アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

カテゴリ:tibet( 74 )

仏縁

初日、行きの電車を降りたところで
アドラーでお知り合いのお姉さまにばったりお会いしました。
(以前のスピリチュアル・ワークで同室だったお姉さま方のおひとりです)

楽しくおしゃべりしながらお山に上がったのですが、
聞いてみたら、なんと宿坊も同じでした。

成福院、別名ビルマ寺といって
5,6年前にヨランタたちと泊まった宿坊です。
そのときは洋式トイレのあるお宿ということで選んだのですが
お料理もおいしかったし、お宿の方の対応もとてもよかったので、
今回、再び利用することにしたのです。

この偶然だけでもびっくりなのに

お部屋で各自夕食をすませて
適当な時間にお風呂に入ったら、
浴室内でも、またお会いしました(爆)

いっしょに灌頂を受けた仲間のことを
金剛兄弟といいますが

私たち、いつの日かダルマヴァジュラという菩薩になるわけですから
「そのときはまたどうぞよろしく」
と裸でご挨拶をしあったのでした(笑)

朝ご飯は

同宿のみなさんとごいっしょに大広間でいただきましたが
やはり法王の灌頂に参加されている男の人が
食べながら何気なく
「いやしかし、通訳がないとさっぱりわかりませんな~
 中国語といってもいろいろあるんですなあ!」
と話されたので目が点になりました。

「チベット語ですから、そりゃ中国語と違いますよ」
とお姉さまが軽くたしなめられても、
「え、だって中国の地方でしょ」とおっしゃいます。
高いお金を払って法王の灌頂に参加しておられるのに
こういう認識の方もおられるんですね。
がっかり。

お姉さまは、その方に感情を動かすことなく
「いいえ。チベットはチベットです」ときっぱりおっしゃいました。
素敵~!


「い」列でお隣のお席の
きれいな方とお知り合いになれたのも嬉しかったですし、
やさしくきっぱりのお姉さまと深いご縁ができたのも
とても嬉しかったです。


他にもいろんな出会いがありました。
たまたま同じタクシーに乗り合わせた女の方は、
私と同じく寒がりで、
宿坊が寒いという話で盛り上がりました(笑)
この方は、東京のポタラ・カレッジで
クンチョク先生からチベット語を学んでおられるのだそうです。

さらに、後から分かったことですが、
この翌週のアドラー心理学基礎講座応用編に参加された方の中に、
高野山で灌頂を受けた方が3人も(!)おられました。

つまりあの会場内に、
2日目から参加された大きなJ先生を含め
私の知る限りでは、
アドラー心理学関係者が6人いたというわけです。
アドラー心理学会チベット部ができそう~(^^)


どうでもいいことですけど
高須クリニックの院長さんと
漫画家の西原理恵子さんも来ておられたそうですよ。
後ろの方の列だったということだから
今回の灌頂が初めてだったのでしょうね。
西原さんには、ちょっとお会いしてみたかったな!
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by prem_ayako | 2014-04-24 11:00 | tibet | Comments(1)

高野山あれこれ

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4月13日、日曜日、
難波から南海高野線に乗って
高野山へ行きました。
2年半ぶりの高野山!

前のとき私は
法王の灌頂を受けることに舞い上がってしまって
なんだかすご~く神秘的な体験を期待しておりました。

実際は、800名もの参加者がひしめきあっていて
オペラグラスを持ってきたらよかったというほど法王のお姿は遠かった。。。
おそばに近づくなんて、とてもじゃないけど無理だったんです。

しかも通訳の方の仏教用語はまったく理解できず
初めて受ける灌頂はわけわからず
ありがたい出来事だったはずなんですけど
なんだか消化不良だったのでした。

それはそれで、そのあとチベット仏教を勉強する動機になったので
私にとっては、とても良かったのですが。

しかし、そうやって前の灌頂の苦行に耐えた功徳でしょうか、
前回の参加者にはみな、一般より早くに、
今回の灌頂のお知らせがありました。
すぐに申し込みをしましたら、
「い列30番」というチケットが届きました。

えーっと「い」って、「いろは」の「い」なのか?
「あいうえお」の「い」なのか?
前は、JかKか、アルファベットだった気がするけど・・・
ひょっとしたらかなり前の方なのかしらん?

そしたら、なんとこれは
「いろは」の「い」列だったのです!
いちばん前はスタッフ席で
実質最前列w~

こんなによい席で法王のご法話をお聞きできるなんて~~
私、今生でも過去生でも
こんな功徳を積んできたおぼえはありません~~

法王にお会いしたいと願い続けたまま
一生会えず亡くなっていくチベットの方々のことを考えると
とても申し訳ないです・・・
もったいなや、もったいなや。


おとなりに座られたのは
私と同じぐらいの年齢の、上品な女の方でした。
チベットハウスに関わっておられるらしく、
前回の高野山での灌頂の後、
法王にお会いするためにワシントンに行かれたり
ブッダガヤや
ダラムサラにも行かれたそうです。

とってもお洒落で
灌頂の日は、チュパというチベットの民族衣装を着ておられました。
日本の女の子が派手な色のチュパを着るのはよく見ますが
(・・・ってふつう見ないですよね)
この方のは、グレイの薄手のウール仕立てで
真っ白のオンジュ(ブラウス)と合わせて、とってもステキでした。
(すみません、私かなりマニアな話をしています)
こんなチュパなら着てみたいな~と
物欲がでました(笑)


さて午後1時、法王猊下のご入場です。

また少しお背中が丸くなられたような・・・(T_T)

舞台の上はまぶしく照明されていて
10人ほどのチベット僧の方々がついておられます。
2年半前よりもお年を召した高僧が多いように感じたのは
ただ、前はよく見えていなかっただけでしょうか。

まばゆく美しい仏像やタンカ。
1週間前から作り上げられた胎蔵界の砂マンダラ。
そして舞台の袖には鋭い目つきのSPさんたち・・・。

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この日行われたのは前行法話というものでした。
法王はまず丁寧に帰依と菩提心生起のお話をされ
それからツォンカパ大師の
ラムリムルドン「菩提道次第集義」をお教えくださいました。
このときの様子はすべてYouTubeにあげられているようですので、
ご興味がおありの方はどうぞご覧ください。

30分ほどお話をされてから、法王は
3時半終了の予定だけれど4時まで延長してもいいですか?
と聴衆にお尋ねになりました。
みんなが拍手で応えますと、「では4時までにしましょう。
ただひょっとしたら、4時を少し過ぎるかもしれません。
私もトイレにも行かなくてはなりませんからね。」
と笑いまでとっておられたのですが

結局は、4時35分まで延長されたんですよ(爆)
トイレ休憩なしで4時間近くぶっ続け。。。
そんなんだったら、最初から4時までなんて言わなければいいのにね。
これがきっとチベット時間なんですね。


翌日は灌頂の本会。
朝9時からということなので8時半ごろに行くと
すでに法王たちは砂マンダラの前でお唱えをしておられました。
それは延々と延々と続き、
私はチベット語の心地よい響きに
すっかり眠ってしまったのでした(←あかんやろ)

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お席につかれてお話が始まったのは
すでに10時半になっていたのではないでしょうか。
法王、あわてずさわがず
昨日できなかったから、と
そこからまた、8つのロジョンのご法話をされました。

12時前に昼食休憩になって
午後の灌頂は1時から、と言われて休憩していたら、
今度は少し早めて15分前から始めます、というアナウンス。

チベット時間は
ちっとも読めません~(^^;)


胎蔵界灌頂(行タントラ)は、
2年半前にいただいた金剛界灌頂(瑜伽タントラ)に比べると簡略で
あっさりと2時間ほどで終わりました。

在家の私たちはみな、
何劫か先に阿弥陀仏の極楽浄土で
ダルマヴァジュラという名の菩薩になる!
というありがた~い授記をいただきました。
訳すと「法金剛」でしょうか。
いいお名前です(*^_^*)


翌火曜日、高野山での最終日は
高野山大学の若い方たち向けの講演会で
法王は英語でお話になり、
質疑応答の時間もありました。

このときの様子も、すべてYouTubeで公開されています。
質疑応答の最後のあたり、とてもステキだったので
これもよかったらご覧くださいませ。

ある男性の質問に対して法王が
あきらめないで何度でもできることをしなさい
とお答えになり、

この男性は
黙って手を合わせて感謝されました。

人がほんとうに勇気づけられたとき、言葉はいらない。
百の言葉より
心から合わせた掌は美しい、と思いました。


近頃は、もうほとんどのものがインターネットで公開されますから
ご法話だって聴けるし、灌頂の儀式だって一通り見ることができます。
わざわざ高いお金を払って高野山まで行く必要ないんじゃない?
と思われるかもしれませんけど

やっぱり、いろんな出会いや
ちょっとした心の動き、感動は
その場にいなければ体験できないものだなと思います。
人生は画面の中にはありませんものね。
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by prem_ayako | 2014-04-23 23:37 | tibet | Comments(1)

宗派を超えて

大きなJ先生に誘っていただいて、昨夕
「チベットを知り、祈ろう@大阪」という集まりに行ってきました。

段ボール詰めの手をしばし休めて・・・行って良かったです!
とても。

宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会
という長い名前の団体が主催です。
ダライ・ラマ14世がチベットを脱出された日
すなわちチベット蜂起の日である1959年3月10日を忘れない。
という主旨の、宗教的な集まりでした。

前半の「チベット旗をかかげての行進」は
西梅田から1時間ほど、
後半の会場、南森町の「チャクラ」というお店を目的地に
行進したようですが
私たちは後半の「チベットを知り、祈る時間」にだけ参加しました。

表はエスニックの雑貨屋さん、奥はイベントもできる喫茶店で
なかなか面白い店でした。
チベットだけでなく、ビルマやウイグルの支援もしているようで
さまざまなパンフレットが置いてありました。
また美しい石のアクセサリーもたくさんあって
購買意欲をそそられます。
大阪を離れる直前になって、こんなお店をみつけるなんて~(-_-)
でもまた行こ。

50人ぐらいの人が集まっている中に
日本のお坊さまが5人おられて
(ゴレンジャーなんだそうです。いやいや(^^;))
プロジェクタを調整したりマイクを握ったりしておられました。

5時すぎから追悼・平和法要が始まりました。

まずは、三帰依文。
チベット語ではなく、パーリー語でした。
ご存知の方もおられると思いますが
 ぶっだん・さらなん・がっちゃーみ
 だんまん・さらなん・がっちゃーみ
 さんがん・さらなん・がっちゃーみ
と繰り返します。
これはこれでステキで
私などは和尚ラジニーシのキルタンを思い出してしまいました。

それから全員で般若心経を詠みました。
なんだか凄くて、何度も後頭部がしびれるような感覚を味わいました。
だからどうというわけではないのですけど
たぶん、穴蔵みたいな部屋のエネルギーが
ものすごぉく高くなっていたんだろうなあ、と思います。

お坊さまのお一人が、表白(ひょうびゃく)を厳かに読み上げられました。
チベットの現状を憂い
一刻も早い解決を願い
亡くなられた方々に思いを馳せる
という趣旨がよく伝わる、とても真摯な文章で感動しました。

ほんとうにそのとおり!
そのとおりなのです。
政治的なことや立場の違いを超えて
「この現状を見過ごすことはできない。」という
ただそれだけの思い。
人間として、それがきっと、いちばん大切なのだと思います。

表白のあと、全員で「オンマニペメフム」をお唱えしました。
ひとり瞑想の中で唱えるオンマニペメフムと違って
このときは誰もが、チベットの人々のことを思って
何度も何度も繰り返しました。
自然にぽろぽろと涙がこぼれました。

ここまでで1時間ほどだったでしょうか。


その後、チベットの民謡を何曲か、
チベット服に身を包んだ日本人女性が歌ってくださいました。
どの曲も、のどかで、チベットの草原が目に見えるよう・・・
しかし最後に歌われた prisoner's song は
悲しかった。。。

次に、アジア各地の支援に飛び回っておられる林孝瑞師が、
詳しくチベット問題について解説してくださいました。
統計資料や動画などを交えたお話はとても説得力がありました。

最後に、書写山圓教寺の大樹玄承師がお話しされました。
この方は、北京オリンピックの年・2008年に
チベットについて何か声をあげなければと決意され、
現職僧侶として初めて、テレビで声明文を読み上げた方です。

この、前代未聞のテレビ出演について、
わりと長々と(^^;)楽しくお話ししてくださいました。
さすがお坊さん、お話じょうずです。
テレビ出演の映像は、私も当時拝見したように思うのですが、
削除されたのか、いま探しても見つかりません。
ですが全文を見つけましたので、最後に貼り付けておきます。
よろしかったらお読み下さい。

私はこの2008年をきっかけに
チベット亡命政府への寄付を始めたように記憶しています。
チベット仏教を学び始めるのは、まだそれから3年ほど後になります。。。


この会に来たおかげで、私はとても勇気づけられました。
それは、大樹師だけでなく、
他の4人のお坊さま方も、みなさん
「人々のために私にできることは何だろうか」と考えて
行動しておられるのが見てとれたからです。

特に、大樹師の以下のような言葉が印象的でした。

「私が何かを言ったからといって、何も変わらないかもしれないんです。
 でも私が声を上げることで、
 ひょっとしたらそれをチベットの人が見るか聞くかして、
 味方がいるんだ、自分たちは見捨てられていないんだ、
 ということを、知ってもらえるかもしれないです。」

私などは
何かをしなければと思っても
何をすればいいんだろう?と考えて
そのまま行動しないことが、よくあります・・・
でも、動かなければ何にもなりませんよね。
私が、何かをしようと、まず決めること。

・・・自戒をこめて記しておきます。

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☆☆☆☆☆

〔天台宗別格本山 書寫山圓教寺 大樹玄承(おおき・けんじょう)氏 声明〕

 今、わたしたち日本の仏教者の真価が問われています。チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われることに心から悲しみと、やむにやまれぬ抗議を表明せずにはいられません。私たちは、あくまでも宗教者、仏教者として、僧侶を始めとするチベット人の苦しみを、もはや黙って見過ごすことができません。チベット仏教の宗教的伝統を、チベット人の自由な意思で守るということが、大切な基本です。
 皆さんは、日本の全国のお坊さんがどうしているのか、とお思いでしょう。日本の各宗派、教団は、日中国交回復のあと、中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いできました。私も中国の寺院の復興にたずさわりました。しかし、中国の寺院との交流は、全て、北京を通さずにはできません。ほとんど自由は無かった。これからもそうだと、全国のほとんどの僧侶は知っています。そして、日本の仏教教団がダライ・ラマ法王と交流することを、北京は不快に思うこともよく知られています。
 あくまでも、宗教の自由の問題こそ重大であると、私は考えています。しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎてなお、日本の仏教界に目立った行動は見られません。中国仏教界が大切な友人であるなら、どうして何も言わない、しないで良いのでしょうか。
 ダライ・ラマ法王を中心に仏教国としての歴史を重ねてきたチベットが、今無くなろうとしています。私たちは、宗教者、仏教者として、草の根から声を上げていかなければなりません。しかし、私の所属する宗派が中国の仏教界関係者から抗議を受けて、私はお叱りを受ける可能性が高いでしょう。
 このように申し上げるのは、私たちと行動を共にしましょうということではないのです。それぞれの御住職、檀信徒の皆さんが、これをきっかけに自ら考えていただきたいのです。オリンピックにあわせて、中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もいらっしゃるでしょう。この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。もしも、宗教者として毅然とした態度で臨めないならば、私たちは、これから、信者さん、檀家さんに、どのようなことを説いていけるのでしょうか。私たちにとって、これが宗教者、仏教者であるための最後の機会かも知れません。

書寫山 圓教寺 執事長 大樹玄承
平成20年4月5日
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by prem_ayako | 2014-03-16 19:14 | tibet | Comments(0)

Out From Tibet, From Inside Tibet

書きたいことはいっぱいあるのに
ついうっかり貯めていたら
もう年の瀬じゃありませんか。
・・・まぁ、ゆるゆる書いていきます。
ちょっと前の話からです。

晩秋は、パセージ・プラスの開催やら
大きなJ先生のパセージのお世話やらで
毎週火曜と金曜に仕事が入って、たいへん忙しく過ごしていました。
そんな中、チベットに関する映画を
2本立て続けに観る機会がありました。

どちらも会場は京都だったのですが
こんなチャンスはめったにないので、がんばって行ってきました。
(おかげでその後、風邪が長引くことになりましたが(>_<))

1本目は、チベット本土(=中国領チベット自治区)に住んでおられる
ペマ・ツェテン監督の『静かなるマニ石』という映画です。
12月5日(木)夜、京都・北大路の大谷大学にて、
監督自らが来場されて、無料の上映会があったのです。

私は、ただチベットのカムやアムドあたりの風景が
映し出されるだけで感動してしまうのですが
出演者もまた、そこで暮らす地元のチベットの方々でした。
ドキュメンタリーではないのですが、
できるだけそのままのチベットを描くための監督のやり方のようです。



とぉっても美しい映像で
チベットの伝統や文化がしだいに失われていく様子を
ただ淡々と映し出していました。
その現実を良いとも悪いとも言わず
宗教色も出さず
ただ、そのままに。

ペマ・ツェテン監督の映画は、
海外の芸術祭で多くの賞を獲得しているだけでなく
中国国内での評価も高いそうです。
中国領内チベットを舞台に
中国国籍チベット人たちの
チベット語の会話を撮ることが許されているのは
彼の映画があくまで寡黙で
メッセージを出していないからでしょう。

それでも!
チベットの文化を、
チベットの言語を
そのまま映像に残しておくことが必要だと
監督は考えているのでしょう。

大谷大学では、監督とプロデューサーと、
チベット語大家の星泉さんとを交えた
シンポジウムもありましたが
ヤバイことは何もお尋ねしない約束になっているみたいでした。

・・・そりゃあ、中国国籍の方たちが、
公の場でチベット問題を口にできるはずがありません。
世界中どこにいたって同じです。
あの会場内に、絶対に目が光り、全て記録されていたでしょうから・・・。


その次の週、10日(火)の夜、
今度は京都・蹴上の国際交流会館で
岩佐寿弥という日本人監督による
ドキュメンタリー映画『オロ』の上映会がありました。
監督は、この映画が遺作となり、昨年亡くなられました。

監督が日本人ですから、日本映画です。
カメラワークも、ああ日本映画だな、という感じで
・・・それに、メッセージもストレートで、
前の週の映画と違って、リラックスして観ることができました。
(ついでに言うと、会場の雰囲気もまったく違いました)

オロは、6歳でヒマラヤを越えてインドに亡命してきた
撮影当時10歳の男の子です。
彼が暮らす「チベット子ども村(TCV)」での学業や寮生活の様子を
オロの目線で活写してくれていました。



小さな子どもがどれほどの体験を経て亡命したか!(涙)
故郷の親は、危険を承知で子どもだけを送り出すのです。。。
そこにどれほど多くの、言い尽くせない思いがあるか(涙)

夫(トンドゥプ・ワンチェン)が本土の牢獄につながれている妻は
生きるために朝早くから必死で働いています。
その中で、子どもの誕生日を祝い、
川で洗濯をして、故郷の歌を歌います。

1年ほどの撮影や旅を通してオロは成長していきます。
「監督は、どうして映画を撮っているのですか?
 しんどくないのですか?お年なのに」と聞くオロ。
「僕はね、チベットが本当に好きなんだ。だから撮りたいんだよ」と岩佐監督。
それを聞いたオロは即座に「ありがとうございます!」と言います。
その真顔を見て、また私は涙が出ました。
彼は小さいけれども、全チベット人を代表して
ここで監督にお礼を言ったのです。

とてもよい映画でした。
機会があれば、ぜひご覧になってください。
ハンカチ必須です。


ところで、オロくんは10歳ですが
目の動かしかたや、肩をすくめるちょっとした仕草などが、
私のお気に入りのラッパー、スイス在住のシャパレくんによく似ています。
きっとチベットの男の子って、本来こういう感じなのでしょう。
けっこうお茶目で、ちょっとシャイ。
私の知っている何人かのチベット僧の方たちも、
共通した雰囲気を持っておられます。

チベットの外側にいれば、
貧しくても、
楽しいとか、さみしいとか、
至極もっともな自然な思いを、
そのまま口にすることができます・・・

しかし内部にいるペマ・ツェテン監督と
ペマ監督の映画に出てくる人々は
謂わば硬直しているようで・・・
心の中の思いを覗かれることを
拒否します。
覗かれてはならないからです。


制限ぎりぎりの緊張の下、チベットの姿を
美しい映像に残すこと自体が、
ペマ監督のメッセージといえるかもしれません。

帰国されても何事もなく
お仕事を続けられますように。
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by prem_ayako | 2013-12-29 23:08 | tibet | Comments(2)

三十七菩薩行 再び

今年5月から通い出したチベット語の個人レッスン、
8月までの6回で
ディクン・カギュの主な常用儀規を
ほぼ教えていただきました。

さて次は、何を教えていただこう(^^)
学びたいテキストはいくらでもあるのです。

生徒が学びたいものをリクエストできる、
なんて贅沢なレッスン!
(我が儘勝手している、ともいいます・・・)

数あるテキストの中で
私が今生で、是非とも身につけたいと願っているもの。
それは、ガーリンポチェが「すべての教えのニンポ(真髄)だ」
とおっしゃる『三十七菩薩行』です。

昨年5月に初めてガーリンポチェから教えを受けて以来、
辞書をひきひき自分で調べもし
ダライ・ラマ法王のご本を読みもし
京都にニンマ派のご講義があると聞けば行ってそのお話を聴き
名古屋にゲルク派のご講義があると聞けば行ってそのお話を聴き
通信でご講義があると聞けば、横流ししていただいてそのお話も聴き(笑)
あらゆる機会をつかまえてきました。

いくつか日本語訳が出ていますし
何種類かの英訳も持っています。
しかし私は、チベット語そのものを読んで
チベット語のニュアンスを理解したいのです!


先生にお願いしたところ、ご快諾くださいました。

そして昨夜から、『三十七菩薩行』の個人レッスンが始まりました。

先生が12年前にチベットのラサで
ディクン・カギュのお師匠さまから学ばれたそのものを

ほんとうにほんとうに丁寧に、
全力で教えていただきました。

しかも私のために、ガーリンポチェの注釈を参照してくださいます。
テキストの文法も
私の知りたかった単語のニュアンスも、
くわしく教えてくださいました。


ああ、なんて分かりやすい!
なんてストレートに、心に沁みこんでくるのでしょう!
字面だけじゃなく
まさにリンポチェの生のお言葉が
心に届く気がします。

不思議なことです。
私がディクンパだからでしょうか。
というより、
過去生でもディクンパだったからでしょうか。

レッスンが終わったとき、心から
楽しかった!と思いました。

そして先生も・・・
こうやって復習していると
チベットのたくさんのお師匠さまたちの笑顔が
たくさんたくさん浮かんでこられるのだそうです・・・

そうだったのですね。
あの場に、先生のお師匠さま方がいらしてたんですね。。。
だからあんなに幸福感に包まれてたんだ。。。



おりしも満月。
この美しい夜に
大切な学びを始めることができたことに
仏さま方のご慈悲を感じます。
懈怠なきよう精進しなければ。

続きのレッスンが待ち遠しいです(^^)
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by prem_ayako | 2013-09-21 00:02 | tibet | Comments(0)

Misanga

リトリートの最終日、全てのプログラムが終わりに近づいた頃、
海外からの参加国が紹介されました。

「ベトナム!ベトナムの方どこにいますか?ありがとう!
 マレーシア!台湾!日本!」と呼ばれたときに
ICASSIのノリで、つい立ち上がって手を振ったら
なんだか目立ってしまったみたいで、
その後、いろんな人から声をかけられました。

先に書いたように、日本はチベット仏教の辺境国ですから
よほど珍しかったのでしょうね。。。
それまでは、私たちが外国人だということに
気づいてない人がほとんどだったようです。

その後、リンポチェから祝福をいただくために
希望者はみなカタを手に、
一列に並んで順番を待っていました。

私の後ろに並んでいた知らない女の人が、
Welcome to Singapore! と話しかけてこられました。
観光はした?どこへ行きたい?
などいろいろ言ってくださったのですが、
順番が近づいたので、会話は途中で終わりました。

翌日の夜、チャンギ国際空港へ
リンポチェをお見送りに行きました。

その人混みの中で、また、昨日の女の人に会いました。
こちらから笑いかけると、何を思われたか
いきなりご自分のつけていた腕輪をはずして
私の右手首にはめようとします。
「これは私のミサンガ、これをあなたに」
「え?そんな!」
「いいから、もらって」
きゅっと組紐を引いて腕につけられてしまいました。
「まあ~ありがとう・・・美しいわ」
それは、緑の石を濃い緑の組紐で編んだ、きれいなお守りでした。

旅の安全を祈ってくださったのだと理解して
ありがたく頂戴することにいたしました。
それにしても、なんて親切な・・・!
何かお返しをしたいものだけど何かないかしら?

リンポチェが手荷物検査のゲートに入られて
みんなに手を振って行ってしまわれるのを見ながら、思いつきました。

室生寺の、どこかのお堂の入場券と引き替えにもらった
十二神将の写真がプリントされた、小さな横長のチケットホルダー。
ずっと使わないでもっていたのですが、
今回の旅で初めて
航空券を入れるのに使えるかなと思って、
偶然持ってきていたのでした。

もう一度彼女をつかまえて、それを渡しました。
「これを使ってもらえる?日本のお寺のチケットホルダーなの」

彼女も、まわりにいた人たちも
「わ~きれい!」と、とても喜んでくれました。
地味なんですけど、かえって珍しかったみたいです。
良かった~(^^)

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そうしていると、そばにいた別の女の人が
「どうして日本にいてリンポチェを知ったの?」と聞いてきました。
リンポチェが東京に来て下さったのだと言うと
「じゃあリンポチェに逢いにシンガポールまで来たの?」
と聞かれて、そうだと答えると
「なんという功徳!」と涙目で手を合わせてくださいました。

あら、まあ。。。
そんなふうに言っていただくと、
私も涙目になってしまいます。


名前も知らない、これだけの出会いなのに
ご自分の持ち物をくださったり
手を合わせてくださったり
なんて心のきれいな方たちなのでしょう。

そんなことを思いながら、あたたかい気持ちでホテルに帰りました。

実は、空港に行く前に、リトル・インディアを再訪して
パンジャビ(南インドの衣装)を1セット買っていました。
自分の買い物のことなどすっかり忘れていたのですが
部屋に帰って、ああそうだったと袋から出して見ると、
なんてことでしょう・・・
私が選んだその服の色は、深い緑で、
いただいたミサンガとまったく同じ色でした・・・!

ほんとうに珍しいことです。
ほんとうに不思議なことです。

いつかの過去生で、彼女とご縁があったのでしょうか。
今生では、それぞれが求めているものを
お互い与え合うことになっていたのでしょうか。
そしてこのちょっとしたやりとりで
カルマは尽きたのでしょうか?
それとも、またこれからもカルマは巡るのでしょうか?
・・・それは、仏さまだけがご存知です。

服とミサンガを合わせて身につけてみると、ぴったりで
まるであつらえたようでした。
・・・なんだか泣きそうになりました。

シンガポール最後の夜のことでした。

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これで、この旅は終わりです。
長い話を読んでくださって、
どうもありがとうございました!
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by prem_ayako | 2013-09-11 23:58 | tibet | Comments(4)

Lama Konchok Tsering

リトリート中、
奇跡のような不思議な出来事がいくつもありました。
私にとっては瞑想そのものよりも
むしろ不思議な出会いの数々によって、
仏さまのお力をありありと感じたのでした。


ある朝、5月から通っている大阪のチベット語の先生に
こちらの様子をお伝えするメールを出しました。

返ってきたメールで
いつもリンポチェを先導しておられ、
ときに銅鑼を叩いておられる
ガルチェン・リンポチェのすぐお側にいらっしゃるラマさまが
先生のお友だちだということを教えてくださいました。
そして、お言付けを頼まれました。
はい、喜んで!(^o^)

ですが、そのラマさま(ラマ・コンチョク・ツェリン)は
ほんとうにいつもリンポチェに付いておられますので
リンポチェとともに入場し、退場してしまわれます。
休憩時間や食事時間も、常にリンポチェとご一緒で
なかなかお一人になることがありません。

それに、お顔写真を送っていただいたのですが
チベット僧の方々、当たり前ですがみなさん同じ服を着ておられるので(^^;)
個体識別がわりと難しいのです orz
さぁっと歩き抜けた方がそのお方なのかどうか
私には確信がもてないことも多くて・・・(>_<)

そんなこんなで機会を逃していたところ、
ある日の午後の休み時間、
お手洗いから出たところで、私の目の前を通り過ぎた方が、
そのお方のような気がしました。
あ?と思って、でもやっぱり少しためらっていると
別のラマがその方を呼び止め、
廊下の真ん中で立ち話を始められました。

このタイミング!
そぅっと近づいてお二人を眺めていると
もう一人のラマの方が気づいてお話を止めてくださいました。
(ああ、この方も菩薩さまだあ)

すみません、ラマ・ツェリンさまですか?
とお尋ねすると、やはりそうでした(^o^)
大阪の先生のことを申し上げると、ああ聞いてる、聞いてる、と
しばらくお話することができました。

本当に、リトリート中にお話ができたのは、
奇跡のようにこの時だけでした。

あとで考えたら、この休み時間、
大きなJ先生はコーヒーを飲みに行かれたのに
私はそちらに行かず、ひとりで行動していました。
なんとなく廊下をウロウロしたついでにお手洗いに入って、
ちょうど出てきたところでお会いしたのでした。

お手洗いに並んで時間をとったことも、
その前に、会場から出るときに
大勢の人にもまれてゆっくりと出たことも

すべてのタイミングが、ある一瞬にある一点で、
会うべき方に会うべく動いていたのだと感じました。

しかも、shy な私のために
別のラマさまが彼を呼び止めて時間をくださったのですw


リトリート中は、敏感になっているので
やたらとこういうことが多かったのですが
いつでもきっと、起こっているのでしょうね。
気がついていないだけで。

b0253075_072699.jpgラマ・コンチョク・ツェリンは
ガルチェン・リンポチェと同じカムのご出身で
若くて精悍なお顔だち。
気持ちいいぐらいよく勤めておられます。

カムの男の人のことをカムパといって
チベットでは勇猛果敢なことで有名です。
俗な言い方で申し訳ないですが、かっこいい!方なのでした(^^)



ところで、まる1週間、毎日チベット僧の方々とお会いしていると
さすがの私も、識別できるようになりましたよ。
これも慣れですかね~
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by prem_ayako | 2013-09-11 00:10 | tibet | Comments(2)

Naomi

ホテルとリトリート会場との交通は、
8人乗りのバンが3台チャーターされていて、
毎日送り迎えをしてくれました。

なんとなく乗る車が決まってきて
そのうち毎日、ほぼ同じメンバーで行き来するようになりました。
ベトナム人2人と
マレーシアからのおばあちゃん1人と
台湾からの女性1人と、
私とJ先生の、合計6人です。

台湾の女性は、とてもきれいな発音で英語を話し、
賑やかなマレーのおばあちゃんの話をよく聴いてあげ、
ベトナム人のペアを笑わせ、
若いけれども気配りのできた大人だな~と思って見ていました。

私はと言えば、車中のハイテンションにちょっとついていけず
(つーか、もう帰りは疲れ果てていて、英語をしゃべる気力がない)
なんとなく沈黙していたのですが

ある朝、私がスタッフと英語で普通に話しているのを見て、
英語がしゃべれるって分かったのでしょう(^^)
会場で私がひとりでいるとき、彼女が話しかけてきました。
Are you Japanese? I'm from Taiwan. Nice to meet you.

これがNaomiとの出会いでした。

知的な人で、
Naomiと会話をするのはとても楽しかったです。

英語の発音がきれいなのは、
アメリカに2年間留学していたからだと分かりました。
ーああ道理で。発音がすごく native に近いと思ったわ。
ーそれはあなたもよ。日本人にしては(笑)
 私の知っている日本人は、みんなあまりに shy で、英語を話さない。
ううむ。ICASSI仕込みで、
私は shy でなくなってしまったのかな~(^^;)

また、ご家族のお仕事の関係で、日本にも何度か来たことがあるそうです。
ふぅむ、お嬢さまなのね、きっと

彼女は、ガルチェン・リンポチェを10年前から知っているそうです。
どうしてシンガポールへ来たの?などと聞かれたので
実は、昨年初めてリンポチェにお会いして、
それからリンポチェを追っかけていること。
いつかは Chino Valley にも行きたいと思っていることを言うと、
彼女は行ったことがある、と言いました。
アリゾナの Chino Valley には、Garchen Institute という
リンポチェの本拠地ともいえるサンガがあるのです。

How was it? と尋ねると

It's worth visiting!

それを聞いたとたん、
必ず行こうと決めてしまったほど
彼女の言葉は assuring でした。



台湾にもガルチェン・リンポチェのサンガがあり
定期的にリンポチェをお呼びして
こんなふうなリトリートをしているそうです。

そりゃあ、台湾でリンポチェにお会いできるなら、
シンガポールよりずっと近いのですから楽ですよ。
でも、チベット語ー中国語の通訳しかいないなら、
私には意味がありません。

Naomiはいろんな可能性を考えてくれました。
台湾では、英語通訳はほとんどつかないの。
でもあなた方が、通訳を雇うことはできるわ。
何人か日本人を集めて、通訳を連れてきてもいいし
イナに直接頼んでみてもいいかもしれない・・・

b0253075_22555232.jpg何かあれば連絡して。私が力になるわ。


これが例えばICASSIで出会った
アドレリアンとの会話であれば、
そう驚かないのですけど
チベット仏教の瞑想会で
たまたま知り合った数百人の中の1人です。

こんなに信頼できる人、
協力を申し出てくれる人に、偶然出会えたなんて、
不思議なことだと思いませんか?
それとも私が勝手に熱くなっているだけかしら?

でも、Naomi、
これは偶然ではないわね・・・!
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by prem_ayako | 2013-09-10 23:07 | tibet | Comments(0)

Amidewa Retreat

リトリート(瞑想会)のこと自体は
あまりうまく言葉にできません。

4日間ひたすら
リンポチェのご法話(英語と中国語の通訳付き)をお聞きし
阿弥陀仏真言「Om Amidewa Hri」をお唱えしていましたが
あっという間に過ぎてしまった気がします。

b0253075_18441649.jpgThe Meditation and Recitation of Amitabha called Uniting with the Pure Land of Sukhavati
というテキストに沿って
ドルジン・リンポチェが
リードしてくださいました。


全員でまずチベット語のお経を読み
(チベット語の発音はローマ字で表記してあります)
次に英語通訳のイナといっしょに英語訳を読み
その次に中国語通訳といっしょに(読める人だけ)中国語訳を読みます。

はじめの帰依文や曼荼羅供養などは馴染みのあるものでしたが
阿弥陀仏を観想する部分は初めてでした。
何度読み返しても、なんせチベット語と英語で書いてありますので(^^;)
どこにどういうイメージを作るのか、はっきりしないところもありました。
すごい勢いで読経は進んでいきますので確かめる暇もないし、
まぁ分かる範囲で、適当にやっておりました。

ときどき、ガルチェン・リンポチェがお話をしてくださいます。
このテキストの要所要所のご説明のこともあれば
Wishing Prayer of Dewachen(写真の赤い小冊子)や
クンサン・モンラム(写真の青い小冊子)
についても詳しく教えてくださいました。

しかし、とぉっても素晴らしいお話をされているようなのですが
なにせチベット語と英語で聞き取るしかないので(^^;)
分かったところもあれば分からなかったところもあります。。。
いや、日本語でお聞きしても果たして理解できたかどうか
あやしいものです。
受け取れるぶんだけ受け取るしかないですね。

さいわい、2年前の第一回アミデワ・リトリートのご法話が
イナの翻訳で英語版で出版されていましたから、手に入れました。
今回のお話も、いつか活字になればいいな。


さて、recitation(暗誦)ですが
大活躍のドルジン・リンポチェが、マイクで先導してくださいます。
最初はゆっくり始まって、節もついているのですが、
だんだん速くなって
ついには、舌がもつれるほどの猛スピードになるのです。
600人から700人ぐらいの人が、
一斉に「Om Amidewa Hri! Om Amidewa Hri! Om Amidewa Hri!・・・」
とすごい勢いで繰り返すのですから、それはもう・・・(@_@)!

ときにはガルチェン・リンポチェも低い声で歌うように入ってこられて
そんなときは全体のエネルギーがガッと上がって
ものすごぉい陶酔感に包まれたようになります。

私なんか、ご法話はわりと眠くなってしまって(>_<)
recitation になると俄然張り切ってやっておりましたから、
どうもアホ悟りに近い気がしますww


おもしろかったのは、
どんなに猛スピードになっても、
しっかり観想しておれば、いくらでもお唱え出来るのに、
少しでも他のことを考えると、とたんに舌がもつれてしまうことでした。
目覚めていないと、できないのです。
これを1日に最低2時間半は、やっていました。

喉を痛めた人のために、
枇杷と薄荷と水飴?の入った漢方のシロップみたいなのが置いてあって
お湯で溶かして飲んでいる人が多かったです。

私は、1日目の夕ご飯ぐらいから食欲がなくなって
動きがゆっくりになって
心が静まったぶん、物音や人の声に敏感になりましたが、
それもだんだん慣れていきました。


4日間終わって、悟ったか?というと、全く悟っておりません(笑)
でもなんだか阿弥陀さまと深く結びついたようで、
今も目を閉じるとすぐ目の前に、
赤い阿弥陀さまのふたつのお目が浮かびます。
(-人-)
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by prem_ayako | 2013-09-10 19:42 | tibet | Comments(0)

Sangha

水曜の夕方から始まったプログラムの会場は
Marina Bay Sands という所の大会議室でした。

前の記事に、変なビルの写った観光写真を載せたでしょう?
あれが Marina Bay Sands のタワーズです。
タワーのてっぺんを船の形の空中庭園がつないでいて
最上階のプールからの絶景は有名みたいです。
(上がらなかったけど ^^;)

私たちの通った会場は、写真のタワーの手前、
白いドームの、たぶん真ん中のドームの中でした。
ここにはコンベンションセンターやシアターや、
巨大なフードコート、ブランドショップが入っています。
地下2階には水路があって、ボートが行き交っています。

なんといいますか、無駄にスケールがでかいような。。。
まあでも、平日でも人でいっぱいだったから
商業的には成り立っているのですね。
さすがシンガポール。

大会議室は、ざっと数えたところ、椅子が900席もしつらえてありました。
水曜の灌頂では、それがほぼ満席になっていましたから、ス・ゴ・イ!

ふだん講演会の会場取りに走り回っている身なので
こんなに広い会場の借り賃はいくらだろう?
とすぐに考えてしまうのですが、
おそらく、現地の信者さんのつてとかお布施とか、
いわゆる施主さんたちのお力添えが大きいのでしょう。
実際どなたかのお布施で、リンポチェはここのホテルに滞在されていました。

b0253075_22434784.jpgリンポチェは最上階に上がられたようです(^^)
写真は、センターのHPから・・・

日本にリンポチェが来られる際には、
集まるのは、せいぜい50~60人、
お付きのラマも、2人だけですが・・・

b0253075_2247833.jpg

それがこちらでは、
リンポチェのご入場となると
生でぷおぉ~~とチベットホルンが鳴り渡り、
ぐぁんぐぁんと銅鑼が鳴り響き、
遠くから黄色の傘がくるくる回って近づいてきて
先導のラマが道を払い、
お付きのラマがお手を添え、
左手に杖とマニ車、右手をふりふり、
にこにこと歩いておいでになるのです。

全然ちがう!!
リンポチェ、こんなにご身分の高いお方だったんだ!
(日本ではひっついてお写真撮らせていただいたりして、失礼しました!)

待ち受ける信者の方は、靴を脱ぎ、手を合わせ、
せめてリンポチェとお目を合わせたいと
身を乗り出してお迎えし、
後続のラマたちの行列が通り過ぎて
壇上のお座にリンポチェがお座りになられるやいなや、
いっせいに五体投地を始めるのです。

うぉぉ、人々の熱気が違う!


シンガポールで集まる人々は、「信者」さんたちです。
そしてそのほとんどが、ふつうのおじさんおばさんです。

一方、日本でリンポチェのご法話に集まる人々は
チベット仏教に何を求めているのでしょう?
もちろんある割合で、熱心な信者さんもおられるでしょうが、
なんだか特殊な魔法じみた知識を求めて来られる
ちょっとオタクっぽい、お花畑の方々が、ある割合はいらっしゃる・・・

良い悪いを言うのではありませんが
「信」ではなく、どうも「頭」の理解に留まっている感があります。

仏教は三宝への帰依から始まるのですから
やはり知識としてだけでは、成り行きませんよね。
こうして熱烈な信仰をもつ方々と共に過ごす体験をしてしまうと、
日本でお受け入れをする体制は
どうにも少し無理があるように思うのでした。

かといって、一体どうしていったらいいのかしらね・・・?

サンガ(僧団)がないことが一番の問題なのでしょうが
在家として、私に何ができるのでしょう。
高級ホテルの滞在費を、
ぼーんとお布施できるほどのお金持ちでもないもんで・・・


ともあれ、お金持ちの施主もおらず
ディクン・カギュのサンガもないのに、
よくまあ求めに応じて
日本という辺境の地にまでおいでくださったことです!
おかげでお出会いできたのですから・・・!

ありがたや。
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by prem_ayako | 2013-09-08 22:58 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako