アードラーの夢

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毎朝、まず呼吸を調えて瞑想を始めます。
身体の中央にある脈菅に気(ルン)を通すよう心がけているんですけど

今朝ふと、弓道の構えを思い出しました。
座ったまま両腕を、「執り弓」の姿勢にもっていき
大きく上に上げて、「大三」に開き、引き分けました。
(なにやってんねん^^;)
ですけど、なんだかこれで悟るところがありましたのよ(^^)

中央脈菅がまっすぐに通っていると
腕をいくら動かしても、中心はぶれません。
呼吸も変わりません。

実際に弓を引くときには大きな負荷がかかりますから、
筋肉を鍛えていない私は、いつもヘンなところに力が入って
身体が歪んだり、不安定になってしまっていました。
ポイントは身体の中心が定まっていることだと教わっていて
頭では分かっていたんですけどね。

弓道を始めたそもそものきっかけは、大きなJ先生が
「この本にアドラー心理学の奥義が書かれているのじゃ」と
オイゲン・ヘルゲルの『日本の弓術』を薦めてくださったことでした。
しかしいくら読んでもその奥義が見えず
実際に弓道を習ってみても、やっぱり掴めず
結局、半年通って、1年前にやめてしまったのでした。

あぁそうだったんだ。。。
と、今ごろ突然分かった(ような気になっている)次第です。

奥義は、細かな技術ではなく
中央脈菅にルンを通すこと

つまりは、こちらの姿勢、
存在のありよう。
ひとつ上の階層(ランク)の話だったのです!

先生がヘルゲルの本を通じて教えようとしてくださったのは、
カウンセリングも、実は
この階層での姿勢が問われているということだったのだと思います。
(違ってたりして ^^;)

たとえば初めての方と相対したとき
こちらの邪念は、おそろしいぐらい見透かされていると感じます。
何度かお会いしている方でも、こちらに迷いがあるときは、
いくら小手先の技術を使ってもうまく進めることができません。

だから私的には
中央脈菅にルンが通っているかどうかがポイントなんですわ!

すいません、訳わかんない話で(^o^;)

人間は、どうやら、ルンを通すただのパイプではないか
と最近思います。
このルンを制御すること。。。
それが身体に現れたとき、矢はまっすぐ遠くまで飛んでいき、
同じように、
それがうまく言葉として使えたとき、
カウンセリングが成功する、というか、
アドラー心理学を使って
人を援助することや癒すことが可能なのではないかしら?

なぜなら、アドラー心理学はただの技術ではなくて
Gemeinshaftsgefuel という思想を伴ったものだから。

仏教で身・口・意といいますが
身と口に関してのルンの顕れは分かったゾ!(^o^)
(ほんとかなぁ・・・)
意に関しては、
その境地にないので、私には分かりません(>_<)
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by prem_ayako | 2012-09-30 20:11 | psychology | Comments(0)

小さな人

さて鳥取では
娘がおでかけしている間の留守番などもしたので、
こうすけと過ごす時間がたっぷりありました♪
もうすぐ2歳になる小さな人は、とってもおもしろいです!

少し風が涼しくなって
朝、2階の窓から秋の風が吹き込みます。
窓枠は、ちょうどこうすけの顔の高さ。
こうすけは立って、私はしゃがんで、ふたり並んで外を眺めました。

隣のお家の植栽を指さして、「き!」「き!」とこうすけ。
「そうだね~木だね~」と私。
「き!」
b0253075_2042653.jpg「木だね~いいお天気だね~」
「ちょうちょ!」
「あ、ほんと。チョウチョが飛んでるね」
「ちょうちょ・・・ぶっぶー!ぶっぶー!」
「ブッブーだね~。ブッブー行ったね~」

他愛もないことですが
こんな時間がほんとうに愛しいです。
男の子って、幼いから余計にかわいい。
すぐ横で息づいている小さな肩を
思わず抱き寄せたくなります。
時間よ止まれ(^o^)


前から絵本は好きだったけど
最近の彼のブームは、子供服や雑貨のカタログです。
絵本や図鑑だったら
尋ねられたら、書いてある字を読んであげればいいのですが、
カタログに写っている写真を指さして、これは何か?と訊かれても
答えられないときが、ままあります。

「ん?」
「お靴だね~」
「ん?」
「帽子。あったかそうね~」
「ん?」
「それは~何だろう。何かなあ(小さすぎて分からない)」
「ん?」
「何かなぁ」
「ん?ん?」
「え~っと、こうすけは何だと思う?」と、ためしに尋ねてみたら
「×△×■◇!」
って即答したので、びっくり!
なぁんだ、知ってるんじゃん!

b0253075_2011543.jpg何度も何度も同じページをめくって、
覚えているというか、彼なりに何か決まっているんでしょうね。
じゃあなんで聞くんだろう?
彼が「ん?」と聞いて、それに大人が答える、というのが
今使っているコミュニケーションのとり方なのかな。

よしよし、
じゃあときどきこのパターンを崩してやろう。
と思って
別の機会に別の写真について「ねえこうすけ、これ何だと思う?」って聞いてみたら、
自信たっぷりに、「■◇×△!」って教えてくれました!

開いた質問にちゃんと答える1歳児(爆)

たのしいわあ。
その「■◇×△」ってのが何なのかは、けっきょく私には不明なんですけどね(^^;)


音楽の趣味はかなり偏向していて、今のブームは
お母さん(娘)の好みで
パバロッティの歌うプッチーニ歌曲集です。
濃すぎますぅ・・・
そのCD「パーパ」をかけろと言いますので
「いいよ、どうぞ」と言うと、
自分で電源を入れてCDを再生します。

エンドレスにかけられると、さすがにしんどくなりますが
ロック音楽をエンドレスに聴かされるよりは、まだましかと思います。。。

中でも
「トスカ」1幕の「妙なる調和」、テノールと堂守とのデュエットや
「マノン・レスコー」3幕の終わり、テノールが悲壮に笑う場面など
かなり通好みの曲が好きみたいで
それらがかかると、積み木の手を止めて歌おうとします。。。(*_*)
ううむぅ。

ふつう、まずは童謡とか
「おかあさんといっしょ」の曲に馴染むもんじゃないでしょうか。
娘は、テレビの子ども番組があんまり好きじゃないんですって。

b0253075_2064054.jpg幼稚園に行くようになったら、不適応になるかも
と、ちょっと心配です(=_=)

おばあちゃん、杞憂だよ。とばかり、
トウモロコシにかぶりつくこうすけさんでした。
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by prem_ayako | 2012-09-28 20:32 | family | Comments(4)
週末には鳥取に行っていたのですが
今日はまた、奈良県葛城市の當麻寺(たいまでら)に行ってきました。
當麻寺すぐ傍のギャラリーを借りて
息子が月末まで、グループ展を開いているからです。

天王寺で近鉄南大阪線に乗りかえて
たったの35分。
おりからの晴天
古市を過ぎると、稲穂が頭を垂れる日本の秋の風景となりました。
上ノ太子(かみのたいし)駅
二上山(にじょうざん)駅
二上神社口(にじょうじんじゃぐち)駅
あまりの美しさに、読んでいた本を閉じました。

乗ったことのない路線でしたが
たった3両でこんな所まで、くまなく走るとは
近鉄、偉大!

b0253075_22445819.jpgそして当麻寺駅。
せっかくですから、ギャラリーに行く前に
當麻寺をゆっくり散策しました。
ここは牡丹が超有名です。
ですから今の季節は、とってもとっても静かでありました。

古代の竹内街道に近く
役の行者や弘法大師ともご縁の深いお寺です。
白鳳時代の弥勒仏像や四天王像も拝見しましたが、
中でも、天平時代、中将姫が蓮の糸で織ったという曼荼羅が有名みたいです。
それを室町時代に転写したものが本堂のご本尊でした。
阿弥陀如来を菩薩たちが取り囲む、西方極楽浄土を描いたものだそうです。
が、このイメージは、瞑想の中でも使えそうです。

また中将姫が剃髪したときの髪の毛(!)で刺繍した
阿弥陀仏、観音菩薩、勢至菩薩の種字(しゅうじ)(=梵字)もありました。
なんか、すごいですね・・・。

b0253075_22393951.jpg中之坊の書院ではお抹茶をいただきました。
広い書院に風が吹き通って
私ひとりだけ・・・

b0253075_22414822.jpg日本の建物って、どうしてこんなに落ち着くのでしょう。
畳のおかげかしら。
それともこの仄暗さのせいかしら。
板塀と少しばかりの前栽のおかげで
外界の人の気配が消えてしまうからかもしれません。

これがたとえば
ヨーロッパの庭園の東屋でもこんなふうに落ち着けるかというと、
同じように静かで人気がなくても
やっぱり少し違うような気がするんですよね・・・


それはともかく
昼すぎに仁王門を出て、すぐわきの小道に沿った
古民家ギャラリー「らしい」に行きました。
ここはおもしろいところで、大阪で写真をやっていた方が退職して
この土地に惚れこみ、古い民家を改造して始められたそうです。
いろんな展示会を1週間単位ぐらいでやっているみたいです。

  今回の「生まれたてのレトロ」展では、
  二つのコンセプトを軸に制作を行いました。
  ひとつは、新しい、まっさらであるということ。
  もうひとつは、古い、懐古的であるということ。
  私たちは生まれたてのレトロと言い換え、
  必ずしも直接的に表現しているわけではありませんが、
  相反する二つの意図の間で息をする
  私たちの作品をお楽しみください。


だそうです。↑文章はテキスト担当者によるものです。

展示は
絵画、テキスト、音楽、映像
の4人のコラボで、息子は映像です。
あいかわらず映像のタイトルは「早期回想#6.1~6.6」でした(^^;)

b0253075_22492053.jpg展示の様子をいくつか。。。

絵画担当者だけ女の子です。
大きい方の絵は「樹々」
小さい方は「青山峠」
素敵な絵だなぁと思いました。

なかなか才能のある若者が集まったように思うのは
親の欲目か?


b0253075_22505041.jpgスクリーンのむこう側で、
静かにライブしている音楽担当者
と、映し出されたテキストの一部。


b0253075_22542815.jpgb0253075_22561467.jpg息子の作品。

映像は刻々変化するので、
写真に撮りにくいです。
音楽に合わせて
6つのイメージを作り出していました。

左は「海月」という曲に合わせて
右は「赤い鉄」という曲に合わせて。


b0253075_2368100.jpg入り口近くでお喋りしている
お客さんとオーナーの娘さん
まったりといい感じ。

右の絵は「夜間飛行」
左は「木が生える山」

ちなみに彼ら、グループ展は初めてで
グループ名は「首がすわっていない」といいます(爆)
9月30日までやっているので、お近くの方がもしおられたら(おられないでしょうね^^;)
どうぞ行ってやってくださいませ
入場無料です。
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by prem_ayako | 2012-09-25 23:19 | travel | Comments(2)

あこがれ

2泊3日、練成講座に行ってきました。

実は、個人的にとてもうれしいことがありました。
ずっとあこがれていた方に、お礼を申し上げることができたのです。

まだカウンセラーになっていなかった頃、
ある年の東日本地方会に参加して
この方のされたオープンカウンセリングを、
ただ1度だけ、拝見したことがありました。

まだ泊まりの勉強会にはほとんど行ったことがなくて
このときも東京へ日帰り往復だったかもしれません。
その頃、女性の心理療法士さんは、この方ただひとりでした。

10年以上前に見たそのカウンセリングを、今でもよく覚えています。

その時まで、大きなJ先生のカウンセリングしか拝見したことがありませんでした。
初めて見るこの方のカウンセリングは、
とてもやわらかでした。

J先生は、鋭くて、カウンセリングをしておられる時も、先生!という感じがしたのですが
この方は先生というより、少し先を行くお仲間、という感じがしました。

ご自身がカウンセリング後におっしゃっていたことは、
アドラー心理学のカウンセリングは
クライエントさんとカウンセラーがふたりだけで舟にのって
川の向こう岸まで、いっしょに漕いでいくようなもの。
こちらの岸を離れたら、もう後戻りはできないので
流されないように、無事に着くように、
ふたりの力を合わせて進んでいくものなんですよ、と。

カウンセリングの構造もカウンセリングの技術も
何一つ知らない時期でしたが
このカウンセリングの美しさは忘れられません。
私は、ああ、こういうふうに協力していくものなのか!と
深く感動したのでした。

これを拝見したことは、私にとって宝のような体験でした。
不遜ではありますが、あんなふうなカウンセリングができるようになりたいと思いました。
目指すべきもの、モデルとして
いつも心の中にありました。


その方に、先日の練成講座でお会いしてご挨拶した折に、
あちらから心理療法士合格についておめでとうと言ってくださったので
思い切って、このときのカウンセリングを拝見していたこと、
いつもモデルと思ってきたことを申し上げました。

今考えると、まだまだその方の足元にも及ばないのに
こんなことを喋ってしまって、恥ずかしいです(>_<)
でも・・・お話ししてお礼を申し上げたかったのです。

その方はちょっと居心地悪そうでしたが
その折りのクライエントさんの近況などをすぐにお話しになりました。
10年以上前のその1回きりのカウンセリングを
すぐに思い出されたのです。
さすがです・・・!


あこがれは、いつも遠いところにあります。
その方はまだ遙か遠くにおられます。
それからもう1人、目指すべき素敵な方に、この夏のICASSIで出会いました。

私は見せていただいたその方たちの技や動きを
そのまま心の箱にしまっておいて
ときどき取り出して反芻させていただこうと思います。

いつか、そうですね、あと10年とか20年とかしたら
同じような動きができるようになっているかもしれない・・・と願って。
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by prem_ayako | 2012-09-19 01:13 | psychology | Comments(1)

つけものだいすき

わりと、意外!って言われたりしますが
私はお漬け物が大好きです。

これって育ってきた original family の文化でしょうね。
うちの母は、毎食、自家製のお漬け物を欠かさず出してくれました。

冬は白菜や大根の浅漬け。
夏はキュウリや茄子のぬか漬け。

今も、母のぬか漬けが最高においしいと思っています。
キュウリの種のある真ん中の部分を
母は「ず」と呼びます。
私は、「ず」の多いキュウリのぬか漬けが大好物。

小学生のころ、祖母の家に遊びに行ったとき、
私が漬けもの好きだと聞いた祖母が
私のために、キュウリをぬかからあげて出してくれました。
でも・・・「ず」のあまりないキュウリで、
母のぬか漬けの方がずっとおいしかったので
あんまり喜ばなかったんです。

せっかく祖母がしてくれたことだったのに、
われながらワガママな子どもでした。
その祖母は私が高3のときに亡くなりました。
祖母のぬか漬けを食べたのは、あのとき限りだったんじゃないかなぁ。


この頃はスーパーでもデパートでも、
年中、各種のお漬け物を売っているので
お金を出せばいくらでも、おいしいお漬け物を食べることができます。

でも、母の漬け物の次においしいのは
ほんとうは自分で漬けたものだと、ひそかに思っているのです。

冬は白菜・大根・カブラの浅漬け。
夏はキュウリ・茄子・瓜のぬか漬け。

ひとり暮らしになってからも
やっぱり買ったものばかりでは物足りなくて
冬は小型漬け物器で塩漬けを。
夏は、梅雨明けを待って、市販のぬか床を買ってきて
毎日かき混ぜてお世話して

毎日、ぽりぽりと幸せにいただいています(^^)
白いご飯とお漬け物があれば
あとは何もいらな~い(^o^)
年がいってきたせいか、このごろ本気でそう思います。

この夏は、ヨーロッパから帰国した次の日にもう、
ぬか床の素を買い、仕込みました。

外国にいる間はそこの食べ物で満足しているので
ぬか漬けが食べたいなどと、まったく思わないのですよ。
きっと、そこの風土に合った食べ物を、自然と身体が求めるのでしょうね。
北欧では、じゃがいも料理やサワークリームがおいしくて、
高温多湿の日本では、ぬか漬けがおいしいのだ~

しかし、いくら漬け物好きでも
ひとりで1食にキュウリ1本、茄子1個は多いです・・・
残すと色が変わってしまうし
半分だけあげて翌日に持ち越すと、漬かりすぎになってしまいます。

悩ましい。
誰か、食べに来ませんか?
ご飯とお漬け物だけだけど(笑)
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by prem_ayako | 2012-09-14 22:03 | family | Comments(5)

金のまど

小学校の国語で習ったお話。
かれこれ40年、ずぅ~っと覚えていて
夕陽を浴びて金色に輝く窓を目にするたびに
「あ、金のまどだ」と、こころの中でつぶやいておりました。

先日、インターネットで検索して、ようやく出典を見つけました。
たしか教科書では「金のまど」という題だったと思うのですけど、
鈴木三重吉の「岡の家」というお話でした。

めんどうなので内容はまとめません。リンク先↑をお読みくださいまし(^^;)

どれぐらいしつこく覚えていたかというと、
教科書にのっていた挿し絵まで覚えているのです。
パンを食べた小川のそばの生垣の絵と
女の子の家の前で、二人で遊んでいる絵。
そしてもちろん、岡の上から遠くの金の窓を眺めている絵。
挿し絵は白黒でしたが、子どもにはちゃんと金色に見えたのですね(^^)

輝く窓が、視覚的にとても印象深かったのと
遠いあこがれに向かって歩いていく・・・っていうのが
気に入っていたのだと思います。

結末は、実はあんまり納得できなかったように記憶しています。
だって少年の家の裏の岡から見て女の子の家は東にあるはずで
そうすると女の子の家の岡から見て少年の家の窓が輝くのが同じ夕方って、ありえるのかな?
今でも、ちょっとこれ、私には謎のままです。。。

b0253075_21163010.jpgそれはともかく
プラハに行ったとき、Golden Prague と呼ばれるだけあって
町並みが本当に金色に輝いていて、感動したものでした。
写真をたくさん撮りましたが、
デジカメじゃなかったので、ここにご紹介できないのが残念です。

今住んでいる家の窓は東に向いているので
ときたま、西日を浴びたのっぽビルのガラス窓が金色に輝きます。
この日は、後ろの生駒山に雨雲が近づいていましたが
西の大阪側には夏空が広がっていました。


唐突ですが

心理療法士資格をいただいたということが。

アドラー心理学にあこがれて歩いているうちに
気がついたら着いていた
みたいな感じで

自分がそのようなものになれるとか、そんな資格がほしいとか
ほんとうにまったく考えたことはなくて
ただ、ひとりの素人の母親がお勉強を始めて
学びたくて学びたくて歩いているうちに
こんなことが起こった
happen した、と感じています。


そして、さらに唐突なのですが

10年、アドラー心理学に向かって歩いていたら
私のような下手っぴの新米カウンセラーでも
ある程度先生に認めていただけるぐらいにはなった。
そう考えると

何生も何生もかかるけれど
道さえ間違わずに歩いていけば
いつかはほんとうに、仏さまの境地に至ることができるかもしれない
不可能なことはないのかもしれない

と、なんとなく勇気づけられたような気持ちになったのでした。

人はこういうのを、ロマンティシズムと呼ぶのでしょう。

これからも、歩いていきます。
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by prem_ayako | 2012-09-01 21:35 | others | Comments(4)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako