アードラーの夢

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あなたがボスよ

両親の家の一階に引っ越して以来
当然のことながら、親とつきあう、という
ライフタスクが生じました。

あぁ私、忘れていたんです・・・
はるかむかしの独身時代、
この家で両親と同居していた頃
母と、あまりよい関係でなかったことを。。。

24歳で結婚して家を出たとき
これでやっと自分の好きなように暮らせるw
帰宅時間や、掃除のやり方や、友だちとのつきあいについて、
母にあれこれ言われなくて済むw
と、心底開放感を味わったことを。。。

結婚して里帰りしたときに
「結婚してから、なんだかうまくいくようになったわね」と
母に言われたこともありました。
別居することで少し距離ができて
ようやくふつうの仲間としてつきあえるようになっていたのだということを。

で。
この30年、私は私で一家をかまえ
あれこれ経験して一人前のおばさんになりました。
母は母で、全て自分好みのやり方で暮らしてきました。

嵐の予感がしますよね・・・


引っ越し直後、
母は私の面倒をみたくてたまらなかったようで
ことあるごとに1階の様子を見に来ては
「たいへんやね」「疲れたでしょ」「何かしたげよか」
と声をかけてくれました。
私は、「そんなことないよ」「大丈夫」と
かわいげなく断っていました。

実際、疲れていっぱいいっぱいだったのですが
どんだけ疲れていたって
やらなくてはならないお仕事は待ってくれませんし
それを母に言ったところでどうしようもないと思いましたから。

私が買い物をしてあげようという時、
母があまりにもくどくどと
「これこれこういうわけで買い物に行けないから、お願い」
と長く物語るので
素っ気なく「はいはい」と頼まれたことだけやりました。

特に朝、出かける前に長い前置きが始まったりすると
(早く結論を言ってよ!)と、イライラすることがありました。

そのうち、娘時代に逆戻りしたみたいに、
細かいことをあれこれ注意されるようになりました。
ある晩、門扉のカギをかけ忘れたことがあって、
そうすると、さっそく翌朝、お叱りを受けました。
自分の失敗を棚に上げて(もぅうるさいなあ)と私は思いました。

だんだん母の機嫌が悪くなってきて
旅先から帰ってもニッコリ迎えてくれなくなり
夕食を作って食べてもらっても、
なにかと嫌みを言われるようになりました。

居心地悪ぅい(-_-)
せっかくよかれと思って実家に戻ったのに
母も私も幸せじゃありません。

・・・これはいかん、と対策を考えて、
出先から「買って帰るものなぁい?」と電話したり
母の言うことにまず(「でも」じゃなくて)「そうね」って言うようにしたり
怒られそうなことはこちらから謝ってみたり
いくつか工夫してみたのですが、
全くうまくいきません。

注目関心レベルなら、これでうまくいくはずです。
じゃぁこれは、権力闘争になっているのかも!

そういや、最初は私、イライラしていたけれど
このごろは本気で腹が立っているものな。

だとすると、できることはただひとつしかありません。
私が権力闘争から降りること。
私が、負けること、です。


いや、実はね
長いこと、こういうタスクは味わってなかったんですよ。
「そりゃ私にだって改善しなきゃならない余地はあるわよ。
 だけど、だからって、そこまですることないじゃない。
 私、そんなに悪くないも~ん」
と、つい思ってしまいます(修行未熟です、はい)

でもこんなふうに思っている間は、
葛藤から降りることができません。

ゆっくり深呼吸して
心から母に対して「悪かったな」と思えるようになるまで
自分を見つめました。

今こそ、娘時代からの母との葛藤を精算する
またとない機会です。
今やっておかないと・・・!

アドラー心理学を学んでこれを実践してこられたみなさん、
ほんとうに凄いですね!
チベット仏教で「母なる衆生」といいますが
母を大切にする仏教徒のみなさん、
ほんとに立派ですね!

今度のことで、
アドレリアンとしても
仏教徒としても
どんだけ自分が未熟であるか、よっく分かりました。
はい。

うーん、うーん、うーん、と心を落ち着けて
口先だけでなく言えそうになってから

2階へ上がって、母に言いました。
「あのね、私、仲良くしたいと思っているのよ」
母「?」
私「今まで愛想のない娘でごめんね」
母「そんなこと、なにも謝ってもらわなくたっていいわ」
私「これからはできるだけ気をつけます」
母「そう・・・きついからねぇお互いに」
私「うん、ごめんね。なるべく気をつけるね」


このあと、母との関係は劇的に改善しました。
これから私は、
もうずっと、負け続けることにします。

母にしたら私はいつも「勝手気儘に振るまう娘」で
矯正しなければならない相手なのです。
私は長いこと、母の思い通りになるものかと戦ってきました。
思えば長い戦いでした・・・
母の勝ちを認めたとたん、
母はやさしくなり
あまり私を矯正しようとしなくなりました。

問題はとっても単純だったのです。
私はいつも父がボスだと思っていましたが
ずっとずっと以前から(無始爾来の昔から)
実は母がボスだったのです。

もしここで私が勝ってしまっていたらどうなったでしょう?
かわいそうに、母はこの年になって、勇気をくじかれてしまったでしょう。
問題が解けて、ほんとうに良かったです。

誰がボスかさえ分かっておれば、もう安全です。
何といっても、私はボスの下にくっついていくのが
得意分野の末子ですので(^^)


あー、タフな修行だった!
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Commented by 酒井朋子 at 2014-05-25 07:40 x
パチパチパチ!(拍手)すごいぞ、あやこさん!さすがアドレリアンだ!北陸・東海地方会のとき、一人のシンポジストさんが、「相手を説得したくなったら葛藤の入口に立っていると気づいたので、そう気づいたときには黙ることにした。そうしたら、すごく苦しかった。そりゃそうだ、闘って勝ちたいのに、そこからおりるんだから」、とおっしゃっていました。こういう話、迫力ありますよね?
Commented by prem_ayako at 2014-05-26 10:55
わぁい、朋子さん、ありがとうございます。
わかりますわかりますw 葛藤の悪循環に入っていると、慣れ親しんだやり方(=闘う)を選ぶ方がずっと楽なんですよね。もっともその場だけですが・・・。そこで違う行動を選択するには、とってもたくさんの勇気が要るのだということ、今回、本当に、身をもって体験しました。
その後、母とはずっと、ウソのようにいい関係です。理論にそって行動すれば問題は必ず解けるんだ!ということも学びました(^^)v
アドラーネットでの北陸・東海地方会のシェアリングも、ありがとうございます。あんなお話を伺うと、リーダーとしてとても勇気づけられますね!
by prem_ayako | 2014-05-22 21:03 | family | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako