アードラーの夢

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アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。

『私の大阪八景』

昨日はカウンセリングの予約の間がけっこうあいていて
しかもまずいことに本も音源も何も持ってきていなかったので
時間つぶしの本を探そうと、クリニックの本棚を物色してみました。

そうしたら軽いめの文庫本、
田辺聖子『私の大阪八景』というのが目にとまりました。

気軽に読み始めたら、これが止まらなくて!
時間つぶしどころか
昼休みも、帰り道でも、帰ってからも読み続けて
夕ご飯の頃に読み終えました。

これもご縁だったのかなと思います。


『私の大阪八景』は、田辺聖子の
かなり初期の自伝的小説のようです。

田辺聖子は大阪市福島区の大きな写真館の娘さんでした。
(昭和3年生まれですから私の母よりひとつ上ということになります)
屈託なく裕福に暮らした少女時代。
そのうちに従兄弟が出征していき
女学校の授業がなくなって、伊丹の旋盤工場で勤労奉仕します。
終戦の年6月の大阪大空襲により、生家が焼失し、
知り合いの多くが亡くなります。

・・・そこは田辺聖子さんですから、
表現は闊達で明るくて、ときに笑いもまじえます。

私は夢中になって読んでいましたが、
いつしか、神戸の
やはり大きな商家に生まれ育った母の人生と重ね合わせていました。
母も、神戸の空襲で生家を失いました。


戦線がじりじりと本土へ近づくにつれ
人々はみなちりぢりばらばらになっていきます。
主人公の「トキコ」は、純粋に
自分も命をかけて祖国と陛下をお守りするのだと考えます。


新太郎兄ちゃんも陛下のお召しにはせ参じて戦争へいったのだ。母ちゃんがいくらいやだといっても、いまにマサルも召されて戦争へいく。いや、それまで日本はもたないかもしれない。十三のマサルも十五のトキコも四十一のお父ちゃんも、みんなアッツ島やマキン島の兵隊のように、玉砕かもしれない。陛下のお名で戦い、陛下のために死んでいくのだ。陛下万歳。
 メガネの陛下のお顔がだんだん途方もなくひろがって、やがて日本の空いっぱいに黒く掩ってしまう。皆が玉砕したあと、一木一草もない国土に、そのとりとめもなくひろがったお顔だけが残る。



こんなふうに、死に向かっていることを
はっきりと意識していた、特に若い人たちが
家も思い出もみな失って、
戦争に負け、
小さくなって生きていかねばならなくなりました。

この時代を生きた人々。。。
今話題の『永遠の0』は、
戦場で戦って亡くなっていった方々のお話ですが、
田辺聖子さんのこの本を読むと
あの時代を日常のものとして生きていた
ごくふつうの人々の暮らしが、とても身近に感じられます。

母もこんなふうだったのでしょうか。
女学校で友だちとお喋りに興じ、
本を回し読み(ひょっとしたら詩など書いて)
やがて学校から工場へ行かされ
空襲にあう・・・
家は焼けたが家族は無事だった。
そして玉音放送が流れ

やがて父と結婚した。

今日は1月17日です。
19年前の今日、神戸の町は再び焼け野原になりました。

あのときの恐ろしいほどの喪失感は
あれを体験した者でないと分からないかもしれません。
同じく、戦災を体験した父母や田辺聖子さんたちは
この喪失体験を共有しているのでしょう。。。


終戦後、天皇陛下は全国を行幸され、大阪にもおいでになりました。
学校の奉安殿の奥深くに飾られていた両陛下のお写真を、
少女時代の「トキコ」はのぞいて見たくてたまらなかったのですが
勤めていた店の前を車で通られた陛下のご尊顔を
この日はじめて拝します。


 お車の中にはソフトを振って答えられる眼鏡の陛下のお姿が見えた、とうとう見えた、陛下を見た。
 無数の腕が狂気のように振られる。「陛下、陛下ッ」と群衆はロープを押しきって、なだれを打って陛下のお車をかこもうとする。お車はちょっと立ち往生のような形になった。(中略)
 「わてな、大連出航後まなしに、船の中で陛下のご健在をきいて一同、誰からともなくバンザイを叫びましたんや」
 トラさんは泣き泣きいった。突然、大きな声を張りあげて、
 「陛下、――苦労しなはったなあ、お互い、まあえらい目に会いましたなあ。長生きしとくなはれやア、陛下、これからだっせ、陛下――」
 もみくちゃにされながら去ってゆくお車に向かってどなった。
 周囲の人は笑った。笑いながらトキコもポロッと涙がこぼれた。トラさんの叫びは、日本の敗戦以来、誇りを失ってくじけていた日本人の心にぴたッとくるひとすじの暖かさがあったのか、またはちょうど皆のいいたいことを代弁してくれたのか、笑いながらみんな泣いた。



この下りを読むと、
数年前、奈良で、
イヴォンヌ先生のワークショップ会場の前をお車で通られた
今上天皇皇后両陛下を拝したときの感動を思い出します。

そしてまた19年前の阪神大震災の後、
両陛下が神戸を訪れてくださったときの映像を
避難先のテレビで見て
涙が止まらなかったことも、思い出されます。


大きな喪失から人が立ち上がっていくときに
力となりえるものは何なのか
そのヒントが、ここにあるような気がします。
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Commented by えな at 2014-01-18 05:08 x
ああ。
トラさんの言葉、なんてぴったりな表現なのでしょう。

震災のあと、「戦争の時みたいだ」と、周りの戦争経験者は言いました。
でも戦争ではないから、すぐに救援物資が届く。ありがたい、とも思い、
戦争なら、仲間をこれだけ奪った敵国を恨むことができるけど、今回は何も、誰も恨めない、それが辛い、とも思いました。

日本は、まあえらい目に会いましたね。これからですね。
Commented by 酒井朋子 at 2014-01-18 08:14 x
あやこさん、シェアありがとうございました。涙もろくなっている私、また泣いてしまいました。
それにしても、あのクリニックの本棚には宝が隠れているんですね。私も順番を待つ間、いつも本棚から本を選んで読ませてもらっているのですが、夢中になりかけたところで「酒井さ~ん」という、大きな先生のやさしいお声が聞こえ、ややがっかりしながら(^^;)、本を本棚に返します。ご紹介していただいた本、買ってみようと思います。あ、たまには図書館に借りにいこうかな。
Commented by prem_ayako at 2014-01-19 10:42
>えなさん 本当にピッタリな表現ですよねえ! 不幸にみまわれると、どうにも人間せちがらくなってしまいますが・・・そんなときこそ、こんな暖かさが必要なんだなあと思います。実際自分にはなかなか難しいことですけれど。

>朋子さん ぜひ読んでみてくださいませ。私は自分にぴたっときたところを引用しただけですので、全体を読まれたら、また違ったことを感じられるかもしれません。
それからあの本棚の本は、受付嬢に言えば貸し出ししてくれるかもしれませんよ~(^^) 
by prem_ayako | 2014-01-17 22:26 | japan | Comments(3)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako