アードラーの夢

ayakoadler.exblog.jp

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

(2)私にできるわずかのこと

翌7日はカウンセリング予約が3件入っていたので
とりあえず出かけて、目の前のクライエントさんに集中しました。
夕方にデパートに寄って、
頼まれていた母の財布と、父の靴下とを買って帰りました。

帰宅すると、もう2人は寝る支度をしていましたが
母は新しい財布の包み紙をまず開き、
「こんなのがほしかったの!うれしい!」と
少女のようにはしゃぎました。
そんな嬉しそうな母を見るのは、ずいぶん久しぶりでした。

頼まれたことをして「ありがとう」はよく言ってもらったけど
ご飯を作って「おいしい」ともよく言ってもらったけど

こんなふうに笑顔になってもらえるようなことを
私は、あんまりしてあげていなかったなぁm(_ _)m
とても申し訳なく思いました・・・


そのあと、疲れていたけれど
瞑想しました。
してよかったです。

心が落ち着くと、
家でお世話ができなくなったという事態の急転に
まず私がショックを受けているのだとわかりました。
私としては、できるだけ長く、できれば最期まで
父に家で過ごしてもらおうと思って、この家に帰ってきたのです。

しかしそうは言いながらも、私は週の半分ぐらいしか家に居ず・・・
結局、ほとんど全ての負担は母が背負っていたのでしたm(_ _)m

そして、この「家でお世話したい」という願いもまた
私の勝手な欲だということに、ようやく気がつきました。

父に幸せになってほしい
母に幸せになってほしい
というのは、しょせん貪欲であります。


昨年末のスピリチュアル・ワークで大きなJ先生に教えていただきました。
「仏教は親孝行を勧めてはいません」
「親の不幸は、親が自分で選んだカルマです」
親を幸福にする力は、子どもにはない。。。
親が幸福になるかどうかは、親自らの因と縁に依るのです。

徹底的な個人の主体性です。
そして全体の中で、あるべきように
すべては配置されていく。

父の今の身体の状態も、
母の今の精神状態も、
父が母に依存している今の2人の関係も、
ふたりが長い時間をかけて作り上げてきたもの。
彼らのカルマです。

流れが、父をどこかの施設に託すという方向で動いているのなら、
私にできることは、
少しでも父にとって快適な場所を、探し出すことです!


母が飛びついて決めた昨日の施設で
父が幸せな最期を送ることができるとは
残念ながら、私には思えませんでした。
父はやさしくて穏やかな人ですから、
母が頼めば我慢してくれるでしょうけれど・・・

誤解のないように言っておきますが、
決して悪い施設ではないんです。
きれいで親切なところなんですよ!
でも私の無意識は、しつこく私に告げていました。
「あそこに入ったら、父はあっという間だろう」と。。。

私は夢中になって
ケアマネさんが置いていった神戸市の施設一覧リストの中で
家から比較的近い施設(ケア付き有料老人ホーム)を、片っ端から検索しました。

母が会いに行き易い場所であること。
入所時に高額な一時金を徴収しない施設であること。
自分が入ってもよいと思えるようなところ・・・

仕事で研修宿泊施設を探すときの経験が、
少し発揮できたような気がします・・・

夜遅くまでかかってABC3つの候補を絞り込みました。
母を混乱させないように黙ったままで、
明日はこれらの老人ホームに連絡をとって
見学の手はずを整えようと考え、
ようやく眠りにつきました。
[PR]
by prem_ayako | 2015-01-16 11:38 | family | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako