アードラーの夢

ayakoadler.exblog.jp

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

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心理療法士試験

先週の土曜日、アドラーギルドにて心理療法士試験を受けて
思いがけず合格点をいただき、
アドラー心理学会認定心理療法士の資格を頂戴しました。

あの場に居合わせ見守ってくださったみなさまと、
心理療法士試験ってどんなものか分からないまま快く引き受けてくださった
クライエントさんに、まず心からの御礼を申し上げたいと思います。

また、あたたかいお祝いの言葉をくださったみなさま、どうもありがとうございました。

みなさんに、大変でしたねぇお疲れさまでした~と
たくさんねぎらっていただきましたが
いえいえ、8日間カウンセラー資格を目指して挑まれた受講生の方々に比べたら
私の緊張なんて、たいしたことありません。

だいたい受けるってちゃんと決めたのが前日だったし(^^;)
どうせ1回じゃ無理って思ってました。
かといって何度も受け直す根性もなかったのですよ。
ホント良かったワ。1回で済んで(^_^;)


ちょうど4年前からさせていただいている心療内科クリニックでのお仕事、
四苦八苦しながらですが、このごろはある程度、
ライフスタイル分析の手応えを感じられるようになってきました。

一方で、自分なりのカウンセリングスタイルが自然に出来てきて
それは10年前にカウンセラー養成講座で教えていただいたものと
まったく違うわけではないけれど、微妙に違ってきているような。。。

特に、ICASSIへ行くようになってからは
イヴォンヌ先生や他の先生方の呼吸や動きを取り入れるようになりましたので、
果たしてこのやり方でいいのかな?
気に入って通って来てくださるクライエントさんもいらっしゃるけど
私の動きは、正しいアドラー心理学のカウンセリングと言えるものなのかな?と
つまりは、あまり自信がなかったのです。

アドラーギルドの部屋で行われる養成講座は今回が最後ですし
ちょうどカウンセラー資格を取得して切りの良い10年目ということもあり、
何か間違ったことをしていないかどうか
先生方に見ていただきお教えを乞おうと思いました。

ですから、今さら泥縄でお勉強しても仕方がありません。
そういう意味で、8日の間にめざましく成長された受講生のみなさまに比べると
申し訳ないけれど、わりとリラックスしていたのでありました。


そして、ここだけの話ですが
カウンセリングをやったのは、実は、私ではないのです。
あの場でも言わなかったしアドラーネットにも書けないことですが
(資格剥奪されるかも?いやそんな話ではありません)

あの美しいクライエントさんを援助したのは、仏さまなのです。
私の体と口と頭を使って、仏さまがあの方を援助なさったのです。
私は、いってみれば、トランス状態にあったわけですね。

もしも私の力としてお褒めにあずかれることがあるとすれば、
それは私が自分の心をできるだけ律して
仏さまが私を使ってくださるような状態に
自分をもっていけたことではないかと思います。

たとえば、試験に通ろうとしないこと。
自分がクライエントさんを援助しようとしないこと。

・・・それもこれも我欲です。
この我欲のある限り
目の前のクライエントさんの姿が見えません。
自分の愚かな頭で考えている限り
啓示のようなひらめきが降りてくるはずありません。

カウンセリングがうまくいくときは、必ずこれらの我欲は消えています。

ですから50~60分の心理療法士試験の間
ずっと自分の心に aware で
仏さまのお力が通るパイプになるためには、
私の場合、お勉強よりも瞑想が課題だったのです(笑)

さいわい、うまくこの状態に自分をもっていくことができたと思います。
それができたのも、私の力ではなくて、仏さまのご意志です。
でなきゃ、あんなことができるわけないのです!


おかげさまで私のカウンセリングは間違っていなかったみたいで、
過分なお言葉を先生方から頂戴いたしましたm(_ _)m
それは、これからもこうやって人のお役に立っていくのですよ、と
道を示していただいたということかなと思います。

この世での私のお役目が少しわかってきたようで
本当に本当にうれしく、とてもありがたいです。


ところで、私は仏さま(チェンレスィさま)だけを感じていたのですが
ご覧になっておられた野田先生によると、
ICASSIの講師の先生方も多数乗り移っておられたもようです。
なんてありがたいこと!

あれから3日経ちましたが
まだなんとなく疲れが残っているのは、
憑依のあとの巫女の疲れだったりして(^^)
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by prem_ayako | 2012-08-28 16:38 | psychology | Comments(4)

ばばバカごめん

リトアニアでイヴォンヌからいただいたメッセージ。
 Dear Ayako,
 We grandmothers are lucky people.
 Enjoy!
 Give my love to Kosuke,
 Yvonne

☆★☆★☆★☆

b0253075_2316564.jpg3月に鳥取で会ったきりだった
こうすけと娘がやって来ました。
こうすけ、1歳10ヶ月になりました♪

香川、神戸と旅した後なので、
うちでは2泊3日だけ。
しかも1泊は息子も一緒だったので
あっという間の滞在だった気がします。

前にうちに来たのは、お正月明けで、まだ1歳2ヶ月でしたから、
その時と比べると、ずいぶん、ものが分かるようになって
とてもお付き合いしやすくなりました(^^)

何でもさわるし何でも口に入れるので、とても目が離せなかったのが、
ようやく、言えばわかってくれることが増えてきました。

まだ半分は食べさせてもらっているけれど、
スプーンを持って自分で食べるようになりました。
この夏は、トイレで(ときどき)おしっこができるようにもなりました。

お話はた~くさんしてくれるのですが、
どうやら異なる言語体系を使っているらしく
何を言っているのか、私どもにはよく分かりません。
「なんで分からないんだろうなぁ、ほんとにもう」みたいな顔をしながらも
あきらめず、一生懸命伝えようとしてくれます。

彼の方には、私たちの言っていることがほとんど分かってるみたいなので、
自分の言葉が通じないのは、さぞもどかしいことでしょうね!
すみませんねぇ、王子さま(^^)

b0253075_2321384.jpg娘が出かけてお留守番したときに
息子といっしょに小麦粘土で遊んでみました。

小さなネズミや小鳥、ゾウや恐竜、
小さな植木鉢に小さなお花、小さな携帯電話、
息子と私とが、どんどんアートな作品(笑)をこしらえていくのを

こうすけは次々と破壊していきました(爆)

それでも、息子と私は、
こうすけよりずっと楽しんでいたように思います(^^)

今回、娘は絵本を10冊以上!持ってきていました。

こうすけのお気に入りは、
車など乗り物の、絵本というより図鑑です。
ひとつひとつ指さしては「ん?」「ん?」と尋ねられるので、
「アスファルトフィニッシャー」とか「油圧ポンプ車」とかいう
これまでの人生で私が知ることのなかったモノの名前を
何十回も繰り返し読んで、覚えるはめになりました。

私の方は、中でも安野光雅さんの「旅の絵本」がとても気に入りました。
こうすけが次々とめくって、ゆっくり見せてもらえなかったので
いっそ自分で買おうかと思っていますw
それぐらい美しい絵本でした。

写真は、イヴォンヌからいただいた絵本を楽しんでいるところ。
くしゃみ、あくび、げっぷ・・・いえいえ、もっとお行儀の悪い音までが
アイコンを押すと鳴るようになっている、しかけ絵本です。
まったくもって教育的ではないこんな絵本を選ぶなんて、
さすがイヴォンヌ!
Enjoy!ですね(^o^)

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by prem_ayako | 2012-08-22 23:46 | family | Comments(2)

チベット死者の書

瞑想ワークでよくご一緒するおじさんが
私がチベット仏教信者だと知って
NHKの「チベット死者の書」のDVDを焼いてくださいました。

むかし「NHKスペシャル」で放映されたものが、
4年ほど前にDVD化されたようです。

調べてみると、テレビで放映されたのは1993年の秋でした。
当時私はどこに居たのかな?
阪神大震災の1年と少し前ですから、
震災で壊れた昔の家の居間で
子どもたちを寝かしつけた後、見たのだったかな。

私のチベットとの最初の出会いは
映画「セヴン・イヤーズ・イン・チベット」と思っていたのですが、
実はその前に、この番組を見ていたことになります。
見たことは覚えているのですが、
そのとき何を感じたかは、まったく覚えていません。

撮影はすべてインド北部のラダック地方で行われていました。
チベット本土の撮影ではなかったのですね。
ただ、ラダックは住民の大半がチベット人、
南はヒマラヤ山脈、北はカラコルム山脈に挟まれた秘境にあるため、
いまやチベット以上にチベットらしい地域と言われています。
映像は、溜め息がでるほど美しかったです。

ただ、そこはNHK、
中国のチベット侵攻について
「共産党による解放がすすみ、衝突が起こりました」と、まあ、
なんとも意気地ない表現をしているのが、どうもねぇ(-_-)


ここでいう「チベット死者の書」は、
チベット語で「バルド・ト・ドル」とよばれているものです。

バルドは「中有」と訳されますが
私の乏しいチベット語の知識でも、バルは「中間」「途中」的な意味なので
死から転生(あるいは解脱)までの途中の期間、というほどの意味になるのでしょう。
トは「聴く」、ドルは「解脱する」。
よってウィキでは、「バルド・ト・ドル」を「中有において聴聞することによる解脱」と訳しています。
死者がよりよい転生(あるいは解脱)に向かうため
死者に読み聴かせる枕経として使われているようです。

20世紀初頭に西洋に紹介された際、Tibetan Book of the Dead と名付けられたことから
日本語でもそんなタイトルになっています。
8世紀頃にパドマサンバーバ(グル・リンポチェ)が著した埋蔵経典の一部とされていて
主にニンマ派とカギュ派とに、関わりが深いといいます。

なおゲルク派には、また別の「死者の書 」(中有隘路の救度祈願)というものがあります。
私としては、ゲルク派のこの授業を受けていないし
個人的に師と仰ぐカギュ派のリンポチェからも教えを受けていませんので、
内容については、あまり深入りせずに・・・
ただ貴重な記録としてこれを見ました。

DVDは2部構成でした。
第1部は、実際に亡くなった方の部屋で
民間の僧が49日間、バルド・ト・ドルを読み聴かせ
死者の魂を導く姿を追っています。

途中、ポアの儀式を高僧が施し、
火葬の場面も映されました。
(この高僧、YouTubeで見たことがあるカギュ派の高僧のような気がする)

めったに聞けない高僧の話に、村人が涙を流す。
小さく縮んだ遺体を男たちが運ぶ。

長老が、「おんまにぺめふん」と五体投地をする。
杖をつきつき村を巡り、マニ車を回す。
生まれたての曾孫と並んで眠る。。。

生と死の輪廻の中で
できるかぎり功徳を積んで生きていこうとするチベットの人たちの姿が
淡々と捉えられていました。

コピーしてくださったおじさんに感謝です(^^)

中でインタビューに答えておられるダライ・ラマ猊下もお若いです(^^)
20年も前ですものね。

それに、ところどころ出てくる経文が、
ほんのわずかですが聴きとれたのが、うれしかったです(^o^)


第2部のシナリオは、かの中沢新一によるもので、
人々の信仰や生活よりも
バルドで起こる現象に興味をもって扱っているようで
第1部ほどは私の好みではなかったです。
ただ、こちらではちゃんと「中国の侵略」と言っていましたけどね。


私のチベット語の先生は
ラダックに長く住まわれ、タンカを学ばれました。
おりしも今現在、通訳のお仕事でチベット本土を旅しておられるのですが、
今月に入ってから半月の間に、立て続けに5件もの焼身が起こりました。。。

中国共産党によるチベット人への暴力はますます酷いものになっています。

先生が無事お帰りになりますように。
中国人とケンカなさっていませんように。
チベットの人たちが苦から解放され幸せになりますように。
ダライ・ラマ猊下が雪国チベットにもどられますように。
おんまにぺめふん。
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by prem_ayako | 2012-08-16 17:42 | tibet | Comments(1)
新潟における特殊講義と演習「ライフスタイル」に参加してきました。

新潟はちょうど夏祭りの最中、
衣装を着て練り歩く人、山車を引く人などたくさん目にしました。
また朝採りの野菜を持ってきてくださった方もいらして
ゆでたてのとうもろこしや枝豆は絶品でした♪

1日目はほとんど講義、2日目はずっと演習。
私は4月に京都でこの特殊講義と演習を受けたのですが、
今回、特に演習をしっかりやりたくて、
帰国直後・夏バテにも関わらず、参加しました(^^)

演習の朝、後ろから2番目の席に座っていると
おとなりに、スピリチュアル・ワークでご一緒したことのある男の方が座られました。
「あ、私、ここに座ってますけどいいですか?」と、念のため確認すると
「はい。私こそ、ここに座っていいですか?」と、ご挨拶。

そうこうしていると4人ひと組になってくださいと言われ
一番後ろのテーブルとひっつくことになりました。
なんとそこには、もっと知らない男の方が2人座っておられました。

っつーことで私、おじさん3人に混じって演習をすることになりました。
アドラーの集まりにしてはめずらしい事態です。
おじさんたち、後ろの席に吹き溜まっていらしたのかしら。
ちょっと居心地悪いかも・・・と、一瞬思ったのですが、
今さら席を替わるのもなんですし、
ええい、ままよ!と突撃することにいたしました。

この年になったから出来るようになったことってありますね~
しっかり、おばさんです(^^;)

知らない方々とワークをする際、何がむずかしいかといって、
行動パターンや思考パターンが、まったく読めないということがあります。
しかも異性の、それなりに経験を積んだ方の場合、
(これは私の思いこみかもしれませんが)
その方の面子をきずつけないよう、細心の注意を払いつつ
言葉を選ばなければならない気がします。

大げさなことを言っていると思われるかもしれませんが
要はカウンセラーとして、
クセのありそうなおじさん3人組は、かなりの修行であったのです。

しかし、ICASSIで、インドやドイツやイスラエルなど
いろんな国の方々とごいっしょしたことを考えれば
なにほどのことがありましょう!
結局は、初めての方でも初めてでない方でも、
相手の(国の・地域の・社会の・家庭の)文化を尊敬しながら
ていねいにお聴きすることに尽きるのですから。

しかし案ずるほどのこともなく
みなさんとっても一生懸命、協力体制もしだいに整ってきて、
4人それぞれのエピソードから対処行動・ライフタスク・仮想的目標を見つけ出し、
その目標が協力的か競合的かを考えました。
またそのエピソードの相手役の対処行動・ライフタスク・仮想的目標を推量し、
その目標が協力的か競合的かということと
自分の目標と同じ方に向かっているかどうかとを考えました。

次に、4人それぞれの早期回想を聴いて書き取り、
その早期回想に表れている対処行動・ライフタスク・仮想的目標を見つけ出して
さきほどの事例との共通点を探しました。

うちのグループは、早期回想になってからが、ものすごく順調でした♪
おそらく、最初にお話を聴くとき時間をかけたのがよかったのでしょう。
た~くさんの説明や考えをお聴きした中から
対処行動・ライフタスク・仮想的目標を抽出した矢印の図「だけ」を
ふたつ並べると
明らかに、ある共通のパターンが見て取れました。

このときの事例提供者さんの驚きよう!
アドラー心理学の醍醐味ですねっ♪

少しの問いかけで、どの方も、
自らどんどん気づいてお話ししてくださるし、
他の者はみんな、その人の気づきがうれしくて
同じように感動して喜び合ったのでした。

「おお~!」
「あ~そうやって見つけるのか!」
「すごいなあ!おもしろいなあ」
の声があがり

代替案とパーソナルストレンクスを出し合って
ワークの終わるころには、
おじさんたちも私も、とっても仲良くなってましたぁ(^^)v

私としては、とにもかくにもワークを完結できたのがとても嬉しかったですし、
ちょっと苦手?かもしれない3人のおじさんと協力できたことも嬉しくて
はるばる新潟まで来てよかったぁ~と思いました。


もちろん、野田先生ご指導のもとでの演習ですので
全員が方法を共有しており、
全員がライフスタイルを探すという共通の目標をもっていたからこそ
うまくいったのです。

しかし、今回とても手応えがあったので
この方法、お仕事でさせていただいているライフスタイル分析にも
応用できないかな?と考え始めています。

このやり方だと、
クライエントとカウンセラーが「一緒に」考えていく感じが強いです。
クライエントさんに、自らライフスタイルを発見する喜びを
たくさん味わってもらえるような気がします。

ずっとイヴォンヌから教わったライフスタイルシートを使ってきたのですが、
そろそろ変えてみようかな。
ひょっとしたら、今までよりライフスタイル分析がうまくいくかもしれない。。。

次なる展開が起こりそうで、ちょっとワクワクしています。
大きな学びの機会を与えてくださった新潟のみなさまに
心より感謝いたします。
どうもありがとうございました!
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by prem_ayako | 2012-08-11 22:19 | psychology | Comments(4)

Magic Shop

アナベラのサイコドラマ・クラスの最終日、
Magic Shop がオープンしました。

一生に一度だけ訪れることのできる Magic Shop
どんなものでも買うことのできる Magic Shop

目を閉じて体と心をリラックスさせ
何を求めているか自分自身に問いかけます。
どのように誘導されたかあまり覚えていないのですが
目を開けたとき、私には欲しいものがよくわかっていました。

さきほどまでとまったく変わっていない部屋の中、
エレガントな講師だったアナベラの動きは、
Magic shop の owner のそれに見事に変わっていました。
Welcome to the magic shop!
大きく手をふってお客を誘います。

私はすぐに前に出ることが出来ませんでした。
私の求めているものがお店で売っているとは、思えなかったからです。
しばらく、他の参加者が買い物をするのを眺めていました。
その人が終わって、さあ、アナベラと目が合いました。

Can I buy anything?
A-ny-thing!Anything we have!

意を決して前に出ました。
What do you want?

I want an inner peace.
そう言う私の声はすでに涙で震えていました。

And what will you pay for the inner peace?

心の平安を手に入れるために
自分のエゴを捨てなければならないことを私は知っています。
I know I should throw away my ego ... my mind.
この代価を口にすることに、とても勇気が要りました。

「あなたのエゴを全て支払ってもらおうとは思わないわ」とアナベラ。
「もちろん、エゴを全て渡してしまったら、生存できないですね」
と、私もやっと少し笑うことができました。

もう少し話して・・・と深い色の目をしたアナベラ。
自分を守ろうとするエゴが不安や怖れを生んで、そのために心の平安が得られません。。。
What do you fear?
To be left alone.
そう答えると、また涙があふれました。
(これについては、この次の週のハラのクラスで、偶然にもサイコドラマで扱ってもらいました)

いくつかのやりとりの後、
アナベラは私の支払うべき代価を決めました。
We sell you "inner peace"
if you pay your "being specially treated ."

おかしなもので、それを聞いたとたん、
泣くほど inner peace が欲しかったくせに、
special treat を失うという price について
私の頭はフル回転で計算し始めたのです。

「それを支払えば、もうあなたは special じゃなくなって、just one of them になるのよ」
なんて痛いところをついてくるのでしょう。
「ちょっと待って!考えるから」とためらう私に
「みんなそうよ。お客はみんなここでゲインとプライスを考える」とにやりとするアナベラ。

実際、他の参加者のケースでは、
ここで「それだけは支払えない」
「それなら売らないわ。グッバイ」
「いや、ちょっと待って」
というような駆け引きが起こったりもしました。

逆に言えば、お客が躊躇した代価こそが、
お客がこだわりしがみついているものなのです。
ためらわず支払える程度の代価には、変容させる力はありません。
それにこだわっているがために、共同体への貢献が妨げられ
本当に欲しい大切なものにもアクセスできない・・・
この問題の根っこを意識する必要があるのです。

Magic shop の店主は、
お客たちのそのこだわりをひろげて見せて
その上で、お客に選択の自由を与えます。
なんという心理療法!
この構造に舌を巻いてしまいました。
私には、とても magic shop の店主の役は出来ません!


私は胸に手を当ててよく考えてみました。
やはり inner peace は欲しいです。
これを手に入れるために、
人よりも特別に大事にしてもらうこと、人よりも特別に愛してもらうこと、人よりも特別に守ってもらうこと・・・を手放すのは、
理にかなったことだと思いました。

「わかりました。支払います。私は independent になりたい」
「あなたがひとり取り残されるのを怖れている限り、あなたは dependent よ。
Being treated specially を求めなければ、他人の行動に関わりなく、
あなたの人生をあなたが決めることができる」
「そうです、私の意味する inner peace は、それで得られます」
「そう思うわ」

「さあ、これを」とアナベラは両手のひらに何か見えないものをのせて
私の両手の上にのせました。
私はそれを胸に押し当て、胸の奥に仕舞いました。
「さあ、支払って」
私は、両腕をひろげて体のまわりの空気をかき集め、アナベラに渡しました。
More!店主は要求します。
さらに頭のまわりからもかき集めて渡しました。
More!
さらに、さらに、かき集めて渡して
やっと店主は満足しました。
Good. There are many people who need to be specially treated.
I can sell this to them.

たくさん支払ったけれど、胸に手を当てるととても幸せでした。
Thank you. It's so precious!
Yes. I think you did a good bargain.


Magic Shop の技法は、サイコドラマの創始者モレノが開発したもので
別に秘密でもなんでもなく、あちこちに文献があるようです。
アナベラはしかし、これを Adlerian Magic Shop として完成させました。

「かささぎ座」で監督見習いをさせていただいたことがありますので、
サイコドラマは特に、監督の力量によって、
治療の力がものすごく大きく変わるものだと痛感しています。
それだけに、力のある監督のサイコドラマを体験するのは、至福です。
中でもこの Adlerian Magic Shop は最高でした!

いつかできるかなぁ無理だろうなぁ
まずは心理療法、
つまりライフスタイルを見抜く力を養わないと始まらないなぁ。

いつか、きっと、あんな魔女になりたいです。
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by prem_ayako | 2012-08-10 00:47 | psychology | Comments(7)

How to Survive ICASSI

思えば5年前、
一生に一度のつもりで参加したICASSIでしたが、
なんと、すでに3回体験する機会に恵まれました。

もちろん4回5回と参加された猛者もおられますので
私なんて、まだまだ素人でございます(^o^;)

それでも、最初の頃よりはずいぶんラクに過ごせるようになりましたので
これから行ってみたいな~♪と思っておられる方々のご参考に
なるかもしれないし、ならないかもしれない(笑)
体験から学んだICASSI乗りきり方を、少し書き留めておきま~す。


ICASSIの日常は、5つのブロックから構成されています。
ブロック1は、9時から10時半の Morning Lecture
  毎朝、選ばれた講師の先生が渾身の講義をしてくださいます。
ブロック2は11時から13時、ブロック3は14時半から16時半。
  各2時間ずつの授業で、ICASSIはこれがメインです。
  参加申し込みの時に、パンフレットをにらんで
  先生や先輩の意見を参考にしながら、じっくり選びましょうね~
ブロック4は、16時45分から1時間の Special Interest Session
  参加者の中の希望者が、単発のセッションを行います。
ブロック5は、20時から21時間半(しばし、もっと遅くまで)
  ダンスや歌やバザーなど、盛りだくさんのお楽しみが企画されています。

まずはブロック1 Morning Lecture (全体講義)対策をば。。。

私は、大勢に向かって語られるこの全体講義が苦手です。

ある日イヴォンヌが、カウンセリングのデモンストレーションをドイツ語でやってくださいました。
普段は英語で話す講師が多いので、英語からドイツ語へと通訳されるのですが、
この日は、ドイツ語から英語への通訳でした。

これが、(私だけでなく)英語ネイティブでない者たちにとって、
と~っても聞き取りにくかったです。
英語で行われるカウンセリング・デモも聴き取りにくいですが、
それに比べても、ほんとにまったく、分からなかった!

最初は、通訳さんの英語が早すぎるからかと思いましたが、
それだけではなかったみたいです。

通訳さんは、言葉そのものは翻訳してくださいますが、
言葉にひっついているさまざまな情報、
表情や抑揚や雰囲気、ボディランゲージまでは伝えてくれません。
壇上のクライエントに認識反射が起こっても、
ワンテンポ遅れてしかその台詞を聞けません。
情報が、圧倒的に不足していたのです。

いかに普段、たくさんの情報の助けを借りているか思い知りました。
私たちは耳だけじゃなく、目も皮膚感覚も総動員して
起こっていることを総合的に判断しているんですね~。
日本語で会話しているときも、実は同じなんでしょうね。

Therefore, ネイティブでない者が、英語の lecture を完璧に理解するのは無理!
わからなくても、仕方がないと割り切りましょう!
(なんという結論 ^^;)

毎朝、ICASSI事務局が録音してCDに焼いて、2ユーロで販売してくれますので
買って帰って家で聞き直すこともできます。
(買って帰っても、家で聞き直したことありませんが・・・)
スライドを使う講師も多いので
デジカメを持って行ってスクリーンを撮影しておけば、
少なくとも大事なポイントは記録して持ち帰ることができます。

私は、どうしても聞きたい先生の lecture だけ参加して、
あとはパスして、部屋でひとりで過ごす日が多かったです。
9時から10時半までの1時間半を瞑想にあてると
その日一日、とても余裕をもって生活できました♪


次に、ブロック2,3(授業)の乗りきり方。。。

授業や少人数のワークでなら、
先生や相手との距離が近いので、情報量が多くなります。
なのでネイティブでなくても、ずっとずっと理解しやすくなります。

ですが念のため、講師の先生には、できるだけ早い時期に
個人的にご挨拶に行っておくのがいいと思います。
少しでもお喋りすれば、こちらの英語力の程度をわかってもらえます!
できるだけ全員にとってわかりやすい授業を行うのは先生のお仕事で、
自分の能力を正しく伝えるのは、生徒の側のお仕事だと思います!

先生方は、いつも分かりやすい言葉を選んで話してくださいますから、
むずかしい専門用語を覚えなきゃならないことはなくて、
Easy expression をたくさん知っていれば、きっと役にたちます。
現在の状況や早期回想を話さなければならないときでも、easy expression で十分です。
ちなみに「アニメ 英語字幕」でyoutubeを検索すれば、
いろいろと面白い教材(?)があるみたいですよ(^^)

ICASSIのクラスは、丸く輪になって座ることがほとんどで、
そのままペアを組んでワークに流れ込むことがけっこうありますから
おとなりに座る方には気をつけましょう(笑)
授業の前にちょっと挨拶したりして
「自分の聴きとれる英語」を話す方のそばにすわるのが得策です!
1週間、意思疎通できないままペアを組むのはしんどいし、
相手の方にも貢献できませんものね。

また、日本人は無表情だとよく言われますが、
実はそうでもなくて
理解できたときは、しっかりうなずいて反応していると思うのです。
ただ、理解できていないときに、
無表情になります(笑)

ICASSIの先生方が戸惑われるのは
明らかに理解していない表情なのに日本人が黙っていることで、
「なんでわからないのに質問してこないの? ひょっとして私の授業に不満があるの?」
とまで妄想してしまうほど、不可解らしいです。。。

なので、わからなければ質問しましょう!
あるいは、質問しないのなら、わかった「ふり」をしましょう!
私、何度もそうやって乗りきりました(笑)


残りの時間の過ごし方については。。。

正直、2週間の長丁場、
毎日朝9時から夜9時半まで、全てに全力投入などできません。
自分の体力と精神力とを、上手に管理する必要があります。

なので私は、できるだけ、ブロック2と3に力を注ぎ
他の時間(ブロック1と、4と5)は、けっこうパスしていました。

食事のときも、日本人以外の参加者と一緒のテーブルにつくことは
実は、あまり積極的にはしませんでした。
朝ご飯のときは、まだ半分ぼーっとしているし~
昼ご飯は、近くのスーパーで買ったパンを
お天気が良ければ戸外のベンチで、良くなければ部屋で食べてたし~
夕ご飯はさすがに、横メシ(英語で会話しながらの食事)が多くなりましたが
基本、食事のときぐらい日本語で食べさせてくれ~
と思っていました・・・(^^;)

もちろん、そんな時間も積極的にいろんな国の参加者とお喋りをする方が
友だちが増えるし、きっとずっと得るものが多いとは思います。

ご一緒に日本から参加したお若い方々は
折り紙で鶴などを折って売って、ICASSIに寄付しておられました。
とっても貢献的で、とっても素敵!でした。

ただね、老眼ぎみのおばさんには
折り紙はちょっとキツかったのですよ(爆)

一度だけ、ブロック5のリトアニアン・ダンスというつどいに珍しくも参加してみたら
抜けられなくなって、汗をかくほど踊るはめに陥りました。
ダイナミック瞑想のつもりで本気出すならまだ踊れたけど
ちょっと覗きに行っただけのつもりだったから、キツかったですね。
日本人は若く見られて、まだ踊れると思われてしまうからヤバイです。

要は、自分に合った過ごし方を見つけることなんでしょう。
友だちを作ることを主目的にした参加の仕方と
学ぶことを主目的にした参加の仕方とは、当然異なると思います。
どんな目的もOK!ですが
あれもこれも追求すると、しんどいですよ(^o^)
これが私からの助言・・・かな。

2013年のICASSIは、再びオランダ、ユトレヒトに近い Wageningen で
7月21日から8月3日まで行われます。
オランダといえば、ゴッホ、レンブラント、フェルメールが見れる!
また行けたらいいなぁと狙っています。
いかがですか?ご一緒に。
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by prem_ayako | 2012-08-08 23:58 | psychology | Comments(6)

タンカ

タンカ絵師の先生は
7月末に、奈良で展示会をなさいました。

是非行きたかったのですけど、
ICASSIから帰国する日で終わりだったので
どうしても無理でした(>_<)

展示会には行き損ねましたが
行き先の決まっていないタンカを
先日のチベット語レッスンの日にお願いして、
見せていただきました♪

チェンレスィさまと
グル・リンポチェさまです。

2枚ともA4より少し大きいぐらいでしょうか。
きれいに額装してあります。

初めて近くで見る、手描きのタンカは、
今まで見知っている印刷したタンカと
まるっきり違っていました!

存在感というか、迫力が違うのは当たり前かもしれませんが、
美しい色の変化(グラデーション)や
持ち物、模様、着物のひだなど、描きこまれた細部の美しさ。
特に美しいのは、最後に乗せた金泥の輝き!

比べるのはおかしいかもしれませんが、
図版でしか見ていなかったレンブラントを
実際にヨーロッパの美術館でこの目で眺めて、
ありありと見て取れる天才の筆使いに
息を呑んだときの感じに似ていました。

タンカは、芸術としての絵画ではなく
宗教画なので、どちらかというと工芸の分野に近く
絵師の独創性を生かす範囲は限られています。

本尊の仏さまによって持ち物、印の結び方、お身体の色
全てが決まっていますし
本尊の周りに描く眷属の仏さま方、
関連したエピソードを表す小道具なども、決まったものがあります。

しかし、形式が決まっているからこそ、
仕事の丁寧さや
お顔の表情
全体の雰囲気など
絵師の個性が発揮される、とも言えます。

先生のタンカは、
とてもとても透明で
清浄なオーラを放っていました。

これはもう、宝物(ほうもつ)だ・・
と思いました。


もちろん、お値段ウン十万円。。。
微妙で・・・
はなからあきらめてしまうほどお高いわけではありませんが、
かといって、ぽんと出せるような額ではないのですね。

美しいチェンレスィさまをためつすがめつ眺めていると
お目が合って、
どうにも振り切れなくなってきたのですが

落ち着いて自分の心に問うてみると、
ここで買い求めるのは
少し違うような気がしました。

この宝物は、私の家に似合わない気がしたのです。
今住んでいる家は今の私自身を表していますから
今の私に、このチェンレスィさまは、似合わない・・・
そぐわない、身に余る・・?
よくわからないのですが、何かぴったりこない感じがしました。

正直にその感じを申し上げると、
先生は、「ご縁ですからね(^^)
もし夢枕に立たれるようなことがあったら、ご連絡ください」と。

でも、そのうちに他の人のものになってしまうかもしれないし(=_=)
あらためて注文して描いていただくとなると
お忙しい先生のこと、いつになるやら分かりませんし、
やはりここで思い切っていただいておくべきかなぁとも思ったのですが、

いやいや、それも煩悩、物欲です。

もしこのチェンレスィさまを手に入れたら
きっと私には、この絵への執着が起こるでしょう。

こうして、あれこれ心の動きがあった結果、
このたびは見合わせることにいたしました。

たぶん、本当に私のもとに来るべき仏さまであったなら
いくら高くても、迷わず、いただくことを決めたでしょうから、
これがご縁というものでしょうね。

本当に眼福でした~

その後、私の夢枕に
まだこのチェンレスィさまはお立ちになりませぬ。
ちょっと残念かも・・・(笑)
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by prem_ayako | 2012-08-06 21:35 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako