アードラーの夢

ayakoadler.exblog.jp

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

カテゴリ:family( 48 )

しゅんすけの対人関係

1歳1ヶ月のしゅんすけは
お母さんに対しては、とっても甘えんぼさんのように見受けられます。

娘も、もう育児に慣れたお母さんなので、
気軽にひょいっと抱っこしたまま家事をこなしますし、
抱っこしたまま自分もご飯を食べたり、
離乳食を食べさせたりというのが、
同じ時期のこうすけのときよりも、多い気がします。

まぁ甘えたいしゅんすけと
甘えさせたいお母さんとで目標が一致しているのだから、
私の方に言うことは何もないのです。
(もともと私も甘々ですし~)


私が鳥取に行った翌日、こうすけは少し咳が出ていたので
午前中に小児科で診てもらってから幼稚園に行くことになりました。
私としゅんすけは、お家でお留守番です。

連休明けで、案の定すごく混んでいたらしく、
けっきょく3時間ぐらい2人で過ごしたのですが、
その間しゅんすけは一度も泣かず、
ずぅっと楽しく私と遊んでいました。

b0253075_2338538.jpgお兄ちゃんがお留守だと、しゅんすけは
自由に恐竜のおもちゃを触れます。
お兄ちゃんが置いていった折り紙も、舐めたり握ったり
くちゃくちゃにしたりできるのです(^^)v

しゅんすけはゆっくりと
おもちゃ箱からいろんなものを引っぱり出しては、
1個ずつ検討を加えていきます(笑)

おもちゃのラッパは、私が息を吹きこみ、
しゅんすけがボタンを押さえて、はじめて音が鳴ります。
私たちふたりの、初めての協働作業かもしれない。
なんだかウレシイ。

ウサギのぬいぐるみを手渡してくれたので
♪タラッタ ラッタ ラッタ ウサギのダンス♪
と踊らせてみたら、とっても喜んで
何度も何度もウサギのダンスをやらされました(^^)

小さな缶を見つけて
開けてっていう顔をするので開けてみたら
中からくちゃくちゃの紙の切れ端がでてきました。
しゅんすけ、ほぉ~と驚いた顔!

その紙をまた中に入れて、ふたを閉めようとするのだけど
小さなおててでは、なかなかうまく入りません。
ふたも、逆さま向きだったりして、なかなかはまりません。

本当にちょっとしたことも、
すべて、指や手の力をうまく制御することで、
やっと出来るようになるんですねえ。
で、今の時期の赤ちゃんって、こういう動きをひとつひとつ
自分でやってみて覚えていくんですねえ。

2階への階段は
最初はこわごわ
しだいに大胆に上ります。

見ていると、一段ごと、身体を持ち上げるのに、
もう全力を使って、汗びっしょりになっています。
真剣な顔で、一生懸命上っていきます。

上がったはいいけれど、下りるのは難しく
おむつのお尻をこちらに向けて
足のつくところをそろそろと探ります。

上の3段はカーブしているので
隅っこが三角で、足のつくところが狭いのです。
そこを慎重に、そろそろと足で探って
一段下りては広い部分に座り込んで、
上を見上げたり板を触ったりしています。

なんかもう、仔猫か仔犬みたいでほんとに可愛い(^^)

で、おそらく彼の限界までやったのでしょうね、
おもむろに「ん」と両手をあげて抱っこを求めてきました。

抱っこをしたら、今度は壁のその高さにある
電気のスイッチやインターホンのスイッチが気になって

近くを通ると足をぴょこぴょこさせて
なんとしてもそっちへ行ってくれとせがみます。

インターホンのスイッチを触らせていたら、
何かの拍子に外の景色が映りました。
まぁ、またそのときの驚きよう。
動きが止まって、まばたきもせずに外の景色を眺めています。
その後、もう必死になって私の腕の中でばたばたして
あれこれボタンを押しまくっていました。

はい、私、思うように操られております(^^;)


この日、お留守番がまったくOKだった(ように思えた)ので
次の日のこうすけのピアノのレッスンのときも
娘は私としゅんすけを置いて行きました。

そうしたら!
2人が出ていったとたん、
しゅんすけは大泣きして、
すごい勢いで玄関前まで這っていき
そこでぺたんと座り込んで動きません。

けっきょく1時間近く、そこで泣き続けました。

抱っこしても反っくり返ってギャン泣きするし
かえって危ないので、ベビーベッドの柵の中に入ってもらいました。

少し落ち着いてきたところに
お母さんとお兄ちゃんが帰ってきてベルの鳴る音がすると・・

「あっおかあさんだ!」って表情が変わって、
とたんにまた、ギャン泣きし始めました。

うぅむぅ。。。
しゅんすけさん、これはいったいどういうことですか?
お母さんに会いたくてさっきまで泣いていたんなら、
お母さんが帰ってきたらご機嫌になってもいいはずじゃないですか?
「ボクね、ボクね、辛かったんでしゅ~」って訴えるために今泣くのかな?
それとも、置いて行かれたのを怒っていたのかな?

b0253075_2346478.jpgまた、お兄ちゃんの関心を引くときも、明らかに違います。
バンバンと、わりと乱暴に何かを叩いたり
キャーッと大きな声を出したり
そんなときは表情も、お兄ちゃんに似ています。

こんなに小さくても、しゅんすけさん、
私と2人でいるときと
お母さんといるときと
お兄ちゃんといるときと
声も表情も態度も違うのです。

やっぱり対人関係なんですね~
社会統合論!


その後しゅんすけは、
ちょっとでもお母さんの姿が見えなくなると
泣いて追いかけるようになってしまいました(^^;)
見えるところにお母さんが居さえすれば、
ご機嫌良く遊ぶんですけどね。

まぁその頃から風邪気味で
体調が悪かったせいもあるかもしれません。
こういうとき、やっぱりおばあちゃまじゃダメみたいです~(=_=)


そしてなんとしゅんすけの風邪菌は強力で、
私が神戸に帰る日の朝、起きると、
娘と私とふたりともに彼の鼻風邪が感染っておりました。

そりゃ、あんだけひっついて暮らしてたら感染るわね。。。

娘より私の方が重症で
帰宅したらもうヘロヘロ、
久しぶりに夜中に熱発してしまいました。

この週末は、めずらしく仕事が入っていないので
ゆっくり養生いたします。

b0253075_2344327.jpg

[PR]
by prem_ayako | 2015-10-03 00:07 | family | Comments(2)

こうすけは恐竜博士

b0253075_23171716.jpg9月末の1週間、鳥取の娘の家に行っていました。
ゴールデンウィークやお盆にはみんなで来てくれましたが
私から向こうに行くのは、4月以来、5ヶ月ぶりです。
やっぱり思いきってお休みをとって行く方が、
こうすけやしゅんすけの
いつもの遊び場を見ることができて、楽しいです。

しゅんすけは8月29日に満1歳になりました\(^o^)/
写真は、運転する気満々のキノコしゅんすけ・・・(笑)

娘は9月に、ついに三十路に。。。
こうすけは来月、5歳になります。

そういうわけで、たくさんお土産を携えて行きました。

しゅんすけには、娘のリクエストで、
ファースト・シューズをあげました。


こうすけは、なぜかシャーペンが欲しいと言っていたので
8mm芯のシャープペンシルを
バルタン星人の絵のコットンの筆入れとともにプレゼントしました。

こうすけは、ひとつのことに、一時期ほんとに夢中になるタイプみたいです。
本人がそれに飽きるまで、親たちが自由にやらせるので、
冬の頃などは、家中が、こうすけの制作した
空き箱や紙コップやストローなどの工作ですごいことになっていました。
「ボク、なんだって作れるよ!」と言っていたのだそうです。

春頃からは、折り紙熱におかされて、
うちに来たときも、色紙さえあれば、いつまでも何か折っていました。
なかなかキッチリとは折れないんですけれど、
彼の目には、「これは、○○。これは、□□」と
ちゃんと、その形体に見えているみたいです。

そして今は、夏休みに「恐竜博」に連れて行ってもらって以来、
恐竜ブームが到来しているようです。
恐竜図鑑が愛読書で、
恐竜のDVDを繰り返し見ていて、
着ているシャツはいつも恐竜柄。
折り紙で折るのも、恐竜!!

恐竜!と思って私はこうすけにバルタン星人の筆入れを選んだのだけど
ゴメン・・・おばあちゃまは無知でした orz
バルタン星人は「怪獣」であって「恐竜」ではありませんでした。
(しかしこの違いを認識している幼稚園児って・・・?)


今回持参したおみやげの中で
いちばんウケたのは、
ビニールの恐竜たちでした。

偶然、梅田の雑貨屋さんで見つけたものですが、外国製で、
空気を入れてふくらませたら、けっこう大きなリアルな恐竜になります。
ペタンとした状態で売っていて、ひとつ500円ほど。
4種類ほどあった中から、
茶色のプテラノドンと緑色のトリケラトプスを選びました。

さぁこうすけ、喜んだ喜んだ。

b0253075_2326736.jpg


b0253075_23271274.jpgさっそく恐竜同士の戦いが始まります。

こうすけ博士によると
トリケラトプスは草食恐竜で、
プテラノドンは、肉食恐竜らしいです。
なので、主にプテラノドンが空からトリケラトプスを襲うという設定になります。

ビニール製なので、人や物に当たっても
ぜんぜん大丈夫。
はげしい戦いも思う存分できます。
このおもちゃは大正解でした(^^)

こうすけの本やDVDを見せてもらって、
無知な私もいろいろ学ばせてもらいました。

私のイチオシは、スーパーザウルス。
長さ33mの巨大草食恐竜で、100年とか200年生きたらしいですよ。

こうすけの好きなのは、ティラノザウルス・レックスに進化する直前の
ディロングという名の、毛の生えた肉食恐竜だそうです。
(マニアック!)


b0253075_23311219.jpg大きくなったら北大へ行って
恐竜の化石を発掘して、
恐竜の遺伝子を研究して
ほんとの恐竜博士になるんだそうです(^^)


こ「しゅんすけ、恐竜の共同研究しようね!」
し「ぎょーうー」
[PR]
by prem_ayako | 2015-10-02 23:35 | family | Comments(2)

しゅんすけこうすけ

孫をいじりに
1週間ほど鳥取へ行ってきました。
なんと半年ぶりです!

娘からは、子どもたちが風邪をひいたり
お婿さんが出張したりするたびに
「手伝いに来て~」とコールがかかっていたのですが
ここ半年タイミングが悪く、外せない仕事が入っていたり
父の様子が心配だったりで、行けないでいました。

来月からまた少し忙しくなるし
ようやく両親ともに落ち着いてきたようなので
今、思いきって行ってしまおう~
だってぐずぐずしていたら、しゅんすけの赤ちゃん時代を見逃してしまうもの!

というわけで
久しぶりに思う存分ばばバカやりますっ
b0253075_2181410.png覚悟めされ~~

しゅんすけは4月末で8ヶ月。
こんなに大きくなりました♪

上手にお座りで遊べます。
はいはいもするし
おしりを上げて、高ばいもします。
もうちょっとで、つかまり立ちをするかも。

小さく産まれたので、抱っこが楽です(^^)
しかも性格がおだやかというか、
おむつやおっぱいや抱っこを要求するときだけは泣きますが、
それが満たされるとあっさり笑顔になります。
愛されキャラですな。

b0253075_204012.png


b0253075_21214892.pngちょうど1年前、娘は絶対安静任婦だったので
お婿さんがひとりで家事育児。
こうすけは早朝から夕方まで幼稚園で延長保育。
私は何度も手伝いに通い、
みんながたいへんな春でした。

そんな時期を乗り越えて
今や娘は、押しも押されぬ2児の母。
日々、感情制御の実践に精進しているようです(^^)
こうすけは4月から年中さんになり、
もうすっかりお兄さんです。

b0253075_20463636.pngしゅんすけも、お兄ちゃんが大好き!


し「お兄ちゃん、これなあに?」
こ「これはね、ぶどう組さんの名札だよ」
し「見せて、見せて」
こ「はい、どうぞ」
し「いいな、いいな」
こ「しゅんすけも大きくなったら幼稚園いけるよ
  幼稚園はね、たのしいよ」

ほっこり~(^^)


ところで下の写真は、
2年前にシンガポールで私が買って帰ったお土産です。
バティックの端布で作ったお手玉のようなもので
上に放り投げて掌で受けたり手の甲で受けたりして遊ぶんですけど、
こうすけは、それぞれに名前をつけておりました。

b0253075_2055729.png上から右回りに
きょーひるくん
どじたくん
でちたくん
ごまあぶらくん
くるみちゃん
というそうですww

私、こうすけのこういうところ大好き(^^)

ハイパーアクティブで口の達者なこうすけと
おだやかで愛想のいいしゅんすけと
この子たちの成長がとっても楽しみです。

b0253075_20443732.png

[PR]
by prem_ayako | 2015-04-24 21:44 | family | Comments(2)

2月14日

父は施設の自分の部屋で
いつもベッドの横に足を降ろして腰掛け、
チェストの上に置いたテレビを見るか
じっと下を向いて坐っています。

理学療法士の先生は、
この姿勢だと背骨が曲がったままになるので
背もたれのある椅子に坐る方がいいとおっしゃいます。

先生の勧めに従って
自宅でいつも父が座っていた椅子と、
新聞などを置くための小さなテーブルとを
施設のお部屋に運び入れることになりました。

うちの家族で車を持っている者といえば、わが息子だけ。
ロードバイク通勤をしていた彼も
まわりの先生方に「雨の日どうすんねん。早よ車買え」と言われ(笑)
夏前に、中古の軽自動車を買いました。

2月14日のバレンタインデー、
ひょっとしたらデートを予定していたかもしれない息子に
無情な私は(^^)
お祖父ちゃんところに荷物を運んでくれるように頼みました。

机と椅子を後部に積み込み、
私は助手席に。
生まれて初めて、息子の運転する車というものに乗りこみます。

うう。
コワい?
いや、けっこう慎重な運転じゃん。
初めての道だし
荷物を積んでいたこともあるのかな。
それとも私を乗せているからかな?(^_^;)


そしてこの同じ日に、
娘の家族も鳥取から、
お婿さんの運転で神戸に来てくれました。

8月末に産まれたしゅんすけは
父にも、母にも、息子にも、会うのが初めてです。
なんせ、みんな神戸に来るのは、
去年のお正月(娘の妊娠が分かる前)以来なんですから!

お婿さんは出張から帰ったばかりだというのに、
コワい嫁(もとい、愛する嫁)の願いを汲んで
はるばる父に会いに来てくれたのです。


b0253075_1521258.jpgこうして父の居室に
私の大切な家族が集結しました。

息子と
娘と
お婿さん。
そして4歳のこうすけと
5ヶ月のしゅんすけ。

いつもは静かな老人ホームに
こうすけがスリッパでぱたぱた走る音と、
しゅんすけの泣き声が響きます・・・


父の記憶は、
子どもである私については、まだしっかりしていますけど
孫である娘や息子については、かなり曖昧になっています。

だから彼らのことを
それぞれ正しく認識できていたかどうかわかりませんし、
ましてや曾孫であるこうすけやしゅんすけについては
どこまで分かっていたか、あやしいです。

でもみんなが来て賑やかになって
父はとってもうれしそうでした。

娘がしゅんすけを抱っこして父の正面にすわると、
父は思わず、「おぉかわいい」と声をもらしました。

そして
「元気な子だ、いい子だ」と
頭をなぜ、足を持ち、
お乳はよく飲んでいるか?
よく泣いているか?と
おだやかに尋ねるのでした。

まるで問診をしているようです。

父は小児科医だったころに戻っているようでした。

横でぴょんぴょんはねているこうすけの頭もなぜて、
弟をかわいがっているかと尋ね、
さいごに
「いつまでも仲の良い兄弟でいてください」
と言いました。

50年続けた小児科のお医者さんペルソナが
ほんとうに自然に現れていました。

私は写真を撮りながら、
アドラー先生のようだと思いました。。。

b0253075_15233061.jpg


夕食の時間になったので父にお別れを言って
2台の車で家に帰りました。
そして私がご飯の用意をしている間、
息子と娘たちは2階に上がって、母のお相手をしてくれました。

急いで用意した
鯖の煮付けと
白菜と薄揚げの炊いたのと
豆腐の味噌汁と
小蕪の漬け物と
お米3合半は、
母乳で食欲旺盛の娘と
成長期(?)で食欲旺盛のこうすけと息子によって
あっという間に平らげられました・・・

息子はその夜のうちに帰りましたが
娘たちは、翌朝もまた父に会いに行ってくれました。
そして昼ご飯を食べて、慌ただしく鳥取に帰って行きました。


みんなほんとうに忙しい中、予定を合わせてよく来てくれました。
優しい息子と娘とお婿さんをもって
父も母も私もしあわせです。


あ、ついでながら
こうすけには、かわいいクッキーを
息子とお婿さんには、それぞれチョコレートを
用意したのは言うまでもありません!
[PR]
by prem_ayako | 2015-02-19 15:37 | family | Comments(2)

父 その後

父が入所して、もうじき1ヶ月になります。
ようやく新しい生活に慣れてきたようです。

最初、父は自分の部屋をホテルと思ったのか
「ここは1泊いくらなのか?」と聞いてみたり
あるいは病院と勘違いしてみたり
かなり困惑していました。
(母が説明して本人が納得したということでしたが、
 やっぱり理解力が落ちていたのですね・・・)

「いつ帰れるのか」
「いつまでここに居るのか」
「なんでこんなところに居ないといかんのか」と、
行くたびに聞かれて辛かったです。

しかし10日もすると、
なんだか元気そうに・・・
血色が良くなってきました!

家ではベッドから起き上がるのもやっとのありさまだったのに、
すっと立ち上がれるようになりました。

食事やおやつのたびに、食堂までのわりと長い廊下を、
施設の人についてもらって歩行器を押して歩いていますが
これがちょうど良い運動になっているのかもしれません。

また、介助の方やケアマネさんや看護師さんや
いろんな方と会話をする機会が増えて
その刺激もよいのかもしれません。
しっかり受け答えできている時間が増えました。

入居したお部屋はさいわい南向きで暖かい上に
週に3回、大きなお風呂で「入浴」させてもらえます。
家のお風呂では浴槽をまたいで入ることができなかったので
ここ半年ほどずっとシャワーで辛抱していたのです。
久しぶりのお風呂は、本当に気持ちよかったことでしょう!

最初は嫌がっていたちょっとした塗り絵や
節分のフラワーアレンジメントなどにも、
誘われて参加するようになってきました。
(もともと器用なので)とても上手にやってのけて
みんなに誉められて得意そうです。


ひょっとしたら、もう
車椅子とかおむつになってしまうのではないかと
危惧していたのですが、

理学療法士さんによるリハビリや
定期的なマッサージを受けて
誰もが驚くほど、足元がしっかりしてきました。
この調子なら、上手に器具を使えば
ひとりで動くことも可能かもしれないと言っていただいています。


ただ、どうしても、コールを押して人に来てもらうのを面倒がります。
ひとりで立ってトイレに行こうとして
2,3度転倒してしまいました・・・Orz
顔を打ったり頭を打ったりしているようで
大事にいたらなくて良かったですけど。。。

足元にセンサーマットを敷いていただきましたが、
それでもうっかりすると、
カーテンを閉めに立つなど
部屋の中をこっそりひょいひょい動いているようです(>_<)

骨折の危険は常にあります。
・・・でも、あまり制限するのもね。。。
だって
いくら「ベルを押して人が来てから動いてね」と伝えても
「大丈夫だ」と自分で動いてしまうのです。


家にいたころは
母が「大丈夫?」「ここは痛くない?」「トイレは?」などと
いつもつきっきりで父の世話をやいていました。
母は、父がテレビのリモコンを取りに立つことさえ、
声をあげて制止していたのです。
「ここで転んで骨折したら、寝たきりになってしまうでしょ!」
というのが母の口癖でした。

母には母の思いがあるでしょう。

でもその母の一生懸命さがかえって
父の生活能力を奪い
母の体力を消耗させていたのだと
私は思っています。


いくら制止しても動きたい父と
なんとしても安全を確保したい母、という組み合わせ。

基本的に父と母の生き方は、
これからも父と母に任せるしかないので

子としてできることは、
2人に好きなように泳いでもらって(^^;)
起こることの後始末をすることなのかな?

と、最近はハラをくくってマス。
[PR]
by prem_ayako | 2015-02-18 23:02 | family | Comments(2)

(5)実践仏教講座

お分かりと思いますが
私、そうとう怒っていました(^^;)

口には出しませんでしたが
義姉に対して
心の中には「悪口(あっく)」が渦巻いておりました。

しかもこれは、
ちょっとやそっとでは消え失せなくて(^^;)
先に書いたように、朝4時ごろまで続きました。

そもそも義姉との関係がこんなに悪いのは
私の不徳のいたすところであります。

瞋恚(怒り)の裏には我執(劣等感)があるので、
きっと、親孝行したいとか
邪魔されずサクサクと話を進めたいとかの
貪欲(仮想的目標)があったと思います。

はい、競合的です。。

しかし、いくら理屈で分かってはいても、
心の中の嵐は、なかなかおさまらず
義姉を裁き続けるのでした。

瞋恚を勢至菩薩さまに食べていただくという瞑想法も知っておりますが、
この時は、しようという気持ちになれませんでした。
なんといいますか、たぶん私は、まだしばらく
怒り続けていたかったのだと思います。

しかし、ひとり毒を吐き続けるのも苦しいことです。

私を救ってくれたのは、
毎日チベット語でお唱えして暗記していた
「四無量心」の教えでした。

虚空と等しき母なる一切衆生が
楽と楽因を得んことを
苦と苦因を離れんことを
苦のなき楽を離れざらんことを
愛憎を離れ平等に住せんことを

(大きなJ先生訳)

仏さまは、なんと正しく人間を理解しておられることでしょう。
キリスト教と違って、「敵を愛せよ」とは言っておられないのです。
ただ

しむ(相手が楽を得ることを願う)
しむ(相手の苦がなくなることを願う)
ぶ(相手の苦のない楽が続くことを願う)
てる(相手を裁く心から離れることを願う)

の4つの心を、この偈に示しておられます。

義姉は、人を疑ったり、感情を使って自分を強く見せることで
身を守り、社会に所属することができると
思い込んでいるのかもしれません。

そんなことをしていたら苦しいに決まっていますが・・・
彼女はまだ仏教に出会っていないし
ついでに言えば、ライフスタイル分析も受けていないので(^^)
この牢獄に囚われたままなのです。

まさに、神なき人の惨めさ・・・。
はじめて私は彼女のことを
憐れだと思いました。

いつか彼女が、世界を信頼することができればいいのに。
そうすればきっと楽になり、このような苦から逃れられるはず。
そうなることを私が喜べますように。

さらに、愛憎を離れとあるように
愛するとか憎むとかの話ではなく、
私が、彼女を裁いていることが問題なのです。
全ての判断から私自身が解放され、彼女と平等の位置に立てますように。

関連して次々と、
今まで学んできた数多くの言葉が思い出されました。
「三十七菩薩行」にも
「入菩薩行論」にも
同じことが繰り返し書かれています・・・

苦しい夜の明ける頃、
はじめてこれらの偈の一言一言が現実と繋がり、
力を持ち始めたのでした。

そしてようやく、気がつきました。
この出来事は、実はとても大切なレッスンだったのだと。



四魔(貪欲・瞋恚・邪見・傲慢)を断ち切る「チュー gcod」の修行を
おひげリンポチェに教わってから、約1ヶ月経ちました。

親族への愛や憎しみに翻弄されているこの状況は、
さぁ実際に解いてごらん?と
仏さまから差し出された
練習問題なのだと分かりました。

難解な問題ではありますが
まさに今を実践すべき時として
出してくださったレッスンなのでしょう。
ありがたく取り組ませていただきます(^^)


この後も、支払いプランなどについて
今度は兄が少しばかり頑なになり
すったもんだ、なかなか大変でした。

兄も義姉も、父の財産を無駄に使わないよう
極力考えてくれているのだと思います。

長男・長女さん方は
直感で動く脳天気な末子には、思いの及ばないところで、
なにかと苦労してくれているのでしょうね(^_^;)

そして、あの日から1週間たった1月16日、
相談員さんとケアマネージャーさんと看護師さんの3人が
父との面談のため、家に来てくださいました。
母も、少し安心したようです。
そして父の入所は、最初の電話で言っていただいた言葉どおり、
1月20日に決まりました。


今日(18日)になって
もうひとつ、鳥肌のたつようなことに気がつきました。

ポンクラを閉めることは、昨年11月に思い立ちました。
まさか父が年明け早々こんなふうになるとは、
そのときは全く予想していませんでしたが、
年内に終えることを決めたのです。

父の入所する1月20日は、第3火曜日なので
もしもポンクラをもう1ヶ月続けていたならば、例会と重なっていたはずです。
会場を借り、ご案内も出すので
例会をキャンセルするのは難しかったでしょう。
そうすると前後の関係から、あと1週間、父の入所は遅れたでしょう。
この状況での1週間は、母にしたら、とてもハードだったでしょう。

なぜ年内にポンクラをやめようと決心したのか。
答はここにあったようです。

流れは・・・人間に見えていないだけで
すでに決まっているのですね。
たぶん因果の理によって。

そして人間がただ信じていれば
委ねていれば・・・
仏さまはいちばん佳いようにしてくださるようです。


長い話になりました。
読んでくださって、ありがとうございました。
[PR]
by prem_ayako | 2015-01-18 15:36 | family | Comments(2)

(4)心が世界をつくる

翌9日、予定通り
この老人ホームを見学させていただきました。

S林業の施設なので
内装にはふんだんに木が使ってあり
外観とエントランスは、まるでマンションのようでした。

1階は、入居者が誰でも利用できるロビーになっていて、
大きなテーブルや応接セット、
隅には新聞や碁盤が置いてありました。
壁の本棚にはたくさんの書籍が並んでいます。
机や棚が全てこげ茶色の木製なので、とても落ちつきます。

先日見学した施設が病院に近い雰囲気だったのと較べると、
ここはどちらかというと、小さなホテルのロビーのような感じでした。

2階と3階には、要介護の入所者のための個室が40あり、
4階から6階は、2人部屋の普通居室(介護なし)になっています。
厨房やお風呂も覗かせていただきましたが
お盆や食器にまで気が配られていて、
職員さんの動きもテキパキしていて、好もしく感じました。

神憑りな私は終始、
この施設に父は入ることになるだろうと思いながら
見学していました。

ですが、兄についてきた兄嫁の意見は、違いました。
あまりにも話がうますぎて「うさんくさい」と言うのです。

「文子さんは、最初から、おかしいと思わなかったんですか!?」と、
神憑り文子さんは怒られてしまいました(>_<)

え、どこがおかしいんですか?
これって父の福徳が引き寄せたお話なんですよ。

なんてこと、言ったらますます怒らせそうだから
口が裂けても言いませんでしたが

なぜか彼女の怒りはおさまらず、
挙げ句、優遇を申し出てくださっている相談員さんに
くってかかりました・・・(@_@)

ここで感情を使う目的が、私にはさっぱり分からないのですが
相談員の方には、あらためてご連絡しますからと
申し訳なさを全面にだしてお伝えし、
(こんなことで話が潰れてはかなわない!)
あたふたと施設を退散することになりました。
(兄は黙っていました。。。慣れてるのかしら?)

このころから、私は胃がキリキリと痛み始め、
その後数日の間は、食欲もありませんでした。
胃に穴が開いたかもしれません(^^;)


そして家に集合して、母を交えて話し合いました。

義姉が言うには、
友だちからこの施設の「よくないウワサ」を聞いていたので
相談員さんのお話が「きれいごと」すぎて
おかしいと思ったということです。

私には思いもよらないことだったので
あぁこの人は、
私と全く違うものを見ているのだなあと驚きました。

義姉は、父母が騙されないようにと心配してくれているのでしょう。
「舐められないように、言うことは言わなきゃいけないと思いますよ!」
とおっしゃるので、陰性感情を使うこともOKと思っているみたいです。

長らくアドレリアン・コミュニティの温室の中に
どっぷりと浸かっているものですから、
私は、身近にこのような言動を見て、とてもショックでした。

高額な買い物になるので義姉が神経質になるのも分かりますが、
疑い始めたら、何もかも疑わしくなるのでしょうか。。。
なんだか、全く違う世界の人と会話しているようで
激しい徒労感に襲われました・・・

言葉はあまり通じなかったかもしれませんが、
私は、自分の目で見たものを信じたいと伝えました。

さいわい兄も、この施設を実際に見て気に入ったようでした。
義姉からその「ウワサ」を聞いてはいたけれど
見たところ、そんなことはないように思う。
向こうも商売だから良いことばかり言う感じではあるが、
話半分で聞いて、あと注意しておればいいんじゃないかと言ってくれました。

義姉は突然、母の手を握らんばかりにキラキラ豹変して
「わかりました。ここにしましょ、お母さま!」と言いました(@_@)

はい、それで、
このケア付き有料老人ホームC候補に
父をお願いすることが決まりました。

すぐに件の親切な相談員さんに電話をして
義姉の非礼をお詫びし、入所希望の旨を伝えました。


この夜、私は朝の4時まで眠れませんでした orz

翌日からはパセージリーダー養成講座だったので
3日間、大阪に通いました。
そして家のことには、一切関わらないでおりました。

講座の参加者のみなさんが
勇気づけを糧にぐんぐん成長していかれるさまを
部屋の片隅からずっと見させていただいて

おかげで私自身が、限りなくエネルギーをいただきました。
胃痛もいつしか治っておりました!(^o^)

そうよね!
人の善意を信じていいよねっ

人間が環境を作り、環境が人間を作る。

この世界を作っているのは私の心です。
私の心よ、ぶれるな!
[PR]
by prem_ayako | 2015-01-18 15:29 | family | Comments(0)
翌朝、母に、さりげなく(?)
月々どれぐらいまでお金が出せるか、
ぶっちゃけ聞いて確認しました。
私が探した候補施設は、みな
一昨日に見た施設の、2倍以上の費用がかかるのです。

しかし、父が働いて蓄えてきたお金は
今、このときのためのものです!
あるだけ、父と母のために使ってしまえばよい。
父にはそれなりのところで過ごしてもらいたいと、
母と兄と私の願いは一致していました。

さてどこから電話をしたものか?
(後で分かるのですが、このとき、少なからぬ神仏のお力が働いていたようです)

候補AはK製鋼の老人ホームで、とても良さそうですが
いくらなんでもというぐらい、破格にお値段が高いです。
ここは最後に回すことにしました。
(結局、電話はしませんでした)

まず、Bの老人ホームに電話をかけました。
若い女性が応対してくださり、無難に親切な感じでした。
大手Bネッセの施設なので、応対マニュアルがあるようです。
翌日の午前の見学をお願いしましたが
やたら細かい個人情報をいろいろと聞かれ、
見学なのに、ここまで?とちょっと思いました。
(ここも、結局見学をキャンセルしました)


その間に、父のケアマネさんから電話がはいって
父母の状態について少しお話をしました。
先日の施設について、入居を前提としたショートステイの話を進めていただいていますが、
私としては父のために、もう少し探してみたいこと、
平行していくつかの施設を見学しようと思っていることを伝えました。

ケアマネさんも賛成してくださいました。
母があまりにも早く決断したので、慎重に考えてくださっていて、
「まだお断りできますからね。いつでも言ってくださいね」
と気づかってくださり、ありがたかったです。


最後の候補施設CはS林業の持ち物で
ホームページによると、今のところ空きは全くないようでした。
でも、今話が進んでいる施設を父が気に入らなかったときの準備として
ここにも電話をしておこうと思いました。

電話にでられたのは、落ちついた感じの相談員さんでした。

B施設への電話で話したのと同じように、
年末から父の状態が悪くなって母が参ってきたので老人ホームを探していますと言うと
それはたいへんですね~と話を聞いてくださいました。
はい、ほとんど母ひとりでがんばってきたのですが
夜間頻尿がひどくなって、もう限界みたいなので・・・と言うと
「私も父を看ていたとき、ほんとうに大変でした。
 もう2人で死のうかとさえ思ったぐらいです」とおっしゃいます。
思わず「そうなんです。まさに母が今そう言っています」と答えました。

いろいろ聞いてくださるので、話の聴き方が上手だなあと思いながら、
入所した場合、夜間の1時間おきのトイレに
どう対応していただけるのか、尋ねてみました。

先日の施設では、
「コールしてもらえばできるだけ付き添いますが、おとなしい方ばかりではありませんからね」
という答えが返ってきており、
これでは実際には、おむつになってしまうだろうなと思ったのです。

今回のところでは、
おむつは最後の手段であり、
1時間おきでも、自分でトイレに行きたいと言うなら付き添いますということでした。
「そのとき出なくても、いいんです。ご自分で行きたいと言われることを大事にします」
と言っていただき、「そうそう!」と膝を打つ思いでした。

同様に食事に関しても、自分で食べたいと言う人には、
どれだけ時間がかかっても、「ご自分で食べていただきます」ということでした。

そのためか、わりと評価の分かれる老人ホームのようではありました。
こぢんまりしていて、リクリエーションもあまりしていないので
「厳しい」とか「暗い」とか嫌がる人もおられるのだとか。

でも父のように、デイのレクリエーションに馴染めなかった人にしたら、
静かに過ごせるこういう所の方が向いているのではないかと思いました。

全体の方針として入所者の意向を尊重しているようで、
言葉遣いに老人たちへの尊敬が感じられました。

・・・ここなら、ひょっとしたら父を託せるかもしれません。
ようやく納得できそうなところが見つかった気がしました。


さらに、驚くべきことが起こりました。
相「今、うちは12人待機中なのですが・・・」
私「ああ、そうでしょうねぇ・・・」
相「実は今朝ほど、おひとり退去されることが決まったのです」
私「?」
相「でもうちはご高齢の方や急ぎの方を優先しますので・・・もしも一度見ていただいた上で、よろしければ、最短で今月の20日ぐらいにはご入居いただけるかもしれませんよ」
私「えっ?!!それは・・・よろしいんですか?」
相「はい。これもご縁だと思いますので」

なんということでしょう!
「ともかく見学させていただいてから」と、
すぐに、翌日の午後の予約をとりました。

「明日の午後までは、他の待機の方に伏せておきます」
「すみません。兄とも相談しますが。。。助かります!」
「ほんとうにご縁です。すごいタイミングだったんですよ。
 ほんとに今朝、退去のご連絡があったところだったんです」

電話を昼前にかけたからこその
タイミングでした。

私はとても単純で神懸かりな人間なので
この出来事は、
父の積んできた福徳のおかげだと思い、
正直、鳥肌がたちました。

相談員さんは、父がこの地で50年開業してきたことなどご存知ありません。
ただ私との会話の中で、父を優先することを決めてくださったのです。

諸仏諸菩薩は、父を見捨てるようなことをなさらない!
そう確信しました。

すぐに兄に電話で報告し、
翌日午後の見学に同行してもらうことにしました。
[PR]
by prem_ayako | 2015-01-16 11:55 | family | Comments(0)
翌7日はカウンセリング予約が3件入っていたので
とりあえず出かけて、目の前のクライエントさんに集中しました。
夕方にデパートに寄って、
頼まれていた母の財布と、父の靴下とを買って帰りました。

帰宅すると、もう2人は寝る支度をしていましたが
母は新しい財布の包み紙をまず開き、
「こんなのがほしかったの!うれしい!」と
少女のようにはしゃぎました。
そんな嬉しそうな母を見るのは、ずいぶん久しぶりでした。

頼まれたことをして「ありがとう」はよく言ってもらったけど
ご飯を作って「おいしい」ともよく言ってもらったけど

こんなふうに笑顔になってもらえるようなことを
私は、あんまりしてあげていなかったなぁm(_ _)m
とても申し訳なく思いました・・・


そのあと、疲れていたけれど
瞑想しました。
してよかったです。

心が落ち着くと、
家でお世話ができなくなったという事態の急転に
まず私がショックを受けているのだとわかりました。
私としては、できるだけ長く、できれば最期まで
父に家で過ごしてもらおうと思って、この家に帰ってきたのです。

しかしそうは言いながらも、私は週の半分ぐらいしか家に居ず・・・
結局、ほとんど全ての負担は母が背負っていたのでしたm(_ _)m

そして、この「家でお世話したい」という願いもまた
私の勝手な欲だということに、ようやく気がつきました。

父に幸せになってほしい
母に幸せになってほしい
というのは、しょせん貪欲であります。


昨年末のスピリチュアル・ワークで大きなJ先生に教えていただきました。
「仏教は親孝行を勧めてはいません」
「親の不幸は、親が自分で選んだカルマです」
親を幸福にする力は、子どもにはない。。。
親が幸福になるかどうかは、親自らの因と縁に依るのです。

徹底的な個人の主体性です。
そして全体の中で、あるべきように
すべては配置されていく。

父の今の身体の状態も、
母の今の精神状態も、
父が母に依存している今の2人の関係も、
ふたりが長い時間をかけて作り上げてきたもの。
彼らのカルマです。

流れが、父をどこかの施設に託すという方向で動いているのなら、
私にできることは、
少しでも父にとって快適な場所を、探し出すことです!


母が飛びついて決めた昨日の施設で
父が幸せな最期を送ることができるとは
残念ながら、私には思えませんでした。
父はやさしくて穏やかな人ですから、
母が頼めば我慢してくれるでしょうけれど・・・

誤解のないように言っておきますが、
決して悪い施設ではないんです。
きれいで親切なところなんですよ!
でも私の無意識は、しつこく私に告げていました。
「あそこに入ったら、父はあっという間だろう」と。。。

私は夢中になって
ケアマネさんが置いていった神戸市の施設一覧リストの中で
家から比較的近い施設(ケア付き有料老人ホーム)を、片っ端から検索しました。

母が会いに行き易い場所であること。
入所時に高額な一時金を徴収しない施設であること。
自分が入ってもよいと思えるようなところ・・・

仕事で研修宿泊施設を探すときの経験が、
少し発揮できたような気がします・・・

夜遅くまでかかってABC3つの候補を絞り込みました。
母を混乱させないように黙ったままで、
明日はこれらの老人ホームに連絡をとって
見学の手はずを整えようと考え、
ようやく眠りにつきました。
[PR]
by prem_ayako | 2015-01-16 11:38 | family | Comments(0)

施設入所(1) 

昨年末から、父の介護がたいへんになってきました。
認知がここ半月ほどでかなり進んだ上に、
夜間頻尿も、1時間1回ほどのペースになってしまったのです。

「おしっこって言ったら側に行くから言うみたい・・・」
と母も気がつくぐらい、
父は、母の注目関心を引きたいようです。

さらに、背中が痛いとか食べ物の味がわからないとか
いろんなことを母に訴えます。
・・・ですが私が聞くと大丈夫だと言いますし
食事も、私と居るときは、しっかり食べています。

母はまた眠れなくなってきて、
もともと朝に高い血圧が、下がらなくなってしまいました。
かかりつけのお医者さんに薬を加減していただきましたが
一時ましになっても、あまり効果がでないようでした。

父よりも母の方が弱ってきてしまったので
年末、母担当のケアマネージャーさんに電話で相談しました。
少しでも夜間の負担を減らすために
父にポータブルトイレを使ってもらってはどうかと聞いてみましたが

母の性格を考えると、ベッド脇にポータブルを置いたところで
きっと起き上がって世話をするだろうし、その度に処理に立つだろう。
根本的な解決にはならないのでは?というご意見でした。
たしかに・・・
ケアマネさん、さすがに母のことをよく見て現実を分かっておられます。


お正月は、私の作ったおせち料理を囲んで
父は「おいしい、おいしい」とたくさん食べてくれ、
母は「何も作らなかったのは生まれて初めて!」と喜んでくれました。

その時じっくり母の話を聞くと
やはり相当煮詰まっているようで
早急になんとかしなければならないと感じました。

数日後、年始に来た兄が
「そんなにしんどいなら、ケア付きの施設(老人ホーム)に入ることを考えてみては?」と言うと
それまでずっと「2人一緒でなければダメ!」と拒否していた母が
父だけ施設に入ってもらおうかと言い出しました。

この時はじめて、母は父と離れることを口にしたのです。

私も兄も驚いて
今は疲れているからこう言っているだけで
少し休めば気が変わるのではないかと思いました。

でも母は、体力も気力も限界にきているみたいで
もう自分の力では父をじゅうぶんにお世話できない、と
すっかり勇気をくじかれているようでした。
専門家に任せた方が父は幸せだろうと言います。

私には、まだ何か工夫できそうに思えましたが、
兄は、これ以上母を頑張らせるのは酷だと言います。
そう言われたらそうかもしれませんが・・・
父はそれでいいのでしょうか?

ともかく、今までの支援体勢は限界のようです。
これまでは父中心に援助を考えていましたが
母の負担軽減を優先しなければならない時期にきたようです。

父担当の介護のケアマネージャーさんに連絡をつけ、
休みあけの1月6日、
母担当の支援のケアマネージャーさんと共に、
家に来ていただき、兄も交えて話し合いました。

どこのデイサービスも気に入らず、
ずっと家で過ごしてきた父ですから
兄も私も、この時点では、
いきなり父をどこかの施設に預けることには躊躇がありました。

しかし専門家さんたちのご意見は
どちらかというと、できるだけ早い時期の施設入所でした。

ショートステイやデイサービスを使うという方法もあるが、
むしろ母にとっては(母の性格を考えると)
その度にあれこれ準備が必要なことや、
曜日ごとにいろんな人が出入りすることへの
ストレスの方がはるかに大きいのではないか、ということでした。
「お母さまはそれでは休めないでしょう?」とおっしゃいます。
たしかにそうかもしれません・・・。

母は、父を1人で施設に入れる方に気持ちがすっかり傾いて
すでに父にも話をつけ、父は入ってもいいと答えたそうです。
(仕事早っ)

母がそうしたいと望み
父もそれでいいと答えたのなら
私が反対する理由はありません(T_T)

そして(兄夫婦は山手の方の老人ホームを候補に考えていましたが)
家の近所の施設を、ひとつ紹介していただきました。
母は、兄と私に判断を任せると言いますので、
すぐに見学に行きました。

明るいきれいな施設で職員さんたちも親切そうで
2部屋だけ空きがあり、
しかもお試しでショートステイもできますよと言ってくださるので

帰って母に報告すると、飛びつくように
そこにお願いしたい!と言います。
せめて1晩おいて、明日決めるようにと言いましたが、
すぐにケアマネさんに電話をして、
そこの施設への入所前提での、ショートステイの予約をしてしまいました。
(この人は、決めると早いのです)


こうして、とんとんと話は進んでいくのですが・・・
私としては、なんともいえず辛くて、悶々としてしまうのです。

こうするしかないのだろうか?
他の方法はないのだろうか?
母だって、せっかくここまでがんばってきたのに・・・
いきなり父を手放してしまうなんて・・・

近くにいながら、私の力が足りなかったのだと思いました。
母がこんなに切羽詰まるまで、気づいてあげられなかった。
私が無理にでもトイレ介助をしてあげるべきだっただろうか。
もっと早くに、私がケアマネさん方に連絡するべきだったのだろうか。
言葉で頼まれたことを手伝う、という方針でやってきたけれど
もっと積極的に手を出してあげるべきだっただろうか。

などと、いわゆる後悔と自責の念が果てしなく出てきて
ひどく気持ちが沈んで、考えは堂々巡りで
この夜は毎晩の瞑想さえもする気になれませんでした。
Orz
[PR]
by prem_ayako | 2015-01-16 11:21 | family | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako