アードラーの夢

ayakoadler.exblog.jp

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

カテゴリ:travel( 34 )

Singapore

ホテルは Mount Emily という小高い丘のてっぺんにあり、
機能的で、reasonable price でした。
シンガポールのホテルはけっこうお高いので
連泊するにあたり、このパッケージは助かりました。

シャンプー・リンスやドライヤーはなかったし
タオルも毎日は替えてもらえませんでしたが、
宿泊客専用のPCスペースがあって、
そこは24時間いつでも使えるし、
無料でコーヒー・紅茶・ホットウォーターがもらえるのです。
これはありがたかったなあ~
私は冷え予防に、毎日、水筒にお湯を入れて持ち歩きました。


そもそもなんで私はシンガポールに来ているかというと
チベット語しかお話しにならないガルチェン・リンポチェにお会いするには、
せめて英語通訳のあるところでないと!と思って探し当てたのが、この
The 3rd 100 Million AMIDEWA Recitation Retreat
 第3回    1億回   阿弥陀真言唱和   瞑想会
だったわけです。

これは、どうやら木曜日から日曜日まで4日間、
ひたすら阿弥陀仏真言を繰り返すものみたいです。
い、1億回?・・・(^^;)

ともかく朝9時から夜の9時半まで、会場に座っているのですから
冷房対策は必須です。
(冷え性の私としては、命がけともいう)

長袖と長ズボン、靴下、その上に
上半身にはウールの大判ショールを巻き、
下半身はユ○クロのミニの中綿入り巻きスカートを
あるときは座布団に、あるときは腰に巻き、あるときは膝掛けにしました。
荷物は多くなりましたが、
おかげで、私めは風邪を引きませんでした~(^^)

外は暑いし湿気が多いので冷房は必要なんですが、
ホテルの部屋のエアコンの設定温度が
いつも自動的に22℃になるのには参りました。
そのたびにぐぐっと、寝るときは30℃ぐらいまで、上げていましたけど。


水曜の夕方は前夜祭として Vajrapani の灌頂があります。
その翌日からリトリートに突入ですから、
それまで、少しばかりシンガポール観光をしておくことにしました。
大きなJ先生はシンガポール2度目だそうですが、
私は初めてです。

シンガポールは、マレー半島先端の都市、交通の要所、
マレーシアには属さないで独立した共和国です。
人種的には、中国人が一番多く、あとマレー人とインド人。
公用語は英語、マレー語、標準中国語、タミル語の4つ。
3つの文化が共存していますが、
政治経済を握っているのは、もちろん中国人です。

観光写真でよく見かけるのは、市中心部の近代的な高層ビル郡と
ベイエリアの、奇妙な未来都市風建築物です。

b0253075_23243718.jpgこういうのにはあまり興味がわかないし
どうせリトリートの会場は
ベイエリアのまっただ中なので
せっかくだから、
いろんな文化の入り込んでいるところ、
インド街やアラブ街に行ってみたいと思いました。

ホテルの最寄り駅は Little India。
Mt.Emily から、だらだらと坂を下れば10分ほどで着きます。
大統領の私邸や私立の学校、教会などのある閑静な界隈を抜けて
その街に入るやいなや、
b0253075_23462172.jpg様相が一変しました。

喧噪!
匂い~
サリーやパンジャビ。
金商人。
肌と目と髪の黒い大勢の人たち。
そしてすれ違うのも難しいような狭い道に
大きなゴミ箱、あふれかえる果物や野菜、
売っているのやらいないのやら分からない、積み上がった品物。
(写真は、ちょっと落ち着いた所に出てから撮ったものです。
 ほんとうのただ中にいるときは、カメラなんて出す余裕なかったデス・・・)

J先生は、「どうですか!まるでプーナやムンバイのようじゃないですか!」と
ひどくお喜びで、どんどん先へ先へと歩いて行かれるのですが
いや、私、プーナもムンバイも知らないんですけど。。。

b0253075_23501516.jpgインド文化初体験者としましては
なんだか人との距離が近すぎるように私には感じられて
リュックをしっかりと前に抱き、
緊張して先生の後を追っていたのでした。

ちょっとしんどかった(^^;)

疲れた顔をしていたのでしょう、
MRT(地下鉄)でオーチャード・ロードに出て紅茶でも飲もうと
先生が提案してくださいました。

それでインド街を脱け出て、
まるで六本木か原宿かというような消費文明のまっただ中に移動して
チョコレートケーキとさくらんぼフレーバーの紅茶で癒やされたのでした。
ごめんなさい、私は軟弱ですw

リトル・インディアごときでこれでは
ほんとのインド国には、一生行けないかもぉ orz

このディープな面と
清潔でモダンで機能的な面とが
共存しているのが、シンガポール!なんですねぇ。


b0253075_23504993.jpgその後、チャイナタウンやアラブ街も訪れ、
リトリート中にいろんな方とお会いもし、
だんだん、この街の、人と人との距離感に慣れてきました。
・・・やっぱりけっこう近いです(笑)

でも、最初の日に感じたしんどさは、
だいぶんましになりました。

帰国の前日にリトル・インディアを再訪したら
ほとんど緊張しないで、すたすた歩いて
何軒かのお店に入ってお買い物もできました。
慣れるのに数日かかったわけです。

初日に最もディープなとこに連れていかれた、
あれはショック療法だったのかな~?(^^)
[PR]
by prem_ayako | 2013-09-07 00:20 | travel | Comments(1)

会津若松

b0253075_1953971.jpgスピリチュアル・ワークのあと、
会津若松に寄り道しました。

戊辰戦争で会津藩はたいへんな目にあっています。
新政府軍が攻めてきたとき、
力尽きて飯盛山で自決した白虎隊は有名ですが、
城下では、たくさんの婦女子が自刃しました。。。
降伏した後は領地を奪われ、斗南(となみ)藩(青森県東部)に移住させられ
あまりの寒さと飢えで亡くなった方が多かったといいます。

以前、柴五郎大佐の伝記を読んで
この時代の会津の方々のご苦労に驚いたことがあります。
学校の歴史では、あまり詳しく教えていないですね。
でも靖国の遊就館には、
戊辰戦争の犠牲者もお祀りしてあります。

また会津には、武士の子が十歳になったら必ず入る日新館という藩校があり
そこの少年教育はすばらしかったようです。
素読はもちろん、剣術、弓術、馬術、槍術、砲術、
なんとプールでの水練まであったそうです。
柴五郎大佐も日新館にあがる前、
近所の子弟と集団で学んだと書いてありました。


さて磐梯熱海駅から郡山と反対方面に快速で1時間ほど、
会津若松駅に着いたら、
なにやら大きなポスターが、あちらこちらに貼ってありました。

八重の桜とか。

あー、私も先生も、テレビを見ないので
まったく知らなかったのですけど(恥)
NHKの大河ドラマって、今年はここが舞台みたいっすね。
八重って誰?
知らな~い。
(コモンセンスの甚だしい欠如・・・)

しかしキャッチコピー「ならぬことはならぬものです」は、
「什の掟(じゅうのおきて)」からとった言葉ですよ。
『よみがえる 日新館童子訓』という冊子を買いましたので、
そこから引用しますね。

会津藩幼年者 什の掟

 これは藩校日新館に入学する前の遊び仲間(六才~九才)が毎日午後の集合遊びの前に話し合う自治的な定めで制裁もある。十才の日新館入学後の日新館童子訓による学校教育の前提となるもの。

一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ。
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ。
三、嘘言を言ふことはなりませぬ。
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ。
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ。
六、戸外で物を食へてはなりませぬ。
七、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ。
ならぬことはならぬものです。


あーこの言葉が、多くの人の口の端にのぼり
日本人の意識を少しでも変えてくれるならいいですねえ。

b0253075_1993588.jpg

会津若松は、緑の深い美しい町でした。
戊辰戦争で焼け野原になった後に建てられた
明治風の洋館がたくさん残っています。
それらはおしゃれなレストランやアンティークショップになり。
格子窓の日本家屋は、造り酒屋や
手描きろうそくのお店として、そのまま使われています。

駅前は賑やかで、ビルやホテルが並んでいますが、
少し外れると、高いビルはほとんどありません。

ぶらぶら歩くと、入ってみたいお店が、あそこにも、ここにもあります。
田舎だと思っていたら、とんでもない!!
たまたま入ったイタリアンレストランでは
フォカッチャもコーヒーも、
大阪・北浜のパン屋さんよりもおいしいぐらいでした(^o^)

b0253075_1914978.jpg中心部をはずれると、広々と、
風が吹き渡ります。

乗り放題の周遊バス券をゲットして
急ぎ足で会津若松城(鶴が城)
会津武家屋敷
お薬園(おやくえん)
を見て回りました。


武家屋敷は、幕末の家老西郷頼母(たのも)の屋敷を忠実に再現したもので
なかなか見応えがありました。

でも私がいちばん気に入ったのは、お薬園。
会津藩主松平氏の別荘だったそうです。
蓮池もちょうど見頃で
お茶室に入ってお抹茶をいただきました。

こういう土地の暮らしこそ、「文化」といえるのではないでしょうか。
どこも同じような看板ばかりが並ぶたいがいの地方都市と、
ここは一線を画しているように感じました。

明治の廃藩置県の際に、若松ではなく福島を県庁所在地にしたのは
当時の明治政府(薩長)の嫌がらせだったそうですが、
b0253075_19161962.jpgおかげで会津若松には新幹線も通らず
美しいままで残ることができたのですね。

老後は私、こんな町に住みたいなあ~と
たぶん実現することはないでしょうけど、
漠然と思うほど、気に入ってしまったのでした(^^)

お城やお屋敷などを見て回って感じるのは
会津の人たちは、とても会津のことが好きで
会津に誇りをもっておられるのだなあということです。

維新のときに弾圧され冷遇されたので、
なんとしても名誉を回復しようとしたのでしょう。
西南戦争で抜刀隊として戦ったのは、かつての会津藩士たちですし、
柴五郎、山川健次郎、山本覚馬、野口英世、新島八重、大山捨松
など、郷土の英雄がほんとうにたくさんいるのです。

自分の国を愛する土台となるのは、
やっぱり教育なんですね~
んー自分の国を愛することを教えない日本の現状、
なんとかしなくては。。。

b0253075_19124659.jpg

[PR]
by prem_ayako | 2013-07-19 16:37 | travel | Comments(0)

脱・方向音痴

実は私、知る人ぞ知る、ものすごい方向音痴です。

うん十年生きてきて今さらなんですが、
なにせ趣味も特殊ですし、
ひとりでウロウロせざるをえないことが
近頃とみに増えて参りましたゆえ、
これはなんとかしなければねえ
と思うようになりました。

それで、少しずつですが
ひとりでお外へ(笑)行くようにしています。

ぽつりぽつりと成功体験も起こるようになってきましたので
こういうときこそ、自己勇気づけをしなくては!

というわけで、
まずは京都でのお話。

京都アドラーグループさん主催の催し物は、先々週でした。
その日曜日まで京都市美術館で「リヒテンシュタイン」展をやっていたので
土曜日は、美術展に
日曜日は、アドラーの公開カウンセリングに、行くことにしました。

美術館へは、阪急河原町駅からバスで行きました。
土曜の昼の京都・・・特に河原町はものすご~い人で
お客が団子になってバス待ちをしている状態だったのですが
がんばって正しい系統のバスを選び(これはかなり難しい作業でした)
迷わず目的地に着きました(これはたいへん珍しい出来事です)。

ルーベンスやヴァン・ダイクで目の保養をしたあと
その日のホテルまでどうやったらたどり着けるのか
美術館のベンチに座って地図をながめ、
じっくり考えました(これは私にしては、たいへん珍しい行動です)。

そして、どうやらタクシーを使わなくても
10分ほど歩いて駅に出て、そこから地下鉄を使えばよいことがわかりました。
地図によると、まず南へ、それから西へと歩きます。

京都の碁盤の目のような道は
どこも同じに見えて、私はずっと苦手だったのですけれど
今回、通りの「名前」をチェックしながら歩いてみたら
すごく便利で、迷いようがなかったです。
今まで何をしていたんだろう、私・・・
視覚に頼りすぎて、聴覚情報をないがしろにしていたのかもしれません~

地下鉄に乗って降りて、
それからホテルまでも迷うことなく、
なんだか、ものすごぉく自信をつけました(^_^)

自信をつけた私は、ホテルで少し休憩してから、
ぶらぶらとアドラーの会場まで歩いて行ってみることにしました。
地図にあるとおりに、六角通(東西)を東へ向かって
西から順に東洞院通、高倉通、堺町通を越えると
ちゃんと柳馬場通沿いに、会場がありました。

おお~すごい!地図のとおりです!(当たり前)
やっぱり今まで、名称の確認を怠っていたみたい。
(今頃知るか。。。)


そして先週は東京です!
こっちはもっと難易度高かったけど、がんばってきました!

まず、大阪難波の夜行バス集合場所(アヤシイ雑居ビルの中)まで、
夜の10時に行かなければなりません。
品行方正なおばさんとしては、これだけでもドキドキです。
難波の出口番号を書いたメモを握りしめ、
人通り少ない地下道を通り抜けて、
なんとか成功。

一晩バスの中で過ごし、起きたら新宿西口付近です。
(右も左も分かりませ~ん!)
お化粧のできる「ラウンジ」を使いたい者は
バスのお兄さんの後について、
またまたアヤシイ、とある雑居ビルに案内してもらうのです。
お兄さんを見失っては一巻の終わりなので、必死についていきましたとも。

身支度を済ませ、ロビーの椅子に座って落ち着いて
新宿駅までの道筋と、そこからの乗り換えを確認しました。
(経験から学んでいます)

いや、5分ほどの道なんですけどね、
ここで油断すると、ビルから出たとたんに方向を見失って、
駅と正反対にどんどん歩いていってしまうとか、
そういう信じられない事態が、私には多分に起こり得るのです。

たぶん体の中に方位磁石がないのでしょーね。
自慢じゃありませんが、容易に逆方向に進むことができますの。

しかし今回も、地図の指示通りに歩くと、
ちゃぁんと新宿駅が見えてきました(すごいぞ私)。

最後の試練は、電車の乗り換えです。

護国寺に9時半に着かなければならないので
迷っている時間はあまりありません。
新宿から護国寺まで、いろんなルートがあるけれど、
まずJR・中央総武線、それから飯田橋で東京メトロに乗り換えるという
最もわかりやすそうなルートに決めて来ていました。

事前の下調べが大事ということも、だんだん学んできたのです~
(今までどんだけ行き当たりばったりだったわけ?・・・)

ちょっと問題ありだったのは、飯田橋でした。
・・・ここでの乗り換えの道が異様に長かったデス。。。
こんなもんなんでしょうか・・・?
それとも私は、ひょっとしたら間違った出口から回ってしまったのか?

真相は未だに分かりませんが、
まあ、遠回りしても、迷うよりはましです。
なんとか乗り換えにも成功して
ちゃんと目的地の護国寺に着きました!

実はかなり、ぜえぜえぜえ。。。(^^;)


帰りも全く迷うことなく
しかも、ちゃんとJR飯田橋のみどりの窓口で新幹線の座席を取って
(こうすると飯田橋ー東京間の切符代がいらない)
普通にお利口に動いておりましたが
なんだかずぅっと緊張していたみたいで

新幹線が京都に近づいたあたりから、
ようやくアウェー感が消えて体がゆるみ始めました。
ふぅ・・・やったゾ!

要するに、
事前に下調べして情報を持っておくこと
自分の勘よりも情報を信じて動くこと
面倒でも立ち止まって確認すること
これらに留意しておれば、大きな間違いは起こらないみたいデスね。
あ、ご存知でしたか
これは共通感覚でしたか
失礼しました(^^;)
[PR]
by prem_ayako | 2013-06-20 00:12 | travel | Comments(4)

桃源郷

最後の上りに取り組む前、
美しい流れに架かる小さな橋を渡ったところで
少し休息しました。

雑木林の中
ウグイスの声だけが聞こえて
静かです。

尾根に出るまでの次の登りは、おそらく最もきつい坂でしょう。
少し休んだら、また歩き出さなくてはなりません。
いつもなら、いやだなあとか
私に歩けるだろうか?とか
あとどのくらいで着くのだろう?とか
頭の中をいろんな考えがブンブン回るのですが

でも、もうこのときは
未来への不安や恐れなど
マイナス感情は全くなくなっていました。

ただ、この時この場所に、私はいました。
意識がとどまっていました。

ああ、この時この場所で感じたことを
どう表現すればいいのでしょう!

雑木林の中、
ウグイスの声だけがして
風が吹いて
木の葉が鳴って

過去を思ったわけではありませんが
過去から今までの時間の流れの意味が
見通せたような気がしました。
ここ以外の場所を考えたわけではありませんが
ここ以外のさまざまな場所と今この場所に私が居ることとの関係が
分かったような気がしました。

ただその場にいて
道ばたに腰を下ろして
私は幸せでした。

ヒエロファニー(聖体示現)という言葉を知ってはいますが、
そう呼ぶことにはためらいがあります。
また、仏教でいう法身顕現とも少し違う気がします。
何かが現れ出でたわけではないからです。

ただ、マインドが完全に停止して
時間と空間が交差するまさにその一点に、
とどまっていた、というほかありません。

それは、一生忘れられないだろうと思うほど
とてもとてもありがたい体験でした。


夕方、予定より早く山の上の宿坊に着きました。
全身がギシギシいっています。
お風呂に入っておいしい精進料理をいただき
夜は8時ぐらいから爆睡しました(^o^)


翌日、山を下りる坂の途中に
桃源郷がありました。

b0253075_1524467.jpg

この時この場に居合わせることができたという奇跡。

b0253075_1516615.jpg

光も花も、最高です。

b0253075_157379.jpg

実はいつもいつも奇跡は起こっているのではないでしょうか。
時間と空間が交わるこの一瞬に
私が世界の中に存在していることは、いつだって奇跡です。


あぁひょっとしたら、昨日私がかいま見たのは
縁起の法則だったのかもしれません。
因と縁によってすべてのものが生起しているということ・・・
法身とか仏性とか如来蔵とかいろんな言い方があるようですが

この世界を美しく調えているものは
すべてのものが関わり合い生じさせ合っているという
縁起、
ただそれだけではないかしら?

b0253075_1561553.jpg

この目に映る美しい景色をすべて
仏さまに献げます。
おんまにぺめふむ
[PR]
by prem_ayako | 2013-03-27 21:47 | travel | Comments(2)

色即是空

お友だちに誘われて
徳島の山の中へ行ってきました。

とりとめのないお話ですが、
よろしければおつきあいください。


行きの高速バスの中で、
Garchen Rinpoche の般若心経の Commentary を読みました。
英語なのですが、こういうものは漢字だらけのものを読むよりも
英語だからこそまだ少しは分かりやすい・・・ということがあります。

Form is emptiness

形あるもの全て(=色)は、それ自体としては空(=空性)である
(太字は私訳)
この世の事象は何一つとして、そのものだけでは存在していません。
花も花瓶も、太陽や水や、作り手や素材がなくては成り立ちません。
それを「自性がない=空性」といいます。
確固としたもののように思える「自分」も、また同じです。

Emptiness is form

それ自体として空であるからこそ、全てのものが形をもって現れ出る
ここが難しいのですが、is はむしろ brings out ではないかしら。
因と縁によって、そのときそのとき、
形あるものが生じては消えていくのではないかしら。
だから全てが無常で、
瞬間瞬間の生滅が、絶え間なく繰りされているのではないかしら。
ひょっとしたら時間って非連続なのではないかしら。
縁起・空性・無常は、すべて同じことを言っているのではないかしら。

などと考えておりました。


で、まずは11番札所の藤井寺へお詣りし、
そこから12番の焼山寺へと向かいました。

焼山寺。
おそらく阿波一国の中で
もっともきびしい立地に建つ札所でしょう。
3,4年前にヨランタたちといっしょに登った
20番鶴林寺・21番太龍寺と同じぐらいか、
あるいはさらなる難所と言われます。

高度は700mほどでそう高くありませんが、
登り下りを繰り返さないと山の上の宿坊に着きません。
「遍路ころがし」と呼ばれる急坂が6つもあります。

ずっとずっと以前、
まだアドラーギルドでブリガードという野外ワークのあった頃、
ある春のお遍路に初めて参加して、1番から11番まで歩きました。
私はその頃ひどい貧血で
ちょっとした坂や階段でも、すぐに息を切らしていましたので、
翌年の春、この12番焼山寺へのコースがあったのを
とてもじゃないけれど無理だと思って参加しませんでした。
残念ながら、それが最後のブリガードだったんです。

その後に子宮筋腫をとったので貧血も治り、
かよわい(?)奥さんだったのが、
いまや健康なオバサンになりましたんで(笑)
満を持して、登ります。

それでもグループで行くのは、やっぱり無理だったかもしれません。
今回は個人で行きましたので
足弱の私のペースに合わせてもらって、
ゆっくりゆっくり登ることができたのです。



よじ登るぐらいの急坂が続きます。。。
特に歩き始めが、きついです。
お遍路杖を両手で持って、
それを支えに、やっとこさ身体を持ち上げます。
鶴林寺や太龍寺への山道も、ここまで大変ではなかったです。
正直いやんなりますが(-_-)
それでも少しずつは進みます。

・・・そのうちに
ただ、次の足をどこに置くか
急斜面のどこに杖をつくか
それだけしか考えないようになりました。

そして身体が少し持ち上がったら
また次の足をどの石の上に置くか
次の杖をどこにつくか
意識が、それだけに向かうようになりました。

そうしていると、
なんということでしょう、あんなに苦しかったのに、
気がつくと、まるで永遠に歩き続けられるかのように
平気で登っている自分がいました。
身体は、重力に逆らって登ることを喜んでいました!

ほんとうに不思議なことです。
(私の限界は人と比べてかなり低いのですけど)
ある限界を突破すると、
体力は消耗しているはずなのに
心はしーん、と鎮まって
どこからかエネルギーが湧いてくるのです。

たぶんドーパミンが出まくって
深い瞑想状態に入っていたんでしょうねぇ。


色即是空空即是色
私の身体もそれ自体としては空であって
実体のない、ただの器。
苦しいのも虚妄分別
楽しいのも虚妄分別

そんな「ミニさとり」をしながらの山登りでした。。。
[PR]
by prem_ayako | 2013-03-27 21:43 | travel | Comments(0)

室生寺

b0253075_201667.jpgまたしても、よく歩くお友だちに誘われて
今度は、室生古道を歩いてきました。

前夜がすごい雨だったので足拵えに気をつけて、
お遍路で履いた軽登山靴を出しました。
空は晴れてきていましたが、風が強いので
ゴアテックスのレインパーカーを上に着ました。
今回は、帽子やサングラスは必要なさそうです。
この前の遠足から、まだ2週間ちょっとしか経ってないのに
季節はどんどんすすんでいます。

再び偉大な近鉄線(大阪線)に乗って
長谷寺のひとつ先、榛原(はいばら)という駅で降りました。
そこからバスで山の方へ入り、高井というバス停から
案内標識に沿って雨上がりの里の道を歩き出しました。

ひんやりした空気、
澄んだ流れがうつくしい!
その流れに舞い落ちる葉っぱの鮮やかなこと!

b0253075_2011197.jpg坂道がきつくなってきた頃、
こんな石段を昇った先に
仏隆寺という美しいお寺がありました。
しーんとした清らかなお寺です。


b0253075_20141516.jpgご本堂で手を合わせると、時間が止まったように感じました。
目を瞑ると一瞬で、ここの空気に溶けこんで・・・
特にこんな秋の一日は、自分も人も消え失せてしまいそうでした。

ここには、樹齢900年という
奈良県下最大最古という桜の巨木がありました。
花のころは、さぞや見事でしょうね~

仏隆寺を過ぎると、峠まで、登りの山道が続きました。

一歩一歩、呼吸に合わせて足を動かしていれば、少しずつ登っていける。
ペースをつかめばいいと分かっているのですが
・・・やっぱり、しんどかったですw

私は軟弱者なので、いつもしんどくなると
もうだめだ~いやだ~休みたい~と思います。
これはどうも直りませんね(^^;)
山登りする人を心から尊敬しますっ

ただ、足元の道は、
色とりどりの落ち葉が散り敷いて、まるで錦のようでした!
まわりを眺める余裕がないものですから、
(たぶん片側には素晴らしい渓流が流れていたハズ)
ひたすら地面の錦を見て歩きました(ぜぇぜぇ)
着物の古典柄は、まさにこの様子を写したものなんだな~などと考えながら。

ようやく峠まで登りつめたら、あとは室生寺までずっと下り。
・・・せっかく登ったのにもったいないことです。
下りは登りの3倍ぐらい距離がありました。
ラクな道になると、なんだか私はとたんに元気になって
里の景色をあれこれ見る余裕ができました(^^)

というわけで、室生の里の風景を何枚か。
b0253075_2018407.jpg

b0253075_20205718.jpg

b0253075_2022511.jpg道祖神でしょうか。
石には「山神」と彫ってあります。

室生寺は、昔から行きたかったけどチャンスがなくて、
今回初めてです。
苔のむしぐあい、佇まいなど、
女人高野と言われるだけあって、やっぱり高野山に似ていました。
有名な五重塔も再建されていましたよ。

b0253075_20273091.jpg右の写真は室生寺金堂。。。

ガイドブックによると
ここからさらに1時間以上、東海自然道(つまりは山道)を歩けば
駅に出ることができるみたいですけど
・・・もう十分すぎるほどに歩いたと私は思います(>_<)
ので無理をせずにバスに乗りました。

b0253075_2031589.jpg最後にもうひとつ、大野寺の磨崖仏を見て
(薄くなってて、あんまりわかりませんね)
室生口大野駅から電車に乗って帰りました。

室生寺の参道で買ったものは、
草餅と(歩くと甘いものが欲しくなりますよね!)
手作りの生こんにゃくと(おでんに入れよう♪)
木の杓子(おかゆ用に探していたので、ゲットできて嬉しい)
ぜんぶ自分用のおみやげです(笑)


今年の秋の行楽は、たぶんこれで終わりでしょう。
中高年の正しい行楽って感じで(^^)
よく遊び、よく遊びました!
たくさん歩いていたら
ちょっとずつ、私も強くなれるかなぁ。
[PR]
by prem_ayako | 2012-11-13 20:38 | travel | Comments(0)

竹之内街道

長かった夏もようやく終わり、総会も終わりました。
たいしたことはしていないのに解放感は大きくて(笑)
昨日、思い立って竹之内街道を歩いてきました。
9月末に行った當麻寺周辺がとても良かったからです。

b0253075_22122319.jpgものすごくいいお天気で
まるでチベットの青空のよう♪
って行ったことないけど。

空気が澄んでいて
日差しは強いけど爽やかで
外歩きにうってつけの日和でした。
帽子にサングラスで、あやしいけれど日焼け対策は万全。

b0253075_22152886.jpgもうほとんどの稲穂は刈り取られ
今度はススキの穂が目立っていました。

近鉄南大阪線、当麻寺のひとつ向こうの磐城駅で下車。
南に行くとすぐ一画に、うっそうとした森がありました。
長尾神社とやらの裏らしいです。
ここから、二上山の南を巡る竹ノ内街道を歩きます。

竹ノ内街道は、推古天皇21年(613年)に
難波と飛鳥を結んで造られたといいますから、
古の渡来人たちも歩いたでしょうし
遣唐使たちもここを通って難波の津へ出たでしょう。
近世には、お伊勢参りの人たちが行き交ったことでしょうね。
「幕末嘉永六年に吉田松陰が竹内峠を経て儒者を訪ね、
文久三年には天誅組の中山忠光等七名が志果たせぬままここに逃走」した
と説明に書いてありました。

b0253075_22213078.jpg人気のない細い道の両側は
よく手入れされた古いお家が並んでいて
しっとりとしていい感じです。
人々は格子窓の奥に潜んでおられるのでしょうか。
静かです。

このような、歴史を受け継いで生きている町を、
失ってはならない。と思います。

b0253075_22192835.jpgいつかある日、このような所まで異民族がやってきて
屋根瓦をはがし板塀を破り、住民を追い立て、
彼らの流儀のものをどんどん建て始めたらどうか?

チベットで起こっていること
バルトの国々で起こったこと

静かな美しい道を歩きながら
思いはチベットに飛んでいました。。。
空があまりに青かったせいでしょう。


b0253075_2224391.jpgやがて街道は徐々に上りになり
竹内峠へ至ります。
ドングリが落ちていて
木漏れ日が美しく
ガマやススキの穂が光ります。

二上山を登るハイカーさんたちにも行き会いましたが
私は軟弱なので山登りはパスし、
そのままてくてく峠を越えて、太子町に入りました。

b0253075_23582180.jpg


太子町の竹之内街道はよく整備されていましたが
ちょっと観光地化をめざしている感じがして
(でも人通りはほとんどないんですが^^;)
私は当麻町側の雰囲気の方が好きでした。

b0253075_22255010.jpgこの町にある、聖徳太子の御廟に寄りました。
磯長山(しながさん)叡福寺といいます。
秋の光の加減か、建物そのものが美しいのか、
清々しくきれいなお寺でした。

仏教への信仰の篤かった聖徳太子。
そういえば今年1月、たまたま訪れた四天王寺で
秘仏(聖徳太子四十九歳摂政像)の
年に一度のご開扉に立ち会えたことを思い出しました。

私が今、日本で仏教を学ぶことができるのは
太子さまのおかげです~
お墓にお参りできて良かったです。

それから上ノ太子駅へ出て
また近鉄南大阪線に乗って帰ってきました。

朝9時半ごろの電車で行って
天王寺に戻ったのが2時半ごろ。
ほんとにお手軽に、日本の秋を堪能することができました。

b0253075_22312838.jpg

よく歩いた自分にごほうびを。と
天王寺でケーキセットを食べました。
何やってんだか・・・

で、今日は朝から、脚はもちろんですが、
さらにお尻と脇腹の筋肉が痛いです。
かなりなまっておったようです~ orz
[PR]
by prem_ayako | 2012-10-27 22:52 | travel | Comments(0)

こもりくの初瀬

先日當麻寺に行った際、近鉄の偉大さを発見したので
せっかくだから大阪に住んでいる間にせいぜい利用しようと思い
連休の初日、
お友だちと奈良を歩いてきました。

近鉄大阪線を桜井で降りて、まずは大神(おおみわ)神社へ。

桜井は、保田与重郎の生まれた土地!
ですがさらに、万葉集筆頭の以下の歌・・・

籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串(ぶくし)持ち 
この丘に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(なの)らさね 
そらみつ 大和(やまと)の国は おしなべて われこそ居(お)れ 
しきなべて われこそ座(ま)せ われこそは 告(の)らめ 家をも名をも
(雄略天皇)

おおらかなナンパの歌ですが(笑)
桜井市泊瀬にある白山神社近辺が
雄略天皇の朝倉宮ではないかと言われているそうですから、
この歌もこのあたりで詠まれたのかもしれません。

b0253075_1453014.jpgそのような日本の風景の原点かと思うと
木や岩のひとつひとつがいとおしく
それぞれにどんな歴史があるのかなぁ~などと思います。
・・・日本って、千年以上昔のエピソードにでも
気分はすぐタイムスリップできるからいいですね(^^)

大神神社はこの日は緑が濃くて、いちだんと幽玄でした。
ちょっと椿大神社に似た力を感じました。

b0253075_1451344.jpg
またもや花嫁さんに遭遇しました。
ヨーロッパでも日本でもよくお会いします。
目出度いことだわ~

小さな子どもとおばあちゃん♪
うん、木漏れ日も絶妙(^_^)v


そして長谷寺へ向かいます。
万葉の頃、このあたりは「隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)」と呼ばれていました。
「こもりく」は「泊瀬」「初瀬」「長谷」にかかる枕詞ですが
「山々に囲まれた土地」という意味があるそうです。
(国語の先生~合ってますか?)

その頃は、初瀬川の谷沿いだけが道だったのでしょう。
今も川に沿うように、近鉄と国道が並行して東西に走っています。
陽をあびたなだらかな斜面に、刈り入れを待つばかりの稲穂が揺れています。

b0253075_14574278.jpg少し暑すぎるぐらいのお天気でしたが、
重たく頭を垂れた稲が黄金色に波打って
初瀬川がキラキラ光って、とても美しかったです。

都会育ちの私でもこういう風景を見ると
なつかし~い気持ちになります。
若い世代の人たちでも、同じように感じるのではないかしら?

やっぱり日本人の魂のふるさと、原風景ではないかな~と思ったのでした。


長谷寺は牡丹、紫陽花、そして紅葉の名所。
今はちょうどその狭間なので、わりと空いていました。

とっても広くて全部は見て回りませんでしたが
初めて拝する日本最大級の十一面観世音菩薩さまは素晴らしかったです!

b0253075_158467.jpgご身長が12mを超すという常識をくつがえす大きさで
作った当時の人々の信仰の深さを感じました。

撮影不可だったのでインターネットから取ってきた写真をば →
當麻寺の中将姫の観音さまとは対照的に、
おひげのある、とても男性的な観音さまでした。

10月6日の午後、本堂の観音さま前で
チベット語のお経をブツブツあげていた
怪しい女は私です(^^;)
[PR]
by prem_ayako | 2012-10-08 15:18 | travel | Comments(2)
週末には鳥取に行っていたのですが
今日はまた、奈良県葛城市の當麻寺(たいまでら)に行ってきました。
當麻寺すぐ傍のギャラリーを借りて
息子が月末まで、グループ展を開いているからです。

天王寺で近鉄南大阪線に乗りかえて
たったの35分。
おりからの晴天
古市を過ぎると、稲穂が頭を垂れる日本の秋の風景となりました。
上ノ太子(かみのたいし)駅
二上山(にじょうざん)駅
二上神社口(にじょうじんじゃぐち)駅
あまりの美しさに、読んでいた本を閉じました。

乗ったことのない路線でしたが
たった3両でこんな所まで、くまなく走るとは
近鉄、偉大!

b0253075_22445819.jpgそして当麻寺駅。
せっかくですから、ギャラリーに行く前に
當麻寺をゆっくり散策しました。
ここは牡丹が超有名です。
ですから今の季節は、とってもとっても静かでありました。

古代の竹内街道に近く
役の行者や弘法大師ともご縁の深いお寺です。
白鳳時代の弥勒仏像や四天王像も拝見しましたが、
中でも、天平時代、中将姫が蓮の糸で織ったという曼荼羅が有名みたいです。
それを室町時代に転写したものが本堂のご本尊でした。
阿弥陀如来を菩薩たちが取り囲む、西方極楽浄土を描いたものだそうです。
が、このイメージは、瞑想の中でも使えそうです。

また中将姫が剃髪したときの髪の毛(!)で刺繍した
阿弥陀仏、観音菩薩、勢至菩薩の種字(しゅうじ)(=梵字)もありました。
なんか、すごいですね・・・。

b0253075_22393951.jpg中之坊の書院ではお抹茶をいただきました。
広い書院に風が吹き通って
私ひとりだけ・・・

b0253075_22414822.jpg日本の建物って、どうしてこんなに落ち着くのでしょう。
畳のおかげかしら。
それともこの仄暗さのせいかしら。
板塀と少しばかりの前栽のおかげで
外界の人の気配が消えてしまうからかもしれません。

これがたとえば
ヨーロッパの庭園の東屋でもこんなふうに落ち着けるかというと、
同じように静かで人気がなくても
やっぱり少し違うような気がするんですよね・・・


それはともかく
昼すぎに仁王門を出て、すぐわきの小道に沿った
古民家ギャラリー「らしい」に行きました。
ここはおもしろいところで、大阪で写真をやっていた方が退職して
この土地に惚れこみ、古い民家を改造して始められたそうです。
いろんな展示会を1週間単位ぐらいでやっているみたいです。

  今回の「生まれたてのレトロ」展では、
  二つのコンセプトを軸に制作を行いました。
  ひとつは、新しい、まっさらであるということ。
  もうひとつは、古い、懐古的であるということ。
  私たちは生まれたてのレトロと言い換え、
  必ずしも直接的に表現しているわけではありませんが、
  相反する二つの意図の間で息をする
  私たちの作品をお楽しみください。


だそうです。↑文章はテキスト担当者によるものです。

展示は
絵画、テキスト、音楽、映像
の4人のコラボで、息子は映像です。
あいかわらず映像のタイトルは「早期回想#6.1~6.6」でした(^^;)

b0253075_22492053.jpg展示の様子をいくつか。。。

絵画担当者だけ女の子です。
大きい方の絵は「樹々」
小さい方は「青山峠」
素敵な絵だなぁと思いました。

なかなか才能のある若者が集まったように思うのは
親の欲目か?


b0253075_22505041.jpgスクリーンのむこう側で、
静かにライブしている音楽担当者
と、映し出されたテキストの一部。


b0253075_22542815.jpgb0253075_22561467.jpg息子の作品。

映像は刻々変化するので、
写真に撮りにくいです。
音楽に合わせて
6つのイメージを作り出していました。

左は「海月」という曲に合わせて
右は「赤い鉄」という曲に合わせて。


b0253075_2368100.jpg入り口近くでお喋りしている
お客さんとオーナーの娘さん
まったりといい感じ。

右の絵は「夜間飛行」
左は「木が生える山」

ちなみに彼ら、グループ展は初めてで
グループ名は「首がすわっていない」といいます(爆)
9月30日までやっているので、お近くの方がもしおられたら(おられないでしょうね^^;)
どうぞ行ってやってくださいませ
入場無料です。
b0253075_23254633.jpg

[PR]
by prem_ayako | 2012-09-25 23:19 | travel | Comments(2)

Kurzeme

約束どおりヨランタが
もう1度ドライブにつれていってくれました。

ラトヴィアには3つの地方があり
リーガやツェーシスは、中つ国という意味のヴィゼメ地方。
バルト海に沿った海岸地方はクルゼメといいます。

クルゼメ!
なんてすてきな響き♪

リーガはバルト海に面してはおらず
リーガ湾という大きな内海の奥にある良港で
中世のハンザ都市です。

リーガから本当のバルト海まで日帰りでは遠すぎるので
湾の突端の岬の町、コルナをめざすことになりました。
それでも片道4時間ほど
先日行ったチェーシスと反対方向へのドライブです。

この日は、ヨランタのルームメイト
ロシア人のオルガもいっしょです。
オルガは英語があまり話せないので
彼女のロシア語はヨランタが英語に通訳してくれました。

最初に向かったのは、
リーガから車で半時間ほどのユールマラというリゾート地です。
北国のヴィヴァリーヒルズみたいなものでしょうか、
有名人の別荘や高級近代ホテルがたくさん並んでいます。
海岸は美しく、細長くて
季節はずれの神戸の須磨海岸みたいです・・・
いっきにスケールを小さくしてしまいましたけど(笑)

バルト海沿岸の不動産は人気が高いそうですが
毎年のように、嵐で高波がくると、土地が削り取られていくといいます。
「それなのに、なんで海沿いの土地を買いたがるのか私には理解できないわ!
 流れた土は絶対にもどってこないのに!」とヨランタが言うと
オルガが
「たぶん(対岸の)スウェーデンの土になるのよ。スウェーデン王の陰謀かも!」と
シニカルなコメントを入れて、大爆笑。

次に向かったのは、ヨランタお気に入りの石の海岸です。
ヨランタはリフレッシュしたいとき
ときどきここまでドライブしてくるのだそうです。

ここは、ほんとうに地元の人しか知らないような場所で
私の持っている日本のガイドブックには
土地の名前すら載っていませんでした。
というわけで、ここでも一応秘密にしておきますね~。

少し神秘的なとても居心地のよい場所で
さまざまな色合いの平たい石が不思議な光景を作り出していました。
カモメでしょうか、イソシギでしょうか、
海鳥の声と波の音しか聞こえません。
時間が許せば、何時間でも石の上に座って瞑想していたいような所でした。

b0253075_5161740.jpg

さらに岬に向かって車を走らせ
昼もとうに過ぎた頃、最終目的地のコルナに着きました。

ここは、バルト海の波がリーガ湾に入ろうと
ぶつかりあって渦を巻く、海上交通の難所です。
実際に海の色が違っているのがわかります。
昔は海賊がここを本拠地にして、貿易船を待ち伏せて襲ったのだとか。

この日はフィッシング・フェスティバルとかで
こんなに人が多いのは初めてよ!とヨランタは残念そうでしたが
日本基準では、そう混雑しているというほどではありませんでした。
それに、こういう景勝地に
展望台とかホテルとかが全く建ってないのは、
とてもいいことです。

b0253075_5135929.jpg

クルゼメの人々は、ヴィゼメの人々に比べて
勇敢で強いことで有名なのだそうです。
男性は海に出て
漁あるいは海賊で稼ぎます。
女性は残って家を守るので
やっぱり強くて勇敢で
なんでも自分たちで取り決めて仕切るのだそうです。

日本でいうと、
高知とか紀州の感じかな?

チベットでも、首都ラサと
東部のカムやアムドとでは、気質がぜんぜん違うといいます。
カムの人のことをカンパと呼んで
その荒っぽい気性や勇猛さを称えるので
クルゼメもそんな感じかな~と面白く思いました。

海岸に来ると、ヨランタはいつも
ここには琥珀は落ちてないのよ。
琥珀があるのは、バルト海 real sea に面したところで
しかも嵐の後でないと落ちてないし~
とか言いながらも、
目はいつだって、足下を見ているのです。

ねぇちょっと、本能的に探してない?と言うと、また大笑い。
Every Latvian does!
ひょっとしたら落ちてるかもしれない~と思って!

b0253075_5172243.jpg

この日から数日経ちましたが
いま目を閉じても
車の窓から眺めたラトヴィアの風景が浮かびます。

たくさんたくさんの森を通り過ぎました。
どこもかしこも、両側は深い森。森。森。
クルゼメの森は、ほとんどが松か白樺です。
飛行機から見て感動した深い緑のただ中を
私たちはこの日通り過ぎたのでした。

松は日本の松よりずっと高くて
天に向かってま~っすぐ伸びています。
その幹の色も日本の松より薄く、
先端にいくほどさらに薄く、
ヨランタに言わせると太陽の色に近くなります。

森の切れたところには
空から見てパッチ模様になっていた
風に穂をなびかせる麦畑と草原。
シロツメクサや黄色のデイジー、
そして淡い紫の小さな花々が揺れていて
人間だけでなく、植物たちも
短い北国の夏を謳歌しているように見えました。

空と雲と、
日差しによって濃淡の変わる緑と、
麦の穂と
控えめな花々。
ほんとうに美しくて

Jolanta, it IS beautiful!
と感嘆しっぱなしでした。
ところどころ見える土の色も肥沃で
This is a rich land.

Thank you.
And we know what we have.
I like my country more
because we know what we have and try to keep it.
ラトヴィアの人は、自分たちが持っているものの大切さをよく知っている。
そういうところが、私はとっても好きなの。。。

・・・ほんとにそうであるべきです。
日本は恵まれた自然と独特の文化をもっているのに
その価値に気づかず
守ろうともしていません。。。


途中の町で食事をとって
リーガに戻ったのはもう夕方8時前でした。
それでも北欧の夏の特権、
まだまだ西日がさしていて明るいのです。

翌日は朝早いバスで国境を越え
ICASSI会場へと向かいます。
まる2日間、私たちにつきあってくれたヨランタに
さよならをしなければなりません。

How can I express my thanks to you?

I'm happy. I'm happy too.
And come again!

b0253075_518494.jpgいつもヨランタに会うと
周りの人々に対する細やかな心遣いと、
自分の意見をしっかりと持って
しかもそれを決して押しつけない
かしこさに強く打たれます。

この年になってなんですが、
私ももっと大人になりたいな
もっと成長したいなあ
と思うのでした。

Good-bye, Jolanta,
And thank you very much for introducing your homeland!
[PR]
by prem_ayako | 2012-07-17 04:50 | travel | Comments(4)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako