アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

父のこと

そもそも神戸の実家に私が戻ることを考え始めたのは
昨年の夏、
父が大切にしてきた家庭菜園を
その夏限りでやめることにした、と言うのを聞いたときでした。
水やりが大変だからもう続けられない、ということでした。

確かに昨年の夏は酷暑で、1日2回の水やりは重労働だったでしょう。
でも、閉院してからあんなに楽しんで丹精込めて
花や野菜を育てていたのに・・・
それをすべて放り出してしまうなんて・・・
父はそんなにも弱ってきたのかと、初めて気がつきました。

戻るのなら急がないと、と思ったのでした。
この時の判断は正しかったと思います。

戻って以来、ここ半年の間に、
父はずいぶん年をとりました。

春の頃は、まだ、
天気のよい日には散歩に出ていましたが
外で動けなくなってしまったことがあって
それから外出しなくなりました。

家の中でも、何度か転倒しました。
転ぶと、自力では立てません。
そんなことで、だんだん自信をなくして、
病院に行く以外は、一切外に出なくなってしまいました。

車椅子を勧めたのですが、
この時点では、「まだそこまで落ちぶれていない」なんて言って、
がんこに杖で歩こうとしていました。
ようやく、しんどい時だけ、と納得して
屋内用の車椅子を借りたのが8月末。
最近は、少しの移動も車椅子を使うことが多いです。
(おかげで転倒することは減りました)

昼間もうつらうつらしており、
しんどいのか、日中もパジャマで過ごすようになりました。
いつも丁寧にひげを剃る人だったのに
口元に無精ひげが目立つようになりました。
(無精ひげの父を見るなんて、初めてのことです)

天気のいい日には、外用の車椅子を借りて連れ出してあげたいなと思うのですが、
言っている間に寒くなってきてしまって(>_<)
今、風邪を引かせては・・・と思うと、なかなか実行に移せません。


夏頃、いっとき不整脈がひどくなって
たぶん漢方医学的には気虚だったと思うのですが
あまりにしんどそうなので、医者である兄が日赤への検査入院を勧めました。

耳も遠くなり
反応もずいぶん鈍くなっている父ですが
このときばかりは、はっきりと「行きたくない」と言いました。
「検査をしても、どうせそんなに長くない。 病院はいやだ」と。

それで、家で父を看ていくことに、方針が定まりました。


今はだいぶ落ち着いていて
週に2回、看護師さんが入浴介助に
週に1回、理学療法士さんがマッサージに来てくださいます。
月に1度は、理容師さんが散髪に。
入れ歯も、なじみの歯医者さんにお願いして調整に来ていただきました。
(往診料高かったですけど!)

できるだけ家で看ていくという方針に
ケアマネージャーさんや福祉の方々が
さまざまに協力してくださって、とてもありがたいです。

あと欲を言えば、私としては、
在宅医療を専門にやっておられる旧知のお医者さまにコンタクトをとって
今後のことをお任せしたいと思っているのですが、
これにはまだ、父の同意を得られていません。
父が決めることですから時期を待とうと思っています。


父が最期の日に向かっているのは、
私の目から見ても分かります。

それが早いのか、先なのかは
誰にも分かりませんけれど。

でも父は、住み慣れた自分の家に住み、
母の手を借りて自分でトイレに行き
週に何回かは、娘のおいしい手料理を食べ(^^)v
たくさんの人に助けてもらって
お金の心配もなく暮らせている。

これは、とても幸せな、人生の終わり方ではないでしょうか?

間に合って、父とともに暮らす日々がもてて
ほんとうに良かったと思っています。
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Commented by 酒井朋子 at 2014-11-14 09:24 x
家族と共に住み慣れた家で最期を迎えるというのは、私にとっても理想です。お父様が、残された人生を幸せに過ごされますように。
Commented by prem_ayako at 2014-11-17 09:07
ありがとうございます。
父は50年、この地で医療に尽くしてきました。父に世話になったと私にまで言ってくださる方が、今もたくさんおられます。父はきっと極楽(チベット語でデワチェン)へ行けると思うのですよ(^^) 日々を心安らかに暮らしてもらえたら、と願っています。
by prem_ayako | 2014-11-13 11:30 | family | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako