アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

カテゴリ:tibet( 74 )

チベット語

いったい何度目のレッスンになるのやら
自分でもわからなくなってきました。。。
先日、また先生に来ていただいて自宅でチベット語のレッスンを行いました。

チベット語を始めてからの期間なら、はっきりと分かります。
今月でちょうど1年です。

今しもダライ・ラマ法王猊下来日中で
私は今回お会いする機会はいただきませんでしたが、
昨年の11月はじめは、猊下の灌頂を受けるため高野山の宿坊に2泊しました。

晩ご飯を食べてお風呂に入ってしまうと何にもすることのない宿坊で、
ひとり黙々とチベット語の子音字を書き写したものです。。。
まるで小学生の百字練習みたいだったなあ、と
暗くて寒いお部屋のイメージとともに、思い出すのです~。

そして最初のレッスンは昨年の12月10日。
法王がノーベル賞を受賞された記念日でした。

あれから文語文法をゆっくり学び、
並行して、詠みたいお経を辞書を頼りに読んできました。

いまだ動詞の活用なんてまったく覚えられないし、
助詞の使い方も複雑すぎて分からないし、
頼りの名詞についても、
さっき引いた単語を、何度も繰り返して引いてしまうというありさまです(>_<)

でもまあ、作文するわけでなし
聴き取りするわけでなし・・・
和訳あるいは英訳の助けを借りて時間をかければ
なんとか意味をとれる程度にはなりました。

自分で言うのもなんですけどぉ
よくまあ1年でここまでこれたもんだね~と思いますw
だってお友だちに誘っていただかなかったら
自分では夢にも、こんな勉強するなんて考えなかったでしょうから。


語学って
要するに、読みたいものがあるかどうか
モーティベーションの問題なんですね。

チベット語に関しては、何度も言うように読みたいものが次々出てくるので
文法なんて実はどうでもいいって思ってます(^^;)
どんどん進んでいきたい感じ。

英語に関しても、
高校のときがんばって Alice in Wonderland の原書を読んだし、
大学では Bradbury や Capote にはまっていましたね。。。

フランス語、
スペイン語、
ドイツ語、
ちょっとずつかじったけど身につかなかったのは
要するに、読みたいものが特になかったからなんだなあと
今になって納得いたしました。

え?ドイツ語でアードラー先生を?
って、いえあの
それはもう今生では無理です(^_^;)

ワーグナーのオペラの歌詞をドイツ語で
っていうほうが、まだ魅力があるな(悪い子)


ものの本によりますと
過去生で仏法をよく学んだ縁ある者は
今生ですぐに仏法を理解することができ、
過去生でそこまで縁がなくて、ただ仏法を聞く機会があったという者は
今生でよく学ぶ縁をいただくのだということです。

私は今生で学ぶ縁をいただいたのでしょうね~
ありがたいことです。
未来生では、もっと賢い人間として生まれることができますように。

そして

b0253075_20441234.jpgチベットで亡くなった方々が善趣へ生まれ
もう決して苦しむことがありませんように。
ダライ・ラマ14世猊下がラサのジョカン寺に
お戻りになる日が早くきますように。

雪嶺囲める浄土にて
あらゆる利益をもたらせる
観自在たるダライ・ラマ
幾劫までもおわしませ。
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by prem_ayako | 2012-11-11 20:51 | tibet | Comments(0)

三十七菩薩行

5月に東京で、我が師ガルチェン・リンポチェからいただいた教えはふたつ。
ひとつは「37の菩薩の実践」であり、
もうひとつは「マハームードラ」でした。

どちらもその後、チベット語テキストをインターネットから入手しまして、
そこについている英語訳と
当日の口伝(日本語訳)の録音と
当日いただいたボランティアさんの試訳と
そしてチベット語辞書とをあれこれひっくり返し
なんとか解読しようと努めてきました。

たいへん奥の深い教えですので(特にマハームードラ)
言葉の意味がとれても、とても理解には至りません。

しかし、どちらかというと初心者向けの「37の菩薩の実践」と
上級者向けの「マハームードラ」、
この2つをセットで教えていただいたことは大変ありがたく
この次にガーリンポチェにお会いできるその日まで
(それが今生でかなうかどうか分かりませんが)
この2つをしっかりお勉強しておこうと、心に決めています。

「37の菩薩の実践」は、チベットの聖者
トクメー・サンポ(1295~1369)が著されたもので
37の4行の偈頌(げじゅ)(=韻文)から成っています。

すべての偈が「それが菩薩の実践である」で終わっていて、
大乗仏教の教えと、菩提心をどのように実践すればよいかが
とっても具体的に説かれているのです。

毎朝の瞑想のときに
少しずつチベット語で詠んで味わっているのですが、

なんと11月と2月に、
ポタラ・カレッジにて、この講義が行われることが分かりました。
わーい(^o^) もっと詳しく学べる。絶対行くぞ♪
と思ってよく案内を見たら、
参考図書として、
『ダライ・ラマ 生き方の探究』(春秋社)と書いてありました。

b0253075_2121080.jpgなぬ?
法王のご法話があったのか!知らなかった。

さっそく注文しました。
どうやら絶版のようで、1997年の第1刷を中古で手に入れました。

38歳の法王が、1973年、ブッダガヤにて3日にわたって
このトクメー・サンポのテキストを口伝なさったときの全訳でした!

この半年、苦労して解読してきたテキストが
美しくわかりやすい日本語に~(ToT)

しかも翻訳はゲシェー・ソナム・ギャルツェン・ゴンタ先生です。
・・・といってもご存知ない方がほとんどでしょうね。
去年から3年の行に入っておられるため私はお会いできていませんが
ポタラ・カレッジのクンチョク先生、ガワン先生の
上に立つ先生でいらっしゃいます。

そして法王のご法話のテープおこしをされたのは、
ガワン先生だと書いてあるじゃぁありませんか。
15年前・・・みなさんが総力あげて作られたご本なんですね~(T_T)

法王、写真もですが、
お話のされ方も力強く、お若い。
亡命されて15年になろうとする頃のご法話です。

 国家レベルでは、私たちの自国を考えると暗い時期にあります。しかし、大きすぎる期待はよくありませんが、まったく期待や希望がもてない状況ではありません。自分も今若く、これから多くの歳月を過ごすことができるという希望をもって、勇気をもちながら生きていくつもりです。(中略)
 チベット全体に関しても、私たちチベット人の「福徳」がなくなってしまったわけではないのです。今の状況は皆既日食のようなものです。一時的な状況であって、これが永遠に続くのではなく、私たちの「福徳」はこれから増大していく可能性があるのです。ですから、これからも「善き行為」である「福徳」を積むよう努力して生きていきましょう。


泣けてしまいます。
亡命50年以上たった今のチベットの状況
今の法王のお気持ちを考えると・・・


一気に読みました。
法王は初心者にもわかるように、噛んで含めるようにお話ししておられます。
ああ、なんて分かりやすい!
テキストの構造がようやくはっきりしてきて
ガーリンポチェのおっしゃっていた内容も理解しやすくなりました。

さらに11月にクンチョク先生から教えを受ける日が、
とても楽しみ!待ち遠しいです。


さてこの「37の菩薩の実践」の中でも最も大切な教えは、
ガーリンポチェも言っておられましたし法王もおっしゃっておられますが、
以下の第十番目の偈です。

  無始以来より私を愛してくれた母たちが
  苦しみもがいているならば、自身の幸せなど何になろうか
  それゆえ、限りなき衆生を救うために菩提心を生起させる
  それが菩薩の実践である

実は、ガーリンポチェからお聞きした、忘れられないお話があります。
リンポチェのラマが体験されたことだそうです。

☆☆☆☆☆☆☆

ある村に、みんなが困っていた暴れ者の男の人がおりました。
ラマはあるときその男の人に会い、この「三十七菩薩行」を教えました。
その人はラマに帰依しましたが、読み書きを知らなかったので、
ひとつひとつ、教わったものを聞いて覚えていき、
長い時間をかけて37個全部を暗記しました。
そして、この「三十七菩薩行」だけを、これだけを一生懸命修行しました。
しだいにその人は、みなから尊敬されるようになりました。

そのうちに中国が侵攻してきました。
ラマも、その人も牢屋に入れられました。

その人は牢屋の中でもいつもおだやかでした。
あるとき、食事をしなくなりました。
といってもたいした食べ物が配給されるわけではなかったのですが
毎日のパンなどを、その人は取り置いていきました。
他の人がその人の行いをケチだと言って笑っても
ただにこにこしていました。

1週間か10日たったある晩、その人は言いました。
「さあ、きょうはお祝いです。みなさんこの食べ物を召し上がってください」
そしてそれまで貯めていた全ての食べ物をみんなに分けました。
みんなお腹を空かせていますから、喜んで食べてお祝いしました。

その人は毎晩、横にならずに座って瞑想するのですが
その晩もいつものように瞑想に入ったようです。

翌朝、人々が起きてきたとき
彼は座ったまま亡くなっていたそうです。
彼は1週間か10日前に、自分の死ぬときを知って
最後の菩薩行をなさったのでした。

☆☆☆☆☆☆☆

私には、あまり多くのことを覚えたり学んだりする力はありません。
ですからこのお話を聞いたとき、この菩薩のように
目移りせず、何かひとつを実践していこうと思いました。

「37の菩薩の実践」は
今生を賭けて学ぶに足る教えだと思っています。
だから、もうひとついただいた教え「マハームードラ」に
届く日がくるかどうかわかりませんね(^^;)
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by prem_ayako | 2012-10-14 21:28 | tibet | Comments(0)

チベット死者の書

瞑想ワークでよくご一緒するおじさんが
私がチベット仏教信者だと知って
NHKの「チベット死者の書」のDVDを焼いてくださいました。

むかし「NHKスペシャル」で放映されたものが、
4年ほど前にDVD化されたようです。

調べてみると、テレビで放映されたのは1993年の秋でした。
当時私はどこに居たのかな?
阪神大震災の1年と少し前ですから、
震災で壊れた昔の家の居間で
子どもたちを寝かしつけた後、見たのだったかな。

私のチベットとの最初の出会いは
映画「セヴン・イヤーズ・イン・チベット」と思っていたのですが、
実はその前に、この番組を見ていたことになります。
見たことは覚えているのですが、
そのとき何を感じたかは、まったく覚えていません。

撮影はすべてインド北部のラダック地方で行われていました。
チベット本土の撮影ではなかったのですね。
ただ、ラダックは住民の大半がチベット人、
南はヒマラヤ山脈、北はカラコルム山脈に挟まれた秘境にあるため、
いまやチベット以上にチベットらしい地域と言われています。
映像は、溜め息がでるほど美しかったです。

ただ、そこはNHK、
中国のチベット侵攻について
「共産党による解放がすすみ、衝突が起こりました」と、まあ、
なんとも意気地ない表現をしているのが、どうもねぇ(-_-)


ここでいう「チベット死者の書」は、
チベット語で「バルド・ト・ドル」とよばれているものです。

バルドは「中有」と訳されますが
私の乏しいチベット語の知識でも、バルは「中間」「途中」的な意味なので
死から転生(あるいは解脱)までの途中の期間、というほどの意味になるのでしょう。
トは「聴く」、ドルは「解脱する」。
よってウィキでは、「バルド・ト・ドル」を「中有において聴聞することによる解脱」と訳しています。
死者がよりよい転生(あるいは解脱)に向かうため
死者に読み聴かせる枕経として使われているようです。

20世紀初頭に西洋に紹介された際、Tibetan Book of the Dead と名付けられたことから
日本語でもそんなタイトルになっています。
8世紀頃にパドマサンバーバ(グル・リンポチェ)が著した埋蔵経典の一部とされていて
主にニンマ派とカギュ派とに、関わりが深いといいます。

なおゲルク派には、また別の「死者の書 」(中有隘路の救度祈願)というものがあります。
私としては、ゲルク派のこの授業を受けていないし
個人的に師と仰ぐカギュ派のリンポチェからも教えを受けていませんので、
内容については、あまり深入りせずに・・・
ただ貴重な記録としてこれを見ました。

DVDは2部構成でした。
第1部は、実際に亡くなった方の部屋で
民間の僧が49日間、バルド・ト・ドルを読み聴かせ
死者の魂を導く姿を追っています。

途中、ポアの儀式を高僧が施し、
火葬の場面も映されました。
(この高僧、YouTubeで見たことがあるカギュ派の高僧のような気がする)

めったに聞けない高僧の話に、村人が涙を流す。
小さく縮んだ遺体を男たちが運ぶ。

長老が、「おんまにぺめふん」と五体投地をする。
杖をつきつき村を巡り、マニ車を回す。
生まれたての曾孫と並んで眠る。。。

生と死の輪廻の中で
できるかぎり功徳を積んで生きていこうとするチベットの人たちの姿が
淡々と捉えられていました。

コピーしてくださったおじさんに感謝です(^^)

中でインタビューに答えておられるダライ・ラマ猊下もお若いです(^^)
20年も前ですものね。

それに、ところどころ出てくる経文が、
ほんのわずかですが聴きとれたのが、うれしかったです(^o^)


第2部のシナリオは、かの中沢新一によるもので、
人々の信仰や生活よりも
バルドで起こる現象に興味をもって扱っているようで
第1部ほどは私の好みではなかったです。
ただ、こちらではちゃんと「中国の侵略」と言っていましたけどね。


私のチベット語の先生は
ラダックに長く住まわれ、タンカを学ばれました。
おりしも今現在、通訳のお仕事でチベット本土を旅しておられるのですが、
今月に入ってから半月の間に、立て続けに5件もの焼身が起こりました。。。

中国共産党によるチベット人への暴力はますます酷いものになっています。

先生が無事お帰りになりますように。
中国人とケンカなさっていませんように。
チベットの人たちが苦から解放され幸せになりますように。
ダライ・ラマ猊下が雪国チベットにもどられますように。
おんまにぺめふん。
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by prem_ayako | 2012-08-16 17:42 | tibet | Comments(1)

タンカ

タンカ絵師の先生は
7月末に、奈良で展示会をなさいました。

是非行きたかったのですけど、
ICASSIから帰国する日で終わりだったので
どうしても無理でした(>_<)

展示会には行き損ねましたが
行き先の決まっていないタンカを
先日のチベット語レッスンの日にお願いして、
見せていただきました♪

チェンレスィさまと
グル・リンポチェさまです。

2枚ともA4より少し大きいぐらいでしょうか。
きれいに額装してあります。

初めて近くで見る、手描きのタンカは、
今まで見知っている印刷したタンカと
まるっきり違っていました!

存在感というか、迫力が違うのは当たり前かもしれませんが、
美しい色の変化(グラデーション)や
持ち物、模様、着物のひだなど、描きこまれた細部の美しさ。
特に美しいのは、最後に乗せた金泥の輝き!

比べるのはおかしいかもしれませんが、
図版でしか見ていなかったレンブラントを
実際にヨーロッパの美術館でこの目で眺めて、
ありありと見て取れる天才の筆使いに
息を呑んだときの感じに似ていました。

タンカは、芸術としての絵画ではなく
宗教画なので、どちらかというと工芸の分野に近く
絵師の独創性を生かす範囲は限られています。

本尊の仏さまによって持ち物、印の結び方、お身体の色
全てが決まっていますし
本尊の周りに描く眷属の仏さま方、
関連したエピソードを表す小道具なども、決まったものがあります。

しかし、形式が決まっているからこそ、
仕事の丁寧さや
お顔の表情
全体の雰囲気など
絵師の個性が発揮される、とも言えます。

先生のタンカは、
とてもとても透明で
清浄なオーラを放っていました。

これはもう、宝物(ほうもつ)だ・・
と思いました。


もちろん、お値段ウン十万円。。。
微妙で・・・
はなからあきらめてしまうほどお高いわけではありませんが、
かといって、ぽんと出せるような額ではないのですね。

美しいチェンレスィさまをためつすがめつ眺めていると
お目が合って、
どうにも振り切れなくなってきたのですが

落ち着いて自分の心に問うてみると、
ここで買い求めるのは
少し違うような気がしました。

この宝物は、私の家に似合わない気がしたのです。
今住んでいる家は今の私自身を表していますから
今の私に、このチェンレスィさまは、似合わない・・・
そぐわない、身に余る・・?
よくわからないのですが、何かぴったりこない感じがしました。

正直にその感じを申し上げると、
先生は、「ご縁ですからね(^^)
もし夢枕に立たれるようなことがあったら、ご連絡ください」と。

でも、そのうちに他の人のものになってしまうかもしれないし(=_=)
あらためて注文して描いていただくとなると
お忙しい先生のこと、いつになるやら分かりませんし、
やはりここで思い切っていただいておくべきかなぁとも思ったのですが、

いやいや、それも煩悩、物欲です。

もしこのチェンレスィさまを手に入れたら
きっと私には、この絵への執着が起こるでしょう。

こうして、あれこれ心の動きがあった結果、
このたびは見合わせることにいたしました。

たぶん、本当に私のもとに来るべき仏さまであったなら
いくら高くても、迷わず、いただくことを決めたでしょうから、
これがご縁というものでしょうね。

本当に眼福でした~

その後、私の夢枕に
まだこのチェンレスィさまはお立ちになりませぬ。
ちょっと残念かも・・・(笑)
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by prem_ayako | 2012-08-06 21:35 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako