アードラーの夢

ayakoadler.exblog.jp

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

2016年 09月 16日 ( 6 )

台湾(6)Blessings

(できれば台湾(1)から読んでいただけると嬉しいです)

b0253075_2111997.jpg最終日は、午前に Amidewa Recitation が2座あり
午後に死者供養と Mandala Offering があって、
賑やかにカタを振って、リンポチェとお別れしました。

この日の・・・朝の「おんあみでわふりー」の時です。

朝、何かの話の折りに大きなJ先生が、
「ガルチェン・リンポチェは十地の菩薩だと思う」
とおっしゃいました。
十地の菩薩というのは、
いつでも悟りを開いて涅槃に入ることができるのだけれど
衆生のために、こちら側に留まっておられる菩薩さまのことで、
ほとんど仏さまと同じ境地でいらっしゃいます。
ガルチェン・リンポチェは、そういう菩薩さまだと。

その後のセッションのとき、ちょっと眠くなってヴィジョンを見ました。

私は観音菩薩となって一心に真言を唱えていますが、
壇上の阿弥陀仏の姿のリンポチェと、真言の輪っかでつながっています。
気がつくと、リンポチェの周りの僧侶の方々も
フロアーの人々も、全員が観音菩薩の姿になっていて、
中心のリンポチェと赤い輪っかでつながっています。

ああまるで、般若心経が説かれた霊鷲山みたいな景色だな、
と一瞬思ったけれど
なんだかよく見ると、海の底みたいなのでした。

上を見ると、氷山がいくつかぷかぷかと浮かんでいます。
我執に凝り固まった堅い心。
これが溶けさえすれば大海の水とひとつになれるのに。

われわれの「おんあみでわふりー」真言から出た光が
その氷山に下から当たると、氷はこなごなに砕け、
いくつかの氷山が溶けて私たちと同じになりました。。。


そうして気がついたんです。

こうしていれば、私たちはひとつだ。

リンポチェは、弟子と結んだ縁は、決して切れることはないとおっしゃいました。
悟りを開くまでずっと一緒だと。

私は今まで、リンポチェの肉体とお会いするために
あちこち追っかけをしてきました。
ただひたすら、生身のリンポチェに触れたくて。

でも、それは大事なことではないのかもしれない。

こうして瞑想の中で、私たちはひとつになることができます。
この体験こそが意味のあるものではないかしら。

大切なのは、この体験をどれだけ重ねていけるか、ということであって、
それがリンポチェとのご縁を強くしていくのじゃないかしら。
実際にリンポチェとお会いする回数は問題ではないんじゃないかしら。

だとしたら、私はもっときちんと瞑想に励んで
お家にいても、どこにいても、
リンポチェのお心とひとつになる体験を増やしていかねばなりません。

だって今生でも来生でも、ゆっくりゆっくり進むしかないけれど、
リンポチェは、私がそこに行き着くまで、
他の姿のリンポチェに生まれ変わっても
待っていてくださるんですもの。

Lama chen-no!!



12日(月)の飛行機は朝8時40分に台北桃園空港発なので
ホテルのフロントで、明朝6時にとタクシーを頼みました。

逆算すると、5時20分には起きた方がよいでしょう。
そうして目覚ましをかけました。

ベッドに入っても私はなかなか寝付けず、
そうだ、金色の仏像を手荷物で持ち込むのは無理かもしれないな!と思いつきました。
とても大事なものなので、ずっと手で運ぶつもりでいましたが、
あれって銅かなにか、ともかく鋼製ですよね。。。
高さは約21㎝、かなり重たいです。
凶器になると判断されたら、没収される可能性が高いです!!!

まずいまずい、リンポチェからいただいた仏さまを没収されるわけにはいきません!
これはこっそり何食わぬ顔で
キャリーバッグに忍ばせて預けてしまうのが得策かもしれません。

どんどん気になってきたので、スマホで調べて
やっぱり預け入れ荷物にしてしまうのがよかろうと思いました。

そしてかなり遅くなってから眠ったら
なんということでしょう!今までこんなことは一度もなかったのに
目覚ましが鳴らなかった?!

なんとなく嫌な予感がしてぼーっと時計を見ると
5時54分でした!!

私「え?何時に起きるんだっけ?」
J先生「!まずい」

そこから2人とも海兵隊員よろしく飛び起きて
着替えて化粧はあきらめ、
J先生に相談する暇もないので、仏さまを私のキャリーバッグに入れこんで、
洗面所やテーブルまわりに散らばった荷物をバッグに放り込んだら
「車が来ましたよ」とフロントから電話がかかってきて、
J先生が何食わぬ声で Ye-s, we are coming!と返事して
ここまで10分!われわれはすごい!

タクシーに飛び込んで空港へ向かったのでありました。
車の中で仏さまの運び方について先生と相談し、
やっぱり手荷物は危険なので預けてしまおうということになりました。

カウンターで「おんあみでわふりー」とお唱えしながら
荷物とお別れしたのは言うまでもありません。

関空でちゃんと荷物が返ってきて、どれだけほっとしたか!
税関審査の後さっそくベンチでキャリーバッグを開けて、
仏さまを取り出しましたよ(^o^)


奇跡のように私たちをお守りくださる力は、まだ他にもありました。

月曜は淀屋橋のクリニックでのお仕事日なので、
関空からそのまま、家に帰らず仕事に向かったのですが

重たいキャリーバッグと、仏さま。それに疲れているし~
関空から南海電車ラピートで難波へ。そこから御堂筋線で淀屋橋へ。
というのが普通のルートだと思うのですが、

ラピート内で、とつぜんJ先生が思いつかれました。
「天下茶屋で降りよう。そこから堺筋線で北浜に出ればいい」

ありがたや~難波の喧噪を避けることができましたし
堺筋線は御堂筋線に比べたら、ずっと空いています。
しかもクリニックは、淀屋橋より北浜からの方が近いのです。


こうやって、大事に大事に仏さまをお運びして
事故なく1週間ぶりに、滋賀の家に帰ってきました。

ぐるぐるに巻いたカタをはずし、
梱包のプチプチをはずし
お目を塞いでいたティッシュをそぉっとはずしたら

出てきた金色の仏像は、
ずっと阿弥陀仏と思いこんでいたのに、
美しい美しい男前の釈迦牟尼仏でした。
あれあれ?お釈迦さまにご変身あそばした?

リンポチェお加持のお釈迦さま、
これほどの blessing は他にないでしょう。

めずらしいことです。
すばらしいことです。

ダルマセンターが出来るまで、
うちの祭壇でお預かりさせていただきます。


長い話を読んでくださってありがとうございました。

追記: 私たちが台湾を発ってすぐの9月14日、
巨大台風14号ムーランティが台湾南部を直撃し、
死者を含む甚大な被害が出たということです。
台湾で出会った方々のご無事をお祈りするとともに
被害にあわれたみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。


 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2016-09-16 20:44 | tibet | Comments(0)

台湾(5)Refuge Vow

いろんな方との出会いが、ここ台湾でもありました。

シンガポールで何度も会ったベトナム人のお兄さんも来ておられて、
再会を喜び会いました。
彼はいつどこで会っても同じアミデワTシャツを着ているので、すぐに分かります(^^)

ロビーをうろついていると、Japanese? と声をかけられ、
なんで私が Japanese やって分かるねん?と思ったら、
見覚えのあるシンガポールのスタッフが何人か、
財神の壺やお守りを売りに出張って来ていました(笑)

それから、もうお一人日本人女性が参加しておられて、声をかけてくださいました。
ご主人が台湾の方なので、海外法友席ではなく後ろの方に座っておられて、
後ろから、ずっと私たちのことを観察しておられたそうです(笑)
で、アヤシいものでないことが分かったみたいで、話しかけてきてくださいました。
ありがとう!(でも実はアヤシいかもよ・・・)
また東京あたりでお会いできるかもしれませんね♪


3日目の土曜日に、希望者がリンポチェから帰依戒を受ける儀式が行われました。
私は3年前に東京で受けたので前に出ませんでしたが、
シンガポールでもここ台湾でも、延々と人が並びます。

今までは・・・たいへん罰当たりなことだったと思うのですが
正直、長いなあ~まだ終わらないのかなあ
と心の中で考えていました。

でもこの度は違いました・・・
とてもよい席に座っていたこともあります。

戒をお授けになる、弟子の髪の毛を1本切り取るときの
リンポチェの真剣なお顔と、
それをお手伝いされるチメードルジェ・リンポチェのお顔が
よく見えます。

そして、法名の書かれたカードをいただき、
もとの席に戻ろうと振り返って顔を上げた瞬間の人々のお顔も、
逐一観察できる席に、私はいたのです。

どなたのお顔も、ほんとうに美しい。

何が起こったのか分からないような、ちょっと戸惑った顔。
淡々と無表情な、あるいは無表情を装った顔。

あるいは、上気した満面の笑顔。
感動で歪んで今にも泣き出しそうな顔。

ときには親子いっしょに。夫婦いっしょに。
幼児も、あるいはお腹にいる赤ちゃんもいっしょに。
ときにはペットの犬もいっしょに。

スタッフTシャツを着た若者が待っていたのは
慣れないしぐさで戒を受けた壮年の父親でした。
肩を並べて帰って行きます。

あるいは娘が、父親や母親と
ガルチェン・リンポチェとの縁をつないでいます。

身体の不自由な方が、足を引きずりながら
杖をつきながら
あるいは痙攣しながら
リンポチェの前に進み出て、戒を受けておられます。

みなさんひとりひとりのお顔をずっと見ていると
ひとつひとつに美しいドラマがありました。
感動でまた泣けてきました。


リンポチェは・・・
 私が戒を授けた者の髪は、みんなこの袋に入れて保存している。
 毎日この袋を見ては、
 かけがえのない私の弟子たちの幸福を祈っている。
 なぜなら私と結んだこの縁は、
 みなが菩提を得て悟りを開くまで、決して途切れないのだから。
とおっしゃいました。


この人も、あの人も、みんな知らない人たちだけれど、
みんなが楽を得ることができますように。
来生では今よりも、苦を離れられますように。
その楽が続きますように。
すみやかに、平等の境地に行けますように。

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by prem_ayako | 2016-09-16 20:43 | tibet | Comments(0)

台湾(4)Amidewa Recitation

法会では毎日、
午前中は Five-fold Path of Mahamudra のご法話があり、
午後からは Amidewa Recitation が2座あり、
夕方の半時間ほどは、Phowa の教えとその実習をする
という流れでプログラムが組まれていました。

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シンガポールと、ここ台湾と、プログラム自体はそう違いはありませんが、
大きく違うのは、場の雰囲気です。

おおざっぱに言ってしまうなら、
混乱雑多のシンガポールと
規律整頓の台湾、といった感じでしょうか~

台湾では休憩時間であっても、ボランティアさんたちが
会場内では「黙想念誦」の札を掲げ
外の廊下やロビーでは「請軽声細語」という札を掲げて立っています。
少々の話し声はありますが、総じて参加者全員とても静かにしています。

かたや、シンガポールの休憩時間の喧噪といったら!(^^;)

シンガポールで休憩時間の人混みがしんどかった私としましては、
台湾の落ち着いた雰囲気の方が、数倍、過ごしやすかったのでした。

中国語って、迫力があるんですよね。
「請軽声細語」の札がなかったら、台湾でも同じようにうるさくなってしまうのか
あるいは札がなくてもシンガポールよりは静かなのか、
私には検証のしようがありません・・・

台湾のサンガの所長さんは華(ふぁ)さんとおっしゃり、
センターで金色の仏さまを包む時、とてもお母さん的に手伝ってくださった方です。
リトリート中のアナウンス
(静かにしてくださいとか、もうすぐリンポチェが来られますなど)
はすべて華さんがしておられましたが、
とっても上品な美しい発音で、華語と英語を話しておられました。
この方の個性も、参加者をまとめる上で大きいのかもしれません。


次に、お経の読み方が違います。
台湾ではチベット語に華語を重ねて読む。
シンガポールは、チベット語・中国語・英語と、同じ経文を3回読む。
ここでJ先生もY先生もかなり驚いておられましたが

私はむしろ、真言「おんあみでわふりー」の唱え方の違いに驚きました。

シンガポールでは、最初しばらくリンポチェがゆっくり真言を唱えられ、
その後大部分の時間は、リードを担うウンゼーが、真言を繰り返します。
これがものすごい高速で、どんどんみんなのテンションを上げていきます。
アッパー系ですね。

台湾では、リンポチェがゆっくり真言を歌うように唱えられる時間が長く、
その後のウンゼーさんも、規則正しい速さで繰り返します。
決して高速にはなりませんでしたし、
リンポチェがリズムを刻まれてることもありました。

同じリンポチェのリトリートなのに、
なんでリンポチェご自身のお唱えの仕方がこんなに変わるのか。
凡夫には分からない謎ですw

でも実は私は、台湾風のお唱えの仕方がとっても気に入ったのです。
リンポチェのゆっくりした節つきの「おんあみでわふりー」が
とても吉祥なるものだということに、
何回目かに気がつきました。

・・・リンポチェのお歌、音程もリズムも、とっても微妙です(^^;)

 おんあーみーでーわぁふりーぃぃ
 おんあーみぃでぇわぁふりー
 おんあみ・でーわぁふりーー・・・
 おんあーみーでーわぁふりーぃぃ

この微妙な節回しをできるだけ真似してですね、
リンポチェの呼吸に合わせて、いっしょに歌ってみたのです。
音が少々変になっても狂っても気にしない!
ただリンポチェと同時に息を吸い、同じだけ息を吐いて歌うのです。

そうしたら! とってもとってもいい感じ!
気がつけば会場にいる人がみんな、リンポチェといっしょに歌っていました!
リンポチェの呼吸、リンポチェの声にみな一心に耳を傾け
衆生の心がひとつになっていたのです。

感動でした(涙)
シンガポールで、リンポチェのお心とひとつになった体験をしたと書きましたが、
今度はリンポチェだけでなく、すべての衆生とひとつになった気がしました。


リンポチェは分かっておられるのでしょう。
人々が満足するまで、何度も何度も真言を歌われ、
よい頃合いになると、
低い声のウンゼーに、リードを渡されました。


素晴らしい体験でしたよ。
毎日2座ずつ、これを繰り返すことが出来たのですから、
どんだけ私が幸せだったか、
ご想像できるでしょう?
 
 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2016-09-16 20:42 | tibet | Comments(0)

台湾(3)Ximen

9月8日(木)から4日間、
台北の福華国際文化会館という施設で
ガルチェン・リンポチェの法会があります。

最寄り駅は、MRT松山新店線の「台電大楼」駅なので、
通いやすいように考えて、同じ線上の「西門」駅近くにホテルをとりました。

台南と違って、台北、とくに西門界隈は都会です!!
どうやらオタク文化の街で、イっちゃってる系の若者の数が多かったです。
まず女性の服装が違いますし、男の子の髪型も違う。
駅からホテルまでの徒歩10分圏内にコンビニが3軒あるのも、台南と段違いです。
やっぱこういう便利さは助かりますわ~

木曜日は Fivefold Mahamudra の灌頂をいただく日で
午後1時から入場できると書いてあったので
台南を朝に出て、昼前に台北中央駅に戻って西門のホテルに荷物をあずけ、
自由席なので早い目に会場に行きました。

まず受け付けで名前を書いて、ラジオ式の翻訳受信機を借り、
講堂のような広いホールに入りました。
階段状になっていて、2階席もあります。

ふと前の方に、「海外法友」と紙を貼った席が見えました。。
案内のボランティアさんが、どうぞどうぞと言ってくださったので
ちゃっかり、その席に座らせていただきました(^^)
「海外法友 Dharma friends from abroad は通訳の電波が届くようなるべく前へどうぞ」とアナウンスもありました。

この席は正面に向かって右よりではありますが、、
前の2列はお坊さまたちがお座りになる「僧衆席」でしたから
在家ではいちばん前(3列目!)になります。

思いがけず、こんなに良いお席!
シンガポールでは人数がもっと多いこともあるけれど、いつもかなり後ろの席で、
正直、望遠鏡を使わなければリンポチェのお顔が見えません。
これは、自分の土地の法友をまず優先させるか海外法友を優先させるか、
という方針の違いに依るのでしょう。
なんにせよこの度は、とっても優先していただけて、
とってもとっても有り難かったです!!

だってガルチェン・リンポチェのご存在が近くにあって
ご表情もありありと見えるし
リンポチェの波動が・・・エネルギーがびんびんに届く距離なのですww

もちろんこうなったら、一睡もできません!
ずっとぎんぎんに冴えて、4日間を過ごしました。

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驚いたことに、私たちより一足早くその席についておられたのが、
東京のチベット仏教関連の法会をいつもサポートしておられる
仏教学者のY先生でした。
Y先生の方は、私の名前などご存知ないと思いますが、
はじめて東京でガルチェン・リンポチェにお会いした折りも、
この方のおかげで、わずかな資料をいただくことができたのです。
ご挨拶をして、以降4日間、ずっとお隣に座らせていただきました。


さて、こちらの法会は午後6時に終わるので、
MRTで西門に帰り(交通費、片道60円ほど!)
初日だけ、近くのレストランでちょっと豪華に夕食をとりました。

翌日からは、朝8時入場開始なので、
前日の帰りに買っておいたベーカリーのパンを、ホテルの部屋で食べて行きました。

また、いつも解散時に「夕食にどうぞ」と大きな手作り野菜饅頭をいただいたので
西門で揚げたての胡麻団子などを買い足して、
ホテルでお湯を沸かし、頭頂烏龍茶を入れて夕食にしました。

お昼はお昼で、けっこうな量のある素食(=菜食)弁当を配ってくださるので
食生活はとっても充実していました!
瞑想に集中できてありがたかったです!
 
 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2016-09-16 20:41 | tibet | Comments(0)

台湾(2)Tainan/Anping

台湾を訪れるのは、実は私は3度目になります。
前は2度とも純粋に観光目的で、
故宮美術館や、九扮や、東岸の花蓮にまで足を伸ばしもしました。
でも、台北以外の土地に泊まったことはありませんでした。

今回は大きなJ先生のご希望で、台南を訪れてみることになっていました。
台南を拠点に活躍した国民的英雄、鄭成功(ていせいこう)に
興味がおありだからです。

「台北中央」駅から台湾の新幹線・高鉄に乗れば「台南」駅まで2時間たらず。
私はずっと、リンポチェからいただいた仏さまを、
ひざに乗せて抱っこしておりました。

ところが私たち、夢見心地になっていたためか、
ホテルは台鉄の「台南」駅の方だという事実を
すっからかんと失念しておりました(>_<)

高鉄のインフォメーションのお姉さんに教えてもらって
仕方がないので台鉄に乗り換えて、
ごとごとと揺られているうちに、外はえらい雨になっていました。

めざす台鉄「台南」駅についた時には、もうどえらい豪雨。
駅の地下道はすでに雨漏りしていて、床にブリキのバケツが置いてあります。
昨今なかなか見ない風景です・・・

亜熱帯の台湾、雨の降り方が日本とちょっと違います。
土・砂・降り!
ほとんどの人が大きな合羽をすっぽりかぶっています。

やっとつかまえたタクシーの運転手さんにホテルの番地を見せました。
「この路地を奥に進めばホテルあるからね」と親切に示して降ろしてくれたものの
行けども行けども、それらしき宿は見つかりません。

豪雨の中、大きな荷物を引いて行きつ戻りつして困っていたら
路地の入口に、壁代わりの透明ビニールを吊った、小さな飯屋さんがありました。
ビニール越しに、出先から戻って傘を閉じようとしているおかみさんと、
粗末な椅子に腰掛けた、白いランニングシャツのおじさんが見えました。

J先生がビニールのすき間から中に声をかけて、道を尋ねました。
まず奥さんが顔をしかめて番地と地図を眺め、
おじさんの方が横からのぞきこんで、「あ、わし、ここ知ってる」と言いました。

「知ってる知ってる。わしが案内したるわ」と(なぜか関西弁に聞こえる)
おじさんは奥さんのビニール傘をひったくり、
さっと先に立って、「こっちこっち」と案内してくれたのでした。
!なんていい人なんでしょう! こんな雨の中、わざわざ出てきてくれるなんて!
「日本人? ここすべるからね、ゆっくり。ゆっくり」

私たちは、この雨ではほとんど役に立たない折りたたみ傘をさし、
すでにびしょ濡れです。
さらに不幸なことに、私はビルケンシュトックのサンダルを履いておりまして orz
サンダルも靴下もずぶ濡れで、グチョグチョと音がするほどです。。。。。
リンポチェからいただいた仏さまを入れたバッグを必死でかばいながら
すべらないように用心して、後をついて歩きました。

細い路地をずいぶん奥まで歩いて、さらに分かれたもっと細いすき間に入っていくと
こんな場所、誰が分かるか!というような所に、私たちのお宿はありました。
でも実は、表通りからならすぐに分かるのに、
タクシーの運転手さんが裏側に回ってしまったようなのでした。

「ここやで、じゃぁな!」
おじさんは身を翻して、雨の中、ひょいひょいっと帰って行きました。

こうしてチェックインできたのは、もう午後8時ごろ。
高鉄の「台南」駅を降りてから、1時間半も経っていましたよ(T_T)
まだ夕ご飯を食べていなかったので、
このあと、再度雨の中に出かけなくてはならなかったのですが・・・
もう特記するような事件はこの日はありません(これ以上あってたまるか)

散々ではありましたが、昼間のリンポチェの笑顔を思うと心がポッと明るくなります。
明日は明日の風が吹く・・・
とりあえずは清潔なお布団でぐっすり眠りました。

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・・・翌朝も土砂降りでした。

今回学んだことですが、
ガイドブックに載っていないような小さな台湾のホテルって
「朝食付き」と書いてあっても、実は近所の店の食事割引券をくれるだけで
その近所の店ってのも、閉まっていたり見つからなかったり、
ちょっと入るのをためらうような所だったりで、あまり使えないことが多いんですね。

まあそれでも、もらった割引券8枚中、2枚使えたんだから良い方かな。。。
台湾風サンドイッチの露店でテレビニュースを眺めていたら、
「注意喚起 強風大雨 河川増水 低気圧」などとテロップが流れます(>_<)

良識ある私はホテルへ戻ろうと提案しましたが、
大きなJ先生は、このまま市内観光しようとおっしゃり、
とりあえず、すぐそこに見えている Chihkan Tower(赤かん楼)だけは行きましょか。
ということになりました。
Chihkan Tower は、鄭成功の台南における城のひとつです。

晴雨兼用の折りたたみ傘をこれ以上酷使するのは可哀相すぎるので、
私はまず、コンビニで長傘を買いました。
警報が出ているような豪雨の中、
芝生の庭は池となり、れんがの階段は滝となる中を歩き(渉り?)
(今日も可哀相なビルケンシュトック!)
なんとか建物内に入りました。

それでもすでに何人かの観光客がいたのですから、驚きですね。
私の良識を越える人々が、けっこうおられるということだわ(笑)


ここで雨宿りしているうちに小止みになってきましたので
そのまま市内散策を強行することにいたしました。
(こうなりゃヤケクソですわ)

b0253075_2049479.jpg祀典武廟(関帝廟の総本山)
大天后宮(媽祖廟の総本山)
鄭成功の家廟、
孔子廟、などなど。

道を曲がるたびに現れるお堂やお寺を
片っ端から見て回り

お昼にはいったんホテルに帰って休みました。


午後、もう雨の峠も越しただろうというご意見に従い、
今度は台南市の北西の端にある、安平という海沿いの観光地に行きました。
ここも、鄭成功がオランダから奪い取って拠点にしていた所です。

美しい安平古堡(ゼーランディア城)にいる間はよかったのですが
その後、またもや土砂降りの雨になりました。
安平樹屋に入園し、古の貿易会社の建物に避難して
1階テラスの、まだ足元の乾いていたベンチに座って雨を避けましたが

あまりの雨に床上浸水してきてw
一時は、このまま降り続いたらベンチの上に立って救助を待つのか。
下手に屋内に入って、ここで溺死なんてことになったら困るわね。
なんて妄想するぐらいの激しさでした・・・

しかし仏さまのご加護もあり、そのうち水は引いてきて、
観光客たちはまた、何ごともなかったように見物を再開し
私たちも、お目当ての樹屋を見ることができました。

樹屋は、崩れた倉庫にガジュマルの巨木が覆い被さって茂るさまが売りなのですが
いやはや、豪雨の合間で空は薄気味悪い暗さで
床は池というよりも、もはや海、
天井を覆うガジュマルの根っこからはボタボタと水滴が落ち・・・という
このタイミングで見物するには、ちょっと恐ろしいような所でしたね。。。

樹屋に付属のお土産物屋さんで、
昨夜の飯屋のおじさんにと、お土産を買い求めました。
売り子のおばさんも、一生懸命でとってもいい人だったです~

b0253075_20464555.jpg

豪雨の合間、と書きましたが、
この後またもや大雨になりましてね。
帰りのタクシーがつかまらなくて、雨の中立ちっぱなしで1時間。
ようやくバスで市内に戻り、
ヘトヘトではありましたが、
おじさんにお土産を渡そうと件の飯屋さんに立ち寄りました。

相変わらず白いランニングシャツのおじさん、
「これ、わしに?」とすごく驚いて、「ありがと、ありがと」の連発です。
Thank you very much, YOU helped us much!
例の路地を宿に向かって歩き出すと、
バタバタと追いかけてきてバナナを1本差し出してくれました。
「知ってるか?これ、バナナ。おいしいおいしいよ!」


b0253075_20383428.jpgありがたくいただいて、お夜食に先生と半分ずつ食べました。
日本で食べる台湾バナナと、ほとんど同じ味でした(^^)

こうして人情豊かな
タクシー事情の悪い
雨の台南とはお別れです。

翌朝は、やっと雨も上がりましたが
ここまで来ることは、もうないかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2016-09-16 20:40 | travel | Comments(0)

台湾(1)Xindian

1週間ほど、台湾に行ってきました。

今年は6月末から7月にかけて、
シンガポールでガルチェン・リンポチェにお会いすることができましたが

実は私たちの参加したアミデワ・リトリートの前後にも
かの地でリンポチェは、さまざまな教えを授けておられました。
次のご訪問先の台湾でも、たくさんのリトリートを予定しておられます。

よく調べると、ちょうど私たちの空いている9月のはじめに、
台北にて、またアミデワ・リトリートを開催されることが分かりました。
しかも admission free(入場無料)no registration(申込不要)と書いてあります!
それだと自分たちでホテルをとって、気軽に参加することができます。
いちおう英語通訳が付くかどうか確認したかったので、
台湾のサンガにメールして、海外参加者としてJ先生と登録しました。

この旅は
私にとっては、はじめてリンポチェとお会いした時と同じぐらいの
衝撃がありました。

ゆっくりお話ししていきますね(^^)


9月6日(火)午前9時10分発の台北行き飛行機で
台北桃園空港に着いたのが、現地時間11時過ぎ。
時差は1時間なので、3時間のフライトです。
シンガポールよりずっと近いから、ずっと楽です!

空港から台北中央駅までバスで移動。
駅で軽くお昼を食べて、大きな荷物をあずけて
MRTに乗って、Garchen Dharma Institute のセンターを訪ねました。

めざすセンターは、いちおう台北市内(新店区)ですが、
MRTからまた支線に乗り換えた「小碧潭」という駅にあります。
わりと郊外で、実際行ってみると、ん~っと・・・
大阪で言えば御堂筋線(北大阪急行)の「千里中央」って感じかな。

駅からは地図と番地を見ながら、探し探し行きました。
あたりは高級住宅街で、探し当てたビルの入り口はオートロック。
高い天井のエントランスには制服の門番が詰めています。
Garchen Dharma Institute は、13階と14階の2フロアーを使っているようで
とても清潔でセレブな場所なので、びっくりしてしまいました。

私たちは、ここでまたリンポチェと、個人インタビューを組んでもらっていました。

今回ずっとメールでやりとりしてきたのは
Claudia という、背の低い、短髪で眼鏡の女性でした。
「ここは in a mess なので、リンポチェとお会いするのは下の階よ」
とおっしゃるのですが

いやいや(^_^;)シンガポールのディクン寺 Dargye Ling に比べたら、
ここはちっとも mess なんかじゃありません。
脱いだ靴だって、玄関の木の格子の靴箱にみんなちゃんと入れているし
(シンガポールだと、脱ぐ場もないぐらい扉の前に靴が散乱してます 笑)
大きな法会の前だというのに、とても整然としています。

それでもさすがにチベット風、話はころころ変わります。
他のグループが先だからあなたたちは3時半よ、とまず言われ、
くつろいでいたら、いきなりここにリンポチェがおいでになると言われ、
慌ててカタを出して用意していたら、結局リンポチェはおいでにならず、
あなたたち先に行きなさいと2時45分に言われて、すぐに下の階に降りたのでした。


リンポチェは下の階のお部屋の中、
大会社の社長さんが使うような大きな事務机の向こうに座っておられて
いつものように「おおよく来た、よく来た」とお顔をくしゃくしゃになさり、
机ごしに、私のほっぺたにキスしてくださいましたv(^o^)v

今回のリンポチェとのインタビューの目的は、
日本にガルチェン・リンポチェのダルマセンターを作りたいこと
その手始めに、ドルズィン・リンポチェに来て教えていただくことのご報告と、
Garchen Institute Japan という名称を使うご許可をいただくこと、の2つです。
事務的なことなので、どちらもJ先生が英語でお話しされました。

若いお兄さんが通訳してくれている間、
リンポチェは次々と、いろんなものを手渡してくださいます。
まずは美しい石で飾られた腕輪。J先生にはグレイの玉のお数珠。
それから、『白ターラ母七讃』の小冊子。
私はそれらを手にとって感動したり、
リンポチェと微笑みあったり合掌したりするのに忙しく
やっぱり、ほとんど通訳さんの英語を聴き取れませんでした(^^;)

でも、「おお~ダルマセンターか、善き哉、善き哉」とか
「もちろんわしの名前など、いくら使ってくれてもよいぞよ」とか
おっしゃっていることは、お声の調子と所作とで、よぉく分かりました。

また、前回のシンガポールのリトリートで瞑想中、
リンポチェと心がひとつになったような気がしましたと申し上げると、
リンポチェは目を細め、両手の親指を立てて、Good job! のポーズをなさいました。

そして『法身普賢の誓願』と『白ターラ母七讃』に
詳しく書かれているから読んでおくようにとおっしゃいました。

はい!師よ、読みます! Lama chen-no...

そしてそして最後には・・・
リンポチェはお付きのラマに合図して金色の仏像を持ってこさせ、
白いカタでくるむようにして、私たちの前に差し出されました。
(@_@)
ダルマ・センターに置くようにと、くださったのです!
So-o precious!! 思いもよらぬことでした。


さぁ大変です。
時間が来たので促され、おいとまして上の階に戻ると

そのままでは持って帰れないでしょう?と、
センターの所長さんや居合わせたアニ(尼僧さん)たちが
仏像のお目を塞ぎ、梱包してまたカタで包み、
袋に入れるのを手伝ってくださいました。


J先生も私も舞い上がってしまって、
用意してきたお布施をお渡しするのをすっかり忘れていたことに、
小碧潭駅まで戻ったときにやっと気がついて

きびすを返してまたセンターに戻り、
Claudia には「なんでまた戻ってきたん?」とか言われながらw
ちゃんとお布施を渡すことができました。


「ダルマセンターを作るのは大変じゃぞ。
 立ち上げるのももちろん大変じゃが、
 維持していくのも、とても大変じゃ。
 しかし衆生のためにダルマセンターを作るということ、
 それだけでも、
 大きな大きな福徳じゃ。
 たとえ道半ばで終わっても、その福徳は計り知れない。
 がんばるのじゃよ」
リンポチェは力をこめて励ましてくださいました。

これから先、何度も何度も
私は今日のこの場面を思い出すでしょう。
台北の新店のあのお部屋、
リンポチェのお姿、いただいた腕輪と金色の仏さま。
それらを思い出しては
そのたびにまた、私は力をいただくことでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
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by prem_ayako | 2016-09-16 20:39 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako