アードラーの夢

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宗派を超えて

大きなJ先生に誘っていただいて、昨夕
「チベットを知り、祈ろう@大阪」という集まりに行ってきました。

段ボール詰めの手をしばし休めて・・・行って良かったです!
とても。

宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会
という長い名前の団体が主催です。
ダライ・ラマ14世がチベットを脱出された日
すなわちチベット蜂起の日である1959年3月10日を忘れない。
という主旨の、宗教的な集まりでした。

前半の「チベット旗をかかげての行進」は
西梅田から1時間ほど、
後半の会場、南森町の「チャクラ」というお店を目的地に
行進したようですが
私たちは後半の「チベットを知り、祈る時間」にだけ参加しました。

表はエスニックの雑貨屋さん、奥はイベントもできる喫茶店で
なかなか面白い店でした。
チベットだけでなく、ビルマやウイグルの支援もしているようで
さまざまなパンフレットが置いてありました。
また美しい石のアクセサリーもたくさんあって
購買意欲をそそられます。
大阪を離れる直前になって、こんなお店をみつけるなんて~(-_-)
でもまた行こ。

50人ぐらいの人が集まっている中に
日本のお坊さまが5人おられて
(ゴレンジャーなんだそうです。いやいや(^^;))
プロジェクタを調整したりマイクを握ったりしておられました。

5時すぎから追悼・平和法要が始まりました。

まずは、三帰依文。
チベット語ではなく、パーリー語でした。
ご存知の方もおられると思いますが
 ぶっだん・さらなん・がっちゃーみ
 だんまん・さらなん・がっちゃーみ
 さんがん・さらなん・がっちゃーみ
と繰り返します。
これはこれでステキで
私などは和尚ラジニーシのキルタンを思い出してしまいました。

それから全員で般若心経を詠みました。
なんだか凄くて、何度も後頭部がしびれるような感覚を味わいました。
だからどうというわけではないのですけど
たぶん、穴蔵みたいな部屋のエネルギーが
ものすごぉく高くなっていたんだろうなあ、と思います。

お坊さまのお一人が、表白(ひょうびゃく)を厳かに読み上げられました。
チベットの現状を憂い
一刻も早い解決を願い
亡くなられた方々に思いを馳せる
という趣旨がよく伝わる、とても真摯な文章で感動しました。

ほんとうにそのとおり!
そのとおりなのです。
政治的なことや立場の違いを超えて
「この現状を見過ごすことはできない。」という
ただそれだけの思い。
人間として、それがきっと、いちばん大切なのだと思います。

表白のあと、全員で「オンマニペメフム」をお唱えしました。
ひとり瞑想の中で唱えるオンマニペメフムと違って
このときは誰もが、チベットの人々のことを思って
何度も何度も繰り返しました。
自然にぽろぽろと涙がこぼれました。

ここまでで1時間ほどだったでしょうか。


その後、チベットの民謡を何曲か、
チベット服に身を包んだ日本人女性が歌ってくださいました。
どの曲も、のどかで、チベットの草原が目に見えるよう・・・
しかし最後に歌われた prisoner's song は
悲しかった。。。

次に、アジア各地の支援に飛び回っておられる林孝瑞師が、
詳しくチベット問題について解説してくださいました。
統計資料や動画などを交えたお話はとても説得力がありました。

最後に、書写山圓教寺の大樹玄承師がお話しされました。
この方は、北京オリンピックの年・2008年に
チベットについて何か声をあげなければと決意され、
現職僧侶として初めて、テレビで声明文を読み上げた方です。

この、前代未聞のテレビ出演について、
わりと長々と(^^;)楽しくお話ししてくださいました。
さすがお坊さん、お話じょうずです。
テレビ出演の映像は、私も当時拝見したように思うのですが、
削除されたのか、いま探しても見つかりません。
ですが全文を見つけましたので、最後に貼り付けておきます。
よろしかったらお読み下さい。

私はこの2008年をきっかけに
チベット亡命政府への寄付を始めたように記憶しています。
チベット仏教を学び始めるのは、まだそれから3年ほど後になります。。。


この会に来たおかげで、私はとても勇気づけられました。
それは、大樹師だけでなく、
他の4人のお坊さま方も、みなさん
「人々のために私にできることは何だろうか」と考えて
行動しておられるのが見てとれたからです。

特に、大樹師の以下のような言葉が印象的でした。

「私が何かを言ったからといって、何も変わらないかもしれないんです。
 でも私が声を上げることで、
 ひょっとしたらそれをチベットの人が見るか聞くかして、
 味方がいるんだ、自分たちは見捨てられていないんだ、
 ということを、知ってもらえるかもしれないです。」

私などは
何かをしなければと思っても
何をすればいいんだろう?と考えて
そのまま行動しないことが、よくあります・・・
でも、動かなければ何にもなりませんよね。
私が、何かをしようと、まず決めること。

・・・自戒をこめて記しておきます。

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〔天台宗別格本山 書寫山圓教寺 大樹玄承(おおき・けんじょう)氏 声明〕

 今、わたしたち日本の仏教者の真価が問われています。チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われることに心から悲しみと、やむにやまれぬ抗議を表明せずにはいられません。私たちは、あくまでも宗教者、仏教者として、僧侶を始めとするチベット人の苦しみを、もはや黙って見過ごすことができません。チベット仏教の宗教的伝統を、チベット人の自由な意思で守るということが、大切な基本です。
 皆さんは、日本の全国のお坊さんがどうしているのか、とお思いでしょう。日本の各宗派、教団は、日中国交回復のあと、中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いできました。私も中国の寺院の復興にたずさわりました。しかし、中国の寺院との交流は、全て、北京を通さずにはできません。ほとんど自由は無かった。これからもそうだと、全国のほとんどの僧侶は知っています。そして、日本の仏教教団がダライ・ラマ法王と交流することを、北京は不快に思うこともよく知られています。
 あくまでも、宗教の自由の問題こそ重大であると、私は考えています。しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎてなお、日本の仏教界に目立った行動は見られません。中国仏教界が大切な友人であるなら、どうして何も言わない、しないで良いのでしょうか。
 ダライ・ラマ法王を中心に仏教国としての歴史を重ねてきたチベットが、今無くなろうとしています。私たちは、宗教者、仏教者として、草の根から声を上げていかなければなりません。しかし、私の所属する宗派が中国の仏教界関係者から抗議を受けて、私はお叱りを受ける可能性が高いでしょう。
 このように申し上げるのは、私たちと行動を共にしましょうということではないのです。それぞれの御住職、檀信徒の皆さんが、これをきっかけに自ら考えていただきたいのです。オリンピックにあわせて、中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もいらっしゃるでしょう。この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。もしも、宗教者として毅然とした態度で臨めないならば、私たちは、これから、信者さん、檀家さんに、どのようなことを説いていけるのでしょうか。私たちにとって、これが宗教者、仏教者であるための最後の機会かも知れません。

書寫山 圓教寺 執事長 大樹玄承
平成20年4月5日
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by prem_ayako | 2014-03-16 19:14 | tibet | Comments(0)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako