アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

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<千駄ヶ谷慈母会館>

b0253075_21194760.jpg2日目と3日目の会場・慈母会館は、
千駄ヶ谷の駅から10分ばかり歩かなくてはならない場所でした。

近所まで行ったら、ちょうど道路工事中で
そこからの道が分からず途方にくれましたけど、
親切な道路工事のおじさんが道を指し示してくださいました。
ありがたい~この方も仏さまだったかもしれません。
ちゃんと間に合って、前の方の席に坐ることができました。

慈母会館でのお教えは、チュゥ(gcod)。
ミラレパより少し前のチベットの女性行者、
マチク・ラプドンが広めた修行法です。

説かれることの、わりとめずらしい教えのようで
遠方からの参加者がたくさんおられました。
私も、是非この教えを受けたいと、目当てにやってきたひとりです。

しかもお世話役さんは、定員を超えて受け付けをされたようで(^^;)
会場は、身動きできないほどぎゅうぎゅう詰めでした。
そこで丸2日かけて、尊いお教えを受けました。

チュゥは、顕教と密教の両方の心髄を備えているということで、
顕教では般若心経の流れ
密教ではマハームードラの流れ
を受け継いでいます。

なんともありがたいことに、
私は昨年と1昨年に、ガルチェン・リンポチェからマハームードラの教えを、
昨年はおひげリンポチェから、般若心経の教えをいただいています。

その都度、これはぜひとも参加しなければならないと感じて
駆り立てられるようにして学んできたご法話が
今、ひとつに結びつきました。。。(T_T)

私がここにこうしているのは
何かの因縁で決まっていたことなのでしょう。
その証拠に、ここで教えを受けるにあたって、
大きなJ先生をはじめ、道路工事のおじさんや、その他多くの人々が
無償で助けてくださいました。

ひとつひとつ、何を学んでいくかについても
ちゃんと道がついていたのでしょう。
私はただ、信じて歩いていきさえすれば
必要な教えが世界の側から訪れました。

もうこれ以上、いろいろなことを知る必要はない。
私は今生の終わるまで、この教えを正しく実践していこう。
堅くそう思いました。


昨年、ガルチェン・リンポチェからお名前をいただく少し前に
このおひげリンポチェからも私はお名前を頂戴しました。

ガルチェン・リンポチェにいただいたお名前があまりに立派だったので
おひげリンポチェにいただいたお名前のことをあまり大事にしていなかったのですが
(スミマセン!)
えらいもので、おひげリンポチェの御前に坐っていると、
その半ば忘れていた名前が、胸に浮かびます。

あぁ私はこの方の弟子でもあるのだ
それもまた決まったことであったのだ
この方にもついていこう、と
心に決めました。


ガルチェン・リンポチェは慈愛でもって
私の心を開いてくださいました。

一方、おひげリンポチェは力強く、
迷いから抜け出すための確実な智慧を与えてくださいます。

お2人の類い稀なる素晴らしいラマにお会いすることができて
今生の私は、本当に果報者です。

最後のおんまにぺめふむ唱和の際には、
あたま真っ白のまま
なぜか声がつまり、泣けました。

何が起こったのか、わからないままでいいと思います。
ただ、この一瞬が得がたい。
ただ、ありがたい。
それだけの感覚でした。

南無南無南無。


<東京駅>

毎度、チベット仏教の集まりでは、時間が読めません。

最終日の終了時刻は午後8時頃と聞いていましたけれども
それを信じて9時台の最終の新幹線を予約しちゃったりしたら
絶対に間に合わなくなるよ・・・と、私にはわかっておりました。

せっかくの教えの機会を最大限に生かすにはどうしたら?
ホテルにもう1泊して、翌朝の新幹線で帰るのが一番簡単なんですけど、高くつくしね。
それで、その夜遅くの夜行バスで、神戸に帰ることにしました。

これが私の今回の旅の、最後のハードルでした。
午後11時半に、ひとりで
東京駅近くの夜行バス集合場所までどうやって辿り着くか!?

教えを受けるまでは、諸仏諸菩薩が守ってくださいましたけど
受け終わってからは、お助けはないかもしれませぬ(笑)

・・・ま、初めてのことって、いくつになってもドキドキするものです。


ちょうど、10時過ぎの別の夜行バスに乗るというお友だちがおられたので、
ごいっしょに東京駅構内で軽く食事を済ませてお別れし、
いざ私の集合場所へ!

まず東京駅を、正しい出口から出るというところで、つまづきました(^^;)
八重洲北口がわからん!!
東京駅、工事してるし!
だんだん閉まる店が増えていくし!

いつもながら、自分の方向音痴ぶりには感心します。
でもね、たっぷり時間があるから、落ちついて迷っていて大丈夫!
( ↑ ヘンな自信)

かなり歩き回ってようやく見つけた八重洲北口から外に出て
プリントアウトしてきた「八重洲北口からの行き方」の写真を見つつ
小雨の中、ようやく、アヤシい雑居ビルのVIPラウンジにたどり着きました。

ラウンジは、ちょっとしょぼいけど
一応パウダールームや着替えのお部屋があるので便利です。

お湯でお化粧をすっきり落として
コンタクトレンズをはずして眼鏡にかえて、
ゆっくり本を読みながら、出発時刻を待つことができました。

あとは寝るだけ~
最後の難関もクリアです!(^^)!
諸仏諸菩薩、みなさまのご加護に感謝!!



b0253075_21234825.jpgあれから少し日が経って
少し印象が薄れてはきましたが、

まだ耳にはリンポチェのお声や太鼓や鐘の音が響き、
胸にはおんまにぺめふむの感動がうずまいておりまする。

ご法話のありがたさと感じとったことのありがたさと、
道中のおまぬけぶりとの乖離が、激しいのですけれど(^^;)

ほんとうに善き旅でした。
ナモナモ
合掌。
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by prem_ayako | 2014-12-15 11:01 | tibet | Comments(0)
東京で、
おひげリンポチェ(ラムキェン・ギャルポ・リンポチェ)にお会いして参りました。

今年は、4月にダライ・ラマ猊下にお会いした際、
思いがけず最前列だったことで、たぶん運を使い果たしまして(/_;)
ディクン・カギュのリンポチェ方にお会いすることが
今まで叶いませんでした。

娘の第二子出産が無事終わり
少し余裕ができて動けるようになった頃
うまいぐあいに、おひげリンポチェご来日の知らせが入りました。

何故か大きなJ先生は
おひげリンポチェとのご縁があまりおありではないようで
1年半ほど前の般若心経のご法話の時もでしたが、また今回も
私単独での東京行きとなりました。

前と同じく今回も。。。
超・方向音痴の私にはハードルの高いことばかり!
ご法話に参加する以前に
行って帰ってくるだけで、大冒険なのでございました。

教えの内容は口外してはいけないことになっておりますので
その周辺のことだけ、お話しします。
ありがたいながらも珍道中の顛末、
よろしければお付き合いくださいませ。

<新宿常円寺>

まず初日は、午後1時から8時半まで、
新宿の常円寺というところでグル・タクポの教えと灌頂をいただきました。

朝の新幹線で、いざ東京へ!
しかし、あぁ新宿、難しいですwww
新宿駅、広すぎ!!!
地下なのか地上なのかわからんし!

少々過保護のJ先生が
迷ったときのために方向磁石を貸してくださっていたのですが
そもそも会場案内の地図に方位が書いていませんでした(T_T)ので
あっち行きこっち行きして、ようやく目印の青梅街道を見つけ
それに沿って歩いてほとんど諦めかけたときに、不意に目的のお寺が現れました。

ここまでで、ほとんど体力使い果たしました(=_=)
でもそのおかげで(か?)
誰も知り合いのいない中、リンポチェがいらっしゃって
ご法話をお聞きしているとき、
ふいにある考えがわきました。。。


昨年ガルチェン・リンポチェのアミデワ(阿弥陀仏)リトリートに参加して以来、
私の周りの人々が、死後はみな極楽に生まれ変われますように
とお祈りしています。

 いとも得がたき無量光
 右に大悲の観世音
 左に大力大勢至
 無数の菩薩に囲まれて
 これぞ最勝安楽国
 名づけて極楽浄土なり
 われらが命の終るとき
 ただちにかの地に往生し
 親しく阿弥陀仏を見む

このイメージを、私なりにずっと思い描いてきたのですが

この日私は、艱難辛苦を乗り越えて(?)はるばるこの地に辿り着き、
親しくリンポチェとまみえることができました。
何かひとつ条件が異なっていたならば、
私はここには来れなかったかもしれません。

そしてリンポチェのお言葉は、通訳を通して私の耳に届きます。
異なる言語の仏さまのお言葉を
日本語に変えて伝えていただけることのありがたさ!

これがこのまま極楽浄土(デワチェン)ではないかしら?
デワチェンは、西方彼方にあるのでもなく、
この命を終えてから行くところでもなく、
実は仏法を説く方に巡り会い、そのお教えを理解できるとき
いつどこにでも、現れるものではないかしら?

b0253075_21144011.jpgそういえば、白隠和尚の和讃にも
「当所即ち蓮華国 この身即ち仏なり」
という言葉がありましたっけ。

そう考えると、
寒々しいお寺の地下室は、仏国土
リンポチェは阿弥陀さま
おつきの方々はみな菩薩のご眷属
法友の方々はみな、
極楽で仏さまのお教えを聞いている蓮華生
ではなかろうか(T_T)

合掌。


<秋葉原>

リンポチェご来日のスケジュール、
初日の会場は新宿、2日目と3日目は千駄ヶ谷ということで、
私は慣れぬ東京の路線図とにらめっっこして、
どこにホテルを取るべきか考えました。

で、新宿へも千駄ヶ谷へも中央線1本で出ることのできる
秋葉原の駅前にあるホテルを予約しました。

しかし、まぁ新宿ほどではありませんが
秋葉原の駅も広いですね!

少々過保護なJ先生は、6週連続で東京へパセージ・プラスに通われた際、
秋葉原駅構内の写メを撮って送ってくださいました。
「くれぐれも出口を間違えないようにね!」のお言葉を添えて。
このご注意は、決定的でしたね。
出口を間違えたら、私はホテルに行き着けず
秋葉原の電気街かどこかで路頭に迷っていたことと思います。
複雑な経路をたどって指定の出口に出て
ホテルの看板を見つけたときは心底ほっとしました~

まったく一つ一つ、たいへんだわ(^_^;)


そのホテルは、うれしい誤算で、
レディースフロアだったからかインターネット特典なのかよく分かりませんが、
とても居心地が良かったのです♪
東京のホテルですから、高くて狭いのは、いたしかたないとして

お部屋にアロマデフューザーがあって、フロントでアロマオイルを選ばせてもらえたり♪
シャワールームに、レインシャワーという装置がついていて
天井からお湯が降り注いで、かなり気持ちがよかったり♪
しかも全室にマッサージチェアが置いてあって使い放題だったり!

半日冷たい床に座り込んでいたので、
無料のマッサージチェアは至福でした~(^^)v

そしてさらに~
フロントで「お好きなだけお部屋にお持ちください」と置いてあった
紅茶やハーブティーや日本茶のティーバッグのうち
なにげに取った「Te Miel」(はちみつ紅茶)というのが
ものすご~く美味しかったり!
はちみつの甘みと極上の紅茶で、身も心もほどけていく感じでしたぁぁ

もう1個フロントに行って取ってこようかと一瞬思いましたが(笑)
あまりに貪欲だと考え直して・・・
空き袋を捨てないで持ち帰ることにしました。


家に帰ってから検索してみたら、この「はちみつ紅茶」、
ラクシュミという神戸の紅茶屋さんの売れ筋商品でした。
と、東京・秋葉原のホテルで神戸の紅茶・・・(@_@)
さっそく購入したのは言うまでもありません。


なんだか、たいへんなことの後には幸福があるみたいですが、
浄い心になっていたはずなのに、そのわりに、
けっこう物欲にまみれている気もいたします。。。

南無南無。
(つづく・・・)
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by prem_ayako | 2014-12-14 21:50 | tibet | Comments(0)

チュパ・ファッション

先週の土曜日は、高野山まで
チベット語のグループレッスンに行ってきました。

前のレッスンが6月初旬でしたから
ほぼ2ヶ月ぶりです。
その間に、レッスン仲間の
おひとりは法王のカーラチャクラ灌頂を受けにラダック(インド)へ
おひとりはニンマ派の修行のためにベルギーへ
行って帰ってこられました。
(私など、今年は海外へはどこにも行かず、おとなしいものです!)

あちらの話やこちらの話、
おみやげ話を披露していただきながら
楽しい時間を過ごしました。


高野山系の山の中、
和歌山県橋本市から、車で40分ほど山道を上がった
人のほんとうに少ない集落に
先生は住んでおられます。

まさに、日本のチベットかも・・・(^^)

じゅうぶん日帰りできますが、
南海電車の橋本駅まで、私の家からほぼ2時間かかりますから
時間的には、東京へ行って帰ってくるようなものですね。

この日は雨だったので、さすがに涼しかったです。
冬は、家の中に干した洗濯物が凍るのだそうです。。。

軒先の木々の葉を打つ
正しい雨の音を聞きながら
ツォンカパ大師の『菩提道次第集義』(小ラムリム)を読みました。

途中までは
正しくチベット仏教の経典を、
正しくチベット語で読むお勉強をしていたのですが・・・

お昼休憩のあと、
ベルギーでチュパ(チベットの民族服)を買い求められたお友だちのお話から
私もいつかチュパをあつらえたいものだとうっかり申しましたら、
先生が「もう着ないチュパがありますよ。化繊ですがもらっていただけます?」と
2枚のチュパを出してきてくださいました。

いえいえそんなぁ・・・と初めは遠慮していたんですけどぉ

すすめられて合わせてみると、
なんだかピッタリ!

ブラウスも出してきてくださったので
ついうっかり、着ていたサマーセーターを脱ぎ捨てて
(・・・ここらで何か意識が変容してしまったようで)
ブラウスとともに着てみたら

ほんとうにピッタリ!
というお友だちの勇気づけにすっかり気をよくしまして。

もうすっかり気分はファッションショーでございます。
ねぇどっちの色が似合うかしら?と私が尋ね
お友だちが、こっちじゃないかな? 私はこっちを着てみるね、と
異様な盛り上がりになりました。
b0253075_19565371.jpgいやはや、物欲ですw
でも楽しい!

エプロンまで揃えてつけていただいて
はい、できあがり~(^o^)
いかがでせうか?

なんとあつかましいことに
これら一式、まるごと
いただいて帰ってまいりました~
なんということでしょうね~
何しに行ったんでしょうね~
いやいや、チベット文化のお勉強にです(^^;)


チュパは、チベット女性の正装なんです。
いつの日か、再びガルチェン・リンポチェにお会いできる日がきたら、
それが日本でか
シンガポールでか
台湾でか、わかりませんが、
その日にきっと、これを着てお会いしようと思います!
それまで大切にとっておきます。

きっと、今生でもう一度・・・!
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by prem_ayako | 2014-08-05 20:17 | tibet | Comments(4)
やっと本題にたどりつきました(^^;)
でも、何を書けばいいんだろう?

瞑想は美しく、マントラを歌うのが中心で
最終日は、まるで昔のアスミのような一体感がありました。
僻地で最初から遠足気分だったせいでしょうか、
みなさん、すぐにうちとけて
私もいっぱい助けていただきました(^_^)

いろんなことがありましたが
特に印象に残ったことだけお話ししましょうか。
おタクな話になるかもしれませんが
お付き合いいただけるとうれしいです。

その壱)瞑想とは何か

初日に先生が、「瞑想とは、心をひとつの対象の上にとどめること」とおっしゃいました。
考えや感情は、私の外にあるもので、私ではありません。
これに振り回されていると、
どんなに善いことをしたつもりでも、私は嫌な人、迷惑な人のままです。
考えや感情の方に意識を向けないで、
(今回のワークでは)マントラや仏さまのイメージの上に心を置くこと。
そうすることで、自分の考えや感情から距離ができて
自分の外にある大きなものとふれあえるようになる、と教えていただきました。

そして、テキストを使って
祈祷文を唱えたり
マントラを歌ったり
仏さまのイメージをしたり、
そういう練習をしていったのですが

上の文脈でいくと、
瞑想は心を何かひとつの対象の上にとどめることですから、
心をとどめおく対象は、
マントラや仏さまのイメージでなくても、よいわけです。

スピリチュアル・ワークの間は、私もテキストに従って、
先生のご指示通りの方法で瞑想をさせていただきますが、
普段、家では
「おーん」で息を吸って
「あー」で息をおなかに貯めて(火を灯して)
「ふーむ」で息を吐く(火がちらちらと揺れる)
という練習をしております。

最終日に先生は、
ガルチェン・リンポチェのご本に書いてあることとして、
「呼吸(息)」と「ルン」と「意識」の3つについて、少し触れられました。
それによると、瞑想は「おなかのルンの上に意識を置くこと」だといいます。

ああ、そうなんだ~!
息とルンとが違うということは知っていたのですが、
実際にどう捉えれば瞑想がうまくいくのか、よく分からなかったのです。
要は、意識をひとつの対象に置くことなのだなと、
ようやくつながりました。

瞑想を実践するときって
(実践って言えるほどちゃんとやっているわけではありませんが)
ほんのちょっとのヒントが、とってもありがたいことがあります。

おかげさまで、その後
「息」を吸って、「ルン」がおなかに貯まった感じがしたら、
そこではじめて「息」を止めて、
「意識」をおなかに置く、ということがスムーズにできるようになりました。

ようやく「心一境想」という感じになって参りました。
いまさらです(^^;)


その弐)勝義菩提心と世俗菩提心

7月23日の補正項に先生が

世俗菩提心をおこした修行者は、仏の勝義菩提心を思い出すことで、決心をささえていただく。つまり、衆生と仏の共同作業として修行をしていく。衆生が決心(発願)しなければ、仏は衆生を助けることはできない。仏の助け(加持)がなければ衆生は修行を続けられない。

と書いておられます。
漢字、多いですね・・・
えーと、つまり・・・

私の起こす菩提心(他の人を幸福にしようと決心する心)なんて、あてになりません。
この身は、どうしたって煩悩にまみれています。
だから、仏さまのはたらきかけ(勝義菩提心)を感じながら
私の菩提心を維持していかねばならないのじゃ!
ということでしょうか。

ワークの中でこのお話を伺ったとき、
連想して私が思い出したのは、
昨年の6月に、おひげリンポチェからお聞きしたお言葉でした。

仏さまのお力は、太陽の光のようなもの。
私たちの信仰心は、レンズのようなもの。
太陽の光は一様に降り注いでいるけれども
信仰心というレンズを、太陽との間に置けば、光は強く一点に集まります。
それが仏さまの加持をいただくということです。
逆に言うと、信仰心がなければ、たくさんの力をいただくことは難しいのです。
と。

まずは、私には力がないということを謙虚に認めなくてはなりませんね。
そして、それでもなお、私がしなければならない、と強く決心することが
アドラー心理学的にも
大乗仏教的にも
求められていることなんですね。
だからこそ、私以外の大きな力をお借りするのですね。

仏教徒は、
他の「神」を信じる宗教の方たちと違って
受動的な面と能動的な面とを
とても微妙に・・・上手にバランスをとっていく必要があるように
ときどき感じます。

勝義菩提心と世俗菩提心のお話や
おひげリンポチェの喩えなどは
その精妙なところを、うまく言い表してくださっているように思います。

ほんとうにむずかしいと思いますw
片側に振れると傲慢になり
片側に振れると依存的になり
スピリチュアルな道って、どこまでも、綱渡りのようですね。
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by prem_ayako | 2014-08-01 19:02 | tibet | Comments(0)

中論のお勉強

私が神戸に引っ越す際に、
旧アドラーギルドにあった大きな本棚と
大きなJ先生ご所蔵の大量の仏教書とを
お預かりすることになりました。

手元にいつも置いておく必要はないけれど
何かのときの参考文献として必要かもしれない本、
あるいは処分してしまうには惜しい本、
もう売られていない稀少本、などだそうです。

むつかしそう~な分厚い本ばかりで、
まるで図書館の「哲学」「宗教」の棚を
うちの事務室に持ってきたかのようです。

例をあげれば
『講座・大乗仏教』
『國譯大藏経』
『インド仏教』
『ニーチェ全集』
『仏教教理研究』
などなど・・・

眺めるばかりで手がでませんが、
宝に囲まれているような幸福感は、あります。
(うちの本棚は宝の蔵)って感じ。
・・・わりと、持ち腐れでございますが。

でもね、
ダライ・ラマ法王もちゃんとお勉強しなさい、とおっしゃってたことだし
せっかくだから手始めに、『中論』を読んでみることにしました。

なぜ『中論』かっていうと
たぶん仏教論理学における基本テキストで
「空」について理解しようとするなら、
これを読んでないとあかんみたいだからです・・・(アバウト)

『中論』は2~3世紀に龍樹菩薩(ナーガルジュナ)によって書かれました。
龍樹さんはもちろんインドの人なので、
原題は Mulamadhyamakakarika(ムーラマディヤマカ・カーリカー)といいます。
早い時期、これに青目(ピンガラ)さんというインド人が注釈をつけて
5世紀にまたそれを、漢の鳩摩羅什(くまらじゅう)さんが漢訳し、
「青目釈・鳩摩羅什訳・中論」が日本に伝わりました。
以来、日本では一般に『中論』と呼ばれます。
チベット仏教徒、特にゲルク派必読の書です(たぶん)。

ウィキによると
「本文は論書というよりは、その摘要を非常に簡潔にまとめた27章の偈頌からなる詩文形式であり、注釈なしでは容易に理解できない」そうで、
青目釈(しょうもくしゃく)以外にもさまざまな注釈が書かれてきました。

たとえば『入中論』はチャンドラキルティー(6~7世紀)による『中論』の解説で
これもまた難解なことで超有名です。
中観派の一般教養みたいけど
あ~んなに分厚い本、私には読み通せるとは思えません(絶対寝る)

でも、『中論』そのものなら読んでみたいなと思いました。
愚考するに、賢い人の注釈がつけばつくほど
よけいに難しくなるのではないかしら。
理解できなくても
龍樹さんの生のお声を聞いてみたいなと思うのでした。

そこでJ先生の本棚から貸していただいたのが
三枝充悳(さいぐさみつよし)という仏教学者の書かれた
『中論』上中下3冊セット(第三文明社 レグルス文庫159)。
これなら持ち運んで電車の中で読めます(^^)

b0253075_13463557.jpg右ページには青目釈の漢文書き下し文。
左ページには龍樹菩薩のテキストを、
ご丁寧なことに、鳩摩羅什訳漢文・サンスクリット語原文・日本語訳
という順で3つ並べて載せてあります。

ふにゃふにゃ。
いやこれがね
わりと、オタクに面白いんですよ。

たとえば第2章の第1節。
漢文書き下し文:
巳去は去有ること無し 未去も亦た去無し
巳去と未去とを離れて 去時も亦た去無し

漢文:
巳去無有去 未去亦無去
離巳去未去 去時亦無去

日本文:
まず第一に、すでに去った[もの]は去らない。[つぎに]、まだ去らない[もの]も去らない。すでに去った[もの]とまだ去らない[もの]とを離れて、現に去りつつある[もの]は去らない。

わっけわからん!(爆)
けどおもしろい
と私は思うのですが、みなさまはいかがでせうか?

わけわからんままに、さらに宝の山の中から
今度は全テキストの英訳本を見つけました。
Nagarjuna: A Translation of his Mulamadhyamakakarika with an Introductory Essay (Tokyo, The Hokuseido Press, 1970)
これも稀少本じゃないでしょうか。

上の偈を英語訳と照らしてみると・・・
Indeed, that which has transpired does not come to pass nor does that which has not transpired. Separated from these (gatagata), the present passing away cannot be known.

やっぱりわけわからないけど
英語では「去る」を、transpire と pass away とに使い分けてるのね、とか
こっちの方が時制がはっきりするわね、とか
最後は cannot pass away でなく cannot be known になるんだぁとか
妙なところに感動するのでした。


つらつら読み進むに、
これって要するに論理の組み立て方の問題で
「この場合はない」「その場合もない」「この場合とその場合でない場合もない」
と何でもかんでもどんどん否定していって
故に最後は sunyata 「空」なのじゃ~って結論になるみたいなのであります。
(めっちゃアバウト)

ああ、これが
帰謬論証法とかいうやつなんだなと
どこかで聞いた言葉を思い出したのでした。
こーいう理屈でチベットのお坊さま方は
お寺の中庭で手を叩いてディベートしていらっしゃるのね。

いくら読んだって
私にはこの論法は身につきませんし(無理っ)
しかも、どうもなんだか屁理屈にきこえなくもないのですが
きっと、大事なことなんでしょうね~

もう17章まで読んだので、半分ぐらいまできました。
最後まで読んだら何かもうちょい分かるかもしれませんので
期待して
もうしばらく、格闘してみます(^^;)
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by prem_ayako | 2014-05-24 14:04 | tibet | Comments(0)

梵恩舎

高野山にあるお店は限られていますから
まあ、うろうろしていたら
どこに郵便局があって
どこに本屋さんがあって
どこでおいしそうなお饅頭を売っているかなど
すぐに把握できるのですけど

メインストリート(要はバス道)沿いにある
カフェギャラリー「梵恩舎」も、
高野山に泊まったことのある人なら、
あぁあそこね、とわかるようなお店です。

b0253075_1139745.jpg前来たときは、ネパールの画家さんの展覧会をやっていて
ふらふら入って
サインまでしてもらったのでした。

今回は、宿坊のすぐそばだったので
何度も立ち寄りました。

タンカ絵師でもある私のチベット語の先生は
今、高野山に住んでおられます。
法王のご来日に合わせて、1枚だけ、
このお店に絵を展示すると伺っていましたので
その絵を見に行くという目的もありました。

お知り合いを誘って見に行くと
間近にタンカを見るのが初めてという方たちは
あまりの美しさ
細かさ
芸術性の高さに
深く感動されて
なかなか絵の前からはなれませんでした。

「あやこさん、あなたこの絵を買うべきよ!」
と、お姉さまに強力に薦められたりもしましたが、
いやいや、
私は他の仏さまのタンカをすでに注文しておるのです。
あとは先生の絵筆が進むのをを待つだけです・・・。


山を下りる日も、
帰りのバスまでの待ち時間、
大きなJ先生と、再び梵恩舎に行きました。

あいにく混んでいたので相席をと言われまして
座ったテーブルでは、
3人の男の人が英語で
仏教をめぐって、なにやら熱く語っていました。

観察するに
主に話しているのは大きな体躯の壮年の外国人。
もうひとりの外国人は、若くてドイツ語なまり。
もうひとりは30代の日本人で、
どうやら大きな壮年の外人に
議論をふっかけて(?)逆に形勢不利に陥っている様子です。

というか、そもそも議論になってないみたい。
大きな外人さんが一方的に仏教の専門用語で語っていて、
日本のお兄ちゃんは、英語はしゃべれるものの
専門語、哲学用語についていけていないように見えました。

否応なく耳に入ってくる話を聞いていると、
この大きな外国の人の
筋道だった話し方や
仏教理解の正確さ・・・
ちょっとただ者ではない感じです。

私がここ数年チベット仏教の本を読んでやっとこさ到達した
空や縁起についての理論を
正確な言葉で整然と語っておられるのです。
(いや、あなた外人でしょ。すごくない?)
どこでお勉強なさったのかなぁ?
英語の文献で仏教を学んだら
こんなにシンプルに理解できるものなのかしら。

一面識もない方、
たまたま相席になっただけの方ですが
だんだん彼の話に引き込まれていきました。

空についてが話のテーマのようなのですが、
日本のお兄ちゃんはとんちんかんな返答ばかりしています。
たぶん困って、放免してもらいたがっているのでしょうが
そう言わない限り、外人は絶対に許してくれませぬ。
あきらめず理解に到達しようとするのは
彼らのストレンクスですね。

「よし、じゃあこのことについては君はどう思う?
 人間はなぜ苦しむのか?」
と、新たな問いをたててこられましたが
お兄ちゃんがあまりに要領を得ないので
思わず、私、横から口をはさんでしまいました(^^;)
「それは、私たちが自分に執着しているからじゃないかしら?」って。

b0253075_128548.jpg壮年の外人、喜んで
「そうそう、煩悩だ。
 しかし煩悩と言ってしまうと
 話はそれで終わってしまうだろ?]

そして結局、大きなJ先生も加わって(^^)
その相席した5人みんなで会話をしたのでした~

その間、よくよく観察すると
この大きな壮年の外人、フリースにチノパンという出で立ちですが
頭は坊主でおられます。
え?ひょっとしてお坊さん?

ひと段落ついたところで
Are you a monk?と尋ねてみると
やはり、そうでした。
しかも、法王の灌頂のために高野山を訪れた仏教徒ではなくて、
なんと真言宗徒で
このお山で13年僧侶をやっておられる方だったのです。

あーそりゃプロだわ(笑)

日本人のお兄ちゃん曰く、
「13年って聞いたので教えてもらおうと思ったんだ・・・」

大きなJ先生がおっしゃるには、
チベット仏教のカギュ派と日本仏教の真言宗派とは
思想的にたいへん近いところにある
ということです。

どうりで。
私(チベット仏教徒)の仏教理解と
この方(真言宗徒)の空や縁起についての理解とが
ほぼ一致していたのは、そういういわけだったのですね。


日本のお兄ちゃんの仏教理解が
日本人一般のレベルだとしたら
(と言っても、3年前の私よりはまだずっとましなのですよ)
それは、日本の僧団が
仏教をきちんと人々に伝えていないということです。

日本の僧侶集団はひょっとしたら
檀家とのおつきあいに忙しすぎるのかもしれませんが・・・
サンガ(僧団)がちゃんと機能していないというのは
困ったことですね。



法王は、いつもどんなときもお話の中で、
「しっかり勉強しなさい。
 瞑想だけやっていてはいけません。
 師が言ったからといって鵜呑みにしてはいけません。
 納得いくまで自分で読んで考えて、身につけるのです」
とおっしゃいます。
再三再四、おっしゃいます。

梵恩舎で上のような体験をしたこと、
そして法王のお近くにまみえることができたこと。
これらの意味を考えるに

仏教のことをきちんとお勉強しなさい。

って言われているような気がしてきました。
うっとり系好みの私としましては
あまり有り難くないメッセージです。。。


2年半前に法王にお会いしてから
ともかく何にもわからなかったので
手当たり次第、手に入るチベット仏教の本を読みました。
そのあと、ガルチェン・リンポチェにお会いしてからは
手探りだったのが、ぎゅーんと一点集中して
わりと意固地に、リンポチェから直接お聞きしたお話だけ
特化してお勉強してきました。

そろそろ、また少し視野を広げて
大乗仏教の基本的なことを学んでみるのもいいんじゃないかな・・・と
高野山から帰って以来、考えています。
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by prem_ayako | 2014-04-24 12:18 | tibet | Comments(0)

仏縁

初日、行きの電車を降りたところで
アドラーでお知り合いのお姉さまにばったりお会いしました。
(以前のスピリチュアル・ワークで同室だったお姉さま方のおひとりです)

楽しくおしゃべりしながらお山に上がったのですが、
聞いてみたら、なんと宿坊も同じでした。

成福院、別名ビルマ寺といって
5,6年前にヨランタたちと泊まった宿坊です。
そのときは洋式トイレのあるお宿ということで選んだのですが
お料理もおいしかったし、お宿の方の対応もとてもよかったので、
今回、再び利用することにしたのです。

この偶然だけでもびっくりなのに

お部屋で各自夕食をすませて
適当な時間にお風呂に入ったら、
浴室内でも、またお会いしました(爆)

いっしょに灌頂を受けた仲間のことを
金剛兄弟といいますが

私たち、いつの日かダルマヴァジュラという菩薩になるわけですから
「そのときはまたどうぞよろしく」
と裸でご挨拶をしあったのでした(笑)

朝ご飯は

同宿のみなさんとごいっしょに大広間でいただきましたが
やはり法王の灌頂に参加されている男の人が
食べながら何気なく
「いやしかし、通訳がないとさっぱりわかりませんな~
 中国語といってもいろいろあるんですなあ!」
と話されたので目が点になりました。

「チベット語ですから、そりゃ中国語と違いますよ」
とお姉さまが軽くたしなめられても、
「え、だって中国の地方でしょ」とおっしゃいます。
高いお金を払って法王の灌頂に参加しておられるのに
こういう認識の方もおられるんですね。
がっかり。

お姉さまは、その方に感情を動かすことなく
「いいえ。チベットはチベットです」ときっぱりおっしゃいました。
素敵~!


「い」列でお隣のお席の
きれいな方とお知り合いになれたのも嬉しかったですし、
やさしくきっぱりのお姉さまと深いご縁ができたのも
とても嬉しかったです。


他にもいろんな出会いがありました。
たまたま同じタクシーに乗り合わせた女の方は、
私と同じく寒がりで、
宿坊が寒いという話で盛り上がりました(笑)
この方は、東京のポタラ・カレッジで
クンチョク先生からチベット語を学んでおられるのだそうです。

さらに、後から分かったことですが、
この翌週のアドラー心理学基礎講座応用編に参加された方の中に、
高野山で灌頂を受けた方が3人も(!)おられました。

つまりあの会場内に、
2日目から参加された大きなJ先生を含め
私の知る限りでは、
アドラー心理学関係者が6人いたというわけです。
アドラー心理学会チベット部ができそう~(^^)


どうでもいいことですけど
高須クリニックの院長さんと
漫画家の西原理恵子さんも来ておられたそうですよ。
後ろの方の列だったということだから
今回の灌頂が初めてだったのでしょうね。
西原さんには、ちょっとお会いしてみたかったな!
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by prem_ayako | 2014-04-24 11:00 | tibet | Comments(1)

高野山あれこれ

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4月13日、日曜日、
難波から南海高野線に乗って
高野山へ行きました。
2年半ぶりの高野山!

前のとき私は
法王の灌頂を受けることに舞い上がってしまって
なんだかすご~く神秘的な体験を期待しておりました。

実際は、800名もの参加者がひしめきあっていて
オペラグラスを持ってきたらよかったというほど法王のお姿は遠かった。。。
おそばに近づくなんて、とてもじゃないけど無理だったんです。

しかも通訳の方の仏教用語はまったく理解できず
初めて受ける灌頂はわけわからず
ありがたい出来事だったはずなんですけど
なんだか消化不良だったのでした。

それはそれで、そのあとチベット仏教を勉強する動機になったので
私にとっては、とても良かったのですが。

しかし、そうやって前の灌頂の苦行に耐えた功徳でしょうか、
前回の参加者にはみな、一般より早くに、
今回の灌頂のお知らせがありました。
すぐに申し込みをしましたら、
「い列30番」というチケットが届きました。

えーっと「い」って、「いろは」の「い」なのか?
「あいうえお」の「い」なのか?
前は、JかKか、アルファベットだった気がするけど・・・
ひょっとしたらかなり前の方なのかしらん?

そしたら、なんとこれは
「いろは」の「い」列だったのです!
いちばん前はスタッフ席で
実質最前列w~

こんなによい席で法王のご法話をお聞きできるなんて~~
私、今生でも過去生でも
こんな功徳を積んできたおぼえはありません~~

法王にお会いしたいと願い続けたまま
一生会えず亡くなっていくチベットの方々のことを考えると
とても申し訳ないです・・・
もったいなや、もったいなや。


おとなりに座られたのは
私と同じぐらいの年齢の、上品な女の方でした。
チベットハウスに関わっておられるらしく、
前回の高野山での灌頂の後、
法王にお会いするためにワシントンに行かれたり
ブッダガヤや
ダラムサラにも行かれたそうです。

とってもお洒落で
灌頂の日は、チュパというチベットの民族衣装を着ておられました。
日本の女の子が派手な色のチュパを着るのはよく見ますが
(・・・ってふつう見ないですよね)
この方のは、グレイの薄手のウール仕立てで
真っ白のオンジュ(ブラウス)と合わせて、とってもステキでした。
(すみません、私かなりマニアな話をしています)
こんなチュパなら着てみたいな~と
物欲がでました(笑)


さて午後1時、法王猊下のご入場です。

また少しお背中が丸くなられたような・・・(T_T)

舞台の上はまぶしく照明されていて
10人ほどのチベット僧の方々がついておられます。
2年半前よりもお年を召した高僧が多いように感じたのは
ただ、前はよく見えていなかっただけでしょうか。

まばゆく美しい仏像やタンカ。
1週間前から作り上げられた胎蔵界の砂マンダラ。
そして舞台の袖には鋭い目つきのSPさんたち・・・。

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この日行われたのは前行法話というものでした。
法王はまず丁寧に帰依と菩提心生起のお話をされ
それからツォンカパ大師の
ラムリムルドン「菩提道次第集義」をお教えくださいました。
このときの様子はすべてYouTubeにあげられているようですので、
ご興味がおありの方はどうぞご覧ください。

30分ほどお話をされてから、法王は
3時半終了の予定だけれど4時まで延長してもいいですか?
と聴衆にお尋ねになりました。
みんなが拍手で応えますと、「では4時までにしましょう。
ただひょっとしたら、4時を少し過ぎるかもしれません。
私もトイレにも行かなくてはなりませんからね。」
と笑いまでとっておられたのですが

結局は、4時35分まで延長されたんですよ(爆)
トイレ休憩なしで4時間近くぶっ続け。。。
そんなんだったら、最初から4時までなんて言わなければいいのにね。
これがきっとチベット時間なんですね。


翌日は灌頂の本会。
朝9時からということなので8時半ごろに行くと
すでに法王たちは砂マンダラの前でお唱えをしておられました。
それは延々と延々と続き、
私はチベット語の心地よい響きに
すっかり眠ってしまったのでした(←あかんやろ)

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お席につかれてお話が始まったのは
すでに10時半になっていたのではないでしょうか。
法王、あわてずさわがず
昨日できなかったから、と
そこからまた、8つのロジョンのご法話をされました。

12時前に昼食休憩になって
午後の灌頂は1時から、と言われて休憩していたら、
今度は少し早めて15分前から始めます、というアナウンス。

チベット時間は
ちっとも読めません~(^^;)


胎蔵界灌頂(行タントラ)は、
2年半前にいただいた金剛界灌頂(瑜伽タントラ)に比べると簡略で
あっさりと2時間ほどで終わりました。

在家の私たちはみな、
何劫か先に阿弥陀仏の極楽浄土で
ダルマヴァジュラという名の菩薩になる!
というありがた~い授記をいただきました。
訳すと「法金剛」でしょうか。
いいお名前です(*^_^*)


翌火曜日、高野山での最終日は
高野山大学の若い方たち向けの講演会で
法王は英語でお話になり、
質疑応答の時間もありました。

このときの様子も、すべてYouTubeで公開されています。
質疑応答の最後のあたり、とてもステキだったので
これもよかったらご覧くださいませ。

ある男性の質問に対して法王が
あきらめないで何度でもできることをしなさい
とお答えになり、

この男性は
黙って手を合わせて感謝されました。

人がほんとうに勇気づけられたとき、言葉はいらない。
百の言葉より
心から合わせた掌は美しい、と思いました。


近頃は、もうほとんどのものがインターネットで公開されますから
ご法話だって聴けるし、灌頂の儀式だって一通り見ることができます。
わざわざ高いお金を払って高野山まで行く必要ないんじゃない?
と思われるかもしれませんけど

やっぱり、いろんな出会いや
ちょっとした心の動き、感動は
その場にいなければ体験できないものだなと思います。
人生は画面の中にはありませんものね。
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by prem_ayako | 2014-04-23 23:37 | tibet | Comments(1)

宗派を超えて

大きなJ先生に誘っていただいて、昨夕
「チベットを知り、祈ろう@大阪」という集まりに行ってきました。

段ボール詰めの手をしばし休めて・・・行って良かったです!
とても。

宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会
という長い名前の団体が主催です。
ダライ・ラマ14世がチベットを脱出された日
すなわちチベット蜂起の日である1959年3月10日を忘れない。
という主旨の、宗教的な集まりでした。

前半の「チベット旗をかかげての行進」は
西梅田から1時間ほど、
後半の会場、南森町の「チャクラ」というお店を目的地に
行進したようですが
私たちは後半の「チベットを知り、祈る時間」にだけ参加しました。

表はエスニックの雑貨屋さん、奥はイベントもできる喫茶店で
なかなか面白い店でした。
チベットだけでなく、ビルマやウイグルの支援もしているようで
さまざまなパンフレットが置いてありました。
また美しい石のアクセサリーもたくさんあって
購買意欲をそそられます。
大阪を離れる直前になって、こんなお店をみつけるなんて~(-_-)
でもまた行こ。

50人ぐらいの人が集まっている中に
日本のお坊さまが5人おられて
(ゴレンジャーなんだそうです。いやいや(^^;))
プロジェクタを調整したりマイクを握ったりしておられました。

5時すぎから追悼・平和法要が始まりました。

まずは、三帰依文。
チベット語ではなく、パーリー語でした。
ご存知の方もおられると思いますが
 ぶっだん・さらなん・がっちゃーみ
 だんまん・さらなん・がっちゃーみ
 さんがん・さらなん・がっちゃーみ
と繰り返します。
これはこれでステキで
私などは和尚ラジニーシのキルタンを思い出してしまいました。

それから全員で般若心経を詠みました。
なんだか凄くて、何度も後頭部がしびれるような感覚を味わいました。
だからどうというわけではないのですけど
たぶん、穴蔵みたいな部屋のエネルギーが
ものすごぉく高くなっていたんだろうなあ、と思います。

お坊さまのお一人が、表白(ひょうびゃく)を厳かに読み上げられました。
チベットの現状を憂い
一刻も早い解決を願い
亡くなられた方々に思いを馳せる
という趣旨がよく伝わる、とても真摯な文章で感動しました。

ほんとうにそのとおり!
そのとおりなのです。
政治的なことや立場の違いを超えて
「この現状を見過ごすことはできない。」という
ただそれだけの思い。
人間として、それがきっと、いちばん大切なのだと思います。

表白のあと、全員で「オンマニペメフム」をお唱えしました。
ひとり瞑想の中で唱えるオンマニペメフムと違って
このときは誰もが、チベットの人々のことを思って
何度も何度も繰り返しました。
自然にぽろぽろと涙がこぼれました。

ここまでで1時間ほどだったでしょうか。


その後、チベットの民謡を何曲か、
チベット服に身を包んだ日本人女性が歌ってくださいました。
どの曲も、のどかで、チベットの草原が目に見えるよう・・・
しかし最後に歌われた prisoner's song は
悲しかった。。。

次に、アジア各地の支援に飛び回っておられる林孝瑞師が、
詳しくチベット問題について解説してくださいました。
統計資料や動画などを交えたお話はとても説得力がありました。

最後に、書写山圓教寺の大樹玄承師がお話しされました。
この方は、北京オリンピックの年・2008年に
チベットについて何か声をあげなければと決意され、
現職僧侶として初めて、テレビで声明文を読み上げた方です。

この、前代未聞のテレビ出演について、
わりと長々と(^^;)楽しくお話ししてくださいました。
さすがお坊さん、お話じょうずです。
テレビ出演の映像は、私も当時拝見したように思うのですが、
削除されたのか、いま探しても見つかりません。
ですが全文を見つけましたので、最後に貼り付けておきます。
よろしかったらお読み下さい。

私はこの2008年をきっかけに
チベット亡命政府への寄付を始めたように記憶しています。
チベット仏教を学び始めるのは、まだそれから3年ほど後になります。。。


この会に来たおかげで、私はとても勇気づけられました。
それは、大樹師だけでなく、
他の4人のお坊さま方も、みなさん
「人々のために私にできることは何だろうか」と考えて
行動しておられるのが見てとれたからです。

特に、大樹師の以下のような言葉が印象的でした。

「私が何かを言ったからといって、何も変わらないかもしれないんです。
 でも私が声を上げることで、
 ひょっとしたらそれをチベットの人が見るか聞くかして、
 味方がいるんだ、自分たちは見捨てられていないんだ、
 ということを、知ってもらえるかもしれないです。」

私などは
何かをしなければと思っても
何をすればいいんだろう?と考えて
そのまま行動しないことが、よくあります・・・
でも、動かなければ何にもなりませんよね。
私が、何かをしようと、まず決めること。

・・・自戒をこめて記しておきます。

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☆☆☆☆☆

〔天台宗別格本山 書寫山圓教寺 大樹玄承(おおき・けんじょう)氏 声明〕

 今、わたしたち日本の仏教者の真価が問われています。チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われることに心から悲しみと、やむにやまれぬ抗議を表明せずにはいられません。私たちは、あくまでも宗教者、仏教者として、僧侶を始めとするチベット人の苦しみを、もはや黙って見過ごすことができません。チベット仏教の宗教的伝統を、チベット人の自由な意思で守るということが、大切な基本です。
 皆さんは、日本の全国のお坊さんがどうしているのか、とお思いでしょう。日本の各宗派、教団は、日中国交回復のあと、中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いできました。私も中国の寺院の復興にたずさわりました。しかし、中国の寺院との交流は、全て、北京を通さずにはできません。ほとんど自由は無かった。これからもそうだと、全国のほとんどの僧侶は知っています。そして、日本の仏教教団がダライ・ラマ法王と交流することを、北京は不快に思うこともよく知られています。
 あくまでも、宗教の自由の問題こそ重大であると、私は考えています。しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎてなお、日本の仏教界に目立った行動は見られません。中国仏教界が大切な友人であるなら、どうして何も言わない、しないで良いのでしょうか。
 ダライ・ラマ法王を中心に仏教国としての歴史を重ねてきたチベットが、今無くなろうとしています。私たちは、宗教者、仏教者として、草の根から声を上げていかなければなりません。しかし、私の所属する宗派が中国の仏教界関係者から抗議を受けて、私はお叱りを受ける可能性が高いでしょう。
 このように申し上げるのは、私たちと行動を共にしましょうということではないのです。それぞれの御住職、檀信徒の皆さんが、これをきっかけに自ら考えていただきたいのです。オリンピックにあわせて、中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もいらっしゃるでしょう。この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。もしも、宗教者として毅然とした態度で臨めないならば、私たちは、これから、信者さん、檀家さんに、どのようなことを説いていけるのでしょうか。私たちにとって、これが宗教者、仏教者であるための最後の機会かも知れません。

書寫山 圓教寺 執事長 大樹玄承
平成20年4月5日
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by prem_ayako | 2014-03-16 19:14 | tibet | Comments(0)

Out From Tibet, From Inside Tibet

書きたいことはいっぱいあるのに
ついうっかり貯めていたら
もう年の瀬じゃありませんか。
・・・まぁ、ゆるゆる書いていきます。
ちょっと前の話からです。

晩秋は、パセージ・プラスの開催やら
大きなJ先生のパセージのお世話やらで
毎週火曜と金曜に仕事が入って、たいへん忙しく過ごしていました。
そんな中、チベットに関する映画を
2本立て続けに観る機会がありました。

どちらも会場は京都だったのですが
こんなチャンスはめったにないので、がんばって行ってきました。
(おかげでその後、風邪が長引くことになりましたが(>_<))

1本目は、チベット本土(=中国領チベット自治区)に住んでおられる
ペマ・ツェテン監督の『静かなるマニ石』という映画です。
12月5日(木)夜、京都・北大路の大谷大学にて、
監督自らが来場されて、無料の上映会があったのです。

私は、ただチベットのカムやアムドあたりの風景が
映し出されるだけで感動してしまうのですが
出演者もまた、そこで暮らす地元のチベットの方々でした。
ドキュメンタリーではないのですが、
できるだけそのままのチベットを描くための監督のやり方のようです。



とぉっても美しい映像で
チベットの伝統や文化がしだいに失われていく様子を
ただ淡々と映し出していました。
その現実を良いとも悪いとも言わず
宗教色も出さず
ただ、そのままに。

ペマ・ツェテン監督の映画は、
海外の芸術祭で多くの賞を獲得しているだけでなく
中国国内での評価も高いそうです。
中国領内チベットを舞台に
中国国籍チベット人たちの
チベット語の会話を撮ることが許されているのは
彼の映画があくまで寡黙で
メッセージを出していないからでしょう。

それでも!
チベットの文化を、
チベットの言語を
そのまま映像に残しておくことが必要だと
監督は考えているのでしょう。

大谷大学では、監督とプロデューサーと、
チベット語大家の星泉さんとを交えた
シンポジウムもありましたが
ヤバイことは何もお尋ねしない約束になっているみたいでした。

・・・そりゃあ、中国国籍の方たちが、
公の場でチベット問題を口にできるはずがありません。
世界中どこにいたって同じです。
あの会場内に、絶対に目が光り、全て記録されていたでしょうから・・・。


その次の週、10日(火)の夜、
今度は京都・蹴上の国際交流会館で
岩佐寿弥という日本人監督による
ドキュメンタリー映画『オロ』の上映会がありました。
監督は、この映画が遺作となり、昨年亡くなられました。

監督が日本人ですから、日本映画です。
カメラワークも、ああ日本映画だな、という感じで
・・・それに、メッセージもストレートで、
前の週の映画と違って、リラックスして観ることができました。
(ついでに言うと、会場の雰囲気もまったく違いました)

オロは、6歳でヒマラヤを越えてインドに亡命してきた
撮影当時10歳の男の子です。
彼が暮らす「チベット子ども村(TCV)」での学業や寮生活の様子を
オロの目線で活写してくれていました。



小さな子どもがどれほどの体験を経て亡命したか!(涙)
故郷の親は、危険を承知で子どもだけを送り出すのです。。。
そこにどれほど多くの、言い尽くせない思いがあるか(涙)

夫(トンドゥプ・ワンチェン)が本土の牢獄につながれている妻は
生きるために朝早くから必死で働いています。
その中で、子どもの誕生日を祝い、
川で洗濯をして、故郷の歌を歌います。

1年ほどの撮影や旅を通してオロは成長していきます。
「監督は、どうして映画を撮っているのですか?
 しんどくないのですか?お年なのに」と聞くオロ。
「僕はね、チベットが本当に好きなんだ。だから撮りたいんだよ」と岩佐監督。
それを聞いたオロは即座に「ありがとうございます!」と言います。
その真顔を見て、また私は涙が出ました。
彼は小さいけれども、全チベット人を代表して
ここで監督にお礼を言ったのです。

とてもよい映画でした。
機会があれば、ぜひご覧になってください。
ハンカチ必須です。


ところで、オロくんは10歳ですが
目の動かしかたや、肩をすくめるちょっとした仕草などが、
私のお気に入りのラッパー、スイス在住のシャパレくんによく似ています。
きっとチベットの男の子って、本来こういう感じなのでしょう。
けっこうお茶目で、ちょっとシャイ。
私の知っている何人かのチベット僧の方たちも、
共通した雰囲気を持っておられます。

チベットの外側にいれば、
貧しくても、
楽しいとか、さみしいとか、
至極もっともな自然な思いを、
そのまま口にすることができます・・・

しかし内部にいるペマ・ツェテン監督と
ペマ監督の映画に出てくる人々は
謂わば硬直しているようで・・・
心の中の思いを覗かれることを
拒否します。
覗かれてはならないからです。


制限ぎりぎりの緊張の下、チベットの姿を
美しい映像に残すこと自体が、
ペマ監督のメッセージといえるかもしれません。

帰国されても何事もなく
お仕事を続けられますように。
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by prem_ayako | 2013-12-29 23:08 | tibet | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako