アードラーの夢

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2017年 03月 30日 ( 4 )

ハサミとペン

これも儀式のお手伝いのときのお話です。

灌頂よりも前でした。
1週目の前行講座の3日目に
仏道に入ることを決めた参加者たちのため
リンポチェが帰依戒を授けてくださることになりました。

戒を受ける者は、髪の毛を少しハサミで切っていただいて、
今後ブッダの境地を得るまで仏法僧に帰依することを誓います。
日本でいうところの「お髪剃り」だと思います。
そしてひとりひとり、戒名(ダルマ・ネーム)をいただきます。
とても美しい、感動的な儀式なんです。
(私自身は、2013年7月にガルチェン・リンポチェから帰依戒をいただきました)


リンポチェから戒を受ける者の人数を教えてくれと言われましたので
(お名前を考えてくださるのだろう)と思って
希望者を把握し、男性が何人で女性が何人で、と前夜にお伝えしました。

当日の朝、座につかれたリンポチェにお湯をお出しすると、
リンポチェが小さな声でおっしゃいます。
「I need scissors and a pen」
「Oh.... Scissors and a pen....」とバカのように繰り返す私。
「When?」
リンポチェちょっと笑われて「Now」
(@_@)
「これに書かなきゃならないから」と示されたのは、
目の前に積まれた白紙の帰依カードです。
なんと!今から書かれるんだ!

・・・ペン、ペンはすぐにお渡しできるけど
ハサミね、ハサミは、私、今日持ってきてないと思う・・・
探してみたけど、やはりありません。まいったね。
帰依戒のことは前もってシンガポールと打ち合わせてあったのに、
絶対に必要なハサミを持ってきておられないなんて~

・・・とか考えながら、ともかくペンをすぐにお持ちすると
「ハサミはそんなにすぐでなくてもいいよ。Perhaps about one hour」と言われ、
私はなぜか、たぶん動転していたからでしょう、
1時ぐらいでいいんならお昼に買いに出ればいいわと
思いこんでしまいました。

でもどうやら儀式はどんどん進んでいくし
あら、1時じゃなくて1時間っておっしゃっていたのか!
とやっと気がつき

これはいかんと慌てて、
前に座っていた○さんに
「ねえ、ハサミ持ってる?」って聞いたら
「ハサミ?あっ~!!」
「下で借りてきます!」とすぐに走りだそうとされました。
ところがお隣に座っていたNさまが
「ハサミ?ちょっと待ってね(バッグをごそごそ)これでいい?」
と魔法のように、
小さな年代物のハサミを差し出してくださったのです(感謝!!)

まぁ~これもほんとにギリギリのところですw

おかげで帰依の儀式はとどこおりなく進み、
みなさんリンポチェに少しずつ髪を切っていただきました。、
切られた髪は、リンポチェが今までに帰依戒を与えた方々と同じ袋に納まりました。

Nさまはご自分のハサミで
ご自分の髪を切っていただき、戒を受けられたのでした(随喜!)


このときのペンとハサミはすぐに返していただいたのですが
ちなみにその後もリンポチェは、
いろんな人からその都度ペンを借りておられて、
そのままになっちゃったものが多かったみたいです(^^;)
みんな、リンポチェのお役にたつならと喜んでペンを供出したので
返ってこなくってもむしろ喜んでおられるのですけどね。

最終日の片づけ後、持ち主不明のペンが2、3本残っていましたので
とりあえず私が預かっております。
お加持つきのペンです(笑)
心当たりの方はお申し出くださいね。

私もさらにもう1本、求められてお貸ししたのですが
それはご帰国当日の朝、返していただきました(笑)
大事にします。


帰依戒の希望者は、2週目にも何人かおられたので
最終日、もう一度、帰依の儀式をしていただくことになりました。

2度目ですから、ハサミが要ることは織り込み済みです。
前夜、家にあった私の小さなハサミをアルコールで拭いてきれいにして
当日、リンポチェのお机にそっと置いておきました。
はい、とどこおりなく使っていただくことができましたよ(^^)v

でもね、今度はそのハサミ、
とても使いやすかったとリンポチェがお気に召されて
もらって帰っていいかな?とお尋ねになるのです(笑)
もちろん、そんなものでよろしければ!

無印良品の、刃先だけケースに入るタイプの小さなハサミです。
(今はもう取り扱っていないかもしれません)
このケースが旅で持ち歩くのに便利そうだ、ということです。
前の晩にきれいにしておいてよかったですぅ~


だいたいにおいてリンポチェ、無印良品グッズがお気に入り?みたいで
床に座られるときにとお持ちした無印の焦げ茶のクッションなども、
けっきょくは使われなかったのですが
「シンガポールに持って帰って使おうかな」
「え、いやそれなら新しいの買いますよ」
「いや、冗談、冗談」と笑われるのでした。

総じてお茶目なリンポチェなのでした(^^)
 
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by prem_ayako | 2017-03-30 16:47 | tibet | Comments(0)

灌頂のお手伝い(2)

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失敗もありました。

私にご用があるとき、
リンポチェは目で私を捜されます。

だいたいは反応できていたのですが、
一度だけ、最終日のターラー成就法の日だったかな。
その前の座で、あまりにも瞑想がうまくいったため
ちょっと虚脱してしまって
午後から、リンポチェのお声を聞きながら目をつぶって、少し眠ってしまったのです。

そしたらちょうどそのときに、リンポチェは私を捜されたみたいです(>_<)
あやこさん、と前の席の方に言われて
はっと気がついたときには、
大きなJ先生が代わりに動いてくださっていました。

あわてて立ち上がって、ばつ悪くまた座った私をご覧になって
リンポチェは笑っておられました。

・・・2週間のセッション中、私が眠って意識をなくしたのはこのときだけなのですが、
ちょうどそこにお仕事がやってくるんですね~
仏さまはよく見ておられます。

なんだかすべてが修業だったのだなぁと
今になったら、よく分かります。


ところで、灌頂は観音菩薩と白ターラー菩薩と2ついただいたのですが、
2回目の白ターラー菩薩灌頂のときは、
みんなで協力して、とても手際よく祭壇を用意することができました。

1回目の祭壇を写メして記録しておき、
そのとおりにまた作ったのです。

このときはリンポチェ、少し離れたところに座ってじっと見ておられ、
ときどき前に出て来られて気になる部分を直されました。

祭壇も美しくできましたが、
みなさんの協力もとても美しかったです。
リンポチェもご満足そうでした。

日本人は、よく学ぶ民族なのです!(^-^)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2017-03-30 16:45 | tibet | Comments(0)

灌頂のお手伝い

さてどのお話から始めましょうか。。。

チベット仏教の瞑想法のひとつ、
成就法(サーダナ)の前には、いつも灌頂があります。
灌頂は密教の大切な儀式です。
今回は、2週目に観音菩薩とターラー菩薩の成就法を学ぶので、
灌頂も授けていただきます。

私自身、いろんなところで何度か灌頂を受けましたが
リンポチェ方にはたいてい、お手伝いの随行の僧がついてこられますし
昨年秋おひとりで来日されたアヤン・リンポチェも
ご法話のときはおひとりでも、
やはり灌頂の際には、もと僧侶のラマ・ウゲンがお手伝いをしておられました。

ですから
どなたかしかるべき方にお手伝いしていただかなくてはと思っていました。
実は心当たりの方にお願いをしたのですが、
残念ながら無理だったのです。

ドルズィン・リンポチェご自身は、
全くかまわない、自分ひとりでするから気にするな、と言ってくださるのですが、
本当にどうなることかとひやひやしながら当日を迎えました。


ご法話の際の祭壇のしつらえにしたって、
いろんな方のご協力で布だけはなんとか3枚調達していましたが、
あとは初日にリンポチェにご指示いただいて、
あれこれ配置してどうにか格好をつけたのです。

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灌頂となるとさらに、リンポチェご持参の
何に使うのか謎な金属製の法具たちが
たくさん別のテーブルに並びます。

今まではただ灌頂を受けるだけでしたから
儀軌の進行次第も法具の配置も、全く意識していませんでした。
いざ主催者側に立った今、何もイメージできないのでした。
とにかく、その場で言われた通りにするしかないのです・・・

前日の夕方、明日持ってくるようにとリンポチェに言われたのは
 果物
 ビスケット
 小さなお皿
 きれいな水(サフランなどを入れて黄色くした水)
 割り箸
 セロテープ
 水差し
 口をゆすいだ水を吐き出す器
などなどでした。

(実は後でまだ増えました。100%ジュース2種類とか、白い布とか。
 ・・・謎でしょ?)
何に使うのかよく分からないと、揃えるのも難しいものです(/_;)
できるだけ早くに帰宅して家捜しして、
ともかく持って行きました。

朝10時前に会場に集合して
机を移動し、いつものように祭壇を作り、
おいでになったリンポチェのご指示に従っていたところ、
「小皿は3枚必要だ」と言われまして(*_*)
あら~てっきり1枚だと思っていましたわ!
枚数を確認していなかった~っ

でも慌てていると、
Nさまが走って、ホテルのレストランで借りてきてくださいました(T_T)

また、家にあったサフランは古かったのでクチナシの実を持っていったのですが、
冷たい水を黄色く染めるのはあまりうまくいかず・・・
でもこれも、通訳のWさんが念のためにサフランを買ってくださっていたので
助かりましたm(_ _)m

なんかもう、ギリギリのところで切り抜けている感じです。
(結局、毎日毎日、最後までこうだったんですが・・・)

ようやくサフランで染めた黄色い水が出来上がり、
2つの壷にそれを満たして、祭壇に並べます。

一度目は壺に入れた水の量が少なすぎるとダメ出しされ、
そうかといって満タンにすると運ぶときに口から水がこぼれ、
まったくもって大変でした(汗)

じっとご覧でお待ちになっていたリンポチェからすれば、
大勢であたふたと、さぞや不手際で不細工だったことでしょう!

準備がすべて整うと、
リンポチェは1時間半ほど瞑想に入られ

その後お昼をはさんで
灌頂が始まったのは午後1時からでした。

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リンポチェは印を結び、真言を唱え、鈴やダマルを鳴らされます。
ときどき通訳のWさんに指示を出されます。
チベット語がわかるのはWさんだけですから
申し訳ないけどお任せするしかないな~と見ていたら、

そのうちに私も呼ばれ、
Wさんと一緒に、みなさんの手のひらに
お清めの水を注ぐ役をおおせつかりました
うまく適量を注げなくて、
注ぎすぎてテキストを汚してしまった方、本当にごめんなさい!!
懺悔しますm(_ _)m

こういうことに使うと分かっていたら、
もっと注ぎやすい水差しを考えたのですが・・・後の祭り。

また、果物とビスケットを少しずつ載せた例の小皿を
折々に、外に施餓鬼に持って出るというお仕事もありました。
最初はWさんがしてくださっていたのですが、
通訳のお仕事があるので
「アヤ」と呼ばれて私も何度かさせていただきました。

結局小皿は3枚どころか、5、6枚も使われたように思います(^^;)
リンポチェは私を見て、それから小皿を見て
ひとこと「offer」と言われるので、
たぶんこう?と思いながら外に持って行って、
琵琶湖畔の公園の、適当な木の根本に置きました。
そして少しだけおんまにぺめふんを唱えて
また会場に戻る、を繰り返しました。

あるいは祭壇の壺を
リンポチェの前のテーブルに移動させたときもありました。
ひとこと「ブンパ」と言われるので、
乏しいチベット語の知識から
「ブンパは確か壷よね」ってゲッシングして、動きます。
間違うと、「それじゃなくてこっちの壺だ」って身振りをされます。

なんといいますか、もう、究極的に阿吽の呼吸ですね。。。
いや~修業になりました。


しかし在家で未熟なこんな私が
灌頂のお手伝いをさせていただくなんて、
ほんとによかったんでしょうか?

よかったんだとすれば、
これはなんという福縁でしょう!
過去生の善業の果を使いきってしまったんじゃないでしょうか~

そのときは夢中でただ動いていたのですが、
今になって、はい。
これは、本当に
ありがたい機会をいただいていたのだ、としみじみと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2017-03-30 16:42 | tibet | Comments(0)

吉祥の日々

ドルズィン・リンポチェは3月28日朝の飛行機で発たれ
シンガポールに無事お帰りになりました。
まずはこの2週間のもろもろの福縁に随喜したいと思います。

大きなJ先生にしても私にしても、このような法会を営むのは初めてで、
参加のみなさんにはたくさんのご迷惑をおかけしたことと思います。
にもかかわらず、みなさんに多大なご協力をいただきました。
それなしには、とてもとても無事に終えることはできなかったです。

毎日の会場設営と片付けは居合わせたみなさんが手際よく進めてくださいました。
ゴミは会場のホテルに泊まっているみなさんが、手分けしてお部屋に持って帰ってくださいました。
大きなお花や割れ物も、毎日誰かがお部屋で預かってくださいました。
さまざまな荷物は毎日、○さんが台車で運んでくださいました。

リンポチェとみなさんにお出しするお茶は、通訳のWさんが毎日作って持ってきてくださいました。
そのお茶を配ったり、お供えのお菓子や果物を分けたりなど、
水屋のお仕事はAちゃんとSちゃんが中心になってくださいました。
足りないものがあったら、気づいた方が隣のホームセンターまで買いに走ってくださいました。
お弁当がらの処理も、みなさんそれぞれが気を配ってくださいました。

とてもとても、とてもとても助かりました(T_T)
本当にありがとうございました。
次回の法会からはもっとスムーズにことを運べるよう、今回の反省点を生かしたいと思います。


私は、J先生とともに、毎日毎日をリンポチェと過ごしました。
3月14日に来日されて
15日・16日は午後からご法話。
17日から20日まで4日連続の前行講座。
1日オフ日をはさんで(お昼をご一緒)
22日午前はご法話の続き、午後は瞑想講座。
23・24日は観音菩薩の灌頂と成就法。
25・26日は白ターラー菩薩の灌頂と成就法。
そして27日はオフで(京都ツアー・J先生は本業のお仕事のため欠席)
28日に離日。

満月の日においでになり新月の日に帰られた
この吉祥なる日々。

リンポチェとご一緒でいることが
もう当たり前のようになってしまっていたので
いま、喪失感がハンパないです。

27日の晩、ホテルのレストランで夕食後に
リンポチェの後ろ姿に向かって、
Ah, Rinpoche, I will miss you.
と呟いたら振り向かれ、
歩きながら
You can call me. You can also send message to me.
You can ask questions about things I taught and we can discuss on them.
And maybe you will learn Tibetan and I will learn Japanese also....
と淡々と話されました。

なんてお優しいんでしょう(泣)

本来ならばご一緒に並んで歩くなんてできないような方なのに。


ほんとうにいろんなことが起こったので、
まだまとめることができないのですが
思いつくまま書き留めてみようと思います。
よろしければお付き合いくださいませ。
 
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by prem_ayako | 2017-03-30 15:48 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako