アードラーの夢

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カテゴリ:japan( 3 )

短歌教室

私的感覚を見つけるには文学的なセンスが必要。
そのセンスを磨くために、ぜひ短歌を学びなされ。

と、むかしから師に言われ続けておりましたが
先日のかささぎ座でもまた言われ、
たくさんのお仲間が、NHKの短歌教室にお申し込みされました。

それってテレビ?
うち、テレビないし。
NHK訴訟団が身内にいるし。

でも、私も日本語力を鍛えなくちゃな~
と呟いたら、
「君は先生がそばにいるんだから、私に教わればいいじゃないか」
と言っていただきました。
あ、その手あり?
「私だってそう上手くはないが、初心者に教えることぐらいはできる」
わーい、ありがとうございます!
「では来週の今ごろまでの間に、まず1首作ってくるように」

は~い(^o^)

ところで短歌って、季語とかあるんですか?
「ありません。なんでもいいの」

というわけで、3首作って
3月27日に、師に提出し、
徹底的に添削していただきました(^_^;)
同学の方々のお役にたつかもしれないと思い、、
恥をしのんで公開させていただきます。

1)白雪をいただく比良の山風に さからうごとくバンの2羽ゆく

講評:「白雪をいただく」というのが陳腐すぎます。
こういう紋切り型をできるだけ避けたいのですじゃ。
現にさからって飛んでいるのだったら、「ごとく」もおかしいです。

→ 白雪の残れる比良の山風にさからいながらバンの2羽ゆく

2)船だまり 波の打ちよす音聞けば 馴れし夜道もあやしくぞ思う

講評:初句切れはダメです!よっぽどの覚悟をもって使わねば。
「打ちよす」(連用形)が「波」(体言)にかかるのも文法的におかしいです。
「打ちよする波」が正しいだろうが、これでは字が余ります。
こういうときは、順序を変えるなど工夫してください。
「馴れし」など変に古語を使うより、現代語の方がいいです。
「あやしくぞ」も紋切り型でペケ。

→ 冬去れど馴れた夜道の船だまり波音たかくあやしくも思う

3)春の陽にふくらむつぼみの枝越しに 黒き上着の夫(つま)が釣りする

講評:「枝越しに」釣りをするんか!?
いくら私が名人とはいえ、そんな器用なことはできません。
これも順番を変えましょう。

→ 釣りをする黒き上着のわが夫をふくらむつぼみの枝ごしに見る

講評:いいなぁ愛にあふれた歌だなあ。

?・・・・・

ちょっとどころかだいぶ手を入れていただきましたが、
少しの工夫で、なんだか格好がついたように思います。

気をよくして、これからも
1週に1首ぐらいのペースで作ってみようかなと思っております。
 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2016-03-29 15:54 | japan | Comments(1)

『私の大阪八景』

昨日はカウンセリングの予約の間がけっこうあいていて
しかもまずいことに本も音源も何も持ってきていなかったので
時間つぶしの本を探そうと、クリニックの本棚を物色してみました。

そうしたら軽いめの文庫本、
田辺聖子『私の大阪八景』というのが目にとまりました。

気軽に読み始めたら、これが止まらなくて!
時間つぶしどころか
昼休みも、帰り道でも、帰ってからも読み続けて
夕ご飯の頃に読み終えました。

これもご縁だったのかなと思います。


『私の大阪八景』は、田辺聖子の
かなり初期の自伝的小説のようです。

田辺聖子は大阪市福島区の大きな写真館の娘さんでした。
(昭和3年生まれですから私の母よりひとつ上ということになります)
屈託なく裕福に暮らした少女時代。
そのうちに従兄弟が出征していき
女学校の授業がなくなって、伊丹の旋盤工場で勤労奉仕します。
終戦の年6月の大阪大空襲により、生家が焼失し、
知り合いの多くが亡くなります。

・・・そこは田辺聖子さんですから、
表現は闊達で明るくて、ときに笑いもまじえます。

私は夢中になって読んでいましたが、
いつしか、神戸の
やはり大きな商家に生まれ育った母の人生と重ね合わせていました。
母も、神戸の空襲で生家を失いました。


戦線がじりじりと本土へ近づくにつれ
人々はみなちりぢりばらばらになっていきます。
主人公の「トキコ」は、純粋に
自分も命をかけて祖国と陛下をお守りするのだと考えます。


新太郎兄ちゃんも陛下のお召しにはせ参じて戦争へいったのだ。母ちゃんがいくらいやだといっても、いまにマサルも召されて戦争へいく。いや、それまで日本はもたないかもしれない。十三のマサルも十五のトキコも四十一のお父ちゃんも、みんなアッツ島やマキン島の兵隊のように、玉砕かもしれない。陛下のお名で戦い、陛下のために死んでいくのだ。陛下万歳。
 メガネの陛下のお顔がだんだん途方もなくひろがって、やがて日本の空いっぱいに黒く掩ってしまう。皆が玉砕したあと、一木一草もない国土に、そのとりとめもなくひろがったお顔だけが残る。



こんなふうに、死に向かっていることを
はっきりと意識していた、特に若い人たちが
家も思い出もみな失って、
戦争に負け、
小さくなって生きていかねばならなくなりました。

この時代を生きた人々。。。
今話題の『永遠の0』は、
戦場で戦って亡くなっていった方々のお話ですが、
田辺聖子さんのこの本を読むと
あの時代を日常のものとして生きていた
ごくふつうの人々の暮らしが、とても身近に感じられます。

母もこんなふうだったのでしょうか。
女学校で友だちとお喋りに興じ、
本を回し読み(ひょっとしたら詩など書いて)
やがて学校から工場へ行かされ
空襲にあう・・・
家は焼けたが家族は無事だった。
そして玉音放送が流れ

やがて父と結婚した。

今日は1月17日です。
19年前の今日、神戸の町は再び焼け野原になりました。

あのときの恐ろしいほどの喪失感は
あれを体験した者でないと分からないかもしれません。
同じく、戦災を体験した父母や田辺聖子さんたちは
この喪失体験を共有しているのでしょう。。。


終戦後、天皇陛下は全国を行幸され、大阪にもおいでになりました。
学校の奉安殿の奥深くに飾られていた両陛下のお写真を、
少女時代の「トキコ」はのぞいて見たくてたまらなかったのですが
勤めていた店の前を車で通られた陛下のご尊顔を
この日はじめて拝します。


 お車の中にはソフトを振って答えられる眼鏡の陛下のお姿が見えた、とうとう見えた、陛下を見た。
 無数の腕が狂気のように振られる。「陛下、陛下ッ」と群衆はロープを押しきって、なだれを打って陛下のお車をかこもうとする。お車はちょっと立ち往生のような形になった。(中略)
 「わてな、大連出航後まなしに、船の中で陛下のご健在をきいて一同、誰からともなくバンザイを叫びましたんや」
 トラさんは泣き泣きいった。突然、大きな声を張りあげて、
 「陛下、――苦労しなはったなあ、お互い、まあえらい目に会いましたなあ。長生きしとくなはれやア、陛下、これからだっせ、陛下――」
 もみくちゃにされながら去ってゆくお車に向かってどなった。
 周囲の人は笑った。笑いながらトキコもポロッと涙がこぼれた。トラさんの叫びは、日本の敗戦以来、誇りを失ってくじけていた日本人の心にぴたッとくるひとすじの暖かさがあったのか、またはちょうど皆のいいたいことを代弁してくれたのか、笑いながらみんな泣いた。



この下りを読むと、
数年前、奈良で、
イヴォンヌ先生のワークショップ会場の前をお車で通られた
今上天皇皇后両陛下を拝したときの感動を思い出します。

そしてまた19年前の阪神大震災の後、
両陛下が神戸を訪れてくださったときの映像を
避難先のテレビで見て
涙が止まらなかったことも、思い出されます。


大きな喪失から人が立ち上がっていくときに
力となりえるものは何なのか
そのヒントが、ここにあるような気がします。
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by prem_ayako | 2014-01-17 22:26 | japan | Comments(3)

『新版 靖國論集』

昨秋、旧アドラーギルドの事務所閉鎖のころ、
誰も引き取りてのなかった社長のご蔵書の残り福。。。
がらがらの本棚に残っていた1冊のご本をいただいて帰ってきました。

江藤淳 小堀桂一郎 編『新版 靖國論集 日本の鎭魂の傅統のために』
近代出版社

b0253075_22392325.jpgどうですか、この徹底した旧漢字!
・・・そりゃあ、誰も持って帰らんわね(^^;)

編者のおひとり、江藤淳さんについては
『南洲残影』
『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』
などを読んでいました。
どちらもきわめて良い本です!

また靖国神社には、今までに2度お参りしました。
2度とも遊就館に入って
国のために亡くなり今は神となって祀られている方々の
最後のお言葉を読み
最後のご様子の展示を
くいいるように眺めました。

・・・靖国で感じたこともいつかは書きたいのですが
書こうとすると、今でも私はすこぶる情的になってしまいそうです。
なので、それはまたの機会にして
今日はこの本のご紹介をちゃんと理性的に(?)しようと思います。


昭和60年8月15日、
ときの内閣総理大臣中曽根康弘が靖国神社を公式参拝したことに
中国が猛反発し(←内政干渉だと思うんだけど)
国内でもマスコミが騒ぎ立てました。
この論集は、その状況を受けてまとめられました。
帯には「靖國擁護の名著」と書かれています。
私が手にしているのは、昭和61年(1986)発刊の『靖國論集』を
コンパクトに再編して平成16年に復刊されたものです。

私・・・まだまだ知らないことがたくさんあるな~
とわかりました。
今までだってある程度お勉強してきたつもりだったんですけど
やっぱりまだかなり洗脳されていましたね!

どんなことがわかったかというと
え~と

(1)いわゆるA級戦犯を断罪した「人類の平和と安全に対する罪」
なんてものは全部でっちあげだってこと。
(この程度のことはみなさんもうご存じでしょうが、
この本ではとても丁寧に
国際法などの論拠をたくさん示しつつ説いてくれています)

(2)「信教の自由」なんて謳いながら、
実は現在に至るまで神道だけがハミゴにされていること。
(キリスト教行事になら、「公人」が参列しても
マスコミはまったく問題視しません~(>_<))

(3)「政教分離」を盾に公式参拝を非難する人もいるけど
「政教分離」とはつまり、いかなる者も政治によって
宗教儀式や行事への参加を強制されない、という意味であること。
(「信教の自由」と「政教分離」は両立できるはずです)

(4)日本では War of Aggression をなぜか「侵略戦争」と訳しているけど
正しくは「攻撃戦争」または「侵攻戦争」と訳すべきものだってこと。
(なんかこの訳語によって
ずいぶんニュアンス変えられてしまってますよね)

(5)仮に百歩ゆずって日本の「侵攻戦争」が
「人類の平和と安全に対する罪」だったと断ずるとしても、
国家行為の責任を、その時の指導者の個人責任に帰するなど、
ひどい暴挙じゃないの、そんなこと許してどうすんのよ!ってこととか

でございます(^^;)

えらい先生方のご論文を
めちゃくちゃざっくりご紹介しちゃって乱暴なんですけど、
そうは言っても、みなさま方がこの本を買って読まれる確率は
たいへん低いと思われますので
やっちゃいました(笑)


国のために亡くなった方々の霊魂を
後の世の国民が心を込めて鄭重にお迎えしお慰めするのは、
当たり前のことだと思います。
占領下では残念ながら仕方ありませんでしたが
なんで今もないがしろにしたままなんですか?!

「それ(神道指令)は国家神道、神社神道に対する日本政府の保証、支援、保全、監督ならびに弘布を廃止せよとの要求を以て、日本国民の精神的弱体化を画策した、初期占領政策の大いなる眼目といふべきものであった。より具体的に言えば、日本の国家構造という肉体から国民宗教という魂を抜き取って、日本国を霊魂なき形骸のみの国、謂わば生ける屍にしようとの目論見に発したもので、これは国際法の慣習を蹂躙した、史上に前例のない苛酷な占領政策の強制である。・・・
 この神道指令なるものは、すでに占領下においてその行き過ぎを批判され、神道側からの執拗な抵抗にも遭い、履行は部分的に緩和されるところがあったし、又何よりも昭和27年の占領解除、講話条約発効と同時に法的ならびに実質的に効力を失ったと見なされる。ところがこの神道指令の当初の眼目にして又かつ最も問題的な部分である、宗教と国家の分離という異常な反文明的思想は、これも米占領軍総司令部民政局の1週間足らずの強行作業によって急造され、日本政府に押しつけられたものである日本国憲法の中に夙に取り入れられ、かつその原則に固執して運用すべきものとの法解釈が定着してしまった。靖国神社をめぐる現在の諸々の禍の根は、全て以てここにその端を発している。」
小堀桂一郎 あとがきより


この本が出版されてから、すでに26年。
状況は良くなっているのやら、
悪くなっているのやら・・・(> <)
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by prem_ayako | 2013-01-17 22:47 | japan | Comments(4)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako