アードラーの夢

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神代先生

昨夕、届いた喪中葉書で
神代尚芳(こうじろなおよし)先生が亡くなっておられたことを知りました。
享年67歳。

東北大理学部ご出身で、東京理科大大学院を自主退学し、
阪大医学部に入り直して内科医になられました。
最後は神戸市須磨区で病院長をしておられ、
200人以上もの末期癌患者さんたちの最期を診てこられました。

「社団法人コミュニティ・ネットワーク協会」を立ち上げられました。
私はこの前身の団体が神戸で活動していたころに
親しくさせていただいておりました。
・・・もうかれこれ16、7年前になります。

そのころのCNAは
神代先生といっしょに在宅の診療に駆け回る看護師さんたち、
ヘルパーさんたち(その頃はまだケアマネジャー制度はありませんでした)
福祉系の専門学校の先生、
高名な臨床心理の先生方(ユング派やロジャーズ派!)
緩和ケア病棟のお医者さん、
終末期医療に関わっているお坊さん、
チベット仏教の僧侶(!!)
神道にくわしい学者さん、
果ては葬儀屋さん
などなど、多彩な人々の集まってくる場所でした。

うちの息子が小学校にあがる頃だったか、たまたま
図書館で『自分らしく死にたい』という本を読んで興味をもったのが
神代先生との出会いでした。
先生が神戸市内で活動しておられることを知り、思い切って
連絡先の「完成期医療福祉を考える会」というところに電話をしたのでした。

その団体の主催する小さな講座に通うなどしているうちに
彼らの活動に関わるようになりました。
神戸でヘルパー養成講座(2級)を開催する際に、
スタッフとしてお手伝いを始めて、翌年には大阪でも開催。
たくさんの刺激的な方たちとお知り合いになって
仕事のあと飲みに行ったり(私は飲まないのだけど、酒豪が多かった)
いっしょに旅行に行ったこともありました。


先生が診ておられた末期癌のおばあさんのお宅へ
ついて行かせていただいたことがあります。
いちどご一緒させていただいて1週間ほどした朝、
突然、先生から電話がありました。
ーこないだのおばあさんが今日あたりみたいや。
今からわし行くんやが、君も来るか?ー

ちょうど夏休みで
子ども達に半日留守番を頼んで、急いで行きました。

初めて私は、そこで人の死ぬ瞬間を見ました。
最後の息。。。
そのあと看護師さんのお手伝いをして
お身体を拭き、お着替えをさせていただき
お布団をきれいに敷いて、ご遺体に休んでいただきました。


はじめて本物のチベット仏教徒に会ったのも、
神代先生のネットワークのおかげでした。
大谷大学に来ていたチベット僧の方が1時間ほどお話されたのですが、
通訳がよくわからず、内容も覚えていません。

ただ、そのあとみんなでインド料理屋さんへ行って
英語もお話しされることがわかったので
駅までの帰り道、歩きながら英語で話しかけました。
「私はダライ・ラマさんが大好きです」とかなんとか(^^;)
喜ばれて、いらっしゃい、私はダラムサラにおりますから!
と言ってくださいました。

今はどうしておられるんでしょうね。
お偉いゲシェー(仏教博士)になっておられるかも。
あの頃、私は何も知りませんでしたが。。。


ユング派の精神科のお医者さんや
ロジャーズ派の臨床心理の先生にもよくお会いしたのですが、
どうもなんだか、違和感を感じていました。
その数年前にアドラー心理学を学んでスマイル・リーダーまで取っていたので
こういうとき、いったいアドラーではどういうふうに考えるだろう?
と、いっぱい?マークが出たのです。
おかげで、またアドラー心理学の学びに戻るきっかけになったのでした。


そう言えば、今行っているクリニックの院長・中川晶先生にも
神代先生のところでお目にかかったのでした。
まだお父さまの中川米造先生がご存命中で
お父さまの講義に付き添って来ておられたのです。
不思議ですねえ。。。
その頃は、まさか自分が心理士として働かせてもらうようになるとは・・・
思ってもいないどころか
その芽すらなかったのに。

こうして書きだしてみると
神代先生との出会いによって、吸収したさまざまのことが
現在の私につながっているのだなと、強く思います。


カリスマのある人のまわりには
さまざまな人間が集まってきます。
やはりおきまりの内紛のようなものが起こり
なんとなく私の足も遠のいてきていた頃

体制を建て直そうとするミーティングに出て
その後久しぶりにみんなで居酒屋さんにも寄って
それでもなんとなく白けた感じの帰り道。

終電近いJR神戸線の中で、隣に座った神代先生から
「次の教育担当、わしは、君にと思っとるんやが」と言われたことがあります。
理由はよく覚えていないのですが、お断りしました。
なんだか、しんどくなっていたのだと思います。


その後も神戸に住んでいた頃は、
先生の講演をのぞきに行ったり
お尋ねしたいことがあったらお手紙を出したりしていました。
質問には、いつも親身に
独特の書体で、ざっくばらんにお返事をくださいました。
たまにお会いするといつも「おお」と、相手になってくださいました。

私の大切な方を
先生の病院にお願いしたこともあります。
その方も、残念ながら亡くなってしまわれました。

大阪に引っ越してからは、
もうほとんど年賀状でご挨拶するだけになっていました。
・・・でも今年はそういえば、
お年賀状のお返事をいただいていませんでした。

昨年5月に末期の肺癌が見つかり
今年3月に脳に転移し、
5月17日に亡くなられたそうです。

最後まで、信念に従って延命治療をさせず、
したがって検査も受けず
倒れても救急車を呼ばせず
自宅で、奥様と娘さんに看取られて亡くなったということです。

b0253075_22592256.jpgちっとも存じ上げず
告別式にも参りませんでしたが
そんなことはどうでもいいような気がします。

先生は菩薩さまのように
有縁の衆生である私を導いてくださいました。
ありがとうございました。
どうぞまた人としてお戻りになり
衆生を救うお仕事の続きをなさってください。
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Commented by 酒井朋子 at 2013-11-18 15:12 x
すばらしい方との出会いがあったのですね。お目にかかったことのない方ですが、心からご冥福をお祈りします。
Commented by ayako at 2013-11-20 21:47 x
そうなんです。でもすばらしい方のすばらしさを本当に分かるのは、その方を失ってからのことが多いんですよね・・・。今お出会いしている方たちとのご縁を大切にしていかなくては。。。
by prem_ayako | 2013-11-14 23:06 | others | Comments(2)

アードラー先生は夢を見なかったそうです。しかしてアードラーの夢とは兎の角、虚空の華、ガンダルヴァの城、空、幻・・・。


by prem_ayako