アードラーの夢

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『チベットの秘密』

だいぶ前に手に入れた
ツェリン・オーセル/王力雄 著 劉燕子 訳
『チベットの秘密』をようやく読み終わりました。

オーセルさんの詩、
オーセルさんのエッセイ、に続いて
王さん(オーセルさんの夫)の論文、
そして最後に劉さんによるツェリン・オーセル文学論
というちょっと変わった構成です。

第3部の論文「チベット独立へのロードマップ」
になかなか手がつけられなくて
それで読み終わるのに時間がかかっていたのでした。
政治関係苦手なもんで・・・(^^;)
実際読んでみたら、けっこうおもしろかったけど。。。


オーセルさんの詩やエッセイについては、
野田先生が2日にわたって詳しく補正項に書いてくださっていますので
付け加えて申し上げることはほとんどないのですが

ひとつ、泣けてしかたがない詩篇とエピソードがありましたので
それだけシェアしたいと思います。

「私は俗世では生長しない花を抱く
 枯れ萎む前に急ごう
 目に熱い涙をたたえながら、急いで行こう
 一人のえんじ色のご老人に捧げるためだけに
 一すじのほほえみが、世々代々を
 一つに結ぶ」

「えんじ色の僧服をまとったご老人、
 私たちのエシェ・ノルブ(宝物)、
 私たちのクンドゥン、私たちのコンサ・チョク(偉大な法王様)
 私たちのギェルワ・リンポチェ(ダライ・ラマの尊称)」

多くのチベット人は、このえんじ色のご老人にお会いして
お説教を聴き、加持を受けることを渇望しています。
それはもう心から、何十年も待ち焦がれています。
でも、それができません。
申請してもパスポートを入手できないからです。

(仮に運良く正規のパスポートが入手できたとしても、
えんじ色のご老人にお会いするには相当の覚悟が必要です。
たとえば昨年のお正月、
インドのブッダガヤで法王のカーラチャクラ灌頂を受けるため出国したチベット人の多くは
帰りの国境で、なけなしの持ち物、法具、お土産、すべてを奪われ、
ひどい場合にはそのまま連行されました。
当局の気にいらないことをあえてすればどんな目に遭うか。
あとで見せしめにするのは、あの国ではよくあるやり方のようです。)

このことを考えると、
ダライ・ラマ法王が日本を頻繁に訪れてくださること、
日本が猊下の来日を許可していること
(アジアのほとんどの国は猊下へのビザを発行しません)、
お話を直接お聞きする機会をもてることが
どんなに貴重で稀なことか。
ありがたく、また申し訳なく感じます。

でも、ある日、オーセルさんは、猊下にお会いすることができました。
インターネットを通じて!

2011年1月4日、インターネットのビデオチャットを使って
北京にいる、人権問題に取り組む弁護士2人と王力雄と
ダラムサラにおられる法王との対話が実現したのです。

オーセルさんは、北京の自宅で、
夫の王さんの後ろに張りつくようにして、
一語一語に耳を傾けていたといいます。

「私は涙があふれるばかりでした。チベット人のやり方で頭を三度床につけ、祈祷の言葉を口ずさみながら、両手でカタを捧げ持ち、パソコンの前でひざまずきました。涙目のぼんやりした視界の中で、尊者がはるばると両手を伸ばしてカタを受け入れ、さらに、私に加持祈祷をしてくださったかのように見えました。言葉では言い表せない深い感動を覚えました・・・」


チベット人の精神性の高さは
宗教によるものです。
そして宗教を持たなければ、
b0253075_14145445.jpg人は人に限りなく残酷になってしまう。
中共のやり方を知れば知るほど
悲しいことですが、つくづく感じざるをえないのです。

この本はできるだけ多くの人に読んでいただき
どのようなことが現在チベットで進行しているか
知っていただきたいと思います。
知ることが必要だと思います。
・・・心は暗くなりますが。
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by prem_ayako | 2013-01-15 14:18 | tibet | Comments(1)

不殺生

スピリチュアル・ワーク@光では、もうひとつ
大きな学びがありました。

今回いただいたテキストの「教典」の部には
チベットのガンポパ尊者の『解脱の宝飾』から引用して
十の悪業道が並べてありました。

・身業は殺生・偸盗・邪淫の三つ、
・口業は妄語・両舌・悪口・綺語の四つ、
・意業は貪欲・瞋意・邪見の三つです。

ねえ、これを読んで、
意業については犯さないようにするのはとても難しいことだけれど
口業については気をつけておればなんとか犯さないでおれるのではないか、
そして身業については、
私には関係ないことだわ、私はこんな恐ろしい罪は犯さないもの。
と思われませんでしたか?

それがそうでもないのですよ。。。

仏教に一切有情という言葉がありまして
「心のある生きとし生けるものすべて」という意味です。
ですから一切有情には、地獄で苦しんでいる生き物も
私たちの目に見えない餓鬼も
動物も虫ももちろん人間も、すべて含まれています。

一切有情が輪廻から解放されるように
自分が菩提心を起こしましょう、というのが大乗仏教徒の願いです。

一切有情を殺してはなりません。

で。
アリなんです。

今回のお宿はお料理よし、温泉よし、お部屋よし、スタッフの対応よし。
会場は、海に面した広い会議室に畳を入れていただきました。
置き畳なので、上で暴れると多少ずれますよ、と注意を受けていましたが
アスミじゃないので大丈夫。
そう、畳がずれるのは、たいした問題ではなかったのです。

参加者のみなさんが各地のおみやげを持ってきてくださったので
今回はいつも以上にお菓子がたくさんありました。
あらかじめこちらで用意したおやつの袋を開けなくても
初日は十分すぎるぐらい、おいしいおやつが並びました。

いつものように、会場のすみっこにテーブルを並べて
湯茶の用意と、おやつ類、ゴミ袋などをセットしました。

始まってすぐに畳の上を小さな小さなアリさんが歩いているのを見かけましたが
ほんの1,2匹のように思いました。。。

お菓子があるのは、座卓ではなくて足の高いテーブルですが
夕方頃には、斥候のアリさんが場所をかぎつけたようでした。。。

これは少しまずいかもと思い、
夜のセッション終了時にはお菓子類をすべて箱に片づけ、
さらにビニール袋に入れて口をしばって
アリが入らないようにしました。

でも私は気になって気になって・・・
今まで何度も合宿ワークをやってきましたが、
こんなにアリが出たのは初めてです。
夜の間はいったん退却するでしょうが
朝になってお菓子を出したら、また現れるでしょう。

主催者側の責任として
こんなにアリのいる環境でセッションを続けるのは参加者に申し訳ない、
なんとかしなければ、と思いました。
これはアドラー心理学の合宿における共通感覚であり、
共同体感覚でもあるのではないかと思いました。

施設に言って駆除していただくか?
そうすると殺生を犯すことになります。
仏教の共通感覚では、これは十悪業の第一番目です。
たとえ一寸もないアリでも、殺生は殺生です。
部屋を移動させていただくとしても、
理由を言えば、いずれにしても殺生は行われるでしょう。


そこまで考えて、翌朝、先生に
「施設の人に言った方がいいでしょうか?」とご相談しました。
先生は「そう?僕は全然気にならないけど」とおっしゃって、
これはみんなにとって、とてもよい学びになっているのだと
セッションの中でもお話しされました。
「そんなことしたら大量虐殺でしょう。
それをあなたが引き受けるのなら言ってもいいけど」

そして私たちは、アリさんと共存する道を選びました。

祭壇のお供えものにも
アリさんが道をつけて登っていきます。
お供えの水の中にも、アリさんはダイブしています。
水は甘露に変わっていたのでしょうか?

お菓子のテーブルの上はアリさんたちの饗宴です。
個包装のお菓子の中には入らないので、
みんな、外側のアリを手で払って、気をつけて食べました。

個包装だから大丈夫というわけでもなくて、
隙間があるらしいきなこ味のお菓子には、アリさんが集中しました。

アリさんは道をつけてその上を歩くので、畳の上にはあまりいません。
でも瞑想していると、たまに首や手に何かを感じるのです。
そっとさわると、指にアリがつきました。
ほんの2,3mmなので、すぐにつぶれてしまいます。
4日間で2匹ほど、私はそうやって殺してしまいました。
おんまにぺめふん!

夜は、さらに厳重にお菓子を片づけて、
申し訳ないけれどきなこ味のお菓子の箱と
それについたアリさんたちにはそのままゴミ袋に入ってもらい
(おみやげを持ってきてくださった方、ごめんなさい!)
あちこちに置いてある紙コップも集めて捨てて
ゴミ袋の口を固くしばって、部屋の外に出しました。

直接には手をくだしていないけれど、
ゴミ袋に入ったアリさんたちは、いずれ死ぬでしょう。
まあ、どこにいても、私たちも、いずれ死ぬのですけれど。
おんまにぺめふん。
部屋に帰って、罪ほろぼしに金剛薩埵の百字真言を21回唱えました・・・


3日目になると、私を含めてみんなもう慣れたのか
あまり気にならなくなりました。
前の記事に書いたように、
みんな上手にシャマタに入れるようになっていったのです。

アリさんと共存なんて、今までの自分では考えられないことなのですけど・・・
考えたらチベットの僧院や修行の洞窟には
アリどころか、もっと恐ろしい虫さんがたくさん歩いていることでしょう。
チベットの草原にだって
チョウチョがいれば、アリもミミズもいるでしょう。

ほんとうに一切有情と共存するとは、どういうことなのか。
現実には、不快なことだって起こるのです。
快適に空調をかけておやつも用意して瞑想?
・・・
アリさんは、観音菩薩さまからのプレゼントだったのかもしれません。
(ああ、これが椿大神社のときのようなヒルさんや
羽のはえた茶色い大きな虫さんでなくてよかったあ~)


それにしても、私はお金を払って来ておられる参加者の方々に申し訳なくて
先生の許可を得て、
買ってきたお菓子をすべて持って帰っていただくことにしました。
3日目の夕方に、袋のまま、開けずにそのまま分け合っていただきました。
あっという間になくなりましたよ(^^)
最後の夜ですから、お部屋で食べていただけたんじゃないかしら。


b0253075_2332159.jpg4日目、もうアリさんはほとんどいません。
あの子たちはどこから来たんでしょう。
畳についてきたのだとか
壁紙の中に巣があるとか諸説ありましたが
確認した者はいません。

祭壇のお供えを片づけてしまうと
まるでアリなんてどこにもいなかったかように
きれいなお部屋になりました。
こうして施設の方には何も知られないまま
アリさんたちは無事に冬を越すのでしょう。

それとも、あれはほんとうは幻だったのかもしれません。
おんまにぺめふん!
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by prem_ayako | 2012-12-30 23:33 | tibet | Comments(2)
年末21日から24日まで、山口県光市に行っておりました。
スピリチュアル・ワーク@光、
全室オーシャンビューです!(そこか?)

いえ、でもロケーションは大事だと思います。
せっかく海のそばの施設に泊まるなら
ワークの会場も
(寝るだけだけど)お部屋も
お風呂も
海が見えててほしいですもん(視覚型のこだわり)

b0253075_22515893.jpg


全国各地から20名ほど集まり
3泊4日、ひたすら「オン・アー・フーム」と瞑想していました。
アスミのように跳んだり跳ねたりがなく、
歌やダンスや旋回もなく、
ひたすら座って瞑想しました。


瞑想って外から見たら中で何が起こっているか全くわかりません。
でも実は、じっと座っていても
はげしく体育会系のトレーニングなのだということが
今回よ~~く分かりました。

自分を律するというか、
自分の怠け心に負けないというか
軟弱者の私には大きな学びがあったのです。


今回、ルン(風・気)を動かす瞑想法にじっくり取り組みました。
慣れるまでは、なかなかたいへんです。
なんでもそうでしょうが、最初はうまくいきません。

あれ?息が続かない、こうかな?ああかな?うぅん、うまくいかない。
あ、今うまくいったぞ。よしこの感じかな?いや違うな、やっぱりだめだ。
ではこうしてみたらどうか、うまくいったぞ。

・・・なんてことを微動だにせず半跏趺坐のまま(笑)
内部でいろいろ工夫しておりました。
(参加していない方には何のことかちっとも分かりませんねm(_ _)m)

こんなこと考えて工夫している間は、もちろん瞑想になっていませんから
サマーディも何もあったものじゃなくて
ちっとも感じよくありません(>_<)
要するに、なかなかうっとりの境地に達しないのです!
でも、最初にルンの動かし方を覚えるのが、今回のテーマです。
う~めんどくせぇ=

他人にはどうせばれないし
何もかも放り出して
寝てしまおうと思えば、寝てしまうこともできます。
いい加減で済ませて、
中途半端でもよしとしてしまうことだってできます。

でもそれをしないで自分をごまかさないところが
まず最初の修行なんだろうなあ・・・なんて思ったり。
私って、ほんとに最少の努力でラクをしたい人なんです!

正直、1日目には帰りたくなった方もおられたのではないかと思います。。。
でも最後まで、全員、やり遂げましたよ!
2日目になるとちょっとずつ感覚がつかめてきて、
時間が早く経つように感じてきました。
3日目にはカウンセリングを何ケースも見せていただきましたし、
4日目になると、もうすっかり場にも瞑想にも馴染んで
みんなと別れて帰るのが惜しくなっていました。

振り返ってみると、
あっという間の4日間でした!

b0253075_23124465.jpg


うまくいっているのかどうか客観的なところは分かりませんが
少なくとも主観的には(^^;)
ルンが背中の中央脈管を通るのを、
わりとありありと感じられるようになりました。
繰り返し繰り返しトレーニングしたおかげだと思います。
やっと、自転車に乗れるようになった段階ですね(^^)

だからどうなのかというと、
どうということもないのであります。
ルンを動かせるということが大事なのではなく、
これによって深い瞑想状態(シャマタ)に入れるから大事なのです。

ひとつの方便として、ルンを使うのはかなり有効です。
3日目の夜に、お遊びとして、
以前に通いの瞑想ワークでもやったことのある
嫌いな人を嫌う心を火にくべて、自分の心を浄化する瞑想をやったのですが、
ものすご~くうまくいきました。
たぶんお腹のチャクラにルンをうまく入れることができたからだと思います。
もうその「嫌いな人」は、真っ白け・・・
少しだけ菩提心に近づけたかも。


今朝ほど、お経を詠む前に、
今回習ったルンのやり方を21回繰り返したら
すっかり心が鎮まりました。
いい感じです。
この状態になってから、ヴィパッシャナに入るよう
つづけていきたいと思います。
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by prem_ayako | 2012-12-30 23:18 | tibet | Comments(0)

チベットな週末(2)

その次の週末、連休のプラサードをパスして(^_^;)
京都の北野天満宮の近くへ2日間通いました。
またもや「三十七の菩薩の実践」の講義を受けるためです。

このたびはニチャン・リンポチェとおっしゃる
ニンマ派の高僧から教えていただきました。

われながら、これ!と思ったものに対しては、しつこいです。
「三十七の菩薩の実践」は
これで、カギュ派、ゲルク派、ニンマ派と
チベット四大宗派のうち日本で受けられる三つを踏破したことになります(笑)

おかげでテキストも正しいチベット語版がゲットできたし
内容についても、だんだん納得してきました。
チベ語で読む速度も、ちょっとずつ速くなってきましたよ♪

ニチャン・リンポチェは1935年生まれなので御年77歳。
1974年に高野山大学の講師として来日され、今は関東にお住まいのようです。
ですから、日本語がぺらぺらです。

ニンマ派のラマから教えを受けるのは初めてでしたが
印象としては
ゲルク派のラマたちはとても分析的で理系の感じなのですが、
ニンマ派のこの方は、ご自分の師から教わった言葉をそのまま記憶しておられて
分析的というより、包括的、
日本語も英語もサンスクリット語もご堪能で、文系の感じがしました。

とても良いおじいさんで
ご自分の師のお話をなさるときに、感極まって声を詰まらせたりなさって、
謙虚で誠実でお優しくて
私は、後ろにガーリンポチェが透けて見えるような気がしたものでした。

ですが、
もうこの派の集まりに行くことはないでしょう。

リンポチェをお呼びした京都のグループの人には
このリンポチェに対する帰依心、
平たく言うと、尊敬や信仰が、あまり感じられなかったのです。

私が過敏すぎるのかなぁ。。。
でも、まるで大学の先生を扱うみたいに
自分の解決したい細部についてリンポチェのお答えを求めて
お答えなさったことに対してさらに反論したりするのは
私の感覚では考えられないことで、
なんか違うんじゃないかなぁ~と思ったのでした。

他者のために解脱をめざすはずの大乗仏教徒が
自己の成長を追求するあまりに、
師への感謝をないがしろにしているのではないか・・・

そして、そこに感情を波立たせている私もまた、
何も言わないけれど心の中で人を裁いているのですから、
ここに私の業というか、罪があるのだと思います。

ああ人間ってなんて業が深いんでしょう(>_<)
みんなひょっとしたら、もとはよい意図だったかもしれないのに
ある人は感情を使って人を動かそうとし
ある人は感謝を忘れて貪欲になる。
そして私は人を判断し上に立とうとしている。

ある側に傾きすぎるとそちら側に落ち
別の側に傾きすぎるとこちら側に落ち
細い尾根を歩くように
綱渡りをするように
いつも気をつけてバランスをとっていなくては。。。

ああ、むずかしい!


三連休の最終日の日曜は、大阪でポタラ・カレッジがありました。
いつもと同じ会場のお寺に着くと、数人がロビーに立っていました。
どうやら手違いで、会場がダブルブッキングになってしまっているようです。
(をを、この事態は、私がお仕事上いつもうなされる悪夢です~)

東京からクンチョク先生がやってこられました。
事務的な仕事を手伝う方が付いてこられる日もあるのですが、
この日は先生おひとりで
たいへん困っておいででした。

どこか、12,3人の人が入れる静かな場所が必要です。
私も心当たりの施設を頭の中でざっと数えてみましたが
今頼んで今入れるような会場は、大阪市内ほとんどありません。

「どこか、知らない?」と先生に尋ねられたある若者が
「ええ~、うちの店に来ますか?」と申し出てくださいました。

1ヶ月前に彼ひとりで壁を塗ってオープンしたばかりの
メニュー1つだけのレストランだそうです。
「で、でも、めっちゃ狭いですよ。みなさん入れるかどうか。椅子、足らんかもしれません。立ってしてもらわなあかんかもしれません」と
言い出しておいて、焦りだしたお兄さん。
「他にないから・・・」とクンチョク先生。
「と、遠いですよ」
「タクシーで行きましょう」と先生。

それでみんなでタクシーに分乗し、彼の小さなお店に向かいました。
お店の表には「本日は都合により休業」と書いてありました(笑)
天井からは、タオルがたくさんぶら下がっていました。
・・・た、たしかにこの狭さ、大丈夫かな?と
先発隊で着いた私もちょっと不安になりましたが
スピーカーの台にしていたスツールも使い
彼が他から椅子を借りてきもして、なんとか格好がつきました。
テーブルの上の調味料や箸立ても移動させました。

いつもと違ってぎゅうぎゅう詰めの中、
30分遅れで、授業は始まりました。

この日の講義は、「ミラレパの教え」です。
クンチョク先生「今日は私たち、ミラレパになったみたいね」
みんな大爆笑!
ミラレパは、一生洞窟の中で修行した聖者として有名なのです(^^)

私は冒険が大好きです。
こんなふうに
困った事態が起きたときに
人々が自然に力を出し合い
協力して解決していくのが、
本当に、とても好きです。


答えは、ここにしかないと思います。

困っていたら、みんな自然に助け合うでしょう。
恩を受けたら、返すでしょう。
いいことをしたら、嬉しいでしょう。

暴力や、支配や、言い争いや、我欲や、傲慢や、
それに対治する答えがここにあります。


1日この洞窟のようなレストランでお勉強をして
夕方、いつもより少し遅い時間に解散となりました。
先生と他のみんなは最寄りの駅まで歩き、
私は、もとの会場に自転車を置きっぱなしにしてきたお兄さんといっしょに
タクシーに乗りました。
私はそこから歩いて帰れるからです。

タクシーの中で、お兄さん。
「いや、ほんっと、びっくりしましたよ。まさか先生が来られるなんて」
「ありがとうございました~。先生すごく困っておられたから、ほっとされたと思いますよ~」と私。
「そうですか?いや、入れるかなあと思って。自分で言うといてなんやけど」
「あったかくて良かったですよ~」
「それなら良かったです!うち、こんなにお客さん入ったの初めてなんですよ!いつもほとんどお客さんないんで・・・」
よかったね~
よい福徳を積まれましたね~
これで道が付いてお客さん増えるでしょう。
と、私はヘンに自信をもって予言したのでありました(笑)


まとめてしまうとありきたりですが
相互尊敬・相互信頼・協力。
そして目標の一致(これが一番難しい)
けっきょく、これだけです。
アドラー心理学はすごいです。
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by prem_ayako | 2012-11-27 18:01 | tibet | Comments(0)

チベットな週末(1)

11月はいろんなイベントがあったので
2週続けて、チベットがらみであちこちへ行きました。

そしていろいろと、めずらしいことを体験しましたデス


まずは11月半ば、とある金曜の夜のこと。
ツェリン・ウーセルというチベット人作家の新作の
日本語訳の出版記念会が
なんと家から歩いて5分ほどの小さな福祉会館で開かれました。

この情報を得たのは Twitter でしたが
ウーセルさんのお名前も Twitter でよく見かけていましたし
何かのご縁と思い、出かけてみました。

ご本人は、もちろん来ておられません。
ふだんは北京のご自宅で、当局により軟禁状態におかれています。
理由は、彼女がチベット「族」であり、
チベットがどのように破壊されていったかを
詩や文章を通じて訴え続けておられるからです。

それでも旦那さんが漢人であるおかげでしょうか、
彼女には世界の耳目が、いくらか集まっているせいでしょうか、
投獄されたり殺されたりしておられないのは、幸いと言えるでしょう。

『チベットの秘密』というその本は
中国語で書かれ、勇気ある漢人女性によって日本語に訳されました。
留学生として来日したこの翻訳者・劉さんは、
もう故郷に戻れないでしょう・・・

11月になってからチベット本土はますますひどいことになっています。
ほぼ毎日、ひとりの人間が
いえ、日によっては、2人、3人の方が
チベットの自由とダライ・ラマ法王のご帰還を叫びながら
自らの身体を燃やしています。
(11月27日午後6時現在、内地焼身者87人。内外合わせ焼身者90人、内死亡確認73人。今月4日から26日までの23日間に23人)

チベットのために何かできることはないだろうか?
居ても立っても居られず、
初めて、チベット仏教関連でない集まりに行ってみたわけですが、
この出版記念会は、かなり政治的なものでした。

チベットのことを考える人がみな仏教徒というわけではありません。
ちょっと考えれば分かることだったのですが
私の認識は甘かったです。。。

会場に集まった100名ほどの人たちは、みな
チベットのことを考えているというその一点は共有していましたが、
極左あり極右あり、憲法破棄論者あり擁護論者あり。。。
思想、というよりも、おそらくは自分自身の利害のために
面と向かって大きな声を出し相手を威嚇し、罵倒する人が何人かいました。

ことさらイヤな感じを受けたのは、
この人たちが、相手を脅かすという目的のために
自分の感情を「使っている」ことが、よくよく見えたからです。
(そういえば、国会中継でも同じことをやっていますね -_-;)

ウーセルさんや翻訳者の劉さんは
文字の力をたよりに、社会を変えようとしている。
その人たちを支援する集まりなのに
来ている人は暴力と陰性感情にたよろうとしている。

こんなやり方では、絶対に、決して、何一つ、解決に向かいません。
私はすっかり疲れてしまって、悲しくなりました。


アードラー先生は軍医として第1次世界大戦に赴き
戦争の不毛さを目の当たりにされました。

殺し合わずに、
戦わずに、
怒鳴り合わずに、
感情を使わずに、
話をすることを学ばなければならない。

だから、育児と教育なのです。
親や教師がまず学び、
子どもたちの共同体感覚を育てないといけないのです。

気が遠くなるほど遠い道だけれど
私たちはみんな、大人にならなくてはなりません。
どんなに小さく思える関係でも、ひとつひとつをていねいに扱っていくこと。
やっぱりこれしかないのです!(T_T)


その翌日は、名古屋のポタラ・カレッジへ行って
クンチョク先生の「三十七の菩薩の実践」の講義を受けました。

ああ、仏教を学ぶ人たちのエネルギーは
なんて清らかなんでしょう~!

まるっきり前夜の人たちと違います。
あまりの違いにくらくらして、
そしてまた少し、勇気がわいてきました(^^)

何が違うのか?

前夜のあの人たちは(もちろん全員がそうだとは言いませんが)
相手を変えようとしていました。
自分は正しくて相手は間違っている。
だから力で相手を圧倒し、相手を正そうとする。

仏教徒は
自分を変えようとしています。

それはアドラー心理学も同じ。
まず自分を変えることからです!

相手を力ずくで変えようとするのは、安易な方法ですね。
反対に自分を変えるのは、困難で勇気の要る方法ですね。
・・・でも、人が協力し合い勇気づけ合うことができるのは
自分自身が正しくあろうとするときですね。

ここ数年、
ほとんどアドラーの集まりか
仏教関係の集まりにしか参加していなかったので
すっかり箱入り(?)になっておりました。

どろどろとした所に知らずに飛び込んで、エライ目に遭いました。
おかげさまで体験から学びましたが、
ありがたい学び(?)はまだ続きます。
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by prem_ayako | 2012-11-27 17:53 | tibet | Comments(0)

チベット語

いったい何度目のレッスンになるのやら
自分でもわからなくなってきました。。。
先日、また先生に来ていただいて自宅でチベット語のレッスンを行いました。

チベット語を始めてからの期間なら、はっきりと分かります。
今月でちょうど1年です。

今しもダライ・ラマ法王猊下来日中で
私は今回お会いする機会はいただきませんでしたが、
昨年の11月はじめは、猊下の灌頂を受けるため高野山の宿坊に2泊しました。

晩ご飯を食べてお風呂に入ってしまうと何にもすることのない宿坊で、
ひとり黙々とチベット語の子音字を書き写したものです。。。
まるで小学生の百字練習みたいだったなあ、と
暗くて寒いお部屋のイメージとともに、思い出すのです~。

そして最初のレッスンは昨年の12月10日。
法王がノーベル賞を受賞された記念日でした。

あれから文語文法をゆっくり学び、
並行して、詠みたいお経を辞書を頼りに読んできました。

いまだ動詞の活用なんてまったく覚えられないし、
助詞の使い方も複雑すぎて分からないし、
頼りの名詞についても、
さっき引いた単語を、何度も繰り返して引いてしまうというありさまです(>_<)

でもまあ、作文するわけでなし
聴き取りするわけでなし・・・
和訳あるいは英訳の助けを借りて時間をかければ
なんとか意味をとれる程度にはなりました。

自分で言うのもなんですけどぉ
よくまあ1年でここまでこれたもんだね~と思いますw
だってお友だちに誘っていただかなかったら
自分では夢にも、こんな勉強するなんて考えなかったでしょうから。


語学って
要するに、読みたいものがあるかどうか
モーティベーションの問題なんですね。

チベット語に関しては、何度も言うように読みたいものが次々出てくるので
文法なんて実はどうでもいいって思ってます(^^;)
どんどん進んでいきたい感じ。

英語に関しても、
高校のときがんばって Alice in Wonderland の原書を読んだし、
大学では Bradbury や Capote にはまっていましたね。。。

フランス語、
スペイン語、
ドイツ語、
ちょっとずつかじったけど身につかなかったのは
要するに、読みたいものが特になかったからなんだなあと
今になって納得いたしました。

え?ドイツ語でアードラー先生を?
って、いえあの
それはもう今生では無理です(^_^;)

ワーグナーのオペラの歌詞をドイツ語で
っていうほうが、まだ魅力があるな(悪い子)


ものの本によりますと
過去生で仏法をよく学んだ縁ある者は
今生ですぐに仏法を理解することができ、
過去生でそこまで縁がなくて、ただ仏法を聞く機会があったという者は
今生でよく学ぶ縁をいただくのだということです。

私は今生で学ぶ縁をいただいたのでしょうね~
ありがたいことです。
未来生では、もっと賢い人間として生まれることができますように。

そして

b0253075_20441234.jpgチベットで亡くなった方々が善趣へ生まれ
もう決して苦しむことがありませんように。
ダライ・ラマ14世猊下がラサのジョカン寺に
お戻りになる日が早くきますように。

雪嶺囲める浄土にて
あらゆる利益をもたらせる
観自在たるダライ・ラマ
幾劫までもおわしませ。
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by prem_ayako | 2012-11-11 20:51 | tibet | Comments(0)

三十七菩薩行

5月に東京で、我が師ガルチェン・リンポチェからいただいた教えはふたつ。
ひとつは「37の菩薩の実践」であり、
もうひとつは「マハームードラ」でした。

どちらもその後、チベット語テキストをインターネットから入手しまして、
そこについている英語訳と
当日の口伝(日本語訳)の録音と
当日いただいたボランティアさんの試訳と
そしてチベット語辞書とをあれこれひっくり返し
なんとか解読しようと努めてきました。

たいへん奥の深い教えですので(特にマハームードラ)
言葉の意味がとれても、とても理解には至りません。

しかし、どちらかというと初心者向けの「37の菩薩の実践」と
上級者向けの「マハームードラ」、
この2つをセットで教えていただいたことは大変ありがたく
この次にガーリンポチェにお会いできるその日まで
(それが今生でかなうかどうか分かりませんが)
この2つをしっかりお勉強しておこうと、心に決めています。

「37の菩薩の実践」は、チベットの聖者
トクメー・サンポ(1295~1369)が著されたもので
37の4行の偈頌(げじゅ)(=韻文)から成っています。

すべての偈が「それが菩薩の実践である」で終わっていて、
大乗仏教の教えと、菩提心をどのように実践すればよいかが
とっても具体的に説かれているのです。

毎朝の瞑想のときに
少しずつチベット語で詠んで味わっているのですが、

なんと11月と2月に、
ポタラ・カレッジにて、この講義が行われることが分かりました。
わーい(^o^) もっと詳しく学べる。絶対行くぞ♪
と思ってよく案内を見たら、
参考図書として、
『ダライ・ラマ 生き方の探究』(春秋社)と書いてありました。

b0253075_2121080.jpgなぬ?
法王のご法話があったのか!知らなかった。

さっそく注文しました。
どうやら絶版のようで、1997年の第1刷を中古で手に入れました。

38歳の法王が、1973年、ブッダガヤにて3日にわたって
このトクメー・サンポのテキストを口伝なさったときの全訳でした!

この半年、苦労して解読してきたテキストが
美しくわかりやすい日本語に~(ToT)

しかも翻訳はゲシェー・ソナム・ギャルツェン・ゴンタ先生です。
・・・といってもご存知ない方がほとんどでしょうね。
去年から3年の行に入っておられるため私はお会いできていませんが
ポタラ・カレッジのクンチョク先生、ガワン先生の
上に立つ先生でいらっしゃいます。

そして法王のご法話のテープおこしをされたのは、
ガワン先生だと書いてあるじゃぁありませんか。
15年前・・・みなさんが総力あげて作られたご本なんですね~(T_T)

法王、写真もですが、
お話のされ方も力強く、お若い。
亡命されて15年になろうとする頃のご法話です。

 国家レベルでは、私たちの自国を考えると暗い時期にあります。しかし、大きすぎる期待はよくありませんが、まったく期待や希望がもてない状況ではありません。自分も今若く、これから多くの歳月を過ごすことができるという希望をもって、勇気をもちながら生きていくつもりです。(中略)
 チベット全体に関しても、私たちチベット人の「福徳」がなくなってしまったわけではないのです。今の状況は皆既日食のようなものです。一時的な状況であって、これが永遠に続くのではなく、私たちの「福徳」はこれから増大していく可能性があるのです。ですから、これからも「善き行為」である「福徳」を積むよう努力して生きていきましょう。


泣けてしまいます。
亡命50年以上たった今のチベットの状況
今の法王のお気持ちを考えると・・・


一気に読みました。
法王は初心者にもわかるように、噛んで含めるようにお話ししておられます。
ああ、なんて分かりやすい!
テキストの構造がようやくはっきりしてきて
ガーリンポチェのおっしゃっていた内容も理解しやすくなりました。

さらに11月にクンチョク先生から教えを受ける日が、
とても楽しみ!待ち遠しいです。


さてこの「37の菩薩の実践」の中でも最も大切な教えは、
ガーリンポチェも言っておられましたし法王もおっしゃっておられますが、
以下の第十番目の偈です。

  無始以来より私を愛してくれた母たちが
  苦しみもがいているならば、自身の幸せなど何になろうか
  それゆえ、限りなき衆生を救うために菩提心を生起させる
  それが菩薩の実践である

実は、ガーリンポチェからお聞きした、忘れられないお話があります。
リンポチェのラマが体験されたことだそうです。

☆☆☆☆☆☆☆

ある村に、みんなが困っていた暴れ者の男の人がおりました。
ラマはあるときその男の人に会い、この「三十七菩薩行」を教えました。
その人はラマに帰依しましたが、読み書きを知らなかったので、
ひとつひとつ、教わったものを聞いて覚えていき、
長い時間をかけて37個全部を暗記しました。
そして、この「三十七菩薩行」だけを、これだけを一生懸命修行しました。
しだいにその人は、みなから尊敬されるようになりました。

そのうちに中国が侵攻してきました。
ラマも、その人も牢屋に入れられました。

その人は牢屋の中でもいつもおだやかでした。
あるとき、食事をしなくなりました。
といってもたいした食べ物が配給されるわけではなかったのですが
毎日のパンなどを、その人は取り置いていきました。
他の人がその人の行いをケチだと言って笑っても
ただにこにこしていました。

1週間か10日たったある晩、その人は言いました。
「さあ、きょうはお祝いです。みなさんこの食べ物を召し上がってください」
そしてそれまで貯めていた全ての食べ物をみんなに分けました。
みんなお腹を空かせていますから、喜んで食べてお祝いしました。

その人は毎晩、横にならずに座って瞑想するのですが
その晩もいつものように瞑想に入ったようです。

翌朝、人々が起きてきたとき
彼は座ったまま亡くなっていたそうです。
彼は1週間か10日前に、自分の死ぬときを知って
最後の菩薩行をなさったのでした。

☆☆☆☆☆☆☆

私には、あまり多くのことを覚えたり学んだりする力はありません。
ですからこのお話を聞いたとき、この菩薩のように
目移りせず、何かひとつを実践していこうと思いました。

「37の菩薩の実践」は
今生を賭けて学ぶに足る教えだと思っています。
だから、もうひとついただいた教え「マハームードラ」に
届く日がくるかどうかわかりませんね(^^;)
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by prem_ayako | 2012-10-14 21:28 | tibet | Comments(0)

チベット死者の書

瞑想ワークでよくご一緒するおじさんが
私がチベット仏教信者だと知って
NHKの「チベット死者の書」のDVDを焼いてくださいました。

むかし「NHKスペシャル」で放映されたものが、
4年ほど前にDVD化されたようです。

調べてみると、テレビで放映されたのは1993年の秋でした。
当時私はどこに居たのかな?
阪神大震災の1年と少し前ですから、
震災で壊れた昔の家の居間で
子どもたちを寝かしつけた後、見たのだったかな。

私のチベットとの最初の出会いは
映画「セヴン・イヤーズ・イン・チベット」と思っていたのですが、
実はその前に、この番組を見ていたことになります。
見たことは覚えているのですが、
そのとき何を感じたかは、まったく覚えていません。

撮影はすべてインド北部のラダック地方で行われていました。
チベット本土の撮影ではなかったのですね。
ただ、ラダックは住民の大半がチベット人、
南はヒマラヤ山脈、北はカラコルム山脈に挟まれた秘境にあるため、
いまやチベット以上にチベットらしい地域と言われています。
映像は、溜め息がでるほど美しかったです。

ただ、そこはNHK、
中国のチベット侵攻について
「共産党による解放がすすみ、衝突が起こりました」と、まあ、
なんとも意気地ない表現をしているのが、どうもねぇ(-_-)


ここでいう「チベット死者の書」は、
チベット語で「バルド・ト・ドル」とよばれているものです。

バルドは「中有」と訳されますが
私の乏しいチベット語の知識でも、バルは「中間」「途中」的な意味なので
死から転生(あるいは解脱)までの途中の期間、というほどの意味になるのでしょう。
トは「聴く」、ドルは「解脱する」。
よってウィキでは、「バルド・ト・ドル」を「中有において聴聞することによる解脱」と訳しています。
死者がよりよい転生(あるいは解脱)に向かうため
死者に読み聴かせる枕経として使われているようです。

20世紀初頭に西洋に紹介された際、Tibetan Book of the Dead と名付けられたことから
日本語でもそんなタイトルになっています。
8世紀頃にパドマサンバーバ(グル・リンポチェ)が著した埋蔵経典の一部とされていて
主にニンマ派とカギュ派とに、関わりが深いといいます。

なおゲルク派には、また別の「死者の書 」(中有隘路の救度祈願)というものがあります。
私としては、ゲルク派のこの授業を受けていないし
個人的に師と仰ぐカギュ派のリンポチェからも教えを受けていませんので、
内容については、あまり深入りせずに・・・
ただ貴重な記録としてこれを見ました。

DVDは2部構成でした。
第1部は、実際に亡くなった方の部屋で
民間の僧が49日間、バルド・ト・ドルを読み聴かせ
死者の魂を導く姿を追っています。

途中、ポアの儀式を高僧が施し、
火葬の場面も映されました。
(この高僧、YouTubeで見たことがあるカギュ派の高僧のような気がする)

めったに聞けない高僧の話に、村人が涙を流す。
小さく縮んだ遺体を男たちが運ぶ。

長老が、「おんまにぺめふん」と五体投地をする。
杖をつきつき村を巡り、マニ車を回す。
生まれたての曾孫と並んで眠る。。。

生と死の輪廻の中で
できるかぎり功徳を積んで生きていこうとするチベットの人たちの姿が
淡々と捉えられていました。

コピーしてくださったおじさんに感謝です(^^)

中でインタビューに答えておられるダライ・ラマ猊下もお若いです(^^)
20年も前ですものね。

それに、ところどころ出てくる経文が、
ほんのわずかですが聴きとれたのが、うれしかったです(^o^)


第2部のシナリオは、かの中沢新一によるもので、
人々の信仰や生活よりも
バルドで起こる現象に興味をもって扱っているようで
第1部ほどは私の好みではなかったです。
ただ、こちらではちゃんと「中国の侵略」と言っていましたけどね。


私のチベット語の先生は
ラダックに長く住まわれ、タンカを学ばれました。
おりしも今現在、通訳のお仕事でチベット本土を旅しておられるのですが、
今月に入ってから半月の間に、立て続けに5件もの焼身が起こりました。。。

中国共産党によるチベット人への暴力はますます酷いものになっています。

先生が無事お帰りになりますように。
中国人とケンカなさっていませんように。
チベットの人たちが苦から解放され幸せになりますように。
ダライ・ラマ猊下が雪国チベットにもどられますように。
おんまにぺめふん。
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by prem_ayako | 2012-08-16 17:42 | tibet | Comments(1)

タンカ

タンカ絵師の先生は
7月末に、奈良で展示会をなさいました。

是非行きたかったのですけど、
ICASSIから帰国する日で終わりだったので
どうしても無理でした(>_<)

展示会には行き損ねましたが
行き先の決まっていないタンカを
先日のチベット語レッスンの日にお願いして、
見せていただきました♪

チェンレスィさまと
グル・リンポチェさまです。

2枚ともA4より少し大きいぐらいでしょうか。
きれいに額装してあります。

初めて近くで見る、手描きのタンカは、
今まで見知っている印刷したタンカと
まるっきり違っていました!

存在感というか、迫力が違うのは当たり前かもしれませんが、
美しい色の変化(グラデーション)や
持ち物、模様、着物のひだなど、描きこまれた細部の美しさ。
特に美しいのは、最後に乗せた金泥の輝き!

比べるのはおかしいかもしれませんが、
図版でしか見ていなかったレンブラントを
実際にヨーロッパの美術館でこの目で眺めて、
ありありと見て取れる天才の筆使いに
息を呑んだときの感じに似ていました。

タンカは、芸術としての絵画ではなく
宗教画なので、どちらかというと工芸の分野に近く
絵師の独創性を生かす範囲は限られています。

本尊の仏さまによって持ち物、印の結び方、お身体の色
全てが決まっていますし
本尊の周りに描く眷属の仏さま方、
関連したエピソードを表す小道具なども、決まったものがあります。

しかし、形式が決まっているからこそ、
仕事の丁寧さや
お顔の表情
全体の雰囲気など
絵師の個性が発揮される、とも言えます。

先生のタンカは、
とてもとても透明で
清浄なオーラを放っていました。

これはもう、宝物(ほうもつ)だ・・
と思いました。


もちろん、お値段ウン十万円。。。
微妙で・・・
はなからあきらめてしまうほどお高いわけではありませんが、
かといって、ぽんと出せるような額ではないのですね。

美しいチェンレスィさまをためつすがめつ眺めていると
お目が合って、
どうにも振り切れなくなってきたのですが

落ち着いて自分の心に問うてみると、
ここで買い求めるのは
少し違うような気がしました。

この宝物は、私の家に似合わない気がしたのです。
今住んでいる家は今の私自身を表していますから
今の私に、このチェンレスィさまは、似合わない・・・
そぐわない、身に余る・・?
よくわからないのですが、何かぴったりこない感じがしました。

正直にその感じを申し上げると、
先生は、「ご縁ですからね(^^)
もし夢枕に立たれるようなことがあったら、ご連絡ください」と。

でも、そのうちに他の人のものになってしまうかもしれないし(=_=)
あらためて注文して描いていただくとなると
お忙しい先生のこと、いつになるやら分かりませんし、
やはりここで思い切っていただいておくべきかなぁとも思ったのですが、

いやいや、それも煩悩、物欲です。

もしこのチェンレスィさまを手に入れたら
きっと私には、この絵への執着が起こるでしょう。

こうして、あれこれ心の動きがあった結果、
このたびは見合わせることにいたしました。

たぶん、本当に私のもとに来るべき仏さまであったなら
いくら高くても、迷わず、いただくことを決めたでしょうから、
これがご縁というものでしょうね。

本当に眼福でした~

その後、私の夢枕に
まだこのチェンレスィさまはお立ちになりませぬ。
ちょっと残念かも・・・(笑)
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by prem_ayako | 2012-08-06 21:35 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako