アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

Drupwang Rinpoche

6月にシンガポールで出会った Evelyn 夫妻と
この日曜日、大阪で再会しました。

旦那さまの Dr.Lee は、病院経営者でもある内科のお医者さま。
Evelyn は、大学で日本語を専攻した日本びいきです。
親戚たち9名(!)のグループで
2週間の日本旅行を楽しんでいるんだそうで、

来日してすぐに和歌山、串本、伊賀の忍者屋敷を巡り、
この日の昼間は京都の清水寺を訪れて、
翌日からは広島に行くんだとか。
その後、名古屋にも東京にも。
Crazy~~~(^_^;)

お豆腐料理を食べながらいろいろお喋りしましたが、
私にとって、この日いちばんの収穫・・・というか、
karmic bond(前世の因縁?)を感じたのは

ドゥプワン・コンチョク・ノルブ・リンポチェ(Drupwang Konchok Norbu Rinpoche)のお話です。

ドゥプワン・リンポチェは、ディクン・カギュの高僧でいらっしゃいますが
ただの高僧ではなくて、まごうことなき siddha(成就者)であられます。

b0253075_1194165.jpg頭の上に巻いた髪は、お籠もりの印・・・
何年も何年も山奥の洞窟などに籠もって
修業をされた証しです。

お写真を拝見するだけで、
私などはもう、ゾクゾクしてしまうのです。
(大きなJ先生の表現では、
 fell in love しているという・・・)

この方には、いつも小鳥が寄ってくるとか
重たい石のマニ車を手を触れずに回されたとか
岩に足跡をつけられたとか
いろんな逸話が伝えられています。

ダライ・ラマ猊下のことを大好きで
また猊下もリンポチェをとても頼りにされていて
「まだあっちへ行ったらあかんぞ」と何度も
お引き留めになられました。
それで、ご自分のおつもりよりも
少し、長生きをしておられたのです。


そしてここからが、この日 Dr.Lee から伺ったお話です。

ドゥプワン・リンポチェはシンガポールで
何度かマニ・リトリートを開いておられました。
2007年12月のクリスマス前、
シンガポールの空港に降り立ったリンポチェは
すでに相当、具合が悪くなっておいででした。

すぐに、市内のディクン・カギュのセンターに運ばれて、
センターの一番近所に住んでいたお医者さんが呼ばれました。
その医者が、Dr.Lee のお友だちだったのです。

リンポチェの状態は、もうとてもお悪くて
意識不明になられました。
お医者さんは、すぐに救急措置を施さなければなりませんでした。

病歴など全く分からないまま、
近所に住んでいるからというだけで
海外から着いたばかりのチベット僧に
いきなりの心臓マッサージ。

それでもベストを尽くされたのですが
その甲斐むなしく・・・リンポチェは遷化してしまわれました。
86歳だったということです。
ガルチェン・リンポチェはじめ、多くのディクン・カギュの高僧方が
その後移された病院に、続々と集まってこられたといいます。


そのお医者さんは、仏教信者でもなんでもなかったのですが、
ご自分の初期治療が悪かったためにリンポチェを救えなかったのではないかと
とても心苦しく思われたそうです。
そしてディクン・カギュの信者になりました。

それからわずか2年後、
まだ若いそのお医者さんが
末期癌であることが分かりました。

Dr.Lee を含む友だちや同僚の方々は
彼のベッドを取り囲み、
みんなでオンマニペメフンを唱えて彼を看取りました。
誰もディクン・カギュではありません。
ただ、死んでいくその彼が望むので、
小乗仏教(テーラバーダ)の友だちも、彼に聞こえるようにマニを唱え、
クリスチャンの友だちも、彼の目の前に観音菩薩の絵をかかげて見せました。

彼は幸せそうに逝ったといいます。

Very touching story....

ドゥプワン・リンポチェがシンガポールに来て亡くなられたのは
この彼をディクン・カギュに帰依させ彼の魂を救うため
そのためだけだったのではないかしら?

というのが、Evelyn の意見です。


私は残念ながら、ドゥプワン・リンポチェにお会いしたことがありません。
YouTube の Yogis of Tibet でお姿を拝見しただけです。

このビデオにはディクン・カギュのリンポチェ方が大勢出演しておられて、
お若いガルチェン・リンポチェも、サーモグラフィーの実験に協力しておられます。
しかし、当時の私がもっとも強く惹かれたのは、
ガルチェン・リンポチェではなく
ドゥプワン・リンポチェでした。

あぁこのような方のお側にいたい・・・と感じていました。
(まぁ、ほぼ小鳥と同じレベルですね)
すでに亡くなっておられると知って、とても残念でした。

Evelyn に言わせると、それもまた karmic bond なのだそうです。
「だって私たちは3度も(マニ・リトリートで)お会いしたけれど
 ドゥプワン・リンポチェに fell in love しなかったもの」


今年6月、あれだけ多くの人のごった返すその中で
声をかけられ親しくなって
さらに半年後、日本で会う機会を得たこの人たちが、
実際にドゥプワン・リンポチェとまみえ、
深いご縁のあったお友だちのお話をしてくださるとは!

ほんとうに不思議なことです。
ほんとうに珍しいことです。



つい昨日もまた、
あるチベットがらみのお友だちが
ガルチェン・リンポチェの「ガンジス川のマハームードラ」のテキストを
送ってきてくれました。

マハームードラのテキストはインターネットにいくつか落ちていますが、
<ディクン・カギュの><ガルチェン・リンポチェの>テキストそのものは、
やはりネットでは手に入りません。
微妙に語尾や語順が異なっていることがあるので
私としては、ぜひ<リンポチェの>ものをコピーして
ゆっくりと勉強していきたいと思い、お願いしてみたのです。

なんとありがたいことに!
彼女は貴重なご自分の冊子を、そのまま送ってきてくださいました。
彼女の為された福徳に随喜いたします。


小さな縁が、確実に何かを紡いでいっている・・・
私はこうして少しずつ
何かの糸をたどっていっている・・・
なんだかそんな気がしています。

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by prem_ayako | 2015-12-16 11:27 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


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