アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

カテゴリ:tibet( 74 )

Deadlock

デワチェン(極楽)とは
阿弥陀さまのおそばで
悟りに至る修行のできる場所だということです。

b0253075_22102570.jpg何度考えても、
ガルチェン・リンポチェという菩薩にお目にかかり
リンポチェのお声を聞いて
お体に触れ、エネルギーをいただけることそれ自体が
デワチェンなのだと思います。

ただ、デワチェンと違うところが一点だけあります。
それは、私には
リンポチェのお言葉がわからないということです。

デワチェンでは
どのような生き物でも
阿弥陀さまの教えを理解して
学びを積んでいけるというのに!


せめてリンポチェから直接教えを受けた教典を
リンポチェが唱えられるままの言葉で読みたくて、
一生懸命チベット語の古語を学んでいます。
ここ数年のお勉強の成果で、
お経であれば、かなりスラスラと読めるようになりました。
ですが、リンポチェの話される口語のチベット語はわかりません。

そして今回、思い知ってしまったのは、
たとえ英語に通訳してもらっても
私には、リンポチェのお話が理解できないということです Orz

ある程度までは、英語でわかるのですよ。
部分的には、わかるところがあります。

2年前に来たときは、ある程度までわかることに安心していたのですが
どうやらその頃と同じあたりで理解が止まっていて、
次の段階、もうひとつ上のレベルのお話になると
やっぱり、さっぱりついていけないことに気がつきました。

何度もお聴きして馴染んでいる空性に関するお話や
ミラレパの言葉の引用などは
耳が開いて頭に入ってきて
そこから思索をめぐらせたりイメージをふくらませたりできるのですが

それ以外の、自分のつかめないところは、
おどろいたことに
何度録音を聞き直しても、そのたび寝てしまうのです(^^;)
わからないものだから眠くなるのですね・・・

・・・行き詰まっております。

b0253075_944277.jpgこれはつまり、
リンポチェのお教えを吸収していくだけの能力が、
悲しいことに私にはないということだと思います。

今の私はまるで、聖アントニウスに説法されている魚。
あまりに愚かな衆生なので、
仏の教えを理解できないのです(泣)

大きなJ先生は
英語の通訳を正確に理解される上に
中国語の翻訳を読んで確認され、
日本語に訳して衆生のために尽くそうとしておられます。

過去に積まれた福徳の故に
J先生にはそのような尊いお仕事がおありなのでしょう。

私の福徳は今生では
リンポチェのお顔を間近に見て
お手の暖かさをこの身に感じ、
いただいたいくつかのお言葉を覚える
そこまでのこと。
それ以上を望むのは貪欲でありましょうし
それだけで十分に幸せだと思います。

が・・・
私はやっぱり、リンポチェのお言葉をわかりたい。
リンポチェのお話をすべて理解できるだけの知恵が欲しい!


はい、貪欲です(^_^;)
それを認めた上で(笑)
ここで能力のなさを嘆いていても仕方ありませんね。
何か対策は考えられないかな?

いっそ現代チベット語会話を学んで
リンポチェのお話を直接聞き取れるようにがんばりましょうか?
でもね、言語の問題じゃない感じですよね。。。
たとえチベット語がぺらぺらになったとしても、
仏教の精妙なお話になったら、やっぱりわからないんじゃないかな。
だって、日本語でもわからないかもしれないんだから。

それならば、いっそ仏教を基礎から学んでみましょうか?
(あぁそういえば、お友だちにひとり、
 佛教大学の通信学部に入って学んでいる方がおられます。
 彼女もこういった経緯で決断なさったのかもしれないなと、いま気づきました・・・)
でも日本仏教学んでもねぇ、などと不遜なことを考えてしまう私。。。

そんなことを、シンガポールから関空に帰り着いて
天王寺への電車の中で大きなJ先生にぶつぶつ申し上げていたら、
「英語で仏教語を学びなさい!」とのアドバイスをいただきました(@_@)

なるほど・・・
今さらチベット語会話や仏教をいちから始めるより、
私の場合、英語の能力を上げる、という道が
もっとも手っ取り早いかもしれません。

そういえば「言語能力を上げるには、まず単語力!」というのが
大きなJ先生のご持論で、
はじめて ICASSI に行く生徒さんたちにも
いつも、「アドラー心理学用語を英語で覚えてから行きなさい」とアドバイスしておられます。

たしかにアドラー心理学関連の英語についていえば、
10年前の NASAP にはじまって何度か ICASSI に行って、
いつのまにか、アドラー心理学の話題であれば、自由に英語で話せるようになりました。

そもそも、たいがいの仏教国に住む信徒にとっては常識である仏教用語が、
私にとっては、日本語でさえ常識ではないのです。
チベット仏教に出会うまでまったくの仏教処女(?)でしたからね~
こういうところで福徳を積んできていないのです。

しかも仏教用語は、日常使わない特殊な言い回しでもって翻訳されることが多いです。
その独特の英単語や英語表現に、私はいちいちひっかかってしまって、
通訳を聞いていても、本を読んでいても
そのたびに一瞬フリーズしているように思います。
そのせいで、全体が見えなくなってしまうのかもしれません。

チベット語:日本語の
仏教用語だけの単語帳は
すでに作っているのですが

これにもうひとつ
英語を対応させればいいわけだ!

Deadlock 突破の
道はみえたぞ!(^o^)

いつもながら、
的確なアドバイスを惜しみなく与えてくださるJ先生に
心から感謝申し上げます。


まずは、ガルチェン・リンポチェの英訳を一手に引き受けている感のある
Ina Bieler の言い回しを覚えていくことにします。
Ina の訳したリンポチェの本を丁寧に読んで
アンダーラインを引くことから始めましょう。

アドラー心理学を学び始めて基礎講座とパセージを受けたばかりの頃
事例検討会で先輩たちが話しておられることが全くわからず、
ほんとうに、全く全くわからず
呆然としていた私が
それから17年たって
少しは人にお伝えできる程度に、わけがわかるようになったのですから

時間をかければ
ガルチェン・リンポチェのご法話も
きっと理解できるようになるでしょう。

・・・もしも間に合わなかったとしても
それもまた幸福な人生であると思います。


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by prem_ayako | 2015-06-25 09:54 | tibet | Comments(0)

Peak Experience

リンポチェとお会いするのは2年ぶりです。

2年前は7月に東京で教えを受け、帰依戒も受け、
8月にシンガポールでもお会いできたのですが、
昨年はお会いできるチャンスがありませんでした。
ダライ・ラマ法王にお会いしたことで運を使い果たしたみたいで。

でもこの2年の間に、
リンポチェの御前でどうふるまえばよろしいものなのか
チベット式のしきたりを、少しは覚えました(^^)v

お部屋に入ったら、まず、五体投地。
そしてしのばせていたカタを献げて
祝福をいただきます。

五体投地を3回している間、リンポチェは
そんなんせんでええのに、早よう座らんか、とばかりに手を振られ、
足をくずせ、とか、椅子はいらんのか、とか
いろいろと気を配ってくださいます。
(もちろんチベット語でおっしゃってるのですが、なぜか関西弁に思えるw)

ああ、なつかしい
リンポチェのあたたかいお手。。。
いつもの笑顔。。。
大きな大きな存在感。。。

リンポチェのチベット語は私にはほとんどわかりません。
ずっと英語通訳の Ina がついて翻訳してくださいますが、
お声の響きを感じとりながら、
Ina の英語を理解するのは、なかなかに困難です。

だから私はひたすら、触覚と視覚を使います。
全身の皮膚でリンポチェのエネルギーを感じ
お姿を目に焼き付けようとします。
ですから頭は麻痺して、ひたすらうっとりです(笑)

まず大きなJ先生が
お母さまのお写真を出されてお供養をお願いされました。
それからリンポチェのご本を翻訳することについて
許可をいただかれました。

私の番になったので
クンツサンポのタンカを筒から取り出して、
Consecration(チベット語でラプネ rab-gnes)をお願いしました。

絵をご覧になったリンポチェは
おおクンツサンポ・・・
クンツサンポは虚空と同じ、それで青いのじゃよ
とおっしゃいました。

用意していたお米とカタを出そうとすると
リンポチェの blessing ではそれはいらないと言われました。

そういえば3年前に初めてリンポチェとお会いしたとき、
そのころ買ったばかりだった水晶の数珠にお加持をいただいたのですが
そのとき使われたのと同じ、小さな壷に入った摩訶不思議的軟膏を
クンツサンポのお腹のチャクラと
その裏側とに塗りつけられました。

そしてリンポチェの指に残った軟膏を
私の鼻の下にも塗りつけられました。

お数珠のお加持のときもこうやって鼻に塗りつけられたな・・・
思えばあのときにリンポチェに「匂いつけ」されちゃったんだな・・・
などとぼんやり考えていました。

リンポチェが絵を元通りに巻いて差し出してくださったので
リンポチェに支えていただいたまま
金色の紐で縛ろうとするのですが
なかなか、ちょうちょ結びができません~(>_<)

「私、緊張しています~」と言うと
おお~なに緊張することがあるねん?と笑われます。

なんだか他にもいろいろおっしゃっていたかもしれないんですけど
すみません、忘れました(笑)

もう時間があまりなくて
時間に obsessive なシューさんが急かしているのは分かってたんですけど
どうしてもそのとき伝えたかったことがあって、無視しまして(笑)

日本に来られたときにたくさんお話をしていただきましたけど
難しいことは私にはわかりません。
ただひとつ、私がずっとあれ以来覚えているのは
リンポチェが両手の親指と人差し指で輪っかを2つ作って見せてくださって
私たちはみんなこんなふうに separate しているけれども、
指を開くと、ほら、ひとつになるんだよって、
ジェスチャーで示してくださったことです。

と英語で言いました。
本当に実際に、今までに私がリンポチェから学んだことは
これに尽きると思うのです。

リンポチェはニコニコと微笑まれて
そうそう、こうやってひとつになるんじゃよ
と、両手の親指と人差し指で大きな1つの円を作って
示してくださいました。

あぁこのときのお姿を思い出すと
今も涙があふれそうです。

なんせ聴覚全滅、視覚が頼りですから
こうやってリンポチェにジェスチャーで教えていただくのが
私にはもっともよくわかるのです。
_人_


こうしてうっとりぼんやりと退出して
それから大きなJ先生とどこでどうしたのだったか、
どうもよく思い出せません。
ともかくお茶を飲んだかな?ご飯はどうしたんだったかな?
たぶんホテルでしばらく休んで、
夕方の「白ザンバラの灌頂」に間に合うように、出かけたのだったと思います。
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by prem_ayako | 2015-06-17 21:42 | tibet | Comments(0)

Kuntuzangpo

法身普賢、
チベット語ではクンツサンポ
サンスクリット語では、サマンタバドラ
といいます。

日本の普賢菩薩と違って
チベットの法身普賢は原初仏です・・・
空性そのものが
とりあえず仏のお姿をとって現れたもの、
だからこそ一糸まとわぬ姿で
多くの場合、明妃を抱いた父母尊の形で描かれます。

カギュ派は持金剛(ドルジェチャン)を頂点に置くことが多いのですが、
私はどういうわけか
インターネットで初めて「クンサン・モンラム(法身普賢の誓願)」の歌を聞き
そのお姿を拝見して以来、
ずっとクンツサンポさまに惹かれておりました。

ガルチェン・リンポチェは、この「クンサン・モンラム」を
小さな冊子にして配ってくださったり、
ご法話の中で引用されたり、
何度もお唱えするようにと勧めておられます。

なのでますますクンツサンポさまへの憧れは強まり、
お側に来ていただきたいものだと思いました。


2年以上前、まだ大阪の私の家でチベット語のレッスンをしてもらっていた頃、
タンカ絵師であるチベット語の先生Mさんに
法身普賢を描いていただけないかとお願いしました。

注文はしたものの
Mさんは時間をかけて丁寧に描く方ですし
それに加えてこの2年ほどの間、
Mさんは引っ越しや出産や子育てなどで本当にお忙しかったので・・・
半分冗談で、まあ1年に1色塗っていただけたらいいかなぁ
ひょっとしたら10年ぐらいかかるかな?と
あんまり期待しないでおりました。

そうしたら思いがけず、
4月のはじめに高野山でチベット語レッスンを受けた時に
そろそろ完成できるかもしれません、と伺いました。

まぁうれしい!
クンツサンポさまが、本当に私のもとに来てくださる♪♪

しかもシンガポール行きの切符をとった頃だったので
絵が間に合えば、
ガルチェン・リンポチェにシンガポールで開眼供養をしていただくことができます!


b0253075_20582733.jpgチベットの仏画、タンカは
仏さま方の色彩・印形・持ち物・まわりのご眷属など、
それはそれは厳密な決まりにのっとって描かれています。
ひとつでも間違えると、絵師は地獄に落ちると言われます。

絵が完成しても、そのままではまだ仏さまではありません。
仏さまの額・喉・胸にあたる部分の裏側に
3つの種字(おん・あー・ふーむ)を書き記さなければなりません。

さらに仕上げに
力のある僧に加持祈祷していただくことによって
絵の仏さまに魂が入ります。
これが開眼供養ですね。

私の注文したはじめてのタンカ、
大好きなクンツサンポさまに
ガルチェン・リンポチェの blessing をいただけるなら
これはもう priceless です!


b0253075_20595871.jpgさて、案の定というかなんというか
4月末に絵を受け取れるかもというお話だったのですが
もう少し時間をかけたい・・・ということで、完成が大幅に遅れました。

シンガポールに発つのは6月10日夜の飛行機。
ですが私も5月末から6月にかけてたいへん忙しくなり
行けるかどうかも危ぶまれる状態になりました。

これもご縁ですから、
シンガポールに行けなくて今回リンポチェとお会いできないのなら
私にはそれだけの福徳しかないということでしょうし、
行けたとしても、もし絵が間に合わないのならば、
それも、それだけの福徳だということなのでしょう・・・

と半ば腹をくくっておりましたら
結局どちらもギリギリで間に合いました(@_@)

なんと出発前日6月9日の夕方、
私はお葬式から神戸に戻るその途上、
黒服にショールといういでたちで
難波でMさんと落ち合って、無事に完成した絵を受け取ったのでした。
なんて thrilling なこと!


b0253075_2105283.jpg晩ご飯をご一緒しながらMさんは、
とっても大変だった時期に書き始めたこの絵を
完成できたことが、本当にうれしいです!とおっしゃいました。

思えば、Mさんのご妊娠中に注文させていただいたのです。
ここ何年かの彼女の人生の変転を
ずっとクンツサンポさまは見守っておられました。

この絵を注文して完成していただいたことが、
Mさんの絵師復帰のお役に立てたのなら、本当に良かったです!
Rejoice!
そのことが、絵が手に入ったこと以上にありがたいことだと思いました。


そうして出来立てほやほやのクンツサンポさまは
大切に大切に筒におさまって、
シンガポールへと飛びたったのでした♪
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by prem_ayako | 2015-06-17 20:54 | tibet | Comments(0)

チベット現代文学

昨年からぼつぼつ、現代のチベット文学
(チベット本土に住むチベット人によるチベット語で書かれた文学)
を、見つけ出しては買って読んでいます。

ダライラマ法王その他の僧侶による仏教関連の本を別にすれば、
巷に出ている最も一般的なチベット本は、旅行のガイドブックでしょう。

また、西洋人から見たチベットについての本なら
みなさまよくご存じの『セブン・イヤーズ・イン・チベット』 や
『ヒマラヤを越える子供たち』などがあります。

あるいは、亡命チベット人によって記されたものでは、
リンチェン・ドルマ・タリンの『チベットの娘』(中央公論新社)が
中国侵攻前のラサ貴族の暮らしを伝えてくれています。

しかし、今現在、チベット本土に住むチベット人が
どのように考えどのように生きているのか知ることのできる本は、
ツェリン・オーセルさんの『チベットの秘密』(集広舎)くらいしか
私は知りませんでした。
オーセルさんは、ご自身の思いを勇気をもって直截的に書かれるので
しばしば、自宅軟禁という憂き目にあっておられます。


一昨年の晩秋に京都・大谷大学で催された映画会
ペマ・ツェテン監督による『静かなるマニ石』を観に行ったとき、
会場で「セルニャ」なる雑誌(非売品)をいただきました。
それを読んで
チベットに現代文学が生きていること
何人もの小説家が、中国支配下のチベットで活躍しているということ、
それをコツコツ翻訳してくださっている日本人の研究チームがあるということを
知りました。

中心になっておられるのは、東京外大の星泉先生と
三浦順子さん、海老原志穂さんら「チベット文学研究会」のみなさんです。
この方たちがとても丁寧なよい仕事をしてくださるおかげで
辺境の地(日本の、しかも関西)にいても、
佳い本に次々と出合うことができるのです。
感謝~!

たぶん、今現在日本で手に入れることのできるチベット現代文学の本を
4冊とも私は読んでいると思うので、
(みなさまの興味関心にはおかまいなく・・・)
勝手にご紹介しちゃいます!


b0253075_20414044.jpgまず触れなければならないのは、
仏教文化の伝統を破って、はじめて口語表現をとりいれた人。
そして中国体制下の社会を、はじめて写実的に描いて小説とした人。
トンドゥプジャです。
あとにつづく若手作家たちにとっては、伝説的存在。
1953年に生まれ、1985年に自ら命を絶ちました。

『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』(勉誠出版)
短編集ですが、どの物語もエネルギーがすごいです・・・
語り口が洗練されているとは言えないけれど
そこがまた味になっていて
妙に印象深い本です。

b0253075_20424366.jpg次は、今たぶん、本土で最も成功しているチベット人の文化人、
映画監督でもあるペマ・ツェテン(1969~)の
『ティメー・クンデンを探して』(勉誠出版)
これも短編集ですが、なかなかおもしろかったです。
同名の映画も作られていて、東京では上映会もあったようですが
私はまだ観る機会をもてていません。

なぜかチベットの現代作家たちは、
ラサなどの中央部ではなく、
東の遊牧地域(アムド)出身の方が多いのです。
統制の目の、まだ少しは届きにくい地域に育ち、
まだ草原を自由に駆け回ることのできた子ども時代があったからこそ、
それが原体験となって、小説が書けるのかもしれません。

b0253075_20465092.jpgいちばん最近に出版されたのは、
やはりアムド出身タクブンジャ(1966~)の
『ハバ犬を育てる話』(東京外国語大学出版会)

これも奇妙におもしろかったです。
トンドゥプジャを引き継いでいるかのような、
ちょっと目まいがするような物語群。
私は、個人的に大好きなルーマニアのエリアーデの
幻想小説を思い出しました。


そして最後にご紹介するのは
ラシャムジャ(1977~)の『雪を待つ』(星泉訳・勉誠出版)

b0253075_20483045.jpg星先生が単独で翻訳された長編小説で
文句なく私のイチオシです!

帯にあるキャッチコピーが、

「ある雪の日、ぼくは文字と出会った」

どうです?このひとことだけで、
ぱぁ~っとチベットの風景が
目の前に広がるじゃありませんか!
(私だけ? ^_^;)


原題のチベット語は「チベットの子どもたち」なんですが、
これを「雪を待つ」と訳されたセンスは
もう素晴らしいとしか言いようがありません。
まさに Quantum Leap ですね。
まぁ読んでみてください、機会があれば。

前半は、1980年代のアムドの半農半牧の村の暮らしが
子どもの視点から生き生きと描かれています。

村の四つ辻にはケサル大王を物語る老人がおり、
穴のあいたズボンで走り回る少年や
ひとつの飴を取り合う幼なじみたちがいる。

小さな子どもをのみこんでしまう恐ろしい水場もあり
そういうところには、きっと魔ものが住んでいる。。。

遠い世界の話のはずなのに、なぜかよく知っている世界のような気がしてきます。

後半はうってかわって2000年代の都会。
成長したかつての幼なじみたちが
それぞれ思いもよらなかった人生の展開に失望しながらも、
でも故郷での再会を果たそうとします・・・

文学作品としても一級だと思います。
私選・今年の一冊です!(←何さま?笑)

小説という形でこそ表現できることが、確かにあるように思います。
チベット現代文学の作家たちは、したたかに
チベットの今を描いて
それはときには、中国語にも訳されているのです。

ラシャムジャがあとがきに

「今、私は息子の成長する環境に危惧を抱いている。私が子供の頃に経験したのと同じような暮らしを息子は繰り返すことはできないし、それはわれわれ民族にとっても同じだ。・・・(中略)・・・今は故郷を捨て去る時代である。私の息子が成長した時、私と同じように故郷、故郷といって懐かしむ場所も、振り返る場所もないだろう。息子は都会で生まれ、都会で育っていくからだ。しかし、故郷とは地理的な意味をもつ空間というだけではなく、われわれがつねに辿りつく場所でもある。」

と書いていますが

チベットの現実を考えると、
この文はたいへんな重みをもって胸に迫ってきます。
またさらに、この危機感は現代の日本の私たちにも重なるように思います。

チベットの作家たちは、こうして
チベットの危機を普遍化することに成功しているようです。

これからどうなっていくのか。
とうぶん目が離せません。
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by prem_ayako | 2015-05-22 21:00 | tibet | Comments(0)
<千駄ヶ谷慈母会館>

b0253075_21194760.jpg2日目と3日目の会場・慈母会館は、
千駄ヶ谷の駅から10分ばかり歩かなくてはならない場所でした。

近所まで行ったら、ちょうど道路工事中で
そこからの道が分からず途方にくれましたけど、
親切な道路工事のおじさんが道を指し示してくださいました。
ありがたい~この方も仏さまだったかもしれません。
ちゃんと間に合って、前の方の席に坐ることができました。

慈母会館でのお教えは、チュゥ(gcod)。
ミラレパより少し前のチベットの女性行者、
マチク・ラプドンが広めた修行法です。

説かれることの、わりとめずらしい教えのようで
遠方からの参加者がたくさんおられました。
私も、是非この教えを受けたいと、目当てにやってきたひとりです。

しかもお世話役さんは、定員を超えて受け付けをされたようで(^^;)
会場は、身動きできないほどぎゅうぎゅう詰めでした。
そこで丸2日かけて、尊いお教えを受けました。

チュゥは、顕教と密教の両方の心髄を備えているということで、
顕教では般若心経の流れ
密教ではマハームードラの流れ
を受け継いでいます。

なんともありがたいことに、
私は昨年と1昨年に、ガルチェン・リンポチェからマハームードラの教えを、
昨年はおひげリンポチェから、般若心経の教えをいただいています。

その都度、これはぜひとも参加しなければならないと感じて
駆り立てられるようにして学んできたご法話が
今、ひとつに結びつきました。。。(T_T)

私がここにこうしているのは
何かの因縁で決まっていたことなのでしょう。
その証拠に、ここで教えを受けるにあたって、
大きなJ先生をはじめ、道路工事のおじさんや、その他多くの人々が
無償で助けてくださいました。

ひとつひとつ、何を学んでいくかについても
ちゃんと道がついていたのでしょう。
私はただ、信じて歩いていきさえすれば
必要な教えが世界の側から訪れました。

もうこれ以上、いろいろなことを知る必要はない。
私は今生の終わるまで、この教えを正しく実践していこう。
堅くそう思いました。


昨年、ガルチェン・リンポチェからお名前をいただく少し前に
このおひげリンポチェからも私はお名前を頂戴しました。

ガルチェン・リンポチェにいただいたお名前があまりに立派だったので
おひげリンポチェにいただいたお名前のことをあまり大事にしていなかったのですが
(スミマセン!)
えらいもので、おひげリンポチェの御前に坐っていると、
その半ば忘れていた名前が、胸に浮かびます。

あぁ私はこの方の弟子でもあるのだ
それもまた決まったことであったのだ
この方にもついていこう、と
心に決めました。


ガルチェン・リンポチェは慈愛でもって
私の心を開いてくださいました。

一方、おひげリンポチェは力強く、
迷いから抜け出すための確実な智慧を与えてくださいます。

お2人の類い稀なる素晴らしいラマにお会いすることができて
今生の私は、本当に果報者です。

最後のおんまにぺめふむ唱和の際には、
あたま真っ白のまま
なぜか声がつまり、泣けました。

何が起こったのか、わからないままでいいと思います。
ただ、この一瞬が得がたい。
ただ、ありがたい。
それだけの感覚でした。

南無南無南無。


<東京駅>

毎度、チベット仏教の集まりでは、時間が読めません。

最終日の終了時刻は午後8時頃と聞いていましたけれども
それを信じて9時台の最終の新幹線を予約しちゃったりしたら
絶対に間に合わなくなるよ・・・と、私にはわかっておりました。

せっかくの教えの機会を最大限に生かすにはどうしたら?
ホテルにもう1泊して、翌朝の新幹線で帰るのが一番簡単なんですけど、高くつくしね。
それで、その夜遅くの夜行バスで、神戸に帰ることにしました。

これが私の今回の旅の、最後のハードルでした。
午後11時半に、ひとりで
東京駅近くの夜行バス集合場所までどうやって辿り着くか!?

教えを受けるまでは、諸仏諸菩薩が守ってくださいましたけど
受け終わってからは、お助けはないかもしれませぬ(笑)

・・・ま、初めてのことって、いくつになってもドキドキするものです。


ちょうど、10時過ぎの別の夜行バスに乗るというお友だちがおられたので、
ごいっしょに東京駅構内で軽く食事を済ませてお別れし、
いざ私の集合場所へ!

まず東京駅を、正しい出口から出るというところで、つまづきました(^^;)
八重洲北口がわからん!!
東京駅、工事してるし!
だんだん閉まる店が増えていくし!

いつもながら、自分の方向音痴ぶりには感心します。
でもね、たっぷり時間があるから、落ちついて迷っていて大丈夫!
( ↑ ヘンな自信)

かなり歩き回ってようやく見つけた八重洲北口から外に出て
プリントアウトしてきた「八重洲北口からの行き方」の写真を見つつ
小雨の中、ようやく、アヤシい雑居ビルのVIPラウンジにたどり着きました。

ラウンジは、ちょっとしょぼいけど
一応パウダールームや着替えのお部屋があるので便利です。

お湯でお化粧をすっきり落として
コンタクトレンズをはずして眼鏡にかえて、
ゆっくり本を読みながら、出発時刻を待つことができました。

あとは寝るだけ~
最後の難関もクリアです!(^^)!
諸仏諸菩薩、みなさまのご加護に感謝!!



b0253075_21234825.jpgあれから少し日が経って
少し印象が薄れてはきましたが、

まだ耳にはリンポチェのお声や太鼓や鐘の音が響き、
胸にはおんまにぺめふむの感動がうずまいておりまする。

ご法話のありがたさと感じとったことのありがたさと、
道中のおまぬけぶりとの乖離が、激しいのですけれど(^^;)

ほんとうに善き旅でした。
ナモナモ
合掌。
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by prem_ayako | 2014-12-15 11:01 | tibet | Comments(0)
東京で、
おひげリンポチェ(ラムキェン・ギャルポ・リンポチェ)にお会いして参りました。

今年は、4月にダライ・ラマ猊下にお会いした際、
思いがけず最前列だったことで、たぶん運を使い果たしまして(/_;)
ディクン・カギュのリンポチェ方にお会いすることが
今まで叶いませんでした。

娘の第二子出産が無事終わり
少し余裕ができて動けるようになった頃
うまいぐあいに、おひげリンポチェご来日の知らせが入りました。

何故か大きなJ先生は
おひげリンポチェとのご縁があまりおありではないようで
1年半ほど前の般若心経のご法話の時もでしたが、また今回も
私単独での東京行きとなりました。

前と同じく今回も。。。
超・方向音痴の私にはハードルの高いことばかり!
ご法話に参加する以前に
行って帰ってくるだけで、大冒険なのでございました。

教えの内容は口外してはいけないことになっておりますので
その周辺のことだけ、お話しします。
ありがたいながらも珍道中の顛末、
よろしければお付き合いくださいませ。

<新宿常円寺>

まず初日は、午後1時から8時半まで、
新宿の常円寺というところでグル・タクポの教えと灌頂をいただきました。

朝の新幹線で、いざ東京へ!
しかし、あぁ新宿、難しいですwww
新宿駅、広すぎ!!!
地下なのか地上なのかわからんし!

少々過保護のJ先生が
迷ったときのために方向磁石を貸してくださっていたのですが
そもそも会場案内の地図に方位が書いていませんでした(T_T)ので
あっち行きこっち行きして、ようやく目印の青梅街道を見つけ
それに沿って歩いてほとんど諦めかけたときに、不意に目的のお寺が現れました。

ここまでで、ほとんど体力使い果たしました(=_=)
でもそのおかげで(か?)
誰も知り合いのいない中、リンポチェがいらっしゃって
ご法話をお聞きしているとき、
ふいにある考えがわきました。。。


昨年ガルチェン・リンポチェのアミデワ(阿弥陀仏)リトリートに参加して以来、
私の周りの人々が、死後はみな極楽に生まれ変われますように
とお祈りしています。

 いとも得がたき無量光
 右に大悲の観世音
 左に大力大勢至
 無数の菩薩に囲まれて
 これぞ最勝安楽国
 名づけて極楽浄土なり
 われらが命の終るとき
 ただちにかの地に往生し
 親しく阿弥陀仏を見む

このイメージを、私なりにずっと思い描いてきたのですが

この日私は、艱難辛苦を乗り越えて(?)はるばるこの地に辿り着き、
親しくリンポチェとまみえることができました。
何かひとつ条件が異なっていたならば、
私はここには来れなかったかもしれません。

そしてリンポチェのお言葉は、通訳を通して私の耳に届きます。
異なる言語の仏さまのお言葉を
日本語に変えて伝えていただけることのありがたさ!

これがこのまま極楽浄土(デワチェン)ではないかしら?
デワチェンは、西方彼方にあるのでもなく、
この命を終えてから行くところでもなく、
実は仏法を説く方に巡り会い、そのお教えを理解できるとき
いつどこにでも、現れるものではないかしら?

b0253075_21144011.jpgそういえば、白隠和尚の和讃にも
「当所即ち蓮華国 この身即ち仏なり」
という言葉がありましたっけ。

そう考えると、
寒々しいお寺の地下室は、仏国土
リンポチェは阿弥陀さま
おつきの方々はみな菩薩のご眷属
法友の方々はみな、
極楽で仏さまのお教えを聞いている蓮華生
ではなかろうか(T_T)

合掌。


<秋葉原>

リンポチェご来日のスケジュール、
初日の会場は新宿、2日目と3日目は千駄ヶ谷ということで、
私は慣れぬ東京の路線図とにらめっっこして、
どこにホテルを取るべきか考えました。

で、新宿へも千駄ヶ谷へも中央線1本で出ることのできる
秋葉原の駅前にあるホテルを予約しました。

しかし、まぁ新宿ほどではありませんが
秋葉原の駅も広いですね!

少々過保護なJ先生は、6週連続で東京へパセージ・プラスに通われた際、
秋葉原駅構内の写メを撮って送ってくださいました。
「くれぐれも出口を間違えないようにね!」のお言葉を添えて。
このご注意は、決定的でしたね。
出口を間違えたら、私はホテルに行き着けず
秋葉原の電気街かどこかで路頭に迷っていたことと思います。
複雑な経路をたどって指定の出口に出て
ホテルの看板を見つけたときは心底ほっとしました~

まったく一つ一つ、たいへんだわ(^_^;)


そのホテルは、うれしい誤算で、
レディースフロアだったからかインターネット特典なのかよく分かりませんが、
とても居心地が良かったのです♪
東京のホテルですから、高くて狭いのは、いたしかたないとして

お部屋にアロマデフューザーがあって、フロントでアロマオイルを選ばせてもらえたり♪
シャワールームに、レインシャワーという装置がついていて
天井からお湯が降り注いで、かなり気持ちがよかったり♪
しかも全室にマッサージチェアが置いてあって使い放題だったり!

半日冷たい床に座り込んでいたので、
無料のマッサージチェアは至福でした~(^^)v

そしてさらに~
フロントで「お好きなだけお部屋にお持ちください」と置いてあった
紅茶やハーブティーや日本茶のティーバッグのうち
なにげに取った「Te Miel」(はちみつ紅茶)というのが
ものすご~く美味しかったり!
はちみつの甘みと極上の紅茶で、身も心もほどけていく感じでしたぁぁ

もう1個フロントに行って取ってこようかと一瞬思いましたが(笑)
あまりに貪欲だと考え直して・・・
空き袋を捨てないで持ち帰ることにしました。


家に帰ってから検索してみたら、この「はちみつ紅茶」、
ラクシュミという神戸の紅茶屋さんの売れ筋商品でした。
と、東京・秋葉原のホテルで神戸の紅茶・・・(@_@)
さっそく購入したのは言うまでもありません。


なんだか、たいへんなことの後には幸福があるみたいですが、
浄い心になっていたはずなのに、そのわりに、
けっこう物欲にまみれている気もいたします。。。

南無南無。
(つづく・・・)
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by prem_ayako | 2014-12-14 21:50 | tibet | Comments(0)

チュパ・ファッション

先週の土曜日は、高野山まで
チベット語のグループレッスンに行ってきました。

前のレッスンが6月初旬でしたから
ほぼ2ヶ月ぶりです。
その間に、レッスン仲間の
おひとりは法王のカーラチャクラ灌頂を受けにラダック(インド)へ
おひとりはニンマ派の修行のためにベルギーへ
行って帰ってこられました。
(私など、今年は海外へはどこにも行かず、おとなしいものです!)

あちらの話やこちらの話、
おみやげ話を披露していただきながら
楽しい時間を過ごしました。


高野山系の山の中、
和歌山県橋本市から、車で40分ほど山道を上がった
人のほんとうに少ない集落に
先生は住んでおられます。

まさに、日本のチベットかも・・・(^^)

じゅうぶん日帰りできますが、
南海電車の橋本駅まで、私の家からほぼ2時間かかりますから
時間的には、東京へ行って帰ってくるようなものですね。

この日は雨だったので、さすがに涼しかったです。
冬は、家の中に干した洗濯物が凍るのだそうです。。。

軒先の木々の葉を打つ
正しい雨の音を聞きながら
ツォンカパ大師の『菩提道次第集義』(小ラムリム)を読みました。

途中までは
正しくチベット仏教の経典を、
正しくチベット語で読むお勉強をしていたのですが・・・

お昼休憩のあと、
ベルギーでチュパ(チベットの民族服)を買い求められたお友だちのお話から
私もいつかチュパをあつらえたいものだとうっかり申しましたら、
先生が「もう着ないチュパがありますよ。化繊ですがもらっていただけます?」と
2枚のチュパを出してきてくださいました。

いえいえそんなぁ・・・と初めは遠慮していたんですけどぉ

すすめられて合わせてみると、
なんだかピッタリ!

ブラウスも出してきてくださったので
ついうっかり、着ていたサマーセーターを脱ぎ捨てて
(・・・ここらで何か意識が変容してしまったようで)
ブラウスとともに着てみたら

ほんとうにピッタリ!
というお友だちの勇気づけにすっかり気をよくしまして。

もうすっかり気分はファッションショーでございます。
ねぇどっちの色が似合うかしら?と私が尋ね
お友だちが、こっちじゃないかな? 私はこっちを着てみるね、と
異様な盛り上がりになりました。
b0253075_19565371.jpgいやはや、物欲ですw
でも楽しい!

エプロンまで揃えてつけていただいて
はい、できあがり~(^o^)
いかがでせうか?

なんとあつかましいことに
これら一式、まるごと
いただいて帰ってまいりました~
なんということでしょうね~
何しに行ったんでしょうね~
いやいや、チベット文化のお勉強にです(^^;)


チュパは、チベット女性の正装なんです。
いつの日か、再びガルチェン・リンポチェにお会いできる日がきたら、
それが日本でか
シンガポールでか
台湾でか、わかりませんが、
その日にきっと、これを着てお会いしようと思います!
それまで大切にとっておきます。

きっと、今生でもう一度・・・!
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by prem_ayako | 2014-08-05 20:17 | tibet | Comments(4)
やっと本題にたどりつきました(^^;)
でも、何を書けばいいんだろう?

瞑想は美しく、マントラを歌うのが中心で
最終日は、まるで昔のアスミのような一体感がありました。
僻地で最初から遠足気分だったせいでしょうか、
みなさん、すぐにうちとけて
私もいっぱい助けていただきました(^_^)

いろんなことがありましたが
特に印象に残ったことだけお話ししましょうか。
おタクな話になるかもしれませんが
お付き合いいただけるとうれしいです。

その壱)瞑想とは何か

初日に先生が、「瞑想とは、心をひとつの対象の上にとどめること」とおっしゃいました。
考えや感情は、私の外にあるもので、私ではありません。
これに振り回されていると、
どんなに善いことをしたつもりでも、私は嫌な人、迷惑な人のままです。
考えや感情の方に意識を向けないで、
(今回のワークでは)マントラや仏さまのイメージの上に心を置くこと。
そうすることで、自分の考えや感情から距離ができて
自分の外にある大きなものとふれあえるようになる、と教えていただきました。

そして、テキストを使って
祈祷文を唱えたり
マントラを歌ったり
仏さまのイメージをしたり、
そういう練習をしていったのですが

上の文脈でいくと、
瞑想は心を何かひとつの対象の上にとどめることですから、
心をとどめおく対象は、
マントラや仏さまのイメージでなくても、よいわけです。

スピリチュアル・ワークの間は、私もテキストに従って、
先生のご指示通りの方法で瞑想をさせていただきますが、
普段、家では
「おーん」で息を吸って
「あー」で息をおなかに貯めて(火を灯して)
「ふーむ」で息を吐く(火がちらちらと揺れる)
という練習をしております。

最終日に先生は、
ガルチェン・リンポチェのご本に書いてあることとして、
「呼吸(息)」と「ルン」と「意識」の3つについて、少し触れられました。
それによると、瞑想は「おなかのルンの上に意識を置くこと」だといいます。

ああ、そうなんだ~!
息とルンとが違うということは知っていたのですが、
実際にどう捉えれば瞑想がうまくいくのか、よく分からなかったのです。
要は、意識をひとつの対象に置くことなのだなと、
ようやくつながりました。

瞑想を実践するときって
(実践って言えるほどちゃんとやっているわけではありませんが)
ほんのちょっとのヒントが、とってもありがたいことがあります。

おかげさまで、その後
「息」を吸って、「ルン」がおなかに貯まった感じがしたら、
そこではじめて「息」を止めて、
「意識」をおなかに置く、ということがスムーズにできるようになりました。

ようやく「心一境想」という感じになって参りました。
いまさらです(^^;)


その弐)勝義菩提心と世俗菩提心

7月23日の補正項に先生が

世俗菩提心をおこした修行者は、仏の勝義菩提心を思い出すことで、決心をささえていただく。つまり、衆生と仏の共同作業として修行をしていく。衆生が決心(発願)しなければ、仏は衆生を助けることはできない。仏の助け(加持)がなければ衆生は修行を続けられない。

と書いておられます。
漢字、多いですね・・・
えーと、つまり・・・

私の起こす菩提心(他の人を幸福にしようと決心する心)なんて、あてになりません。
この身は、どうしたって煩悩にまみれています。
だから、仏さまのはたらきかけ(勝義菩提心)を感じながら
私の菩提心を維持していかねばならないのじゃ!
ということでしょうか。

ワークの中でこのお話を伺ったとき、
連想して私が思い出したのは、
昨年の6月に、おひげリンポチェからお聞きしたお言葉でした。

仏さまのお力は、太陽の光のようなもの。
私たちの信仰心は、レンズのようなもの。
太陽の光は一様に降り注いでいるけれども
信仰心というレンズを、太陽との間に置けば、光は強く一点に集まります。
それが仏さまの加持をいただくということです。
逆に言うと、信仰心がなければ、たくさんの力をいただくことは難しいのです。
と。

まずは、私には力がないということを謙虚に認めなくてはなりませんね。
そして、それでもなお、私がしなければならない、と強く決心することが
アドラー心理学的にも
大乗仏教的にも
求められていることなんですね。
だからこそ、私以外の大きな力をお借りするのですね。

仏教徒は、
他の「神」を信じる宗教の方たちと違って
受動的な面と能動的な面とを
とても微妙に・・・上手にバランスをとっていく必要があるように
ときどき感じます。

勝義菩提心と世俗菩提心のお話や
おひげリンポチェの喩えなどは
その精妙なところを、うまく言い表してくださっているように思います。

ほんとうにむずかしいと思いますw
片側に振れると傲慢になり
片側に振れると依存的になり
スピリチュアルな道って、どこまでも、綱渡りのようですね。
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by prem_ayako | 2014-08-01 19:02 | tibet | Comments(0)

中論のお勉強

私が神戸に引っ越す際に、
旧アドラーギルドにあった大きな本棚と
大きなJ先生ご所蔵の大量の仏教書とを
お預かりすることになりました。

手元にいつも置いておく必要はないけれど
何かのときの参考文献として必要かもしれない本、
あるいは処分してしまうには惜しい本、
もう売られていない稀少本、などだそうです。

むつかしそう~な分厚い本ばかりで、
まるで図書館の「哲学」「宗教」の棚を
うちの事務室に持ってきたかのようです。

例をあげれば
『講座・大乗仏教』
『國譯大藏経』
『インド仏教』
『ニーチェ全集』
『仏教教理研究』
などなど・・・

眺めるばかりで手がでませんが、
宝に囲まれているような幸福感は、あります。
(うちの本棚は宝の蔵)って感じ。
・・・わりと、持ち腐れでございますが。

でもね、
ダライ・ラマ法王もちゃんとお勉強しなさい、とおっしゃってたことだし
せっかくだから手始めに、『中論』を読んでみることにしました。

なぜ『中論』かっていうと
たぶん仏教論理学における基本テキストで
「空」について理解しようとするなら、
これを読んでないとあかんみたいだからです・・・(アバウト)

『中論』は2~3世紀に龍樹菩薩(ナーガルジュナ)によって書かれました。
龍樹さんはもちろんインドの人なので、
原題は Mulamadhyamakakarika(ムーラマディヤマカ・カーリカー)といいます。
早い時期、これに青目(ピンガラ)さんというインド人が注釈をつけて
5世紀にまたそれを、漢の鳩摩羅什(くまらじゅう)さんが漢訳し、
「青目釈・鳩摩羅什訳・中論」が日本に伝わりました。
以来、日本では一般に『中論』と呼ばれます。
チベット仏教徒、特にゲルク派必読の書です(たぶん)。

ウィキによると
「本文は論書というよりは、その摘要を非常に簡潔にまとめた27章の偈頌からなる詩文形式であり、注釈なしでは容易に理解できない」そうで、
青目釈(しょうもくしゃく)以外にもさまざまな注釈が書かれてきました。

たとえば『入中論』はチャンドラキルティー(6~7世紀)による『中論』の解説で
これもまた難解なことで超有名です。
中観派の一般教養みたいけど
あ~んなに分厚い本、私には読み通せるとは思えません(絶対寝る)

でも、『中論』そのものなら読んでみたいなと思いました。
愚考するに、賢い人の注釈がつけばつくほど
よけいに難しくなるのではないかしら。
理解できなくても
龍樹さんの生のお声を聞いてみたいなと思うのでした。

そこでJ先生の本棚から貸していただいたのが
三枝充悳(さいぐさみつよし)という仏教学者の書かれた
『中論』上中下3冊セット(第三文明社 レグルス文庫159)。
これなら持ち運んで電車の中で読めます(^^)

b0253075_13463557.jpg右ページには青目釈の漢文書き下し文。
左ページには龍樹菩薩のテキストを、
ご丁寧なことに、鳩摩羅什訳漢文・サンスクリット語原文・日本語訳
という順で3つ並べて載せてあります。

ふにゃふにゃ。
いやこれがね
わりと、オタクに面白いんですよ。

たとえば第2章の第1節。
漢文書き下し文:
巳去は去有ること無し 未去も亦た去無し
巳去と未去とを離れて 去時も亦た去無し

漢文:
巳去無有去 未去亦無去
離巳去未去 去時亦無去

日本文:
まず第一に、すでに去った[もの]は去らない。[つぎに]、まだ去らない[もの]も去らない。すでに去った[もの]とまだ去らない[もの]とを離れて、現に去りつつある[もの]は去らない。

わっけわからん!(爆)
けどおもしろい
と私は思うのですが、みなさまはいかがでせうか?

わけわからんままに、さらに宝の山の中から
今度は全テキストの英訳本を見つけました。
Nagarjuna: A Translation of his Mulamadhyamakakarika with an Introductory Essay (Tokyo, The Hokuseido Press, 1970)
これも稀少本じゃないでしょうか。

上の偈を英語訳と照らしてみると・・・
Indeed, that which has transpired does not come to pass nor does that which has not transpired. Separated from these (gatagata), the present passing away cannot be known.

やっぱりわけわからないけど
英語では「去る」を、transpire と pass away とに使い分けてるのね、とか
こっちの方が時制がはっきりするわね、とか
最後は cannot pass away でなく cannot be known になるんだぁとか
妙なところに感動するのでした。


つらつら読み進むに、
これって要するに論理の組み立て方の問題で
「この場合はない」「その場合もない」「この場合とその場合でない場合もない」
と何でもかんでもどんどん否定していって
故に最後は sunyata 「空」なのじゃ~って結論になるみたいなのであります。
(めっちゃアバウト)

ああ、これが
帰謬論証法とかいうやつなんだなと
どこかで聞いた言葉を思い出したのでした。
こーいう理屈でチベットのお坊さま方は
お寺の中庭で手を叩いてディベートしていらっしゃるのね。

いくら読んだって
私にはこの論法は身につきませんし(無理っ)
しかも、どうもなんだか屁理屈にきこえなくもないのですが
きっと、大事なことなんでしょうね~

もう17章まで読んだので、半分ぐらいまできました。
最後まで読んだら何かもうちょい分かるかもしれませんので
期待して
もうしばらく、格闘してみます(^^;)
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by prem_ayako | 2014-05-24 14:04 | tibet | Comments(0)

梵恩舎

高野山にあるお店は限られていますから
まあ、うろうろしていたら
どこに郵便局があって
どこに本屋さんがあって
どこでおいしそうなお饅頭を売っているかなど
すぐに把握できるのですけど

メインストリート(要はバス道)沿いにある
カフェギャラリー「梵恩舎」も、
高野山に泊まったことのある人なら、
あぁあそこね、とわかるようなお店です。

b0253075_1139745.jpg前来たときは、ネパールの画家さんの展覧会をやっていて
ふらふら入って
サインまでしてもらったのでした。

今回は、宿坊のすぐそばだったので
何度も立ち寄りました。

タンカ絵師でもある私のチベット語の先生は
今、高野山に住んでおられます。
法王のご来日に合わせて、1枚だけ、
このお店に絵を展示すると伺っていましたので
その絵を見に行くという目的もありました。

お知り合いを誘って見に行くと
間近にタンカを見るのが初めてという方たちは
あまりの美しさ
細かさ
芸術性の高さに
深く感動されて
なかなか絵の前からはなれませんでした。

「あやこさん、あなたこの絵を買うべきよ!」
と、お姉さまに強力に薦められたりもしましたが、
いやいや、
私は他の仏さまのタンカをすでに注文しておるのです。
あとは先生の絵筆が進むのをを待つだけです・・・。


山を下りる日も、
帰りのバスまでの待ち時間、
大きなJ先生と、再び梵恩舎に行きました。

あいにく混んでいたので相席をと言われまして
座ったテーブルでは、
3人の男の人が英語で
仏教をめぐって、なにやら熱く語っていました。

観察するに
主に話しているのは大きな体躯の壮年の外国人。
もうひとりの外国人は、若くてドイツ語なまり。
もうひとりは30代の日本人で、
どうやら大きな壮年の外人に
議論をふっかけて(?)逆に形勢不利に陥っている様子です。

というか、そもそも議論になってないみたい。
大きな外人さんが一方的に仏教の専門用語で語っていて、
日本のお兄ちゃんは、英語はしゃべれるものの
専門語、哲学用語についていけていないように見えました。

否応なく耳に入ってくる話を聞いていると、
この大きな外国の人の
筋道だった話し方や
仏教理解の正確さ・・・
ちょっとただ者ではない感じです。

私がここ数年チベット仏教の本を読んでやっとこさ到達した
空や縁起についての理論を
正確な言葉で整然と語っておられるのです。
(いや、あなた外人でしょ。すごくない?)
どこでお勉強なさったのかなぁ?
英語の文献で仏教を学んだら
こんなにシンプルに理解できるものなのかしら。

一面識もない方、
たまたま相席になっただけの方ですが
だんだん彼の話に引き込まれていきました。

空についてが話のテーマのようなのですが、
日本のお兄ちゃんはとんちんかんな返答ばかりしています。
たぶん困って、放免してもらいたがっているのでしょうが
そう言わない限り、外人は絶対に許してくれませぬ。
あきらめず理解に到達しようとするのは
彼らのストレンクスですね。

「よし、じゃあこのことについては君はどう思う?
 人間はなぜ苦しむのか?」
と、新たな問いをたててこられましたが
お兄ちゃんがあまりに要領を得ないので
思わず、私、横から口をはさんでしまいました(^^;)
「それは、私たちが自分に執着しているからじゃないかしら?」って。

b0253075_128548.jpg壮年の外人、喜んで
「そうそう、煩悩だ。
 しかし煩悩と言ってしまうと
 話はそれで終わってしまうだろ?]

そして結局、大きなJ先生も加わって(^^)
その相席した5人みんなで会話をしたのでした~

その間、よくよく観察すると
この大きな壮年の外人、フリースにチノパンという出で立ちですが
頭は坊主でおられます。
え?ひょっとしてお坊さん?

ひと段落ついたところで
Are you a monk?と尋ねてみると
やはり、そうでした。
しかも、法王の灌頂のために高野山を訪れた仏教徒ではなくて、
なんと真言宗徒で
このお山で13年僧侶をやっておられる方だったのです。

あーそりゃプロだわ(笑)

日本人のお兄ちゃん曰く、
「13年って聞いたので教えてもらおうと思ったんだ・・・」

大きなJ先生がおっしゃるには、
チベット仏教のカギュ派と日本仏教の真言宗派とは
思想的にたいへん近いところにある
ということです。

どうりで。
私(チベット仏教徒)の仏教理解と
この方(真言宗徒)の空や縁起についての理解とが
ほぼ一致していたのは、そういういわけだったのですね。


日本のお兄ちゃんの仏教理解が
日本人一般のレベルだとしたら
(と言っても、3年前の私よりはまだずっとましなのですよ)
それは、日本の僧団が
仏教をきちんと人々に伝えていないということです。

日本の僧侶集団はひょっとしたら
檀家とのおつきあいに忙しすぎるのかもしれませんが・・・
サンガ(僧団)がちゃんと機能していないというのは
困ったことですね。



法王は、いつもどんなときもお話の中で、
「しっかり勉強しなさい。
 瞑想だけやっていてはいけません。
 師が言ったからといって鵜呑みにしてはいけません。
 納得いくまで自分で読んで考えて、身につけるのです」
とおっしゃいます。
再三再四、おっしゃいます。

梵恩舎で上のような体験をしたこと、
そして法王のお近くにまみえることができたこと。
これらの意味を考えるに

仏教のことをきちんとお勉強しなさい。

って言われているような気がしてきました。
うっとり系好みの私としましては
あまり有り難くないメッセージです。。。


2年半前に法王にお会いしてから
ともかく何にもわからなかったので
手当たり次第、手に入るチベット仏教の本を読みました。
そのあと、ガルチェン・リンポチェにお会いしてからは
手探りだったのが、ぎゅーんと一点集中して
わりと意固地に、リンポチェから直接お聞きしたお話だけ
特化してお勉強してきました。

そろそろ、また少し視野を広げて
大乗仏教の基本的なことを学んでみるのもいいんじゃないかな・・・と
高野山から帰って以来、考えています。
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by prem_ayako | 2014-04-24 12:18 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako