アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

梵恩舎

高野山にあるお店は限られていますから
まあ、うろうろしていたら
どこに郵便局があって
どこに本屋さんがあって
どこでおいしそうなお饅頭を売っているかなど
すぐに把握できるのですけど

メインストリート(要はバス道)沿いにある
カフェギャラリー「梵恩舎」も、
高野山に泊まったことのある人なら、
あぁあそこね、とわかるようなお店です。

b0253075_1139745.jpg前来たときは、ネパールの画家さんの展覧会をやっていて
ふらふら入って
サインまでしてもらったのでした。

今回は、宿坊のすぐそばだったので
何度も立ち寄りました。

タンカ絵師でもある私のチベット語の先生は
今、高野山に住んでおられます。
法王のご来日に合わせて、1枚だけ、
このお店に絵を展示すると伺っていましたので
その絵を見に行くという目的もありました。

お知り合いを誘って見に行くと
間近にタンカを見るのが初めてという方たちは
あまりの美しさ
細かさ
芸術性の高さに
深く感動されて
なかなか絵の前からはなれませんでした。

「あやこさん、あなたこの絵を買うべきよ!」
と、お姉さまに強力に薦められたりもしましたが、
いやいや、
私は他の仏さまのタンカをすでに注文しておるのです。
あとは先生の絵筆が進むのをを待つだけです・・・。


山を下りる日も、
帰りのバスまでの待ち時間、
大きなJ先生と、再び梵恩舎に行きました。

あいにく混んでいたので相席をと言われまして
座ったテーブルでは、
3人の男の人が英語で
仏教をめぐって、なにやら熱く語っていました。

観察するに
主に話しているのは大きな体躯の壮年の外国人。
もうひとりの外国人は、若くてドイツ語なまり。
もうひとりは30代の日本人で、
どうやら大きな壮年の外人に
議論をふっかけて(?)逆に形勢不利に陥っている様子です。

というか、そもそも議論になってないみたい。
大きな外人さんが一方的に仏教の専門用語で語っていて、
日本のお兄ちゃんは、英語はしゃべれるものの
専門語、哲学用語についていけていないように見えました。

否応なく耳に入ってくる話を聞いていると、
この大きな外国の人の
筋道だった話し方や
仏教理解の正確さ・・・
ちょっとただ者ではない感じです。

私がここ数年チベット仏教の本を読んでやっとこさ到達した
空や縁起についての理論を
正確な言葉で整然と語っておられるのです。
(いや、あなた外人でしょ。すごくない?)
どこでお勉強なさったのかなぁ?
英語の文献で仏教を学んだら
こんなにシンプルに理解できるものなのかしら。

一面識もない方、
たまたま相席になっただけの方ですが
だんだん彼の話に引き込まれていきました。

空についてが話のテーマのようなのですが、
日本のお兄ちゃんはとんちんかんな返答ばかりしています。
たぶん困って、放免してもらいたがっているのでしょうが
そう言わない限り、外人は絶対に許してくれませぬ。
あきらめず理解に到達しようとするのは
彼らのストレンクスですね。

「よし、じゃあこのことについては君はどう思う?
 人間はなぜ苦しむのか?」
と、新たな問いをたててこられましたが
お兄ちゃんがあまりに要領を得ないので
思わず、私、横から口をはさんでしまいました(^^;)
「それは、私たちが自分に執着しているからじゃないかしら?」って。

b0253075_128548.jpg壮年の外人、喜んで
「そうそう、煩悩だ。
 しかし煩悩と言ってしまうと
 話はそれで終わってしまうだろ?]

そして結局、大きなJ先生も加わって(^^)
その相席した5人みんなで会話をしたのでした~

その間、よくよく観察すると
この大きな壮年の外人、フリースにチノパンという出で立ちですが
頭は坊主でおられます。
え?ひょっとしてお坊さん?

ひと段落ついたところで
Are you a monk?と尋ねてみると
やはり、そうでした。
しかも、法王の灌頂のために高野山を訪れた仏教徒ではなくて、
なんと真言宗徒で
このお山で13年僧侶をやっておられる方だったのです。

あーそりゃプロだわ(笑)

日本人のお兄ちゃん曰く、
「13年って聞いたので教えてもらおうと思ったんだ・・・」

大きなJ先生がおっしゃるには、
チベット仏教のカギュ派と日本仏教の真言宗派とは
思想的にたいへん近いところにある
ということです。

どうりで。
私(チベット仏教徒)の仏教理解と
この方(真言宗徒)の空や縁起についての理解とが
ほぼ一致していたのは、そういういわけだったのですね。


日本のお兄ちゃんの仏教理解が
日本人一般のレベルだとしたら
(と言っても、3年前の私よりはまだずっとましなのですよ)
それは、日本の僧団が
仏教をきちんと人々に伝えていないということです。

日本の僧侶集団はひょっとしたら
檀家とのおつきあいに忙しすぎるのかもしれませんが・・・
サンガ(僧団)がちゃんと機能していないというのは
困ったことですね。



法王は、いつもどんなときもお話の中で、
「しっかり勉強しなさい。
 瞑想だけやっていてはいけません。
 師が言ったからといって鵜呑みにしてはいけません。
 納得いくまで自分で読んで考えて、身につけるのです」
とおっしゃいます。
再三再四、おっしゃいます。

梵恩舎で上のような体験をしたこと、
そして法王のお近くにまみえることができたこと。
これらの意味を考えるに

仏教のことをきちんとお勉強しなさい。

って言われているような気がしてきました。
うっとり系好みの私としましては
あまり有り難くないメッセージです。。。


2年半前に法王にお会いしてから
ともかく何にもわからなかったので
手当たり次第、手に入るチベット仏教の本を読みました。
そのあと、ガルチェン・リンポチェにお会いしてからは
手探りだったのが、ぎゅーんと一点集中して
わりと意固地に、リンポチェから直接お聞きしたお話だけ
特化してお勉強してきました。

そろそろ、また少し視野を広げて
大乗仏教の基本的なことを学んでみるのもいいんじゃないかな・・・と
高野山から帰って以来、考えています。
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by prem_ayako | 2014-04-24 12:18 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


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