アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

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初詣

あけましておめでとうございます

2015年の年明けは、厳しい冷え込みでしたね。

私は初詣に出かけて冷え切ってしまったのですが、
なんとか持ち直したようで、
おかげさまでつつがなく過ごしております。


うちの両親は、まったく信心がないようで、
結婚するまで私は、家族と初詣に行ったことがありませんでした。
初詣どころか、
お宮参りや七五三のお祝いも、
してもらった覚えがありません(^^;)

不思議な人たちだなと今になれば思います。
流行りのニヒリズムですかね。。。
彼らの課題ですから何も言いませんけど。

といっても、
神さまに手を合わせることだとか
鳥居の中は特別な場所だとか
その程度の日本人として当たり前の知識は
伝えてもらっていました。

・・・思うに両親の時代の人たちは、敗戦を機に、
教わってきたことを180度ひっくり返されるという経験をしましたから
戦後の価値観に口を出したくなかったのかな。
価値を伝えることに自信を失っていたのかな。
・・・謎ですが。

で、結婚した先の婚家は、ふつうに神社仏閣に参詣する家庭でしたので
私も人並みに、お宮参りや七五三や初詣をするようになりました。
その頃親しんでいたのは、近所の「本(もと)住吉神社」で
5月の大祭には、子どもたちも「だんじり」を引いて参加したものです。


そういうわけで、私が神社に親しむようになったのは
大人になってからだったのですが、
神社のもつ独特の雰囲気は、とても好きです。
たしかに神さまの居られる神社は、あります。


神戸に戻って初めてのこのお正月。
さて私はどこの神さまになついていけばいいのかしら?
と、はたと考えたのでありました。

今住んでいるこの家の近くで、
これからお付き合いしていく神さまを探さなきゃ。
こういうのは「出会い」だと思うのですが、
近所をぶらついても、まだ「これ!」という神さまに
お会いできていないのです。。。

母に聞くと、この町内は「船寺神社」さんの氏子なのだけれど
「むかし、神主さんがお金持って逃げたことがある」のだとか(^^;)
真偽不明だけど、やめよっかな。

わりと有名なのでは、2駅ほど阪神電車に乗った所に
「敏馬(みぬめ or みるめ)神社」というのがあります。
ところが検索してみたら、どうやら縁切りの神さまみたいで(笑)
それも、今でもこの神社の前を花嫁行列は通らないというぐらい
本気で縁を切る神さまみたいなんで(^^;)
まぁ今さらあんまり関係ないんだけど、やめた方が無難かな?


迷った挙げ句、結局今回は2つの神社に
帰りましたのご挨拶をしておくことにいたしました。

まずは、「六甲八幡(やはた)神社」へ。
私の中学・高校時代には、
ちょっとしたデートスポットとして活用しておりました(笑)
息子の小学生時代には、彼の所属していた野外活動グループの
集合解散場所でもありました。

八幡さんだから戦の神さまですね。
また、厄神さんでもあるようです。
こういう神さまにはやはり、仁義を切っておかなければね。

寒いのにかなりの人出で
神前へ出るのに半時間ぐらい
六甲おろしのうなる中、並ばなくてはなりませんでした(>_<)


次は、「弓弦羽(ゆづるは)神社」へ。
今の家からだと、ひと駅、電車に乗らなければなりませんが
凍死しそうになりながら、がんばって行きました。

ここは、神戸の震災後2年ほど過ごしたマンションの近くにあって
子どもたちの学校・病院への行き帰りやお稽古の送り迎えなど
折あらば立ち寄って手を合わせていた神さまです。

こぢんまりとした美しいたたずまいで、
私の好きな神社です。
春の参道の桜は見事だし
秋は、幼稚園児たちがどんぐり拾いに訪れます。

「弓弦羽」という名前からして、戦の神さまですね。
このあたりには、神功皇后の新羅出兵のちなみで、
戦勝を祈願されただとか、船を停めただとか、
戦の神さま、海人の神さまが多いようです。

b0253075_10241270.jpg中でも弓弦羽さんは熊野系らしく、
八咫烏をシンボルにしておられます。

弓弦羽さんもとても混んでいて、
参道では、ちらちら雪も舞ってきました~(T_T)
元旦から雪が降るなんて、神戸ではほんとに珍しいのです。

うれしいことになんと、
八咫烏のおみくじを見つけました♪
かわいい!

巫女さんに500円お納めすると、
「どれかひとつお選びください」と言われまして、
ずらっと並んだ烏の中から、好きな子を一羽選ぶのです。
(選ぶの難しかったですww)

b0253075_10263469.jpg写真ではよく見えないかな。
爪の3つ描かれた足が、
ちゃんと3本あるのですよ。

この烏さん欲しさに
来年からも、弓弦羽さんに通おうかしら~(^o^)
というぐらい、気に入ってしまいました。
(商売上手な神社さん)

あ、ちなみにおみくじは小吉でした。
よかったですw
もし凶なんぞ出たら
500円出して買い直すのはちょっと痛いですもんね。


娘が言うに、私のブログには
1)オタクでしょうもないもの
2)オタクでおもしろいもの
3)感動もの
この3種しかないのだそうです。
本日の記事への評価は、さてどれになるでしょう?(^^;)
たぶん1)ですね。

そんな感じで、今年もつらつらと、
好きなことを書き散らして参ります。
もしよろしければお付き合いくださいませ~
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by prem_ayako | 2015-01-05 10:35 | family | Comments(0)

母のこと

最近、
少なくとも以前よりは、
母のご機嫌はよくなっているように思います。

ここに戻ってきた当初は、
母は大喜びでした。
まだ父がわりと動けていましたから、
娘に手伝ってもらおうという意識はなく、
「また娘の世話をやくことができる!」という感覚だったみたいです。

それを私が、「過干渉~」と感じてしまったので
(まぁそれは長い歴史があったので・・・)
そのため関係がこじれ、
ものすごい権力闘争に陥ってしまいました。

私の使っている1階部分の戸締まりがゆるいとか
夜、私の点ける電気が煌煌として明るすぎるとか
果ては、私が育てている観葉植物が不潔だとか
なんだか私にとっては「理不尽~っ」
って感じるようなことばかりを言われました。

最悪の時期は、5月ごろだったかな。
父に出したおかずよりも、
母に出したおかずの方が少ない!と言われて
あぁ、私の知っている母じゃない~!
と愕然としました。

それでも、アドラー心理学の原理を思い出し
なんとか心の構えを協力的に立て直し
母がボス!私は従おう!と決め、
権力闘争から抜け出すことができました。
(アドラー心理学は本当に偉大です!このあたりの事情はこちらに)

ただ、それでも夏頃までは
私がボスの期待通りに振る舞えなかったりで、
けっこう機嫌をそこねておりました。

今から思うと母は、急激な父の衰弱に
心がついていけなかったのだと思います。

「留守ばっかりで何もしてくれないんだから!あんたはちっとも頼りにならない!」
・・・という母の物の言い方は、
まともに取り合ってしまうと
「何言ってるのよ、できるだけのことしているじゃないの!」
と反論したくなってしまうのですけど(^^;)

ほんとはこれ、母は
「もっと家に居て、もっと手伝って。頼らせて!」
って言っているんですよね。。。
私もしょっちゅう鳥取に行っていましたので、
心細さから、ますます母は言いつのっていたのでしょう。

母の気持ちが少しわかると、
「ごめんね。もっと手伝ってあげられなくて」って答えることができます。
カウンセラー養成講座でクライエントになったとき、
このことに気づかせていただき、ありがたかったです(T_T)


10月に鳥取から戻ってみると
母はへとへとになっていました。

私が居ない間に母はようやく
さまざまな社会資源を使ってみる気になったみたいで
(というか、思い切って使わないと、どうにもならなくなったのでしょう)
父のデイケアを探したり、入浴介助を始めたり、
母の介護認定を申請してヘルパーさんに入ってもらったり
あるいは手すりをつけたり、生協の個配を頼んだり、
そのためにいろんな人に会って手続きをしなくてはならなくて、
頭の中がいっぱいいっぱいになっていました。

あれこれ考えるとドキドキして眠れない。
ちょっと寝たかと思うと、父がトイレに行くので
付き添っていると、目がさえてしまって朝まで眠れない。
と言って、血圧も上がって、ふらふらになっていました。

兄も相談にのってあげていましたし、
かかりつけのお医者さんも、軽い睡眠薬を出してくださったのですが、
どうも母は、「眠ってはいけない!」と
強く思い込んでしまっているようでした。
自分が眠り込んで、父がその間にトイレに行って転んだら大変だ!と。

母の不安を軽くするのは、本当にむずかしいのです。
もともと未来への不安をよく口にする人でしたが、
年をとるとその性格傾向が助長されるのでしょうか。

あるいは、戦争で苦労した世代だからでしょうか。
うっかりしていると、何か必ず悪いことが起こる
世界は危険に満ちている
みたいなことを思っているふしがあります。。。

いつまで続くか分からない
きっとあと少ししか続かないだろうこの生活を、
幸せだと笑って過ごすのか、
大変だ大変だと言いながら暮らすのか
それは母自身が
決めることができるのだけれど。。。

母が母のライフスタイルで選びとった暮らし方を尊重しつつ
その中でちょっとでも両親が楽になれるように、
私にできることをする。
これしかないのですね。


睡眠不足であまりにも消耗しているようすだったので、
鳥取から帰宅したその翌晩に、
私も、2階の両親といっしょの部屋で寝てみることにしました。

父がトイレに行くときは、私がついていくから。
母にはともかく、一晩ゆっくり寝てもらおうと思ったのです。

その晩、
父は夜中の3時頃と朝方に2回トイレに行きましたが
2回とも、眠剤を飲んだ母の方が、私よりも先に起きました(爆)

私が暗闇の中で目を開けていると、
母は通りざまに私を見て
「大丈夫、大丈夫。いいから寝ときなさい」と
近づいてきて私の頭をなぜました。

・・・・・!

まったく、なにが大丈夫
お母さんが大丈夫じゃないからこうして来てるのに
いくつだと思ってるの
まるで子どもみたいに・・・

と心の中で呟きながら
泣き出しそうになるのをこらえていました。

母はこんなに年をとって弱っていても
父に尽くし
娘の身体を思いやる
昔のままの母でした。


この夜、父のトイレ介助に関しては、
私はほとんど役立たずだったのですが
母は、「薬を飲んで寝ても目が覚めることがわかった。自信がついた」
と言って、その後、薬をちゃんと飲んで眠るようになりました。

眠れない日もときどきはあるようですが、
一時のような連日の睡眠不足にはなっていないようです。


だんだん、私を「頼りにできる仲間」だと
思えるようになってきてくれたのではないかな?と思います。
ふとした時に感謝の言葉を言ってくれることが多くなりました。
以前、何かにつけて文句を言われていたことを思えば
ずいぶん大きな変化です。

ただ、今度は、何でもかんでも甘えてくるので
イラッとしてしまうことがよくあります。。。
(母も私も末子なので・・・)
頼まれたことはなるべく聞くようにしているのですが
どうも、返事が無愛想になってしまいます(-_-)

権力闘争にこそなりませんが
この、注目関心を引こうとする母の行動に、
どう対処するかが、目下の私の課題です。

しっかりアドラーを実践しなければ!

よい修行になっています(^^;)
仏さまのお力をお借りして
できることをやっていきましょう。
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by prem_ayako | 2014-11-13 11:36 | family | Comments(2)

父のこと

そもそも神戸の実家に私が戻ることを考え始めたのは
昨年の夏、
父が大切にしてきた家庭菜園を
その夏限りでやめることにした、と言うのを聞いたときでした。
水やりが大変だからもう続けられない、ということでした。

確かに昨年の夏は酷暑で、1日2回の水やりは重労働だったでしょう。
でも、閉院してからあんなに楽しんで丹精込めて
花や野菜を育てていたのに・・・
それをすべて放り出してしまうなんて・・・
父はそんなにも弱ってきたのかと、初めて気がつきました。

戻るのなら急がないと、と思ったのでした。
この時の判断は正しかったと思います。

戻って以来、ここ半年の間に、
父はずいぶん年をとりました。

春の頃は、まだ、
天気のよい日には散歩に出ていましたが
外で動けなくなってしまったことがあって
それから外出しなくなりました。

家の中でも、何度か転倒しました。
転ぶと、自力では立てません。
そんなことで、だんだん自信をなくして、
病院に行く以外は、一切外に出なくなってしまいました。

車椅子を勧めたのですが、
この時点では、「まだそこまで落ちぶれていない」なんて言って、
がんこに杖で歩こうとしていました。
ようやく、しんどい時だけ、と納得して
屋内用の車椅子を借りたのが8月末。
最近は、少しの移動も車椅子を使うことが多いです。
(おかげで転倒することは減りました)

昼間もうつらうつらしており、
しんどいのか、日中もパジャマで過ごすようになりました。
いつも丁寧にひげを剃る人だったのに
口元に無精ひげが目立つようになりました。
(無精ひげの父を見るなんて、初めてのことです)

天気のいい日には、外用の車椅子を借りて連れ出してあげたいなと思うのですが、
言っている間に寒くなってきてしまって(>_<)
今、風邪を引かせては・・・と思うと、なかなか実行に移せません。


夏頃、いっとき不整脈がひどくなって
たぶん漢方医学的には気虚だったと思うのですが
あまりにしんどそうなので、医者である兄が日赤への検査入院を勧めました。

耳も遠くなり
反応もずいぶん鈍くなっている父ですが
このときばかりは、はっきりと「行きたくない」と言いました。
「検査をしても、どうせそんなに長くない。 病院はいやだ」と。

それで、家で父を看ていくことに、方針が定まりました。


今はだいぶ落ち着いていて
週に2回、看護師さんが入浴介助に
週に1回、理学療法士さんがマッサージに来てくださいます。
月に1度は、理容師さんが散髪に。
入れ歯も、なじみの歯医者さんにお願いして調整に来ていただきました。
(往診料高かったですけど!)

できるだけ家で看ていくという方針に
ケアマネージャーさんや福祉の方々が
さまざまに協力してくださって、とてもありがたいです。

あと欲を言えば、私としては、
在宅医療を専門にやっておられる旧知のお医者さまにコンタクトをとって
今後のことをお任せしたいと思っているのですが、
これにはまだ、父の同意を得られていません。
父が決めることですから時期を待とうと思っています。


父が最期の日に向かっているのは、
私の目から見ても分かります。

それが早いのか、先なのかは
誰にも分かりませんけれど。

でも父は、住み慣れた自分の家に住み、
母の手を借りて自分でトイレに行き
週に何回かは、娘のおいしい手料理を食べ(^^)v
たくさんの人に助けてもらって
お金の心配もなく暮らせている。

これは、とても幸せな、人生の終わり方ではないでしょうか?

間に合って、父とともに暮らす日々がもてて
ほんとうに良かったと思っています。
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by prem_ayako | 2014-11-13 11:30 | family | Comments(2)

日常のしあわせ

9月末から、もう1週間だけ、鳥取に手伝いに行ってきました。

たった5日間見ないまに
心なしか、しゅんすけはぷくぷくになっていました。
標準よりは小さいめですが、
10月1日の1ヶ月検診で 3880g
つまり、1日に45gずつ増えているという計算ですので、
母乳はじゅうぶん足りているということです。
ひと安心です~(^^)v

b0253075_20363471.jpg

さてお兄ちゃんになったこうすけくんは
毎朝、お父さんの出勤時間に合わせて
幼稚園のひつじ組さんに通っています。

娘と私はそれから
洗濯機を回したりお風呂を洗ったり掃除機をかけたり買い物に出たり。
娘はその上、おっぱいをあげたりおっぱいをあげたりおっぱいをあげたり
しているとお昼になって、
ご飯を食べて片付けたころには、
もう幼稚園バスでこうすけが帰って来る時間です。

いつもは、お父さんのお迎えまで延長保育してもらっているのですが、
私のいる間は、2時ごろに帰宅できる送迎バスを使わせてもらいました。
おかげで私は、
こうすけともいっぱ~い遊ぶことができました!

定番は、ぬいぐるみやおもちゃの怪獣を使ったごっこ遊びです。
「はじめの会にでるお友だちは、前にきてください!」
というこうすけ先生の呼びかけに応じて、
「はあ~い」と私がぬいぐるみたちを前に出します。
こうすけは大きな声で、運動会の歌(らしきもの)を歌ってくれます♪
「ひざを、しっかり上げて、歩きましょう!」と言われて
私はぬいぐるみさんたちの足を持って、一生懸命歩かせます。

b0253075_20254020.jpg幼稚園に適応しているみたいですね~
3歳児、かわいいです~~(^o^)

写真は、幼稚園で作ったという「たからもの入れ」で
(クリックすると大きくなりますよ)
「敬老の日」のプレゼントに持って帰ってきたんです。
け、けいろうの日・・・・・・・・・
あーいや、そりゃま、そうですよね・・・(-_-)
うれしいんだけど、微妙。。


洗濯ものは毎日大量に出るので
毎朝2回は、洗濯機を回さなくてはなりません。
布おむつの方が紙おむつよりもお尻がさらっとしているから、と
昼間はだいたい布おむつを使っています。

これを面倒と感じるかどうかは、人それぞれだと思いますが
昔から私はおむつを洗って干すのがけっこう好きでしたし
娘もそうみたいです。

b0253075_20293787.jpg1枚ずつパンパン!とおむつを広げて干して
風にくるくるっと物干しが回って
夕方になってふわっと乾いたのを取り入れて
ベビーベッドのしゅんすけのそばで、
娘やこうすけとおしゃべりをしながら
1枚ずつ、たたんでいきます。

このひととき、私はすごく幸せを感じます。
ちょっと泣きそうになるぐらい。。。

毎日、家事と育児であっという間に時間が過ぎていく生活。
これは、実はものすごく幸せなことなのだと思います。

ここ数年のひとり暮らしの生活と比べたら、なんという違いでしょうか。
アドラー心理学を勉強して仕事をして
毎日フルに頭を使って、どうすればクライエントさんを援助できるか考えて・・・
おかげさまでたくさん経験を積み
いくらかはお役にたつこともできるようになってきました。
これも、とてもとても幸せなことだと思いますけれど

娘家族と過ごすこのノンビリとした生活も、
ホントに心地よくて捨てがたい~~

ああ、そうか!
アドラー心理学を家の中で使うか、外の社会で使うか、だけの違いですね。

アドラー心理学を学んできたおかげで
娘やこうすけといいお付き合いができるのです。
よい人間関係があるからこそ
子どものため、孫のために、使う時間が愛おしいのかもしれません。

b0253075_20341340.jpg

そうして10月のはじめに、
鳥取に置きっぱなしだったいくらかの衣類もノートパソコンも
ついに引き上げて神戸に戻って参りました。
もう当分は、鳥取に行く予定はありません。

帰りの車中、大げさな言い方ですが、
なんだか大きな仕事を為し終えたみたいな気分で
まぁもうこれでいつ死んでもかまわないわねって思いました。

実際には、老いた両親を看取るというタスクが待ち構えておりますし、
娘の子育てだって、これからも手伝うことがたくさんあるでしょうけれど

なんといいますか、子孫を残す、というタスクについてはですね、
縁あって子どもに恵まれ
さらに縁あって孫にまで恵まれ、
もうこれ以上、私は生物学的には、思い残すことがないのです。
あとは、もう余生ですな。

今日は、中山寺の観音さまへのお礼参りを済ませました。
たくさんの守護を、越前の白山神社の神さまからも
ターラー菩薩さまからも頂戴し、
そのおかげで2人目の孫も元気に産まれました。
本当にありがたいことです。

b0253075_2042169.jpgお役目終わり!(^o^)

さて次は、総会に向けて、
なにやらタスクがあるようです・・・
きゅぅ~(^^;)
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by prem_ayako | 2014-10-10 20:50 | family | Comments(2)

鳥取の住人

b0253075_21183537.jpg
            こうすけ画「泣いてるしゅんすけ」

8月30日に鳥取に行って
そのまま9月23日までおりましたから、
あしかけ25日間、滞在していたことになります。
(9月13日~15日の練成講座にも、鳥取から往復して参加しました)

23日(火)にいったん神戸の自宅に帰って
水曜にカウンセリング、
木金は両親の手伝いなどして
土日はアドラーギルドのお仕事。
そしてまた29日の月曜に鳥取にもどって、
できれば、あと1週間ぐらい手伝ってあげたいと思っています。

まぁ春から何度も通って炊事・洗濯・掃除をやってきましたから
娘の家の中のことはよぉく知っておりますが、
いままで、買い出しはすべてお婿さん任せにしていました。

今回は一念発起して、ぬか床を持って行きました。
母は、もうぬか床の管理はできないと言いますので
自宅に置いていっても傷むだけだし・・・
キュウリやナスの旬が終わるまで、
漬け物好きの娘に、食べてもらいたいと思い
ウンセ、ウンセとぬか床をジップロックに入れて運んだのです。

こうなると、材料のキュウリやナスは、
人任せにせず、自分で見て買いたいじゃないですか!(^^)


娘の家は鳥取市内ですが
鳥取駅まで歩いて25分弱かかります。
最寄りのスーパーまでは、歩いて15分ほど。
お野菜などの荷物を持ってこの距離は、けっこう遠いです。

循環バスのバス停は近くにあるのですが、
方面によっては、ぐるっと大回りしなくてはなりません。

しかたなく、はじめの頃は、行きはテクテク歩いて
帰りはバスに乗って、などいろいろ工夫してみましたが
結局、使っていない娘の自転車に空気を入れて、
買い物に行くのが一番だという結論に達しました。

これでも私、若かりしころは
幼稚園児の息子を乗せて疾走していたものですが・・・
あれから20年?(^^;)

だいたいいつも駅近くの便利な場所に住んできたので
あえて自転車を買う必要がなかったのです。
マンション住まいだと、置き場を考えなくちゃいけませんしね。

娘の自転車には、こうすけ用の座席が付いていました。
鳥取は雪が降ると自転車に乗れないし
しかも妊娠以来ずっと軒下に放置されていたようで
まずクモの巣を払わなくてはなりませんでした・・・

久しぶりだし、最初は道もよく分からないし緊張しましたが、
まあこういうものは、やっぱり身体が覚えているのですね。
下手は下手なりに、すぐに思い出しました。


足を確保すると、行動範囲が広がります!
いちばん近くのスーパーよりも、
もう少し走ったところにある産直の店のお野菜の方が、ずっといい。
そのとなりのスーパーには、新鮮なお魚がある。
通りを渡ったところのパン屋さんは、たぶん鳥取一、私の好み。
あるいは、駅前の大丸に行けば、
値ははるけれど、けっこういいお魚や乾物が手に入る!
(百貨店へ自転車で行くなんて、地方都市ならではですネ)

仕事の関係で、毎日のように郵便物を投函しなければならないのですが
近所のポストは、うっかりすると集配が1日1回だったりします。
自転車で郵便局の本局まで走って、そこで投函することも覚えました。


さらに、こうすけが中耳炎で熱を出せば
タクシーで少し遠くの耳鼻咽喉科まで連れていったし、
とびひになれば、皮膚科に連れていったし
あっちこっち行ってるなあ。。。
鳥取市内の皮膚科、耳鼻咽喉科、産科は、まかせてください(笑)

鳥取は人口が少ない(=子どもの数が少ない)ので
子ども連れて歩いていると、100%、ご老人から話しかけられます。

あるときなど、向こうから走ってきた自転車のおばあちゃんが
こうすけに向かって満面の笑みで手を振りつつ、
走り去って行きました(あ、危ないやろう)(>_<)

しかも、まったく知らないおばあちゃんなんです。。。
私はかろうじて笑顔を返しましたが、こうすけは知らん顔。

みなさん親切でいい人たちで(^^)
小さな子どもを大事にしてくださいます。
娘はいい町に住んでいます。


そんなこんなで、あげくに私も
いつのまにか観光客に道を尋ねられ、
それにきちんと答えられるようになっておりました・・・
もうすっかり鳥取の住人かも。

娘に「こっちの人に見えたのかなぁ?」と言うと
「お母さん自転車に乗ってたからやん!」
(笑)しかもママチャリに乗っていたのでは、
言い逃れはできませんね(^_-)

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by prem_ayako | 2014-09-26 21:28 | family | Comments(2)

新生児

小さな生きものはなんでもかわいいですけど
新生児は格別です!

娘は妊娠中がいろいろ大変(娘自身も家族も)だったので、
たぶんしゅんすけが最後の赤ちゃんになると思います。
だから、ふたりで思いっきり、新生児フェチやってます(^o^)

抱っこしたときの、新生児特有の、あの「くたっ」とした感じ。
やわらかくておっぱいの匂いがして
もう何もかもあずけます~という感じの、あの頼りなさ。

b0253075_17143623.jpgおっぱいの後、
ゲップをさせるためにたて抱きにすると
いつもこんなふうに額に横じわをつくって
「きゅうぅ~」っていいます。

声なのか?音なのか?不明です。


まるでETのようなお顔になるんですけど、
これがまた、フェチにはたまらなく愛しいです。
(聞いてらんないわ、と思われる方、どうぞスルーしてください)
すみません(^^;)


ときどき思うのですけど
人は49日目に次の母を選んでその胎内に入ると言うじゃありませんか。
そうすると、新生児というものは、
前生の記憶をまだかなり保っているのではないでしょうか。

まだよく目が見えないからでしょうか、
彼らはよく、ぽーっと中空を見ています。
思わず「ねぇ何考えているの?」って尋ねたくなります。

耳の方は、目よりずっと早くに機能し始めているようで
「何を考えているのでちゅか?」って問いかけると
しっかり声に反応して聞いているふうでして、
ときには眉根にしわを寄せて、考えるそぶりを見せます。
おぉ~開いた質問に反応する新生児(ってか)

でも、これって絶対、何か考えているよね!(笑)
家の天井や梁を見て
「あ~ここのおうちに生まれてきたんだな」とか
「ここが気に入って選んだんだよな」とか。。。

で、ときたま、
ずいぶんしっかりと目の焦点が合うことがあって
そんなときはものすごぉく賢そうで
きっと、前生は学者かお坊さんだったんじゃないかな~
とか思うのでありました。
(再びスミマセン、スルーしてください・・)

そういう「正気」の時間は、生後間もない時期ほど長いみたいで
日齢が進むにつれて、
「おっぱいくれ~!」とか
「おむつ替えてくれ~!」とか
「服が足にひっかかって不快じゃ~」とかの
生物学的欲求に支配されることが多くなる気がします。

で、生まれた時点では
前世に積んだ功徳で明智を獲得していた(かもしれない)しゅんすけ坊も
肉体をもってしまうと、赤ちゃんとして欲するものに
あっさりとその意識を譲り渡してしまうのでした~(笑)


抱っこしてユラユラさせていると
しゅんすけの両のまぶたがしだいに重たくなってきて・・・
本人は一生懸命おめめを開けておこうとするのですけど
「う、う、あらがえない~・・・」と、ついに力尽きます。
この瞬間がなんともいえずかわいいですw
そして上げていた小さなおてても、だらりと下がります(^^)

新生児には、まだ「背中スイッチ」がついてないので
そぉっとベッドに置くと、そのまましばらくぐっすりです。

b0253075_17171855.jpgときどき寝ながらニッコリ笑うのは、
これもきっと、
前生で楽しかったことを思い出しているんだね、
前も君は幸せだったんだね、
今回も幸せになれる家庭を選んできたんだね、って
いろんなことを考えて、
ばーばは赤ちゃんを見飽きることがないのです。
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by prem_ayako | 2014-09-26 17:22 | family | Comments(2)

しゅんすけ

ご報告が遅くなりましたが
8月29日、娘の第二子が誕生しました。
予定日より10日も早く生まれて 2550gと小ぶりでしたが、
元気いっぱい!母子ともに健康です。
名前を、しゅんすけといいます。

こうすけは生まれたとき 3400gもありました。
この体重差は大きいです・・・
しゅんすけは最初ほんとうに小さくて、抱っこするのも怖いほどでした。
でも、小さかったおかげで、ものすごく安産だったのです。

カウンセラー養成も終わり、
8月最終のカウンセリングのお仕事も終わり、
28日の木曜日に Skype で話をしたとき、
「まだ当分出てきそうにないわ~」と娘は言いました。
もともとは、まさにその翌日に鳥取に行くつもりだったのですが、
まだ当分出てきそうにないのなら、
おじいちゃんおばあちゃん(私の両親)の用事もあるし
来週の月曜日に行くわね、と私は言いました・・・

そうしたら、翌金曜日の午後4時ごろ
「今入院しました!今晩中に産まれるかも!」との連絡が!!
ええ~っどどどどうしようどうしよう!!と
このときばかりは、久方ぶりに焦りましたっ

諸方面のみなさんに(^^;)
「こっちのことはいいから、すぐに行ってあげなさい」と言ってもらい、
かといってその日のうちに行くのはどう考えても無理だったので
翌朝のバスを予約して、急いで荷造りをしました。

行けば1ヶ月近く、鳥取に滞在することになります。
服や身の回りのものも詰めなくてはなりませんが
問題はお仕事関係。。。秘書業務は休めません。
この日もパソコンをチェックするたびに何らかのメールが届いています。
あー、今いくら処理しても無駄やなぁ。やめ!

というわけで、私はこの忙しい中、美容院に行くことにしました(爆)
なんという選択・・・いや、これ大事です。
だって向こうで誰にお会いするかわかりませんからね、
ちょっとは小ぎれいにしておかないと!

そうして手早くカットしてもらって帰宅したら
「産まれました~」というメールが届いていました!!
なんと、分娩台に上がって40分ほどで産まれたんだそうです。
経産婦は早いっ(^o^)

こうして、こうすけは幼稚園(の延長保育)
お婿さんはお仕事
私は美容院にいっている間に、
娘はひとりでしゅんすけを産んだのでした。
Good job!(^^)v


b0253075_22315074.jpgではしゅんすけの写真シリーズです。
生後0日目から並べてみますね~

生まれたてほやほや。
まるでおさるさん。
疲れ切って出てきたという顔してます(笑)


b0253075_22393869.jpg生後5日。退院してきました。







b0253075_22421965.jpgだんだん人間らしくなってきたかな?







少しずつふっくらしてきて
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どんどん可愛くなってきました(*^_^*)
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よくおっぱいを飲んで
よくおしっこやうんちを出して
よく泣きます。
泣いたら私は「ちゅんちゅけ~♪」と言ってあやします。
ババ○カでございます。
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ああいい湯だ、こりゃこりゃ
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しゅんすけはこうすけにそっくりなんですけど
こうすけよりも皮膚が強そうで
指が長いように思います。
なんとなく、息子に似ているような気もするし
こうすけよりも、さらにハンサムになるのではなかろうか?と
ばーばはあれこれバカなことを考えるのでした。

まだ、こうすけが生まれたときの体重には届きません。
でもほら、とっても仲良しでしょ。
よく生まれてきてくれたね!
ありがとう、しゅんすけ♪

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by prem_ayako | 2014-09-25 23:09 | family | Comments(2)

季節の食べもの

近ごろ、ようやく生活が落ち着いて
あまり各地への旅もなく、おとなしくしております。

週末に家にいることが続くと、うちの親もご機嫌がいいです(笑)

しかし出かけなくていいっていうのも
最初は嬉しいんだけど2日も続けば、
私にはもうじゅうぶんみたいで・・・

近所に産直野菜を豊富に扱っているスーパーを見つけたので、
散歩がてら買い物に出かけて
なんやかやと食材を仕入れてきました。

b0253075_20362929.jpgまず作ったのは、赤紫蘇のジュース!
きれいな色でしょ。
炭酸で割って飲んだら美味しいのなんのって。

今年はまだそんなに暑くないので
あまり恩恵を感じない間に飲みきりましたが、
酷暑の夏も、これ一杯で生き返ることができますよ。
(いやホント)


お次は、ジンジャーシロップ。
毎年何度か作りますが
b0253075_2049644.jpg今回は、新しょうがで作ってみました。
うっすらとピンクがかってるのが、わかるかしら?

炭酸で割ればジンジャーエールになりますが
紫蘇ジュースより長持ちするので冷蔵庫で保存して、
ときどき紅茶に入れたり
そのままお湯で薄めたりして、ちびちび楽しみます。


紫蘇ジュースやジンジャーシロップは、
私が結婚してから習い覚えたものですが、
小さい頃から舌で覚えている夏の食べものといえば、ぬか漬けです!

もちろん、やっておりますよ。
今年は両親にも食べてもらえるので
はりきってたくさん漬けています。

もうぬか床の管理に自信がないからと、
母がぬか漬けをやめてしまってからだいぶ経つみたいです。
父も、歯が浮くからあまり食べなくなったということなんだけど

にもかかわらず、食卓に出せば、
ふたりともおいしいおいしいと言って
完食してくれます(笑)

キュウリ、ナス、ウリ。
母は「おいしいねえ、上手ねえ」とほめてくれますが
もともと、あなたに教わった味なんですヨ。。。

私が娘を産んだのは、28年前の9月後半。
暑い日だったのにどういうわけか病院に冷房が入っていなくて
初産の私は、もう汗まみれでした。

ものすごく大量の汗をかいたので
産後、看護師さんが身体を拭いてくださって
それがとってもありがたかったです。

病院は実家の近くだったので、母はほぼ毎日来てくれましたが
産んで2日目か3日目に、ナスとキュウリのぬか漬けを少しずつ、
タッパーに入れて持って来てくれました。
そのおいしかったことぉぉぉぉ(ToT)

おかげで食欲がもどって、
大げさに言えば、生きていく気力が出たように思います。
あのときのおいしさとありがたさはよく覚えています。。。

ぬか漬けはソウルフードかも(笑)

もっとも、昔みたいにズ(種の部分)の多い立派なキュウリは
昨今は産直でもあまり見かけないですねぇ。
母が漬けてくれたお漬け物には及ばないけれど・・・

b0253075_20521113.jpgこれからは私が作って、
食べてもらうんだなあと思うと
ちょっと感慨深いです。
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by prem_ayako | 2014-07-05 21:12 | family | Comments(2)

こうすけもお兄ちゃん

そろそろここに書いてもいいよと
お許しがでたので・・・(^^)

鳥取に住んでいる娘が
第2子を授かりまして
いま、妊娠7ヶ月になっております。

そもそもお正月すぎに「できたみたい~♪」と電話があって

その直後から、娘にとって初めての「パセージ」受講が始まって
ほんとによいタイミングで学べるね~と喜んでおりました。

ところが妊娠4ヶ月に入ってすぐ、
たまたま私がお手伝いに行っていた日に
突然、娘は体調をくずし、
絶対安静を申しわたされてしまいました。

入院を勧められはしませんでしたが
それは自宅で安静にできるなら、自宅で過ごしてよい、ということ。。。

ともかくお腹の赤ちゃんの無事を第一に考えて
後悔しないよう、できるだけ大事をとらなくてはなりません。
非常事態です!

できるだけベッドからおりないようにして
食事とトイレ以外は起き上がらないという生活を、
しばらく続けることになりました。
お風呂は禁止。シャワーも制限。
食事は毎食、2階へお盆で運ばなければなりません。
(寝室は2階です。トイレが2階にあってよかった)

ありがたかったのは
お婿さんがこの方針に全面的に協力してくださったことです。

お婿さんは
毎日こうすけを託児所に預け
仕事帰りにお迎えに行って
買い物して帰ってご飯を作り
後片付けをして
こうすけをお風呂に入れて寝かせる

という仕事を全てこなしてくださいました。
まるで働くシングルマザーですwww
(いやその上、娘のご飯を2階に運ぶというタスクまで付いています!)

私は、実家の改装工事の真っ最中でしたから
しばらく残って手伝いたかったけど、
急なことで、全てキャンセルするわけにいきませんでした。

それで、後ろ髪を引かれながらいったん火曜日に帰阪して
仕事を済ませて、また金曜日に鳥取に取って返しました。
私がいる間は、少なくともおさんどんに関しては
お婿さんの負担はぐっと少なくなるはずです。

そうやって、3月から5月にかけて、
引っ越しや仕事の合間をぬって
都合5回、鳥取に通いました。
(近所に住んでたら、毎日でも行ってあげたのですが!)


3歳のこうすけにしたら、
突然お母さんが寝たきりになって
遊んでくれなくなったのですから
ずいぶんビックリしたことでしょう。

子どもの身体は正直なものです。
最初の週末、こうすけは高い熱がでて
機嫌も悪く、ずっとガオガオガオ・・・と
お父さんに向かって吠えていました(>_<)

4月末に行ったときも、熱発。
副鼻腔炎になってしまっていて、
お鼻をひっかいて夜中に鼻血を出したらしく、
シーツや枕カバーがたいへんなことになっていました!


病気やお産などに絶大なご利益があるのは、ターラー菩薩さまです。
ターラー菩薩の真言を唱えるのは私の日課になりました。
また、シンガポールでガルチェン・リンポチェからいただいた
ターラーさまのカードを鳥取に持って行って
娘のベッドを見おろす位置に置きました。
(娘もいやがらずに飾らせてくれました)

さらに秘かに(笑)
以前にあるお寺でいただいた不動明王のご加持付きのミサンガと
4月のダライ・ラマ法王の灌頂でいただいた金剛線(赤い紐)とを
腕に巻き

毎晩、21ターラー礼讃偈を
3回唱えておりまする。。。
(これを毎日21回唱えたら
 どんな願いでも叶うということなのですが、
 21偈を21回朝昼晩唱えるのは不可能なので
 勝手に3回にまけてもらってマス・・・)


そのかいあってか何かわかりませんが、
5月の10日に行ったとき、
ようやく娘、安静解除になりました!

この間、ほぼ2ヶ月半。
お婿さん、本当によく頑張ってくださいましたm(_ _)m

こうすけも頑張りました!

3月は1日中託児所で過ごし
4月からは入園したばかりの幼稚園で延長保育をしてもらい
熱のある日は、小児科の病児保育に入れてもらっていました。
ほとんど嫌がることなく行ってくれていたようです。
(そのぶん、おうちではワガママを言うことが多かったみたいですが
 そんなの仕方ないですよね!)

娘が少しずつ動けるようになって
帰ってきたところを玄関でお出迎えしてあげるようになると
こうすけの気持ちも、すっかり安定したようです。

今では、お母さんのお腹にいっしょに手をあてて
「お兄ちゃんですよ~」とお腹に話しかけているそうです。
良かった~(^_^)


しばらく安定期なので
しあわせな蜜月を過ごせるでしょう♪

第2子も、男の子のようです。
予定日は9月9日。
今度は鳥取で産むことになっていますので
私はこれから、さらに何度も通うことになるでしょう。
8月末からは
当分、鳥取の住人になっているのではないでしょうか~(^^;)
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by prem_ayako | 2014-06-07 21:57 | family | Comments(4)

あなたがボスよ

両親の家の一階に引っ越して以来
当然のことながら、親とつきあう、という
ライフタスクが生じました。

あぁ私、忘れていたんです・・・
はるかむかしの独身時代、
この家で両親と同居していた頃
母と、あまりよい関係でなかったことを。。。

24歳で結婚して家を出たとき
これでやっと自分の好きなように暮らせるw
帰宅時間や、掃除のやり方や、友だちとのつきあいについて、
母にあれこれ言われなくて済むw
と、心底開放感を味わったことを。。。

結婚して里帰りしたときに
「結婚してから、なんだかうまくいくようになったわね」と
母に言われたこともありました。
別居することで少し距離ができて
ようやくふつうの仲間としてつきあえるようになっていたのだということを。

で。
この30年、私は私で一家をかまえ
あれこれ経験して一人前のおばさんになりました。
母は母で、全て自分好みのやり方で暮らしてきました。

嵐の予感がしますよね・・・


引っ越し直後、
母は私の面倒をみたくてたまらなかったようで
ことあるごとに1階の様子を見に来ては
「たいへんやね」「疲れたでしょ」「何かしたげよか」
と声をかけてくれました。
私は、「そんなことないよ」「大丈夫」と
かわいげなく断っていました。

実際、疲れていっぱいいっぱいだったのですが
どんだけ疲れていたって
やらなくてはならないお仕事は待ってくれませんし
それを母に言ったところでどうしようもないと思いましたから。

私が買い物をしてあげようという時、
母があまりにもくどくどと
「これこれこういうわけで買い物に行けないから、お願い」
と長く物語るので
素っ気なく「はいはい」と頼まれたことだけやりました。

特に朝、出かける前に長い前置きが始まったりすると
(早く結論を言ってよ!)と、イライラすることがありました。

そのうち、娘時代に逆戻りしたみたいに、
細かいことをあれこれ注意されるようになりました。
ある晩、門扉のカギをかけ忘れたことがあって、
そうすると、さっそく翌朝、お叱りを受けました。
自分の失敗を棚に上げて(もぅうるさいなあ)と私は思いました。

だんだん母の機嫌が悪くなってきて
旅先から帰ってもニッコリ迎えてくれなくなり
夕食を作って食べてもらっても、
なにかと嫌みを言われるようになりました。

居心地悪ぅい(-_-)
せっかくよかれと思って実家に戻ったのに
母も私も幸せじゃありません。

・・・これはいかん、と対策を考えて、
出先から「買って帰るものなぁい?」と電話したり
母の言うことにまず(「でも」じゃなくて)「そうね」って言うようにしたり
怒られそうなことはこちらから謝ってみたり
いくつか工夫してみたのですが、
全くうまくいきません。

注目関心レベルなら、これでうまくいくはずです。
じゃぁこれは、権力闘争になっているのかも!

そういや、最初は私、イライラしていたけれど
このごろは本気で腹が立っているものな。

だとすると、できることはただひとつしかありません。
私が権力闘争から降りること。
私が、負けること、です。


いや、実はね
長いこと、こういうタスクは味わってなかったんですよ。
「そりゃ私にだって改善しなきゃならない余地はあるわよ。
 だけど、だからって、そこまですることないじゃない。
 私、そんなに悪くないも~ん」
と、つい思ってしまいます(修行未熟です、はい)

でもこんなふうに思っている間は、
葛藤から降りることができません。

ゆっくり深呼吸して
心から母に対して「悪かったな」と思えるようになるまで
自分を見つめました。

今こそ、娘時代からの母との葛藤を精算する
またとない機会です。
今やっておかないと・・・!

アドラー心理学を学んでこれを実践してこられたみなさん、
ほんとうに凄いですね!
チベット仏教で「母なる衆生」といいますが
母を大切にする仏教徒のみなさん、
ほんとに立派ですね!

今度のことで、
アドレリアンとしても
仏教徒としても
どんだけ自分が未熟であるか、よっく分かりました。
はい。

うーん、うーん、うーん、と心を落ち着けて
口先だけでなく言えそうになってから

2階へ上がって、母に言いました。
「あのね、私、仲良くしたいと思っているのよ」
母「?」
私「今まで愛想のない娘でごめんね」
母「そんなこと、なにも謝ってもらわなくたっていいわ」
私「これからはできるだけ気をつけます」
母「そう・・・きついからねぇお互いに」
私「うん、ごめんね。なるべく気をつけるね」


このあと、母との関係は劇的に改善しました。
これから私は、
もうずっと、負け続けることにします。

母にしたら私はいつも「勝手気儘に振るまう娘」で
矯正しなければならない相手なのです。
私は長いこと、母の思い通りになるものかと戦ってきました。
思えば長い戦いでした・・・
母の勝ちを認めたとたん、
母はやさしくなり
あまり私を矯正しようとしなくなりました。

問題はとっても単純だったのです。
私はいつも父がボスだと思っていましたが
ずっとずっと以前から(無始爾来の昔から)
実は母がボスだったのです。

もしここで私が勝ってしまっていたらどうなったでしょう?
かわいそうに、母はこの年になって、勇気をくじかれてしまったでしょう。
問題が解けて、ほんとうに良かったです。

誰がボスかさえ分かっておれば、もう安全です。
何といっても、私はボスの下にくっついていくのが
得意分野の末子ですので(^^)


あー、タフな修行だった!
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by prem_ayako | 2014-05-22 21:03 | family | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako