それに、もう少し水分の多いさらっとしたおかゆがいいなと思いました。

そこで次の日は(笑)
お米の量は4分の1合のままで水の量を少し増やしてみました。
どうなったと思います?
賢明なみなさんはもうお分かりですよね~(^^;)
ただ米が水を吸って、おかゆの量が、さらに多くなっただけでした orz


スカイプでそんな話を娘にすると
「今にお母さん、朝から鍋で炊くようになるんとちがう」と笑われました。
そんな~しないよ~なんて答えましたが

はっ、そう言えば・・・
ひとり用の土鍋があったわね
と思い出し

昨夜、食器棚の奥から小さな土鍋を見つけ出しました。
4分の1合のお米を洗って1カップ半の水につけておき、
今朝起きてから、ゆっくりとその土鍋で炊きました。

コトコトと、とてもおいしそうに炊けてきたときに
いただきものの、奈良の「茶粥のお茶」があったことも思い出し、
少量をお茶パックに入れていっしょに炊き上げました。
お茶粥にするならサラサラにしようと、
上に出てきたおねばをすくっては取り除きました。


これがおいしくておいしくて~(^o^)
同じ4分の1合なのに、足りないぐらいだったのです~

昨夜の残りのキュウリのぬか漬けと
ゴボウのきんぴらと
お茶粥~!
しあわせな朝。


次は玄米のおかゆも試してみよう。
しばらく朝粥にはまりそうです。
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by prem_ayako | 2012-10-13 12:40 | others | Comments(2)

こもりくの初瀬

先日當麻寺に行った際、近鉄の偉大さを発見したので
せっかくだから大阪に住んでいる間にせいぜい利用しようと思い
連休の初日、
お友だちと奈良を歩いてきました。

近鉄大阪線を桜井で降りて、まずは大神(おおみわ)神社へ。

桜井は、保田与重郎の生まれた土地!
ですがさらに、万葉集筆頭の以下の歌・・・

籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串(ぶくし)持ち 
この丘に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(なの)らさね 
そらみつ 大和(やまと)の国は おしなべて われこそ居(お)れ 
しきなべて われこそ座(ま)せ われこそは 告(の)らめ 家をも名をも
(雄略天皇)

おおらかなナンパの歌ですが(笑)
桜井市泊瀬にある白山神社近辺が
雄略天皇の朝倉宮ではないかと言われているそうですから、
この歌もこのあたりで詠まれたのかもしれません。

b0253075_1453014.jpgそのような日本の風景の原点かと思うと
木や岩のひとつひとつがいとおしく
それぞれにどんな歴史があるのかなぁ~などと思います。
・・・日本って、千年以上昔のエピソードにでも
気分はすぐタイムスリップできるからいいですね(^^)

大神神社はこの日は緑が濃くて、いちだんと幽玄でした。
ちょっと椿大神社に似た力を感じました。

b0253075_1451344.jpg
またもや花嫁さんに遭遇しました。
ヨーロッパでも日本でもよくお会いします。
目出度いことだわ~

小さな子どもとおばあちゃん♪
うん、木漏れ日も絶妙(^_^)v


そして長谷寺へ向かいます。
万葉の頃、このあたりは「隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)」と呼ばれていました。
「こもりく」は「泊瀬」「初瀬」「長谷」にかかる枕詞ですが
「山々に囲まれた土地」という意味があるそうです。
(国語の先生~合ってますか?)

その頃は、初瀬川の谷沿いだけが道だったのでしょう。
今も川に沿うように、近鉄と国道が並行して東西に走っています。
陽をあびたなだらかな斜面に、刈り入れを待つばかりの稲穂が揺れています。

b0253075_14574278.jpg少し暑すぎるぐらいのお天気でしたが、
重たく頭を垂れた稲が黄金色に波打って
初瀬川がキラキラ光って、とても美しかったです。

都会育ちの私でもこういう風景を見ると
なつかし~い気持ちになります。
若い世代の人たちでも、同じように感じるのではないかしら?

やっぱり日本人の魂のふるさと、原風景ではないかな~と思ったのでした。


長谷寺は牡丹、紫陽花、そして紅葉の名所。
今はちょうどその狭間なので、わりと空いていました。

とっても広くて全部は見て回りませんでしたが
初めて拝する日本最大級の十一面観世音菩薩さまは素晴らしかったです!

b0253075_158467.jpgご身長が12mを超すという常識をくつがえす大きさで
作った当時の人々の信仰の深さを感じました。

撮影不可だったのでインターネットから取ってきた写真をば →
當麻寺の中将姫の観音さまとは対照的に、
おひげのある、とても男性的な観音さまでした。

10月6日の午後、本堂の観音さま前で
チベット語のお経をブツブツあげていた
怪しい女は私です(^^;)
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by prem_ayako | 2012-10-08 15:18 | travel | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako